| 第 7章 感謝祭 |
11月の感謝祭に向って、カンサス州の歯科大学に行っている長男のケントが戻って来ました。それで家の中が急ににぎやかになったのです。ヨッシーとケントは、会った瞬間から、仲のいい兄弟になっていました。
夕食後、一家そろってガレージに集まり、ヨッシーを中心に柔道教室が始まり、やがてヨッシーとケントのレスリングマッチになってしまいました。またバックヤードに行ってピンポンの日米対抗戦も行なわれました。とにかく家族が1人増えただけなのに、朝から晩まで家中の騒がしいことといったら。
ちょうどその頃、彼のお母さんから私達宛に手紙が届きました。
「いつも息子がお世話をよくして頂きまして感謝の言葉もありません。彼もお宅のお食事にもう慣れたものと思いますので、特別なご配慮はしないで下さい。若者が新しい環境に慣れるよう努力するのは当然のことですから……。」
何と素晴らしいお便りでしょう。ケントが「お父さん、お母さん、是非一度日本に行かなくちゃ。」と言ってくれました。こんな素晴らしいヨッシーのお母さんに、私は是非会ってみたくなりました。
感謝祭の日の夜、私の家へ多勢のお客様を招いてディナーを開きました。親類や縁者が遠くからやってきて総勢13人になりました。娘のサニーも夫と一緒にやって来ました。私はヨッシーのために、この感謝祭のディナーを出来るだけアメリカ風に仕上げました。七面鳥をはじめ多くの御馳走がテーブルの上に並びました。
「日本では、こういう時に“レッド・ライス”(お赤飯)を食べるんだよ。」
「赤ライスなんて世の中にあるのかい?」
とおばあちゃんが聞きました。
「いや、あずき豆と一緒にライスを炊くんだよ。」と説明しています。
にぎやかなディナーが終わると、続いて私とカーチスの誕生パーティが始まりました。本当の私の誕生日は、もう少し先なのですが、ちょうどみんなが集まったので一緒にやったのです。私へのプレゼントの中にヨッシーからのも入っていて、包みを開けてみると、絹で織った大きな“風呂敷”でした。これはいろんな物を優雅に包むもので、よく日本の女性が使うものだそうです。何とまあ美しいのでしょう。しかもヨッシーの手紙が添えてありました。「僕が太平洋の向うから大事に持ってきたものです。大切にしてください。」と書いてありました。私にはうれしい贈り物でした。
ヨッシーは時々面白いことを言い出します。「カーチスと僕は同じ1944年生まれだけど、これはサル年生まれというんだ。サル年生まれというのは、賢くて独立心が強いという特性を持っているんだ。」
「じゃあ聞くけど、サルが20歳になって大人になったら何というのかな?」とケント。「うーん」「そりゃ、ゴリラだよ。」
ここで全員が爆笑です。みんなの興味に答えて、ヨッシーは“十二支”について説明しました。ネズミ、牛、トラ、ウサギ、竜、ヘビ、ウマ……何と面白い配列なんでしょう。
「ところでこの中に有名な動物が欠けているけど、何か分かるかな?」とヨッシーがいたずらっぽい笑いを浮かべて聞きました。
ミッキー伯母さんが「私の好きなネコが入っていないわ。」と言いました。
「御名答。ネコが入っていないでしょう。何故だと思いますか?これが第2問。」
誰れもこれには答えられません。
「その理由はこうなんだ。大昔、日本の天皇が12匹の動物でカレンダーを作ろうと思って森の動物に宮殿に来るようにお布令を出したんだ。その期日は1月1日。これを聞いたネズミは、友達のネコに1月2日と嘘を教えたんだね。さあ1月1日、お正月の日に全員が集まって天皇に挨拶したんだけど、ネコだけが行かなかったため、カレンダーから外されたんだ。翌日になってネコは嘘をつかれたことを知って怒り狂って。それ以来、ネコはネズミを追いかけまわしているんだって。」
「なんて素敵なお話なんでしょう。」
ジョエン叔母さんが大きな声を上げました。この夜のパーティは、こんな楽しい雰囲気で夜遅くまで続いたのです。
この感謝祭のシーズンに、私達ファミリーにとって大きな喜びがありました。娘のサニーに初めての男の子、デビットが生まれたことです。ヨッシーも大喜びです。「僕もついに叔父さんになったんだね。この家にはいつ来てくれるのかな?」と対面が待ち遠しいようです。私は病院の手伝いのため数日間留守にしました。その間家の男性たちは、勝手に自分たちで食事を作っていたようです。
2,3日後、イリノイの母から電話があり、父の容態が悪くなってきたという悲しい知らせです。人生というのは何て不思議なんでしょう。今ひとつ新しい生命が生まれたと思ったら、もうひとつの生命が消えようとしているんですもの。(第7章おわり)
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