2019年

9月

13日

「他策は勿かりしか」。原発処理水(その2)

  「他策は勿かりしか」という言葉があります。本当に他の道は無かったのか?これは明治時代の外務大臣「陸奥(むつ)宗光」が発したとされる。
  1895年、明治政府は租借中の遼東半島を、独仏露3国の強い圧力を受けて清(中国)に返還させられた(三国干渉)。国内では「弱腰、軟弱」という非難が轟々と起こり、「臥薪嘗胆 (がしんしょうたん)」という言葉が流布した。その政治責任で窮した外務大臣 陸奥宗光が発したとされる。
  「他策」= 他に方法は無かっただろうか? 全力で努力したが、結局他の方策は見つからなかった。あらゆる非難や批判は覚悟の上、この結論を選択した。責任はもちろん取る、いずれ歴史が評価してくれる・・・『蹇蹇録(けんけんろく)』(「他策 勿かりしを信ぜむと欲す」)。
  なおこの「三国干渉」が歴史的には、その後の日露戦争(1905年)の遠因となったとされる。

 ※※※
「原発処理水放出」を発言するに、この言葉が常に脳裏にあったことを、私は敢えて申し添えます。

2019年

9月

13日

「原発処理水放出」のその後

  私の「原発処理水 放出」発言が、大きな議論の輪となって、マスコミ、報道でも大きく扱われているようです。小泉環境大臣に引き継がれたことで余計に注目度が大きくなった。実は漁業団体(全漁連)からも厳しい非難声明も出され、私は誠実に文書で回答もしました。

  正直言って、私はこのことを長いこと真剣に考えていました。昨年秋に現場を視察して、これでいいのかと疑問を持ったのが最初でした。政府の担当者、多くの専門家と意見交換しました。新聞記事など多くの周辺情報も集めました。とりわけ「原子力規制委員会」委員長 更田(ふけた)豊志氏が一貫して信念を持って「放出しても良い」、「安全基準は心配ない」の発言にはいつも心が震えました。
  大方の人が、「放出やむを得ない、しかしそれを一旦口に出せば本当に大変なことになる。」政府の委員会ではつい結論を出せないまま、延々と日が経ってきた。様々の方策、例えば貯留水を蒸発させる技術はないか、といっても現実的なものは出てこない。処理水は今も毎日170トン増えている、この8月の貯留量(累積)は115万トンになる。2022年夏には137万トンとなり、既設の貯留スペースは満杯となり、どこか広大な場所を探さなければならない。いつ終わるのか、予測は立たない・・・。その費用は一体誰が持つのか、も大事な論点である。
  記者会見では、淡々と1年の行事を振り返りながら、福島原発に触れていた時、日頃考えたままに「海洋への放出、稀釈しか残された選択はない」と発言しました。記者団は少し騒ぎになりました。しかし私は、これでいずれは世の中が変わる、という不思議な自信も付いてきました。誰かが言わなければならない、自分はその捨て石になってもいい、と素直に自認しました。

2019年

9月

13日

小泉大臣と「事務引き継ぎ」、環境省に別れ

  小泉進次郎環境大臣と「事務引き継ぎ」を行なった。どの省でも大臣交代の時期に行う儀式ですが、小泉氏が相手の場合、大臣室には見たことのない多くの報道、マスコミ陣が殺到して、小泉氏の人気、モテぶりには圧倒されました。私のメディア露出も増えたことでしょう。
  2人は報道陣の前で簡単なコメントを交わしたうえで、しっかり握手、私は先輩として激励を送り、思い出深い大臣室を後にしました。

  引き続き職員を相手に離任のあいさつ、続いて多くの職員から、一階ロビー出口において盛大な見送りを受けました。万感を胸に環境省生活の全てを終えました。

2019年

9月

12日

大臣辞任、後任は「小泉進次郎氏」

  9月11日、臨時閣議にて辞表に署名、11ヶ月半の環境大臣を辞任しました。長いようで短いようで、ひたすら忙しくかつ全力で頑張って、思い残すことはありません。ただ政策課題は余りにも多く、私は、これからも環境議員として、また自らのライフワークとして携わっていきたい。
  パリ協定、COP24、G20環境大臣会議、サミット、プラスチック規制、レジ袋有料化、脱化石燃料、石炭火力発電規制、福島県や原発サイト、愛玩動物管理、国立公園・・・思い出は走馬灯のように広がる。環境と経済の好循環、ESG、グリーン経済、即ち環境対策にこそ金融界までが積極的に応援する。石炭火力抑制には懸命に取り組み、福島の復旧、復興、第一原発の汚染水処理にまで悩み抜いた。
  後任の大臣には、政治家として最も注目を集める小泉進次郎氏、若くして首相候補ともうわさされる。環境省に間違いなく新風を吹き込んでくれる。内外高い知名度で、環境行政のイメージアップとその積極的な推進に役立ってくれるに違いない。私には過ぎたる後継者と感謝しており、環境行政がさらに大いに発展することを期待したい。

2019年

9月

11日

「原発処理水、海洋放出しかない」発言

  閣僚としての任期も後1日となりました。閣議後の記者会見は今日で最後になります。「一年を振り返って印象は何か」との記者質問があったので、思いつくままに話しました。プラスチック汚染対策、パリ協定、原子力対策ほか動物愛護対策、国立公園視察、新宿御苑改革までその範囲は余りに広い。石炭火力の抑制については、遂に東京電力宛てに環境大臣の要請文書を発したことも思い出すままに話しました。
  そして東京電力福島の原発問題では、汚染処理水の問題についてはあえて「海洋放出、稀釈の方法しか解決策は残されていない。漁業者の被害、風評被害、韓国などの国際非難・・・など大変な困難は待ち受けているが、しかし、われわれは何処かで結論を出さなければならない。」と話しました。「この汚染処理水の排出については、安全性、科学的基準は全て満たされている。原子力規制委員会の委員長も2代に亘ってはっきりと早く放出稀釈すべしと発言している。世界の、日本の、全ての原発からは処理水海洋放出が当たり前のように行われており、何の問題も起こっていない。」「そして最も大事なこと、それは国が責任をもって漁業者を中心に地域の潜在被害者に全面的な補償を約束すること、風評被害や外国の風評懸念には、逃げずに正面から、科学的安全性と世界基準を徹底的に説明することで、必ず理解されるはずだ。」と続けました。

  福島の現場に行くと誰でも分かる、処理水を貯留するに何百の貯留タンクを作っており、2、3年後にはさらに新しい場所を見つけて巨大なタンクを作らなければならない。国民はその不条理には早く気づかなければならない・・・

  誰かが言わなければならない。この思いが多分私を追い立てた。汚染水対策は、厳密には環境大臣の所管でなく経産省の所管だという。しかし原発問題は国家国民にとって決定的に重要なもので、原子力規制委員会こそ最も権威ある環境省の部局である。私は「環境大臣」の前に「国務大臣」、その前に国民を代表する「国会議員」であって、国家に必要なことは発言する。国益のためには誰かが言わずに、この大問題をズルズルと引っ張るわけにはいかない。

2019年

9月

09日

令和初「全国豊かな海づくり大会」(秋田大会)に出席

  9月8日、天皇陛下御即位を記念する「第39回 全国豊かな海づくり大会」が秋田県(秋田市)で行われました。私は昨年(高知県)に引き続き、大島衆議院議長(大会会長)、吉川農水大臣らとともに出席しました。
  天皇皇后両陛下もお元気にご出席、当日の式典と前夜のレセプションと立派に務められ、秋田県及び全国の海洋、漁業関係者に力強い激励を与えられました。なお午後からの「稚魚放流」の儀式は、台風15号東京接近で急遽ご帰京、後は大島会長以下で務めました。秋田県民の熱烈歓迎ぶりは、両陛下にとっても感激されたものと思います。

2019年

9月

08日

「 日本は何故、清潔か」、『環境大臣感謝状』の授与

  環境政策は、環境省や行政が当然に仕事として進めていますが、実際には多くの民間の人々が人知れず環境保全のために頑張っておられます。その人々に「環境大臣感謝状」を授与し、細(ささ)やかながら環境省の気持ちの一端を表すこととしています。これらの人々は地域や社会において、長年信じたことをやり通し、それが結果として環境保全に大いに役立っています。

  「日本は美しい、何より清潔だ」と、外国の人は帰るときに必ず言って行きます。それは日本の「文化」だからと言うほど簡単なものではありません。環境を守るために国民全てに生まれ育った感性があり、また国中が不断の努力をしているからということです。私はそれが日本人の「美徳」であると解釈しています。外国に行くと、このことを特に感じます。
  私は大臣職を務めながら多くの人と接していますが、どんな場所でも環境保全を率先して引っ張る人がいることに気付きました。彼らに感謝し、これからさらに頑張ってもらうお願いを込めて、この「大臣感謝状」になったものです。

2019年

9月

05日

佐賀県 豪雨災害 視察

  8月末、佐賀県西部では降った豪雨によって大きな災害が発生しました。死者も3人出ました。環境省として現状の把握、今後の対策を検討するために現地を視察しました。山口 佐賀県知事、水川 大町(おおまち)町長、小松 武雄市長と面談し、陳情を受け、それぞれに全力で対応すべきことを伝えました。
  大町町は鉄工企業が冠水し、工業用油が流出するという事故となり、油の除去、拡散防止という大きな困難が伴っています。武雄市では商業地域から出た夥しい量の廃棄物をどう処理するかが焦点となっています。ことの大きさはやはり現場視察に叶うものはなく、財政負担の必要性も含めて、これらを官邸や関係省庁に伝えます。自衛隊も大きな役割を果たしており、自衛隊詰所に出向いて感謝の挨拶を致しました。

