2020年

10月

29日

来客絶えず

  国会の事務所は相変わらず来客が絶えません。地元福岡ではいずれも大いにお世話になっている人ばかりで、彼らが東京に来た時はしっかりとお世話するのが礼儀というものです。これから暮れにかけて国の予算編成の時期、私たちにとっても勝負どきです。
  1、筑後川河川防災事業  林朝倉市長ら
  2、両筑土地改良事業  松岡理事長ら
  3、福岡県弁護士会  市丸福岡県弁護士会元会長ら

2020年

10月

28日

安倍前総理との昼食会

  自民党の中の議員集会「日本の尊厳と国益を護る会」(参議院議員青山繁晴氏主宰)が昼食会を開き、安倍前総理をゲストに呼んだ。総理辞任から1月余、ご大役を引かれて顔色などはずっと良くなられた。在任中は公式の挨拶が殆どでしたが、今や拉致問題など外交、内政、内話も多く、総理ともなればさすがに届く情報も半端でなかった。
  自由発言もあったので、私は菅義偉首相の国会演説を取り上げてデジタル庁のほか環境問題に触れた。経済と環境の両立、環境技術イノベーション、2050年までに温室効果ガス排出ゼロ、など菅氏は具体的政策を明確に立てたが、これは安倍内閣をより目標化したもので、安倍氏はこれからでもしっかり関与サポートすべきと促した。
  最後はツーショットでお開き、激励も頂いた。

2020年

10月

27日

九州の治水期成大会

  国会が始まると東京での政治活動が激しくなる。九州では今年も豪雨災害が頻発しており、毎年の河川治水対策には国(国土交通省)の関与が必要です。今日の治水期成大会では出席の市町村長から夏の球磨川氾濫を中心に九州の災害実態や対策の必要性が訴えられた。
  国交省の鳩山二郎政務官が冒頭に力強い演説をしたので、私はそのことをしっかりフォローして、今後の施策の強化を訴えました。

2020年

10月

27日

国政報告会

  太宰府市、大野城市での国政報告会を終えた。中央から衛藤征士郎先生、猪口邦子先生を迎えて歯切れのいい、力強い応援演説を頂いた。
コロナ後においては予測できない社会が現れる、その時こそ政治家としての「知恵と経験と勇気」が必要である、とても経験の無い新人などでは覚束ない••• お二人の応援演説は私の実績と今後への期待に集中した。確かに自分が歩いてきた議員25年、政治歴35年以上の歴史はこれらなくしてあり得なかった。地元情勢が次第に複雑になってきているが、私に掛ける期待は大きい、お陰で私は毎日を坦々と過ごしている。

2020年

10月

25日

自民党県連、麻生太郎氏セミナー

  1. 「自民党県連セミナー」3月に予定されたものが今日行われた。選挙に向けての決意が訴えられた。党本部から鈴木俊一前総務会長の講演が続いた。
  2. 「麻生太郎氏セミナー」 麻生財務大臣の政治経済セミナー。2000人以上でさすがに立派なもので、講演も「麻生節」が冴え大いに勉強になった。幕間に私の紹介もあり、緊張してお辞儀しました。

2020年

10月

23日

「尖閣諸島」を再確認する

  「尖閣諸島」は、二議なく日本の固有の領土である。が現実には中国が侵犯などの難癖をつけているので、日本としても工夫が必要である。自民党有志で、国が尖閣周辺の上陸も含めた調査や開発を積極的に進めることで次国会向けの提出法案を作った。その面々で自民党「下村博文政調会長」に説明、根回しに行った。
  領土問題では「実行支配」ということばがある。自国の領土をどう使おうと自由なはずであるが、日本はその消極性から周辺諸国の思惑を気にして必要なことをやらない。公務員を常駐させる、灯台を作る、一般人を居住させるなど、当たり前のことをやらないから妙な紛争を招く、中国を今日まで増長させてきた。私は、専ら日本の側の怠慢と責任であると主張する。今回この悪弊から一歩脱皮するためにこの調査・開発を具体化することとした。
  もとより下村氏も趣旨の推進役で、国会提出の党内準備はほぼ済んだことになる。下村氏からは激励と応援を受けた。

2020年

10月

23日

「日田彦山線」の将来

  3年半前の福岡県朝倉地区豪雨でわが東峰村が大災害を受け、生活幹線のJR日田彦山線が大破した。復旧復興目指して地元の調整が続いており、このほど県主導の基本計画もまとまってきた。(被災距離 添田ー日田市 29・2キロ 添田ー東峰村 14・1キロ。今後バスやBRT方式で復旧する予定)
  私は現にこの東峰村に足場を置いており、また一方で被災相手方の添田町では小学校、中学校に通った、いわばこの「日田彦山線」は私にとって人生を貫く重要路線である。災害後、JR九州とも事情聴取し地元、県庁とも折り折りに協議してきた。ここまできた長い間のご苦労に対し、関係者各位に心から敬意と感謝を捧げたい。
  そしてこれからこそが国の役割を含む本格的仕事が始まるという意味で、私も一層に頑張らなければならない。

2020年

10月

19日

地元、国政報告会

  今の時期、徹底した地元の選挙対策が必要です。私も今年はことのほか真剣に取り組んでおります。今日は春日市、那珂川市に分けて2カ所で地域集会、岩屋毅前防衛大臣に特別講演をお願いしました。岩屋氏と私は当選同期(平成2年)で、同じ派閥、とりわけ仲が良い。閣僚も同じ時期に務めました。岩屋氏はわかりやすい言葉で日本の防衛政策現状と課題を解説し、合わせて私の応援には真心を込めてくれました。
  この地元活動は来週もそれ以降も続けます。選挙の年には活動の質、量とも当然に増えますが、今年はコロナ禍の下、会合呼び掛け、運営についても様々な工夫が必要です。多くの皆さんの応援には感謝の気持ちで一杯です。

2020年

10月

18日

太宰府、古代遺跡の発見進む

  太宰府を含む福岡県では古代遺跡の開発が根気よく続けられています。各地に古代遺跡が点在し、そこに住む人々に古代のロマンと誇りを身近に与えています。
  太宰府には奈良後期から京都(みやこ、朝廷)の地方局(「政庁」)が置かれて西の守りに備えました。「蔵司(くらのつかさ、くらつかさ)」とは政庁の財務、税務事務所で、この名は今では地元の住所にも使われています。多くの謎を秘めていたが、近時、遺跡の開発が続き歴史の解明も進んできました。
  今日は調査機関の地元説明会に参加して古代先祖たちの生活の一端を垣間見ることが出来ました。私はこれら歴史情報には大方参加していますが、これは居ながらにして、古都に住むものの特権です。

2020年

10月

17日

福島原子力、汚染処理水遂に海洋投棄決定へ

  福島県の東京電力第1原子力発電所事故から9年半、未だ多くの問題が残されている。私は環境大臣を辞任する直前の記者会見(令和元年9月10日)で汚染処理水を溜めた膨大なタンク量に対しては、「結局海洋投棄するしかない、安全性は確保される、但し風評被害は国が担保する」旨の発言を行った。一時大騒ぎになり、私も激しい非難を浴びたのだが、その後政府内での慎重かつ総合的な検討の上、遂に海洋投棄を軸に結論出すとの方針が決定された。今朝は殆どの朝刊がその旨を書く、朝早くには親しい新聞記者から「遂に先生の言われた通りになりましたね」と電話もくれた。
  私が誇るべきものは何もない。ただ在任中密かに調査分析を進め、結果を大臣見解として発表した、その内容が、1年後の今、政府の最終案として決定されようとしている。
  原子力は、言うまでもない、その運転管理の安全性について、また政治的社会的な側面から解決すべき課題は甚だ多いが、しかし一方でエネルギー政策上の重要性が減ずるわけではない。今回の処理水の処理などひとつひとつの解決を現実に積み上げることで、結局は「原子力エネルギー」という遠大な国家目標の実現に近づくことになる。私の行動が何ら役割を果たしたというなら、それは政治家として望外の成果と言わなければならない。

2020年

10月

13日

急げ地球温暖化対策、待ったなし

  昨年も全国、災害で苦しんだ。丁度1年前、台風19号で関東圏中心に大変な被害が発生した。人命も20人以上失われた。「400年に1度」といわれたが、このままの地球温暖化が続けば、同規模の台風は「25年に1度」発生するという(京都大学研究チーム、読売新聞)。
海水が1度上がれば、水蒸気が余計蒸発して雲の量は7〜12%増える。その分雨量が増えて、豪雨となる。今年の梅雨時には、インド洋が特に温暖化し、結果偏西風に乗って中国、朝鮮、日本に異常な豪雨をもたらした。
  なお国連の最高の環境方針は「今世紀(21世紀)末の地球平均気温を18世紀の産業革命以前の平均気温の1〜2度以内に抑える(300年間で)」となっているが、今のままでは4度も難しいかという。
アメリカ大統領選挙で、あの環境少女グレタ・トューンベリちゃんが、トランプ氏でなくバイデン氏を応援すると発表した。トランプ氏のアメリカが、あの「パリ温暖化対策協定」を脱退したからという。
私は、いつも心の中は、「環境大臣」のままです。

2020年

10月

11日

私は何故、闘うのか。

  今私は、いま経験したこともない困難に直面している。近づく選挙において、私は野党と戦う前に与党内での新人との調整に手間取っている。この新人は県議会出身で県議会議員同志の絆は強い、結果県議会グループは同氏を全会一致で応援を決めた。さらに地元地域支部の意見集約でも大方がこれら県会議員の強い影響下にあるため、新人が有利に選ばれる可能性はある。
  一方で正式な党公認手続きは専ら党本部の決定にかかっている。私は3年前に党本部から「選挙区支部長」に任命されて公認予定者として活動しており、実際の公認の決定においては何らの条件を付けずに直接に党本部に申請するものとなっている。議論があれば当然そこで主張はする。
  私は平成2年2月に初当選して以来、都合30年間、当選8期24年間を自民党の所属として活動してきた。栄えある自民党議員として真面目に活動してきた。地元においては常に県連組織と協力し合って行動してきた。国会においても議会と自民党で多くの役職をこなしたし、政府にも入り、政務次官、副大臣、また環境大臣、国務大臣として務めた。与えられた職務は常に懸命に果たしたし、出した成果や業績にはそれなりの自負を感じている。問題を起こしたり、非難を受けて党に迷惑を掛けたことはない。
  今回新人は出馬の動機として「世代交代」を言う。仮にそれが「歳とったものは辞めろ、年寄りは去れ、無条件に」という意味なら、私は敢然と闘わなければならない。ただ「世代交代」だけで辞めろというのは聞いたことがない、日本のどの社会でも老壮青がバランスよく機能することで初めてそこに安定と発展があるからである。必要な処では「定年制度」も明示されている。
  私は、まず政治家として何をすべきで、何が出来るかを訴えたいと思う。意味も理由もなく辞めろという言葉には敢然と闘うし、それは個人の問題でなく、およそ世の高齢者、シルバー世代の人々のためにも正しく闘わなければならない。
  一方、高齢者の側で常に注意すべきことは、世の動きやスピードに決して遅れてはいけない、常に先に行くという気概がなければならない。そして自分の心身の衰えには厳しく当たり、身を処する勇気と決断力も持たなければならない。
  私には政治家としてやるべきことが余りにたくさんある。今年の新型コロナウィルス事態は全ての国民、全ての政治家に対して全く新しい経験でかつ全く新しい思考を求めることとなった。旧来の経験値や成功体験は最早意味をなさない、むしろその経験値や成功体験を突き抜けたところに次世代が見えてくる。デジタルやAIがその象徴ともいえるが、全く新しい発想こそが必要であって、そこに若い世代の役割があり、また古い世代との協働と競争こそが社会や企業を活性化させる。それが新しい時代への発展と安定に繋がる。ポスト・コロナでは国際社会も科学技術水準も大きく変わり、昭和、平成での諸条件は最早通じないということは覚悟しておかなければならない。
  私が目指すところについては要点を別紙にまとめている。これから国が目指すところ、目指さなければならないことを書いた。ローカル(地域的)なもの、政治的なものもあるが、殆どは全て公的なものである。日本として、日本人として、また政治家としてこれからやり遂げなければならない政策を書き出した。これらは全て自分が議員でなければできない政策であって、現職だからこそ出来る。元議員や評論家の立場では決して実現出来ない。政策の実現こそが政治家の使命であるとすれば、それを実現するには選挙に拘(こだわ)り、それに勝つことしか残されていない。その道が如何に険しくとも、政治家たるもの常に勝たなけれならないのだ。
  私は何故、闘うのか、その答えはそこにしかない。

