第12章 卒 業 (1)
 
 卒業式はもうすぐです。それぞれの卒業写真にはお互いのサインと励ましの言葉が一杯です。私は実は2人の息子達の卒業舞踏会のことが心配でした。この舞踏会への参加は義務づけられているわけではないのですが、卒業にあたっての最大の行事であるダンスパーティに出ないまま、ヨッシーが帰国することは、私にとってどうしても寂しく耐え難いことなのです。
 私がいくら叱言をいっても、2人は生返事ばかりなので、私はとうとう癇癪を起こしてしまいました。2人を私の部屋に呼んで宣言しました。
 「ねえ、よく聞きなさい。ダンスパーティまであと僅かなのよ。毎日が矢のように過ぎていくわ。これ以上2人が何にも準備しないなら、私も2人に食事を作らないことにするわ。早く女の子のパートナーを探がし、タキシードの用意をしなさい。」
 この私の脅しはかなり効果的でした。2人は驚いて事の重大さを知りました。急に名簿や写真集をめくって電話をかけ始めました。
 「お母さん、安心してくれよ。僕ベティ・ジェームスに決めたよ!」とカーチスが夕方になって報告して来ました。
 夜になるとヨッシーが私の部屋に入って来てこう言いました。
 「お母さん、僕、バーバラ・メープルに決めたよ。彼女クラスメートなんだ。」
 私は思わず手を広げて彼を思いきり抱きしめました。私の心の中でホッと息をついた感じです。5月13日、やっと卒業試験も終わり、卒業式のリハーサルが始まったのです。

 いよいよ卒業式舞踏会の当日がやってきました。子供達は部屋の中で念入りに衣装を整え、髯をそり最高のおめかしに大わらわです。鏡をのぞきながら自分たちが“紳士”に変わっていくのに興奮しているようです。最後の総仕上げは、なんといっても黒と白のタキシードです。
 夫のジョーが丁度仕事から帰って来て部屋をのぞき込んで「おっ、今夜は仲々のものじゃないか。」とおどけた表情を見せました。
 ドアベルが鳴って親友のジムとゴードンが顔を見せました。みんなタキシード姿でバッチリ決めています。それぞれ若さとたくましさではち切れんばかりです。4人の姿を見くらべながら、私は一瞬涙がこみ上げてくるのでした。
 4人を庭に連れ出して何枚も記念写真を撮りました。子供達は大声ではしゃぎながら2台の車に乗って出て行きました。部屋の中に“オールドスパイス”の香りを一杯に残したまま。
 翌日曜日はみな遅く目が覚めました。台所で食事の仕度をしている私の前に2人がやって来ました。そしてヨッシーが目を輝かせ、
 「お母さん、昨日は素晴しかったよ。最高に楽しかったよ。ダンスの後、スイミングパーティまで行ったんだ。真夜中にレイの家に行ってピザを食べたりしたんだよ。疲れたけど、デートって本当に楽しいんだね。」
 「ヨッシー、アメリカの諺に“おそくとも、やらないよりはましだ”というのがあるの。私が無理じいしたりしたけど、やはりダンスパーティに参加してよかったわね。」
 私は嬉しい気持で一杯でした。翌日、卒業礼拝会が近くの第1プレスビタリアン教会で行われました。帽子とガウンをまとった650人の卒業生が、まるで海の波のようにゆれ、スナッグ牧師が愛情に満ちた声で心にしみる訓示をされました。
 学校に戻ると、今度いよいよ卒業証書の授与式です。それは厳粛でまた涙をそそられる感動的なものでした。クラスの人気者をもじった「卒業後の人生計画」というお題のお笑いプログラムも用意されていました。
 そして司会者がディアルマとヨッシーの2人の留学生の名前を呼び上げました。
 ディアルマには素敵なブレスレッドが贈られました。お礼を言おうとするのですが、彼女の言葉は感激で言葉にならないのです。
 ヨッシーの番がきました。ぴょこんと頭を下げる仕草に観衆はどっと湧きました。
 「ヨッシーには、この町で最も素晴しいハーモニカをわれわれ一同からプレゼントします。」そう司会者から紹介されて、ヨッシーに小さな箱が手渡されました。驚きでちょっと身をかたくしているヨッシーに、クラスメート達がはやしたてます。やっと気をとり直したヨッシーは、やがてマイクに歩み寄りました。
 「本当に何といっていいのか分かりません。有難度う。せっかくの機会ですから日本の卒業式の歌をやってみます。」
 彼はいきなり“仰げば尊し”の歌を精一杯吹き続けました。それは美しく感動的なメロディでした。しんと静まりかえった会場に流れ、観衆の中には感動して涙をぬぐう姿が、あちこちに見られました。
 卒業式はこうして感動的に終了しました。友人どうし別離の挨拶をする者、泣く者、抱き合う者、その中で私は2人の息子達の姿をやっと見つけました。“私達の1年”が終わった瞬間でした。
 この日は偶然にも夫のジョーの誕生日にあたっていました。夕方は卒業祝いと誕生祝いで娘のサニーも夫と子供を連れてやって来ました。ジョーにプレゼントが渡されます。ヨッシーからのプレゼントには手紙がついていました。

 お父さん、このカミソリで毎日髯をそって気持ちよく仕事してください。頭の方までそる必要はありません。髪の毛は出来るだけ長持ちさせて下さい。 

 おっちょこちょいの息子、ヨッシーより

 ガウンと帽子を取り出し、夕闇の中で何枚も私達は写真をとりました。私達にとってもヨッシーにとっても一生忘れられない1日でした。(続く)