2019年

9月

05日

世界柔道選手権大会

  日本武道館にて世界柔道選手権大会、最終日の団体戦(男女混合)に辛うじて間に合いました。日本はホームグランドの有利さもあって、昨年に引き続き順調な成績を収めています。全柔連の山下泰裕会長(日本オリンピック委員会会長)らと共に、試合は安心して応援することができました。来年のオリンピック本番を控えて、選手も、また柔道界も着実に盛り上がっています。
  試合を見るに、審判ルールが変わってきたことで試合の印象が昔と大分違います。時代の流れでやむを得ません。おしなべて、内外とも、寝技のレベルが落ちてきたことが気になります。

  4、5年前、日本柔道界は、不祥事も頻発し、大変な時期にありました。今の落ち着きは隔世の感を思わせます。関係者の努力に敬意を表します。

2019年

9月

02日

9月1日、「防災の日」

  朝はまず「内閣府原子力防災大臣室」において身を引き締めました。
  続いて徒歩で官邸に出向き、官邸では安倍総理の主催「緊急防災対策本部」会議。東京直下型、震度7・5を想定に災害対策を検討。
  続いて、環境省に登庁し、幹部職員と防災対策会議。最後は私から防災訓示を発しましたが、「訓練は本番のように、本番は訓練のように」という慣わしの言葉で締めくくりました。

2019年

8月

31日

国連ハビタット事務次長、来訪。

  TICAD(「アフリカ開発会議」)横浜大会も終わり、その足で国連ハビタット(Habitat=人間居住計画)本部 事務次長が挨拶に来られて、今後の段取りを相談しました。ハビタット組織は途上国の住生活、住環境を向上させる非常に有力なNGO組織で(ケニア・ナイロビ)、日本も経済援助で大きく寄与しています。その日本の事務局は「福岡市」にあり、10数年前、その福岡誘致に私も手伝いました。
  環境省としても、個別に援助をしており、来年度はさらに援助額を増額することとしており、その際日本人の採用枠を増やして欲しい、と率直に申し入れしました。 事務次長はナイロビ本部では大きな権限を持ち、中々の親分肌の人で、私が「福岡出身」、「福岡事務所」を強調することで、多少は期待が持てると判断しました。

2019年

8月

30日

サウジアラビア 2日目、産廃埋立て地 視察。環境省、エネルギー省訪問

  サウジアラビアにとっても産廃対策は大変です。首都リヤドから、1時間の距離に広大な砂漠があり、首都圏人口800万人の廃棄物は大方そこに運び、埋め立てる歴史が長く続いてきました。しかし今は廃棄物は埋立てから処分へと行政の方針も変わってきて、この埋立て地域もいずれは縮小され、跡地はグリーン化されたり、公園化されると説明されました。国と都市圏の協同で真剣な対策がとられています。責任者の説明が終わった段階で、私は彼らを労いつつ、多くの協力分野を日本・サウジ両国で進めていこうとあいさつで結びました。              都心に戻って、環境省、エネルギー省の副大臣らと、来年のG20の議題などについて突っ込んだ議論を致しました。成果の大きいサウジ訪問でした。

2019年

8月

29日

サウジアラビアへの出張。確かに、暑い!

  今サウジアラビアに来ています。来年は、サウジアラビアがG20会議の議長国になります。今年は日本が議長国でしたが、その先輩国として、申し送るべきことを伝えるために訪問しました。サウジは遠い、ドバイ空港で乗り換え、サウジの副首都ジェッダに着きました。
  ファドリー環境・農業大臣と会談し、廃棄物処理対策、海洋プラスチック汚染、G20議長国問題等広く環境問題を議論しました。続き、大臣が本来実業家ということもあって、貿易や経済問題にも話しが及び大変に中身の濃い会談となりました。
  夕刻には首都リヤドまで飛び、大使公邸にて、日本人会の代表団らとの懇親が行われた。サウジは中東では圧倒的に存在感の大きい国です。私も通産省の時代から40年以上、石油経済や外交で関わっていますが、久しぶりに現地を訪問して、改めてこの国の戦略的重要性を再認識しました。イランやエジプト、イスラエル、当然米中ロ、仏独EU、日本の立ち位置など、ここは世界の政治、経済、外交の交流点で、それ故に、この国の政治運営、王室や社会的自由化政策、イスラム宗教の動きなどには目が離せないとの上村 司大使らの解釈には大いに学びました。                                     サウジアラビアに来て、暑いかと問われれば、暑い。しかし日本も暑い、熱中症に気をつけていると答えています。

2019年

8月

28日

アフリカ諸国への協力。「TICAD7」総会

  日本のアフリカ支援の頂点にある第7回TICAD (アフリカ開発会議) が横浜市で行われますが、それに先立つ2日間、環境・廃棄物処理に関する委員会「第2回ACCP」(「アフリカの美しい都市を目指す総会」)が行われ、主催者(環境省)としてあいさつをしました。アフリカ諸国との国際協力は多岐に広がって、私も多く関与してきましたが、彼らの環境、廃棄物処理に掛ける思いは大変に真剣で、それだけ国内に困難を抱えているものと感じました。
  その中に「福岡方式」という言葉が何度も出てきます。これは廃棄物処理分野での特殊な工事手法で、福岡大学の松藤教授らが開発、福岡県、福岡市などが積極的に推進しており、今や国際的に一般名称と使われています。このような場で「福岡」の名前を聞くのは誇らしい限りです。

2019年

8月

27日

「日本のエジソン」、『ドクター中松』の説得力

  有名な「世界の発明王 ・ドクター中松(義郎)」氏の来訪を受け、大変有意義な時間を過ごしました。先生は92歳になられますが、益々お元気で、驚くべきはその知力と、それ以上に物を産み出そう(発明する)とする意欲と精神力です。今日も7、8つの創作品やアイデアを持ってこられ、そのほとばしるエネルギーには圧倒されます。
  『すじ、ピカっと、生かす』というのが先生の思考原理で、私なりの解釈では、(すじ)「世の中の現状を冷静に、理論的に学習し、把握する」、(ピカッと)「閃き、思いつき、感性に任せて想いを巡らせる」、(生かす)「それを整理して、実用化する、世の中に理解させる、遂には特許権を取って利益にも結び付ける」ということです。その3つが揃って初めて世の中で役に立つ、どの一つが欠けても役に立たないということです。先生は今まで3500だかの特許権を取られた。因みにあのエジソンは、1500だそうです。
  私は高校生の時、アメリカ・オクラホマ州に留学しましたが、その学校は 正式に「Thomas A.Edison High School」と言って、発明王エジソンの名前が付いていました。今でもほぼ唯一覚えているエジソンの言葉が、「天才とは、99%の努力と1%の閃き(inspiration)である」という言葉で、私はそれをいつも自室に貼っていたものです。そのことを言いますと、中松先生は、全く同じものですと答えられました。
  中松先生の迫力とエネルギーにはしっかりと学ばなければなりません。今後とも先生の勉強会には是非参加したい、としてお送りしました。

2019年

8月

26日

海浜ゴミで芸術発表

  福岡市西区の交流センターにて。環境活動家でアーティストの柴田みなみさんは、海洋汚染を防ごうと身近な素材で作品を作っています。ビニール製包み紙などの漂着ゴミを集めて制作した長さ4メートルのクジラなど作品50点、多くの人々の応援もありました。
  「環境大臣来たる」で会場は盛り上がり、翌日の地元紙には上手く載せてくれました。

2019年

8月

24日

「オリンピック柔道、55年」(大祝賀会)。ルスカ夫人との再会は。

  柔道がオリンピック種目になったのは、1964年(昭和39年)「東京オリンピック」の時。次の「東京オリンピック」を来年に控え、今年はその55年目にあたり、盛大な記念祝賀パーティが行われました。主催は世界柔連のビゼール会長、山下康裕全日本会長、井上康生全日本監督ら。来賓には皇族、森元総理はじめ綺羅星の如き、1000人規模の大パーティです。過去の金メダリストたちが、悉く参列し表彰され、柔道ファンにとってはこれ以上の祭典はありません。

  その第1回目、東京オリンピックでは、かのオランダの「ヘーシンク」選手が外国人初という歴史的な優勝を遂げた。その決勝の瞬間に、私は日本武道館のその場にいました。
  ヘーシンク選手は早くに亡くなっており、今回、身内の男性が代理受賞をされた。
1972年「ミュンヘン・オリンピック」では、オランダの「ルスカ」選手が、2階級で、金メダルを獲得した。

  選手は既に故人であって、夫人が出席されていた。私は、実はこの夫人と再会(!)したことになる。ミュンヘン大会前の1年間、ルスカ選手は日本で稽古を積んでおり、その時私は彼と講道館の道場で知り合うことになった。オリンピックで彼は見事に優勝した。そして大会の2、3ヶ月後、私はスイスのジュネーブに仕事で暫く滞在したことがある。ある日、私は思い立って連絡を取って、アムステルダム(オランダ)に飛んだ。そしてルスカ選手のアパートを探し訪ねて、夫妻に大歓迎を受けた。本物の金メダルというもの、しかも2個も、初めて触らせてもらった。

  遠い昔のこと、ルスカ夫人は記憶はしておられなかったが、それでも優しく応じられた。記念のサインもしてくれた。私は「故人によろしく」(という表現がオランダにあるかどうかわかりませんが、)らしき言葉で別れました。

  ルスカ選手との実際の稽古は今も体に残っています。(投げられ続けて)「立っている暇のない」という、柔道表現があるが、私の柔道生活でのエポックのひとつです。

2019年

8月

23日

同級 「福井廣雄」君 (修猷館高校)

  福岡県の母校 修猷館高校の同級生、「福井廣雄」君がお祝いに来てくれた。
  私はこの高校に実は1年半しかいなかった。私は高校も大学も、そして社会に出てからも、めまぐるしく移り変わった。高校出て60年近く経つが、福井君は、私がいつ何処にいても、声を掛けてくれた。忘れた頃に、私が選挙で苦労してる頃に、不思議と声を掛けてくれた。今日は私の大臣祝いに駆けつけてくれた。「良かったなー」と言ってくれるだけでも、私たちは意が通ずる。持つべきは友、ということばが身にしみる。

