2020年

4月

03日

「コロナ予防率99% !」

  「コロナは99%予防出来る。」と力強く言い切ったのがアメリカの専門医で、アメリカでは今評判になっているという。たまたま見ていた朝のワイドショーで、これには感心しました。朝昼晩、コロナの暗いニュースばかりが流される中、これには勇気を頂いた。
  要はコロナウイルスは、「手から口、鼻、目にしか感染しない」ということ。然らば手を徹底的に洗う(消毒する)、そしてその手で絶対に顔(口、鼻、目)を触らないこと。
こんな単純なことです。手洗いも、マスクも当たり前のように知っていましたが、今日から改めて、この極めて単純な動作を真剣に励行するつもりです。
  皆様もこれで99%防ぎましょう。
Let’s practice it from today to tackle the virus by 99%.
( ウイルスを99%退治するため、今日から断乎実行しよう。) <原田の決意>

2020年

4月

02日

志村けん、死す

  志村けんがコロナウイルスで死んだ。コロナを甘く見るな、と警告を残して。騒がしい男であった。「東村山」を全国区にした。「最初はグー」は日本人の習慣になった。バカばかり言っていた。
  しかし、優しかった。温ったかかった。(一方的)長い付き合いになる。『8時だよ、全員集合』からである。ドリフターズとか言って、いかりや長介という親分がいて、あの頃には志村がいたのか知らない。『いい湯だな』が流行った。私もつい持ち歌にして、しかも今も(ソラで)歌えるのだからしつこい。
  こっちもいい時ばかりでなかった。もう選挙をやっていたか知らない。くしゃくしゃして家に帰った時、テレビが賑やかに騒いでいた。俺がこんだけ悩んでいる時、ようあれだけバカをやってるな。難しい顔をして、じっと見入って、最後に、ま、明日があるか、と我にかえる。
  志村けんは死んだ。テレビが生前を繰り返す。大笑い、戯(おど)けて、バカを言い。本当に心は笑っていたのか、つい思う。志村も人間だった、外には笑いを振り撒いていた、しかし心では泣いていたかも知れない。
コメディアンが、志村けんはこれからも生きている、と言い切った

2020年

4月

01日

酪農・ 牧場の見学

  新型コロナ対策として全国の小中学校が一斉休校となってひと月が過ぎる。一緒に学校給食も止まっているが、それに伴う業界への影響も非常に大きい。
  地元筑前町の「永利(ながとし)牛乳」社の牧場を訪ねた。同社は福岡県でも最大規模の牧場で、全県の学校給食を手広く扱っている。今回の学校休業は経験のない大きなダメージで、牛は乳出しを待ってくれない、餌食べも待ってくれない、この間しっかりと他商品への振り向け、他地への営業などで経営をつないでいく。
  酪農業も楽でない、牛の管理、健康維持、受給動向、 餌の国際的動向、趣向の変化など、どの業種にも負けず経営環境は厳しい。このコロナ事態にも力を結集して取り組んでいかなければならない。

2020年

3月

30日

コロナepidemicと国際政治

  新型コロナ恐怖の世界的広がりは終末を見せない。日本においては、東京を中心にこれからこそがピークを迎える瀬戸際とも。このコロナepidemicが国際政治に与える影響について、私の認識をそっくり産経新聞(アメリカ支局=古森義久氏)が代弁してくれた。

  まず今地球上では、人も技術も金も全て国境超えて(ボーダーレス)交流しており、この新型コロナもボーダーレスで一気に地球を覆ってしまった。ついてはボーダーレスに動くことが善であるという神話の見直しが始まるであろう。
  第2に、このepidemicに対して、国連もWHOもEUも、およそ集団的共同体は無力さだけを晒し、国家主権や地方主権こそが唯一効果的な機能を発揮した。ついては今後安易な共同体的な解決への期待は減少するであろう。
第3に、この新型コロナを発祥したのは中国武漢であるが、中国はその事実と自らの非を否定して諸外国への救済応援をこそ喧伝している。アメリカでは、これを「放火犯が消防士の真似をする」と揶揄(やゆ)している。各国は中国への政治経済の交流相手としての信頼度を更に落とすであろう。

2020年

3月

28日

ある医療事件(千葉大学腸チフス事件)のこと

  私の主催する研究会(「医療と医薬の未来を語る会」)は、時節柄のテーマ「新型コロナウイルス」を「大曲貴夫教授」(国際感染症センター長)が講演されることで、予定通り賑わった。
  閉会後、私の所に若い医者が挨拶に来た。「國島広之教授」(聖マリアンナ大学)で、やはり感染症の専門家という。昔私が川崎市にいたとき、地元の病院の先生で、選挙応援を含めて大変にお世話になった人、その息子さんということは直ぐに分かった。立派な息子さんで本当に嬉しかった。大先生は遠く他界しておられた。

  私が古く「厚生政務次官」をしていた頃、平成10年か11年頃。その國島先生が、数人で私の部屋にやって来られた。「同窓のS医師をどうしても救いたい」というのが相談の内容。

  昭和40年頃、「千葉大学腸チフス事件」というのがあって、これは当然大事件となり、私でも新聞記事を記憶していた。その犯人こそがS医師で、刑事処分は既に終わっていた。しかし彼は未だ冤罪として罪状を争っており、同時に医師免許の回復を目指している。厚生省の「医道審議会」でもう一度医師免許の審議をやり直して欲しい、それを皆卒業同窓の誼(よし)みで応援しているとの由。

  私は厚生省事務方の協力も得て本格的に取り組んだ。「医道審議会」というのは省内最も格式の高い審議会で要件も複雑であったが、なんとか開会に辿り着いた。結果、余りの社会的大事件の評価が覆ることはなかった。

  私はS医師とはその期間を通じて知己を深めた。尚お懸命に持ち続けようとする医師としての誇りには本当に尊いものがあり、在所の青森と東京を何度か行き来させ、就職まで手伝ったことを思い出したのです。

2020年

3月

26日

新型コロナ、新局面

◯東京オリンピック、1年程度 延長。
◯東京都、「感染爆発、重大局面」

  日本人同士よ、落ち着いて、ここはぐっと堪え忍ぼう。春の来ない冬は無いのだから。(原田から)

2020年

3月

23日

100年前の「スペイン風邪」、

  新型コロナウイルスが今、世界中を覆っているが、丁度100年前にも感染症(パンデミック)が人類を恐怖に陥れた。「スペイン風邪」(1918年1月 〜1920年12月)がそれで、実に世界の人口20億人中、3割の6億人が感染し、うち2〜4千万人が死んだ。もとより各国は、折からの欧州戦争(第一次世界大戦)との両面作戦に狂奔したことになる。
  1世紀経っても、人類は何も変わらないのか。いや古い経験から何を学ぶのか。

2020年

3月

22日

日韓友好の証し 『王仁(わに)博士の千字文公園』

  佐賀県神埼市に王仁博士記念の「千字文公園」がある。5世紀初め、飛鳥時代の日本(大和)に朝鮮半島百済から王仁博士が渡来し、漢字を伝えたと言われる。韓国の「霊岩(ヨングァン)郡」に記念碑公園の原型があり、王仁博士が上陸したとされる「神埼市」が、2年前、その原型にほぼ模した記念公園を整備した。両市は今、特別の友好都市にあります。

  王仁博士は、「古事記」、「日本書記」によれば、応神16年(405年)、応神天皇に招聘されて論語10巻と千字文1巻を献上した。百済の先進文化を日本に伝え、日本に飛鳥文化の花を咲かせたとされる。

  この記念公園は神崎市長(現) 「松本茂幸氏」の政治的情熱が具体化したものとされる。これだけの大事業を完成させるには並々ならぬ執念と、現実には多くのリスクとコストが伴う。松本氏と友人関係にあった私(原田)と清末秘書は、政治家松本氏の強い思いに胸打たれ、選挙の応援も含め、長い間懸命に支えてきました。この千字文は、筆頭の安倍総理から始まり、私も、清末秘書の筆跡も入っています。

  この地域はいわゆる「吉野ヶ里」の一部にあり、往時は一帯が大陸の影響を受けて大いに栄えていたことが分かります。

2020年

3月

21日

新型コロナのワクチン開発を急げ。

  新型コロナの広がりは止まることを見せない。感染者と死者は増え続ける。中国はほぼ抑えたと言っているらしいが、余り信用できない。これだけ時間が経ったのでそろそろ治療態勢が出てきても良いはずだ。
  WHOの報告では、コロナ関連の研究論文はこの3ヶ月で約3000本出された。そのうち圧倒的に中国43%、アメリカ18%、英国8%、イタリア7%、日本からは、僅か2%という(日経新聞)。わが国の開発力の弱さが見えてくる。
  私の所にも、多くの研究者や民間の人から、発明や開発の提案が届くのでその都度、厚労省や研究施設に繋いでいます。窓口がも少し積極的であった方が良い、どちらかというと胡散臭そうに受け取るのが多い。提案者は非常に真剣な人が多く、折角だからこの情熱を成功に結びつけたいと思っています。

2020年

3月

18日

自民党「大学英語入試 改革案」を萩生田文部科学大臣に提出

  昨年11月に、自民党の「改革案作業チーム(WT)」座長となった私は、精力的に働いた。大学、高校などにも足を運び、業界の意見を聞き、党内の討論を重ね、原案を策定した。党内政務調査会長の了解を得て、自民党として文部科学省 (政府) に提出をした。文科省にも専門家委員会があり、最終的には今年1年くらい掛けて、政府案が決められる。
  私はいつも、英語教育こそ(日本人が弱いとされてきた)国際人、グローバル人材の育成の鍵であり、今や「4技能」(読み、書き、話す、聞く)の総合的引き上げこそ必須であり、その中で大学入試の果たす役割は特に大事だ、と訴えてきた。
  今回の報告書で十分尽くされたかどうか、今後、文科省はじめ世の中の動きを注意深く見守って行きたい。

2020年

3月

18日

自民党 議員総会

  自民党の議員総会が党本部で開かれた。党大会が開かれるべきところ、新型コロナの拡散対策で中止、それに代わるもの(党則)として、「議員総会」となった。
  二階幹事長、続いて安倍総裁(首相) から、コロナ対策、経済金融対策(とりわけ雇用)、国際問題、憲法改正などにつき力強い挨拶があり、来年度の運動方針が決議された。

2020年

3月

13日

新型コロナ、「パンデミック」と世界経済

  WHOが遂に「パンデミック」(感染症の世界的大流行)を使い始めた。抑制気味に使われており、また中国、韓国、イラン、イタリアを特に抽出している段階で、わが国は慌てるほどではないが、それでも世界の経済、金融、株安連鎖は深刻、国内の経済対策も特別、緊急なものが急がれる。米国トランプ大統領は、欧州(英国除く)からの入国を30日間禁止すると発令した。

2020年

3月

13日

英語入試 改革案、岸田政調会長に

  英語入試改革案、岸田文雄「政調会長」に説明を行い、基本的了解を得ました。自民党とは非常に大きな組織であって、それぞれ案件によって意思決定をする組織、担当が異なります。いわゆる政策に関する取りまとめは「政調会長(政務調査会長)」で、その重要度に応じて直接相談(根回し)が必要です。「高階(たかがい)文部科学部会長」と共に。

2020年

3月

12日

東日本大震災、9年目

  3月11日、あの日から9年が経ちました。テレビ、新聞では多くの報道で、東北地方の回復途上とご苦労振りが紹介されています。誰しも日本人にとっては忘れられない、辛く悲しい大事件でした。昨年は閣僚として合同慰霊祭に出ましたが、今年は新型コロナの関係で、それも中止になりました。
  私は環境大臣時代に交流した原発被災の町村長さんらに電話してその労を労いました。

