章 学校生活とショーマン (1)

  いよいよ待ちに待った学校の始まる朝が来ました。朝食の時に、カーチスがぼやきました。「あいつったら、一晩中寝言を言ってたんだ。」ヨッシーは、そんな事にはお構いなしで、いつものようにあっという間に朝食を食べ終わり、大急ぎで学校へ行く準備をしています。そして大声で「お母さん、いよいよ学校だよ。いままで脳味噌を休ませ過ぎたから、これからは大訓練しなきゃ。」と笑わせます。2人して「ついに学校だ。」と顔を見合わせて苦笑です。
 いつものように朝はテンテコ舞い。シャワーを使えば、バスルームはびしょ濡れ、髭(ひげ)をそれば顎(あご)に切り傷。歯ブラシにはめいっぱい歯みがきをのせます。それから洋服の選択です。着たりぬいだり、また着たり。
 あわてて靴紐(ひも)を締めたりするものだから、いきなりプツンと切れてしまったり。
「ちえっ、ついてないなぁ。」とぼやきながら、さあ準備完了、カーチスの仕上がるのを待ってます。カーチスが「おい、何もあわてることはないよ!」私も近くに寄って声をかけてやりました。「もっとリラックスしなさいね。」そしてカーチスには「今日はヨッシーにとって、アメリカの学校での初日だから緊張するのも仕方がないんだわ。ちゃんと面倒を見てあげてね。」と言いつけました。
 お向かいのゴードンが顔を出した時、ちょうど準備完了。3人そろって芝生を踏んで出て行きました。ドアのところで見送る私に、ヨッシーは振り向いて心配そうな笑顔を向けて、右手を高くあげて指2本で幸運のクロスフィンガーをしてみせました。私も思わずクロスフィンガーで応えたのです。(註 クロスフィンガー=アメリカ人の習慣(クセ)で右手の人指し指と中指とをクロス=からませると願い事が叶えられるといわれている。)
 3人は隣りの角から見えなくなってしまいました。私は新しい息子が今日1日をうまくやてくれることを念じながら、2ヶ月前の夏の日のことをふっと思い出していました。エジソン高校の教頭で留学生担当であるグリフィン先生のお部屋。私達が留学生を引き取るにあたって、学校の了解をとりに行った時のことです。ヨッシーの成績表などの書類を見せながら、私は先生の机の横に坐っていました。先生はしばらく考えて居られましたが、最後にはにっこり笑ってこう言いました。
「成績も特に問題なさそうだ。それにアジアから未だ留学生を引き受けたことはない。1度トライしてみましょうよ。」
 午後になって子供達が帰ってきました。でもヨッシーの様子を見てびっくりしてしまいました。「いやぁ、大変だったよ!」カーチスが言います。ヨッシーはベッドの上にひっくり返って、大の字になって天井を見上げています。
「何もかも訳が分からないよ。幾何学の教室を探して学校の中を20分間もウロウロしちゃったんだ。女の子が途中で連れて行ってくれたんだよ。」
「いや悪い悪い。十分独りで行けると思ったから、つい放りっぱなしにしちゃったんだ。」とカーチス。
「いやぁ、バークハルトという先生は、女性で幾何学を教えているんだ。担任で英語の先生も女性なんだぜ。日本の学校では、あまり女性の先生はいないんでね。」「そんなことを言ってたら大変だ。こっちは女の先生ばかりだからなぁ。」と2人は大笑いです。
 ヨッシーの学習表がありました。私はそれを読み上げました。
「フランス語、幾何学、アメリカ史、英語、物理、体操……これは大変だわ。」
 彼は大きな溜息(ためいき)を吐きながら、
「でも僕はタイプもやりたいんだけど、やらせてもらえないんだ。」
「おいよく聞いてくれよ。」とカーチスが口をはさみました。
「君はもう5教科もがっちり取っているから十分だよ。特に君のような留学生には5教科でも多すぎると思うよ。余り無理をするなよ。」
「でもタイプだけは習っておきたいんだ。」とヨッシーが言います。
