| 第 6章 きかん坊 (2) |
私の悩みのもうひとつは、彼が指を鳴らす癖です。それもひとつやふたつではないのです。手の指と足の指全部なのです。彼に言わせると、これで指の関節が大きくなって、運動選手にとって非常に大切なことなのだそうです。夕食後テーブルを囲んでいる時など、背筋の寒くなるような音、ポキポキ、ポキポキという音をさせるのです。きっと無意識のうちにやってしまうのでしょうが私は「またまた・・・・・・。」といってにらみつけてやります。彼は「いやあ、ごめんごめん。」といって逃げ出します。
学校でもこんなことがありました。ヨッシーは教室にいて飽きてくると、靴を脱いで足の指をポキポキとやるのだそうです。
その日もポキポキと一本ずつ念入りにやっていたら、前の席の女の子がとうとう怒り出して「今度やると、私本当にあなたのエンピツを折っちゃうわよ。」それも無視してヨッシーは、まず手の指を一遍に“ポキッ”と、さらに足の指も“ポキッ”と大きな音をたててやったそうです。もちろん、彼のエンピツも“ボキッ”と二つに折られてしまいました。
二人の子供達に部屋の掃除をさせるのが、またひと苦労でした。いつも部屋は、読みかけの本やノート、洋服や柔道着、靴下やらが散らかっています。私が部屋に行くと、いつもヒステリーを起こして拳をふり上げてしまうのです。とこりが彼らもさるもの。私が怒りをこめてドアをノックすると、さっとドアを開けて迎え入れるのです。すると部屋の中はきれいに片付けられていて、ダスティング(ほこりとり)さえしているものだから、私は振り上げた拳のやり場に困って仕方なく引き上げてくるのでした。
学校から帰ると、よく友達が家に遊びに来るようになりました。カーチスがアルバイトに行っている時は、ヨッシーが一人でお相手をします。ただ多勢の友達が来た時は、しばらくは一緒に騒いでいますが、彼はいつの間にかいなくなってしまうのです。そういう時にかぎってガレージで体育館よろしく腕立て伏せなどをしたりバーベルを上げているのです。私はヨッシーのたまには一人きりになりたいという気持ちがわからないこともないのですが、やはり友達をほっておくことはよくないことだと思い、一度きつく怒りました。
「お友達がきてくれている時は最後まで面倒を見てやるものよ。もし出て行くことがあったら、きちんと話して行くべきよ。」
そんな時、彼は素直に分かってくれました。
土曜日の午前中は、彼は私の台所仕事をいつも手伝ってくれるのです。
「ねぇ、ヨッシー、私はね、あなたがあまりアメリカのスラング(俗語)を覚えることは少し心配なの。だって日本に帰ってからあなたのご両親から“アメリカでこんな事を覚えてきたのか”と言われるのがいやなの。」
「そりゃそうだよ、お母さん。たしかに学校の教科書の載っていない言葉って、ずいぶん沢山あるんだものね。」
「だから決してアメリカの悪い面は覚えちゃ駄目よ。これだけはよく言っとくわ。」
「分かった。でもI'll be darned(こりゃ、たまげた)とか、go get'em(あの野郎やっつけろ)なんて、僕なかなか好きな言葉なんだけどなあー。」
私は思わず目をパチクリとさせてしまいました。
「それからもうひとつだけ言っとくわ。大きな問題ではないと思うけど、あなたはみんなから贈り物をプレゼントされた時は、ちゃんと“サンキュー”(有難度う)と言えるでしょう。だけどあなたが人から褒められたり、お世辞を言ってもらった時に、サンキューって言っているのを聞いたことがないの。お世辞も、いわば贈り物なの。変に恥ずかしがらずに“サンキュー”と言うのが素敵だと思うの。」「よく分かった。」
「なんともあなたは、スウィート・ボーイよ。」「サンキュー。」
毎日一緒に生活しているうちに、ちょうど“ジグソー・パズル”が少しずつ出来上がっていくような、そんな気がすることがあります。私は、ヨッシーのこれまで知らなかった部分、日本での生活ぶりや過去の出来事などが、だんだんと分かって来ました。彼も気の強い子ですから、よく日本のご両親とぶつかったようです。その一番の原因は、なんと彼の弟のことなのだそうです。日本にいる時、家でのヨッシーは、4歳年下の弟、ヨシヒデの教育役を買って出ていたそうです。彼は弟の勉強や運動などのやり方すべてに命令を下し、いつも勉強部屋の隣りの机に坐って“勉強しろ勉強しろ”と言っていたそうです。
“そんなに厳しくすると、性格が曲がってしまう”とご両親が言うと、「お父さん達が甘すぎるから駄目になってしまうんだ。」と反論するのだそうです。彼はヨシヒデを自分と同じように育てたいという信念を持っていたようです。
弟にとって兄は、恐ろしい独裁者に見えたことでしょう。これは大変なことだと思いました。彼は最も愛する弟を最後には破壊してしまうかも知れません。
ある日、彼の所に部厚い手紙が届きました。ヨッシーの様子がいつもと違うのです。私はちょっと気になって彼の部屋をノックしました。「ヨッシー、何かあったの?」
「実は、日本のお母さんから手紙が来たんだけど、弟のヨシヒデが僕が“アメリカに行ったことがとてもうれしい。もう帰って来なければいい”なんて言っているんだって。」
今にも涙をこぼさんばかりに告白するのです。しばらくの間、沈黙が続いてから「僕があんなに可愛がっていた弟が何故なんだ・・・・・・。」と小さくつぶやきました。
「ヨッシー、よく聞いて。あなたには何故だか分からないでしょ。でも私はこう思うの。この地球上には何億もの人間が生きてるけど、誰れ一人として同じ顔の人間はいないでしょ。誰れだって他の人と全く同じになるように言われたら、その人だって怒るに決まっているわ。あなたは学校でも出来るし、運動だって万能選手だわ。だけど弟を可愛がるあまり、あなたは自分と同じようになって欲しいと思っているのよ。いわばあなたのコピーを創ろうと考えていたのね。弟が自由になりたがるのは当たり前のことよ。」
「お母さんは、僕の知らないことを何んでも知っているんだなあ。」
「そりゃ、50年も生きているんだから。あなたのお母さんもきっと同じよ。私はあなたにすぐヨシヒデに手紙を書いて欲しいわ。もう余計な事は一切言わないということをはっきり約束して欲しいの。自分が間違えていないと思うことで、人に謝るということは、とても勇気のいることよ。だけど、私はあなたにその勇気が十分あると思うの。」
夕食の時、彼は明るい表情になっていました。「お母さんの話しが、いまようやく分かってきた。もう弟に手紙を書いたよ。」
10日程たった頃、弟のヨシヒデから手紙が届きました。ヨッシーはまた前のように明るい陽気な少年に戻りました。
「お母さん、本当に有難度う。」このヨッシーの言葉は、私にとってかけがえのない言葉だったのです。 (第6章終わり) |
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