2019年

8月

22日

中国大使 来訪

  孔げんゆう中国大使の訪問を受けました。日中また国際的な環境問題について、しっかり協力していこうと話しました。既に中国の要人とは何人とも接触していますが、孔大使もなかなかの迫力の人で、日本語が特段に完璧であることにも敬意を表します。

2019年

8月

21日

産学官プロジェクト<環境省と東京工業大学、そして北海道十勝地区>

  環境省の基本政策『※地域循環共生圏 構想』を実践するために、東京工大、帯広畜産大学及び北海道十勝地区などが新しく産学官の研究共同体を発足しました。
(※地域循環共生圏= 地域の自立分散型の資産を活用して自主的な環境施策を推進することで、「地方再生」という大なる目標を達成すること)
  私は来賓挨拶の中で、「…この事業は、十勝の『ハイセル企業』の佐藤、松村両氏の長い間の涙ぐましい努力と忍耐無くして実現しなかった・・・」と、二人のことを敢えて紹介して、会場の拍手を促しました。 

 「ハイセル企業」のお二人は実質的にこのプロジェクトを長い間引っ張ってきた。実に7年も前から、畜産と環境、地域開発の観点から、北海道と東京で懸命に訴え続け、その間、私も助言、協力することを惜しまなかった。彼らの努力無くして今日の成果は無いし、この プロジェクトによって、今後十勝地区こそが北海道発展の新しい旗手となるものと考えます。十勝地区代表 高橋正夫氏(本別町長)も同席されて事業推進を確認された。

2019年

8月

16日

平和の誓い 令和も

2019年

8月

16日

千鳥ヶ淵 戦没者墓苑 参拝

2019年

8月

15日

「初盆参り」とは

  今年のお盆も、地元では100軒を超える「初盆」の家庭を訪問しました。私にとってはこの20余年、多分一度も外したことのない重要な恒例行事です。故人には生前のご交誼を感謝したうえで、哀悼とご冥福の祈りを捧げます。霊界と向き合うことは、自分の人生を振り返ることでもあります。 さらにご家族には日頃のご無沙汰を詫びながら、短時間ですがあいさつを交わします。直接ご意見を伺ったり、また近況を説明するなど貴重なタイミングでもあります。
  何と日本的な行事でしょうか、しかし、私にとっては、「初盆参り」は大変に重要な地元活動です。

  8月は、一年でも特別な月と言えます。8月15日の終戦記念日と合わせて、 お盆は日本人にとって特別意味のある行事です。家族や先祖や、また国のことを改めて考えさせてくれます。とりわけ私たち政治家にとっては特に重要な行事月でもあります。

2019年

8月

12日

山に親しみ、山に感謝する・・・ 『山の日』全国大会

  8月11日は国民の祝日「山の日」です。今年はその4回目、記念全国大会が山梨県甲府市で行われました。豊かな山林の日本に生まれたことを感謝して、この大自然を大事にしていこう・・・「山と生きる」国民運動もどんどん広がっています。林野庁長官、山梨県知事ら多くの人々と出席しました。

「山こそふるさと、山は父🎶」、「山こそふるさと、山は母🎶」・・・

  明るい式典は、子供達が大声で唄う「 山の歌」で締めくくられました。
来年の全国大会は、大分県九重町で開催されます。

 

2019年

8月

11日

女子世界選手権、姉妹で目指す

  レスリングの「入江ゆき」、「ななみ」選手は姉妹で日本代表、秋の世界選手権大会(カザフスタン)に出場します。私は福岡県少年 レスリング連盟の会長も務めており、 その激励会に 北九州市小倉まで駆けつけました。2人は来年の東京オリンピックでも非常に有望 な選手で、地域の皆さんとともに、つい必勝の応援にも力が入りました。 
  小さな身体で、可愛い笑顔をして、どこにそんなパワーがと思うのですが、どんなに厳しい練習を積んできたのでしょう、かすかに残る耳の変形(たこ)こそそれを伝えています。私の同志で、地元の辻監督の涙ぐましい指導、そして何より(もう1人妹を加えて)3姉妹をレスリング選手に育ててくれた入江家ご両親 に心から敬意を表します。

  私は柔道が専門ですが、高校生のアメリカ留学の時にレスリングの訓練も本格的に受けました。最後はオクラホマ州の選手権大会で負けましたが、そこで 得たこと、 学んだことは本当に大きく、ジム・セラーズ監督は今もなお「生涯の師」として 慕っています。

2019年

8月

11日

将棋、「藤井聡太」7段らで盛り上がる

  恒例、JT主催の将棋大会(福岡大会)のレセプションが行われ、私も来賓として出席しました。少年大会と合わせ、高段者による記念対局も行われます。   

  福岡県は全国で最も活発な将棋県のひとつとして紹介されました。藤井7段も登場して会は大いに盛り上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

8月

10日

熱中症対策、各省連絡会議

  連日の高温で全国、熱中症(搬送)患者が急増しており、死亡者も多く出ています。熱中症の話題は、台風の発生などとともにいつも気象情報のトップを占めています。熱中症対策は全政府の問題ですが、8月8日、環境省が関係省庁を集め緊急の対策連絡会議を開催して、現状と今後の取り組みなど意見交換しました。
  お盆を過ぎて「残暑」の時季を迎え、人々には夏の疲れも溜まってきます。水分の補給を忘れないなど、当たり前のことをこの時期にそれぞれが一層確認しあうことが大切です。「男性も日傘をさそう」、と私の運動も紹介しておきました。

 

 

 

2019年

8月

08日

環境省、子ども参観、2日目

  昨日に続いて、夏休みの恒例イベント、大勢の小・中学生が環境省を訪ねてきました。大会議室を開放してさまざまな趣向を凝らしており、子どもたちは興奮して出し物の説明を受け、ゲームに興じています。付き添いのお母さん達も結構真剣です。
  私たちは、環境に対する認識を国民にどう普及するか(環境教育)をいつも論じていますが、子どもの年齢からこんなに関心が高いのなら、そんなに心配は要らないかもしれません。

 

 

2019年

8月

08日

柔道世界選手権大会、壮行会

  柔道の世界選手権大会は、今月末に東京の日本武道館で行われますが、選手激励の「壮行会」が講道館大道場で行われました。私は柔道推進議員連盟役員(副会長)として、また大臣の立場で出席しました。山下泰裕 全柔連会長(日本オリンピック連盟会長)の式辞の後、私は「日頃の猛稽古の成果を出して、国民の声援に応えるよう。そしてあの世界女子で優勝したゴルフの『渋野日向子』選手の精神力と図太さを見習うように」と訓示しました。
  この数年、日本の柔道界は大変盛り上がっており、今回の世界選手権でもきっと良い成績が残せると思います。

 

 

 

2019年

8月

07日

小学生、大臣室来訪

  夏休み中のプロジェクト、沢山の小学生が環境大臣室を訪問して、交流の時間を過ごしました。一人一人から用意されていた質問を受け、私も汗かきながら回答しました。「大臣はどんな仕事をしてますか」、「プラスチックゴミはどうすればなくなりますか」、「私たち小学生は何をすればいいですか」・・・皆さんも環境のことを真剣に考えています。
  環境の問題は、政府や役所が頑張るばかりでなく、国民一人一人が、子ども達も、身の回りのことをやることが必要で、「海岸のゴミ拾い大会にも多くの子供達が参加しています」と呼び掛けました。 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

8月

06日

原子力防災訓練とは ( 内閣府原子力防災・原子力規制庁)

  内閣府原子力防災と原子力規制庁が、国内何処であろうとも、万が一の事故に備えて庁内での原子力防災訓練を行い、そこを視察しました。国内原子力施設はほぼ完璧な安全規制で運転されてはいますが、それでも尚、万が一の事故対応を怠ってはなりません。
  事故想定は隠しており、その上で一斉に組織が動き出す。訓練とはいえ、本番さながらの対応ですから、職員は真剣そのもので、自ずから迫力も伝わってきます。原子力機器本体の事故分析、現場の避難指示、総理官邸との連絡調整、医療指示、広報など夥しい事故部位で、いずれも瞬時又は超短時間で正しく判断すべきためには普段の注意力と能力の維持、人材の養成は欠かせない。情報の発信、伝達こそ精確さが求められる・・・
  8年前、あの東京電力 福島第一原発事故の時は、本当に大変だった。今から思うとパニックだったのではないか、国の中枢にそのための十分の準備が無かったのではないか。しかしそこで多くの貴重な経験と学習を得た。これを決して無にしてはいけない。その後の研究と事故対応にもこれらの経験と学習を活かしていかなければならない。
  この秋には、島根県松江市の原子力サイトを中心に、年一回、国挙げての原子力総合防災訓練が行われます。

 

 

2019年

8月

05日

阿寒湖、北海道東部「国立公園群」への視察

  北海道東部、2泊3日、中身の濃い視察で出張を終えました。北海道は広大であり、とりわけこの東部地域の阿寒湖、摩周湖、屈斜路湖らの恵まれた自然遺産は、国立公園群として、環境省、北海道、地元自治体の協力の中で行き届いた管理と運営で保護されている。
  これら自然遺産は、一方で厳しく保全されつつも、観光資源、地方再生の目玉としての役割も大きく期待されており、環境省の「国立公園満喫プロジェクト」、「インバウンド 1000万人目標」の最先端の役割も担っています。
  なお、アイヌ新法施行に基づくアイヌ文化伝統の継承については国も本格化してきたことにつき、鈴木北海道知事と意見交換。また今や北海道でも全国どの地方と同じく高温度化と熱中症対策には、特段の注意が必要であると実体験しました。