「いいかい、まず第1にタイプなんていつでも勉強できるよ。第2に君はレスリング部に入って相当鍛えられると思うよ。だからタイプを習う時間なんてありゃしないよ。」
 学校ではすでに、彼が柔道の専門家だということが大きな話題になっていました。とりわけレスリング部の2人のコーチにとって、この事は大変な朗報だったのです。
 ちょうど156ポンド(70キログラム)級の選手が不足していたので、彼らにとっては"地獄に仏"のようなニュースだったのです。彼をなんとかレスリング部で育てたい―そう思っていたのです。
 エジソン高校生達はみんな、この日本からの留学生と、もうひとりの留学生、ガテマラのディアルマ・ヘレラ嬢が登校してくるのを今か今かと待ち構えていたのです。その日、学校のステージの中央には、2つの大きな垂れ幕が下がり、それぞれの国の言葉で歓迎の言葉が美しく書かれています。
 AFSによる留学生を1人受け入れることは、費用の面でも大変です。
 資金はいろいろな所から集められていますが、とくに生徒たちが資金集めに重要な役割を果たすのです。生徒たちのポケットマネーを出し合ったり、廃品回収をしたり、キャンディ売りなどをして少しずつ貯めるのです。彼らの汗と結晶として留学生に関心を持つのは当然のことでしょう。
 その週は、彼にとって大変な週となりました。毎日学校から帰ってくるたびに疲れ果てているように見受けられました。テーブルに着くと、椅子にどっかりと坐って溜息をついて、じっとしています。話すのも大儀そうに何か考え込んでいます。どうにか1週間が終わった頃、心配そうにカーチスが「大丈夫かい?」とそっと聞きました。ちょっと考えてカーチスは「仕方がないさ、始まったばかりだもの。彼、英語は上手だけど、一日中聞き取れる訳じゃないもの。全神経を注いでいるものだから、きっと疲れるんだと思うんだ。まぁ。あいつならきっと大丈夫だよ。もう少しこのまま見ていようよ。まさかハラキリはしないだろうから……。」といって笑いました。
 私は少し安心しましたが、昔学校の先生から聞いた話しを思い出しました。
"学校の授業の中で90%は忘れるが、生徒の頭に残った10%こそ本当に重要な事だ"と。そう、ヨッシーはこの事を知らないのだ。彼は毎秒毎秒に全力を尽くし、何んとかして100%を残そうとして必死になっている。
 しかし2週目に入ると、少しずつ事態が良くなってきました。もう十分悩んだからでしょうか、段々と気分を戻してきました。学校でのヒアリングも慣れてきたようです。
 テーブルにも、また前のように笑いが戻ってきました。ジョーも工夫をこらしていつもの駄洒落をいったりしました。ヨッシーはそんな洒落が大体分かるようでしたが、時には注釈をつけてあげる事も必要でした。すると、独りで大笑いになるのです。 
 ある時、あるジョークで大笑いになった後、ヨッシーは急に真剣になって「僕、本当は何も分からないや。」と言って、みんながまた大笑いということがありました。そして極めつけは、ヨッシーがクイズを出しました。
「四つ車輪があって、ハエが飛んでいるものは何?」みんな考え込んでいるスキに彼は「そりゃ、ゴミ回収のトラックのことさ。」と得意そうに、皆を煙にまいたりしました。
 実はヨッシーの知らないことですが、数学の先生方は、あることでヨッシーを試験的に観察をしていました。それは厳しいことで定評のあるジョーンズ先生が留学生を選ぶに際して、アジアではろくな数学教育をやっていないから、あまりアジアからの留学生を取りたくないと主張していたのです。
 3週目に入ると、ヨッシーは友達も出来、先生方を徐々に見直させるようになりました。とりわけレスリングのコーチは一定のプログラムに入れた上で、「こりゃ、仲々使えるぞ。」と大変喜こんでいました。口にこそ出しませんでしたが、ヨッシーはひとつひとつ期待された通りにやり始めていったのです。 (続く)