2020年

10月

07日

戦争の思い出と哀しみと

  地元(大野城市)の「心のふるさと館」にて太平洋戦争の思い出が展示されていた。75年以上経ってもなお、あの戦争が日本人にとって如何に重いものであったか、改めて認識させる。多くの戦争遺跡、庶民生活が展示される。同地域は戦後長い間、米空軍の接収で「板付基地」ともなった。
  胸を打つものもあった。「井出貞一」さんは当地からビルマに出征した。戦後復員した。戦地での辛酸の全てとほと走る感情を、持てる文章力とデッサンで、ありのままを伝えて、亡くなった。井出さんの命懸けの作品を今こそ大野城市民の誇りある「文化遺産」として後世に遺せないか、と皆様に提案したく思う。あたかも産炭地の田川市に炭鉱画家「山本作兵衛」の石炭博物館があるように。

2020年

10月

07日

ここまでやるか、美容室でも

  「倫理法人会」という倫理社会組織が全国にあり、私も地元でその早朝(6時〜7時)集会には時々出席しています。在籍はもう長いだけ、20年以上になります。様々な分野の人と会え、自分の人生形成にも大きな影響があったと思います。
  今日の地元研修会、講師は「金沢俊一氏」、福岡市で美容室BIG ROADをいくつか経営しています。中小企業の経営の苦労を説いたあとそれを独自の工夫で乗り越えている。いきなりひまわりのお面を顔につけびっくりさせる、子供連れの若い女性客を勧誘するのに役立つという、社員の発案をどんどん取り入れる・・・新型コロナには辛酸をなめている、しかし乗り切るしかないじゃないか。金沢氏の声はあくまでも明るく力強い。

2020年

10月

06日

候補者調整は、あくまで「公正公平」に

  衆議院選挙の公認問題で、自民党県連(支部連合会)では大詰めの議論が行われています。今は小選挙区にある7地域支部内の意見集約が行われています。その結果はこれからの公認議論にひとつの参考資料ともなる、大事なものだ。
  10月5日、福岡市の県連本部にて原田義昭後援会連合会会長代行「伊藤善佐」氏は、県連会長「原口剣生」氏と面会し、後援会総意の陳情書を提出した。私も同席した。原田義昭と新人氏との候補調整に当たっては、あくまでも「公正公平」原則に沿われることを押念したこと。県連の議員集団「県議団」はすでに全会一致で新人氏を統一候補として決定した。また現在の7地域支部のうち5支部長は県議会出身であることから、その議論手続きにおいて公正公平性が保たれるかついて些かでも疑念が生じないよう、敢えて原田側の希望を申し入れたもの。原口県連会長は真摯に面会に応じ、手続きは当然に公正公平の原則に沿って進める、と明言された。事後、大勢の記者団に対して記者会見を行った。
  県連はこれらの手続きを経て、選挙告示の前に県連としての候補を正式に党本部に挙げる。一方私は「小選挙区支部長」の立場で公認申請を党本部に挙げることとなっており、結果党本部において最後の調整が行われる。その際「現職優先」の原則は維持しつつも地元事情も勘案される。議員としての実績や評価、地元での活動、党への協力貢献具合、当選への見込みなど、かつ党中央での派閥や個人の政治力も影響する。
毎度の選挙においてその都度の問題が発生する。私もそれらと苦闘しながら11回の選挙を越えてきた (8勝3敗)。今回の案件も未だ経験にない大困難であるが、真剣に、かつ、総力戦で取り組めば必ずや解決出来ると信じています。
  『天は乗り越えられない困難を決して人に与えない』、そうであります。

2020年

10月

05日

国道「3号線バイパス交差点の立体化」を打ち上げる

  太宰府は日本有数の古代都市である。政庁跡や天満宮、観世音寺、水城堤防など、内外の旅行者、インバウンドの来訪は年間700万人を超える。そのための交通渋滞は酷いもので、これを抜本解決するための道路網の整備、改善は昔からの政治的懸案でもある。
  この度私は具体的構想として「3号線バイパスの高雄、君畑交差点を立体化」とする壮大なプロジェクトを構想しました。「3号線(バイパス)」は九州を北から南に縦断する国道で、福岡全県にとっても最重要な基幹線。また、私は自身もその地元現場は頻繁に使っており、渋滞の抜本解決の必要性は誰より実感しています。地元の事務所スタッフが1年近く掛けて、国土交通省(地方整備局)、国道事務所と基礎調査を進めてきた。実際の推進計画と社会的影響については今後大変な検討が必要であるし、予想される必要経費も数百億円など想像を超えるものがあろうが、しかし遠い将来の太宰府、福岡県のためには誰かが立ち上がらなければならない。実現に向けて地域挙げてのエネルギーが、何より不可欠である。

2020年

10月

04日

トランプ大統領、コロナに感染

  トランプ大統領、コロナに感染
アメリカ大統領選挙の真っ最中、トランプ氏がコロナ病に感染したとのニュースが。トランプ氏はその特異な政治行動でいつも世の注目を集めるが、今回のコロナ騒動は些か皮肉な話で、選挙そのものでも決してプラスにはなるまい。
  今年の年初中国から発生した新型コロナは、各国で扱いが異なった。死者も多く出始めており、本来最高の危機意識で対応すべきであった。わが国も大混乱したし、内外、批判も受けた、しかし私は安倍政権はそれなりによくやったと思っている。
  アメリカは、国が大き過ぎたか、取り分け混乱していた。さらにトランプ大統領自身が、敢えてこの病気をさほど深刻に考えておらず、マスク着用、「三密生活」などを軽んじた。先駆けて経済活動を始め、予防規制緩和なども急いだ。結果アメリカの感染は世界一を突っ走った。アメリカ政府、トランプ大統領のコロナ対策は、「失敗」の部類に入ると思う。(世界全体は感染者3300万人、死者100万人、最多の米国は、感染者720万、死者20万、日本は感染者8万5000、死者1600 (9月末現在)。
  その彼が自ら感染したとなれば、皮肉なことと言える、「自業自得」という批判も免れまい。逆にマスク着用とか感染防止の対策の重要性を改めて世界中に訴えた、文字通り身をもって実証して見せた。日本の感染状況は一応収束に向かっていると言われるが、このトランプ案件は、「気を緩めてはならない」という貴重な教訓とも受け取るべきであろうか。
  とにかく人騒がせな人である。

2020年

10月

02日

中国の民族弾圧に抗議する

  地球上で多くの民族が中国から激しい弾圧を受け、民族浄化(滅ぼす)の瀬戸際にある。10月1日、中国の「国慶節」(建国記念日)を機に日本にいる被弾圧民族が、国会議員会館に一堂に集まり共同して抗議集会を開いた。チベット、ウイグル、香港、カンボジア・・・民族の数も10を超え、内モンゴルなどは独自の言語も滅びようとしている。この組織は海外20数カ国での抗議運動と連帯意識のもと活動しており、私が国会議員の世話人を務めた。
  各民族代表の血を吐く訴えは、過去も現在も戦慄を覚える凄惨さで、平和と民主主義で育った日本人など理解出来ないほどの現実にある。国会議員も中谷元防衛大臣を含み超党派で10数人が出席して檄を飛ばした。
  私は開会の挨拶で、「世界に広がる中国の民族弾圧は決して許してはいけない。「世界人権宣言」(1948年)の原点に戻ろう。習近平氏の国賓来日には絶対反対で、さもなくば日本も人権侵害、民族弾圧に加担していると思われる。SDG’s こそ現代の「世界人権宣言」であって、今地球上に77億人の人が住んでいる、2030年までにその1人も漏らすことなく、人権や環境を確保することになる、「内政問題」では決してない、日本国民も国会も結束することが大切・・・」と演説した。
    <出席者のコメント>
     悪いのは中国でも中国人でもない、一党独裁の共産党組織である。
     「中華人民共和国」は「人民」でもなければ「共和国」でもない。

2020年

9月

29日

英語教育に勤しむ「リンデン・ホール中高部」

  地元「都築(つづき)学園」の「リンデン・ホール(Linden Hall )小中高学校」を訪問し、先進的な英語教育の現状を見学しました。小中高校でも国語以外の教科は基本的に英語を使って教えています。外国人のみならず日本人教師も英語で授業します。
  中学校の英語授業、高校の「生徒会長選挙演説会」(オンライン)の2クラスを参観し、また私も生徒たちとしばらく会話しました。どの子もすでに「話す英語」で文章、文法、発音がほぼ出来上がっているようで、これなら将来社会人としても十分にやっていけると思わせました。
  私は自民党本部の命を受け、昨年から年初にかけて半年間、わが国の英語教育と大学の英語入試について文部科学省と一緒に集中的検討(現場見学も含め)をした経緯がありますが、福岡県の地元に英語教育を実践するリンデン・ホール学校があることを誇りに思います。
  都築学園は全国にネットワークを持ち、経済、薬学、外国語などの専門教育も進めています。
 ≪写真は出迎えを受けて 都築学園 「都築明寿香」学園理事長(右から2人目)らと≫

2020年

9月

28日

西村コロナ担当大臣、「朝倉地区 国政報告会」(その2)

  「西村康稔(やすとし)経済再生担当大臣(新型コロナ担当)」が、私の「朝倉地区 国政報告会」に出席、最新のコロナ事情を丁寧に説明してくれた。マスクをつけること、手洗いの重要性を強調された。政府内での本当のご苦労が偲ばれた。
  私は、西村氏の力強い応援演説に勇気を得て、思う存分コロナ後の事態と自分のやるべきことを訴えました。多くの来会者、YouTube での発信と、私の選挙活動も着々と高度化しています。

2020年

9月

28日

麻生副総理から応援演説をもらったこと

  福岡市ホテル、「大家敏志参議院議員」の政経フォーラム。麻生太郎副総理、小泉進次郎環境大臣と豪華な来賓で、1000人超の満席。県内政治関係者も大半出席か。
  大家氏は麻生派中堅議員で、参議院の成長株といわれる。私とも兄弟分になる。
  歯切れ良い小泉環境大臣、続いて麻生副総理、内外の政治経済を幅広く論じられた。
  次いでいきなり私の選挙区(福岡5区)のことを取り上げて、(概略)「原田という現職がおり、非常にしっかりやっている、党本部の公認方針は現職優先であってこの慣例は基本的に変わらない、現職優先方式は地方選挙でも一緒である、地元での混乱は余り良いことではない・・・」、合わせて(新人のことを念頭に置いてか)、「岸田派から出るといわれるが岸田文雄氏に問い合わせたら、全く知らないとの返事であった。」という内部情報もオープンにされた。
  戸惑う私をいきなり上がれと指示されるので、私は登壇を果たした。然らば私も折角の機会であって、麻生氏の立つ横で、ほんの3、4分、これからの決意をしっかりと述べた。麻生氏への感謝のことばも忘れなかった。
  散会後、私を囲む記者団は20人以上に上った。麻生氏のいきなりの選挙発言には私も驚いたこと、自分は今まで通りコツコツと準備を進めていくこと、などを率直に応答した。
  麻生氏のいきなりの発言には率直、非常に驚いた。分裂選挙かといわれる状況で、私には有難い発言であるが、目前の選挙への私の活動には何ら変わるものはない。自らの信念と政策を有権者に黙々と訴えていき、ひたすら皆様のご理解を頂くだけである。本番は投票日である。

