2019年

1月

10日

大阪青年会議所とSDGs環境活動

  大阪青年会議所( 大阪JC )に招かれて、環境政策について講演し、かつ新年の懇親を深めました。大阪JC、さらには(上部団体の)日本JCは今年、「いわゆるSDGs」(国連の決めた持続可能な発展目標) を中心に運動を進めるということで、これはまさに環境政策の目指す国の行動方針と 軌を一にするもの、私が環境大臣としてその意義を更に詳しく説明する絶好の機会となりました。
  大阪JCは1000人以上の現役会員を数えOB会組織も加えると、そのパワー、影響力は大変なもので、 彼らがこの環境運動に参画されれば、我々行政にとってもどれほどの応援になるか、有り難い限りです。この際多くの会員、OB会員と挨拶して交流を深めました。

 私には大阪の皆さんとの本格交流は初めてですが、2025年「大阪万国博」の決定を受けて地元はいやが上にも盛り上がっていることも実感しました。
  実は私も川崎JCのOBで、青年会議所運動にはかなり精通しています。私は40...歳までの5、6年、川崎JCで活発に活動し、その後に神奈川県から衆議院選挙に出た経緯があります。その時の友人こそ、今でも私の有力な人脈のひとつです。

  懇親パーティのあと別室にて、大阪商工会議所 副会頭の「鳥居 サントリー社副会長」 及び 大阪JC 「小島理事長」との環境問題に関する三者鼎談に臨みました。雑誌社の企画で、熱っぽい議論が続きました。

2019年

1月

09日

新年、職員訓示

  世の中も、いよいよ本格的に稼働始めました。環境省では、1月8日、新年の始業を機して大臣訓示を致しました。

  「今年1年は6月の『G20サミット』を中心に多くの課題が山積しており、力を合わせて国民の付託と期待に応えよう」、「環境省は多くの仕事を成し遂げているが、そのことをもっと積極的に広報して、国民への理解を進めよう」等々を説示しました。私自身への戒めと思いながら、多くの職員に接しました。
( 環境省本省と内閣府原子力防災部門、2カ所で訓示 )

 

2019年

1月

08日

昭和天皇崩御、平成が始まって30年

  1月7日、昭和天皇を偲ぶ「昭和天皇三十年式年祭」が行われた。本儀は天皇陛下司祭の下、安倍総理ら三権の長は「武蔵野御陵」(八王子市)に参列された。皇居においても同趣旨の副儀が皇太子司祭で行われ、麻生副総理に次いで私ら閣僚も参列した。10年毎という重い儀式で、かくも稀な瞬間に立ち会えた身の幸せを感じました。
思えば昭和天皇の崩御はあの1月7日、平成元年がその翌日から始まった。その日のことははっきり覚えています。儀式中、丸30年の思いが胸を去来しました。

 

2019年

1月

07日

東京の経済界、新年会での挨拶

  新年早々は東京でも新年会が目白押し。「日本鉄鋼連盟」でも挨拶しました。鉄鋼業は石炭を原燃料として使う最大の業界だけに、地球温暖化対策には石炭の活用を抑え、またそれに代わるべき技術開発の必要性を訴えました。COP24での活動状況を混ぜながら、気候変動対策については、何処に行こうと訴え続けるのが環境大臣の仕事です。

 

2019年

1月

07日

おそるべし、囲碁、天才少女現る

  正月早々のビッグニュースは囲碁界に9歳の天才少女が現れて、10歳でプロになるという。私は囲碁が一番大好きで、一応「アマ3段」を自認していますが、いい歳の自分が向かっても けちょん とやられるでしょう。この天才の脳の中は一体どうなっているのか、本当に思うだにワクワクします。
  『後生畏る(こうせい おそる)べし』=若い人間の才能とは怖ろしいほどである、という諺を地で行くように、このところの若者の活動の凄さは、「大人になって一人前」という旧来の常識をはるかに超える。将棋、卓球、ゴルフ、フィギュアスケート、水泳、またAIとかサイバー、SNSの世界では、大学生の起業家も増えているという。ここに遂に囲碁の9歳にまで広がった。活動舞台が国際化し、またAI(人工知能)などの技術発展が全く異なる成長環境を作り出したか。またその両親達が例外なく教育熱心であって、然らば結局は教育の効果であるとも言えます。
  もはや時代がそうなっており、元号が変わる次の時代では一層それが加速される。 素直に喜ぶべきものであって、旧世代の人間は少しでも時代に取り残されないように普段の認知力や努力が必要ということです。

 

2019年

1月

06日

今年も頑張ろう。新年、本部事務所開き

  私の福岡本部事務所の年頭の互礼会(事務所開き)を致しました。後援会役員、県市議会議員の皆様など100人超、毎年の地元活動はこの日から始まります。私は大臣入閣を果たしたことへのお礼と昨日の伊勢神宮参拝、今年への抱負、政局への認識などを挨拶、とりわけ今年は地方選挙、参議院選挙、さらには元号変わりという異色の幕開けになったことを強調しました。時節柄、酒食を慎むという流れが定着してきて、半面、皆様には物足らない印象を与えたかも知れません。

 

2019年

1月

04日

伊勢神宮、新年参拝

  1月4日は恒例、安倍総理の伊勢神宮参拝に閣僚として同行しました。伊勢神宮には日本の皇室の祖先たる「天照大御神」が祀られています、実に2000年もの間、日本人は神に祈り、またその神に護られてきました。
  総理を先頭にして外宮(げぐう)、内宮(ないぐう)とそれぞれの神殿で参拝します、広大に敷き詰められた玉砂利の上をひたすら歩行することで心が洗われる思いです。今年1年の国の発展と国民の安寧をこそ内閣挙げて祈ったことになります。
  天気は雲ひとつない青空に恵まれ、寒くもなく、かつ安倍総理を迎えんと群れなす数万 (十数万?) の人々の歓声に接することで、本心、今年1年への明るい希望と強い自信とが湧いてきました。

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  内宮(皇大御神=天照大御神を祀る)、外宮(豊受大御神=衣食住の守り神)。それぞれ20年ごとに遷宮を行う、最近では平成25年に挙行。

2019年

1月

01日

新年祝賀の儀

  元旦、皇居での新年祝賀の儀に今年も出席致しました。皇居参内は、最も深く今日ある身の幸せを覚え、如何なるご恩にも背いてはならないと堅く決意する瞬間であります。とりわけ天皇陛下の「・・・国民の平安を強く望みます。」とのおことばは今年が最後ということでさすがに寂しさは禁じ得ません。小さくなられたお後ろ姿をお送りする時は、本当に長い間のお尽くしへの心からの感謝で胸が熱くなりました。

 

2019年

1月

01日

新年ご挨拶(その2)

  今年も頑張ります。
(環境新聞 元日号)

 

2019年

1月

01日

1月元旦、新年のご挨拶と決意。

  明けましておめでとうございます。新しい年が始まりました。5月1日には新しい御代(みよ)=元号にも入ります。皆様と挙げて新しい門出を祝いましょう。
昨年中は皆様に大変お世話になりました。私も今年はさらに自らを律して頑張ります。今朝の会合( 「実践倫理宏正会」 、元朝式)でも挨拶に立ち、環境大臣としての決意を述べ、『明日死ぬために今日を務め、永遠に生きるために今日を学べ』という「インド独立の父 マハトマ・ガンジー」の言葉を引き、自らへの戒めとしました。

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  (機中より父なる富士山 1月1日 朝8時 撮影)

2018年

12月

31日

良いお年を(大晦日にあたって)

  今年も一年、皆様には本当にお世話になりました。お陰様で私も目指した入閣を果たし、漲るような思いで新年を迎えようとしています。公務は環境行政を中心に様々の課題が山積しており、自ら年来の思索を実現していくつもりです。政務の方も年明け早々、統一地方選挙が始まり続いて参議院選挙と、政治家としての力量が試されます。
  私たち国民は、5月1日には新天皇の即位、新時代の始まりという稀有な時代に生きており、そのことを誇りと使命感をもって、特別な一年としなければなりません。皆様、良いお年をお迎え下さい。 ( 西日本新聞 12月30日)

 

2018年

12月

27日

原子力発電所の視察

  愛媛県の「伊方(いかた)原子力発電所」の防災体制を視察しました。原発は国のエネルギー政策上非常に重要な位置付けですが、同時にその安全性の確保には何より厳しい基準が求められます。万が一の事故、不具合に対しても、国には万全の防災対策、避難計画などを整備すべきことが義務付けられています。
  伊方地区は愛媛県から九州大分県に細長く伸びた「佐田岬半島」を抱え、原発地点としては特異な場所といわれますが、今回私たちは、原子力発電所、オフサイトセンター(遠隔事務所)、三崎港、福祉施設(放射線防護施設)など関連施設を具さに視察し、合わせて行き帰りバス内から陸路、海路等の避難経路の実情をも把握しました。全景を上空から捕捉するために、最先端技術のドローン機の実演にも立ち会いました。四国電力 佐伯社長、伊方町 高門町長、締めくくりに愛媛県 中村県知事とも会見を行い、お互いの業務、使命を確認しあい、かつ今後の連絡、協力をさらに強化することを約しました。
  原子力安全の確保には、決して「終わりも、完璧もない」ことを改めて再確認した現地視察でした。

 

