ヨッシーレポート

 


2003年8月
夏の甲子園、球児たちのはつらつした姿は、国全体に活気と希望とをもたらしてくれます。今年の福岡県代表は、私の地元太宰府市の筑陽学園高校です。一回戦で敗れはしましたが、相手は北の強剛東北高校。しかもダルビッシュ投手をも打ち込む大健闘で地元も大いに盛り上がり、「太宰府」の名を全国に知らしめました(東北高校は準優勝しました)。筑陽学園にとって今年は初出場、これを機に益々有力校として成長するものと期待します。

甲子園、夏の高校野球大会は、茨城県の常総学院が優勝しました。平成13年の春の選抜大会に引き続きそれを導いた名監督木内幸男さんに私は心からお祝いするとともに、これを花道として50年の監督生活を閉じられた木内さんに心からねぎらいを申しあげます。
実はその昔、私は木内さんと一度お会いしたことがあります。昭和59年(1984年)、木内さんは夏の甲子園大会で取手二高を率いて優勝されました。全く無名の公立高校が、桑田、清原(現巨人)らを擁する名門PL学園を破っての優勝ですから、まさに全国的な話題となり、木内さんも「時の人」でした。
 私はその頃、通産省に勤めていましたが、実は、政治に進むべきか否かについて悩み深き日々を過ごしていたのです。そしてある方の紹介でお会いしたのがこの木内さんでした。8月の末か9月の初めか、本当に暑い日でした。東京から常磐線に揺られること一時間ばかり、茨城県取手駅まで行き、そこで木内さん、そして地元の商工会議所の会頭さんとお会いしました。お二人から人生論、教育論、政治論、いろんなことを伺い、夜は御馳走まで頂きました。野球にかけるほとばしる情熱の木内さんからは、子供は無限の可能性を持っているということを教えてもらいました。商工会議所会頭さんは、木内さんと幼な友達とのことで、もちろん野球の応援団ではありましたが、併せて、木内さんは野球の才能があるだけで経済力、生活力がなく、奥さんや家族に随分と苦労をかけていること、今度新設の私立高校(常総学院)に監督として移ることになったので少しは楽になるだろうと率直に語ってくれました。私はその時、甲子園優勝という大事業はその裏にあの会頭さんのように本当に真剣で尊い支えがなければ実現しないものだということを改めて感じたものです。
 ほどなくして、私は勤めを辞め選挙一色の生活に入りました。お二人の教えはいつも私の心の中のどこかにあったような気がします。優勝インタビューでの木内さんの晴々しい笑顔を見ながら過ぎし20年の思いを独り巡らしたものです。木内監督、本当にご苦労さまでした。(8月24日 記)