2020年

9月

28日

西村コロナ担当大臣、太宰府天満宮、「令和」宮、訪問

 「西村康稔(やすとし)経済再生担当大臣(新型コロナ担当)」が、私の応援のために福岡県入りをされた。西村氏は政府のコロナ担当としてテレビに顔の出ない日がない忙しさであるが、私とは旧通産省の先輩後輩として、また国会でも特に仲の良い友人にあり、今回訪問は私の依頼を快く受けてくれたもの。
  まず太宰府にて西村氏を「太宰府天満宮」に案内した。宮司、先代宮司らに丁重な応接を受けて、昇殿しての正式参拝に臨んだ。福岡県は「太宰府政庁、天満宮」こそが発祥の原点という歴史的素地にあり、「県花」(県のシンボル)も天満宮の梅の花からきています。30年以上、毎年2月には、時の総理大臣を官邸に訪ね、ここの梅の花を献上することとしています。
  次いで同市、元号「令和」の原点となった「坂本八幡宮」を訪れた。この庭で万葉集の歌会が行われたという小さなお宮、今では全国的な名勝地になっています。正式参拝、多くの方々ともあいさつを交わしました。

2020年

9月

27日

菅首相、習近平氏と電話会談、「国賓」話題に出ず

  菅首相が意欲的に各国首脳への就任あいさつを、オンラインにて進めている。トランプ大統領にも、また国連総会にも演説を送った。いよいよ菅氏の本格的外交デビューと報道される。
  中国の習近平国家主席とも会談したが、一般的事項に終始し、いわゆる習近平氏「国賓問題」は出なかった。日本人にはつい「お出で下さい」と軽口を叩く癖があるから、私は内心大変懸念していたのだが、菅首相も頑張ってくれた。菅首相も中国側には尖閣侵入、人権侵害など配慮すべき事項が沢山あることは理解している

2020年

9月

27日

麻生太郎副総理、財務大臣に意見陳述

  政府内では来年(令和3年)度の予算編成が進められています。私は麻生財務大臣に会い、国の経済、財政、コロナ対策、合わせて地元の災害対策などについて陳情、意見申し入れを行いました。難しい中、出来るだけの事をやるとの返事が返ってきました。

2020年

9月

24日

選挙区に新人が出馬

  衆議院選挙が着々と近づいています。この度保守系の新人が1人、次の選挙に出ると発表した。このことは私の中では織り込み済みで、そのための準備は当然に進めています。打てる手は全て打っており、必勝の決意、平常心を忘れずこれからの日常にしっかりと取り組んでいきます。
  新人はひたすら「世代交代」を言う、どうも「原田氏は歳をとった、そろそろ辞めたらどうか」ということらしい。私は今もってこの健康体で働けることに対しては、生み育ててくれた亡父母と、全ての人々に心から感謝しており、その与えられた生涯を国家社会のために尽くすことこそ、私に与えられた天命(mission)であります。国会議員として多くの仕事をなし、大臣まで経験し、その知見と蓄積と凄まじいほどの人脈でこそこれからの国家社会建設に奉仕すべきであって、年齢をもって、他所から辞めろと言われる筋合いは全くない。トランプ氏、バイデン氏など78歳で大統領選挙に臨もうとしている人もいるのだ。
  私には多くの仕事が残されている。コロナ後という全く未経験の時代を日本はどう拓いていくのか。日本には少子高齢化、人口減少、食料問題、経済競争力、ディジタル問題、エネルギー政策、対中国問題など余りに多くの構造的な問題が残っており、これらを立て直すに他に誰がやるというのだ。
  選挙において自民党は「公認候補」を決める。私は現在党本部より衆議院「福岡五区支部長」に任命されており、選挙では「公認候補」となる予定です。私はそれに甘んずることなく、まずは国家国民のため、さらに地元福岡県、地元の皆様のため、結果として自民党政治の推進のために粉骨砕身の努力をする覚悟であります。
  どうぞ今後とも引き続きのご支援とご叱正、何より近づく選挙においての徹底した応援を心からお願い致します。

2020年

9月

21日

森林組合に大臣感謝状

  地元の「朝倉森林組合」に立ち寄ったところ、機関紙に私の授与した感謝状が載っていました。大臣在任中、表彰状や感謝状を出すことも重要な仕事で、心を込めて署名しました。多くの人々がそれで励ましを受けるとならば、出した側も改めて責任と誇りを感じます。当組合は優秀組合のひとつです。

2020年

9月

20日

安倍前首相の靖国参拝

  菅内閣が誕生した。安倍内閣の残した政治、経済全て、実績と(これからの)歴史的評価は間違いなく大きいものとなる。そして安倍氏の政治家個人としての役割も、実は大きかった。
  安倍前首相が改めて靖国神社に参拝、退任の報告をされたと報道があった。思えば「靖国問題」は日本にとって「宿痾」(しゅくあ=不治の病)ともいえる、結局すきっとした結論が出ない、どっちにしても問題は残る、ただ安倍内閣は正面から取り組んだと思う。平成25年12月には参拝し、それ以後は簡略方式で済ませた。中国、韓国という複雑な関数と闘いながら懸命に務めた。一方、国を護った英霊を祀るという国として当たり前のことへの国民感情には十分応えられなかった。内閣と安倍氏の煩悶は小さくなかったし、われわれ政治家は敢えて思い思いに発言したものだ。
  安倍氏は靖国を訪問された、「万感の想い」だったろう。国民は極く素朴に思う、折角なら、在任中に行って欲しかった。どうせならも少し経ってからがよかった、このことで外に対する配慮を却って目立たせたのではないかとも。
  安倍氏のご苦労と苦悩には、改めて深甚なる敬意と労いを払いたい。

2020年

9月

17日

北朝鮮民族の終戦遺骨慰霊

  東京目黒区に「祐天寺」という名刹(めいさつ=古寺)がある。ここに今年も秋の慰霊に行きました。
  朝鮮半島は戦前日本国であった。朝鮮人は日本人として扱われ、同じく戦争を経験し、多くの朝鮮人が軍人としても戦死した。この祐天寺には北朝鮮出身の軍人、軍属425人の遺骨が祀られているが、それを知る人は少ない。日本のために命を捧げた人々、民族が何処であれ、誰かがその霊を祀るべきだと戦後直ぐから今日まで、ある神社グループ(梨本隆夫氏ら「出羽三山(山形県)」が慰霊を続けている。私も数年前、グループに誘われた。理由は特にない、ただこれは日本人のなすべき仕事であって、遺骨だって祖国に一日も早く帰りたいだろうに。
     祐天寺には大正天皇の御生母「柳原愛子(なるこ)正二位」もひっそりと祀られています。

2020年

9月

17日

菅内閣、スタート

    9月16日、国会において菅義偉内閣総理大臣が指名され、菅内閣が正式に発足しました。

2020年

9月

15日

自民党新総裁 菅義偉氏

  都内ホテルでの自民党大会において、官房長官菅氏が新総裁に選出された。安倍首相(総裁)辞任表明後2週間余で決着したが、このコロナ禍で政治空白を長く続けることはできなかった。
  菅新総裁は「自助、共助、公助、絆」を掲げて、内政、外交非常に多難な課題を乗り越えて、行政の硬直化を抑え、規制の緩和、国民の幸せのために頑張ると力強く宣言された。

2020年

9月

14日

フロンガス、地球温暖化の元凶

  マスコミの取材の中で「フロンガス」についても質問された。私は「よく聴いてくれました」と言って答え始めました。
  私は環境大臣在任中、多くの政策を実行してきましたが、このフロンガス対策もまた(地味で目立たないけれど、)重要な業績ではないかと密かに自負しています。
  まずフロンガス排出の法規制を格段に強化し、法律は今年の4月1日に施行された。その法案(「改正フロン排出抑制法」)の国会審議期間中、私がはっと気が付いたことがある。フロンガスの国際的規制は昔から厳しく行われてきたが、それを今も真剣に管理実施しているのはほぼ日本だけで、他の国々、発展途上国はもちろん欧米先進国でも余り真面目に取り組んでいないことに気が付いた。私は直ちに局長以下に指示をして、国際事務局及び主要な先進国に対して国内の規制管理をより厳しくすべきと意見具申させた。その旨内外の行政にも広く伝えた。
  近年豪雨災害など頻発する自然災害は「地球温暖化、気候変動」が原因と言われ、その最大の原因は人間の発するCO2と説明される。ところでフロンガスこそ地球温暖化には遥かに影響は大きく、その加害度 (「温室効果」)たるや、単位当たりCO2の5千倍から1万倍にも及ぶという。フロンガスは本来冷房機器などに有用で人間の近代生活には不可欠な化学素材とされているが、地球の大気圏を包む「オゾン層」を破壊するということで、昔からその規制は国際的にも認識され厳しく実施されてきた(「モントリオール議定書」1987年)。

2020年

9月

10日

ウルトラマンZ, 来襲!!

  いきなり「ウルトラマンZ」の主役ナツカワハルキが国会事務所に入ってきました。「ウルトラマンZ」とは、大変な人気らしい。ウルトラマンにヘンシーン(変身)して、世の中の悪をバッタバッタと退治する、子どもばかりか大人までが興奮する。毎週土曜日朝9時「テレビ東京」。
  本人「平野宏周(こうしゅう)」君は、サンミュージック所属、横須賀市出身、私の親友の次男で、今本格的に売り出し中。

2020年

9月

10日

菅義偉候補、懸命に走る

  自民党総裁選、菅候補の(議員会館内)選対本部。菅氏本人がお願い挨拶に顔を出された。圧倒的に優勢と言われているが、菅氏は懸命だ。

2020年

9月

09日

内モンゴルの悲惨。日本は必ず守るから。

  内モンゴル出身のA君が訪ねてきた。付き合いは長い。事務所ぐるみで可愛がっており、国際交流の仕事も手伝っている。東京界隈、彼はモンゴル人のまとめ役だ。ハキハキして、能力も指導力もある。
  今日は顔色が悪い。内モンゴルは中国領で、中国がこの地域、モンゴル語に替えて中国語を母国語とする大改革を始めた。すでに教育界では大混乱が起きている。故郷モンゴルと同胞をどうしたら救えるか。
  当座、妙案はない。私は、「挫けるな、必ず世界が助けてくれる、日本も必ず最後まで見捨てない」と答えるしか術を持たない。
  今の中国には基本的人権はない。それが習近平率いる共産党一党独裁の中国である。我々が持つ民主主義、自由や人権や道徳、倫理とは全く逆、外部の全てを収奪しなければ気が済まない。力でもって押しまくる、コロナ禍の最中に南シナ海、尖閣諸島を侵略する国だ。民族の言葉を廃絶するなどなんと酷いことをする。

2020年

9月

09日

人類の夢と可能性、「がんからの生還」

  「堤しずか(静香)さん」、顔部にできたがん(癌)との壮絶な闘いから無事生還した女性です。堤さんは千葉県にある「放射線医学総合研究所(放医研)」においていわゆる「重粒子線がん治療」を受け完治しました。以後その貴重な体験を踏まえて「がん死ゼロ健康長寿社会」の実現に向けて全国で活発な活動を続けています。
  「重粒子線がん治療」はその後、世の中に普及、今では全国で6カ所の医療施設があり、九州では佐賀県鳥栖市の重粒子線治療治療センター「HIMATハイマットHeavy Ion Medical AcceleratorTosu」が有名です。堤さんも私も平成24、5年、ハイマットには建設当初から関わりを持っています。

2020年

9月

08日

麻生前福岡県知事、来訪

  地元事務所、「麻生渡(わたる)」前福岡県知事の急な来訪を受けて、大慌て、久しぶりで旧交を温めました。知事を辞められて10年近くなりますが、相変わらずお忙しそう、内外の話で盛り上がりました。
  麻生先生と私は本当に長い付き合いです。私は大学を出て、旧通産省(現経産省)に入ったのですが、先生はすでに通産省の中堅幹部として頑張っておられた。同じ福岡県出身として目を掛けて頂いたし、ある時期は課長として仕えたこともあった。私が早くに政治家に転じた時は、局長として挨拶に来られたこともある。
  平成の初め、先生は通産省特許庁長官を辞めて福岡県知事選挙に出られた。丁度前後して私は選挙区(神奈川県)を替えて生まれ故郷福岡から出るようになったのだが、衆議院選挙でも、知事になられたばかりの先生にはどれだけお世話になったものか。通産省時代での先輩後輩、その上に実は、先生も私も柔道部出身という共通項があって、強い連帯があったことは間違いない。
  先生は知事として4期、大きな実績を遺され、最後は「全国知事会会長」も務められた。私は今に至るまで、心からご指導頂いています。