<観察、視察先>

・阿寒湖畔 エコミュージアム、ボッケ遊歩道、カムイルミナ野外演出 鑑賞

・摩周湖畔展望、硫黄山、川湯温泉地域、廃屋予定地域、横綱大鵬記念館

・北海道知事面談、地元町村長との面談、「星空の街 ・全国大会」役員 高松市長、与論島町長面談・釧路湿原、ビジターセンター、野生動植物保護センター ほか

 

 

2019年

8月

04日

「星空の街、あおぞらの街」全国大会、北海道東部

  『星空の街、あおぞらの街』全国大会が北海道 弟子屈(てしかが)町で行われた。平成元年に始まり、今回で31回目、全国370自治体が参加している。 自然環境を限りなく保存し、かつ観光、地域興しへの活用も目指す。式典には高円宮妃殿下が臨席された。
  夜には屈斜路湖畔にて満天の星空、星座群の解説を聴いた。

 

 

2019年

8月

01日

国会開会

  8月1日、参議院選挙後初の国会(臨時国会)が始まり、新天皇即位後初めての開会式も行われました。参議院も改まり、政治は国の発展と安定のためにさらなる努力が必要です。

2019年

8月

01日

「ちびっこランド」を全国展開。その生命力は。

  新しいタイプの保育園「ちびっこランド」を展開している「学栄」社が久しぶり挨拶に来られた。その斬新な理念と幼児教育にかけるほとばしる情熱は、他の追随を許さない。「萩原吉博」会長は稀代の経営者でもある。全国に500園、在籍20000児童を抱え、英語教育、保育士の育成などその活動領域は広い。
  私との付き合いは長い。助けてもらうことが多く、手伝ったこともある。

  萩原氏には今、「声」が無い。彼は全く声を失っていた。彼はこの数年、厳しい闘病の中にあった。癌を得て、各所の手術も3、4回では済まない。喉も切った。超難病にも遭った。

  そして今、彼は雄々しく蘇った。声こそ失ったが、昔の彼はそこにいた。なんと懐かしい再会であったか。彼の信念と生命力には圧倒される思いで、心から敬意を払いたい。

2019年

7月

30日

「至誠 神の如く」(東郷平八郎神社)

  所用あって東京渋谷区の東郷神社を訪れて、参拝もした。宮司ほかの人々と挨拶を交わしたうえで、祭神東郷平八郎元帥の記念館・茶室にご案内された。至誠(=誠を尽くす)という言葉が多く見られ、元帥の生き様が彷彿とされる。
  東郷元帥は、日清戦争で名を挙げ、日露戦争では連合艦隊司令長官として完勝し、「世界の3大提督」の1人といわれた。米太平洋艦隊司令官ニミッツ提督には師と仰がれた。鹿児島県出身。

2019年

7月

30日

「炭素税導入を検討する」、記者会見

  定例の記者会見にて環境政策として「いわゆるcarbon pricing (炭素税)の導入を検討する」と発言しました。これは政治的、社会的に大きな問題で、今後国会の内外でも大議論となります。
  7月24日には環境省の中央環境審議会「カーボン・プライシング検討小委員会」が約1年を掛けた議論を取りまとめました。いわゆる炭素税を導入するに当たって如何なる問題点があるかを各界各層の意見を取りまとめたもので、結論は、導入すべしの意見と反対の意見が対立し具体的方向は決まられなかった。
  私は環境政策の立場から、導入の方向で検討すべきものとしました。気候変動、パリ協定、日本の政策的立場などから、これはかねがね必要なものと考えており、今後本格的検討を進めなければなりません。「環境と経済の好循環」(環境対策と経済成長との一体化)という思想も基本に据えています。

2019年

7月

28日

オクラホマ州タルサ兄弟よ、UAE(アラブ首長国連邦)環境大臣

  「UAE 環境大臣」を迎えて、両国の今後の環境協力について話し合いました。UAEには 今年の5月、「再生エネルギー閣僚会議」で訪問したところですが、経済的にも大変豊かで、政治も安定し、エネルギー環境政策の取り組みも非常に真面目であるものと理解しています。秋には実質トップの皇太子の来訪を機に、広範な協力協定を締結する予定です。
  なおジディオール環境大臣は、米国オクラホマ州タルサ市立大学に資源問題で留学しました。実はそのはるかに以前、私が高校生の時に、同じタルサ市に留学しており、2人の環境大臣は「タルサ市」を通じて「同郷の兄弟分」ということとなり、特段の親しみを共有したところです。

2019年

7月

26日

東京の夏祭り、涼を求めて「打ち水」行事

  東京駅の直線道路をぶち抜いて、今日(26日、金)夕方は丸の内地区「夏祭り」、暗くなれば盛大に盆踊りも行われるという。
  恒例の地元行事「打ち水」が行われ、私も環境省代表として呼ばれました。「打ち水」は江戸古来の庶民の知恵で、今や日本の風物詩、夏に涼をもたらす実益に繋がります。私は挨拶の中で、熱中症対策には、「男も日傘、パラソル」もあることを実演しました。
  東京駅前は一帯「三菱地所(株)」の勢力範囲、小池都知事、千代田区長らも来賓に同席。壇上と一般参加者、一斉に木杓で水を撒いて、歓声のうちに終了。
  梅雨も明け、本格的暑さが東京にもやって来ます。

 

 

2019年

7月

26日

「田中角栄先生」に接する

  柏崎刈羽から新幹線長岡駅への帰路、「田中角栄記念館」に寄りました。元総理、田中角栄先生はこの地域(西山)のご出身。余りに大きな活動、人臣を究め、波乱万丈の人生・・・、われわれが比すべきものは何もないが、われわれが政治家として学ぶべきことは余りに多く残された。
  村を流れる「別山川」に架かる4本の橋には、それぞれ「和田橋」、「市中橋」、「井角橋」、「東栄橋」と田中角栄先生の名前の各字が冠されているという。

  なお、私はその昔、一度だけ晩年の田中先生にお会いしたことがある。昭和60年春、私は通産省勤務を終え、政治生活を始めようとする時に砂防会館にてご挨拶した。私の岳父「前田かずお(佳都男)」が生前、田中派の参議院議員を務めており、特段の激励を賜った。それは緊張の瞬間であった。

 

 

2019年

7月

26日

原子力発電所、視察

  東電「柏崎刈羽原子力発電所」は7基の原子炉を持つ世界最大の原子力地点といわれます。平成23年3月の東日本大震災、福島原発事故を受けた安全基準の強化により現在は全ての原子炉が休止中です。その間でも、万が一の事故も起こしてならず、周辺地域、周辺住民の安全、防災対策、避難対策には万全を期さなければなりません。
  原子炉など内部施設も細かく説明受け、また要員の訓練実習や、事故時(想定)の実戦配備なども実見し、かつ発電所地域外の医療施設(総合病院)、オフサイトセンター、地域コミュニティなども視察しました。安全を守ろうとする自治体、地域社会と電力会社の協力態勢には気迫のような強い意志を感じました。冬の豪雪期の住民避難態勢は今後の課題でもあると考えました。記者会見ではこれらのことを率直に答えました。

 

 

 

2019年

7月

24日

東京電力 原子力発電所を視察。新潟県柏崎市。

  原子力防災担当大臣(内閣府)として、新潟県柏崎市に出張し、東電柏崎原発サイト所在地の「桜井雅浩 柏崎市長」、「品田宏夫 刈羽村長」ら地元関係者と親しく意見交換をした。7月23日、1日目の動きについては翌日の地元紙に掲載された。

2019年

7月

23日

「男も日傘を!」 <Parasol for men!>

  「宮武和広」さんは大阪から、家業が代々の洋傘屋さんですが、「男も日傘をさそう会」を20年来地道に続けてこられました。タレントの「稲垣吾郎」さんも熱心な日傘愛好者という。先日新聞のコラムに宮武さんが載っていたので、大臣室にお呼びして直接話しを聴きました。私も「日傘大臣」として売り出しましたが、すっかり意気投合したところです。
  まず日傘は夏の熱中症対策の切り札になる。しかも、女性は一般的、日本の美しい慣習、文化と定着していますが、男性にとっても、日傘スタイルが新しい慣習になり得るということです。自動車の生活が多くなりましたが、歩く運動(万歩計など)と日傘を組み合わせれば、健康増進と熱中症対策、男のファッション・・・と良いことづくめ、と盛り上がりました。「男も日傘」の会を強化しようとなり、環境省もバックアップするつもりです。男もパラソル!

 

2019年

7月

22日

参議院選挙、終わる。皆さま、ありがとうございました。

  参議院選挙が終わりました。私は今回は地元福岡には時間がなく、党本部の指示も踏まえて全国の同志の応援に走りました。演説では国の、自民党の政策を一方で訴えつつ、候補者の売り込みを行う、しかし折角の機会ですから、地球温暖化、プラスチックゴミやレジ袋有料化など環境政策についても協力要請を致しました。
  選挙の結果は、いつの世も非情なものです。多くは当選を果たしましたが、不幸にも負けた同志もおります。国民の審判は謙虚に受け取り、それぞれを真摯に活かしていくことこそ民主主義選挙の本来の役割であります。
自民党、与党で安定多数を取ることが出来ました。学ぶことも多くあり、さあ、次は衆議院選挙だ、と身の引き締まるのを覚えたところです。

2019年

7月

20日

東京にて、山東昭子候補 応援 ( その2)

  新橋駅前、機関車横。夜8時まで後30分、山東昭子候補の最後の応援演説をしました。17日間の選挙期間、本当にご苦労様でした。               「山東昭子さんこそ自民党の良識で、女性のリーダーです。」

2019年

7月

20日

選挙運動、最後の日、東京にて (その 1)

  場所は秋葉原駅前。自民党青年局主宰、選挙最後の演説会。閣僚がリレーで応援演説するという。ここは東京だから、選挙区は、厳しい状況にある「武見敬三」を何度もコールしました。