2018年

12月

25日

石炭産業;栄光と哀切と

  石炭産業は今受難にある。地球の気候変動、温暖化の議論では石炭がCO2 排出量も排出率も圧倒的に高く、その削減、禁止こそが最も重要な環境対策と言われている。どの国でも、またわが国でも然りである。環境省としても、削減方向で真剣な検討が進んでおり、私の責任もまた大きい。今回の国連環境会議(COP24)でも、実はそれが一番のテーマだったといえる。
  COPの会議場一角に主宰国ポーランドの展示室があり、そこに小振りの石炭コーナーがあった。黒々と光り、掘ったばかりのような石炭の塊がいくつも並び、またそれぞれ光や小技を入れて陳列される、さながら石炭の芸術コーナー。
  ところが世界中から来ている多くの環境保護団体が、石炭を讃えるなぞ非常識に過ぎる、と抗議デモをした。対してポーランドの大統領が答えたという、「ポーランドは石炭の国です。このカトビッツ(会議地)も昔ながら石炭と暮らしてきました。国の電力は今8割近く石炭火力で賄われています。石炭の環境汚染は理解してい...ます。この地で国連会議を行うことで、私たちは石炭の歴史に感謝しながら、次の時代(環境対策)に取り組んでいく固い決意を致しました・・・」。

  人類社会の大変革においては、常にこの瞬間が訪れるものです。

 

2018年

12月

24日

「義昭二世!」の結婚式

  結婚式に行って来ました。新郎の名前は「S 義昭君」という。34歳。
 父親Sさんとは深い仲で、実に50年近くに遡る。私は大学出てしばらく東京で定職を探していた。日銭稼ぎに建設労務に就いて謂わゆる「飯場」で寝泊まりしていた。そこに九州の田舎から出ていた中学卒のS君がいた。荒くればかりの飯場では、私はつい彼の庇護者まがいの関係となり、爾来長い付き合いが始まった。定時制高校に通わせる手伝いをしたり、そのうち自分で夜間大学にも行った。いつしか中学校の教師にもなって、バリバリの熱血先生にもなった。
  遂には神奈川県の女性との結婚式にも呼んでくれた。しっかりした家庭だったので安心した。程なくして長男が生まれた。先生、名前を付けてくれ、と頼みに来たのでモタモタしていたら、先生、もう付けました、そっくり貰いましたという。それが「義昭」になったということらしい。爾来、この義昭君を、私が何するでなし、ただ遠くからいつも見ていたような...。でもやはり嬉しいものです、今や立派な会社に勤め、多くの上司、友人たちに囲まれ、何より素敵な伴侶に恵まれて。
  パーティでは、「よしあき、よしあき」と仲間たちが呼び捨て合う喧騒の中で、S君との過ぎし半世紀を独り思い出していたものです。

2018年

12月

23日

天皇陛下、誕生日

  12月23日、天皇誕生日。私ども夫妻も皇居祝辞に招待を受けました。天皇として平成最後の誕生日で、かつ85歳になられたのですが、食事宴で拝見する陛下はあくまでもお顔色も良くお元気そうで、本当に長い間、国と国民のために尽くして頂いた万感の思いで一杯でした。最後は山東昭子先生(参議院議員)の発声による「天皇陛下、万歳!」では全館轟くような感謝の声がこだましました。
  昨日の陛下の記者会見録はご心情がそのまま表れて、本当に胸打つものであったと思います。

 

2018年

12月

22日

皇居に夜間照明、一大観光地に

  「皇居外苑」に本格的な夜間照明を設置、今までほぼ真っ暗だった夜の外苑が、今後夜景としても楽しめるようになりました。まだ麻生内閣の頃、麻生氏が、折角の皇居なのに夜は真っ暗で勿体ない、明るくならないだろうか、と問題提起されたという。検討に着手して実に10余年、ようやくここに実現したものです。東京の地元にとっても長い間の悲願でした。専門的な照明技術が駆使されているということです。
  12月21日は、その記念すべき点灯式。皇居外苑は「国民公園」として環境省が管理しており、環境大臣の私が主催者挨拶をしました。「遂に来日外国人(インバウンド)は3000万人を超え、オリンピックの2020年には4000万人を超えます。その人々にもきっと素晴らしい夜景を見てもらえるでしょう」。 その麻生氏(財務大臣)も来賓挨拶で、昔の経緯を含め、関係者の皆様のご苦労を労われました。

...

  多くの皆様が皇居外苑に夜半にも来られることをお勧め致します。

2018年

12月

22日

獣医師会役員が年末挨拶に

  日本獣医師会(会長 蔵内勇夫氏 )の役員の皆様が暮れの挨拶に来られた。日本獣医師会は先日「創立70周年」の祝いを迎えられたばかり。環境省も大いに関わりが深い、動物の愛護から環境影響まで、全国各地に「動物愛護センター」の建設も進んでいる。政策的課題はいくつも残っている。ともに協力して頑張ろうということになりました。( 蔵内氏は自民党福岡県連会長も務めています。)

 

2018年

12月

21日

環境大臣、日常は・・・

  1 高橋はるみ北海道知事らの陳情。北海道東部は自然遺産の宝庫です。

  2災害対策特別活動の委嘱状を手渡す。
  3今年の豪雨災害等で特別に活躍された方への大臣表彰状の授与。

 

2018年

12月

18日

日本の精神『武道場』

  ポーランドに驚くべき施設がある。日本の武道精神を取り入れ体現した、その名も『武道場』という。ポーランド人の「クチンスキー」なる人物が興し運営している総合武道施設で、空手道場を中心に柔道、剣道の道場を併設する壮大な施設で、同時に数百人が稽古に打ち込める。のみならず大規模かつ清潔な合宿所、トレーニング、食堂、休息所まで備え、その敷地たるや広大かつ緑の大自然に広がっている。ここポーランドの人里離れたスタラビエス地区は息飲む日本の心と精神で満ちている、さながら一大別天地である。
  クチンスキー氏は、空手8段位、工学系の博士号を有し、実業家でもある。施設設立して10年、私とはその前からの知り合いで、まずは日本で(私は柔道)武道家として交流していた。この施設建設についても応援はしていたし、その仕上がり後には、その訪問につき強い招待を受けていた。遂に今日その思いが実現したという次第。実に私はこの施設の「名誉館長」と呼ばれている。
  昨日のカトビツから、...大雪の降りしきる中、車をぶっ飛ばして2時間、たどり着いた道場ではクチンスキー氏ほか門人たちが揃って出迎えてくれた。抱き合っての旧交に浸る間もなく、広い施設の案内を受けた。帰国の飛行機までの1時間という、超 限られた時間であったが、建物ひとつひとつに武道と日本の精神性に対する深い憧憬と帰依を感じて、改めて彼の人間性を確認することとなった。
  なお、何度か日本に挨拶にきた愛息は2年前不慮の事故で亡くなっていた。「おい、ブラット、やっと、来たよ。お前は何故ここに居ないんだ。」と写真に向かって呼びかけた。享年33歳。

2018年

12月

17日

COP24閉幕。先進国、途上国の一体化

  12月15日、COP24 (国連気候変動総会)が閉幕しました。終盤には大揉めして、予定に1日半おくれての決着でした。今回の会議の主眼は、「パリ協定」を有効に実行するための「実施指針」を決定することですが、先進国グループと途上国グループとが利害や格差を乗り越えて、今後の環境規制には共通の思想と責任感を持って取り組むことが合意されました。いわゆる「2分論」が解消されたのは極めて珍しいことで、この総会は大きな成果を残したと言えます。環境政策は今世界中で、いわゆるSDG’s(「持続可能な成長戦略」)を目指していますが、そのための資金負担も先進国と途上国で協力することが必要です。また近時、Circulating Economy(「循環する経済」)という概念、即ち環境政策と経済成長は循環し助け合う=環境対策を強化すれば企業も信任が高まり、イノベーションが進み、競争力も高まる、という考えも広まってきました。
この総会では、全ての国がこれからの...環境政策について、大きなものを学びあったと思います。

総会を指揮したクリチカ議長(ポーランド環境副大臣)の力量には心からの敬意を払います。
深夜になった大会会場には深々と雪が降っていました。

(写真は総会風景、閉会後など)

2018年

12月

15日

CO2排出量、4年連続削減(日本発 その2)

  11月末、環境省は昨年の温室効果ガスの排出量は4年連続( 2014〜17)(8・2%)削減されたことを速報値で発表しました。その旨を私は、このCOP総会において公表しました。当然に各国はそれぞれの立場で排出規制は行なっており、その数字はいずれ何らかの統計では出てくるものですが、私は敢えて日本の実績をここで公表することで、各国に刺激を与えることになると思ったのです。わが国とて、大いなる目標(2030年までに26%削減)からみると、はるかに十分ではありませんが、それでも4年連続して削減していることを公表したことは、この国際会議でも着実な実績と思われていると思います。

 

2018年

12月

15日

宇宙衛星『いぶき2号』(日本発 その1)

  COP24総会も最終盤にきています。交渉団もほぼ連日、徹夜に近い状態です。胸突き八丁という雰囲気です。団の努力で曙光は見えてきました。
この総会に向けて日本は、以下2件について特に強調しました。

...