2020年

9月

08日

台風10号、一過

  超大型の「台風10号」で、この数日は大変でした。過去経験したことのない巨大規模、風速も70メートルを超える、などというもので、福岡を含む九州各県はその災害予防、避難体制などには最善を尽くした。テレビで気象庁が今回ほど「特別警報」を繰り返したのも記憶にない。
  私も前日は、地元回りしながら、農家の家屋対策、市役所の災害対策本部、緊急避難所への慰問などを念入りに行なった。
  今日、台風は朝鮮半島に抜けて風雨は落ち着いたが、今のところ地元で大災害の報告は聞いていません、「備えあれば憂いなし」の言葉を噛みしめています。

2020年

9月

05日

「孔子学院」排除命令

  米国ポンペオ国務長官が「孔子学院」を国内から排除せよと命令した。「孔子学院」は中国系の語学教育機関として世界中で活動しているが、米国はこれが中国の危険な政治宣伝機関(プロパガンダ)で諜報組織(スパイ)でもあると指摘したもの。実は日本でも15、6もの大学で活発に活動しており、10年近く前、私も「孔子学院」のことを自民党の外交情報委員会で取り上げたことがある。近年米国ではその排除運動が進んでいたが、ポンペオ氏はよく言ってくれた。日本もその危険性を察知して積極的排除に努めなければならない。
  このところポンペオ国務長官の反中国イデオロギー発言が目立つ。トランプ大統領が選挙運動に忙しい余り、その分をすっかり取って代わって発信しており大変頼母しい、4年後の大統領選挙(共和党)を意識しているかと感ずる。

2020年

9月

05日

陸上イージス問題、河野防衛大臣答弁

  日本の安全保障問題ではミサイル防衛戦略は特に重要である。日本は現在海洋にイージス艦6隻を置き、国土、領海を守っていると同時に、将来内陸にも2カ所イージスシステムを配備してミサイル防衛を強化することとしていた(イージス・アショア、秋田県、山口県)。ところがこの8月、アショア計画に本質的かつ技術的欠陥が露呈して、政府としてはこの計画を遂に断念、新たなミサイル防衛戦略の策定こそ必要となった。
  自民党の国防、安保関係委員会。河野太郎防衛大臣が出席し、過去の経緯、反省、今後の取り組み等を率直に答弁した。議員席から当然ながら多くの批判、意見が出た。
ことは国家の安全保障となれば、私も同じく強い不満と危機を感じた。しかし、やむを得ない、過ちあらば、改むるに憚(はばか)ることなかれ、と自分を無理に納得させたところ。

2020年

9月

02日

「志公会」(麻生派)、一致結束を確認

  「志公会」の臨時総会が開かれ、麻生太郎会長から、「来たる総裁選では一致結束して当たろう」との呼びかけが行われた。

2020年

9月

02日

自民党総務会、「両院議員総会方式」決定

  党総務会は今日、総裁選の投票方式として、現在が「緊急時」という理由で、全国の党員選挙をとらず「両院議員総会方式」(衆参議員と各県連の合計)で行うことを決めた。  多くの異論も出されたが、結局これで決を取られた。各県連票(3票)については、事実上の党員選挙を行い、それぞれ出来る限りの意見集約が図られることが望ましいとされた。

2020年

9月

01日

自民党総裁選、菅氏優勢か

  政局は自民党総裁選一色に。内外の情報でも菅義偉氏が伸びつつある。派閥の支援が一気に増えそうで、この流れは多分止まらない。選挙方式は今日の総務会で決まる。選挙方式の前に本命が決まりそうというのも、極めて日本的民主主義と言われるであろう。
  菅氏は人に安心感と安定感を与える。官房長官をコツコツ務め上げ、誰の相談にも乗ってくれる。いわゆる叩き上げ、2世でも名門の出でもない、そういう政治家が自民党で総理になることは多分「田中角栄氏」以来初めてか。コロナ対策と衆議院解散が直ぐに待ち受けている。

2020年

8月

31日

自民党総裁選、慌ただしく。

  当然ながら、政局は自民党総裁選一色に。あなたは議員としてどう対応するか、報道関係の接触も多くなった。「誰を推すか」を聞きたいようだが、「どの候補者も立派な資質を持っている、いずれはベストの指導者が選ばれるだろう」と答えています。
  全国の党員、党友による選挙方式こそ本来あるべき姿と思うが、今後どう収まるか。自民党総務会で決まる。

2020年

8月

30日

「コロナ後は」地元国政報告会、YouTube始める。

  今日は地元福岡県(筑紫野市)にて衆議院選挙に向けた「国政報告会」を開きました。安倍首相「辞任表明」の翌日という偶然の日付けに、世の中は驚いていましたが、私はこれも「運命の為せる業」と認識しました。安倍首相のやり残した仕事こそ、次の首相のみならず私ら残った政治家への申し送りと考えています。
  大きな会場は対コロナ「三密対策」で敢えて動員はしなかったのですが、大方満パイとなりました。さらに新しい試みで今回はYouTube、オンラインを導入して、いよいよ私の選挙も電脳(SNS)仕様を採用したこと、今後は東京でも北海道でも、全国の同志らともリアルで交流し、また彼らから最新の情報を流してくれることになりました。
  報告会は横尾秋洋氏(前市議会議長)の代表挨拶に続いて、私が専ら「afterコロナ、withコロナ」を議題に、感染症対策、日本の社会構造問題、日本の経済競争力、超ディジタル社会、中国の覇権主義という5つの具体的テーマで概説をしました。時間の制約で要点だけで終えましたが、今後それぞれにつきYouTube などで詳しい議論を展開したいと思います。
  自民党総裁選が済めば追っ付け衆議院選挙です。地元の大小会合を重ねながら、心身共に選挙態勢が高まっていくのを実感します。

2020年

8月

29日

安倍首相、辞任表明

  安倍首相が辞任を表明された。突然の形であったが、もはやその雰囲気はあった。このところの疲れと表情にはさすが気の毒であった。私は第一報には「まさか」と「やっぱり」が交錯した。
  本当によく頑張られた。大きな成果を出された。もちろん生身の人間、失敗はあった、しかし遥かに凌ぐ成果とその指導力は偉大なものであった。会見では「持病のこと、コロナ対策のこと、これからのこと」を話され、「体調が万全でない以上国家国民への責任は全う出来ない、総理を辞めるしかない」と率直に話された。心残りは「拉致問題、憲法改正、北方領土問題」と付け加えられた。
  さあ、総裁選、総選挙だ。

2020年

8月

28日

オンラインで送別パーティ、Good bye for now.

  都内のある豪邸、アメリカ人の送別会が行われた。参加できない、遠くにいる人も仲間に加わる、なるほどこれがオンライン形式のパーティか。全く新しい社会文化で、私には初めての体験、でも十分に間に合う感じ。新型コロナが確実に世の中を変えつつある。
  彼、Bruce Stronachとは本当に長い付き合い、実に1975、6年にまで遡る。ボストン(「Fletcher 法律外交大学院」)への留学時代、教授の指示で出張研究に行った。2人で2週間ほどホテルに泊まり込んで、当時Wisconsin州に出来たばかりの「キッコーマン醤油」工場の社会的リサーチをした。(今ではキッコーマン醤油は全米ほとんどの家にあるという)
  その後彼は来日し、日本に本格的に棲みついた。日米政治、国際文化交流を専門とする。「横浜市立大学」の学長を経て、「Temple大学」の学長となった。Temple 大学は今や東京で堂々たる大学になったが、20年ほど前から以降、しばらくは大変な苦労にあった。外国系大学が日本で、文部省の厳しい行政規制下で生き残るのは楽でない、私も少しは彼を手伝ったか。
  ブルースは故郷Maine州に戻り、暫く休養し、学問は続ける。多分日本には、時々戻って来る、「それよりもHarada、1度メーン州に遊びに来てくれよ」というのが、取り敢えずの別れの挨拶だった。

2020年

8月

27日

次世代原子力エネルギーの「溶融塩炉」研究大会、盛会に終わる

  次世代の原子力エネルギーと言われる「溶融塩炉(ようゆうえんろ)」第4回研究大会が開かれた。原子力の「平和利用」たる原子力発電はすでに多くの国で現実的役割を果たしているが、その安全性や将来性について大きな不安が伴っている。「溶融塩炉」方式は、その中でも運転安全性に富み、プルトニウムなど核廃棄物を出さない、減容化するという強い特性を持ち次世代の「夢の原子炉」と言われる。
  大会では冒頭、「有馬朗人元文部大臣(元東大総長)」が基調演説で、日本の科学技術予算の増加、次世代原子力の研究開発、若手人材の育成の必要性を懸命に訴えられた。東大、九大、実業界の学者、専門家の報告、所管官庁たる経産省、文科省からの総括意見が続いた。私を含む自民党政治家の挨拶に加え、梶山経産大臣からの力強い応援電報には激励を受けた。最後に原子力研究に取り組む若手技術者の悲痛なる訴えと有馬先生、森英介議員(原子力専門家)らとの合同写真撮影には満場の拍手が起こった。
  なおカザフスタン、ロシア、中国、マレーシアからの来賓出席があった。新型コロナの最中、健康安全対策には万全を期した。
  私はこの政策研究に15年以上携わり、ほぼ毎年の溶融塩炉研究会は、実質的に私が主催しています。私は原子力エネルギーの絶対的安全性を求めつつも、なお原子力技術の将来的有用性と日本の安全保障の観点から、この研究は今後も続けていきます。敬愛する「古川和男」先生(原子力工学、京都大学)の遺言的教えに由来するものです。

2020年

8月

25日

遂にラッパ活動、選挙態勢への体力づくり

  「皆さま、お暑うございます。地元の衆議院議員、自由民主党の原田義昭でございます。皆さま、こんにちわ、すっかりご無沙汰しております・・・」「コロナウイルス対策でご苦労様です。熱中症にはお気をつけ下さい。相談ごとにはご連絡下さい・・・」。昼下がりの住宅街にダミ声が響く。
  街宣車でラッパ活動を始めました。選挙はいずれ近い、毎度の選挙で今の時期、この活動を開始します。ラッパマイクで外に向かって挨拶をする、日頃のご無沙汰を詫びる。コロナウイルス、熱中症などを労(ねぎら)い、「夏のご挨拶、残暑お見舞いに伺いました」と結ぶ。自分の名前は時折り連呼する、自分の名前を思い出してもらうのも大きな目的だ。
  政治には常に選挙がついてくる。自分の体を選挙向けに作っていく、選挙運動には体力が要る。
  民主主義とは骨が折れる、結局、議員が自分でやる仕事だ、人が代わってくれるわけでないのだ。