2019年

7月

20日

プラスチック・ボトルを<完全に>リサイクル、驚異の技術開発。

  栃木県小山市、『協栄産業』は驚異的な企業です。ペットボトルは今地球上に溢れています。石油由来の資源から作られ、工夫され、リサイクルは進みましたが、それでも残渣は廃棄物として出てきます。協栄産業社は遂に技術開発を完成させ、廃ボトルは全て次ぎのボトルにリサイクル(再利用)され、一切の残渣は出てこないことにした。
  社長の『古澤栄一氏』は技術屋さんですが、私は彼をむしろ「革命家」と思いました、何故なら彼は、プラスチック製品を無害化するに「一切の妥協」を許さない厳しい気持ちを持っているからです。今全国に10カ所以上の工場を持ち、その倦くことない向上心は、出会う(内外の)人々の心に、「執念」という火を与えずにはおきません。折しも、先月、G20大阪サミットでは、安倍総理の指導力で、「全ての国は2050年までに廃プラスチックの海洋投棄を一切禁止する」ことが決定されたところです。

  「新一万円札の『渋沢栄一』も偉いけど、皆さんの『古澤栄一』も偉い」、というのが、私の社員への別れのオヤジギャグでした。

2019年

7月

20日

中曽根康弘 内閣総理大臣に接する

  群馬県は総理大臣を多く輩出した土地です。高崎市は中曽根先生の生誕、本拠でもあり、今は先生の私塾『青雲塾』が残されています。急ぎ立ち寄り、ご挨拶だけを致しましたが、先生の志の大きさには圧倒される思いでした。
先生は、現在102歳になり、矍鑠(かくしゃく)としておられるという。

  新幹線「高崎駅」には、福田赳夫、小渕恵三、福田康夫と合わせて4人の総理大臣の堂々たる揮毫があり、訪れる人々に身動いを正させる雰囲気があります。

2019年

7月

20日

嗚呼、我らが祖先よ!

  新潟県 新幹線「長岡駅」。『縄文土器』。日本人の祖先が紛れなく、ここに住んでいたのです。

  15000年から5000年頃まで、ほぼ本州全土で「縄文文化」が栄えました。「4大文明」と言われる「メソポタミア、エジプト、インダス、黄河」(平均ほぼ3〜5000年前)に比しても、遥かに古くからわが国には高度な文明が栄えていたのです。

2019年

7月

19日

跳べ!「山本一太」、群馬県知事選挙。

  参議院の闘士、群馬から国と世界を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

19日

「ありむら(有村)治子」さん。

  国家国民のため。女性闘士、征く! 埼玉県 大宮駅前、夕 7時、大雨の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

19日

栃木県、「高橋克典」、元町長、県議、参議院議員、農林議員、前国土交通政務官ほか。

2019年

7月

19日

群馬県、「清水まさと」(新人)、懸命に。

2019年

7月

19日

長野県、「小松ゆたか」、最後のお願い。

2019年

7月

19日

新潟県「塚田一郎候補」、最後のお願い

  新潟県選挙区(塚田一郎候補)は、全国でも最注目の選挙区。自民党、麻生派として最重点区、既に安倍総理、麻生財務大臣もそれぞれ2度ずつ応援に入り、更に後が陸続と続いています。
  本来なら塚田氏は順調な選挙であるべきところ、失言問題で苦境に入っている、時間をかけて謝罪と反省を重ねており、概にリカバーしたと期待しているが、戦況未だ安心出来ない。最後のお願いに力が入る。
  ここ柏崎は、原発地域として、地元の皆さんが大変に苦労されている。併せてかの「横田めぐみさん」が北朝鮮に拉致された場所で、塚田氏はめぐみさんと同窓生とかで、その救出活動には特に懸命である。
  選挙は最終盤、「西村やすとし」官房副長官、地元の「細田健一」代議士と、期せずして「通産省トリオ」が集結しました。

 

 

2019年

7月

18日

東京都、2番手「武見敬三」候補、死闘。

  激戦、東京都選挙区、僚友「武見敬三」氏に、終盤に来てようやく芽が出てきました。もう一息で本物になる。世田谷区での決起大会に、多くの地元役員も集い、この雰囲気なら希望が持てる。「責任政党」自民党であって、無責任な野党とはわけが違う。「言ったことは必ずやる、出来ないことは決して言わない」と私はいつも演説を締めることとしています。野田聖子氏、菅官房長官・・と弁士は続く。

 

 

2019年

7月

18日

東京都、最注目、「丸川珠代」候補

 「丸川珠代」候補、環境大臣の先輩にも当たる。今の環境政策の路線も布いた。子育てしながら、立派に政務もこなす。もはや文句無し、「当確」との呼び声も。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

18日

高知県土佐清水市、「高野光二郎」君

  高知県の土佐清水市、高知県のほぼ西端の港町。高知飛行場から3時間、同じ派閥の「高野光二郎君」の応援にはるばるやって来ました。高知県・徳島県の「合区地区」で、2県分の広さを高野候補が1人で飛びまわっています。高野候補は1期を終え、すでに党務もこなし、今や「農水政務官」も務めています。
  相手は共産党が党名を隠して「無所属」で頑張っているが、高野候補は油断さえなければ、一応勝てそう、応援の顔触れも悪くない。

  土佐清水市はもちろん初めてで、有名な「四万十(しまんと)川」を中心に拓けている。豊かな農漁村であるが、人口減少は止まらず、しっかりした政治家を作らなければ過疎地方はこれから大変である。側を流れる仁淀川(「によどがわ」)は日本一「透明度の高い」川として知られる。

 

 

2019年

7月

17日

「豊田としろう」、あと一歩 (千葉県選挙区)

  千葉県の選挙区候補「豊田俊郎」氏は、自民党2番手で、今共産党と最後の議席を争っている。本当に大接戦で、陣営も真剣である。「緩んだ方が負け」という選挙の鉄則 からすると、今が一番 苦しい瞬間である。鈴木俊一オリパラ大臣と一緒に応援に乗り込み、あと今井絵里子参議院議員(いずれも麻生派所属)も追っかけて来た。

 

 

 

2019年

7月

16日

福島選挙区「森まさこ」候補、一歩先行か

  福島県の「森まさこ」候補の応援に会津地域 「西郷(にしごう)村」へ。自民党本部の「萩生田幹事長代行」とも一緒しました。地元の市町村長、議会関係者、商工団体など一丸となって支援態勢は出来上がっています。「菅家一郎」環境大臣政務官も実質的な取りまとめ役で、「森まさこ」氏は接戦と言われていたが、ようやく抜け出たという情報も。

  西郷村は、「村」と言いながら、新幹線も止まる(「新白河駅」)、常磐高速道路のインターもあり、人口も増え、若年年齢層も多い。珍しく発展途上の中にあり、国(環境省)としても更に積極的な政策支援を進めることが必要と感じたものです。

 

2019年

7月

16日

宮城県にて比例『和田政宗』候補

  新幹線で仙台に入り、比例区候補の『和田まさむね(政宗)』さんの応援に入りました。和田さんは6年前、元他党の宮城県選挙区から当選、今回は自民党比例区から立候補。44歳の苦労人で、思想堅固、教育や福祉に賭ける信念には気迫が漲(みなぎ)っています。

  今日は国民の祝日『海の日』で、港町『七ヶ浜町』では壮大かつ荘厳な海の儀式が行われ、海の平安と人々の大漁を、皆さんと供に祈願させて頂きました。私は挨拶の中で、海洋プラスチック汚染を防止することも訴えました。

  選挙区愛知治郎候補については、優勢なるも最後のお願いをしました。

 

 

2019年

7月

15日

秋田県、「中泉松司」候補

  秋田県に飛び、県選出「中泉松司」さんへの決起大会に出席しました。40歳で現役1期の若手ホープ、相手は野党統一の女性候補、非常な激戦で、7〜800人の大集会。人数が多いとこちらも気合いが入ります。後刻 菅官房長官も現れて、自民党最重点候補として必勝の構え。

 

 

 

 

2019年

7月

14日

好漢「丸山和也」、全国、駆ける。

  比例代表『丸山和也』候補の応援に大阪まで行きました。法律専門として自民党の司法制度調査会長などを歴任、国会では法務、文教、社会保障、国家制度等の政策を強力に引っ張っています。テレビ出演などで顔と名前は売れていますが、組織的支援がやや少ない、その分「人間力」でもって、過去2回の選挙を戦ってきました。自民党としては、国会にどうしても不可欠な人材です。大阪は曽根駅と豊中駅で街頭演説をしました。

  丸山さんと私とは本当に長い付き合いで、若い時、就職時代からの付き合いです。どこかで知り合い、2人は司法試験で苦労していました。中々受からない、遂には2人 (もう1人3人) で、ほぼ丸1年、閉じこもって勉強しました。お陰で3人一緒に合格して、それぞれの道を歩き始めました。私が政治の道に入り、そして追っかけ丸山君がこの道に入って来た、これが2人の経緯で、当然国会や自民党で彼こそが私の真の兄弟分ということです。

 

 

2019年

7月

14日

故郷 川崎で、「島村 大」さんを

  神奈川県選挙区「島村 大(だい)」さんの応援に川崎市の川崎駅に行きました。土曜日の夕方、夥しい人の流れ、大都会の人々、選挙にどれだけ関心があるのか。それでも皆で声の限りに「自民党」と「島村大」を叫びました。島村氏は大健闘している様子です。

  川崎は私にとって「本当の故郷」です。平成5年頃までこの場所を中心に無我夢中で選挙活動をしていました。当選1回、落選2回の決して忘れ得ない場所です。往年の人々とも多くご挨拶しました。元参議院議員「斎藤文夫」先生は91歳になられるという、いまだご健在で島村候補の後援会長を務めておられる。政治関係、また通りすがりの人々と、お互い齢はとったけれど旧交を温めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