  その日、その瞬間 (2時40分頃)自分は何をしていたのか。私はどうも羽田から飛行機に乗っていたようで、福岡空港に着いて降りてみたら、何か空港の雰囲気が全くおかしい、人々の表情が何か全く違う。職員に何かあったのかと聞いたのですが、職員は「いやー、何か東京の方で、大変な事故があったらしい。テレビでも、何が何か混乱しているようで・・・」と答える。その日は夜になっても、事情はよく分からなかった。

  私は確か2週間目くらいに、事務所の人間で福島県を訪ねました。高速も一般道路もまともに走れません、原発の侵入禁止看板を避けながら。ただ当てもなく、郡山、いわきに入り、地震の凄さに圧倒されていました。どこかの海岸べりまで到達。津波の現実を本当に見るのは初めてです。船が海岸に打ち上げられ、遠くのビルの屋根の上にも乗りあげていました・・・

2020年

3月

11日

「尖閣諸島が日本領」という決定的地図

  尖閣諸島が日本領である、という決定的地図がここにある。実に中国政府(国家測地院)が作ったそのもので、中国と日本との間に国境線が引かれて、尖閣諸島は「明確に日本領」とされている。毛沢東主席(当時)の裏書きさえ添付されている。1969年(昭和44年)制作。
平成26年の秋、私の国会事務所にある人が訪ねてきた。昔の外務省高官で中国勤務の時に手に入れた、本物、真正と思うが身の危険を感ずるので誰も(外務省も)信じようとしない。何ら活用して欲しい・・・。
  私は意を決して、平成27年2月23日、衆議院予算委員会の質問に立って、この地図を公開した。尖閣の領土権を安倍首相、岸田外相らに迫った。中国自身が作ったもので、疑う余地もない、遂にこれが日本の主張への最新最強の証拠となった。新聞各紙、週刊新潮(3月5日号)にも報道された。
  以後、私はこの地図を帯同して、東京の外人記者クラブで記者発表した。単身中国・北京にまで行ってその正しさ(「尖閣は日本領」)を政府当局者に迫った。中国は当初、これは日本の「捏造」、「この程度の証拠地図なら100でも1000でもある」、と強弁していたが、遂に反証しなかった。

  しかし、中国は今日も尖閣諸島への侵入、侵略を止めようとしない。

2020年

3月

10日

英語( その2)

英語教育、目指すべき姿 (概要)

◎英語教育の目的
・global 人材と国際人の育成
・4技能の教育
・高大接続のためのシステム整備
・大学の主体性に基づく入学試験の確立 ( 「大学の復権。建学の精神」)
・民間機関の補足的かつ積極的活用 ほか

◎大学の現状と入学試験の位置付け

・志願者が多く、厳しい選抜、競争試験を目指す大学

・志願者が少なく厳しい競争は望まない(推薦入学など)が、4技能を含めた英語教育を目指す大学

◎入試の具体的方式 案 (各大学が選択する)

・一次試験 Listening, Reading については旧来のセンター試験に準拠する

・二次試験

大学の主体性を取り戻す。建学の精神に則り、独自の入試(作問、採点など)を実践する。補足的な民間機関の活用は、その大学に任せる。

・Speaking は端末利用など最新技術も活用する。

・Writing は、和文英訳を原則としてはどうか。(記述能力と英語能力を同時に作問、採点することは困難と思われる。記述能力については、まず国語試験に委ねるか)

◎大学と民間機関との関係

・大学と民間機関とは独自に協力、協定する。

・ その際、(過当競争、独禁法など、)必要に応じて文科省が調整する。

・受験生に地方格差、所得格差の発生しないように配慮する。必要に応じて、予算措置を行う。

◎英語教育一般で検討すべきこと

・小学校から開始、Listeningは早いほど良い。(アルファベットの筆記体の復活)

・ 英語教師の4技能強化、英語での授業実施(学習指導要領)

・海外留学の促進、外人教師の招聘

・上級者育成に対しては特別教育 (global人材、国際的活躍)

・ AI発達による自動翻訳社会の到来

・民間機関への政策的働き掛け

・障がい者への配慮

・社会の英語環境化 (テレビ、映画で吹替え、同時翻訳を過度につけない) など

2020年

3月

10日

英語入学試験、自民党「作業部会(WT)」取りまとめ案

  自民党の大学英語入試の改革取りまとめ案を発表しました。昨年12月から3ヶ月を掛けて議論、大学、高校などの現地視察、関係団体や識者の多くの意見聴取などを踏まえて一応の結論を得たものです。
  日本人を国際的人材と育てるためには「4技能(読み、書き、聞く、話す)」に基づく英語教育は重要なものである、その際大学入試が果たす役割は大きい、その大学入試では大学の主体性の確立こそが必須であり、外部組織の活用も補完的であるが積極的に行うこと。受験生に地域的、経済的な格差が生じないように国としても配慮をする、なども書き込みました。
  これは自民党原案として文部科学省に提案し、いずれは国の制度としても検討されます。私(原田)の役割も責任も決して小さくはありません。

2020年

3月

08日

「習近平氏 国賓招聘反対 国民決起大会」で演説

  「1万人集会」と銘された国民集会であったが、寒さと雨と国賓来日が中止延期となったため、3000人くらいの集会となった(場所 東京日比谷公園)。私は当初余り関心はなかったが、2、3日前、大会役員から電話があり、国会議員が誰も来ない、先生助けてくれ、という、初めて事の重大性に気が付いた。自分は国会でも、自民党でも、どの集会でも習近平問題は忘れず発言してきた。世の中で、こんなに多くの人々が同じ危機感で「行動」しているのか、ここは恥とか外聞とかいう時ではない、国民集会の前でゲキを飛ばすことにした。
  かくして、日頃の思いを大声で訴えた。5年前私が手に入れた「尖閣諸島地図」 ーーー1969年に中国政府が作ったもので、尖閣諸島が日本領であることを、毛沢東主席(当時)が裏書きして確認したもの。私はそれを2015年2月、衆議院予算委員会の場で初めて安倍首相、麻生財務相、岸田外相らに紹介したーーー を披露して、現在もほぼ連日中国が領海、接続水域侵犯を繰り返していることを厳しく批判した。さらに孔玄侑中国大使らには大使館では直接に抗議したこと、人の家に招待された時に土足で玄関を蹴破ることはしない、という比喩で習近平氏の国賓訪日に反対した。
  大会後、招聘反対の段幕を掲げて銀座の街をデモ行進するところまで付き合った。

2020年

3月

07日

大学入学試験(英語)対策、文科大臣と打ち合わせ

  昨年来、自民党本部の「英語入学試験改善策」の責任者となった私は、大学、高校、中学校などへの視察、関係者からの聴き取りなどを含め内外の会合を数多く重ねてきました。一応まとめの段階に入ったので、文部科学省に萩生田(はぎうだ)文科大臣を訪ね、意見交換を致しました。文科省も省内に専門的委員会を立ち上げ鋭意検討を進めており、今後は文科省と与党自民党とで密接に連携していくことになりました。
  入学試験である以上、まず各大学が建学の思想に立って、問題作成、採点などを主体的に行うという当たり前のこと、外部の専門機関も補完的だが積極的に活用するなどで意見の一致をみたところです。

2020年

3月

06日

習近平氏来日中止、正式発表

  私なりに万感の思いで、これを受け取った。習近平国家主席の国賓来日が、遂に、いや、やっぱり、中止になった。国賓については昨年の夏頃から噂さが出始めた。私は9月に閣僚が終わるのを待って、はっきり発言することとした。自民党の外交調査会で、総務会で、自分の集会ではもちろん、あらゆる集会で取り上げた。12月には中国に行って「国際友好連絡会会長」の「陳元氏」に、1月に中国大使館では「孔げんゆう大使」に直面して訴えた。私の訴えはいつも単純、「私たち日本人は国賓来日を大歓迎する、しかし今の中国の尖閣諸島への侵入、邦人の故なき捕縛などの『主権侵害』は直ちにやめてくれ、国民は決して許さない。」
  今年になって、新型コロナウイルスが表面化したため事情が変わってきた。コロナウイルスの感染を防ぐためには、原則人々の動きを止めようとした、人と人、国と国、すべてを止めようとしており、その流れの中で習近平氏の来日が議論された。そして中止となった。無いよりはましだが、しかし、本来あるべきは「主権侵害」の議論であって、それを間違えてはいけない。
  国賓来日は「延期」であって、「取り止め」ではない。然らば、「主権侵害」との闘いはこれからも続く。引き続き懸命に訴えていく。

  「国賓中止、原田さんの訴えが届いたね。」とある記者が、言いに来た。「おい、闘いはこれからだからな。」と、いつものため口で答えたものです。

2020年

3月

04日

新型コロナウイルス対策、自民党会議

  今や全ての政策に先んじて「新型コロナウイルス対策」が緊急、重要となっている。自民党の全体会議では大会議室が議員で溢れかえった。政府から現状と対策、今後の見通しを聞いたが、いずれも解決策には遠く中間報告ばかりで、病気の広がり、感染の経路も心配である。経済金融、国民生活に与える影響も深刻で、観光業や中小企業にはすでに大きな損害が発生していることなど、多くの議員の現地報告が行われた。

2020年

3月

03日

予防接種は秋月藩から (その2)、「日本のジェンナー・緒方春朔」

  今国中が、いや世界中が、新型コロナウイルス対策で大変です。早く病原菌が解明され、予防ワクチンが打てることを祈りたいですね。
  ところでその予防接種を世界で初めて行ったのは、「緒方春朔(しゅんさく)」といい、実に福岡県秋月藩の藩医でした。往時天然痘は世界中で最も恐ろしい病気でした。予防接種は中国の漢方医学で理論化されていましたが、誰一人実施する医者はいなかった。緒方春朔が実験に目処を立てた時、秋月藩主の「黒田長のぶ」がこれを支え、大庄屋「天野甚左衛門」はなんと自分の子供2人を被験者(実験台)に提供したのです。見事に成功しました。春朔は種痘の本を書いて多くの医者を指導し、これが全国に拡がりました。
  ここに日本の予防接種・種痘は秋月藩から始まり、爾来、幾千幾万の子供たちを救ってきたでしょうか。寛政2年(1790年)、あの有名なジェンナーの牛痘種痘法の発明の、実に6年前に当たります。だから私は、「日本のジェンナー」緒方春朔ではなく、「イギリスの春朔」エドワード ・ジェンナーと呼んでいるのです。

2020年

3月

02日

今こそ、(江戸時代)「秋月藩」の「稽古館」に学ぶ。

  新型コロナウイルス対策として多くの行事が中止されています。逆にこの機会に、多分読むことのなかった書類や書物を読むように心掛けています。自分なりに、飽くことなき向上心を目指しています。

  福岡県朝倉市の秋月地区は、江戸中期(18世紀)に福岡藩の分流「秋月藩」として栄え、今に「小京都」と呼ばれる街並みを残しました。中興の祖「黒田長のぶ」により武家文化が興隆、その藩校として「稽古観(けいこかん)=後に稽古館」が創られた。武芸学問の振興に努め、「小藩にしては良すぎるほどの学館なり」と称えられたという。
  その学館には『稽古館の教え』という学訓があり、学問教養の大事さ、家族、友人の扶助精神、文武両道や質実剛健、切磋琢磨や規範意識など学ぶ者の心構えが代々伝えられてきた。この学訓は現在の市立「秋月中学校」に受け継がれ、日々の授業や学校生活での行動指針となり、卒業時には全校生徒が暗誦するまでとなっています。
  大いに学ぶべきものとして、全文を掲げ、かの時代の思いの高さを偲びたいと思います。

