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いとこ会 05月02日(金)

先日(4/26)大観荘で「いとこ会」をする事になり、15人程集まりましたが、選挙区には残念ながら、私を含む5人しかおりませんでした。
今年で「いとこ会」も2回目ですが、前回の時は出席できず、久し振りにみんなに会えてハッピーでした。3時間ほどの再会でしたが、話がつきません。
最年長のいとこが70歳、若いので47歳(妹)既にご主人や奥さんを早く亡くした人もおり、だんだんと淋しくなります。
姉のようにしているいとこも一昨年ご主人を亡くし、子供達はそれぞれ結婚して独立しており、今は一人で暮らしております。
いとこも市役所を退職して、夫婦でイタリア旅行など計画をしていたようですが、だめになったのよと嘆いていました。そこで私の出番 今度一緒に行く事を約束しましたが、飛行機に長〜く乗ると腰が痛くなるので、腹筋などして鍛えなければと思っていますが、ちょっと無理かなあ?
でも、行ける日を楽しみにしている今日この頃です。
時節柄、皆様お元気でお過ごし下さい。

                              原田義昭本部事務所 吉塚志佐子

ゴールデンウィーク突入!  04月27日(日)

  大変、気持ちのよい季節となりました。
  いよいよ皆様、待ちに待ったゴールデンウィークに入りました。昨日から長期休暇をとられている方も多いのではないかと思います。行楽地等にお出かけの際はけがや事故などないよう気をつけてお出かけください。
  余談ですが、原田本部事務所はG.W期間中でも毎日、開けておりますので、近くにお越しの際はご遠慮なくお立ち寄りください。
  私どもの地元でも各地で、恒例のイベントが予定されており、筑紫野市の藤まつりや東峰村の民陶祭などは毎年、多くの方で賑わっています。近くにもいろいろな名所、旧跡等ございますので、ぜひ、足を運んでいただきたいと思います。また、事務所までご一報いただければ、この選挙区にある名所、旧跡等ご紹介いたします。
  ちなみに原田本人が遠方から来たお客様を必ず案内する場所があります。そこは太宰府の水城跡です。原田曰く、ここが一番大事で価値がある史跡地だと…。私もそう思います。最近は周辺も整備され、駐車場や展望台、説明看板もありますので、ぜひ、お越しください。
                                     本部事務所  陶山 良尚

花の邪馬台国まつり 04月14日(月)

初めまして。石井寛江と申します。朝倉事務所に勤務して2カ月余りとなりました。どうぞ宜敷くお願い致します。
さて朝倉市は5月11日より6月1日迄市民の祭り「花の邪馬台国まつり」で市内はまつり一色になります。その宣伝隊として塚本朝倉市長や女王卑弥呼などが5月3日の博多ドンタクのパレードに参加PRします。昨年迄3年ほどパレードに私も参加しまつりを盛り上げました。
5月11日杷木町道の駅「バサロ」広場で韓国美女隊の舞踊や太鼓をはじめ九州一円からよさこい隊が集合、華やかに踊りまくります。又筑前の小京都秋月では竹灯篭でライトアップされ、幽玄の世界に導きます。
キリンビール前花園では1,000万本のポピーが咲き乱れます。
朝倉市では皆さんの御来場をお待ちしています。
スタッフの一員としてまだまだ不慣れな点も多く、皆様にご迷惑をお掛けしています。今後もご指導ご教示いただきます様お願いいたします。

                            朝倉事務所 石井寛江

昼食での話 04月09日(水)

 桜がとても綺麗な季節になりました。
私は、まだ期間は短いですが、学生後半から原田先生や秘書の方のお手伝いで新聞配りや運転をさせて頂いています。

そんな中での先生との昼食での話ですが、先生は食べるスピードが早い!本当に早いのです。
私も負けずと食べるのですが、いつも先生が先に食べ終わります。

私の当分の目標は「先生に昼食で勝つ」と言う事を決めました。

                                   福岡本部事務所  野中雄介

さくら前線 今どのあたり? 04月03日(木)

 春になるとお花見のことを考える方は多いことと思います。
 全国にお花見の名所と言われるところは数多くあり、それぞれ素晴らしいところと思います。その中で一度は訪ねてみたいな!と思うところもいくつかあります。
 皆様も「名所」と思われているところがそれぞれあって、又、それぞれに思い出があるのではないでしょうか?
 私の場合の思い出の名所は、生まれ育った坂の両脇の桜並木です。ここは、美智子皇后様が学生の頃、ラケットを抱えてお花見をなさっていたのだろうと想像するところです。その同じ坂を私も咲く桜、舞い散る桜を見て歩いていました。
 そしてこの場所は、小学校の帰りに寄り道をしたこと、子供達と桜の木の下でお弁当を戴いたこと、夫と二人で夜桜を観に行ったこと等色々な思い出が走馬灯のように廻る桜の坂道なのです。
 でも桜を愛でることができるのは、一年に一度。しかもあっという間のひと時だけ。だからこそ、そのひと時が待ち遠しいのでしょうか。
 これからも又、色々な思い出となるそのひと時を待ち、桜を愛でることを繰返していくのでしょう。
 今、貴方の心の中に、桜の淡い色、香り、散る姿等が浮かんではほのかに消えていってしまいませんか?