大分県、比例代表「衛藤せいいち氏」

   全国比例「衛藤せいいち氏」の応援のため大分市に入りました。衛藤氏は大分県県議会出身。衆議院議員の平成2年初当選組で私と同期になります。同じ九州のよしみで私と付き合いは長い。鋭い政治感覚で安全保障、社会福祉、国家制度、皇室問題などで政治を引っ張る、今は安倍総理の側近中の側近。選挙の苦労も人並み以上で、衆議院4期で落選、参議院比例区に転身して今度は3期目にあたる。全国比例というのも実は大変な選挙で、衆議院にない苦労がある。
  豊後大野市での決起大会では、私も故事来歴を含めて大いに盛り上げました。

  更に大分県の大分選挙区としては、自民党「磯崎陽輔候補」が野党統一候補と、厳しい競り合いをしています。大分市内の森林組合や企業グループを回り、集票に務めました。

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

岡山県、「石井正弘候補」

   岡山県選挙区は石井正弘氏。元知事で参議院は2期目を目指します。安定した戦いを進めているようですが、決して気は抜けない。

  同県出身の山下法務大臣とともに応援に立ちました。私とほぼ同年で、「われわれベテラン勢で、山下さんのような若手に負けずに頑張ろう」と演説し、聴衆の喝采を浴びました。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

大阪府参議院選挙、「太田房江さん」

   大阪府の参議院選挙、「太田房江」候補は激戦です。他地区と異なり「維新の会」の存在が非常に大きく、定員4に2人の候補を出している。自民党太田候補も頑張っていますが、決して油断出来ません。

  太田さんと私は遠く50年近く遡る。彼女が大学を出て旧通産省に入ってきて、私(課長補佐)の部署で下に付いた。意見や主張ははっきり言う、同時に、周りへの気配りは非常に行き届いていた。ほぼ1年一緒にいた。通産省ではしっかりと職務を納め、岡山県副知事、そして大阪府知事2期 、そして参議院議員となった。今新人議員としては大活躍しており、伸びゆく大阪のために更に働かせて欲しい・・・。

  演説会場は大いに盛り上がっていました。私の京都在住の義理の兄弟も参加してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

2019年

7月

13日

「三内(さんない)丸山遺跡」

   青森県に行ったのを機に、「三内丸山遺跡」を訪れた。5000年前、縄文文化はほぼ本州全域、北海道まで広がった。中でも青森地区三内丸山遺跡は大きいものであった。原始大和民族の活力に感銘する。遺跡を立派に保存管理する青森県ほか地元の関係者には敬意を表します。私は各地、これらの遺跡を追うのが大好きです。

 

 

 

 

2019年

7月

12日

青森県遊説、『滝沢もとめ』氏を

   青森県の参議院候補「滝沢もとめ」氏の応援に盛岡市、弘前市にやって来た。滝沢氏は県議会を経て参議院1期、環境、国土分野を得意としており、地元青森のために懸命に働く、麻生派で同志でもある。

  相手は野党統一候補、なかなかの強敵だ。私は言う、決して油断してはならない。選挙は厳しいことをもって本望とすべきである、厳しければ厳しいほど、本人も陣営も努力し、身を律するものである。相手候補はいわゆる「野党の野合」と言われる。民主系も共産党も政策を述べないかわり、一旦選挙が終われば、再び野党間の闘争の修羅場になる、そんな政党にこの国を任せられるか。

  政治の安定あってこそ、初めて経済も政治も外交も社会政策も語られる。

 

2019年

7月

11日

オリンピック・メダルは100%、リサイクルで

 

  来年のオリンピック、パラリンピックの金銀銅メダルは全て、携帯電話や小型家電からのリサイクルから調達します(金銀銅それぞれ1〜2トン)。大きな国民運動が起こり、ほぼ2年かけてこの大目標が達成されました。  

  今日はその正式発表と主たる貢献者に対しオリンピック組織委員会から感謝状が贈られました。環境省も組織挙げて頑張り、私は政府の代表として祝辞を述べました。私は「この成功をひとつの実績(レジェンド)として踏まえ、むしろ今後のリサイクル運動の契機にすることが必要で、これからは『アフターメダル作戦』として、小型家電収拾リサイクル運動を展開していく」ことを宣言しました。 

  なおオリンピック組織委員会の「森喜朗会長」とは久しぶりご挨拶致しました。先生には若い頃から随分ご指導頂きましたが、ある時は2人で中国だかを訪問したこともあります。

2019年

7月

09日

SUGIZOって、誰だ?

  SUGIZOって、誰だ?

と、私は思わず聞きました。「大臣ね、大変な人気スターなんですよ」と言われて、びっくりしたものです。


  7月7日七夕の日、驚きました、「東京中野サンプラザ」は、何万席か分からないけれど観客席は超満員、怖いくらいです。ロックバンドと言うのか、エレキギターとドラム、大騒音と大狂騒で耳が痛くなるような時間が流れました。観客はほとんど立ちっ放し、拳を振り上げ、演奏者と一体です。


  一瞬静寂した後、「特別ゲストの原田 環境大臣でーす」と呼ばれたので、私は満場大拍手の中で舞台に上がりました。主役のSUGIZOさんと握手して、大観衆へのあいさつ。「私はこんな大きな舞台に立ったことは初めて。スギちゃんの人気に敬意。今日はスギちゃんの誕生日らしいが、スギちゃんは日頃 環境問題に大変頑張っている、そこで今日は感謝状を持って来たのです・・・。」万雷の拍手と歓声。かくして私は、SUGIZOさん宛て『環境大臣感謝状』を読み上げたのです。

 

  今日の七夕ライブは特別のライブでした。あの凄まじいエレキギターや舞台楽器の電源は全て「水素エネルギー」で賄われる。SUGIZO 演奏は「世界で初めて」、水素エネルギーを使っての演奏で、水素エネルギーを使った演奏は微妙に音色が違うという。私は、水素エネルギーこそ「究極の環境型エネルギー」と観衆に訴えました。

 

  会場の外では、トヨタとホンダの自動車の組み合わせで、水素エネルギーによる発電装置が懸命に動いていたところです。

 

 

 

 

2019年

7月

05日

地球が危ない! 物言わぬ動物たちの叫び!

  「藤原幸一」さん、プロの写真家です。藤原さんは、人間の活動が地球を破壊し、それが自然の動植物にどれほどの苦しみと被害を与えているかを撮っています。世界の地の果てまで出掛け、動物たちへの限りない愛情と哀しみを、粘り強く、大きな危険も乗り越えて撮り続けてきました。
  写真という偽りのない事実。物言わぬ象や猿が、観る者一人一人の身じろいを正させ、自分は今何をなすべきかを厳しく問い質すことになるのです。

2019年

7月

04日

参議院選挙、松山政司候補 出陣式

  参議院選挙が始まりました。自民党は、自信と誇りをもって、3期18年の実績と、さらなる将来性を買って「松山まさじ氏」を公認しています。3年前の反省を踏まえて、全区トップ当選という高い目標を掲げてこの戦いに臨みます。私は「福岡地区 選対本部長」の重責も担っています。

2019年

7月

04日

九州大学と環境省とのESD研究教育協力「看板掛け」

  5月19日の九州地区訪問の際、私たちは福岡市の九州大学を視察、環境、エネルギーの多くの分野について研究と教育で協力することを合意しました。とりわけ「水素エネルギー」こそ「究極の環境型エネルギー」として、わが国も率先して開発すべきであり、九州大学は国内で最も進んだ学術研究施設と高く評価しています。環境省としては大きな期待を寄せており、この度、「ESD=Education for Sustainable Development(持続可能な発展のための教育)センター」の役割をお願いしました。
  7月3日、関係者一同が九州大学の研究室に会し、私と久保千春総長がESDへの「看板掛け」のセレモニーを行いました。
  なお今回の提携への実質的指導者たる「佐々木一成教授(副学長)」は、水素エネルギー問題の専門家で、現在はヨーロッパ出張中で、セレモニーにはスカイプによる衛星同時放送で参加して頂きました。
(看板「環境省」は、恥ずかしながら、不肖、原田の作です。材質は、「東峰村」被災材を活用しました。)

2019年

7月

02日

さあ、夏が来た、「熱中症」には負けないぞ!!

  7月1日。いよいよ暑い夏がやって来ました。熱中症こそ、防がなければなりません。
  環境省と民間団体共催で、「熱中症予防強化月間」の出陣式を行いました。場所は東京渋谷駅の「ハチ公前広場」。11時、環境大臣(私)が高らかに出陣を宣言しました。同時刻、全国、多くの自治体で同じく出陣式が行われています。
  年間の熱中症患者の搬送数は交通被害者の何倍にも及ぶという(消防庁)。今年からNHKなどテレビでは、「暑さ指数」の代わりに「熱中症予防情報」として流します。今日、東京は小雨、一方九州は全域で豪雨注意報、皆で無事を祈りました。
  なお、女優の「田中美奈子」さんが飛び入りで参加、元気と勇気を与えてくれました。最後は全員で「ガンバローコール」

2019年

7月

01日

硫黄島での慰霊

  東京と小笠原に直接の空路はない。往復、硫黄島を中継する。航空自衛隊輸送機をお願いした、約2時間。
  「硫黄島」は太平洋戦争を介して最も重要な戦跡の島である。米軍と日本軍が死力を尽くした事実上最後の戦闘地である。実に2万を超える戦死者(多くは若い兵士たち)を出した。
  硫黄島の「慰霊塔」及び「戦没者顕彰碑」それぞれに心を込めて礼拝をしました。今日の日本はこの人たちの犠牲の上にあることを決して忘れてはなりません。(米兵の慰霊碑にも礼拝)

