サッカーの思い出、「ヴェルディ川崎」のことなど

  このコロナ禍でもサッカーは盛り上がっているようだ。日本もいつの間にかサッカー大国になった。私はサッカーは単なるファンで、もちろん地元の福岡チームを普通に応援し、国際試合ではジャパンの勝負に一喜一憂する。ルールは実は正確に知らない。
  今Jリーグでは「川崎F(フロンターレ)」が圧倒的に強いらしい。ひとつだけ私の思いを語らせて欲しい。私は1990年に川崎市で代議士になった。その数年前からヴェルディ(Verdi)というサッカーチームが超人気で、私も誘致に奔走したが、遂にJリーグ開幕では「ヴェルディ川崎」としてスタートした。カズ(三浦知良)、ラモス瑠偉、北澤豪、ビスマルクらがいた。6,7年ほどしたか、チームが「川崎」の名を嫌い、「ヴェルディ読売」と名乗った。それが制度上許されないならと言って、川崎から出て行くとなった。
  実は「川崎市」という100万都市は決していいイメージになかった。公害や町工場、犯罪、社会不安という負のイメージが定着していた。その中で政治活動した私は、常に市のイメージアップ作戦を訴えていた。
  私は人々と一緒にヴェルディのチーム事務所やオーナー企業(読売本社)に出向いて、懸命に引き留め陳情を行なった。しかしチームは結局川崎を去り、東京(稲城市)に転出して「東京ヴェルディ」となった。川崎市には代わって地元企業「富士通」の系列チームが入り、「川崎フロンターレ」となった。
  今「川崎フロンターレ」はJリーグの先頭を爆進している。一方「東京ヴェルディ」はJ2(2部リーグ)で苦労しているようだ。別に私は、毎日の試合の勝敗とかランキングに関心があるわけでない、勝ったり負けたりはどのスポーツでも常にあるからだ。ただこのヴェルディのことは、もう30年にもなる、私にとって結構大事な事件であり、もしかして人生を考えるときの教訓になっているかも知れない。
  今や川崎市は、人口も増え(110万ー>150万人)、街並みもすっかり変わり、堂々たる近代都市に生まれ変わっています。