第1章 床(フロアー)へ突撃  (2)

 さあ大変、1月に1回、ライスの日。その時は、みんなにお箸を使わせなくっちゃ。大事なことは、まず頭に入れて、封筒を引出しの中に仕舞うのです。
 さて坊主たちはお腹は空いたかな。部屋に顔を出してみると、2人ともベッドの両脇に坐ったまま、スポーツのことやら、友達のことやら、飛行機のことやら、男にとって大事な話を次から次から話しています。
 それならと、書斎に行ってタイプライターに向って、ヨッシーのお母様に手紙を書き始めました。でも、昨日の夜、飛行場でどんなに興奮したかを、やさしい英語で書くことが出来るでしょうか。

  8月16日(1962年)、貴女の自慢の息子が力強くタラップから降りて来ました。
 大きな笑顔ときれいな歯並び、そして私たちに向って真直ぐ近づいてきました。そして新しいアメリカン・ブラザーと若者らしく固い握手。ひょっと二人背をくらべてみたら、何んと丁度同じ背丈。5フィート9インチ(1メートル72センチあまり)、二人とも顔を見合してホッとした表情がこぼれました。
 ヨッシーは家族のひとりひとりにお辞儀をして目を合わせます。彼の右手には、あのお馴染みのAFSのマークが入った黄色いバッグ。そして左手には、大きな包みが二つ。
 きっと柔道着というものなのでしょう。とても恐ろしいといわれる黒帯が巻きついているのです。彼は夢中で、しかも短い言葉で素晴らしい飛行機の旅だったこと、カルフォルニアでオリエンテーションがあったこと、写真をもらっていたので、大体の事は想像がついたこと。そしてこれからは、ヨシアキを短くして、"ヨッシー"と読んで欲しいことなどを続けにまくしたてました。