  この10月に日本は環境気象宇宙衛星『いぶき2号』を打ち上げ成功しました。これは先行機「いぶき1号」に続き、その精度や機能の面で世界で抜きん出ており、そこで得たCO2や諸ガスの捕捉、分析は現在の気候変動の議論では圧倒的に進んでいます。科学的情報の分析、解析が十分でないために排出規制が守れないという理屈や口実を、どの国にも与えない凄さを持っています。今回私は総会演説を含む全ての場所で「この衛星の情報成果をどこの国にも自由に提供するので、申し出て欲しい」と訴えました。
  ジャパン・ハウスではその模型を公開して、解説ビジョンを流し続けました。その上に、小さなミニチュア模型を作ってお土産とし、総会のクリチコ議長(ポーランド)を含め大事そうな国と役員には会談の後全て手渡したところ、皆んな大変喜んで頂きました。(お土産は20数個持ってきたのですが最後は足りなくなったのが残念でした。)

2018年

12月

14日

総会にて演説

  COP24(「国連気象変動会議」)は連日活発な活動が行われており、私も日本の閣僚として極めて忙しい時間を過ごしています。様々の閣僚会議、多くの国との個別会談、報道、メディアとの対応、友好関係の個人、グループとの交流など、また何より会議の成り行きについて、最前線の環境省、外務省、経産省の交渉団との内部打ち合わせ・・・お陰様で毎日元気にこなしています。
  12月13日、私は総会において、日本代表としての閣僚演説をしました。英語での演説でしたが、準備も十分しており、一応の出来映えと思いました。わずか5、6分間の出来事でしたが、壇上からの演説では不思議と政治家になったことの万感を振り返っていたような気がしました。

...

  今回のCOPは2015年成立、16年施行されたいわゆる『パリ協定』を如何に具体化し、効果あるものにするか、その「実施指針」を決めるものです。すでに各国は国内の環境政策を独自に進めていますが、更に高い共通の目標を国際的に目指そうというものです。今、気候変動、地球温暖化が深刻に叫ばれ、異常気象による自然災害が世界中で頻発する中で、二酸化炭素など温室効果ガスの削減が不可欠であることについては、最早異論はありません。このCOP24の役割の大きさは、現地に来てみると想像以上でした。参加国延200以上、参加者は3万3000人以上ということで、特設施設を含む巨大な本部会場には、朝から夜中まであらゆる国の人々でごった返しています。
  会議の決議案を巡って各国の激しい交渉は、会期末(12月15日)の土壇場まで続きます。その中で、私は日本の主張を貫き、かつ地球温暖化を防ぐためにあらゆる努力と指導力を発揮するつもりです。

2018年

12月

11日

ポーランドの国連気候変動会議(COP24)に向けて、飛行中

  今私はポーランド・カトビツでの国際会議(COP24=国連気候変動会議)に向けて機中にあります。あと1時間でドイツのフランクフルト空港、その後乗り継いでポーランド・クラコフ空港に着きます。カトビツまで国際線羽田を出てから全部で20時間近くかかることになります。外国に出るといつも地球の大きさを実感します。
全日空の機中は心地よく、食事も美味しく、ゆっくり眠れました。映画も2本観ました。「天才作家の妻、40年目の真実」(スエーデン)、邦画「22年目の告白、私が殺人犯です」。いずれも鋭い作品で、強い感銘を受けました。

...

  現地に着けば超忙しい1週間となります。

2018年

12月

10日

太宰府は大学の街、未来の都市図

  太宰府は大学の街、6、7の大学が学園祭を合同でやっています。楠田市長もその中に入って大学と一緒になって、この町を今後どう盛り上げていくか、太宰府独特の歴史と文化と自然を内外に発信することを模索しています。市民にはこの豊かな歴史遺産に気づいていない人もたくさんいます。
  私も挨拶に立ち、「近時多くの分野で非常に若い世代が活躍している。将棋の藤井君、卓球の張本君、フィギュアでも水泳でも皆15、6才が最先端で活躍している。従来の若さの概念が変わってきた。実業界にも大学生で起業し、成功する者も珍しくない。大学生でも自分の専門性を磨き、あるときはどんどん外に飛び出したらどうか。太宰府にはその土壌があると思う・・・」と檄を飛ばしました。ついでに環境政策の大事さを述べることは忘れないようにしています。

 

2018年

12月

09日

至福の瞬間(とき)、愛犬と

  愛息ともいうべき愛犬「福ちゃん」と暫しの交流です。私は地元に戻ると、まず福ちゃんに会えるのが一番の楽しみです。福ちゃんも同じく待ち望んでいるようで、話しはなくても会えばすぐ気持ちは通じます。私はなんと「動物愛護法」の主幹大臣ですから、大方の動物は大好きで、人間と動物はきっと仲良くやっていけると信じています。

 

2018年

12月

06日

官邸での関係閣僚会議

  総理官邸では多くの会議が行われ、閣僚としては思ったより忙しいのが現状です。「閣議」こそ最も大事な仕事ですが、そのほかさまざまな国政事項について「閣僚会議」が行われます。官邸の2階、場所は閣議室の隣の部屋くらいでしょうか。安倍総理か菅官房長官かが主宰されます。いつも緊張して臨みます。

 

2018年

12月

06日

就学旅行、国会見学

  地元の中学校2年生、修学旅行で国会見学に。元気な中学生に国会のことを勉強してもらうのは嬉しいことです。まず私が簡単に国会の仕組み、議員や大臣の毎日の行動を伝えて、「皆もしっかり勉強して、立派な国際人になって下さい。」と結びました。最後は、地べたに座って記念写真。

 

2018年

12月

05日

ノーベル平和賞のICAN代表

  昨年ノーベル平和賞を受けた 「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」の代表 「サーロー節子さん」(86)が挨拶に来られた。多少の路線の違いはありますが、お互い世界平和のために力を合わせて頑張ろうと一致しました。サーローさんは広島で被爆し、今はカナダ在住、高齢を押して平和活動を続けておられます。引率者は旧友で、ICAN 日本代表の川崎哲さん。朝日新聞。

 

2018年

12月

05日

環境大臣、表彰式

  この一年、環境対策に顕著な功績のあった企業や個人への表彰式があり、その一人一人に表彰状を手渡しました。都合50人近くに手渡すには多少疲れましたが、皆様の真剣な表情には胸打たれるものがあります。

 

2018年

12月

05日

国会答弁

  衆議院「環境委員会」での答弁、3時間。準備できた答弁は概ね消化していますが、各党には全く新しい視点の意見や質疑もあり、学ぶところ非常に大です。今日は、野党女性議員とプラスティック「レジ袋」の質疑があり、委員会終了後、議員のマイバッグを記念にプレゼントされました。

 

2018年

12月

04日

「ふろしき」こそ、プラスティック汚染対策

  今、廃プラスティック対策が急がれています。海洋汚染が進み、海の生態系を深刻に害しているため、各国がその抑制策を検討しています。コンビニのレジ袋なども不必要なものはやめるべきであるなどの議論が出ています。その代わりマイバッグなどを持てばいい。
  さらに日本の伝統的「ふろしき」をエコバッグとして使えないか。ふろしきには様々の利点がある。一枚の布がどんな形にもなる、極めて軽く持ち易い、伝統的なファッションにもなる・・・
  かくして京都中心に全国で活動中の「ふろしき研究会」(森田知都子代表)の皆さんを大臣室に招いて、親しく実演などをして頂いた。余りの実用性と多様な文化性に驚くとともに、「まず隗より始めよ」(まず自分が行動せよ)の通り、私も早速その実践者として行動することを約束しました。

 

2018年

12月

02日

日本獣医師会 70周年記念式典

  日本獣医師会の創立70周年記念式典に出席し、環境大臣の祝辞と表彰状授与を致しました。獣医師会と環境省は動物愛護の観点から密接に関係しています。この全国組織の会長は「蔵内勇夫氏」、来賓には日本医師会会長 「横倉義武氏」が壇上におられたので、私はつい「このお二人は同じ福岡県出身で、地元で大変にお世話になっております」とアドリブを入れたところ、大きな会場が一瞬 どよめいたものです。

 

2018年

12月

01日

参議院「環境委員会」で答弁

  参議院「環境委員会」で答弁。国会の担当委員会での質疑と答弁は、大臣として最も大切な仕事のひとつです。国会での答弁は、そのまま「主権者」、「国民」への答弁とみなされます。普通は事務方(官僚)と分担しながら対応しますが、最終責任はもちろん大臣が負います。言葉使いひとつひとつに気をつけなければなりません。

 

2018年

11月

30日

公明党 陳情団続く

  大臣となるとほとんど毎日、多くの陳情団が来られます。忙しくはありますが、むしろその機会に国民が何を目指しているか、私は改めて多く学習することが出来ます。
友党 公明党は様々、非常にきめ細かい活動をしています。自民党は、公明党と連立(与党)を組んで20年となります。

...

写真
 「プラスティック問題対策議連」(江田康幸代議士ら)

2018年

11月

30日

「壇 蜜(だん みつ)」さん、省エネ住宅の宣伝塔

  女優の壇蜜さんはこの一年、環境大臣任命の『省エネルギー住宅推進大使』として、再生エネルギーを多用した省エネルギー住宅建設の普及を担当してきました。情報を発信、宣伝するなど、非常に重要な環境活動で、今回は『大臣と大使との環境対話』と銘打った目玉イベントに多くのプレス(記者)が駆けつけてくれました。私は、壇蜜さんを売れっ子女優と名前は知っていましたが、美人で頭も良さそうで、受け応えもしっかりしていました。最近の中央官庁の広報も中々の洒落たソフト路線を追求するものです。

 

2018年

11月

30日

「医療の未来」勉強会

  大臣に就任して初めて『日本の医療と医薬品の未来を考える会』の例会に出席しました。立ち上げて3年余、毎月1〜2回の活動を続けており、「高度医療」や「ストレス テスト」など多くの医療課題を掘り下げました。また今日は「日中医療協力」がテーマで、3分の1くらいは中国人の医療関係者です。講演録は翌月の月刊 医療専門誌『集中』(尾尻佳津典 編集)に掲載されています。
講演後、私を祝って記念の集合写真を撮って下さいました。

 