                                      山本 邦枝

サクラ 03月28日(金)

  春のお彼岸も過ぎ、連日各地より桜の開花宣言が聞こえて来ていよいよ春本番ですが、まだまだ肌寒い日が続いております。お変わり御座いませんでしょうか?
  ここ春日・那珂川事務所の近くにも白水大池公園、県営春日公園、R385沿い西隈の忠霊塔の桜等、桜の名所が沢山有り今の時期は各所の花の咲き具合を比較しながら楽しんでおります。 しかし、これらの名所は最盛期には大勢の見物客で溢れ渋滞の名所でもあるため満開の一番いい時期に意外と見ていないものです。
  日本人の桜(花見)好きは平安時代くらいからで、それ以前は梅の花を見に行くことを花見と言っていたそうです。花見は江戸時代(八代将軍吉宗のころ)に江戸各地に桜の木を移植し急速に一般化したそうです。それ以前にも(平安時代以降)貴族や武士の遊びとして行われてはいました。特に有名なのが秀吉の行った醍醐(京都)の花見です。
  気の会った仲間と見る桜の名所の花見も良いものですが、皆さんも小さな公園やひっそりとした住宅街に咲く自分だけのお気に入りの桜の名所を探しに行かれてはいかがですか? 自分たちの住む地域の事がますます好きになりますよ。  ちなみに私のお気に入りの場所は 春日市紅葉ケ丘東地区にあります。 
                                春日・那珂川事務所   福田 毅

麻生大浦荘と旧伊藤伝右衛門邸の旅 03月18日(火)

@大浦荘は麻生一族の住居として建てられたもので、柏の森の麻生本家を中心に中島邸・立岩邸・麻生屋、何れも和風入母屋書院造りの数寄を凝らした住宅です。建築材料は、桧・杉が主で柱はすべて四方柾(四面に柾目がある)で非常に高価なものであり、欄間にも高級材に精微な細工がなされており贅を尽くしたものでした。庭園の背景をなす森の樹木は自然のものではなく、人工により植樹されたものだそうです。座敷には数百体のお雛様が飾られていまして素晴しいお屋敷でした。

※雛祭りに菱餅をお供えするのは、昔は心はハート型でなく菱形だとされていた。菱の型をした美しい心に、雪が解け雪の中から萌えいずる緑の葉が出て来て最後に桃の花のような美しい女性に育ってほしいと親の願いからお供えをしていました。

A旧伊藤伝右衛門邸と歌人柳原白蓮
 敷地面積約2300坪、建物延べ床面積300坪の近代和風住宅は和洋折衷の調和の取れた美しさが魅力です。2階の白蓮さんの部屋からは素晴しい庭園が望めました。また襖の取ってのモチーフにチューリップを使いお花好きな白蓮の優しさが伺えた、歴史ある美しい建物で飯塚市有形文化財とされています。歌人柳原白蓮は本名Y子(あきこ)華族柳原家の令嬢として生を受け、大正天皇の御生母柳原愛子様を叔母に持つ。Y子が、明治43年東洋英和女学院を卒業して間もなくお見合いで結婚した。伝右衛門50歳、Y子25歳、25歳の歳の差と腕一本で巨万の富を一代で築き上げた人、字も読めないような人だったと聞いて居ります。家庭に入りますと女中頭がいて家を取り仕切っていました。Y子は言葉も習慣も違った大家族の中で、一家の主婦として、妻として何も自由にならない。人形のようにただ着飾って座っているという日々に不満を感じていた。砂漠のような泥沼のような生活の中に読書と和歌を詠むことだけは許されていた、苛立ち、悲愁、むなしさを歌にぶっつけていた。日蓮を信仰していたので日の上に一つ点をつけて白蓮という名前をつけたそうです。感情面の弱さ、意志的な強さ、この両面がY子の文章に良く表れているそうです。社会的な制裁を受けようとも、虚飾にまみれて暮らすよりは真の愛に生きようと決心をし、十年間の生活にピリオドを打ち新聞紙上に妻から夫へ宛てた絶縁状が掲載された。そこには十年もの間、伝右衛門との愛と理解を深めようと努力し、苦悩する気持ちが連綿とつづられていた。雑誌「解放」を通して東大生であった宮崎龍介と知り合い、自分とは縁の無かった世界に住む今まで出遭ったことも無い人だったので大変に心惹かれるものがあったようです。その後Y子は宮崎Y子として一男一女に恵まれ、その生涯を全うしました。長くなりますので、後略。         (長女宮崎蕗苳さんの母を語るを参考)
  自分の才能を無駄にせず、どんな恋も、その糧にしてしまう逞しさがあり女性の憧れですね。

                    原田義昭本部事務所  笹渕 艶子

お礼 03月11日(火)