 こんな様子を私は手紙に書き始め、時計を見ると8時40分。何んと不思議な、そして歴史的な日なのでしょう。1年も前からカーチスと私の中に芽生えたひとつのアイディア。それが今、ようやく実現したのです。しかも、そのアイディアの当事者が、額に絆創膏(ばんそうこう)を貼ってベッドの脇に坐って話し込んでいるのです。
 息子たちは、ベチャベチャとしゃべりながら9時頃までも朝食を食べていました。
 その頃からカーチスの友人たちが何人も裏庭から台所にまで集まってきました。みんな日本からの新しい訪問者に会おうとやってきたのです。ヨッシーにとって急に忙しくなりました。ひとりひとりの友人たちに対して、テーブルの椅子から立って、まずお辞儀をし、握手をし、そして額の傷についていちいち説明しなければなりません。そしてまた坐って、フォークで一口パクリと食べるのです。
 私は台所の方から彼の物の食べ方をじっと見ていました。どうも日本では、お椀を手で持ち上げて顔に近づけ、食物を口に入れるように食べるということを聞いていましたが、今はそうではありません。彼はいちいち顔を皿に近づけて、やりにくそうに1口ずつ食べているのです。
 しかも、その一口が大きいこと、またそのスピードの早いこと。本当にびっくりしてしまいました。ようやくお腹が一杯になったのでしょう。彼はまわりを見まわして、やおら話し始めました。本当にカタコトの英語です。
「僕は小学校6年の時から、AFSの留学試験を受けようと決めて、勉強を一生懸命やりました。日本のお母さんがいつも励ましてくれたのです。」
 日本全国で2000人以上の高校生が受けたのですが、150人が合格したそうです。試験の発表の日、彼はどうせ駄目だろうとあきらめて見にいかなかったそうですが、お母さんが見に行って合格したことが判ったそうです。
「僕は本当に信じられなかったよ。」
「3年前、僕はジュードーを本気でやろうと決めたんだけど、実は理由があったんだ。兄貴がいて、いつも喧嘩でやられるんだ。これが口惜しくて、いつか兄貴をやりかえそうと思っていたんだ。兄貴はカラテの選手なんだよ。最初お母さんはすごく柔道を習うのをいやがったんだ。柔道をやると学校の成績が駄目になると思ったんだろう。何んとか頼んで1年だけの約束で始めたんだ。1年たってもなかなか止めたくなくなって、それからとうとう3年間、黒帯をとりたい一心で続けてしまった。それこそ、涙と血と汗の毎日だったよ。黒帯がとれた時は、本当に泣き出したいくらいにうれしくて、1週間寝る時は首に巻きつけて寝たくらいだよ。ついに3週間前、黒帯の二段になったばかりなんだ。」
 彼は、柔道の帯の色が、技術の進歩の度合いと共に色を変えていくことを易しく教えてくれました。最初は白帯、それから黄色、緑、茶を経て最後に黒帯になるということを。
 さしずめ黒帯は博士号みたいなものではないでしょうか。
「今や僕が柔道をやるのを家の者は大変応援してくれているよ。お母さんだってきっとうれしいと思うよ。」
 きっとお母さんは、ヨッシーを誇りに思う理由があると思います。ヨッシーは、大変に厳しい勉強スケジュールの他に、体力のためのトレーニングに全力を尽くしました。彼の手は、柔らかくきちっとした長い指を持っているのに、非常に力強い感じがします。
 きっと多くのライバル達と技を競い合ってきたからでしょう。柔道の話しを夢中でしているうちに、エネルギーが出てきたのか、彼は大きな息をすると、両手を椅子の後ろに組み、大きなのびをしたのです。その時、下着のシャツが胸のところまでたくし上げられ、胸の筋肉が盛り上がっているのが見えたのです。カーチスも「すごいなぁ。あの胸の筋肉を見ろよ。」と奇声を上げました。胸の筋力のことをペクトラリス(pectoralis)と言うのですが、この単語がヨッシーには何の事か難しくて分かりません。
 ヨッシーはびっくりして、何かシャツに汚れでもついているのかと心配そうに見まわして、カーチスに「何んて言ったんだい?」と聞きました。カーチスは、「君の胸の筋肉のことを言ったんだよ。」と言いながら胸をポンポンと叩いてみせました。
 それでもよく意味がのみ込めないらしく「今何かむずかしい単語を言ったんだけど、何んという言葉なの?」「ペクトラリスさ。」「何故そういうの?」「何故といったって、そういう単語なのさ。」
 ヨッシーは、まだ目をくりくりさせていました。「君の家族は、柔道の他に何か好きなものがあるの?」とボッブが聞きました。
「お父さんは、剣道を練習しています。それはフェンシングの一種ですが、竹の剣を使います。これは戦後マッカーサー元帥によって禁止されたスポーツですが、今は復活しています。お父さんは剣道の高段者です。お父さんは一生懸命働いて私を学校にやってくれます。僕は働いたこともお金を稼いだこともありません。だから学校でしっかり勉強することが恩返しをすることになると考えています。僕は両親に対して、いつも責任を感じています。」
 ゴードンが聞きました。「君の弟は何をやっているの?」ヨッシーは急に顔をなごませ、目付きがやさしくなりました。
「弟の名前はヨシヒデ。僕はこいつが一番好きなんだ。家ではいつも同じ部屋で、隣りに机があって、勉強を教えているんだよ。だからアメリカから手紙をかくときも"勉強しろ勉強しろ"と書いてやるんだ。」
 すると「弟からすると、恐い先生がいなくなったので、彼はせいせいしているんじゃないか?」とジムが口をはさみました。「な、なんだって……」ヨッシーが妙な顔をしたので、みんなが大笑いになりました。
 ひとりがヨッシーの英語が上手なのを褒めたところ、彼は英語は中学に入ってからすでに5年以上勉強していると説明しました。
 英語を習う最初の頃、英語の文法をよく勉強したこと、とくに発音では"L"と"R"の発音の区別をすることが日本人には、大変難しいということをつけ加えました。
「僕はそのため、"yield""yellow""fellow"などの単語で舌の訓練を一生懸命やったんだ、これは僕たちにとってなかなか難しいんだよ。」ジョンが、君の将来の夢は何かと聞きました。「僕は将来、法律と政治とを勉強するつもりなんだ。しかし、まずそのために東京大学という大学の難しい入学試験を受けなければならないんだよ。非常に難しいけれど、日本では最高の大学なんだ。大学の数は東京だけでも90以上あるんだ。」
「君は柔道でリンピック選手を目指さないのかい?」「オリンピックね。僕には遠い夢だな。」ヨッシーは小さく溜息をつきました。話しが移って自動車の話題になりましたので、私が口をはさみました。
「ヨッシー、あなたは知っていると思うけど、アメリカにいる間、留学生は車を絶対に運転しないという規則がありますから、気をつけてね。」というと、「うん、お母さん大丈夫だよ。僕はどうせ運転の仕方を知らないし、今日本では500人に1台の割合でしか自動車は持てないんだ。タルサでは、二人半に一台の割で自動車があるんだってね。」
 そう聞くと、兄弟になったばかりのカーチスが「お前どこでそんなことを聞いたんだい?」と少し驚いた口調で聞きました。ヨッシーは少し胸を張って、ここぞとばかり得意そうに「そういうことになっているんだよ。」私は、そんな二人のやりとりを聞いて吹き出してしまいました。
(続く)