2018年

11月

29日

高校生から金融教育を推進する

  日本は国民の中に国際金融の認識が薄いと言われ、それが日本の将来を不安にさせている。現実に東京も、シンガポールや香港、ドバイなどから国際金融センターの地位を奪われつつある。「高校生金融教育活動」は金融、国際金融、国際政治の基礎を高校生の時代から教えようとするもので、これらの問題に専門化した競争試験などを全国で実施しており、これを全国銀行協会や各地の銀行、信金などの金融機関が応援しています。

  私も早くからこの活動に関与しており、今日はその役員さんたちが大臣室に挨拶に来られました。テレビで有名な「野中ともよ」さんも重要役員です。

 

2018年

11月

28日

環境関係団体との意見交換

  「国連環境会議(COP24)」を来月に控え、今日は環境関係団体から意見聴取しました。気候変動、パリ協定の実施指針、脱炭素社会、石炭火力発電所、海洋プラスティック汚染問題、など政策課題は山積しており、広く国民各層から率直な意見や要望を窺い、それらを実際の政策に役立てます。COP会議には私が国の代表として出席します。(於いて環境省会議室)

 

2018年

11月

26日

大相撲九州場所、打ち上げ

  大相撲九州場所 千秋楽。「田子ノ浦部屋」の打ち上げが行われました。大関高安は惜しくも準優勝、横綱稀勢の里は途中休場と、いささか不本意な場所ではあったが、しかし来年こそは頑張ろうと大いに盛り上がりました。私は神仏の話を引き、苦しいとき、辛いとき、目に見えないものに祈ることの大切さを訴えました。
  また「大阪万博」が決まったこと、『夢輝く未来社会!!』というスローガンで日本人がさらに前進することを伝えました。

 

2018年

11月

25日

障害児コンサート、成長の跡

  地元筑紫野市で活動する音楽団「ピュアハート」( Pure Heart) は今や年に4、50回も演奏活動しています。ダウン症や知的障害の子供達ですが、演奏水準も非常に高くなっており、全国各地で、例えば東北の津波被災地でも演奏旅行を行い多くの人々に感銘を与えました。「國友美枝子」先生の涙ぐましい指導と「筑紫建設コンサルタンツ協会」など多くの奇特な支援団体の支えで頑張っており、きたる東京オリンピック、パラリンピックにも参加したいという大きな夢を持っています。

 

2018年

11月

25日

筑紫野市長「藤田陽三氏」、3選へ

  「藤田陽三氏」の3選に向けた選挙は年明け1月、その事務所開きが行われた。藤田氏の2期8年の実績は目覚ましく、市庁舎の建設、高尾川・鷺田川改修など多くの困難な事業を解決した。対立候補は見えないが、最後まで気を抜かずに頑張ろう。

 

2018年

11月

24日

羽田発,朝一番機

  羽田発、朝一番機から見下ろす南アルプス。連山には神々しいばかり、朝日が照り返しています。今日も良いことありそうな。

 

2018年

11月

24日

「新嘗祭」(にいなめさい)への出席

  11月23日夕刻、皇室最大行事のひとつ、皇居での「新嘗祭」に出席しました。秋の収穫を天皇陛下が国民と共に天に感謝する(「収穫祭」)という古代からの伝統行事で、わが国がいかに稲作(農業)を中心として成り立っているかを思わせる、暗闇と寒さの中、余りに厳かな儀式でした。
  来年の秋は、新天皇司祭の「大嘗祭」(だいじょうさい)が行われます。

 

2018年

11月

21日

柔道連盟 山下会長来訪

  全日本柔道連盟(「全柔連」)の「山下泰裕会長」がご挨拶と相談事で来訪された。山下さんは「宗岡正二さん」(新日鉄住金会長)の後を受け「全柔連会長」として頑張っておられる。柔道界も一時の混乱を乗り越えて今非常に良い状況にあり、国際大会でも日本はかつてなく好調です。山下さんは往年の大選手で、その戦績や名声では不世出の人といわれています。
  私とは、本当に長い付き合いでこれも柔道の執り持つ縁、私が選挙に出始めた昭和時代にも、選挙の応援に駆けつけてくれたことがあります。爾来折に触れて行き来していますが、その真面目で真っ直ぐな性格ゆえに、誰にも厚い信頼を受けています。
  国際的にも極めて有名で、結果的には政治、外交の舞台でも有名で、例えばロシアのプーチン大統領などとも柔道繋がりで非常に親しく、現下の難しい日露外交などでも大きな役割を果たしてこられたと思っています。来年とオリンピックの再来年と、日本柔道のために懸命に頑張っておられることが熱く伝わってきました。

 

2018年

11月

21日

国会答弁に緊張

  衆議院「環境委員会」での答弁がありました。過去、政務次官(旧厚生省)、副大臣(文部科学省)などでは何度も答弁しましたが、大臣答弁となるとやはり緊張感が違います。その行政分野としては、最終の責任を問うものであって、言い間違いなどは決して許されません。実際の質疑応答では、事務当局が事前に詳しい情報を議員から聴取しており、また対応する回答要領も十分に用意していますので、順当に行けば大局を間違うことはありません。
  国会質疑とは本来、行政の「透明化」、「情報開示」のために非常に重要なものです。議員の側も本当に聞きたいことは事前に詳しく伝え(=「質問通告」)、役所の側もそれを十分に準備して大臣らが答弁することで、国民の側も行政の中身をより正確に知ることができます。通告せずにいきなり質問して審議が混乱することもあります(=「爆弾質問」)が、これは例外的なケースといえます。
  いずれにしても、国会における大臣の責任は非常に大きいものがあります。

 

2018年

11月

19日

高島氏、福岡市長選 3選

  「高島宗一郎氏」が福岡市長選で3選しました。2期8年、財政、民政、都市化、国際化など多くの経済指標で実績を挙げており当選は確実視されていました。当選万歳には麻生太郎氏(財務大臣)らとともに参加、麻生氏の力強い激励と高島氏本人の固い決意表明とで、3期目には改めて強い期待を持たせます。

 

2018年

11月

16日

「友、遠くより来たる。」

  溝口 島根県知事らの来訪を受けました。島根県には原子力発電所もあり、国のエネルギー政策と協働するには、県民の皆さんのご苦労も大変なものがあります。私も今は「原子力防災の担当大臣」としてしっかり対応していかなければなりません。
  実は、その「溝口善兵衛 」県知事は、昭和39年、大学1、2年生時代 (東大教養学部)ではずっと同じクラスにいました。体は小さいが動きが機敏、何処でも人気者で、(古典的な名前が珍しいか、) 皆んな「ゼンベー、ゼンベー」と呼び捨てにしていました。卒業後は(旧)大蔵省に入り頑張っていましたが、いつの間にか知事になっていた。私とは官僚時代もまた知事になってからも、ずっと行き来していましたが、会うとつい「おい、ゼンベー」と呼ぶくせは治りません。古き良き友「ゼンベー君」が頑張っているのは嬉しい限りです。
  (追記、その頃の大学生は、殆ど全員が「サユリスト」(吉永小百合ファン)でした。)...
  (写真は知事、県議会議長とともに)

2018年

11月

15日

勲章及び褒章の授与

  秋には「文化の日」を迎えて様々な国家表彰が行われますが、環境省にて叙勲と褒章の「伝達式」が行われ、大臣としてそれぞれ受章者に勲記を授与しました。受章者はこの後、皇居に参内されます。
  大臣にはこれら儀典、儀式も重要な役務であります。

 

2018年

11月

15日

万感迫る、横須賀地区女性部来たる

  旧神奈川県選挙区時代、激戦区横須賀市を支えてくれたのが後援会女性部『さわやか婦人隊』でした。厳しい中で本当に頑張って頂き、その活躍は内外で評判になったものです。その後もずっと交流を続けてきましたが、今回 鍵本美代子さんはじめその代表者たちが大臣室までお祝いに駆けつけてくれました。往年(平成5、6年頃まで)、私を母とも姉ともとして引っ張ってくれた人たちで、お互い歳は重ねましたが、本当に万感こみ上げるものを感じました。
  ( 旧選挙区時代は、川崎市、横須賀市、鎌倉市という極めて広い範囲での選挙でした。5人区。横須賀市では、その後首相になった「小泉純一郎氏」など強豪達と争っていました。倉島秘書が一手に担当していました。)

 

2018年

11月

14日

私の原点、「川崎青年会議所」

  大勢の仲間たちが川崎市から駆けつけてくれました。小宮邦夫君ら川崎青年会議所(JC)時代の同志です。私は昭和から平成初期まで川崎市に住み、ここで政治への道を目指しました。JCとは、40歳までの若い人々の集まりで、私は(旧)通産省の役人をしながら、このJCで川崎市の地域事情、人々の生活、問題点などを学び、また多くの友人達と出会いました。昭和61年の最初の衆議院選挙は、大方、川崎JCの仲間たちで闘ったことになります。結果はもちろん駄目でしたが、以後彼らに支えられ、平成5、6年、福岡県に移ってからも欠かさず交流続けています。「原点」という言葉があるのなら、私の原点は紛れもなく「川崎JC」です。お互い歳は重ねましたが、飲んで歌って暴れたあの時代にすぐ戻ります。

 

2018年

11月

14日

衆議院 環境委員会、「所信表明」

  今日は衆議院 環境委員会で「所信表明」を行い、次の委員会から本格論戦が始まります。各省大臣は国会会期の冒頭に、担当委員会で就任のあいさつと「所信表明」を読みあげますが (これは「店開き」とも俗称されます) 、各省庁にとっては今後の政策の要点を正式に発表するもので、大変に緊張するものです。

 