2020年

8月

23日

今なぜ、渋沢栄一『論語と算盤(そろばん)』なのか

  このコロナ禍では、ステイホームもあって、いつもより多く本を読みましたが、その中でも渋沢栄一「論語と算盤」(再読)には改めて感心しました。(渋沢は2024年予定の新札「一万円」の肖像として登場します。)
  「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一 (1840〜1931年・昭和6年)は生涯で470もの会社、組合の設立に関わり、まさに日本の経済インフラを作り上げた実業家である。王子製紙、東京海上火災、東京電力、東京ガス、サッポロビール、国鉄(JR)・・・が含まれる。彼の真の偉大さはその功績ばかりでなく、今から100年以上も前にはすでに資本主義に内包する問題点、矛盾点を的確に見抜いていたこと。資本主義は自分の利益を増やしたいという欲望をエンジン、原動力として進むもので、これは正しい、しかししばしば暴走してバブルや危機を引き起こす。これに歯止めを掛けるためには人々の内面、精神からの道徳的抑制が必要であって、それを孔子の『論語』に求めた。わが国で論語は、江戸時代にはすでに武士社会の行動の規範となっていた。渋沢栄一は「そろばん(商売)は論語より出来ている」と言い、実業と道徳はバランスが取れてこそ、個人も国も豊かになると言いきった。
  彼は埼玉県(深谷市)の農家に生まれ刻苦勉励、17歳で武士になり、政府(大蔵省)に奉職、30代で実業家になろうと決意した。国を動かしているのは政界や軍部ばかりではない、当時の欧米諸国が強さを誇ったのは、商工業経済が発達したからであって、日本が肩を並べるには実業界がもっと力を持つべきであると考え、自らそれを実践することとした。
  実業とは商売や工場生産が利潤を上げることである、しかし自分の利益さえあがれば他はどうなってもいいと考えは、却って国を危うくする、社会のためになる道徳に基づかなければ、本当の経済活動は長く続かない。大切なこと、利益を欲して懸命に働き、現実に立脚した道徳とがバランスよく並び立った時、国家も健全に成長すると説く。人は往々にして自分に自分の利害に関係ない時は全力で取り組まない、人の邪魔をさえする。道理と欲望が合わさっていないと、人から奪い取ってしか満足できない不幸を繰り返すことになる・・・
        <3つのポイント>
  ・実業と道徳が一致していなければ富は永続できない。
  ・横取りする競争ではなく、「自己開発」に努める競争をすべし。
  ・一個人の利益よりも、社会全体の利益になる仕事をすべし。
  私(原田)が最も驚くのは、渋沢が「論語」ほか東西の古典に本格的な学習を積み、その理解たるや100年後の今日にまで些かも時代差を感じさせない説明や引用を加えていることである。

2020年

8月

22日

米大統領選挙、あと2ヶ月半

  アパホテルグループの月例勉強会、コロナ禍で久しぶりに開かれました。総帥の元谷外志雄(もとやとしお)氏、今や日本、世界で700ものホテル、部屋数も10万3000を越す、多分文句なしの「現代のホテル王」。その経済の読みと堅実な経営手法には学ぶことが極めて大きい。一方、日本民族の歴史と文化あってこそ国も国際社会も繁栄するという健全な保守思想で論壇をも指導する。
  米大統領選挙もあと2ヶ月半となりました。民主党バイデン候補も本格的活動に入った。元谷氏は「今回もトランプ大統領が必ず勝つ、中国の暴政を抑えるためには、勝たせなければならない」と断言された。続いて私が発言に立ち、「日本にとってもトランプ氏の再選は絶対に必要である。ただ、トランプ氏の政治感覚、選挙態勢に些か稚拙なところがあり、率直に心配している。」と敢えて話しました。
  (注) 4年前の米大統領選挙について、民主党クリントン候補当選の予想が圧倒的に多かったところ、元谷氏は実業家の勘も入れて見事に共和党トランプ氏の当選を当てられた。

2020年

8月

21日

サッカーの思い出、「ヴェルディ川崎」のことなど

  このコロナ禍でもサッカーは盛り上がっているようだ。日本もいつの間にかサッカー大国になった。私はサッカーは単なるファンで、もちろん地元の福岡チームを普通に応援し、国際試合ではジャパンの勝負に一喜一憂する。ルールは実は正確に知らない。
  今Jリーグでは「川崎F(フロンターレ)」が圧倒的に強いらしい。ひとつだけ私の思いを語らせて欲しい。私は1990年に川崎市で代議士になった。その数年前からヴェルディ(Verdi)というサッカーチームが超人気で、私も誘致に奔走したが、遂にJリーグ開幕では「ヴェルディ川崎」としてスタートした。カズ(三浦知良)、ラモス瑠偉、北澤豪、ビスマルクらがいた。6,7年ほどしたか、チームが「川崎」の名を嫌い、「ヴェルディ読売」と名乗った。それが制度上許されないならと言って、川崎から出て行くとなった。
  実は「川崎市」という100万都市は決していいイメージになかった。公害や町工場、犯罪、社会不安という負のイメージが定着していた。その中で政治活動した私は、常に市のイメージアップ作戦を訴えていた。
  私は人々と一緒にヴェルディのチーム事務所やオーナー企業(読売本社)に出向いて、懸命に引き留め陳情を行なった。しかしチームは結局川崎を去り、東京(稲城市)に転出して「東京ヴェルディ」となった。川崎市には代わって地元企業「富士通」の系列チームが入り、「川崎フロンターレ」となった。
  今「川崎フロンターレ」はJリーグの先頭を爆進している。一方「東京ヴェルディ」はJ2(2部リーグ)で苦労しているようだ。別に私は、毎日の試合の勝敗とかランキングに関心があるわけでない、勝ったり負けたりはどのスポーツでも常にあるからだ。ただこのヴェルディのことは、もう30年にもなる、私にとって結構大事な事件であり、もしかして人生を考えるときの教訓になっているかも知れない。
  今や川崎市は、人口も増え(110万ー>150万人)、街並みもすっかり変わり、堂々たる近代都市に生まれ変わっています。

2020年

8月

20日

小泉環境大臣、座を盛り上げる

  「環境新聞」という業界紙があって、私は「環境大臣」以来付き合いは深い。在任中も硬軟、随分とお世話になった。今日私の記事があった。私が8月4日、東京で行なった「演説会(政治パーティ)」のこと、麻生太郎副総理、河野太郎防衛大臣、小泉進次郎環境大臣ら壮々たる人々が応援に来てくれた。
  小泉環境大臣の演説で座は盛り上がった。小泉氏の父純一郎氏(元首相)は、私と若い頃は神奈川県横須賀市で衆議院選挙(中選挙区)で激しく争っていた。選挙ライバルの息子と同じ大臣職の前任、後任というのも奇しき縁か、環境行政の先輩として私を褒めることも忘れなかった。
  新聞は、私が習近平氏国賓来日を事実上中止させたこと、小泉、河野という次世代政治家と親しいということで私の株を上げてくれた。持つべきは友(小峯且也記者)か。

2020年

8月

19日

暑さに堪える富士山

  日本列島は炎暑の中にあります。日本国民は熱中症にもコロナにも、決して負けません。「父なる富士山」だって、雪を解き懸命に堪えておられるのですから。
          (8月17日午前9時。福岡-東京間)

2020年

8月

18日

藤井聡太と将棋ブーム

  「藤井聡太」さんの登場で、にわかに将棋が大人気、注目を浴びるようになった。将棋ファンとしても大いに嬉しい。藤井さんは「棋聖」というプロのタイトルを有しており、しかも余りにも若く、17歳、高校生、というのがメディアの目を引いた。その存在を知らぬ人はもはやいまい、社会現象ともなった。そのタイトルというのは、数百人いるプロ棋士の最頂点で、他に「名人」とか「王将」、「王位」とかのタイトルがあるだけ。20連勝とか30連勝とかの成績は、彼の実力が決して「まぐれ」や「偶然」や「フロック」でないことを示す。
  ところで、敢えて付け加えると、彼の本当の強さは、その技、技術の凄さ、深さにある。棋譜に残す一手、一手の持つ意味は、本当に凄い深みがあり、それを将棋では「読み」と呼び、これは真に将棋をしている人にしか分かりません。私は有段者(アマ5段)だから、辛うじて理解できる、その奥深さにひとり感心し、唸(うな)っているのです。最近AI(人工知能)が進んできて、一層その技が複雑多岐に進歩してきたと言われる。
  私は理解できるから威張っているわけではありません、どんな分野でも、例えばひとつ将棋をとっても、無限の深さと尊さがあるということです。サッカーの試合だって、私はゴールに入ったかどうかだけが重要ですが、本当のファンやキッカーは、蹴った場所、高さ、角度、周辺やキーパーとの駆け引きの瞬間にこそ、最高の見どころがあるのでしょう。
  若き藤井さんが、国民に元気と夢と勇気を与えてくれる、このコロナ禍に。別に難しいルールはいいのです、爽やかに、笑顔で、やっぱり高校生かと、少し出来過ぎかと思うこともありますが、それにしても私にとっては、末恐ろしい鬼気迫るものさえ想うのです。
    (写真は 1年前、福岡市での記念大会にて。私は福岡県将棋連盟会長です。)

2020年

8月

16日

小泉環境大臣ら靖国神社参拝

  昨8月15日、高市総務、小泉環境、萩生田文科、衛藤晟一国務の4大臣が靖国神社に参拝しました。様々政治外交問題がある中、よくこの当たり前のことを実行してくれたと敬意を表します。
  昨年の大臣在職時、私は当然のように「全国戦没者追悼式」(東京)に公式参列して戦没者を悼んでいました。
  昨15日、私は「福岡県戦没者追悼式」(福岡市)に参列しました。遺族代表のことばには、毎年ですが、本当に辛いものがありました。

2020年

8月

15日

心から、「初盆」お参り

  毎年巡りくる「お盆」は日本人にとっては非常に重要な季節です。今年は新型コロナ禍という特殊事情でも、そのご家族にとっては故人となったお身内を初に迎える最も大切な行事です。
  私にとっては日頃お世話になっている人々と接する数少ない機会で、時間と場所さえ許せば、毎年100軒くらいは家庭訪問して鎮魂の気持ちを伝えます。ご長寿で万端終えた方、若くして遺族に大きな想いを残された方・・・それぞれのご家族にはそれぞれの人生や運命があり、私はただひたすらにご冥福をお祈りするだけです。コロナが収束し、災害や熱中症のない季節が早く来ることが、等しく共通の話題となりました。

2020年

8月

11日

「核兵器禁止条約」に取り組もう

  昨9日、長崎も終わり、6日の広島と合わせて75年目の原爆記念行事が済んだ。原爆被害報道で受ける痛さ、苦しみと悲しみでひたすら胸が引き裂かれる。今や、あの原爆の歴史的、軍事的経緯などには何の関心もない、両市の宣言に出てくるのは国として「核兵器禁止条約に参加(署名批准)してくれ」という言葉。そして国はこれに答えない。
  その中身は単純、核兵器は製造も利用も将来には禁止しようという決意の表明。しかしすでに多くの国が核保有し、核兵器が持つ他国への軍事的抑止効果は決して小さくないとされている。
  日本は、この条約に参加していない、署名に至ってない。日本の考えは(必ずしもはっきりしないが、)以下の通り。日本は唯一の被爆国であって、先頭立って核禁止を訴えている。ただ現実の安全保障では米国の核戦力の傘下にある。核戦力が持つ抑止力の現実的効果はむしろ増大している、それ無くば、ロシア、中国、北朝鮮などの核脅威には対抗出来ないから。しかしそもそも現条約には核保有国は参加しておらず、核禁止運動への実際的影響は小さいのではないか。
  日本の立場は、保有国の気持ちにも寄り添いつつ、核禁止という崇高な目的を実際面で指導、リードしていくこと。「唯一被爆国」の使命は非常に大きく、非核三原則、核兵器不拡散条約(NPT)の運動こそが最も現実的な道筋である。
  国の基本方針は、極めて複雑かつ深い思索のもとに行われる。あらゆる事態を考慮して、遂に実行に移される。最後は勇気と決断である。今中国の戦略的覇権主義、北朝鮮の暴発危機などを身近に考えるとき、核抑止力を持つことは絶対に必要なこととされている。しかし日本の決意を示すことで、中国や北朝鮮などの全体主義、覇権主義にも再検討を促す契機にならないか、米露中3大国の核軍縮運動への大きな刺激にならないか。
  米国と話し合えば、わが国の安保上の対米依存を減らす懸念は些かもないと考える。米国だって、核軍縮を目指している。
  極めて大胆な私見であるが、誰かが言わなければならない。日本の影響力は、実はもっと大きいのではないか。ご批判を仰ぎたい。