2020年

3月

01日

習近平氏の国賓来日中止、「主権侵害」に抗議する

  中国の習近平国家主席の国賓来日が中止で、延期だと、ほぼ決まった風に報道されています。私は当然だと思っています。自民党と国会では、私が先頭に立って抗議してきましたが、実はここで決して注意を緩めてはなりません。
  先々週の自民党総務会で、私は「多少しつこいが」と前置きして、敢えて発言しました。「日本に来ないことは仕方ないとしても、それは新型コロナウイルスを理由にしてはならない、まさか習近平氏がマスクをして天皇陛下に会うはずはないのだから。
  大事なことは中国が香港やウイグル、数々の人権問題を抱え、かつ日本には尖閣列島への領海侵入、邦人の不法な拘束などを決して止めようとしない。日本人は得てして、何か起こると、事の本質を忘れて直ぐ情緒的に対応しようとするが、本件新型コロナに惑わされてはならない、「主権侵害」の相手を迎えるなどで天皇陛下を煩わせることに強く抗議、反対しているのだ。」と。

2020年

2月

28日

全国小中高、休校。新型コロナウイルス対策

  全国の小中高校の休校が発表された。事態はここまで進んできたということ。国会( 予算委員会 )でも、集会でも、テレビ、新聞はもちろん、あらゆる話題がこれに集中しています。政府が遂に決断した。議論は山ほどありますが、新型コロナ予防には決定的な対策が不可欠ということで、われわれはこれをしっかりと支持します。
経済、金融にも大きな影響が出始めています。
  『正しく、怖れる』という言葉があります。深刻な事態には細心の注意が必要です、が、怖れ過ぎてはいけない、平常心を無くしてはいけない、ということです。最も正しい情報を集めて、最も的確な行動を取ることが必要です。

2020年

2月

26日

外国系小学校、英語授業の視察

  宮城県仙台市にある外国系( トルコ)の「ホライズン学園」小学校を訪問して、進んだ英語教育の実態を視察しました。幼稚園時代から英語を学び、今日の4年生クラスでは外国人の先生と殆ど自由に英語の授業、さらには算数の授業もこなしています。
  人間が言葉を学ぶ耳の訓練(聴き取り)は、3〜5歳頃が最上といわれるそうで、英語の文法や単語スペリングよりもまず徹底した会話に浸していこうとするのが方針です。日本の英語教育の弱点をしっかり補っているようです。

2020年

2月

23日

美しい笑顔と強い決意が、「マスクを取って挨拶を」

  福岡市の郊外にOISCA(オイスカ)という国際機関(支所)があります。OISCAは主としてアジア諸国の青年たちを日本に招聘(しょうへい)して農業技術を支援する組織で、私は昔から地元でも、また東京(本部)でも、世話をしている1人です。今日は1年の研修期間を終えての卒業式で、全員近日中に帰国します。10数ヶ国からの人々です。
  来賓からはそれぞれ力強くも温かい励まし、日本との絆の大事さを訴えられました。私も同じく挨拶に立ち、60年も前アメリカからの留学帰りに当時のケネディ大統領から、「祖国のためにしっかり頑張るよう」にと激励された個人的体験を話しておきました。
なお時節柄(新型コロナ・ウイルス対策)、全員がマスクをしていましたが、私は敢えて皆に「マスクを取ってお客さんに素顔で挨拶しましょう」と促しました。一斉に、何と美しく、力強い決意がそこにあったでしょうか、会場から最大の拍手をもらいました。

2020年

2月

21日

『お詫び』コロナ・ウイルスのため「新春の集い」の中止、延期について。

  きたる2月24日、筑紫野市において、恒例「新春の集い」を予定しておりましたが、折からの「新型コロナ・ウイルス」による感染が福岡県にも広がってきましたので、勝手ながら中止、延期とさせて頂きました。皆様には折角のご予定頂きましたが、まことに申し訳けなく、何卒よろしくお願い申し上げます。今後につきましては、追ってご連絡申し上げます。
  本年が、皆様にとって、素晴らしい年になりますように、またご自愛を、心からお祈り申し上げます。

 

2月21日

原田義昭

2020年

2月

20日

衆議院予算委員会、大詰め。

  連日、予算委員会に拘束されています。自民党、公明党の若手たちが、立派な論述と質疑を展開して学ぶところがたくさんあります。野党は「桜」ばかりで、本当に勿体ない、安倍叩き、政権叩きですでに選挙戦術に入っていますが、これでは決して国民は着いて来ません。

 

  2月14日は熊本市に行って、予算委員会「地方公聴会」に出席しました。熊本地震(2016年4月)での「阿蘇大橋」崩壊などの復興状況を視察し、続いて、公聴会では県知事含む有識者から地元の経済事情などをヒアリングしました。帰りは熊本の友人に福岡まで車で送って貰いました。

2020年

2月

19日

沖縄の生き証人、放送の持つ力

  沖縄 出身の放送人、「川平朝静(かびら ちょうせい)」元沖縄放送協会会長のお話を聴いた。沖縄の琉球王朝の流れ、旧台湾で生まれ、アメリカで教育を受け、沖縄で職業生活を始めた。沖縄で放送局の立ち上げに参加、遂にはNHKの役員、日本の放送界の重鎮にすわった。
  沖縄から見て、台湾、中国、旧日本、敗戦を経て新日本、アメリカを語った。今の私たちが知っておくべき日本の歴史を文字通り生き抜いてこられた。
  御歳 93歳、矍鑠(かくしゃく)として、沖縄と日本の将来に大きな夢を持っておられる。多くの仕事に就かれたが、それぞれを「召命」=しょうめい、天職、callingと呼び、懸命に尽くされたという。
タレントのジョン・カビラと川平慈英(写真)の父にあたる。

2020年

2月

17日

高校柔道部で「励まし」を受ける。そして、「小野泰伸」のこと。

  高校柔道部の仲間から、「大臣退任の慰労と激励」の会を開いてもらった。久しぶりの面々から温かい友情をもらい、一層元気が湧き出てきました。今年は衆議院選挙が必至であること、大臣もあと1、2回は目指すこと、を広言して同志たちの支援をお願いしました。
  「小山台 (こやまだい) 高校」は東京都品川区にあります。私にとっては福岡県から途中転入、アメリカ留学、大学への受験勉強、と非常に大事な2年半でした。その間も一貫して柔道部に属して心身を鍛えました。大学を出て、就職してからも、ずっと高校とは関わりましたが、とりわけ選挙(神奈川県)に出始めた昭和60年ごろには、先輩や同期、同窓生にどんなに世話になったことか、卒業母校のありがたさを実感したものです。今日出席の「宗岡正二」君 (元 新日鐵社長、会長、全日本柔道連盟会長)などとの交流も、先輩後輩で50年以上になります。

  私は挨拶の中で、「小野泰伸」君のことも偲びました。小野はこの小山台柔道部の後輩でした。私が選挙に出る頃小野が大学を出たので、無理に頼んで事務所の秘書に来てもらった。昭和61年の初出馬は落選、平成2年2月に初当選しましたが、その前後5年間は小野が一貫して選挙事務所を取り仕切った。当選して程なく、小野と同期生の谷屋が来て、「先生、小野の具合が良くないので事務所を辞めさせてくれ。持病(糖尿病)が悪化して体が持たない」という。しばらくは小康を得ていたが、2年後に死んだ。

  私は今でもあの過酷な5年間が、小野の命を縮めたのではないかと悩んでいるのです。

2020年

2月

15日

囲碁「棋聖戦」に立ち会う。

  囲碁界の最高峰と言われる「棋聖戦」に立ち合う機会に恵まれました。場所は太宰府の九州国立博物館、棋聖戦の第4局目、井山裕太棋聖と河野臨九段との対局。テレビではその風景を見たことはありますが、その一角に自分が座るとは、本当に緊張しました。(読売新聞主催)

  囲碁ファンにとっては、あり得ない舞台です。私は、アマ3段、囲碁を一番の趣味としています。囲碁は攻めたり、守ったり、その活動の領域は無限に広く、深い。「頭を使う(思考、思索)」訓練には大いに役立つと言われています。
これらプロ高段者の頭脳は一体どうなっているのでしょうか。そばで触れただけでも、少し強くなったような気が致します。

2020年

2月

14日

国士を見送る。嗚呼、目良(めら)さん!

  「目良(めら)浩一さん」と言っても、多くの人は知らない。半生をアメリカで暮らし、祖国日本のことを思いながら、死んでいった。「慰安婦問題」、「南京事件」など日本の戦後歴史問題について、独り懸命に闘った。如何にアメリカ社会は日本人を蔑(さげす)んでいるか。何故日本人は、正しく、強く、反論しないのか。職を失い、家族を路頭に迷わせ、支援者も集まらず、しかし懸命に訴えた。慰安婦像が建てられ、身を張って各地で反対した。懸命に本を書いた、何本も裁判を起こした・・・そして遂に力尽きたのか。
  来日すると、私の事務所に寄ってくれた。運動を巡って熱く語った。私は、しかし、いつも非力を詫びていた。 祖国は、あなたに余りに冷たかった。

  「偲ぶ会」で、私は挨拶に立った。「あなたには本当に辛い思いをさせた、まず、日本人がだらしない、外務省がだらしない、そして何よりわれわれ政治家がだらしなかった。この国を守るのに結局あなた1人を見殺しにしてしまった。本当に申し訳けありませんでした。」と呼び掛けた。目良浩一さん、享年86歳、心からご冥福を祈ります。

  昨年12月のある日、事務所の秘書が「めら、という人から電話」と言う。目良さんから、成田空港からの電話でした。ちょっと病気で日本に戻っていました、今からまたアメリカに戻ります、と言う。私も久しぶりだったので、「良いお年を、お大事に」と甲高く送り出したものです。そして1月、訃報が届きました。

  およそ政治家たるもの、彼の死に奮い立たずして何を目指そうとするか。

2020年

2月

12日

野村監督、逝く。「負けに不思議な負けなし」

  プロ野球の南海などの元監督 「野村克也」氏が亡くなった。名監督で、私は大ファンでした。多くの言葉を残されたが、自分に最も大事な言葉は、『勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし』という言葉。勝つときはともかく、負けるときは必ず明確な原因が自分にある、という意味です。私はこの言葉を常に人生の、また選挙活動の、基本においてやっています。
  私は、人への愚痴や不平を決して言いません。事務所の人間にも厳しく躾けています。物事に失敗するのは全て自分に原因があるからです。選挙での失敗は全てこちらに原因があるのです。私は選挙活動では、いつもこの言葉で陣営に喝を入れます。
選挙用語でもう一つ、詠み人知らずで、『選挙は強いから勝つのではない、侮(あなど)るから負けるのである』という言葉。

  私はこの2つの言葉をしっかり胸に秘めて、今日も、明日も、厳しい選挙活動に取り組んでいきます。野村克也監督のご冥福をお祈りします。

2020年

2月

11日

「建国記念日」、福岡大会

  建国記念日」の福岡大会が日本会議主催で行われた。私は今年も県知事に続いて来賓演説をしました。環境政策、新型コロナウイルス対策、憲法改正のほか中国の習近平氏国賓問題を取り上げ、尖閣列島侵入、邦人の故なき司法拘束を厳しく非難しました。折角の建国記念日にしては盛り上がりは大きくない。

2020年

2月

10日

天満宮の梅香、総理官邸を包む

  太宰府天満宮が紅白の梅を安倍総理に手渡しました。恒例行事となりましたが、西高辻(信宏)宮司は、代替わりにより今回が初のご挨拶でした。広い官邸も今日ばかりは梅の香りで埋まり、安倍総理も世事をしばし忘れられた感でした。太宰府と「令和」、「曲水の宴」などが話題となりました。

2020年

2月

09日

世界の子どもを助けよう!

