横綱列伝、早世「玉の海」のこと

  大相撲は、先場所は無観客、この夏場所は遂に中止になった。残念だがこれもまた試練だ。NHKも懐かしの特番を組んでいた。
  昔「玉の海」という横綱がいた。華やかな「栃若時代」、豪快な「柏鵬時代」の後を継いだ、地味だが感動を残した「北玉時代」、そう北の富士、玉の海という時代。その時代は短く記憶からも消えていった。
  大関は「玉乃島」と呼び、横綱では名跡「玉の海」を名乗った。大きくない身体に人一倍の腕力と闘争心、大関になるのも苦労した、横綱になるのはもちろん大変だった。しかしいよいよ本格洋々の活躍が待っていた。
  玉の海は昭和19年の生まれ、私と同年、私はいつの頃か、その活躍を意識し始めていた。私は大学で柔道をとって卒業したが、就職にも苦労し、国家試験もうまくいかず、浪人を続け、工事現場で身を濯(すす)ぐ生活もした。不思議とわが身に寄り添ってくれたのが玉乃島であった。そして私は官僚の道に本職を見出だすこととなった。
  玉の海は、あろうことか盲腸炎、全くの不慮の病で死んだ。27歳。私は、ひとに隠れて泣いた。