  先月の2/23新春の集いには、沢山の皆様にお集まり頂きまして、誠に有難うございました。
  受付をはじめ駐車場・会場案内など皆様の手助けのおかげで無事、会を終わらせることも出来ました。重ねて御礼申しあげます。
  また、朝倉の方々には、1/2の大会 2/23の大会と足を運んでいただいたことに感謝しております。
  今後ともお力をお貸し頂けますようお願いいたします。
                                      本部事務所  中村早苗

現実化した「ジョーク」! 03月07日(金)

60年代のアメリカで次の様なジョークがありました。

ドイツ人が神様に尋ねた 「ベルリンの壁がなくなり、東西ドイツが統合されるのは何時でしょうか?」
神様がドイツ人に答えた 「お前が死んで20年後だ」
ドイツ人が泣いた!・・・・

ソ連人が神様に尋ねた  「KGBがなくなり、ソビエトが自由な国になるのは何時でしょうか?」
神様がソ連人に答えた  「お前が死んで20年後だ」
ソ連人が泣いた!・・・・

アフガン人が神様に尋ねた 「この中東から戦争がなくなるのは何時でしょうか?」
神様「・・・・・・」
神様が泣いた!・・・・・

60年代にあっては、ドイツの統一もソ連の崩壊も夢のまた夢!されど中東から戦争の火種は消えることが無いことは確実に判っていた。だからジョークとして成り立ったのでしょう。
そして、ドイツは統一されソ連も崩壊し一応自由な国となったのです。でも相も変わらず中東では戦争が耐えないのです。正にジョークは的中したのです。この点、残る1年の任期となったブッシュ大統領の一般教書演説は現実とはかなり径庭がある事は覆う目にも明らかでしょう。

ジョークと言い、嘗ての新聞の風刺漫画と言い、自由民権運動期の演歌と言い、更には江戸時代の狂歌に至るまで、実に、その時代をシニカルに捉えているものが多いのは、その時代に満足していない一般大衆が不満を笑い飛ばして、時の為政者を批判しているのではないでしょうか。表立った批判は弾圧されてしまう危険がある。それを回避するが故に歌なり何なりに託して為政者批判を盛り込む必要性もあるのでしょうが、それを笑いにまで変えるのは心理的には自己防衛の本能なのかも知れません。時の為政者が圧制を強いれば民衆は当然苦しむのですが、苦しみを苦しいと認めてしまうと世は儚く、遣る瀬無くななってしまう。苦しみを笑いに変えて愉快になれば自己保全できる。明日は別の社会になるかも知れないと希望が持てる。
洋の東西を問わず、様々のサブカルチャーにこの心理的作用が共通して横たわっているのは人間が元来愉快な事を好む生命体である事の証左なのではないでしょうか?
特に日本人は国の創世神話においてユーモアな感覚を持っている民族なのです。殆どの民族は、国の誕生話(神話と言ってもいいですが)に於いて、太陽の神とか海の神が当該国の礎を創ったと言う共通点があります。併し、この大和の国では異なっています。曰く、行水していたご婦人を雲の切れ端から覗き見していた助平な神が、もっと覗き込みしようとして身を乗り出し過ぎて地上に落下してしまった。天上の神々は裁判を開き、当該助平の神を天上に戻さず、その地上を平定させるために暫く滞留させた。その地上こそがこの日本なのです。つまり自分の国の開祖を助平の神様と言う神話を持っている民族は他にはないのではないでしょうか。それほど、ジョーク的なものとは人心を魅了するものなのかも知れません。
ところで、「今の時代をシニカルに捉えて何かジョークでも」と考えると結構色々ありますね。
別に、政治や経済や国家云々でなくともいいのです。自分の会社をアイロニーしてもいいし、自分の担当の相手会社の部長さんをシニカルに詠んでみてもいいのです。会社帰りの赤ちょうちんも良いですが、ストレスをユーモアに変える術を人間は本能的に持っている事も知っておいた方が良いのでは・・・・
                                     会館:居石

山の危機 03月04日(火)

最近、地域の皆様から環境問題の話を色々と尋ねられたり、困られているお話を頂くようになりました。朝倉地区は特に、農村地でもあり福岡市に水を供給するダムが現在2箇所(3箇所目・小石原ダム建設予定)ある重要な地域なのです。故に水・山に対しては非常に関心をもたれています。今、本当に問題になっているのは、山の問題です。山が今、危機的状態(崩壊)になってきてます。なぜ、山か。山は自然の原点とも言えると言われてます。手入れをされなければ、水が減り、鹿・猪などの動物が餌に飢え民家近くまで降りてきて、農地を荒らすという構造になっているのです。国・県・市・町と行政も懸命に努力していますが、やはり、一人一人が環境(水・緑・その他)に対して小さな事でも何が出来るか、もう一度考え直し行動していくことが大切ではないかと思います。私も、昔の日本の良さを再認識し努力します。
                              朝倉事務所     古賀 三春

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