  この2人は、私の「里子!」です。アフリカの女の子、バングラの男の子。
  私は長く、この福祉団体のメンバーです。世界の極貧地帯の子ども達の教育と生活を支援するために、Child Sponsor( チャイルド スポンサー 里親)となり、ほぼ定期的に子ども達と通信し合うのです。今日は福岡でその連絡会があり、多くの里親と近況を交換し、励まし合いました。
  気持ちはあるが、中々実行できない人もおられるので、皆さまにもご紹介します。チャイルド1人当たり、1日150円 ( 月々4500円)の支援で、子ども達の「未来」を変えることが出来るのです。
「 ワールド ・ビジョン ・ジャパン 0120 465 009 www.worldvision.jp 」までどうぞ。

2020年

2月

09日

「青山繁晴 」議員、激白。新春の集い、2題。

  恒例の「新春の集い」を朝倉市で行いました。私は、500人を前にして、環境大臣としての仕事、気候変動対策、フロン対策、プラスチック汚染、レジ袋の有料化等々について報告、さらに朝倉豪雨災害の復旧復興、福島原発処理水、新型コロナウイルス、習近平国賓問題などについても最近況を論じました。ゲストの青山繁晴議員には講演と応援演説で大いに盛り上げて貰った。
  午後は福岡市に場所を移して、「青山議員の講演会」。テーマは内政外交、古今東西に及び、私と「鬼木誠議員」を織り込みながら、1時間半、300人の参加者は、実際の「青山節」に酔いしれたものです。

2020年

2月

08日

太宰府天満宮・梅の木、「新宿御苑」へ記念樹

  新天皇の即位と「令和」元号への切り替わりを記念して、太宰府天満宮ゆかりの梅の木が「新宿御苑」に植樹された。「令和」は万葉集の句集から取られたが、この句は1300年前、太宰府市の「坂本八幡神社」の「梅香の宴」で詠まれたものと伝えられています。
  なお、新宿御苑は環境省の管理下にあり、私が大臣 在任中、入場料を200円から500円に値上げしました。多少心配したのですが、むしろ入場者は増え、年間の入場料収入も4.1億円から7.9億円へとほぼ倍増したとの報告を受けました。オリンピック、パラリンピックを控え、今外国人客( インバウンド )の多さが目立っています。大都会の中の大自然、新宿御苑は正式には「国民公園」と呼ばれ、文字通り「国民の宝」です。

2020年

2月

06日

『納豆こそ地球を救う!』

  「納豆」が今、健康食として大いに見直されているという。上質のタンパク質を備え、血圧を下げ、糖尿を遠ざけ、成人のがん罹患率は、食べる人と食べない人では際立った差が出ると国立健康センターだかが発表した。朝のテレビを見ていた私は、丁度納豆を食べていたので歓声を上げました。
  私は、納豆が大好きなのです。実は、3食でも食べたいくらいで、現実に朝と昼はほぼ毎日食べています。お陰様で私は健康に恵まれ、毎日元気に活動していますが、それが今や、納豆のお陰だということも実感しています。

  実は若い頃、青年会議所だかの若い仲間で、納豆好きが集まりました。しかもその健康への効用、効果が凄いとお互いが一致して、遂には「納豆運動」を始めようとなった。パンフレットを作ったり、スローガンには『納豆こそ地球を救う !』と大きく出た。騒ぐだけ騒いで、1年くらい、あとはどうなったか。

  しかしこの歳になって、あの若き時代が誇れるとは。やっぱり、納豆サマのお陰か。

2020年

2月

06日

「認知症」は治る!

  早朝の勉強会にて「認知症」について、米系の薬品メーカー「Biogen(バイオジェン)社」から中身の濃い講義を受けた。認知症は今や先進国の高齢化に共通の課題で、かつ誰にとっても起こり得る怖い病気である。一方その治療法は未だ道半ば、世界中がその研究開発で鎬(しのぎ)を削る。病気の進行は速く、医療はその進行を止める処まできているが、治癒するまではいってない。
  日本の医療保険制度は十分追い付いていない。
同社は、非常に健康かつ優秀な高齢者を選び出し、なお認知症に掛からない因子を取り出し培養して、罹患者の体内に打つことで遂に免疫を創り出す。今や臨床の一歩手前にあるとか・・・

  この早朝勉強会は有名な米ロビイスト、ロイ・ファウチ氏の主催するもので、ロイ氏と私の付き合いは30年に及ぶ。

2020年

2月

05日

ラジオ・インタビュー

  「細川珠生さん」のラジオ・インタビューを受けました。環境大臣のこと、原発処理水、レジ袋有料化、プラスチック汚染問題、国賓問題などいろいろ、大変楽しく話しました。細川さんは有名な元政治評論家細川隆一郎さん娘さんで、同じく政治評論で活躍されています。「麒麟がくる・明智光秀」の末裔としても知られています。

  *** 2月8日(土) 「ラジオ日本」朝7時5分〜20分『細川珠生のモーニングトーク』予定。
是非、皆様、聞いて下さい !!

2020年

2月

02日

尊敬する「柴田徳次郎先生」(国士舘創設者)

  国士舘大学創設の「柴田徳次郎先生」は、私の地元、福岡県「那珂川市(別所)」の出身です(1890〜1973)。仮りに慶応義塾の福沢諭吉(大分県)、早稲田大学の大隈重信(佐賀県)が大教育者というのなら、両県に挟まれたわが福岡県には柴田徳次郎がいる、というのが私の年来の主張です。3者揃って、九州北部3県こそが、近代日本、大学教育の草分けということになります。

 

  那珂川市の中央公民館広場に柴田先生の記念碑があり、私はいつも挨拶に伺い、しばらく佇(たたず)むこととしています。「誠意、勤労、見識、気迫」の4徳目は、私たちの目指すべき方向を余すことなく伝えています。

2020年

1月

31日

中国大使館にて。「国賓問題」など

  自民党総務会の役員が中国大使に招待を受けたので、鈴木俊一総務会長を含む5、6人で出席しました。大使館は、実に立派な建物で、部屋、部屋の調度も素晴らしい。食事も豪勢な中華風、余り食べたことのない本格的なもの、酒もつい飲み過ぎたかも。
  孔げんゆう大使とは旧知の仲、私の大臣時代、着任早々に挨拶に来られた、恐ろしく日本語が上手で、なかなか手強いというのが私の印象。
食事は実に楽しく進みました。新型ウイルスも1番の話題。鈴木氏の座持ちも立派なもので、彼の実父「鈴木善幸氏」(元首相)は「自民党総務会長」の最長の履歴を誇るもので、これも大きな話題になりました。 

  私は、敢えて習近平主席の「国賓問題」を取り上げました。敢えて自説を唱えました。習近平主席の来訪は大歓迎すべきこと、しかし3、4月になれば国民に反対の嵐が起こる心配があること、12月の首脳会談では約束したにかかわらず、日本の固有の領土尖閣列島には連日の領海侵犯が続いていること、香港など人権問題を心配する人が多いこと、1960年にはアイゼンハワー大統領が中止になったこともある、それ故に、尖閣諸島への侵犯を止めよ、日本人の拘束は止めよ。真の日中友好、「国賓歓迎」のためには、これらが必要だ・・・

  私も、そこが外交上極めて重要で、かつ酒の席とは分かっていました。しかしやはりこの瞬間しかない、大使と直々に会えるなど、他にあり得ません。座が冷えたのは感じました。が、同席の議員たちが上手く繕ってくれたようです。

2020年

1月

31日

最強の応援団

  毎日多くの人々が国会の事務所に来られますが、なんと言っても地元福岡の来訪には勇気付けられます。地元「JA朝倉 夜須(やす)地区」の人々、私にとっては最も大切な地域です。
  日本の農業には様々問題点はありますが、大事なことはその担い手の気迫とその後継者で、それを支えるのがわれわれ政策担当者です。大きな責任を感じます。

2020年

1月

29日

アジア諸国の日本大使の報告会。自民党 外交調査会。

  自民党外交関係部会。今日は帰国中の日本大使: 韓国、香港、ベトナム、インド、フィジーなどアジア諸国。一般論は分かっていたが、大使たちの最先端の情勢報告は、生々しいものでした。新型コロナ肺炎のことは別として、どの国も中国の政治的、経済的 風圧が増大しており、一方で日本の役割、日本の外交への期待が益々大きくなっていることを的確に示してくれました。

2020年

1月

29日

「日本人は皆、君らの味方だ。」新疆ウイグル問題、支援グループ

  新疆ウイグルの運動関係者が訪ねて来ました。中国奥地で如何に酷い弾圧が行われているか、懸命に訴えていきました。私は、「日本人は皆、君らの味方だ。辛い時には、遊びに来いよ」と送り出しました。

2020年

1月

29日

柔道オリンピック・チーム、決起集会!

  「全日本柔道連盟」の新年会。日本チームにとってはいよいよ決戦の年。山下泰裕会長、井上康生監督、宗岡正二前会長らも、殊の外雰囲気は明るくきっとやってくれそうな。私は「柔道議員連盟」代表として応援演説を致しました。

2020年

1月

27日

『子宮頚(けい)がん ワクチン』の接種を目指して

  私が指導的に参加する勉強会「医療の未来を語る会」にて、いわゆる『子宮頚がんワクチン』の積極接種を検討しよう、ということを決めました。これは長年、医療と医薬品業界の非常に深刻なテーマですが、さまざまな政治、社会的事情で議論が頓挫しており、今回再度研究テーマとして取り上げたものです。3年ほど前、同じ勉強会で議論、私が中心となって検討開始したのですが時宜を得ず中断していました。今回更に陣容を強化して再検討に踏み出したものです。
  「子宮頚がん」は女性の子宮に関わる特定のがんであって、若い女性を中心に年に約1万人が罹患、うち約3千人が死亡しているという大変怖い病気で、その予防、治療の研究は広く進められている。予防のためのワクチンも開発され、すでにWHO(世界保健機関)の承認の下、国際的にも広く一般的に活用されている。
  ところで日本においては一時、接種の段階に入ったが、ワクチンの副作用による被害症例が報告され、またその薬害裁判も社会問題となったため、2013年6月に厚生労働省が、「国はワクチンの接種を勧奨しない、接種するかどうかは医療機関の医療判断に委ねる」との判断を示した。結果、そのワクチン接種は事実上止まった形となっており、近時は再び多くの医療関係者から、厚労省の勧奨措置を復活すべしとの意見が強まっている。
  国際的には殆ど全ての国で広く接種されて効果が出ているだけに、日本でも、継続中の副作用被害、訴訟事情にも十分勘案しながら総合的な再検討を行い、前向きの結論が必要との段階に来ている。昨年は私が全国の産科医師会の有志を引率して菅官房長官に意見書を提出した(11月26日、写真) 経緯もあり、また現在、議員連盟(代表 細田博之議員)の結成の動きにもある。

2020年

1月

25日

習近平氏の「国賓問題」(その 2)。尖閣への侵入、23日連続

  中国の「公船」(事実上の軍艦)が、日本固有の領土「尖閣諸島」に23日連続侵入している。いくら12月下旬、首脳会談で安倍総理から習近平主席に注意しても、いくら日本の海上保安庁が叩き出しても、中国は止めようとしない。こういう国の指導者をわが天皇陛下に会わせて、国民は喜ぶだろうか、世界は日本を褒めるだろうか。
  私の主張はただひとつ、来る以上は「きちんと身動(じろ)いを正しなさい」ということで、国賓問題も「尖閣で改善するなら歓迎、改善しないなら反対」という立場。

  私は日本一(又は政界一)の尖閣諸島、東シナ海「ウオッチャー」を自任していますが、4、5年前と比較して、最近の尖閣侵入頻度はもはや度が過ぎており、中国の戦略的な侵略意図は明らか。私は外務省、防衛省には都度そのことを警告しているが、改善は見られない。