2018年

11月

12日

太宰府市の「政庁跡」、開発50周年。

  7、8世紀、菅原道真公の時代には、この地に大規模な「政庁」(地方政府)が置かれていました。その跡地、遺跡については、100年近く前に「特別史跡」として指定され様々の理論的仮説は立てられていましたが、1968年(昭和43年)になって、それらあを実証するための本格的地下掘削が始まり、今日ここにその「50周年記念式典」が行われました。
  太宰府は政庁跡を始め多くの歴史遺跡に恵まれており、それらをより正しく維持、開発、顕彰していくには、一層の積極的取り組みが必要です。当然に国県市の関わりは大きく、またそれらを包み込む自然環境を守っていくためには環境省の役割も大きい、と挨拶しました。

 

2018年

11月

11日

福岡市長選、「高島宗一郎」事務所を激励

  福岡市長選が大詰めです。現職「高島宗一郎」候補は多少優勢と言われていますが、いかなる選挙でも少しの緩みが命取りになります。選対事務所の皆さんには、最後の最後まで決して緩まないよう、特段の檄を飛ばして来ました。

 

2018年

11月

09日

世界の犬たちを救おう

  「世界愛犬連盟」の役員の皆さんが挨拶に来られた。合わせて、犬を食用にする国際的動きにストップをかける運動で、約3万人の署名簿も届けられた。環境省は動物愛護、自然生物の保護も重要な職務としています。私は直ちにご意見に賛成し、行政としても全面的に応援することを約束しました。福岡県の大島九州男参議院議員が熱心な応援者で、皆さんを引率されました。
  私は犬が大好きで、自宅では「福(ふく)ちゃん」という愛犬が毎日私の帰りを待っています。このことを話して、この場は大いに盛り上がりました。

 

2018年

11月

09日

通産省 同期生と環境行政の思い出

  昭和45年(1970年)、「通産省」に一緒に入った同期生が全員で大臣就任のお祝いに駆けつけてくれました。今や「経産省」(経済産業省)と呼び名も変わり、行政上の役割も変わったかもしれないが、実に何十年前、国のためになろうと若き情熱を燃やした仲間です。

  実は、その年、昭和45年、政府に「公害対策本部」というのが出来ました(7月)。高度経済成長の最中で環境悪化、公害問題が深刻となり政府が慌ただしく作ったものです。その秋の臨時国会こそ後に「公害国会」と言われ、実に今日までの環境保護を基礎付ける14もの法律が成立しました。翌年7月に「環境庁」が発足しました。...
  私はこの歴史的1年を通産省「公害保安局」の新人職員としてずっと関わっていました。特に「公害国会」には余りにも強烈な体験と記憶を有しています。私が環境省に来たことにはいささかの運命を感ずることでもあります。

2018年

11月

09日

大臣就任 挨拶

  福岡県の知事、議長、市町村長 、並びに国会議員団との合同朝食会。予算編成時の恒例の行事ですが、挨拶の機会を得て大臣就任と国会活動への決意を述べました。

  続いて、自民党本部に移動し政務調査会「環境部会」の初会合、大臣としての挨拶。省庁にとって自民党部会は特に重要で、密接に連動していくことで行政がスムーズに運ばれます。

 

2018年

11月

07日

日本の明日を託す

  日本の明日は悲観するに当たらない。この子たちがしっかりと担ってくれます。

 

2018年

11月

06日

義父への挨拶

  私の義父 「前田佳都男(かずお)」は参議院(第二委員室)に飾られています。参議院副議長、国務大臣などを歴任しました。入閣の報告に行って参りました。

 

2018年

11月

04日

地元、週末行事続く

  政治家にとって週末は特に大事です。地元ではどこでも多くの行事が週末に集中しています。この週末2日間でも15ヶ所くらい参加しました。会合では日頃のご無沙汰を詫び、近況を報告するのですが、とりわけ今は、大臣就任のご挨拶、さらには地元の皆様のご支援でこそ大臣にまで達したことを忘れないようにします。
  環境大臣の仕事も、例えば地球温暖化、気候変動という大きな問題と、海洋プラスチック汚染など身近な問題などを短く説明します。3R、即ちreduce(減らす) 、reuse(繰り返し使う) 、recycle(リサイクル) なども強調するのですが真剣に聴いて下さいます。「大臣、今はR4の時代ですよ。」、「何ですか」、「rule(ルール)です。規則を守ることです」と教えてくれた方もおられます。「ありがとうございます」。
大臣となると、注目度が大きいだけに、言動は今まで以上に大きな影響を与えているようです。

 

2018年

11月

01日

衆議院予算委員会、初答弁

  衆議院予算委員会。初めての閣僚席でした。都合7時間、緊張を持ち続けることは結構大変でした。午前、午後と2度答弁に立ちました。いずれも答弁時間が少なく、多少不本意な出来でしたが、段々に慣れてくると思います。安倍総理はじめ先輩大臣たちのご苦労を改めて実感します。
  今後ともしっかりと対応致します。

衆議院

2018年

10月

30日

キルギス共和国 外務大臣来訪。

  中央アジアのキルギス共和国の外務大臣チンギス・アイダルべコフ氏が訪ねて来たので楽しく懇談した上で、今後の環境面での協力を約しました。キルギスは中国とロシアに挟まれた中央アジアの地域で、殆ど唯一 議会民主主義が行われている国、私はすでに10年以上、この国と公私に亘って交流を続けています。もちろん貧しい中にありますが、国民皆が真面目に発展しようと意気込んでおり、ある意味で非常に育て甲斐のある国民です。
  実はこの若い外務大臣、つい先だってまで日本の大使を務めていた。よく私の事務所に出入りしていたのでとりわけ親しい。ところが2週間前に急に外務大臣に抜擢された。そこで二人ともお互い新人大臣として特段の挨拶となった次第です。

 

2018年

10月

30日

インドとの環境協力。「グリーンファーザー」のこと。

  インドのスジャン・チノイ大使を環境省に迎えて政策協力を議論した。モディ首相の来日、安倍首相との首脳会談を機にさまざまな環境項目で協議が整い調印をした。気候変動問題や循環経済問題など地球大の問題を議論した。あわせてかの国には下水やし尿処理、浄化槽の普及など健康福祉分野のインフラ協力には今後やるべきことが大いにある。
  日本とインドは「インド太平洋戦略」という大きな外交戦略のもと益々緊密な関係が続く。

  なお、私は最後に「Green Father (緑の父)」のことを持ち出し、相互理解を深めた。1960年代、130億円に上る私財を投じてインド・パンジャブ地方の荒地を見事なユーカリの街道と緑地に替えた日本人で、「杉山龍丸」氏、わが福岡県の人。私は昨年、パンジャブまで足を伸ばして現場を実見してきた。
  日印両国の経済協力のシンボルとしてこの「グリーンファーザー」を一層顕彰しようということで合意した。

 

2018年

10月

29日

北海道育ち

  「東京沼田会」に参加しました。北海道に「沼田町」という4000人くらいの町がある。私は小学校の3年間、そこで暮らした。父親の勤める炭鉱が盛況で、往時は2万人くらいの人口があった。真冬には零下30度くらいになる、雪は3メートルも積もり、スキーやスケートで野山を駆け回った。私の住地はその後ダム湖に沈んだ。
  かくして北海道は私の第2の故郷で、「道産子(どさんこ)」を任ずることにいつも誇りを感ずる。未だ多くの友人を有し、先日の地震の時は案ずる人がたくさんいた。何年かごと「沼田会」に出ると、あの子供の頃にバックする。

 

2018年

10月

27日

千客万来。そして田中君

  環境大臣就任以来、有り難いことに大臣室にも多くの人が訪ねてくれます。東京の人も地元福岡の人も千客万来で、私を励ましてくれます。

  田中一(はじめ)君。川崎時代からの同志、同じ柔道場で稽古に励んだ。長い選挙生活、一貫して先頭に立った。青年を組織して外周りを担当した。夜も昼も、時には危ういこともやってくれた。福岡に移ってからも、選挙の都度、大挙して押し掛けた。...
  そして大病を患った。長い療養生活にある。不自由な生活をしている。それでも私のことをいつも心配してくれる。私の娘が子供を連れて時々訪ねて行くと本当に喜んでくれる。
  田中君は大臣室に入るや、泣いた。私も  一緒に泣いた。思い出すことは余りにも多い。

2018年

10月

25日

国会 始まる

  いよいよ国会が始まりました。何事も初めてです。開会式では、礼服を着て天皇陛下のおことばを聴きました。本会議場では閣僚席から臨みました。参議院本会議場にも出席しました。
  安倍総理と麻生財務大臣の政府演説が行われ、来週からは各党との代表質問、予算委員会等に続きます。私も緊張感でいっぱいです。

...

