遂に解決、馬毛島(まげじま)問題

  鹿児島県の「馬毛島」では深刻な議論が続いてきた。この小さな島は20年近く、国と地元地権者らとの売買問題が縺(もつ)れに縺れ、なお解決の糸口は見えなかった。国 (防衛省) は、ここを日本の安全保障、日米防衛作戦の要衝として買い取ることを強く目指しており、日米安保の態勢の維持強化の観点からは、一刻も早くその解決を急がなければならなかった。一方地権者はその権利行使には民事的、経済的困難を抱えていた。
  この度の懸案決着、「全島、一部留保、160億円」は、国も、多分米国も、地元も、そして地権者も、長く待ち焦がれたもので、高く評価されて然るべきものと言えよう。

  実は、本件には私も深く関わってきた。もう1年半にもなるか、その地権者が知人とともに訪ねてきた。「T氏」は、窮状を懸命に訴えた。25年以上にもわたって馬毛島の開発に努め、その後に国との調整が始まり、難航し、混乱の極みにいることを切々と訴えた。実にこれが私と馬毛島問題との発端であった。爾来何度にわたって密室に籠もり、議論し、検討し、解決策を見つけようとしたか。そのうち私も大臣となったりしたが、内輪の検討を休むことはなかった。ただ、最大の課題は、相手方(国)の窓口がはっきりしなかったこと、当方に関係取引先とで多くの民事的紛争、訴訟を抱えていたこと、債務支払いの取り立てや経営破綻の危機が日常にもあったことが事態を複雑にしていた。

  私の役割は、多分大きいものがあった。政府側との調整を密かに続けた。さらに当方の抱える身内や企業との民事紛争には、私の民事知識が役に立った。かくして、今年も10月になり11月を迎え、収束への雰囲気が高まってきた。いくつものヤマを迎え、それが去り、あゝもう永久に解決はないのかと絶望を繰り返したこともあったが。そして11月29日金曜日、両サイド弁護士、「T氏」ら当事者の懸命の理解と譲歩によって、遂に決着したとの速報には、私も万感、しばし茫然となったものである。

  それが少しでも国家国益に繋がるのなら、私も良いことをしたと自分を褒めることになる。