2020年

8月

08日

熊本県豪雨災害、視察。「朝倉豪雨」を説明。

  「衆議院災害対策特別委」として熊本県の豪雨災害視察に参加、私はその筆頭理事です。大被害のあった球磨村、人吉市。予備知識はあったものの、鉄道、道路、施設や家屋、街並みの倒壊現場で見る惨状はまた想像を超えるもので、被災者にも直接接し、また県や自治体のご苦労が改めて偲ばれます。地元代表者との意見交換会では、地元の要請を聴き、また同行の政府側から詳しい説明も致しました。
  私は3年前7月の「朝倉市、東峰村豪雨災害」を直接担当し、またその復興に深く関わった立場から、激甚災害指定、権限代行、ボランティア支援、仮設住宅などの問題について、積極的に発言し、アドバイスも致しました。
  この地球温暖化の環境下で、次なる自然災害は決して無くならない、手を打たねば、というのが私の覚悟です。
        (写真は、最も被害の多かった松谷浩一球磨(くま)村長ら)

2020年

8月

07日

「河野防衛大臣」来訪

  「河野太郎防衛大臣」の事務所来訪を受けて、久しぶりに話に興じました。近くに来たと言って、特段の話題はありません。河野氏は同じ政策研究会(「麻生派」)で特に親しいのですが、今はさすがに最も多忙で責任の重い防衛大臣。私からは専ら、日米、中国、韓国ではしっかりやって欲しいと注文し激励したこと、さらには福岡県も自衛隊基地(春日市など)が頑張っていることなどを強調しておきました。
  河野氏も大臣職が続き、最近では政治家としての風格も出てきたように感じます。

2020年

8月

06日

風雲急。中韓外交

  コロナ禍は収まらず、豪雨災害の傷痕は生々しい。熱中症はむしろこれからが要注意。この時期に周辺諸国との揉め事がより大きくなった。
  中国との尖閣諸島、東シナ海を巡る紛争は一層激しくなる。8月16日以降、中国の8000艘の漁船団が尖閣海域に襲来するといわれている、その違法な行動に、日本は海上保安庁や水産庁だけで対応できるか、拿捕できるかなどの問題が起きる。私は自民党の外交安保関連委員会では常に強硬論で発言しているが、政府が本気で動くかについては、確信が持てない。国の主権、領海、EEZを守るには「法の支配、領土の実効支配」を内外に示すことが必須である。
  韓国との「元徴用工問題」で、韓国は日本企業の資産差し押さえを開始する。1965年「日韓請求権協定」で完全解決しているにかかわらず違法にも蒸し返す。最近の韓国、文在寅政権の異常な横暴に、日本は厳しく正しく対処しなければならない。

2020年

8月

05日

原田「コロナ後を見据えた東京演説会」、大盛況

  先週の福岡に続き、国会の「憲政記念館」にて東京地区講演会を開催した。コロナの感染拡大で最後まで心配したところであるが、万全の安全対策を講じての決行で、多くの人々に参加して頂いた。いつも変わらぬご支援を心から感謝したい。
   会では麻生太郎副総理、甘利明税調会長、細田博之憲法調査会長、河野太郎防衛大臣、小泉進次郎環境大臣、衛藤晟一一億担当大臣など、綺羅星の如き大臣たちの力強い応援演説を頂いた。麻生副総理は、「コロナ後は不透明な時代になるが、その時は原田さんの見識と実力が必ずや必要とされる・・・」と結ばれた。私はコロナ後の世界と称して、最後は尖閣諸島の「実効支配」の必要性を強調した。

2020年

8月

04日

李登輝氏、逝去。「私は全て国家社会の為にある」

  7月30日、尊敬して止まない李登輝氏亡くなる。97才。地元出身(本省人)初の台湾総統、「台湾の父」であると同時に世界にとって「民主主義の父」でもあった。習近平の共産党中国が横暴(覇権主義)を繰り返すこの時期に偉大な生涯を終えたことは、残された世界中の民主主義者にとって「今こそ立ち上がれ!」という激しい檄(げき)を遺されたものと考える。
  私は10数年前、議員連盟の一員として訪台(陳水扁総統時代)し、自邸にて李登輝氏と面会したことがある。
  李登輝氏は、日頃『我是不是我的我』という言葉を使われていた。「私は私でない私。私は自分の為にあるのでない、全て国家社会の為にある」の意。私は常に手元には、その言葉が刻印された記念材を置いています。私はそのまま自分の政治家としての信念としています。

2020年

8月

01日

「コロナ後はどうなる」演説会、大盛況

  「コロナ後を語る」として私の演説会を福岡市で開会したところ大変な盛況でした。新型コロナの感染が全国で止まらず、福岡県も連日「第二波か」思わせるような厳しい状況にあります。大規模集会を決行するかに大変悩みましたが、万全の予防対策を講じての本番では皆様方にご協力頂きました。
  まず安倍総理と麻生副総理から力強い応援メッセージが呼び上げられた。続く特別ゲストに自民党幹事長代理、元防衛大臣の稲田朋美氏から講演を頂いた。稲田氏と私は国会で弁護士グループとして親しく、中国問題の強硬論で思想的に一致していること。稲田氏は今や女性国会議員のリーダーとして最も将来を嘱望されている議員であって、本日の講演では私を「次には防衛大臣か外務大臣に」としっかりと持ち上げてくれた。
  私は主題の「コロナ後の問題点と展望」を話しました。その上で、早晩近づく解散総選挙では断固として勝ち抜き、これらの将来課題を実行したいと決意を表明しました。「持つべきは友」で、このコロナ騒ぎに駆けつけてくれた多くの人々に心から感謝を申し上げました。

2020年

7月

30日

香港出身の若者たち、悲痛の叫び

  中国の香港向け「国家安全法」施行はすでに大きな障害を作りつつあり、進行中の議会選挙も中国当局がふみにじりつつある。国際社会が危機感を強める中、わが国会でも党派を超えた救済運動が始まった。今日は香港出身の関係者を呼び、悲惨な実情報告を受けた。
 (コロナ)マスクのほかに帽子を被り顔を全面黒布で覆った若者もいた。私は発言した折り、「君たちの困難は、私たち日本人が必ず助けてあげるから、なんでも言ってくれよ」と激励しました。

2020年

7月

29日

災害対策特別委員会、開会

  7月28日、衆議院の「災害対策特別委員会」が開かれ、現下の全国的豪雨災害について活発な対政府質疑が行われました。国会の閉会中でも、緊急案件については委員会(「閉会中審査」)が開かれますが、とりわけ今年はコロナ禍の只中であって、議員の側から政府側の対応について厳しい指摘や注文が続きました。8月7日には委員会として熊本県被災地に現地調査の予定。一方今や梅雨豪雨は北上して山形県などに大きな被害を与えています。
  偶々この委員会では、委員長が山本幸三氏、私が筆頭理事、答える大臣(「内閣府災害担当」)が武田良太氏という福岡県勢が揃い、お陰で円滑な委員会運営ができたと思っています。
  なお委員会「筆頭理事」とは会務全体の裏方を取り仕切る、地味だが非常に大事な職務です。写真では委員席の突端がそれぞれ与党(右)、野党(左)の「筆頭理事」席です。

2020年

7月

27日

太宰府天満宮、「夏越し(なごし)千燈明(せんとうみょう)」祭り

  太宰府天満宮の恒例夏の祭り「千燈明」が行われた。往年ならば大変に賑わうところ、新型コロナ禍ではさすがに人の出は少なかった。肌寒い、梅雨の小雨も。それでも伝統行事を続けることで世の中が明るさを取り戻す先駆けとしたいというのが、西高辻宮司のお気持ち。
  全ての明かりが消えて広大な庭内が暗闇となると、その中心にある「心字池」と「太鼓橋」の周囲を1000本のろうそくが灯される。水面に映ったろうそくとともに非常に神秘の風情が出来上がる・・・ マスクの人々全ては、1日も早くコロナが収まって、再びあの暑い真夏が戻ってくることを心の中で思い思いを夢見たのであろうか。

2020年

7月

27日

「芸術大学」を作ろう

  山口県に『国際芸術科学大学』を作ろうという動きがあります(主宰 声楽家 荒木美帆さん)。今日はそれを加速するための祈念音楽会が下関市のホテルで行われ出席しました。私も長年この活動の応援者です。本格的なピアノ演奏、男女独唱を聞かせて頂き、コロナ禍や豪雨など日頃の悩みから暫し解放された瞬間です。
 「関門橋」(北九州市門司-下関市)を渡るのは本当に久しぶり、実は遠く私の父親(亡)は山口県(長門市俵山)の出身ということも懐かしく思い出されました。

2020年

7月

24日

怒り、心頭。中国、尖閣侵入連続100日。まず警備員を置こう。

  私が最も心配していたこと、中国の尖閣諸島侵入が連続100日を記録した。菅官房長官は「極めて深刻」などと呑気なことを言うが、「どれだけ警告したか、何を今さら」と私は怒る。これが中国の常套手段で、他地を奪う際、侵入侵略を粘り強く続けて最後に既成事実を作り上げる。中国が「3戦」(世論戦、心理戦、法律戦)と呼ぶ、あの国の覇権拡張の歴史的支柱となってきた。
  日本の対策は極めて単純、「実効支配」を強化すること。尖閣にまず公務員(警備員)を配備すること、燈台を作り、船泊まりを作ること。自国で当たり前のことをするだけ、何も難しいことでない。文句を言ってきたら受けて立て。
  私はもはや我慢できない、行動を起こす。皆様のご支援をお願いする。

2020年

7月

22日

「GoToキャンペーン」、健闘を祈る。

  新型コロナ禍の脅威が依然と続くところ、政府の打ち出した旅行・観光促進策「GoToキャンペーン」が思わぬ困難に直面している。国中の地方都市、中小企業が苦しんでいる、とりわけホテル、旅館、観光地は7、8月の繁忙期を迎えて深刻な苦境にある。政府、国交省(観光庁)が経済振興策を急ごうとするのは正しい。
  一方、東京首都圏ばかりか、全国で感染者発生が収まらず、事態はむしろ「第二波」をさえ思わせる。その中でこの政策。コロナ発生の読みが難しかったこと、政策の企画立案に時間的焦りと準備不十分が重なったこと、東京都を対象から外す、予約キャンセル料を補填する、しない・・・と混乱が続いている。自民党本部での政務調査会議(写真)では議員から不満と意見が噴き出し、テレビの民放ワイドショーでも非難と悪口が飛び交う・・・
  コロナ禍はそれくらい未曾有の大事件であって、政府や政治がある程度混乱するのはやむを得ないが、しかしこのところのドタバタ振りは心配である。新しい大型対策を練るときは、十分な調査と科学的データ、業界や地元関係者との意見調整を踏まえて実行し、更にその政治的評価も余程慎重にやらなければならない。多額の予算を使い、折角の目玉政策が国民の不興を買っては意味がない。アベノマスクも10万円個人給付も、似たようなごたごたを経験した。
  今が非常に大事な時で、こういう時こそ、安倍首相、閣僚、官僚はどっしりとした対応で、国民の不安解消に徹しなければならない。
    「GoToキャンペーン」は7月22日からスタートする。

2020年

7月

19日

中国の領海侵入、国際法違反「沖の鳥島」までも

  中国の領海侵入、国際法違反が止まない。尖閣諸島への侵入が連続95日になる、遥か太平洋に浮かぶ「沖の鳥島」(東京から1800キロ)にも7日間連続して侵入している。中国の領土領海拡張には常套手法があって、取っ掛かりを見つけたらそこを執拗に攻め続け、遂には既成事実、既得権を確立する、その上で新しい法的な根拠を作る(「3戦=世論戦、心理戦、法律戦」)。世界中がコロナと苦闘している最中に、南シナ海、東シナ海、マスク外交、香港国家安全法を強行などを執拗に進め、遂にはアメリカが中国の「違法性」を正式に指定した。沖の鳥島までの侵入は決して小さな動きでない、決して日本は油断できない。
  自民党では連日、外交関係委員会が開かれ、ほぼ全ての議員が強い危機感を持ち、わが国領土の「実効支配」を強化せよと強く政府に迫った。また党総務会では私が、習近平氏の国賓中止が世論に支持されていること(65% NHK)、沖の鳥島までに連続侵入を始めたことなど一連の対中外交の流れを発言した。それを衛藤征士郎外交調査会長がしっかりフォローされて、党三役や総務各位の注意を促した。