2019年

7月

01日

小笠原の人々との交流と課題

  硫黄島から小笠原までは(往復)海上自衛隊のヘリコプターにお願いした。所要80分。
  父島に着くや、実に小笠原村長、議会議長ら100人近くの人々の出迎えを受けました。首に花飾りのレイをかけられ、小さな子どももたくさんいました。夕刻には中央公民館で心のこもった歓迎会を頂いた。「一度は来たいと思っていたが、遂に夢が実現しました。素晴らしい歓迎を受けて、これからも小笠原のために全力で頑張ります。私は実は令和の発祥の太宰府の出身です・・・」と挨拶しました。
  小笠原諸島は本土から1000キロ離れている。明治時代に日本に編入されたが、戦後から昭和43年まで米国の施政下におかれた。古く漁業、捕鯨の関係で欧米人が棲みつき同化している。大小30の群島だが、有人島は「父島」1500人、「母島」500人のみで、周りは「兄島」、「弟島」、「姉島」、「妹島」、「婿島」、「姪島」など家族呼び名を冠した無人島が散在している。
  本土から直接の空路はなく、基本的に週1便だかの定期船に依存しています(片道24時間)。飛行場建設が島民年来の悲願であり、私も具に状況を聴取しました。飛行場建設に当たっては環境政策(環境影響評価)との調整が非常に大切な要素です。
  諸島全体、観光資源としての自然景観は見事なものがあり、行政全体として正しく規制が行われていると感じます。
  なお、4年前の中国漁船の小笠原地区サンゴ侵入事件においては、私も自民党員として激しく抗議活動したことを思い出しました。(現在は沈静化)

2019年

7月

01日

小笠原諸島へ環境視察

  6月29、30日に小笠原諸島への環境視察を行いました。小笠原は「国立公園」であり、また8年前には「世界自然遺産」にも登録されており、環境行政にとっても、非常に重要な地域である。本土から1000キロ以上離れた絶海の孤島ゆえ、固有の希少野生生物が生存(動物45種、植物25種)しており、一方外来生物有害種の増殖で絶滅の危機に瀕しているものも多い。環境省含め林野庁、水産庁、東京都、小笠原村など国全体で、これら生物の管理、保護、育種、外来種の駆除等を行っており、関係者の努力たるや涙ぐましいものがある。自然環境保全法の改正で「海洋保護区」の設定も目指している。
注)
・固有種 カタツムリ(陸産貝類)、オオコウモリ、アカガシラカラスバトなど
・有害種 グリーンノアール(トカゲ)、ノヤギ、ノネコ、ネズミなど

  2日間かけて、小笠原ビジターセンター、世界遺産センター、東平、海洋センター、ウェザーステーション展望台等を訪問し、担当者から日頃の取り組み、苦労話などを聴きました。

2019年

6月

27日

インドネシアとの閣僚会議

   大阪でG20サミット(首脳会議)が始まりました。それに先立ち私はインドネシアとの閣僚対話に臨みました。インドネシアの「ルフット(Luhut) 企画調整大臣」との間で環境問題を中心とする協議を行い、合意文書の共同発表をしました。廃棄物発電の技術協力、海洋プラスチック汚染に対する実施取り極め、アセアン地域での環境指導 等を内容とするものです。インドネシアは今アセアン諸国の中でも、これらの分野で特に指導的立場に立っており、またルフット氏は最有力閣僚として活躍しています。
  これら閣僚レベルの成果を元に、サミットでは首脳による国家間合意が行われます。海洋プラスチック問題取り極めは、主要議題として扱われます。

 

 

2019年

6月

27日

アメリカの高校生、来訪

  アメリカからの高校生が大勢であいさつに来ました。外務省の青少年交流事業で、テキサス州フレデリックスバーグの高校生たち。この町には太平洋戦争の歴史を刻んだWar Memorium(「戦争博物館」)があり、私も2年前には2、3の議員と一緒にここを訪問しました。そのまじめな、かつ非常に立派な展示内容に感銘を受けたものです。
  私は歓迎の言葉を伝えたうえで、日本とアメリカの戦争と平和、歴史的関わりを話し、先月のトランプ大統領の訪問で、私は数分ながら直接に挨拶、会話したこと、現在日米の絆こそが世界で最も強いことなどを説明しました。さらに、はるか昔高校生の折に、オクラホマ州(タルサ市)に留学し、その時学んだことは今でも大事にしていますと付け加えました。彼らは明日以降福岡県も訪問し、学校訪問や県庁、「令和」の発祥地 太宰府見学、ホームステイなどを行い、日本を「学習」することとなっています。
皆さんの若さには、さすがの私も圧倒されました。若さとは本当に素晴らしいものです。

2019年

6月

25日

環境省職員と共に、G20 慰労会

  環境省職員にほぼ全員呼び掛けて「G20慰労の会」を開きました。(私の)大臣室を開放して、幹部がそれぞれ酒肴を持ち寄り、200人以上の職員が楽しく集ってくれました。私も得難い機会、若い職員たちとも親しく触れ合うことが出来ました。

  2週間前の「G20環境大臣会議」は、環境省挙げての対応でした。100人を超える職員が軽井沢町に長期間滞在して、閣僚会議本番までの準備と後処理に従事しました。国際会議とは表舞台の活動ばかりでなく、多くの国々の利害を調整する、実に地味で粘り強い事務的な準備作業が伴うものです。本省に残留する職員は留守を守りつつ、派遣組と緊密な連絡体制を真夜中まで維持しなければなりません。
  かくして、かの閣僚会議は共同声明を発表して、大きな成功を収めたことになっています。新聞の一面には「海洋プラスチック汚染を国際管理」との見出しが踊るようになりました。環境省の総力戦で勝ち得たものと信じています。

2019年

6月

22日

少年相撲大会、何と誇らしい子どもたち。

  九州全域から小学生、中学生の相撲力士が集まって、300人以上が覇を競う。本当に小さい小学生から、もう大人顔負け、堂々たる体躯の中学生もいます。九州は尚武 (武道が盛ん) の地域で、私にはそれだけでも嬉しいのです。     思えば私もその頃は、相撲が大好きだった。そして強かった。学校では休み時間、本当によく相撲を取った。いくつも住む地が変わったけれど、何処でも神社奉納の相撲大会があったものです。「原田は相撲が強かった」と今でも言われるのが、実は密かな誇りす。                             今日の私のあいさつ。「『日の丸国旗』に向かって『君が代の国歌』は大きな声で歌いましょう。    皆さんは日本に生まれて、またこの九州の地で、お父さんお母さんと生活出来ることは本当に幸せなことなのです。相撲は思い切り稽古しましょう。この九州から立派な横綱が何人も出ました。そして先日の大相撲にはアメリカからトランプ大統領が来て応援下さいました。令和の時代は君たちが頑張る時代です・・・」

2019年

6月

22日

中央アジアとの環境対話。「ウラル海」の砂漠化など。

  中央アジア諸国と日本の間での環境問題対話を呼び掛けたところ、今回はキルギス、ウズベキスタン両国が来日、活発な交流がおこなわれました。凡そ中央アジアと日本は、外交的にはそれほど近いわけでないが、地政学的には非常に重要な地域であり、とりわけ環境問題での交流が重要という機運が盛り上がりました。
  会合では両国ともに非常に積極的な取り組みが報告され、また日本も複雑な環境政策を説明して、互いの立場がよく理解できました。気候変動問題、廃棄物問題など共通課題もあったが、例えば、有名な内陸湖「ウラル海」は、いわゆる砂漠化が進み今ではほぼ干上がり状態となり、その湖底にあった塩分が大気に飛散し、地域の広い一帯に深刻な環境被害を与えているという、日本では予想できない問題も報告された。
  議長取りまとめで、私は今後参加国を拡大して毎年の開催を約しながら会を閉じました。 

2019年

6月

21日

釣り具企業の訪問。古い旧友との再会。

  日本中には釣り、フィッシングの好きな人がどれほどいるのか。私の趣味にはないけれど、「釣りきち」と言われる人は、身の回りにたくさんいます。その人々の道具「釣り具」を全て賄うのが釣り具企業で、その全国団体 「日本釣用品工業会」(会長、島野容三 シマノ社長) の皆様が総出で訪問され、環境問題で意見を交わしました。釣りは言うまでもない、魚の棲む海、川と一体であり、それはまた環境政策と一体でもあるのです。
  この団体は年来環境活動に非常に熱心であり、河川や海浜の美化、清掃活動に積極的で、かつ全国展開の活動でも環境省は物心多大な協力を頂いています。

  引率は、旧友の松下和夫氏。実は彼とは本当に古い友達です。昭和49年、政府人事院のアメリカ留学の同期生、私は(旧)通産省、彼は出来たばかりの(旧)環境庁から派遣されていました。お互い気が合っていたのと、私は行ったばかりのワシントンで結婚したのですが、数少ない来賓の1人でもありました。

  彼は、環境庁職員第1期生として、環境行政の草分け的な大活躍をしました。かの「京都議定書」(COP 3、1997年) の立役者として環境省の歴史では伝説、レジェンドとなっています。そのまま京都に残り、京都大学教授、同名誉教授として常に国の環境政策、環境思想の先頭に立っています。  その松下君が今この釣り具団体の世話をしており、今回の面会を企画しました。不肖私も環境省の中におり、二人にとっての友情は、奇しくも不思議な縁で結ばれていることを感じました。

( 松下氏は、左から2人目)

2019年

6月

20日

環境対策を引っ張る企業へのアワード

  環境対策に率先して取り組み、他の模範とすべき企業を表彰しました。「米アップル社」や「セブンand Iグループ」などが代表的で、アップル社の女性副社長リサ・ジャクソン氏などは関係する全ての素材、エネルギーを「リサイクルや再生エネルギーで賄う」と宣言しています。今後環境省としてはプラスチック汚染など、さらに表彰の範囲を広げていこうと考えています。