  終日、公務と行事、人の出入りで忙しい日でした。最後は大臣室で環境省記者団と懇親の会が行われました。記者団とは、ある時は緊張して、ある時は協働して、共に環境政策を進めていくことになります。

2018年

10月

24日

国際会議で啓発「循環経済」の理念

  10月22日、横浜市での国際会議『世界循環経済フォーラム』(World Circular Economy Forum)に終日出席しました。環境政策の中で「循環経済」(circular economy)という言葉が今最も進んだ概念となってきましたが、これには北欧フィンランドが指導的役割を果たしています。
  地球上で人口と活動量が爆発的に増え続けると、資源も食料も空間環境も限界に達する。資源は枯渇し、廃棄物を処理する場所もなくなる。全ての有限な資源を丁寧に使い、 出来る限り有効活用し、循環させる(circulation)ことでこの地球の環境を守り、そこに住まう人類と共存(=経済)することが出来る。この巨大な「資源の循環」こそが「人と環境を守る」環境政策の究極の目標である、という考え。
  「世界循環経済フォーラム」と銘打ったこの国際会議は、わが環境省とフィンランドの公設団体(SITRA)とが共催の形をとっています。内外から1000人に...並ぶ出席者で「環境大臣」としての私の役割も極めて大きい。開会式での演説から、各国との二国間会談、協定の調印、記者会見、最後の懇親のレセプションまで殆ど出ずっぱりですが、本人とすれば国際的仕事に従事しているという充実感で一杯です。懇親会でも多くの人に列をなして挨拶を受け、お互いの健闘を誓いあいました。困ったことがあったら、何でも私に連絡下さいとも応えています。

  なお国内では 3R (スリーアール)という言葉、Reduce (使う量を減らす)、Reuse (再使用する)、Recycle (他のものに循環する) がすでに定着してきました。私は「循環経済」と全く同じことを目指すものと理解しています。

2018年

10月

19日

福島第一原子力発電所 視察

  東京電力 福島第一原子力発電所を視察した。事故から7年半が経過し、東京電力はじめ地元、行政関係者の努力により、同発電所への対応には一定の進展は見られるものの、汚染水対策、使用済み燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出しなど今後の課題は山積しており、更なる英知の結集が必要といわれている。
  視察では、実際に半面マスクや防護服等の重装備を付けて3号機内オペレーションフロアなどに赴き、現場の人々の過酷な苦労の一端を体験した。社員食堂での昼食も頂いた。
  また発電所近傍は「帰還困難区域」となって、未だ多くの住民が多地へ避難されており、改めて被害の大きさを痛感した。除染や中間貯蔵、汚染廃棄物処理、放射性物質のモニタリング等今後とも取り組むべき課題は山積している。...
  発電所退出時には機会が与えられたので、職員、関係者一同に対して、「皆様のご労苦に心から敬意を表するとともに、厳しい環境の中でも与えられた任務をしっかり果たして国民の期待に応えて欲しい・・」との激励訓示を致しました。

2018年

10月

14日

佐渡ヶ島、トキ野生復帰10周年

  「トキ野生復帰10周年」の記念式典に出席のため、新潟県佐渡ヶ島に渡った。「ニッポニア・ニッポン」という学名を持つ日本を代表する鳥であるトキは、日本では一時野生下で絶滅した。中国とのトキ保護協力で、10年前に2羽を譲り受け、それを起点に今や野生下においても350羽を超えるまでに回復した。

  本日は日中交流の10周年を記念して、眞子内親王殿下のご臨席を得て、盛大に記念式典が行われた。私は環境省主催の立場から式辞、表彰者表彰、またレセプション祝辞などを行った。新潟県知事、佐渡ヶ島市長、中国総領事、歌手 加藤登紀子さんら出席。事前にトキ生育の現場等を視察しました。

 

2018年

10月

13日

新聞紹介記事。学歴問題など。

  内閣改造では入閣新人が新聞で紹介される。私も遂に漫画入りで各紙が扱ってくれた。正直、政治家の夢のひとつではあった。綺麗事ではない、激辛い文章、それでも自分の知らない自分のこと、むしろ愛情いっぱい書いてくれた。担当の記者と似顔絵さんに心から感謝したい。

  ところでひとつだけ、私には昔、「学歴虚偽」の過去がある。平成16年のこと、文部科学副大臣の1年目。ある新聞社から電話があり、本当に「ボストン・タフツ大学政治外交大学院」を「卒業」したのかという問い合わせ、私は慌てて大学に確認した。時間を少しかけて来た返事、確かに私は必須科目をひとつ落として、正規には卒業に達してなかった。...
  卒業間際で帰国準備を急いでいたこと、しかし卒業単位は確信していたこと、帰国してから大学出版の卒業名簿には一貫して「修士号(M)」として明記してあったことなど。私は当然ながら選挙の際の公報には大学院「卒業」と銘打っていたのだ。
  虚偽記載が分かった翌日、誰も知られる前に、私は大臣に辞表を申し出た。直ぐに記者会見を開き辞任を発表した。各紙は一斉に「学歴詐称」、「文部科学副大臣辞任」で埋め尽くした。何処かから刑事告訴さえ起こされた。私は不明を恥じつつも、しかし身の潔白は訴えたかった。衆議院「政治倫理審査会」に自ら申し出て、一件顛末を弁明する機会を与えられた。決して「故意」や「悪意」でなかったことを懸命に訴えた・・・

かくして、大臣を受けるにあたり、このことを思い出させて頂いた。若き日の過ち、軽率と不注意と、今に汗顔の至りだが、今後の自戒への得難い学びとしていきたい。

2018年

10月

10日

福島県、再訪(その2)

  昨日は一旦帰京し、今朝10日は閣議に出席。午後には東北新幹線で福島県を再訪、富岡町の町長、議長を訪問した。復興に向けての努力に敬意を表するとともに、互いの連絡態勢を良くするよう約束した。広大な「特定廃棄物埋立処分場」と情報広報施設「リプルンふくしま」を視察した。
  秋元副大臣、菅家大臣政務官 同行。

 

2018年

10月

10日

福島県 原発被災町、訪問

  福島県 原発事故からの被災地の現状を視察させて頂きました。安倍内閣は「福島の復興なくして日本の復興はあり得ない」という決意のもと、復興政策の強化、統合を目指しています。事故から7年半、「未だ道半ば」というのが実情です。
  10月9日は同県楢葉町、双葉町、大熊町の3町を訪問、それぞれ町長、議会議長に公式訪問しました。現状認識を相互に交換した上で、今後の復興対策をさらに加速しようとの方向で意見一致しました。その概要をいずれもその場での記者会見で報告しました。福島県内で除染された土壌などを30年後の県外最終処分までの間、安全に保管する場所が「中間貯蔵施設」です。大熊町、双葉町の地元の皆様の御協力に改めて感謝申し上げます。

 

2018年

10月

08日

地元で初活動、SPとの行動

  忙しい国会での週を終えて、3連休の週末は地元に戻りました。1日目(10月6日)は台風のため行事は大方中止、2日目、3日目、天気は快復して、運動会や施設の地鎮祭、文化祭など多くの行事、イベント、護国神社での合同慰霊祭などに出席しました。多くの人々と挨拶、会釈を交わしました。皆様も笑顔で祝って頂き、地元とは本当に有り難いものだと感謝の気持ちで一杯です。
  あちこちで来賓挨拶させてもらうのですが、自分も大臣になったと意識するし、お客も多分そう意識されていると思うと、実は普段と変わらないのですが意識が高ぶり、とちってはいけないと思うと、一層とちったりします。
  一番大きな違いは、四六時中同行する「セキュリティ警護(SP)」です。全く経験のなかったことで未だ戸惑いは隠せませんが、「大臣」とはかくも重要な職務であるということを改めて自意識させるもので、彼らの行動が社会とできる限り調和できるような配慮も必要です。

 

2018年

10月

06日

「環境大臣」として活動開始。皆様のご指導に心から感謝致します。

  多くの多くの皆様から心改まるお祝いを頂いております。無上の感激と緊張の中で、長きに亘ってご指導ご支援頂いた、まず地元福岡県の皆様、そして全ての皆様に、心から感謝を申し上げます。かくなる上は、政治家になることを決意した若き日の原点をいささかも忘れることなく、全身全霊で職務に当たる覚悟であります。何分の一層のご指導を伏してお願い致します。

  本日5日も朝1番に総理官邸で閣議、続いて東宮(皇太子)御所はじめ各宮家にご挨拶(記帳)回り、本省に戻って会議に次ぐ会議、午後から省内記者会見、朝倉市(市長、議長ら)の来訪、国会秘書との打ち合わせ、医療関係会議へのビデオメッセージ、自民党本部幹事長らへ挨拶、懸賞論文の審査委員会・・・ 福岡行き飛行機に乗ったのが夜7時30分。

 

2018年

10月

04日

「環境大臣」、始動

  10月2日
総理官邸に呼び込み、
皇居にて天皇陛下より「国務大臣」任命認証、...
官邸にて総理大臣から「環境大臣」への補職、初閣議、合同記念撮影、合同記者会見
環境省に入り、幹部職員への挨拶、環境省担当記者会への記者会見

  10月3日
環境省にて中川前大臣と事務引継ぎ、総職員への就任挨拶、内閣府職員への就任挨拶、
福島市まで新幹線で出張し、福島地方環境事務所で職員への挨拶、福島県知事、県議会議長への挨拶、県記者会への記者会見、帰京・・・

2018年

10月

01日

九州大学と「古河(ふるかわ)財閥」のこと

  九州大学が全面移転して、新しく生まれ変わる(伊都キャンパス)。福岡で生まれ育った者として、こんなに誇らしいことはありません。その上で・・・

明治34年(1901年)、帝国議会を終えた明治天皇の車列に男が飛び出した。羽織はかまの正装、手には「謹奏」の包み紙が。男の名は田中正造、足尾銅山(栃木県)の鉱毒の窮状を訴える、厳罰も覚悟の直訴である。政府は「正気不全」をもって不敬罪は免じた。...
足尾銅山の惨状が伝わると世間が沸騰した。後の首相 原敬は「古河財閥」に対し社会貢献事業を勧めた。古河側は文部省の指導を受けて建物を建設(福岡市箱崎)、丸ごと国に献納した。かくして開学したのが九州帝国大学、今の九州大学である・・・(西日本新聞 10月1日)

