第11章 時よ止れ
 
 ギプスをつけてから3週間たって、たくさんのサインが入った自慢のギプスでしたが、いまやその臭いと痒さには閉口していました。“痒い痒い”を連発して、ギプスの間に針金を突っこんでは掻いています。
「カーチス、あの医者の所へ行ってギプスを取ってくれるように頼んでよ。」
 2人は翌日医者の所へ行きましたが、医者にすげなく断られて、すごすごと帰って来ました。「なんて頑固なドクターなんだ。もう僕の骨は治っちゃったんだ。ちゃんと手は動くし。」ヨッシーはぶつぶつとひとり言をいっていました。
 私はその頃、子供達のために室内ローブを縫っていました。昼も夜も時間さえあればミシンに向っていました。ヨッシーは勉強の手が休まると、私の側に来てあれこれ話しかけていました。ある晩のこと、いつものように私のミシンの傍に来て話しました。
 「お母さん、毎日時間が経つのが早いね。僕思うんだけれど、時間が止められるといいんだがな。」
 「私だってそう思うわ。でもあなたは時間を上手に使っているわ。いつも高い目標を持って努力しているから。日本が急速に発展しているのも、あなたみたいな人がお国にはたくさんいるからじゃないかしら……。」
 「お母さん、このローブ、僕はいつまでも着るよ。日本の冬は寒いから、これを着て勉強するんだ。」
 ギプス生活も4週間目に入った週末、近くにあるアルタス空軍基地で柔道の試合がありました。なんとヨッシーはギプスを隠して試合に出場し、あげくの果てに多勢の選手を破って、ついに優勝をしてしまいました。
 アルタスには友人がいて随分とお世話になった様子ですが、そんな大胆なヨッシーに私も驚いてしまいました。
 日曜日の夕方、家族でポーチに出て団欒をしていた時のことです。カーチスとガーデン(裏庭)でピンポンをしていたヨッシーが、突然「キャーッ」と悲鳴をあげたのです。見るとヨッシーが1匹のガマ蛙を踏みつけてしまったのです。「こいつはどんな人間にも強いくせにガマ1匹で飛び上がるんだから、本当に変わった奴だ。」とカーチスがあきれて言いました。
 ある朝、私は化粧台の引き出しの中を整理していると、1通の封書を発見しました。その封書には、見慣れた字で“ヨッシーからママへ”と書いてあります。裏の日付は3月14日とあり、1ヵ月以上も前のものです。手紙と一緒にレスリングで優勝した時の小さな金メダルが出てきました。手紙にはこう書いてありました。

 お母さん、いつお母さんがこの手紙を見つけるか僕には分かりません。出来れば僕がいる間に見つけて欲しいと思います。僕は口ではあまり言わないけれど、本当にアメリカを愛しています。そしてこの家庭に住んでいて本当に幸せです。去る日が近づくことは大変悲しいことです。しかし僕はやれることは全てやったという自信があります。だから僕はその日が来ても、胸を張って日本に帰れると思っています。日本に帰ると、また多くの困難が待っていると思いますが、僕は立派にやって行けると思います。何故なら僕には2組の両親がついているのですから。レスリングを毎日やっていますが、僕は思った以上によく頑張りました。僕もお国のためにと思って必死でした。エジソン高校のトーナメントでも勝ち続けてついに優勝しました。本当に僕は天にも昇る気持ちでした。考えてみれば、お母さん、お父さん、カーチスの支えがなかったら、僕の活躍などあり得ないことでした。
 本当に心からの愛情と応援を有難度う。
 この僕の感謝の気持ちを表現する力を僕は持ちません。僕が最初に取ることが出来た金メダルをお母さんに捧げます。腕輪にでもつけて、時々は僕のことを思い出して下さい。
 これからもヨッシーのことを励まして下さい。

 親愛なるあなたの息子
                          ヨッシーより

 私は涙があふれてくるのを止めることが出来ませんでした。しばらくして私は勉強中のヨッシーの所へ行ってこう言いました。
 「ヨッシーあなたの手紙を見たわ。なんてやさしいんでしょう。あのメダル本当にもらっていいのかしら。」
 「お母さん、あれはお母さんがとったものなんだよ。」ヨッシーは微笑みながら言いました。
 その日の夕刊に大きな記事が出ました。「留学生、植樹で記念される」という見出しです。「エジソン高校のヨッシー・ハラダのクラス一同は彼の栄誉を讃えて、マグノリアの木を植えることを決めた。彼が祖国で成長するのと同じように、この木もまた大きく美しい花をつけることでしょう。」と書いてありました。全国数学テストで優秀賞をとったこと、レスリング部のレギュラーで活躍したこと、インターハイで準優勝したこと、南部5州柔道大会でグランド・チャンピオンになったこと、そして学校では“最もフレンドリイ(友情のある)な生徒”に投票されたこと……などが紹介されていました。
 「お母さん、恥ずかしいな。木まで植えてくれるなんて。マグノリアってどんな木かな。」
 学校から帰ってきたヨッシーは、植樹の記事にさかんに照れていました。
 「よし、それじゃどんな花が咲くか見に連れて行こう。」とカーチスが声をかけました。
 2人は勢いよくドアを開けて出て行きました。

 イースター休暇に長男のケントが帰って来ました。ケントは“ナンシー”という可愛いガールフレンドを一緒に連れて来ました。
 ヨッシーとカーチスは、せっかくケントと思い切り遊ぼうと思っていたので、ちょっと拍子抜けしたようでした。ヨッシーは、時々うらめしそうにナンシーを見つめるので、私はカーチスに「ヨッシーを何処かドライブに連れていったら。」と言ってやりました。
 しかし、3日程経ってケント達が帰る頃にはナンシーとヨッシーは、すっかり良い友達になっていました。
 その頃、こんな事がありました。ジョー・ウメザワという日本人が突然電話をかけて来たのです。彼は30キロ離れたオクラホマ州立大学でレスリング選手として活躍している友人です。やがて彼はヨッシーを訪ねてきました。久しぶりの再会だからでしょう、2人は猛烈な勢いで日本語を話しています。 
 私達もしばらく付き合っていたのですが、おいしいアイスクリームを残して外出しました。外出から帰った時、2人はようやく話題がとぎれたようでした。夫のジョーがおどけて「2人の日本人チャンピオンレスラーが我が家で話しているぞ。」と言って笑わせました。その晩ヨッシーはしみじみと言いました。「日本語を思い切りしゃべったのは、アメリカに来て初めてだ。」

 卒業式はもうすぐに迫ってきました。卒業式にはお祝いの舞踏会があるのですが、この時は然るべきパートナーが必要なのです。
 私はヨッシーのパートナーのことが気になっていたのですが、しばらくは放っておきました。(第11章終わり)