2019年

6月

18日

嗚呼、我が師との再会と佐久美術館

  長野県は軽井沢のとなりに「佐久市」というのがある。軽井沢での閣僚会議を終えて、私は佐久市に急いだ。師として仰ぐ「神津武士(こうづ ぶし)」先生が待っておられるからである。最近といっても7、8年になる。今先生は93歳になられる、実に矍鑠(かくしゃく)と、相変わらず声はでかい。私の訪問を心から喜んで頂いた。
  話は40年くらい遡る。私は関東通産局総務課長をしていた。ある日、えらく声のでかい人、「佐久市長」という人が事務所にいきなり入って来た。いきなり入って来て、課長の私にいくつか地元の陳情を告げた。そして嵐のように去って行った。少し失礼な、しかし凄い人だとだけ強い印象を残した。初めて、政治家とはこんなものかと肝に残した。その後陳情の処理は多少手伝ったような気がする。
  数年経ち、昭和58年のある時、市長からいきなり連絡があり、是非佐久市に来てくれという。美術館が出来たという。おっとり刀で駆けつけると、なんと盛大な落成式では、この美術館は原田さんの付けてくれた通産省の補助金で完成したと一番で紹介する。事情を掴めないまま、私はただ有難い言葉として受け取ることとした。
  私は、その後選挙活動に入り、いつも悪戦苦闘の中にあった。ただ私の政治家像は常に、無意識に、ヨオッと右手を挙げて大声で事務所の中に入って来たあの瞬間の佐久市長があった。先生は程なく市長を引かれたが、何故か気が合い、以後ずっと、長野で、東京で、忘れた頃にごあいさつしている。先生は、まことに勝手ながら、私の政治の師なのだ。
  今日も、私の大臣の様子をテレビで見て、周りのものに自慢しているよ、と相変わらず大きく笑われる。私はただ面が赫らむばかりだ。先生のご長寿と更なるご指導を祈るばかりだ。

  その美術館、『佐久市立近代美術館』は横山大観、平山郁夫などを収蔵する。今もなお、営々と地元の皆様に大事にされているという。

2019年

6月

17日

「20カ国 環境エネルギー閣僚会議」(G20) 成功裡に終わる

  G20 長野県軽井沢 での会議が終わりました。環境と経済の好循環、技術開発とイノベーション、海洋プラスチックの管理の国際行動計画、気候変動への対応 (adaptation)、生物多様性協定など多くの論点について議論を進め、いずれも合意出来たことは大変良いことで、また私は議長役を無事果たせたことに安堵しています。エネルギー部門との合同作業で、世耕経産大臣らとの協力関係もうまくいきました。
  新聞、テレビなどメディアも幅広く取り上げて、環境とエネルギー問題への国民の認識も大いに広がったと思われます。

2019年

6月

16日

G20 全体会議

  1日目、会議も順調に進んでおり、環境・エネルギー全体会議、分科会、合間には米国、EU、イタリア、中国などとの個別対話を精力的にこなしています。全ての閣僚で記念写真を、私もその真ん中で映ることとなりました (世耕経産大臣とともに)。明日の会議終了までになんとか良い結論が発表できればよいと思っています。

2019年

6月

15日

G20

2019年

6月

15日

G20 閣僚会議始まる、前日行事 超多忙。

  G20がいよいよ始まりました。環境省総出で長野県軽井沢に乗りこみました。
まず、軽井沢町と実行委員会主催の「令和記念茶会」。水素エネルギーで茶湯を沸かすという「世界初めての大茶会」と触れこみました。町長が大伴旅人役、奈良時代の古典装束も出揃い、多くの外国閣僚も出席された華やかなものです。(大伴旅人に由来する)太宰府市と富山県高岡市が協賛しました。
  続いて、環境関係物産展示会で日本各地からの環境案件の発表の場、大会場狭しと展示されています。私は米国代表、ウィーラー環境省長官を案内して超速足で全体を回りました。

  続いて、長野県知事らによる「環境対策に向けての『長野宣言』」を受ける取る手交式。続いて、米国(ウィーラー長官)及びEU(カニューテ担当大臣)との二国間対話。これこそが今次の最も実質的な仕事です。20分づつの対話でしたが、これらの国々を議長国として纏めていくのは中々容易でない、というのが率直な感触で覚悟して臨まなけれならないと決意しました。日本人記者会見でも厳しい現状を率直に報告したところ。

  県知事、町長主催の晩餐会。大掛かりなもので、私は冒頭のあいさつで、率直に厳しい会議となるが全体としてしっかりとまとまろうと訴えました。

2019年

6月

13日

来訪者たち (4)

  北海道 弟子屈(てしかが)町 町長、徳永哲雄氏。今年8月には本町で『美しい星空を見る全国大会』があるということで、そのご招待案内に来られました。大自然が残る国立公園内での、真夏の星空はどんなに美しいことでしょう。環境省の主催でもあり、皇室も来られるという、私は当然、万難を排して参加したいとお願いしました。
  町長はもとより活力溢れる人で、過疎の町を活性化するために懸命に頑張っておられます。なお私も道産子の1人、小学校の4年間、北海道(沼田町)に住んでいたという話題で、場は大いに盛り上がりました。

2019年

6月

13日

来訪者たち (3)

  公明党 環境対策議員団 (団長 江田康幸議員)。議員団にはプラスチック対策、気候変動対策など環境政策への積極的提言をたくさん頂いた。併せて、今週末に迫ったG20環境大臣会議への心強い応援を頂いた。公明党とは国会審議の内外を問わず、こまめにわが党と連携しており、これが連立与党の強みで日本の政治の安定、政権の活力に寄与しているものといわれます。

2019年

6月

13日

来訪者たち (2)

  長野県「軽井沢町長」藤巻 進氏。いよいよ今週末にはG20環境大臣会議が長野県軽井沢でおこなわれます。その会場となる軽井沢には、受け入れ地としての様々の負担をお願いしています。30数人の世界の閣僚、数千人の人々、厳しい警備が待ち受けます。
  軽井沢町長が忙しい中来訪下さり、お互い準備の状況など最終の意見交換しました。軽井沢は国内外で有名な都市ですから、そこでの会議成果や各国の動静は情報として特に強く発進されます。次第に精神的な緊張感が増してきます。

2019年

6月

13日

来訪者たち (1)

  太宰府市、筑紫野市、大野城市と那珂川市の4市議会の議長たち。全国市議会議長会への出席で上京しました。私の地元活動では最も世話になっている人々です。地元を離れて東京で会えるのもまた格別です。

2019年

6月

12日

大臣表彰式典にて

  全国各地で長い期間、環境保全に尽くした人々を表彰し感謝する、年1回の大臣表彰式が行われました。決して派手でない、ただ黙々と地域の活動を続けられた、本当に尊いことであって、私たちからは感謝の気持しかありません。
  表彰式の後、懇親会も行われました。殆どの人と個別に握手し挨拶し、名刺を交わし、記念写真を撮りました。ある人から、「大臣、今回ほど心に沁みた言葉を頂いたことはありません。」と耳打ちされたには、私こそが癒やされた思いでした。

2019年

6月

12日

楠田太宰府市長、安倍総理との会見

  太宰府市長 楠田大蔵氏が上京し、官邸で安倍総理、菅官房長官との会見がありました。太宰府は、元号「令和」の発祥の地、そこで万葉の歌が詠まれたという坂本八幡宮を抱えた市として一層有名になりましたが、そのことを含めて楠田市長は総理と官房長官にお礼とその後の経過説明をされました。
  「令和」が始まりひと月余、早くも私たちの生活にすっかり溶け込んできました、如何に日本人が元号という文化に馴染んでいるか、誇りにさえ感じます。

2019年

6月

12日

閣僚会議、「環境問題長期戦略」決定

  閣議後には、その時々の政策テーマの政府案決議が行われます。閣議室から隣接する会議室に移ってのやや重々しい会議で、安倍総理自身か、菅官房長官が主宰されます。今日は環境問題が議題で私が実質説明して、内容が決定。これを基本に、私たちは今週のG20環境エネルギー大臣会議(長野県軽井沢)に臨みます。

2019年

6月

12日

参議院決算委員会にて

  参議院決算委員会で答弁しました。決算委員会は、参議院の中でも特に権威のある委員会として、政府側も全閣僚が張り付き、より慎重に取り組むこととなっています。NHKも全放映。

  (なお委員が発言の最中に、私は自席で風邪の咳が止まらず、周りの閣僚に迷惑を掛けました。日頃の不節制を大いに反省しています。ここだけの話。)

2019年

6月

10日

東北「みちのくトレイル」全線開通式

  全長1000キロメートル、福島、宮城、岩手、青森の4県、その28市町村を結ぶ、三陸沖縦断する『みちのく潮風トレイル(自然遊歩道)』が開通しその記念式典が行われました。環境省の主導で行われ、東北の復興とその後の地方再生など諸々の意義を込めた大企画で、今後この場所を拠点に大きな効果を発揮するものと期待します。
  2011年3月の東日本大震災、とりわけ未曽有の津波被害を受けたこの地域の人々は長い間の苦難に耐えながらも、黙々と復活の日に備えて努力をしています。国を挙げて、地域の復活を応援しなければなりません。
  式典は感動的なものであり、環境大臣の私は全ての自治体の長と共に、しっかり手を繋ぎあい、「頑張ろう!」の雄叫びを連呼したものです。

  式典に先立ち、仙台市隣接の名取市閖上(ゆりあげ)地区では津波被害者約1000人の眠る慰霊碑に献花し、日和(ひより)山の社では鎮魂の祈りを捧げました。

2019年

6月

08日

地元の洪水対策、堅実に進む

  筑紫野市 二日市地区の高尾川水域はほぼ毎年、多少の雨でも床上浸水に襲われます。政治、行政にとっての長い間の懸案でした。平成26年8月の大洪水では大被害が起こり、遂に市、県、国が本格的に動き出しました。翌年から特別緊急対策として「地下河川シールド方式」という最も珍しい工法を採用しての工事が始まりました。
もう数年かかりますが、竣工の暁には地域一帯がいかに安堵するか、近代技術の成果こそ世に問われることになります。私もこの大事業の一端に関われたことを誇りに感じています。