  私は「古河」という名前に無関係ではありません。私の父親は戦前、若い頃から福岡県筑豊地区、「古河鉱業」という炭鉱に事務職員として勤めていました。親戚も皆同じです。20年あと、炭鉱が閉山して、父が神奈川県に転職(富士通)したのも古河鉱業のお世話によるものです。私の両親は終生、古河とともにあり、いつも「会社のお陰」と言っていました。当然私は生まれた時からこの名前しか知らないくらいでした。
長じて古河財閥と足尾鉱毒事件、そして田中正造翁のことも学びました。それでもなお私はいつも古河のことを身内のように思っていました。

  非常に勝手ながら、私は九州大学との縁を更に近く感ずるようになりました。

2018年

9月

30日

イタリアの著名彫刻家チエッコ・ボナノッテさん<Cecco Bonanotte>

  縁あってイタリアの彫刻家チェッコさんとご一緒しました。チェッコさんはローマのカトリック・ヴァチカン宮殿にもいくつもの彫刻作品を納めておられる著名な彫刻家 で、日本とイタリアとの友好にも大きく活動されています。カトリックと 日本の各組織と宗教、宗派を超えた平和文化活動が出来ないかと地道な努力を続けておられます。

 

2018年

9月

29日

九州大学 伊都キャンパス完成記念

  九州大学が実に27年の歳月を掛けて、都心から福岡市西区に全面移転、その完成式典がキャンパス内の大講堂で行われた。生まれ変わった大学として、学問、教育を一層磨き、その成果を内外に発信する、「知の拠点」はまさに福岡一帯を新しい学園都市に作り替えることとなる。
  式典後、ノーベル賞学者「大隅良典」博士(福岡市出身)の「50年の研究生活とこれからの科学技術政策」と題した記念講演が行われた。私には本物のノーベル賞学者の講演は初めての経験で、強い感銘を受けました。

 

2018年

9月

29日

中国吉林省との医療協力(その2)

  吉林省長春市の副市長らが来訪。中国の著名書家の揮毫を頂きました。『春に頑張れば、秋には大きな収穫がある。』。私の右が「邱実(きゅうじつ)君」、左端が副市長。

 

2018年

9月

29日

中国 吉林省・長春市との医療協力(その1)

  日本と中国、とりわけ中国吉林省(東北地方)との間で、医療協力を中心とした交流組織が発足しました。これは中国の吉林省長春市出身の「邱 実(きゅうじつ)」という青年実業家が企画し具体化したもの。邱君は未だ30歳前で、日中両国を股に活動している。この2、3年私の事務所によく顔を出すので、私も特に可愛がって必要な手伝いは惜しまない。国では実家も大きな実業家ということ、日本の高校も出ており、まずバイタリティがある。日本の若者も見習って欲しいと思います。
  この組織は両国の医療関係の団体や個人、投資活動家を往来させることにより、例えば医療施設、医薬業界の紹介や建設、またメディカルツアーという患者のケアーなども目指している。
  日本は少子高齢化、人口の減少という国家的な課題を超えられないまま、しかし国際的には非常に進んだ医療福祉制度を享受しており、中国はじめ多くの途上国が学びにきているのが実体で、それらにはしっかり対応しなければならないと思います。

 

2018年

9月

28日

激動する国際金融、最先端サミットは今

  今 国際金融は激動していると言っていい、極めて大きな変革が進んでいます。昔は、国際金融となれば貿易、投資の決済、為替と送金など、国境越えて基本的に通貨金融がベースでしたが、今やインターネット、AI、IOTなどの発達と符合して、電子マネーはもとよりフィンテック、仮想通貨(ブロックチェーン、コインチェック等)等々全く新しい技術、概念が入ってきた。追っついていくだけでも苦労します。金融庁、国税庁ら国の金融行政も結構大変そうである。
  それら最先端の金融議論の場として、日本経済新聞、Financial Timesなど主催の「国際金融シンポジウム」が東京丸の内で開かれた。会場も高層ビル5、6個に分散し参加者1万人以上、出展500社以上が4日に亘って意見を交わす。私も予々、関連企業、グループを紹介し、その活動に多少関わってきました。正直言って、時代は遥かに速いスピードで動いており、その激しい金融システムの上に世の中全てが乗っている、目に見えないからといってのんびり出来ない、ということをこの場所に立つと改めて自戒します。
写真は全て、日本、中国、香港、シンガポールからの金融専門家(マフィア?)といわれる人々。

 

2018年

9月

28日

オーストラリアからの中高生

  オーストラリアからの中高生が国会見学に来ました。「国際青少年研修協会」の世話で、毎年多くの青少年を、外国から迎え、日本から派遣しています。この組織は私が会長を務めています。
  私は、東京と福岡と往復していることなど、政治家の普段の生活を説明しました。生徒たちが自分の夢や目標を明確に持っていることに気付きました。

 

2018年

9月

26日

裁判所、「伊方(いかた)原子力発電所」の稼働許可

  四国電力は伊方原発の再稼働につき、広島高等裁判所に異議申し立てをしていたところ、その申し立てが認められ再稼働することとなった。四国電力の伊方原発は昨年、広島高裁にて「稼働差し止め」の仮処分が出されていた。
  そもそも熊本県の阿蘇山が万が一火山噴火すると、愛媛県の伊方原発に悪影響するという極めて確率の低い事象に対する安全性が市民団体から出されていたもので、私もまさか裁判官も、今回は正常な判断をしてくれようと期待していた。
  日本のエネルギー政策上、原子力発電は未だベース電源として絶対に必要なもので、しかしその管理上の安全性については強調し過ぎることはない。エネルギー問題は、今回の北海道大地震によって全道が暫しブラックアウト(大停電)になったなど、いつの時代も決して気を緩めてはならない。

 

2018年

9月

26日

皇太子ご夫妻,ご来駕

  皇太子ご夫妻が福岡に来訪され、私たち国会、県議会の議員団が市内ホテルでお迎えを致しました。お二人はその後朝倉市、東峰村の昨年の豪雨被災地をお見舞いされました。地元の関係者としても本当に有難い幸せです。いよいよ来年5月には皇太子は天皇に即位され、日本にもまた新しい時代がやって来ます。雅子さまもことのほかお元気そうで、間近でご挨拶しましたが大変嬉しく存じました。

 

2018年

9月

24日

横綱白鳳、「前人未踏1000勝」で思い出すこと

  横綱白鵬が幕内1000勝、横綱800勝という空前の記録を打ち立てた。白鵬といえばもはや他を圧倒して止まない、この9月場所でもまた全勝優勝を重ねた。

  思い出すに私は白鵬のことで昔の日記に書いたことがある。10年以上前のこと。...
  彼は大関で遂に優勝をした。インタビューでは「親方と、お父さん、お母さんのおかげです。」と清々しく初々しく答えた。彼の相撲の勢いは強烈で「来場所後には必ず横綱になるだろう」と私は書いていた(平成18年5月22日分)。
  ところがそうはならなかった。横綱になるにはもう1年かかった。「調子を崩し、怪我をしたりで大関の転落の危機まで低迷。今年になってようやく復調、2場所優勝で遂に横綱に」と書いた(平成19年5月30日分)。「この1年の苦労が彼にとってどんなに良かったか。『風雪 人を磨く』、『艱難辛苦 (かんなんしんく)汝を珠にする』などの言葉の通り、困難は天が与えた試練かも知れません・・・」と私は続けて書いた。

人に歴史あり、です。

2018年

9月

20日

「安倍晋三氏」、総裁三選

  9月20日、自民党総裁選が済んだ。安倍氏勝利は予想通りだったが、やはり実際の選挙は激しいものであった。石破氏の執念と努力は十分以上に成果を出した。
  昨日は安倍氏、石破氏ともに直々、個別の議員室まで投票依頼の挨拶に来られた。今日は昼間、陣営はホテルでの昼食会で縁起物カツカレーを食べ、出陣式となり、そのまま党本部大ホールになだれ込んだ。
  議員投票と結果発表は緊張の中で行われた。最後は恒例、候補者 安倍氏と石破氏を囲んで総員で万歳三唱。自民党議員としての誇りと責任を最も感じた瞬間であった。

 

2018年

9月

19日

「トルコ産オリーブ」を日本で育てよう

  オリーブはヨーロッパから来た食材ですが、オリーブ油の形で日本でもかなり普及しています。味も香ばしさも日本文化に合う、健康にも美容にも良いというふれこみです。
  お誘いもあって、トルコ原産のオリーブを日本各地で生産しようという会合に呼ばれました。場所は東京のトルコ大使館、トルコが国としても力を入れていることを示しています。式典、パーティでは、私も挨拶に立ち、輸入ばかりでなく、日本で植樹、生産するとなると日本の農業の再生にもなる、合わせて日本・トルコの友好親善にも役に立つと話しました。

...

