今こそ「上杉鷹山」。宮崎県 高鍋町との姉妹都市 文化交流

  宮崎県 高鍋(たかなべ)町と福岡県 朝倉市とは50年を越えて姉妹都市にあります。翌日の文化交流大会を控えて歓迎晩餐会、私は「今の時代こそ、上杉鷹山(ようざん)公の精神と業績を学び直そう」と挨拶しました。
  江戸時代の名君の筆頭と讃えられた上杉鷹山公。出羽国米沢藩(山形県米沢市)藩主 は、その祖先を朝倉市秋月に持ち、秋月は縁組で日向国高鍋藩(宮崎県高鍋町)と繋がっています。
  鷹山は高鍋藩主の次男として江戸屋敷に生まれ、早くに米沢藩に養子にとられた。利発さを頼まれ弱冠17歳で米沢藩主となった。余りに貧窮を極める米沢藩を立て直すことは容易ではなかったが、財政改革、産業振興、何よりも精神改革に努め、35歳で引退する時には米沢藩を稀代の雄藩にまで育てた。
 「為せばなる・・・」の格言は余りに有名。米JF ケネディ大統領が最も尊敬する日本人と讃えた。
  私が最も敬愛する偉人でもあります。