2020年

1月

24日

断固 闘う、「習近平 国家主席、国賓問題」

  習近平氏の国賓来日問題は次第に議論の輪が大きくなっている。国会冒頭の代表質問でも当然取り上げられたが、私は自民党の内外、様々な場所でも懸命に警告を発している。真の日中友好を実現するためには、ここで深く考えなければならない。
  日本固有の尖閣侵入を連日続け、故なき日本人を何人も拘束し、香港やウイグル、人権問題で揺れる中国を、天皇陛下ご招待の国賓で迎えることを欧米を含む諸外国はなんと言うか、わが国民が両手を挙げて歓迎すると思うか。中国がどう宣伝すると思うか。天安門事件後に日本の皇室がどう利用されたか。仮に天皇陛下が答礼の招待を受けた時には、どうされるのか。

2020年

1月

22日

大学と高校。英語学習の現場視察

  自民党の「大学英語入試 検討委員会」(仮称)の現場見学として、「秀明大学」(千葉県)及び「両国高校、同附属中学」(東京都)を訪問しました。学校側、学生たちとも懇談しましたが、大変勉強になりました。

  「秀明大学」については、英語のみの授業、外人教師、英国への短期留学、全寮制、「学校教師学部」などの特異性を持ち、「学校教師への就職率全国一」、「あいさつ、服装を含む全人教育」を誇るなど、教育方針が非常に明確であった。
  「両国高校」は都立高校としては珍しく「中高一貫」で、かつ英語学習には専ら「話す、聴く」を含む積極的、能動的な授業を行う。中学の段階から「4技能」=「読み、書き、話す、聴く」の習得を目指している。公立学校でもこのような独自の英語教育が出来ること、生徒の殆どが正確な英語発音(LとR、Sとthなど)が出来ていることなどに内心驚いた。外国人教師の活用など。なお、「芥川龍之介」の出身校という、(肖像画)。

2020年

1月

20日

原発処理水の「海洋放出」発言、その後

  福島原発処理水の「海洋放出」発言から4ヶ月が経ちました。様々な議論がありましたが、今経産省の小委員会で正式な審議が行われています。結局「海洋放出」しか選択肢はないという様子ですが、いずれにしても早い結論が望まれます。
  なお「産経新聞」に私の名前入りで、似たような社説が載っていました(1月14日)。

2020年

1月

17日

阪神大震災、私にとって。

  阪神大震災から25年目という。平成7年1月17日。その日の事、よく覚えています。2週間目だか、意を決して新幹線で神戸まで行きました、災害の現場を自分の目で確かめておきたかったのです。鉄道も、道路も、商店街も、住宅地も、何処も瓦礫の山で、人々もただ右往左往していたような気がします。
  その時、私は選挙に落選していました。私の頭の中は、四六時中、選挙のことばかりでした。小選挙区制度に変わり、遂に(神奈川県から)福岡県に転籍することを決意した頃でした。地震災害の跡地を半日余り、ただ無為に彷徨いながら、身体の奥からようやく燃えるものを感じていました。決して後戻りの出来ない決意に自信を抱くようになりました。

  その4月、遂に川崎の家をたたみ、太宰府に移り住み、全てを一からやり直しました。行った先の人々も、誰もが温かかった。かくして、今日の私がいるのです。

2020年

1月

16日

パーム油産業、マレーシアとの協力関係進む

  マレーシアではパーム油が国の一大産業として活躍しているが、その経済的側面と環境保護の立場にはまだまだ改善、改良すべき余地があるという。パーム油を絞った後の廃棄物がバイオ発電の最も有用な燃料となり得ること、さらにその品質と生産性を上げるには農地の土壌改良が必要であるが、日本企業はそれに役立つ「ゼオライト資材」を生産する技術があることなど説明する機会を与えられた。
  前日の政府関係とは別に、2日目には、パーム油生産業界としては「サイム ダービー社」、「マレーシア巡礼基金」、「連邦土地開発庁」など文字通りトップの3社、さらに国最大の耕地面積を持つ「パハン州農業開発公社」とそれぞれ意見交換をしました。いずれも国を代表する法人であって、代表者、経営者たちはいずれも経営思想も管理もしっかりしており、かつ立派な英語を駆使して、この国の将来はいよいよ確かなものであると確信しました。
  なお、私の個人的友人も何組か夜半に会いに来てくれて、私自身、益々の国際的使命感を感じたところです。

2020年

1月

15日

消防団出初式 (その 2)

1、 朝倉市 出初式
2、筑前町 出初式

2020年

1月

15日

マレーシアへの出張、「パーム油」とは

  所用でマレーシアの首都クアラルンプールに来ています。近時の東南アジア諸国の発展は目覚しいものがあり、マレーシアもその最先端で、街中の風景、高層ビル群と道路の混雑振りは、東京以上かもしれません。
  日本の企業グループとともに、地域原産の「パーム油」を原料とする燃料エネルギーと環境配慮の処理方法についてマレーシア政府との協議に出席しました。パーム油は日本では余り知られていないが、ここマレーシアではパーム油こそが単品では最重要の産業で、それをほぼ専門に扱う「一次産業大臣」らと綿密な交流をしました。日本企業もすでに実績を持っていますが、更なる結びつき強化を目指しています。
さらに環境政策全般につき「エネルギー・科学・環境省」にも出掛け担当次官とも意見交換しました。
  この国ではマハティール首相(94歳)の存在が大きく、また今日の両首脳とも女性であって、女性の活躍も特筆に値します。

2020年

1月

13日

台湾の総統選挙、民進党圧勝

  台湾の総統(大統領)選挙では与党 「民進党」の「蔡英文氏」が圧勝した。民進党は、台湾の独立をより目指す。(一方 、「国民党」は親中国の立場で、いずれは中国との同化を目指す。)
  蔡英文氏は史上最高の817万票(57%)をとり、また議会も民進党 与党が過半数を超えて53%を確保した。勝因には、根強い独立派の動き加えて、近年の香港、ウィグルなど人権問題が中国警戒論に輪を掛けた。米英日などが蔡英文氏に祝福したことを、中国当局は抗議した。今後中国は台湾の内政にも更なる圧力を掛けると表明している。

2020年

1月

13日

米・イラン危機

  米国とイランの紛争危機が複雑に進んでいる。最悪、本格戦争に行くのではないかと懸念したが、以下それは避けられそう。

  米国は1月3日、イランのソレイマニ最高司令官をピンポイントで殺害した。当然イランは国挙げての反米態勢を取り、イラク領土内の米軍基地を軍事攻撃をした。米軍には実質被害は起こらなかった。
  さらにイランは米国の再攻撃を予期して最高度のアラート(警戒態勢)を取っていたが、それがウクライナの民間航空「誤爆」に繋がり実に200人弱の人命を失う大事故となった。
  イランは結局「誤爆」の事実を認めたが、米イラン紛争の発端は、元来米国のトランプにありと非難をすり替えている。一方イランは、最高指導者ハメネイ師に対する非難まで出始めて、国内政治が不安定になってきた。
  民間航空の誤爆でイランが一方的に苦しみ始めたのを見て、米国は抑制的に対応する。日本を含む諸外国は、米イラン両方に軍事抑制、外交努力を強く求めており、結果的にその方向に進むのではないか。
誤爆ウクライナ航空機の多くの犠牲者は、国際紛争の煽(あお)りとは言え、最も不幸なこととなった。
  アメリカのイラン司令官のピンポイント殺害は、北朝鮮の金正恩を震撼させた。アメリカの「斬首作戦」の技術水準がここまで上がってきた、次は自分だという恐怖感は、今後の米朝非核化交渉にも影響しないはずはない、というのが情報筋の見方でもある。

2020年

1月

11日

消防団、出初式

  福岡市消防団の出初式。今年1年、市民の安心と安全と守るために、組織挙げての決意を誓います。外国からもたくさん見学に来ていましたが、それぞれの国には日本のような消防団(公的な消防組織とは別に自主、ボランティア的消防組織、)はあるのでしょうか。

 

  わが国の「消防団」組織は全国に張り巡らされています。全ての市町村、大小を超えて、それぞれ自主的な組織を作っており、その存在意義は極めて大きい。行政費に換算すれば莫大のものになり、国民は等しく彼ら消防団の崇高かつ犠牲的な行為に対して感謝と敬意を払わなければなりません。

2020年

1月

08日

自民党本部、仕事初め

  自民党本部での仕事初め。多くの議員が集い、新年の挨拶を交わしました。安倍総裁(総理大臣)も元気で今年に臨む決意を挨拶されたところです。その任期についてもまだ何年でもやるかの覚悟で、憲法改正や災害対策の話しをされました。議員同士、解散、総選挙のことが一番話題になっていました。

2020年

1月

04日

「さらなる精進で、再閣僚を目指す」。原田事務所の新年事務所開き。

  1月4日は毎年、原田事務所の事務所開きです。地元の多くの役員、後援会が集って頂き、年頭に相応しい力強い集会となりました。 私は挨拶に立ち、・ 昨年は環境大臣として、お陰様で大任を果たせたこと。自分なりに懸命に使命を果たす努力をしたこと。
・ 具体的には、CO2対策、石炭火力の抑制、レジ袋有料化、フロンガス問題、水素ガス開発、海洋プラスチック削減対策について解決策を出したこと。更に福島原子力処理水の海洋放出問題、鹿児島県馬毛島問題など全日本的問題を決着させたこと。
・ 自民党総務会長代理に戻ってからは、外交問題、高等教育問題でも積極的発言を心掛けていること
などを演説しました。

  併せて、私は自分なりに、政治的評価が高まっていることを自覚しており、これからは更に自らを高め、もう1、2回は「大臣職」を目指すことこそ、自分の政治生命に対する国民の皆様への責任であると言明しました。

  そのためにも、今秋には衆議院選挙が必至と言われているが、断固とした当選を果たしたいとして、出席皆様の激励拍手を頂きました。

2020年

1月

03日

天満宮で祈る

  1月2日、太宰府天満宮に初詣でしました。地元ですから、天満宮には行くことは多いのですが、正月三が日には久しぶりです。今日は天気よし、暖かく、風もなしということで見たこともないほど多くの参拝客が押し掛けています。人々にとって祈ることは多く、また今年はこの太宰府が元号「令和」の発祥の地となったこともあって、特段の人数になったのでしょうか。
  私も多くのことを祈りました。家族の健康と安全、家庭と仕事の繁栄、国と地方の繁栄、世界の平和と発展、さらにオリンピック、パラリンピックの運営、そして今年はいよいよ衆議院選挙が必至です。必勝を誓いました。
神様は必ず聴いてくれます。  私たちの祈りに必ず応えてくれるのが神様なのです。

2020年

1月

02日

元 日産自動車会長「ゴーン被告」の逃亡 (私の解釈)

  正月早々、日本を、いや世界を驚かせたのは元日産会長ゴーン被告の逃亡事件であろう。金融商品取締法や会社法違反のかどで起訴されていたが、例外的に保釈を許されていた。今回無断でレバノンに出国(逃亡)したが、これは海外渡航禁止という厳しい保釈条件を破ったことになる。裁判所は保釈を取り消し、彼自身にとって事態は深刻となった。
  そもそも日産とのトラブル、訴訟には、その計り知れない業績も含めてゴーン被告に同情すべき点が無かったわけで無い、司法手続きで公正に判断されるところであった。しかし逃亡事件で、過去の行動と実績、人格と人間性において信用を失い、司法による弁解の可能性まで捨ててしまった。日産の関係者からすれば、「ああいう男だったのだから」と、全て過去の関わりと決別できる、却って踏ん切りも付いた。
  身柄がどうなるか分からないが、追っ手が来るので、レバノンから一歩も出られない。万一日本に戻ればそもそも出入国管理違反の刑事事件から出直すこととなる。犯罪に上下はないが、「高度な経済犯」から単なる「逃亡犯」に成り下がった。実に哀しくも馬鹿な男になった。

