嗚呼、横田滋さん

  横田滋さんが亡くなった。北朝鮮での拉致被害者めぐみさんほか多くの日本人の帰還をひたすら夢見ながら、遂に力尽きたもの。気の毒で、可哀想で仕方がない。ただ、悪辣、非道、無慈悲な金正恩をどう叩くか、皆んなで考えるしかない。滋さんのご冥福を心からお祈りします。享年87歳。
  平成10年(1999年)12月1日、私は北朝鮮の平壌にいた。自民党の外交部会長として野中広務自民党幹事長(当時)らとともにいわゆる「村山ミッション」の中にいた。一番の成果は、「行方不明者」という呼称を遂に「拉致被害者」という呼称を認めさせたこと、大変なやり取りがあった。実は、その朝、内部の打ち合わせの時、村山富市代表(元首相)は性格が優しい、余り無理言うと北朝鮮が怒り出すと心配したが、私は徹底主張すべきだと譲らなかった。本番で元首相はしっかりと主張してくれた。
  なお当時は「朝鮮民主主義人民共和国」という呼称から「いわゆる北朝鮮」と恐る恐る呼んでいた記憶がある。この「村山ミッション」は、平成13年9月の電撃的な「小泉訪朝」以降に繋がっていく。
  もうひとつ。私は北朝鮮から急ぎ帰り、地元福岡でのお祝いに出た。そしてさらに空路羽田、そして横浜の病院まで急いだ。母の最期には結局間に合わなかったが、「おふくろはお前のことはちゃんと分かってくれたよ。」と兄がそっと慰めてくれた。