「ケネディ大統領、本当の暗殺者は誰だ」(「未解決事件ファイル」、NHK特番)

  アメリカのジョン F. ケネディ(JFK)大統領は、1963年11月22日に凶弾に倒れた。その犯人は「リー・オズワルド」で、しかもそれは彼の単独犯とされた。しかしそれには多くの謎と矛盾点があり、世紀の「未解決事件」とされている。オズワルドには暗殺の動機はない、あのダラスのビルにはいたが、撃ったという証拠はない。むしろCIA(アメリカ中央情報機関)こそ狙撃への政治的動機と陰謀、行動、組織的オペレーションが揃っており、ようやくその全容が明らかとなった、というのが今回特番の新しい主張。CIAは、オズワルドがスターリンを尊敬し、ロシア人の妻を持ち、後年キューバのカストロを慕ったことがある、という状況証拠を綿密に積み上げ、彼を粘り強く陽動した。遂にはオズワルドをダラスのその現場に銃を持って立たせるところまでに仕立て上げた。
  翌年1964年、CIAはいわゆる「ウオレン報告」を出し、オズワルド単独犯行説を確定したが、それに対する疑義が絶えることはなかった。 最近でもその見直し、CIA関与説が持ち出されることになったがその再調査への申請は、実にトランプ政権の下で、「国家の重大な安全保障に関わる」という理由で却下された。

  番組のフィナーレは2つ。オズワルドは事件の半年前、ある会合で「全て真実が明らかになった時こそ、人々は自由に羽ばたける」と演説していたという。なんとそれは、今でもCIAの本部、正面玄関に掲げられていることばだという。When you shall know the truth, the truth shall make you free. (新約聖書 ヨハネ伝8章32節)

  ケネディ大統領に2日遅れて、いずれも57年前。オズワルドは今も野ざらしの墓石の下に眠っている。

  ケネディ事件は多分永遠の「未解決事件」です。その上で、私はケネディ大統領には多少の、いや特段の、思い入れを持っています。ケネディ大統領の政権下、アメリカへ高校留学していたこと(1962〜3)、「いわゆるキューバ危機」(ソ連のキューバへの核兵器持ち込みをケネディが実力で海上封鎖し、一触即発の瞬間) に遭遇したこと、留学から日本に帰国直前、皆でホワイトハウスに行って大統領と直接握手もしたこと。実にその秋、大学入試の勉強中に暗殺の緊急ニュースが入って来て、しばし茫然としたものです。

  更に長じて、何十年か重ね、テキサス州ダラスに旅行した際には、(一応名勝地になっている)その暗殺の道路もまた狙撃したというビルも実見してきたものです。なおつい近年、娘のキャロライン・ケネディ氏が日本への大使をされていた頃、大統領と握手したことを言って、私の英語の本を渡したところ、本当に喜ばれて、後日礼状を寄越された。