地方自治の奇跡「合併による北九州市」

  福岡県「北九州市」は5市(戸畑、八幡、小倉、若松、門司)が合併して出来た政令都市である。「鉄と石炭」に象徴される国の殖産重工業の中心、北九州地帯をより大きな規模と効率とを持たせるために、都市合併議論は明治中期から出ていた。具体的な運動も戦前戦後、昭和9年、19年、22年と3回に亘って盛り上がったが、国策や「官」主導に対して住民感情がついて来ず、いずれも数年でたち消えになった。
  国の高度経済成長を背景に、昭和35年頃に再燃した合併運動では、まず市長ら地元の指導者が先頭に立ち広域合併推進の旗を振ったこと、市民の大多数が合併に賛成するという民主的動きが大きかった。もとより議会対策を含めて手続きは困難を極めたが、正規発足は38年2月、10万人超の大都市同士の対等合併は世界に例がなく、翌39年4月、国連が調査団を派遣して実情を視察した。なお住民投票による1位の「西京市」に替えて、2位の「北九州市」が市名として採用された。