2020年

7月

16日

麻生派政治パーティ、粛々と

  東京にて政策集団麻生派(「志公会」)の政治パーティが行われた。早くから計画されていたもので、会は椅子席、間隔を置き、講演のみで、飲食も懇親(握手)もなしという異例の「三密態勢」。メインの麻生氏の講演、甘利明氏の政策発表の他は安倍総理のビデオメッセージ、二階幹事長の祝辞に限定されたもので、全て粛々と行われた。
  世界はポスト・コロナでどうなるか、ディジタル時代の本格到来を日本はどう生きるか、という重い課題に正面から取り組んだ政策発表は世の中に大きなインパクトを与えるものと考える
  なお今はコロナ感染の「第二波」も心配される中、一方で経済活動、国民生活の回復という大きな命題も掛かっており、また同種の大規模会合の先陣を切るものであっただけに、本会を予定通り開催するかについても非常に重い決断が強いられた瞬間でもあった。
  政府でも旅行観光を促進する政策「Go To キャンペーン」について真剣な是非議論が行われている。予防感染対策と経済対策の難しい調整、舵取りが常に要求されている。

2020年

7月

14日

「遠心分離」技術の最高峰

  特殊の「遠心分離」技術を開発している企業と出逢い意気投合、即工場見学を決行しました。(株)CMS=computer management system, 社長 北田浩氏、埼玉県春日部市、工場団地の一角にあります。
  いわゆる遠心分離をナノ(超微細)レベルまで可能とし、特許取得はもとより製造についても追随を許さない。その応用範囲はほぼ無限に広がり、「レックス=固液分離装置(LCSS)」という代表製品は、レアメタル、金鉱、オイルサンド精製、タンカー内スラッジ、太陽電池原料、電気自動車電池、シリコン再利用、放射能汚染水対策・・・に及ぶ。国内大手のみならず米国、中国、カナダとも取り引きしており、2009年にロシアのプーチン大統領来日の時はその使節団が特別見学にも来たという。
  わが国の中小企業にはかくも優れた技術を創造、開発し、国の経済発展に尽くしています。現場を訪れれば一層その念が強くなる、さらなる活用についても議論が進みました。「良いものは直ぐ見に行く」、これが私の信条ですが、一旦見たものは、以後自信を持って話すことが出来ます。

2020年

7月

13日

鹿児島県知事に経産省出身者。衆議院選挙、近づく。

  鹿児島県知事選が行われ、新人「塩田康一氏」が当選した。塩田氏は「旧通産省、現経産省」出身で私のずっと後輩に当たり、直前の「九州経産局長」時代には私とも頻繁に関わりを持った。今回自民党始め有力組織が現職候補に回ったために選挙は苦労したが、県民は正しく塩田氏の実績と将来性に期待を掛けた。
  旧通産省出身者で政治で活躍している人間は、非常に多い。国会にも自民党にも野党にも目立った人間はたくさんいるし、福岡県知事、大分県知事など地方政治関係者も多い。何故通産省かと問われることもあるが別に理由はない、ただ通産省は常に時代を先取りした経済政策、産業政策を企画立案する役所で、かつ省内では職員が闊達に発言し行動する、それが許される伝統的風土があり、その自由度が他省に比べて遥かに高いといわれてきた。私もその流れの1人とすれば、政治家になってからも、自由闊達、その伝統的素養をひたすら実践できていることに感謝している。
  いよいよ衆議院選挙の季節に入ってきた。私は10月の解散総選挙を決め打ちしています、それしかない。現職でも甘くない、「選挙は強いから勝つのではない、油断するから負けるのである」という選挙格言を常に念じながら、如何なる対抗馬でも粉砕すべく頑張ります。選挙で勝ってこそ、政治家は自分の政治信念を実現できるのです。
  昨、日曜日、小雨やまぬ中、毎月恒例の新聞配りを皆んなで2時間行った。多分20年間、私が1度も欠かしたことのない事務所行事。ITだ、ネットだ、コロナだと言い訳はありますが、多くの人は、活字で読む「原田新聞」を待っているのです。皆様のご支援をお願い致します。

2020年

7月

12日

旧友を見送る

  川崎市時代の親友「中村博帝(ひろただ)氏」を葬儀委員長として見送りました。中村君は神職で幼稚園教育者、青年会議所(JC)時代に深く付き合った。私は昭和から平成にかけて川崎市で選挙したのですが、彼は終始一貫、応援の先頭に立ってくれた。私は平成5年だかに福岡県に移り住みましたが、彼は選挙の都度、仲間を引き連れ福岡に駆けつけて、人脈を辿ってくれた。身体並み(体重約120キロ)に気持ちも大きく、世界中に友人がおり外国のどっかから時ならぬ時にメールをくれた。余り飲み過ぎるなよとメルバックするのが常だった。
  コロナ期の入院生活は大変だったろう、でも最後まで頑張りましたと夫人の言。「はくてい(博帝)君、本当にありがとう、安らかに眠れ」と、私は普段のように呼びかけました。

2020年

7月

12日

コロナ感染者増える、東京圏

  コロナ規制による緊急事態解除や東京アラート解除から1月以上経つが、新規感染者はむしろ増加傾向。東京及び首都圏の感染者は解除前を超えることもあり、第2波さえも懸念させる。一方、政府、都府県にとっては経済活動、社会生活を開放する方向と決めている。政治の一番難しい瞬間で、2つの全く矛盾する要求をどう調整するか、失敗すれば大問題となる。感染者が多いことは非常に心配であるが、どの地域も医療態勢が立ち直ったこと、一方で4ヶ月を超える自粛態勢が経済と生活に与えた影響は回復不能なくらい深刻であった。故に、県を跨いでの移動、大集会の規制緩和、旅行の勧め(「Go To」キャンペーン)、プロ野球の観客化などが慎重ながら進められている。
  結果は誰にも分からない、予測できない。上手く収束するか、失敗して再びパンデミック(大感染)となるか。指導者たちは、首相や知事や市長たちは、毎日祈るように、次の日を迎えている、結局頼るのは国民であり都民であり市民である。その人々が当たり前のことをやってくれるか、マスクをつけ、手を洗い、3密を避け、不要不急をしない、それに係っているのです。
  日本人の感染状況は国際比較では非常に低い。感染者が2万人、死者は1000人、世界中では感染者1200万人、死者は50万人、トップのアメリカでは感染者は300万人を超え、死者は13万人と言われる。誇る理由はないが、日本人はそれくらい怖い新型コロナウイルスとよく闘っている。ある調査の国際比較の中に、日本人はコロナの感染は「自分の責任」と答えた人が10%強、他所の国、アメリカなどは1%、多くが「他人の責任、国の責任」と答えたという。国民1人ひとりの心構えが、結局大きな差異を生み出す。
  経済活動、国民生活を一日も早く取り戻すためにも、当たり前のことを守ることが重要である。

2020年

7月

08日

急遽地元へ、豪雨視察

  急遽、福岡に戻りました。国会の仕事は、後日にでも調整出来ます。
  九州全域、雨が止まらない、テレビは刻々、筑後川流域、朝倉市、筑前町を頻繁に呼び上げる。東京で自分の市町村を聞くのは悲喜交交です。
  4時到着、福岡空港からは各役場に直行し、筑前町長とは情報の交換、朝倉市長、東峰村長は現場視察で出ておられたが、留守居部隊には親しく労いと激励をしました。各地には何ヶ所も体育館、公民館に臨時避難所が出来ており、中には10人前後が思い思いの避難生活が始まっています。さすがに顔馴染みが何人もおります。コロナ対策として、手のアルコール消毒とお互いのディスタンスが守られています。
  夜は10時前に帰宅しました。今日も1日中強い雨が降っていたので災害の発生も心配されます。テレビは、ほぼ途切れなく九州各地、とりわけ熊本県の被害状況を伝え続けています。

2020年

7月

07日

自民党、習近平「国賓来日中止」を政府に要請決定

  自民党の外交関係委員会で、中国の香港「国家安全法」施行と尖閣諸島侵入に反対する大議論が行われ、習近平国家主席の国賓来日を中止すべしとの要請文を政府に提出することとなった。政府、外務省がそのままやり切れるか、国民とともに自民党挙げて注視していかなければならない。
  この問題、昨9月、大臣終えて党に戻って直ぐ私が提案した。総務会では何度も主張し、中国大使にも直言し、中国に行っても発言し、大衆行動にも訴えた。コロナ騒動を機に4月の来日は「延期」となったが、中国の目に余る覇権的行為にはさすがに多くの自民党議員が危機感を抱いていることが分かる。今後党執行部との調整が行われる。

2020年

7月

07日

豪雨被害広がる、北部九州にも

  熊本、鹿児島を襲っていた梅雨前線豪雨は、死亡、行方不明、建物浸水、土砂災害を拡大させながら、一方で福岡、大分、佐賀など北部九州にまで主たる範囲を広げており、河川氾濫、土砂災害、避難勧告等の災害情報が頻繁に出されている。避難指示対象は99万人に及んだという。
  自然災害は止めようがない、まず情報の収集を的確に行い被災予防、避難行動を取ることが必要で、「まず自分の命を守ること」という呼び掛けを政府や気象庁が繰り返し行なっている。避難施設でのコロナ感染対策も緩めるわけにはいけない。
  自民党本部でも緊急の対策本部が開かれ、政府と党では当面の必要対策はしっかりと行われているとの報告が行われた。

2020年

7月

06日

躍動する美術家たち

  お誘いを受けて福岡市の美術展(「Art Wave現代美術展」)を鑑賞してきました。30人ばかり全国気鋭の美術家たちの集大成で、多くの秀作、力作が並んでいます。私は自分で絵画をやったことはありませんが、何故か観ること、鑑賞することは大好きで、テレビの絵画番組を観ることはもとより、地元公民館の絵画展にも大抵顔を出します。
  このコロナ禍の下で、美術家、芸術家たちも例外なく苦労しています。その中で、彼らは懸命に努力し、自らの世界観を色彩に託そうとしています。この美術家たちが心おきなく絵筆を振るえる時代こそ、本当に豊かと言える社会だと考えます。
  なおこの美術展、前日には福岡県の小川県知事も訪問してくれたと、楠本惠子さんら一同沸き立っていました。

2020年

7月

05日

地元選挙の役員会

  コロナ事態も一段落し、地元で自民党と後援会の合同役員会を開きました。3月からほぼ4ヶ月、私の移動も選挙活動も実際上止まっていたが、今秋とも言われる衆議院総選挙に向けていよいよ本格的な選挙準備が必要となります。役員皆さんとの久しぶりの顔合わせで、コロナ禍の後処理、政局を含めて活発な議論が行われ、今後の方針が決まりました。
  来たる7月31日には福岡市で「政策発表会」(政治パーティー)も計画しており、折からのコロナ感染防止を念頭に注意深い準備をする予定です。

2020年

7月

05日

熊本、鹿児島 豪雨災害

  恐れたことが起きた。隣県熊本、鹿児島で豪雨の大災害となった。このコロナ騒動の最中だけはと祈っていたが、天は許さなかった。避難救助と合わせて、避難施設でのコロナ対策も必要となる。丁度3年前(7月5日)、わが朝倉市、東峰村も豪雨に遭ったところ。
  私は衆議院「災害対策特別委」の筆頭理事をしており、早速週明けの段取りを連絡し合っています。

