第9章  友の死を越えて (1)

 新しい年は雪で明けました。純白の雪は、若者に高い希望と決意を感じさせます。
 学校では、あのトラブルのあった先生とも和解して、今はうまくいっているようです。学校へ通うヨッシーも毎日が楽しそうです。
 しかし、レスリングの試合を続けているので、彼には体重コントロールという関門が残っています。彼は「体重を156ポンド以下に抑えよ。」というコーチの厳しい命令におびえながらも、あの馬のような食欲をセーブすることはなかなか困難でした。
 コーチの命令というのは、今やわが家でも絶対の規律となり、私も彼も食事について本当に悩みはじめました。彼はレスリングについては何も言いません。私の見るところ彼は柔道の代わりにエネルギーを傾けられるもの。何かに情熱を傾けていなければ承知しないタイプなのです。そのうえ、彼はレスリングで常に勝つことによって、日本人に対する敬意を集めたいと思っている様子です。
 彼は試合の結果で彼の祖国が評価されるとよく口にしました。
 「僕は絶対に勝つ自信があるんだ。日本人に不名誉な思いをさせたくないからな。」

 さて試合の行われる金曜日の夕方。夫と子供たちが車で出かける間際になって、
 「お母さん、風邪をひいてこれなくって残念だね。頑張ってくるからね。」とヨッシー。
 「ボブ・ブラントも風邪をひいて今日の試合に出れないんだ。残念だけど今度のトーナメントまでおあずけだ。」
 ヨッシーはボブと大の仲良しのレスラー仲間なのです。その晩も彼は勝ちました。(16対5と圧勝です。)意気揚々とロッカーに戻って来て、カーチスや友人達がタオルでマッサージをしているところへ、コーチが顔を出して、夫のジョーに「これからは点数勝ちよりも、フォール勝ちをしなきゃ駄目なんです。今後のヨッシーの課題です。」と言っていたそうです。
 その翌日、大変なことが起こりました。朝刊の3面に、あの親友のボブ・ブラントの黒枠の写真と、その急死を報じる記事が載っていたのです。単なる風邪と思っていたボブが、急性肺炎で一晩のうちにその若い命を奪われてしまったのでした。新聞を読んだヨッシーは、しばらくは茫然としていました。
 「馬鹿な、そんな馬鹿なことってあるかい。」と涙を浮かべていいました。私が慰めの声をかけても彼には聞こえないようでした。ボブは、この日本から来た親友に何の予告もなく、サヨナラも言わず突然逝ってしまったのです。1人部屋に閉じこもった彼を、しばらくはそっとしておいてあげるのも、私たち家族の愛情ではないかと思ったのでした。

 翌週の月曜日の午後、ボブのお葬式が行なわれました。レスリング部の仲間も全員参加してしめやかに行なわれました。私も参列して家に帰ってきた直後、玄関のベルが鳴りました。先に帰っていたカーチスが、誰れかお客さまかなと思いながら玄関へ行くと、ヨッシーでした。玄関口に立っていて、カーチスに塩を持ってくるように頼みました。食卓塩を持っていくと、ヨッシーはそれをパッパッと振りかけたのです。
 「不幸が家の中に入ってこないように、塩で清めるんだ。」と教えました。
ヨッシーは、仏教にあまり関心がないといってましたが、私達は厳粛な仏教の儀式を教えてもらったような気がしました。(続く)