| 2001年9月 |
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| T.私たちは視察と観光を兼ねて2ヶ国を訪問しました。以下その概要を報告致します。 |
日 時:
訪問先:
参加者:
趣旨・目的:
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2001年8月30日〜9月3日(4泊5日)
ベトナム(ホーチミン市)、カンボジア(シェムリアップ→アンコールワット等)
原田(顧問)、永塚昇(団長、弁護士)、斎藤実(副団長、三邦産業(株)会長)ふくむ
32人
1998年の金融危機を経て、東南アジアは大きく変わりつつあります。ベトナムはベトナム戦争終結(1975年4月30日)後、早や25年、社会主義国ながらその経済発展は目覚ましく、我が国との往来も年々盛んになっています。ベトナムの経済的社会的復興振りを見たうえで、今後の日本との経済関係とりわけ投資環境の視察を行うこととしました。カンボジアについては、長きに亘った内戦が1991年10月のパリ会議、UATAC(国連)指導の下で93年の総選挙、98年の総選挙を経て今や本格的な復興期に入っています。戦後10年の経済社会復興の様を実地見聞するとともに、憧れのアンコールワットを訪ねることが大きな目的でした。
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| U.ベトナム(ホーチミン市) |
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現地企業視察 |
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A
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富士通コンピュータ・ベトナム社(ビュンホア特別区)資本金2億USドル、従業員約2,700人、最新鋭設備を備えているが、併せて人手のかかる部分は敢えて機械化せずに雇用機会を増やしている。生産力は好調であるが、米国(日本)での合理化方針がどう響いてくるか心配である。
ナイキ・シューズ社(ベトナム・香港合弁会社)運動靴の世界的ブランド、凄い勢いで生産体制ができている。資本金6,500万USドル、従業員約9,000人、月産60万足。ベトナムだけでも数十工場があるとのこと。ベトナムの労働基準法でいう最低賃金は37ドル/月であるが当社は62ドル/月と厚遇しており、その他の労働条件も恵まれており、ストライキなどは回避されている。労働集約産業だけに人事管理、労働規則などはかなりの工夫が見られる。 |
| 2. |
表敬訪問 |
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A
B |
ホーチミン市人民委員会副委員長(副市長にあたる)ヒュン・チ・ナン女史、人民評議会議長(市議会議長にあたる)ヒュン・ダム氏、並びに同市商工会議所会頭ヌェン・ハル氏をそれぞれ表敬訪問しました。私から概略、
ベトナム戦争後約25年たつが、その後の国家建設が目覚ましく、とくに日本はベトナムの経済の発展振りと国民の活力に注目している。今後とも日越関係を発展させたい。
日本経済は今、困難な状況であるが、必ずそれを近い将来克服していくつもりである。ODAについても削減は免れないが、私たちは必要なものは調達していくつもりであり、その努力を評価して欲しい。被援助国側の努力も見守りたい。
我々は東京、横浜を中心とした企業集団であり、将来の通商関係、投資環境等を調査している。未だ数々の投資バリアー(障碍)が存在しているが、その改善に努めて欲しい。二重価格制度(外国人向けと自国民向けの物価に差異を設ける)などは止めて欲しい。
等を発言した。
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| これに対し先方から、 |
(ア)
(イ)
(ウ)
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日本の援助、日本との友好関係には感謝と評価をしている。
ODA削減の声があるが、ベトナムの窮状を踏まえてできるだけ増額して欲しい。
投資は大歓迎する。必要ならば、税制特典や土地の手当てで投資の便宜を図りたい。各種バリアーについては率直に認めて改善するように努力したい。二重価格制についても検討したい。
等の回答があり、率直な意見交換ができたものと考える。 |
| 3. |
見学 |
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A
B
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統一会堂:旧サイゴン大統領官邸。ベトナム戦争終結時における生々しい歴史の生き証人。ホーチミン大統領の偉大さ。
歴史博物館:多民族国家の統一と独立のための戦争の歴史である。北辺は中国との戦い、タイ、クメール民族との戦い、フランス、アメリカとの戦い。
ベンタン市場:大規模な庶民市場(上野のアメ横を連想させる)。凄まじい庶民のエネルギーとたくましさ。
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| III. カンボジア(シェムリアップ) |
1.
2.
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政治・社会も既に安定期に入った様子。シアヌーク国王夫妻の写真掲揚もあちこちに見られる。経済は未だ、ベトナムに比べても相当のおくれがあり、本格的な復興はこれからとの印象。しかし近代的なホテルがいくつも建設中で、5〜6年もするとインフラ整備も目に見えてくるであろう。在カンボジア小川郷太郎大使のお話でも今でこそ日本のODAが最も必要なときであり、とりわけ幹線(国道)建設などに思いきった援助をお願いしたいとのこと。
アンコールワット、アンコールトム
カンボジアには国中、クメール民族のシンボルとして石造遺跡が点在しているが、アンコールワット(ヒンズー教)とアンコールトム(仏教)はその2大遺跡である。その壮大さと芸術性さらには建築・土木技術の水準の高さは往時の国家権力の大きさ、宗教による人民の掌握力を物語っており驚きを禁じえない。百聞は一見に如かず、いくら写真やTVで予備知識を仕入れても、本物を体感する以外にその真実に迫ることは出来ないでしょう。
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| 追記:日本人の忘れつつあること! |
〈交通事故とオートバイ〉
街の中の息吹にも出来るだけ触れました。ホーチミン市民は若くて元気が良い。人口は500万人くらいという。貧しいけれど快活です。めがねをかけている人が殆どいません。街にはオートバイが溢れています。2人乗りは普通、一家5人乗りも時々見かけます。交通標識は全く未整備、危険ではらはらするが事故は余りない。歩行者は平気で道路を横断します。注意力が鋭く備わっていることと結局は自動車、オートバイが譲っているようです。
〈健康都市〉
朝早くから(多分5時には)サイゴン河河畔は人々で溢れています。ラジオ体操、太極拳、縄跳び、バトミントン、サッカーさらにはフット・バトミントン(?)思い思いに真剣に汗をかいています。太陽とともに起きる生活、何と健康で逞しい生活でしょうか。
〈物売り〉
ホーチミンもアンコールワットも物売りとの戦いです。物乞いも少なくない。貧しさの表れであり、惨めな光景を見るのは辛いものです。幼児を背負った若い母親、汚い衣服と悲しい目で物乞いをされました。遂に負けて2ドルを渡してしまったのです。するとその足元にいた4〜5才の女の子が私を追い始めました。何とその子には両手首が欠けているのです。私は更に負けて1ドルを渡してしまいました。すると4〜5組の物乞いが争って追ってきた。私も今度は本気で逃げたものです。
他方、明るい物売りも凄まじい。バスの出入り口は常にみやげ売りが待ち構えています。上客と見て売り込みは凄まじい。我々はバスに乗り込む、走り出す。然らばオートバイ5〜6台に分乗し、本格的なカーチェイス。その間中、バスの我々の窓ガラス越しに荷台から売り込んでいるのです。何キロ先の次の下車地点で当然、我々をつかまえる。・・・・・・・
噫々、この逞しさ、今、日本人が失っているものこそこの「逞しさ」ではないか?
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