2020年

1月

01日

元旦、一番機と富士山

  元旦の福岡発一番機。今年も良いことありそうな。
  皆さま、明けましておめでとうございます。

2019年

12月

31日

年末ご挨拶( その 2 )。原発処理水、馬毛島問題など

  9月10日、私は大臣退任の記者会見において「東京電力 福島原発の処理水は海洋放出しか選択肢はない」と発言しました。これは思いつきではなく、在職の1年間に、多くの専門家とも話し合い、また放射線量も小さく、原子力規制委員会委員長も認めておられた。いわゆる「風評被害」に対しては政府が補填する・・・。批判覚悟で発言すると、驚くほどの反響が起こり、マスコミも大きく取り上げ、韓国など外国も敏感に反応しました。が遂には今や政府をも動かして、今後はその方向で動く勢いです。「だれかが言わなければならなかった」と、不肖私が高く評価されるようになりました。

  11月30日にはいわゆる「馬毛島問題」が決着しました。政府(防衛省)と地権者との間で島の権利売買が正式に成立したのです。15年近く揉めてきた問題が一気に解決した背景には、率直、私が全面的に関わってきました。約1年半、私が密かに政府との調整、民事事件の調整を担いました。決着して1カ月経った今、既にその予算措置、具体的運用も始まっていますが、私は、ひたすら馬毛島問題の解決こそが、対米、対中国、北朝鮮などで国の防衛、安全保障上必須の要件であると信じていたことです。自分の行動が国政をかくも直接的に動かすとは、政治家冥利に尽きます。 (新聞記事)

  大臣職から自民党(総務会長代理)に戻ってからは、専門の外交安全保障問題に専心して、来年4月と言われる習近平国家主席の「国賓問題」を急先鋒で異議を唱えています。また党の特命を帯びて「大学英語入試改革」という文部科学分野にも取り組んでいます。

2019年

12月

30日

年末ご挨拶、お世話になりました。来年もよろしくお願い致します。

  今年も大変にお世話になりました。余りに多くのことを体験し、報告したいこともありながら、十分対応できませんでした。それでもこのフェイスブックを通じて、多くの皆様と交流できたことは、私の生きる大きな喜びと励みでありました。
  昨年10月からの「大臣職」は丁度1年続き、私の政治家人生に大きな自信と影響を与えました。大臣というものは、その組織の最高権力者であり、ほぼ何でも決められる、しかし組織の全ての責任者であって、決して逃げることは出来ない立場です。毎週2回の記者会見は国民に直接向き合って話していることで、自ら心身ともに鍛える極めて得難い機会でした。
  今年は「改元」の年でした。「平成」から「令和」という改元の歴史的瞬間に立ち会えたこと、それ以上に天皇退位と新天皇即位という国事、皇室行事に閣僚として立ち会えたことは、何より稀有な体験で、改めて身の幸せを感じました。
  環境大臣としては、全力を尽くしました。環境対策のグリーン化、パリ協定への取り組みのほか、石炭火力の抑制、炭素税導入への取り組み、フロンガス対策、海洋プラスチック対策、レジ袋の有料化、水素こそ究極の環境エネルギー、九州大学や東京工業大学との特別協定締結、動物愛護活動、新宿御苑の改革など、組織として、また政治家として懸命に取り組みました。また東京電力 福島原発処理水の「海洋放出」発言や鹿児島県「馬毛島対策」なども政治家として渾身の力を発揮したものであります。これらは日々のツイートと9月に出版した著書『環境対策こそ企業を強くする』に詳しく報告しています。

  新しい年が始まります。明くる令和2年におきましても、どうぞよろしくご指導お願い致します。皆様にとりましても最上の年となりますように。

2019年

12月

26日

日中会談、「国賓問題」に疑義。日中韓首脳会議。

  中国を場所にして、日中韓三ヶ国首脳会議が行われた。報道は物々しいが、特段に目立つものはない。
  習近平国家主席の「国賓問題」。安倍氏と習近平氏との会談で、新聞各紙には、安倍氏が、尖閣侵入問題や日本邦人の拘束問題に強く自制を要求したと書いてあるが、一方外務省が各議員事務所に届けた議事録には、そのやりとりは一切触れてない。穿(うが)った見方をすれば、習近平氏との実際の会談では専ら「歓迎、歓迎」を称えるだけで、尖閣問題など殆ど触れておらず、しかし、報道官の記者会見では「安倍首相が自制を要求した」類いの説明をしたとも考えられる。外務省の悪い癖で、私は外務省の担当(事務方)を電話で詰問したが、要領は得なかった。
  私は真剣に懸念しているのだが、国賓問題は本当にこのままでいいのかということ、アメリカや世界の国々、何よりわが国民が許すかということ。「国賓」と「来日」とは天地ほどの差がある。私は更に国の善処を訴えていくつもりである。

  日韓会談では安倍首相は「徴用工問題」で原則論を突っ張り、何ら妥協を見せなかったことは良かった。

2019年

12月

25日

インターネット情報のハッキング(盗聴) 対策研究会

  高度、複雑化した今日の経済、金融社会で、インターネットを使ったバンキング(銀行決済)やいわゆる仮想通貨、ビットコインなどの活動範囲が急速に広がっていますが、同時にそのハッキング(盗聴)やセキュリティ(安全管理)問題が切実になっています。大きな事故も起こっています。便利さと危険は常に隣り合わせです。
  私の周りには、それぞれの専門家が多くいますので、今回研究会を開催して、最先端の現状とこれからの対策などを講演しました。多くの企業、金融機関の人々が参加して活発な研究会となりました。なお私自身も最近では、この分野の研究会にしばしば出席しており、次第に理解が進んできたことを嬉しく思っております。   (場所 : 議員会館 国際会議場) 

2019年

12月

22日

中国、大連市の活力

  大連市に移動。「一方集団」と「万達集団」という中国の巨大経済集団が合同で開発中の 都市開発計画を見学しました。新しい土地に25万人規模の都市開発を目指す、医療、介護、環境、教育など未来の福祉社会とインフラ整備を創造するという、桁外れの発想と規模には圧倒される思いでした。およそ中国人の持つスケールには敵いませんが、何ら学ぶべきもの、また日本が手伝えるべきものを考えたものです。

2019年

12月

22日

中国要人との懇談、「尖閣列島への侵入を止めよ」

  寒い北京から、亜熱帯と言われる「海南島」に飛んだ。南シナ海に直面した中国南端の場所で、「中国国際友好連絡会 (友連会)」の会長「陳 元(ちんげん)」氏、副会長「辛 旗 ( しんき)」氏らと断続的に会談した。同組織はすでに長い伝統と大きな政治力を持った非政府組織で、陳元氏は、経済金融畑の最高位を歴任、革命時代の「陳雲 元国務院副総理」を父に持つ。
  政治、経済、国際問題など多くのことを率直に話し合った。私は来年4月に予定されているという習近平氏国賓問題を取り上げて「日本は国家主席の来日を心から期待している。しかし今日の日中間で、日本固有の尖閣列島に毎日のように中国の公船が侵入していたり、10名近くの日本人が明示の嫌疑なしに警察に拘束されており、これらが続く限り国民が習近平氏を歓迎することにはならない。中国にはこれらを直ちに止めて欲しい。」と言った。先方からは、尖閣問題には「政府間の高次のレベルで解決して欲しい」類いの回答をしながら、「関係所管には伝える」とした。

  海南島とは中国の隠れたる観光地で、鑑真和上に縁のある壮大な「南山寺」、さらに南端の中心都市「三亜(サンヤ)」を一望する「鹿の山」を楽しみました。

2019年

12月

22日

中国要人との会談

  いくつかの所用で中国に来ています。北京においては、先ず近郊の「通州市」まで遠出し中国の企業グループ「一方集団」本部事務所を訪ね、医療福祉介護を全体として管理する一大メディカル計画の説明を受けました。日本と同じく近い将来の超高齢化時代に備えた壮大な計画で、日本の有力企業との協力を模索しています。
  次いで、北京に戻り「故宮」を観光しました。「天安門」にまで連なる旧「宮廷」群につき室内で歴史的流れなどの説明を受け、さらにその荘厳なまでの建築を観光しました。零下5度。

2019年

12月

18日

英語「大学入試改革」で、私立小学校を見学

  懸案の英語「大学入試改革」では、私が自民党の検討会委員会の委員長をしていますが、その検討の一環として、都内の私立小学校( 「昭和女子大学附属」)を見学してきました。小学校2年生と5年生の2クラスの英語授業を実地に見学しましたが、遊戯的な要素を取り入れた工夫と合わせて、徹底したlistening ( リスニング 、聞き取り)で全て進められており、日本人教師が全て英語で話しかける、子供たちはほぼ正確に聞き取ってその指示に従う、という授業です。               英語教育の基本は先ず耳からの聞き取りが必須で、文字や文法など目から入ってくるものは後から着いてくる、という語学教育思想に依っています。私にとってはかなり衝撃的な体験でした。
  議員団と教師陣との意見交換でも様々な意見と回答が出され、大いに学ぶところがありました。これだけの英語授業は、やはりこの有名私立学校だから出来ることで、一般の公立学校ではとても難しいという印象は拭えません。
  自民党での私の使命(仕事)は、先ず英語の大学入試という極めて技術的、具体的な課題に対応することですが、しかし同時に、日本人の英語教育は本来どうあるべきかという根源的な課題にも対応したく、その回答作りは容易ではありません。今後中学校、高等学校、大学等々、場合によっては先進的な外国系企業等をも訪問して英語の教育、実践活動も視察したいと思っています。

2019年

12月

17日

日中ブロックチェーン協力を目指して

  いわゆる「ブロックチェーン」は世界の経済金融の新しい技術として発展途上にありますが、とりわけ日本と中国ではそのことを熱心に進めています。金融の国際化の中で、この技術手法をより加速しようと準備を進めています。               世界の環境対策や通商、交通、SDGsなどの振興のためにも有効という観点から日中民間での組織化を目指すことになりました。
  ブロックチェーンとは「暗号資産」、「仮想通貨」と言い換えられるように様々の特徴を持っており、国の規制や管理の必要性など未だ課題の多い分野ですが、取り組めばさまざまな可能性が生まれてきます。

2019年

12月

14日

英国総選挙、ジョンソン首相圧勝

  英国で長く続いてきたEU離脱問題は議会解散、総選挙の結果、保守党の圧勝で決着が付いた。保守党365議席、労働党203議席、与党保守党が過半数(326)を制し、文句なく離脱問題にけりがついた。
  まず春過ぎにジョンソン首相(党首)が登場した時は、元気だけは良さそうで、その破茶滅茶振りと、根回しなどしなさそうなこの国の議会運営には大いに驚いた。さらにいきなり解散総選挙を持ち出したジョンソン氏には危うささえ感じたが、結局解散を断行、そして今回の圧勝。結局これが政治指導者の生き様なのだと改めて感じ入った。
  EU離脱(Brexit) の国民投票から3年余、ゴタゴタ続きで、国民も大変だろう、日本の産業にとっても大いに関わりを持っており一日も早く事態が収まることを祈る。
  「大英帝国」と言われた昔の英国、その頃の政治家たちは今の後輩たちのドタバタをどう思っているか。

  どこの国にも政治の歴史と文化がある、わが国の政治は他国にどう見えているか。

2019年

12月

14日

もうひとつの クリスマスパーティー

  12月も半ばを迎え、世の中もすっかり、年末、クリスマスのシーズンです。東京でも地元でもすっかりそのムードで、おかげさまで何か所もパーティーの掛け持ちです。楽しくも賑やかなクリスマスソングを合唱したり。
ひとつは「大宰府市民合唱団」の楽しい音楽会でした。

  もうひとつ。筑紫野市の障害者福祉法人「はーとand はーと」のクリスマス会、私は欠かさず参加して、楽しい時を過ごします。障害の子供も大人も懸命に生きています。私はいつも挨拶では、「ご家族もご苦労されていますが、皆さんが幸せになれるように私たちが全力で守りますから、何でも言ってきて下さい。就職も出来るように努力しましょうね」と言いました。今日も日頃の稽古のクリスマス ソング、私たちも手拍子で合唱しました。「ソフトバンク応援歌」の余りの元気良さに、涙も出てきました。

