国士を見送る。嗚呼、目良(めら)さん!

  「目良(めら)浩一さん」と言っても、多くの人は知らない。半生をアメリカで暮らし、祖国日本のことを思いながら、死んでいった。「慰安婦問題」、「南京事件」など日本の戦後歴史問題について、独り懸命に闘った。如何にアメリカ社会は日本人を蔑(さげす)んでいるか。何故日本人は、正しく、強く、反論しないのか。職を失い、家族を路頭に迷わせ、支援者も集まらず、しかし懸命に訴えた。慰安婦像が建てられ、身を張って各地で反対した。懸命に本を書いた、何本も裁判を起こした・・・そして遂に力尽きたのか。
  来日すると、私の事務所に寄ってくれた。運動を巡って熱く語った。私は、しかし、いつも非力を詫びていた。 祖国は、あなたに余りに冷たかった。

  「偲ぶ会」で、私は挨拶に立った。「あなたには本当に辛い思いをさせた、まず、日本人がだらしない、外務省がだらしない、そして何よりわれわれ政治家がだらしなかった。この国を守るのに結局あなた1人を見殺しにしてしまった。本当に申し訳けありませんでした。」と呼び掛けた。目良浩一さん、享年86歳、心からご冥福を祈ります。

  昨年12月のある日、事務所の秘書が「めら、という人から電話」と言う。目良さんから、成田空港からの電話でした。ちょっと病気で日本に戻っていました、今からまたアメリカに戻ります、と言う。私も久しぶりだったので、「良いお年を、お大事に」と甲高く送り出したものです。そして1月、訃報が届きました。

  およそ政治家たるもの、彼の死に奮い立たずして何を目指そうとするか。