  私は特段トルコとも縁が深く、仕事で行ったことも、またかの国とのエネルギー協力にも活発に関わっています。120年前、遭難したトルコ軍艦「エルトュール号」を和歌山県串本の人々が助けたという美談はいつも誇りに思っています。
(写真は トルコ大使夫人を挟んで、飯島勲 首相顧問、トルコ大使館公使らと。)

2018年

9月

19日

『さきま 淳(あつし)』を沖縄県知事に

  今自民党総裁選と並行して沖縄県知事選が行われており、自民党与党は『さきま淳』候補を応援しています。いうまでもない、この知事選は国の安全保障にも直結する極めて重要なもの、4年前は負けた経緯があるだけに、党本部はもちろん我々党所属議員も懸命です。私もなんとか那覇市、旧友たちや企業を訪ね、票の積み増しをお願い致しました。
  「頑張れば勝てる」という状況の中で9月30日の投票日に向けて、暑い、熱い、闘いが続きます。

 

2018年

9月

16日

災害時,行方不明の氏名公表

  全国、大災害が続いていますが、災害最中の死亡者、行方不明者の名前を迅速に公表すべきか。北海道の大地震地域でも議論になっており、厚真町だけ公表、その他市町村は原則非公表との報道。国の方針は、基本的に自治体の判断に任せるとなっており、結局「個人情報」をどこまで守るかということにも関わってくる。
  昨年の朝倉市、東峰村豪雨災害で直接に関わった経験から。ごった返す災害対策本部、自衛隊詰所の黒板に行方不明者の一枚紙が貼ってあり、偶々知人の名前を見つけた。未だオープンにされてない、公表して多勢で捜したらどうだと思ったが、それは「個人情報」の範囲内だったようだ。
  この危機的瞬間に、命の他に何か「個人情報」として秘密を守るべものはあるのか。私はむしろ積極的に名前を公表して、捜索など住宅周辺の人々の協力を仰いだ方が良いと思うのだが。

 

2018年

9月

15日

「受けた恩は,石に刻む」。心に残る言葉

  『縣情水流、受恩刻石』( 掛けた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む )。大意、人間関係において、人を世話した時はお礼や見返りなどを期待せずに直ぐに忘れる。人に恩を受けた時は、石に刻んででも、それを忘れず末代まで伝える。お釈迦様の教えとして伝えられる。
  地元の敬老会で、「高原隆則 」那珂川町議会議長が祝辞の一節で発した言葉、高原氏は僧籍にもあり、一層の重みを与えました。

...

  那珂川町は、10月1日には晴れて「市」に昇格します。

2018年

9月

14日

安倍総裁、3選目指して

   自民党総裁選も中盤となった。安倍晋三氏(総裁)の支援に向けて福岡5区地区地元で急遽、決起大会を企画、国会からは山東昭子参議院議員を招いて特別公演を頂いた。山東氏は、元参議院副議長、科技庁長官、現在麻生派会長代行で、私とも長年の友人です。国の内外、喫緊の課題について興味深く聴き入った。
   決起大会の最後には、議員団挙げて「頑張ろうコール」で盛り上げた。

 

2018年

9月

12日

農水大臣と面会、陳情

  朝倉地区の農協、農政連の役員が斎藤健 農林水産大臣に面会しました。昨年の朝倉、東峰村豪雨災害では政府挙げて支援を受けましたが、とりわけ大被害を被った農業、果樹に向けての農水行政の役割は大きかった。農政連 草場委員長、農協 竹永副組合長は大臣に対して、まず今日までのご支援ご指導に謝辞を行なったうえで、復旧、復興事業のその後の円滑な実行に向けて、強くお願いをした。
   これに先駆けて、国会事務所では私と皆さんで、具体的課題について懇談しました。

 

2018年

9月

11日

ジョージタウン大学研修生,壮行会

  米名門「ジョージタウン大学」(ワシントンD.C.)への短期研修生の壮行会が行われた。このプログラムは米アムウェイ社と英字紙ジャパンタイムズ社が共催しており、特に政治、ジャーナリズムの観点から日米交流への若い人材を育てようとの趣旨、私もほぼ毎年来賓で呼ばれています。
  今年は地元秘書「古賀三春(みつはる)」君も選抜されたので、私も特段に力が入りました。河野太郎外務大臣も本学卒業生で、楽しい応援スピーチをされた。

 

2018年

9月

09日

総裁選,本格始動

  自民党総裁選は9月7日告示でしたが、関西地域台風災害や北海道地震などへの配慮で事実上日延べになり、7月10日、党本部にて候補者の出馬表明演説会が行われた。安倍晋三候補が絶対優勢の中、石破茂候補も立派な演説を行った。
これに先立ち、各陣営は候補者出陣式(送り出し)を行い、勢いづけをした。

 

2018年

9月

08日

「女性医師」と「就活規制」。君はどう考える??

( 1 ) 男女平等と医科大学入試
     医科大学入試にさまざまな問題が指摘される。文部科学省高官の犯罪事件はもとより論外である。世の中が男性医師(特に外科系など)をより多く求めているのも本当らしい。 

     しかし受験の裏で男女の成績を加点したり減点したりは良いことではない。将来を目指す若者の精神性を最も傷つけるもので、その残酷さは想像を越える。
私の意見、各大学入試にははっきりと、例えば「男子100名、女子80名」と定員を明示することです。もちろん男女平等の議論は残るが、それは決して憲法論、法律論にまで発展しない、十分に社会的論理を説明すれば世の中は納得するものです。

...

(2)大学生の就職活動
     大学生の就職活動の時期的制約を撤廃するか否か。私は堅持すべきと強く考える。経済界の希望的思惑では、従来の規制が実際守られておらず、就活を自由化した方が却って人材の適正配置は可能になるという。生きた経済界の事情も分かる、制度の曖昧さゆえの現実論は理解できる。
      しかし、言うまでもない、学生の本分は教育と学問である。これは、個人にとっても国にとっても絶対の基本であって、卒業までの数ヶ月こそ、その人生にとって最も大事な時期となる。就活期間は学生にとって最も悩み深き時期でもある。現実が混乱している、だが、私は「混乱の時こそ基本に戻れ」の原則の下、この時こそ従来の基準を再確認し、お互いその遵守(コンプライアンス)と信頼感を高めることで、結局は皆のためになると固く信じています。

2018年

9月

07日

北海道、大地震。全道、停電。

    一体、わが天地はどうなっているのか。早朝テレビをつけて、瞬間、「台風21号」災害と思いきや、何と北海道の震度6強の地震という。北海道厚真(あつま)町中心に大地震となり、国は今、人命救助とその被害把握に懸命である。山々の土砂崩れがひどい。

     電力被害が深刻である。この地域に留まらず、北海道全域が停電したが、これは普通は考えられない。「苫東(とまとう)厚真火力発電所」が大破したこと、北海道の送電システムがそのようになっていたこと、と説明されている。...
もう40年にもなる、私は資源エネルギー庁では行政官として電力担当をしていた。苫東厚真火力発電所は建設中であって、国は厚真町とは特に関わりが深かった。私はもちろん現地にも行った。
その厚真町が大地震に逢い、発電所が止まったことに、私は密かな感慨を禁じ得ない。発電所にも北海道電力にも一日も早く立ち直って欲しいと祈るのみ。

2018年

9月

06日

■ 「麻生節」炸裂。安倍首相支援,福岡県大会

  安倍首相支援の福岡県大会が自民党県連主催で行われた。折から吹き荒れる「台風21号」のため候補者たる安倍氏自身は出席されなかった。麻生太郎氏がその代理役で講演、2500人と言われた出席者も、現下の政治、経済、国際関係に思いを致し、かつ本格的な 「麻生節」を堪能されたものと思われる。
福岡県自民党は、安倍圧勝を目指しています。
  夕刻、いきなりケータイが鳴り、「福岡県大会に欠席して申し訳ない、選挙は何卒よろしく」と安倍氏の直々の挨拶があった。選挙にかける真剣さと気配りの丁寧さには一人驚いたものです...。

  台風は関西中心に非常に大きな被害を残しました。

2018年

9月

03日

■ 安倍首相,総裁選挙 激励会

  安倍首相(総裁候補予定者)の選対本部設立、激励会が都内のホテルで行われた。選対本部長には参議院の橋本聖子氏、続いて麻生太郎氏ら推薦派閥の代表から応援演説が行われた。最後に安倍氏本人が内政外交の実績を踏まえて、あと3年間で全ての課題を仕上げたいとの力の入った決意表明があった。9月7日告示、20日投票となり、新しい時代が始まる。

 

2018年

9月

03日

■ 児童擁護施設の子供達、ご馳走で腹一杯

  児童擁護施設の子ども達、本当に腹一杯ご馳走を頂いたでしょうか。恒例のイベントで、「博多食文化の会」(メゾンドヨシダさんら)の皆様が毎年、この子らに最高の食事やもてなしをしてくれます、27回目、今年も200人以上の子ども達が呼ばれました。私も長い間関わっていますが、この子ども達の喜びよう、大方は親がいなくて家庭の味を知らない子ども達にとってどんなにか嬉しいことか、また運営者が物心どんなに苦労されているか、改めて感じ入ります。大マグロの「解体ショウ」に始まり、寿司の握りはもとより天ぷら、焼き鳥、カレー、洋食、中華・・・、ケーキにアイスにジュースと選り取り見どり、私らも相伴に預かり、遂には食べ過ぎて夕食を抜く破目に。
  この子らに幸あれ、と祈らずにはおられません...。

(小川洋県知事も毎年の応援者です。)

2018年

9月

01日

■ 「米中新冷戦」

  米朝非核化交渉が進まない。米国務長官が北朝鮮に行こうとしたが行くのを止めた。米国はやめたはずの米韓合同軍事演習を復活すると警告もする。北朝鮮は、「6・12のトランプ・金正恩 首脳会談」の後でも、結局何も変わらない。
  トランプ大統領は「北朝鮮のうらで中国が糸引いて、北朝鮮の非核化を邪魔している。中国は北朝鮮の経済支援を続けている」と中国への不信と貿易戦争の恨みをツイッターでぶつけた。いつも私は言うが、この御仁はなんと素直で分かりやすい人か。北朝鮮は中国そのものであって、中国に何を望もうとしているのか。中国はきっと困った顔をして、心では嗤(わら)っているだろう。習近平氏の「中国3000年の戦略」とトランプ氏のツイッター外交とでは勝負にならない、  しからば、日本が、各国が、その狭間で自国だけは守り抜けるような戦略を確立しておくことが必須なのだ。
  私は『米中 新冷戦、中国の脅威』として近々本を出す、日頃の言動をまとめただけであるが、諸賢のご意見も頂きたいと思う。