  私はこの組織立ち上げの時から応援しています。障害者対策は政治の原点です。

2019年

12月

13日

習近平氏「国賓問題」、自民党総務会にて

  習近平氏の「国賓問題」について、自民党総務会においても正式に議論が始まった。衛藤征士郎議員(元衆議院副議長)がその問題点を指摘し、合わせて二階幹事長に党として慎重に扱うべきと提案した。次いで私が持論を展開した、曰く、わが国固有の尖閣諸島への日常の侵入や日本邦人の故なき拉致、南シナ海などへの国際法違反を見過ごしたまま、国賓として招き、天皇陛下に会わせるとしたら、米国は、世界中は、いやわが国民が許すとは思えない。来年3月、4月の政情を予測すると、非常に悲観的となる。かの米国アイゼンハワー大統領の来訪が中止されたのは1960年で、岸内閣がやがて潰れた。仮に国賓とするならば、中国側には徹底した改善を要求すべきである・・・。あと武見敬三議員ほかがフォローした。
  結果、自民党総務会としては幹事長、政調会長ら執行部が至急扱いを検討するとのことで終わった。
  引き続き党外交関係委員会が開かれたので、私がこの問題を提起して、議論を引っ張りました。

2019年

12月

11日

「吉野彰博士」、ノーベル賞受賞のことば

  「『研究者として環境対策をさらに追求していくこと』、『若い世代に科学技術発展の重要性を伝えていくこと』、この2つが私のこれからの『責任』です。」
  「研究は辛抱強く頑張っていれば、必ず成功に結び付きます。」

  (吉野博士の開発したリチウムイオン電池は、環境対策として進める再生エネルギーの活用を飛躍的に拡大するなどの効果をもたらします。)

2019年

12月

10日

「Asia Golden Star Award」(アジア・日本 優良経営者表彰)

  私は多くの国際的活動をしていますが、この「アジア日本優良経営者表彰」もそのひとつです。マレーシアの「ダトスリ財閥」の主導で、マレーシアを中心としてアジア各国に最も積極的に投資や進出した日本企業を表彰、側面支援するという活動で、今年はその3回目、私は当初から応援しています。
  華やかな大パーティの中で、私は「特別名誉顧問」を受けた上で、多くの受賞者に表彰状を授与する役も担いました。このところアジア諸国の経済活動は目に見えて高まっており、日本の協力が大きいことと合わせて、日本自体も決して安閑とは出来ないという印象です。
  私も国際活動を通じて、世界、とりわけアジア諸国への経済支援を強化したいと思います。

2019年

12月

09日

刑務所の大売り出し。刑務所見学で学んだこと。

  私の選挙区の直ぐ隣り、宇美(うみ)町にいわゆる刑務所があります。「福岡刑務所」。九州では中核的な刑務所です。毎年受刑者が手掛けた木工品、家具、民生品の一般売り出しが行われます。私も何年か振りに出掛けました。
  先ずは所長室に案内され、最近の諸事情を聞き、私もいろいろな話を致しました。次いでお願いをして所内を見学しました。実に広大な施設で、所長らは工場、工場と呼びますが、要するに受刑者がさまざまに作業する工場で、木工、機械、衣服、食品など殆どの業種が工場ごとに分かれています。整理、整頓。一般の企業の工場と雰囲気は変わりません(今日は休日)。ほぼ全館、受刑者の生活空間、職員の業務環境、屋上運動場も、屋内体育館も、身の引き締まるような講堂も・・・刑務所の中の人々の毎日がよく理解出来ました。
  最も普通と違うのが、凡ゆる廊下、部屋、窓、出入り口には厳重な金網と施錠が付けられていることです。ここには1200人の受刑者、職員600人、一大社会がここで営まれています。

  閉ざされた空間から外に出ると、賑やかな大売り出しがありました。多くの市民が年に1回、バーゲン場に駆けつけていました。商品はいずれも刑務所内で作られた素晴らしい出来栄えで、正直買いたい物ばかりです。「昔は桐ダンスなどがよく売れた、今は家が小さくなりアパートでは、タンスや抽斗(ひきだし)は余り売れません」、とは所長の説明。私は目指して、靴の売場に行き、ぴったりのものを履かせてもらいました。余りにぴったりで、そのまま履いて帰りますと言うと、店中歓声が上がりました。広い会場には若いタレントたち(AKB 48の妹分みたいな子)も慰問に来ていました。

  受刑の人々、これだけの立派な製品が作れるのです。一日も早く出所して、世の中で頑張って欲しいものです。

*** <懲役(ちょうえき)>

  刑法上の刑罰で禁錮、拘留と異なり労役、役務が義務付けられる。外国に無い、日本独自の制度とされる。この間、一定の作業が義務づけられ自立、厚生、社会復帰を目指し、労賃の貯蓄も行われる。

2019年

12月

07日

地元の中学校修学旅行

  地元の中学校が国会見学に来てくれて、私も心から嬉しく思いました。スカイツリーとディズニーランドにも行くそうです。しっかり勉強して下さいね、と送り出しました。

2019年

12月

07日

中国 山東省の経済使節団

  中国山東省の経済使節団が来訪して、日本との交流、日本からの投資促進を目指した大運動となりました。国(経済産業省)が迎えうつ形となりましたが、最初は私の事務所が世話するところから始まりました。中国の活力、バイタリティにはただ驚くばかりです。
  私も来賓代表として演説しましたが、山東省は日本の対岸にあり、人口も1億人、中国でも最も豊かな地域で、孔子、孟子、孫子など歴史の人々を生んだ地域としても有名です。中央政府が大きく肝入れしている理由も分かります。

2019年

12月

06日

嗚呼、中村哲氏!アフガンで倒れる。

  中村哲氏が、あれほど尽くしたアフガンの地で凶弾に倒れるという、絶対にあり得てはならないことが起こった。そのヒットマンとその背後を、ただひたすら悔やむのみ。
  中村氏は、福岡県の人で、結局彼はあのアフガンを福岡県のような土地にしたいと思ったのです。アフガンの河川工事を何本も仕上げましたが、その究極の原点が朝倉市の筑後川 『山田堰(ぜき)』と言われる特殊な河川工事でした。福岡県の人が多くアフガンに技術指導に出掛け、またアフガンの人々がしばしば朝倉市を訪れてきましたが、全て中村氏の指導によるものでした。私も何度か同席したものです。今年5月にも記念大会、(地元の石工で特殊工法を開発した「古賀百工(ひゃっこう)」の生誕300年祭)において、私は中村氏を前にして、先人たちの偉業と中村氏の世界規模の献身振りを讃えたところでした。実は最後に「君と私は中学校の同窓生だ。西南学院中学校(福岡市)で私が2年上」と言って、固く握手を交わしたところです。
  本当に惜しい、悔やみきれない事件でした。中村氏の遺徳を今後どう繋いでいくか、後世に大きな仕事を残されました。

中村哲「治安の回復には『100万発の砲弾よりも1本の用水路』」

※※ < 山田堰(ぜき)> とは筑後川は「暴れ川」として古代から地域を苦しめてきました。実に江戸中期17世紀半ばに地元の石工「古賀百工」と有志が立ち上がり凡ゆる困難と犠牲を乗り越えて特殊工法を開発、遂に筑後川の氾濫を抑えました。河川の遺構は今もなお現役で、地元朝倉市が誇る豊かな農地田園こそこの「山田堰」に依るところが大きいのです。

2019年

12月

05日

「英語教育」を見直す。自民党委員会 委員長として。

  この秋、大学入試にかかる英語試験の方式について、大きな社会問題、政治問題が発生した。萩生田文科大臣が、予定された統一試験の実施を延期するという決断でとりあえず終結した経緯がある。自民党では先ず問題点を検証して本格的対案を作ることとし、私がその検討委員会の委員長(「作業チームWT・座長」)に指名された。
  英語は国際活動には必須の素養として、「読み」「書き」のみならず「聴く」「話す」の4領域を、従来にもましてバランスよく修得することが必要となった。それを大学の入学試験で活かすためには出題から指導、採点まで複雑となり、より専門的な民間試験団体の活用、指導教官の育成など検討課題も多い。それら課題を抽出し、整理し、将来の英語教育への指針を作るとなると相当な努力と調整力が必要となる。大仕事である。
  私は座長として「英語教育の将来を決めるこの委員会においては、入学試験をどう運営するかという制度論、技術論と合わせて、英語教育は本来どうあるべきかという基本議論をしなければならない。さらに入学試験がどうなるかに悩みながら、今日も日夜受験勉強に直面している受験生、保護者のことも忘れてはならない。」と挨拶しました。

2019年

12月

02日

遂に解決、馬毛島(まげじま)問題

  鹿児島県の「馬毛島」では深刻な議論が続いてきた。この小さな島は20年近く、国と地元地権者らとの売買問題が縺(もつ)れに縺れ、なお解決の糸口は見えなかった。国 (防衛省) は、ここを日本の安全保障、日米防衛作戦の要衝として買い取ることを強く目指しており、日米安保の態勢の維持強化の観点からは、一刻も早くその解決を急がなければならなかった。一方地権者はその権利行使には民事的、経済的困難を抱えていた。
  この度の懸案決着、「全島、一部留保、160億円」は、国も、多分米国も、地元も、そして地権者も、長く待ち焦がれたもので、高く評価されて然るべきものと言えよう。

  実は、本件には私も深く関わってきた。もう1年半にもなるか、その地権者が知人とともに訪ねてきた。「T氏」は、窮状を懸命に訴えた。25年以上にもわたって馬毛島の開発に努め、その後に国との調整が始まり、難航し、混乱の極みにいることを切々と訴えた。実にこれが私と馬毛島問題との発端であった。爾来何度にわたって密室に籠もり、議論し、検討し、解決策を見つけようとしたか。そのうち私も大臣となったりしたが、内輪の検討を休むことはなかった。ただ、最大の課題は、相手方(国)の窓口がはっきりしなかったこと、当方に関係取引先とで多くの民事的紛争、訴訟を抱えていたこと、債務支払いの取り立てや経営破綻の危機が日常にもあったことが事態を複雑にしていた。

  私の役割は、多分大きいものがあった。政府側との調整を密かに続けた。さらに当方の抱える身内や企業との民事紛争には、私の民事知識が役に立った。かくして、今年も10月になり11月を迎え、収束への雰囲気が高まってきた。いくつものヤマを迎え、それが去り、あゝもう永久に解決はないのかと絶望を繰り返したこともあったが。そして11月29日金曜日、両サイド弁護士、「T氏」ら当事者の懸命の理解と譲歩によって、遂に決着したとの速報には、私も万感、しばし茫然となったものである。

  それが少しでも国家国益に繋がるのなら、私も良いことをしたと自分を褒めることになる。

2019年

12月

01日

中曽根康弘元総理、逝去

  中曽根元総理が亡くなられた。戦後日本にとって最も偉大な指導者のひとりで、戦後の保守政治を確立したという表現に象徴される。
  われわれ自民党の政治家にとっても特に重要かつ大きな影響力を残された。私ももちろん直接にご指導受けた。一番の親友 柳本卓治君(元参議院議員)が終生、中曽根先生の秘書役を務めていたこと。また私が選挙区を神奈川県から福岡県(現 太宰府市など)に替えた時、当選してご挨拶に伺った。 「難しいところ、よく頑張った」と心から褒めて下さった。
  この夏参議院選挙の応援に群馬県(高崎市)に立ち寄った。先生の設立した私塾『星雲塾』を訪問して、改めて先生の想いの大きさを感じた。(写真はその日に書き遺した日記)
享年101歳、大往生の人生、心からご冥福をお祈り致します。

