高校柔道部で「励まし」を受ける。そして、「小野泰伸」のこと。

  高校柔道部の仲間から、「大臣退任の慰労と激励」の会を開いてもらった。久しぶりの面々から温かい友情をもらい、一層元気が湧き出てきました。今年は衆議院選挙が必至であること、大臣もあと1、2回は目指すこと、を広言して同志たちの支援をお願いしました。
  「小山台 (こやまだい) 高校」は東京都品川区にあります。私にとっては福岡県から途中転入、アメリカ留学、大学への受験勉強、と非常に大事な2年半でした。その間も一貫して柔道部に属して心身を鍛えました。大学を出て、就職してからも、ずっと高校とは関わりましたが、とりわけ選挙(神奈川県)に出始めた昭和60年ごろには、先輩や同期、同窓生にどんなに世話になったことか、卒業母校のありがたさを実感したものです。今日出席の「宗岡正二」君 (元 新日鐵社長、会長、全日本柔道連盟会長)などとの交流も、先輩後輩で50年以上になります。

  私は挨拶の中で、「小野泰伸」君のことも偲びました。小野はこの小山台柔道部の後輩でした。私が選挙に出る頃小野が大学を出たので、無理に頼んで事務所の秘書に来てもらった。昭和61年の初出馬は落選、平成2年2月に初当選しましたが、その前後5年間は小野が一貫して選挙事務所を取り仕切った。当選して程なく、小野と同期生の谷屋が来て、「先生、小野の具合が良くないので事務所を辞めさせてくれ。持病(糖尿病)が悪化して体が持たない」という。しばらくは小康を得ていたが、2年後に死んだ。

  私は今でもあの過酷な5年間が、小野の命を縮めたのではないかと悩んでいるのです。