「他策は勿かりしか」。原発処理水(その2)

  「他策は勿かりしか」という言葉があります。本当に他の道は無かったのか?これは明治時代の外務大臣「陸奥(むつ)宗光」が発したとされる。
  1895年、明治政府は租借中の遼東半島を、独仏露3国の強い圧力を受けて清(中国)に返還させられた(三国干渉)。国内では「弱腰、軟弱」という非難が轟々と起こり、「臥薪嘗胆 (がしんしょうたん)」という言葉が流布した。その政治責任で窮した外務大臣 陸奥宗光が発したとされる。
  「他策」= 他に方法は無かっただろうか? 全力で努力したが、結局他の方策は見つからなかった。あらゆる非難や批判は覚悟の上、この結論を選択した。責任はもちろん取る、いずれ歴史が評価してくれる・・・『蹇蹇録(けんけんろく)』(「他策 勿かりしを信ぜむと欲す」)。
  なおこの「三国干渉」が歴史的には、その後の日露戦争(1905年)の遠因となったとされる。

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「原発処理水放出」を発言するに、この言葉が常に脳裏にあったことを、私は敢えて申し添えます。