2019年

11月

29日

石炭火力発電、抑制への動き

  地球温暖化や異常気象、最近の環境問題はもはや他人事ではない、環境政策は今や最も重要な国家政策である。その中で「石炭火力」の抑制はとりわけ重要と言われており、わが国の国連はじめ国際的位置づけも重要で、「環境先進国」を維持するためにも、さらなる具体的施策、具体的行動が必要である。私も努力してきたつもりだが、後任の小泉環境大臣にも持てるパワーを全開するよう働きかけている。

2019年

11月

27日

香港の区議会選挙、民主派圧勝

  世界注視下で香港の区議会選挙が行われ、いわゆる民主派が8割の議席を取って、親中派を圧倒した。この地域では首長選挙などは事実上の任命制であって、本当の民主的選挙は区議会選挙のみとされている。香港の執行部、それ以上に中国本体が受けた衝撃も大きく、今後この国の政治態勢、民主的選挙のあり方についても大きく影響するものと考えられる。

2019年

11月

26日

台風19号被災地、衆議院委員会 視察

  10月中旬に起きた台風19号は東北地方に大きな被害をもたらしましたが、今日(11月25日)には衆議院「災害対策特別委員会」(委員長代理)として、福島県郡山市、本宮市、宮城県丸森町を現地視察しました。事前の学習や報道で予備知識はありましたが、現実に現場を目の当たりにすると、改めて自然災害の大きさを実感しました。これら両県は東日本大震災を経験した所でもあります。私も2年半前の地元 福岡県朝倉市、東峰村豪雨災害を二重写しに思い出しました。3市町ではそれぞれ意見交換、見舞金授与、記者会見などをこなしました。

2019年

11月

24日

GSOMIAと「基地開設60周年記念」

  航空自衛隊 「春日基地開設60周年」記念式典が行われた。広場においては晴天の下、精強な軍事訓練演武が披露された。
  式典では挨拶に立ち、「・・・期せずしてGSOMIA(日韓軍事情報協定)の延長が妥結した。韓国政府の決断には心から敬意を申し上げるが、この裏に日本政府とアメリカ政府の言葉に尽くせぬ努力があったことを忘れてはならない・・・」と演説しました。一方韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は、やはり「弱腰」と非難されているらしい、韓国の政治も難しい。

2019年

11月

23日

千客万来 (その 2)

  ④ 『世界愛犬連盟』の執行部。日本は虐待防止活動ではまだ世界に後れています。私の愛犬、故「福ちゃん」の思い出板も参加。

  ⑤ 『志(こころざし)プロジェクト』の皆さんと本年度優勝の「ありな(愛凛七)さん13歳」。

  ⑥ 国土強靱化、国道整備の強化について意見具申、福岡県市町村長ら。

2019年

11月

23日

おかげさまで、千客万来

  ① 来年度の農業政策に向けて陳情。福岡県 農業指導者たち。

  ② インドネシアから、看護、介護関係者。女性はイスラム教のスカーフです。明るく賑やかなところは、日本の女性と同じです。

  ③ 東京の手伝いでお世話になっている大学生たち。彼らこそ、政治の主役。行きつけ、赤坂『タコ部屋』店にて。

2019年

11月

22日

習近平氏、「国賓来日」(その2)

  私は、一昨日の自民党総務会に続き、今日は「麻生派」昼食会において、習近平氏「国賓来日」につき発言しました。曰く「日中間は基本的にうまくいっているが、尖閣諸島、東シナ海ガス田等多くの現実的な安全保障問題が多発している。政府が外交を決める前に、自民党としての危機感をしっかりと発表すべきである。国民はどう思うか、アメリカはどう思うか、第三国はどう思うか。私のメールは国民の怒りで炎上しています。みんなに真剣に考えて欲しい・・」。前週には、武見敬三議員が同趣旨を発言しています。

2019年

11月

21日

安倍首相、在職歴代1位

  安倍晋三首相が在職2887日を超え、『桂太郎』氏を抜いて歴代1位となった。これを新聞、テレビなどが一斉に扱い、「安倍一強」など(不思議に)否定的な論調も多い。以下は、私が最も優れていると思った新聞記事。

  「安倍首相は同じ山口県の『桂太郎』を抜いて歴代最長となった。野党をはじめ「長期政権の弊害」ばかり論ずる人が多いが、政治の安定、外交の継続性、長期政策の実現など、今われわれ日本人は素晴らしい時代にいる。安倍氏に長期政権を託したのはわれわれ国民であり、それこそ民主主義の正しい実践そのものであって、周りの国を見ればすぐ分かる。
  たしかに在任期間が長ければいいというものではない、大事なことは何を成し遂げたかである。戦前3度内閣を率いた桂太郎は、日英同盟締結、日露戦争勝利と大きな実績を残した。比較的地味に扱われているが、往時の軍人、山縣有朋、乃木希典、東郷平八郎らの派手さと抗いながらの政権運営、人心掌握は、今とは全く違う苦労があったに違いない。
  安倍首相にとって、日露戦争勝利に匹敵する実績といえば「憲法改正」しかないだろう。それを成し遂げて初めて桂太郎を超えたことになる・・・」 ( 11月20日「世界日報」コラム )

2019年

11月

19日

習近平氏の「国賓」来日、これでいいのか

  来春に予定されているという中国習近平主席の「国賓」来日について、日中間のさまざまな現実問題を見過ごしたまま、祝賀ムードだけで良いのか。
  自民党総務会において、私は発言した。「日中間は今、非常に良い関係にあるといわれており、日韓間が困難だけにことさらその感が強い。ただ祝賀ムードだけで良いのか。ほぼ連日、尖閣列島への侵入が続き、東シナ海ガス田は解決が見えず、南シナ海はアジア安全保障上最大の火種、日本人の失踪さえ起こる。香港やチベットなど中国の内政問題に口出せとまでは言わないが、日本との間でこれだけ現実のトラブルがありながら、それを国賓として、天皇陛下にまで会って頂く。わが国民はどう思うか、アメリカはどう思うか、世界中の人々はどう思うか。まずは自民党として、政府に対しその是非を問い、中国には正対して抗議すべきである・・・」
  自民党総務会。自民党組織では、最高、最終の組織とされる。私は、満を持して発言した、これだけの外交案件となれば十分な時間こそ必要で、時間切れこそ避けなければならないからだ。
残念ながら、今日の総務会では反応はなかった。

2019年

11月

18日

盲学校 (その2)

  この盲学校は110年の歴史を持っています。実に明治時代から、わが国は盲人、聾唖者(ろうあ者=聴覚不全)を擁護してきました。十分かどうか、わが先人たち、指導者たちが、少なくともその意識で懸命に努力してきたことには、心から誇りを覚えます。
  校長室には2つの写真が掲げられています。あのヘレン・ケラー女史、もう1つは「貝島嘉藏」氏、貝島氏は地元福岡県の石炭実業家として大変に有名な人。大きな財を築かれて、その多くを福祉事業に尽くされた (ことは初めて学びました。)

  「開校110年記念式典」は予定通り、整然と進んでいました。ただ途中で気付いたこと、全く拍手がないことです。あたかも拍手することが許されないような、重苦しい雰囲気でした。

  私は意を決して立ち上がり、後ろの来賓席に向かって大声を掛けました。「今日はお祝いの式典です。大きな拍手で激励してやりましょうよ。」それがきっかけか、次第に拍手は広がり、最後の生徒代表の挨拶には、会場万雷の拍手で応えました。

  盲学校と言っても暗くなる必要はない、大いに盛り上げて元気付けようではありませんか。

2019年

11月

18日

盲学校で思ったこと

  光を失った子、光を知らない子、に出会って私は涙を止めることが出来なかった。どんな世界に生きているのか。真っ暗な世界なのか、希望はあるのか。
一方、私は今、明るい光の中にいて、こんなに幸せでいいのか・・・

  地元の盲学校「福岡視覚特別支援学校」の「開校110周年記念式典」が行われました。幼児から中学生まで多くの子どもたちが出席していました。校長やPTAや来賓の挨拶が進む、その都度生徒たちは立ち上がって挨拶します、元気よく。最後に生徒代表が挨拶します、感謝に溢れた、立派な言葉で挨拶しました。

  続いて生徒たちによる生活発表。男の子と女の子2人の発表では本当に泣きました。「お父さん、お母さんにはいつも抱かれていました、自分はお母さんのお手伝いすることが一番嬉しいです。今は杖を使ってひとりで遠くに出かけるようになりました。買い物にも行けます。大きくなったら、支援学校の先生になります・・・」

  続いて賑やかな舞台に変わりました。ドラムの演奏、コーラス合唱、決して上手ではありませんが、本当に懸命に歌います。校歌もまた心を大きく揺さぶります、「光」や「夢」、「明るさ」と「希望」、生徒たちにとっては本当にすがるような言葉に違いありません。

  盲学校こそ、政治の原点が詰まっています、弱き人、悩める人たちをどう支えるか。

2019年

11月

17日

福岡県 「八丁トンネル」開通。『原田トンネル』?

  福岡県朝倉市と嘉麻市を結ぶ国道322号線八丁峠道路(「八丁トンネル」)が開通した。地元の期成会が出来て20年以上、工事に掛かって13年、大工事であったが、福岡県の道路トンネルとしては最長(3.8キロ)で、北九州から久留米を直結する縦断道路。その開通による地域的、経済的、社会的影響は計り知れない。雲ひとつない秋空の下、嘉麻市での式典、テープカット、地元芸能、通り初め。場所を替えて朝倉市で懇親会が行われ、大変思い出深いものとなりました。

  追 ① このトンネル開発は、元県会議長「吉原太郎氏」が終生取り組んでこられ、今日は未亡人らが遺影とともに出席された。2年前、トンネルの貫通記念式の際、私と2人で意気投合、このトンネルの実質提案者「佐藤信秋氏」(現 自民党参議院議員、当時 建設省道路局官僚)を招いて感謝の飲み会を開こうと約束しました。その約束は最早果たせないまま、佐藤氏には今日のことを報告します。後日 飲み会を実行し、天上から吉原先生にも参加して貰おうと考えています。
  追 ② 実は、私は、嘉麻市(旧山田市)で生まれ、現在は朝倉市を活動基盤としています。私は挨拶の中で「私事で大変恐縮ですが」と断ったうえで、「私にとっては、嘉麻市と朝倉市という2つの故郷を結ぶ特別のトンネルとなりました。」と広言して、人々の笑いと拍手を頂きました。散会後、「言ってみれば『原田トンネル』だね」と冷やかされた(蔵内勇夫 自民党前県連会長)のには参りました。

2019年

11月

15日

天皇陛下への謝辞記帳

  大嘗祭を前にして、私は皇居にひとり参内しました。大臣を辞して2ヶ月、この間大臣職に対するご慰労を込めて天皇陛下より小型金盃を賜りました。ついては慣例に従い、私は年長の故をもって、他の大臣を代表して参内、「賜物御礼」と銘打ち、陛下への謝辞の記帳をして参りました。身の引き締まる瞬間でした。

2019年

11月

14日

『九州 国道整備決起集会』、九州はひとつ、頑張ろう!

  表記の集会が早朝に行われ、九州各県 市町村長らが一同に揃いました。道路整備の重要性は言うまでもなく、未だ九州には遅れたところが多く残されており、また近年の熊本、朝倉、佐賀などの豪雨災害の跡地は復旧途上でさらに緊急対策が必要、また昔にあった「道路特定財源」こそ目指すべきという意見も発表された。「武末(たけすえ )那珂川市長」の顔も見えます。最後は全員の「頑張ろうコール」で閉じました。
  例年今の時期は自民党の予算編成を前にして、地方自治体の陳情、要望活動が集中して、霞ヶ関、永田町界隈はいつになく活気に溢れています。議員事務所も地元関係者の応接に懸命です。