2020年

7月

04日

北方領土交渉の失敗とプーチン大統領永久政権

  ロシアで憲法が改正され、プーチン大統領の任期がさらに延長し、領土割譲を一層禁じる規定を入れたという、これはわが国にとって極めて重大である。安倍内閣に失敗があるとすれば、私は躊躇なく北方領土政策を挙げる。北方領土問題は、絶対権力者プーチン氏しかロシア国民を説得出来ない、だからプーチン氏と徹底的に友誼を結ぶという方針を日本は固執した。安倍氏はプーチン氏との交流を重ね、「4島一括」も取り止め、歯舞、色丹2島での妥協案、経済協力の強化などあらゆる譲歩を重ねたが、いずれも丸無視、結局憲法改正で領土死守と書いたのが彼らの回答だった。
  今までの領土交渉は何だったのか。日本は態勢を抜本立て直すことが必要である。
  4年前になる、2016年12月、安倍首相がプーチン大統領を山口県俵山温泉に迎えた。国民の悲願、その会談では北方領土の「ホ」の字も出なかった。翌日の外交調査会で私は、さすがに大声で、こんなだらし無い会談はあるかと安倍氏を名指しで批判した。
  遥か前、2004年に日露首脳会談があった。時期はプーチン氏の大統領(再選)選挙の直前。私が自民党の外交委員会で北方領土をこの際厳しく主張すべしと発言した。在席の外務大臣は、「ここはむしろ騒がない方がいい、プーチン氏が再選すれば、強い大統領となり、必ずロシア国民を説得してくれる」と私を制した。「ロシア人にそんな人情論が通るはずはない」というのが私の捨て台詞であった。歴史はどっちに動いたか。
  ある国のブラック冗句 ≪約束ごとに対して、中国人は中身を誤魔化す、ロシア人は約束してないと言う・・・≫

2020年

7月

03日

石炭火力発電、休廃止の決定

  政府は、石炭火力発電が地球温暖化、環境対策では最も汚染度が高いとの観点から「2030年度までに低効率老朽施設の90%、約100基を廃止する」という決定をした。石炭火力は全電源の26%を占め、かつ当面は経済的、経営的にも有利とされているが、国際的にはその廃止が(SDG ‘s)大勢となり、かつ金融界の支援(融資、投資)も無くなってきた(ESG)のがその背景にある。今回環境省、経産省がよく決断してくれたと高く評価する。
  私が環境大臣在任中、最も苦労したのもこの石炭火力問題であった。私は電力業界のことは知り抜いているので悩んだが、遂には東京電力社長らを個別に呼び出し、横須賀地区の新設は止めてくれと申し入れたこともある。これらは今回の政府決定に些かの影響を与えたかも知れない。
  環境問題とコロナ禍は深く関係する、というのが一般化しつつある。自然災害と合わせて感染症発生を抑えるためにも、環境対策の強化が一層必要となる。

2020年

7月

01日

香港向け「国家安全法」施行。習近平氏の国賓来日、凍結へ

  遂に香港の「国家安全法」が施行され、高度の自治が約束された「一国二制度」が崩壊した。中国本土の治安・警察組織が入ってきて、いわゆる民主的活動が極度に抑圧される。米国はじめ国際社会が猛批判し、日本も正式に「遺憾」声明を出したところであるが、中国はそれを強行した。
  香港の中国への返還についてはサッチャー・鄧小平間の中英宣言(1984年)で返還後50年間は「一国二制度」を保証することとなり、そのことは翌1985年に国連にも届けられ国際協定の地位を得た。実際の返還は1997年。今回の措置を中国は一貫して「内政問題」とするが、これは明らかな国際法違反であり、合わせて個人の基本的人権を守る国連人権宣言などにも反している。
  中国のこれらの暴挙で習近平国家主席の「国賓来日」は事実上凍結された、との認識が政府内にも広がっている。当然の成り行きであるが、今後の動きは厳しく見届ける必要がある。
        (写真は、3月8日「国賓来日反対 国民運動」の報告誌から)

2020年

6月

29日

コロナ禍を超えて、自閉症書家と自閉症画家

  未だコロナ禍は私たちを苛めています。梅雨空の欝陶しい中、地元の芸術記念展(大野城市)に足を運びました。明るく大きく、生きる勇気を頂きました。金澤翔子さん(書)、太田宏介さん(画)は郷土福岡が育て、今や世界に飛び出す若者です。
               (写真は、作品と協力者たち)

2020年

6月

26日

「レジ袋の有料化」、7月1日から施行

  買い物する際に店でもらう「レジ袋」は大変便利で、かつ当然のように無料のサービスであったが、来たる7月1日からは原則「有料化」となる。プラスチック素材は極めて有用なもので、鉄よりも軽く、鉄よりも強いといわれるなど、近代文明の生んだ最も優れた発明のひとつとされているが、一方で海洋汚染を中心に環境汚染の大きな原因となっており、国際的にも生産と排出を禁止、抑制する動きとなっている。
  昨年6月4日、私は環境大臣として「レジ袋有料化」の方針を発表した。長年に亘る社会的懸案であったのだが、有料化することで、国民全てにプラスチック使用の抑制とその意識付けになることを狙ったもの。これをどう具体化するかには、消費者対策、業界対策など多くの技術的課題が残された。以降、環境省と経済産業省との検討が進められた。
  本件「レジ袋有料化」について、富山県が県内の措置としてすでに10年近い実績を有していた。聴き取りを行いその実施方式や経験を参考にしたため、私は以後事あるごとに「富山方式」と呼んだ。今日1年ぶり、「石井隆一」富山県知事に電話して、国の制度の発足と富山方式への感謝の意を伝えた。
  プラスチックの生産と使用の抑制は環境政策の観点から大きな国際課題になっており、昨年の「主要20カ国首脳会議(G20、大阪)」では安倍首相の提唱で「2050年には海洋排出ゼロ」という取り極めがなされた。

2020年

6月

22日

オクラホマと大統領選挙と人種問題

  トランプ大統領が大掛かりの選挙運動を再開した、その一ヶ所目が中西部オクラホマ州タルサ市という場所。ここは実に私の第二の故郷、55年前、高校生の留学生として1年間過ごした場所である。人口30万人、石油などで豊かな都市と言われている。
  今アメリカは黒人運動、人種差別反対で大騒ぎしている。タルサ市は100年前、黒人殺害という大事件のあった所という、そのためトランプ陣営の集会は、様々な憶測がなされた。アメリカの「宿痾=長い間の病根」ともいうべき人種問題は如何なる意味でも解決されなければならないが、この問題に対するトランプ氏の手際は決して褒められたものでない。
  ただ暴動の高まりは奴隷制度の歴史にまで遡り、南北戦争のリー将軍、大陸発見のコロンブス、初代大統領のワシントン、奴隷解放のリンカーンらの記念像を引き倒すかの動きになっているといい、却って世の支持が失われるとさえ懸念される。

2020年

6月

20日

南北朝鮮問題とは何か、どう考えるのか(私見は)

  朝鮮半島がまたうるさくなってきた。北朝鮮という国はどうしようもない。何を考えているのかさっぱり分からない。(脱北者の宣伝ビラがあったというが、)いきなり韓国に向かって怒りだし、あろうことか融合の象徴「共同ビル」を爆破した。続いて軍事行動にさえ進むという。韓国もびっくりしたであろうが、世界中も面喰らった。性格がひねくれているというか、およそ精神状態が正常でないのか、理屈や論理では到底理解不可、取りつく島が無い。かまえばかまうほど駄々をこねる、何を言っても怒り出す。(似た人が人間社会にいないわけでない。)
  こういう時は、実は放っとくしか方法はない、徹底的に無視すること、それしか方法はない。いずれ時間が解決する。頭が冷えて我に戻ると自分の馬鹿さ加減に気がつくものだ。周りが慌てたり、怯えたりは禁物である。いわゆる「太陽政策」は採らない。
  また本来の国連の制裁措置、経済制裁を厳しく復活べきで、トランプ大統領の北朝鮮への接近ですっかり緩くなっていた、それが北朝鮮をスポイル、甘やかしたのが原因のひとつ。結局韓国も、世界中も、我慢が大切で、下手に手を出すと駄々を助長するだけ。さらに、「内部崩壊」こそがやっぱり必要ということ。

2020年

6月

18日

「陸上イージス」配備停止の衝撃

  防衛省は15日、山口県、秋田県に準備していた地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を停止すると発表した。国と自民党にとって負の衝撃は余りに大きい。理由は技術とかコストなどいろいろ挙げているが、始めから分かっていたこと今更弁解にもならない。導入時点から大議論があって、国会や対アメリカ、地元の山口、秋田両県には無理な説明を重ねてきた、その政治的後始末も大変。このシステムに代わる態勢については何らの説明も出来てない、何より国全体の安全保障の根幹に関わるもので、防衛省、政府内のドタバタには慄然とする。自民党の国防部会も大いに荒れた。
  「過ちを改めるに憚(はばか)るなかれ」(=失敗に気付いたら速やかに修正せよ)との諺があるが、実に大きな過ちであった。
  それでも政治は歩きを止めるわけにはいかない。新型コロナで揺れた国会もとりあえず終わった。

2020年

6月

16日

情熱、変わらず

  20年前の選挙資料が出てきました。無我夢中で走り回っていました。ひたすらに国の為になりたい、それだけです。何も変わっていません、(少し髪の毛が後退したか)。

2020年

6月

14日

金メダル「小平奈緒」選手を育てた病院院長

  平昌(ピョンチャン)の冬季オリンピックが行われたのはもう2年前、日本選手も大活躍をした。小平奈緒選手がスピードスケート500メートルで金メダルを獲得したのも国中が沸いた。メダルを取るには本人の努力は当然であるが、周りの応援態勢もそれ以上に必要であると言われている。
   小平は長野県の信州大学を出てから地元の相澤病院に就職、そこでは病院長含む病院全体で練習を続けるための便宜と環境を徹底的に整えてくれたという。10年以上に亘り十分な練習時間と内外への遠征、合宿を、例えば「長期出張」などの扱いで、存分に与えてくれた。超一級選手の体調管理、精神管理は想像を超えるが、相澤病院は小平の親友で専門のトレーナーを一緒に雇い上げてくれた。小平奈緒が金メダルに輝いた時、彼女はまず相澤院長と病院の人々を上げて感謝の言葉を忘れなかった。
  私はその相澤孝夫院長に会うこととなった。小平選手と相澤院長のことはあの平昌オリンピックの最大の思い出として、いつか相澤先生に会いたいと憧れていた。念ずれば花開く、ある方の紹介で遂に、今は「全国病院会会長」も務める相澤孝夫先生と会うこととなり存分に対話を楽しみました。
  先生曰く「誰でも良い素質は持っています、如何に自由にそれを伸ばす環境を用意してやるかが大切なことです。」学ぶことの多い対話でした。私もひとつ具体的に言いました、「大学でも実業団でも超一級の選手の手前には二線級アスリートが沢山いる、彼らは有名にもならず、仕事の本業でも後れがちである。彼らのポテンシャル(潜在力)をどう開発、活用するか、ご教示願いたい。」
  小平奈緒選手は今、次の冬季オリンピックに向けて懸命に練習を重ねている、とのことでした。

2020年

6月

13日

乗り越えた13歳「歳の差婚」、元囲碁名人の愛一筋

 「小林光一」といっても普通の人には余り馴染みないでしょう、囲碁ファンにとっては超有名、名人位や棋聖位を重ねた最強の囲碁棋士「名誉棋聖」である。日本棋院理事長も務めた。67歳。本日の『私の履歴書』(日本経済新聞)では「年の差婚」が綴られ、もう一つの経歴が胸を打つ。
 18歳の時、小林は木谷實(きたに みのる)囲碁道場の内弟子であったが、木谷の娘禮子と結婚の意志を固めた。女流棋士の禮子は31歳。禮子の母親は猛然と反対した、年の差が大き過ぎる、囲碁実力が不十分、20になるまで待てと、自分の父親を田舎、旭川から呼び寄せてまで反対の説得にかかる。心折れそうな時に、脳溢血で病床にあった木谷が遂に許しを出した。2年越しで結婚を果たした(1974年)。
  その禮子は53歳にて他界。長女泉美(女流棋士)は台湾出身棋士の張栩(ちょうう)と結婚。
  ふと思う、囲碁棋士同士の夫婦とはいつも囲碁の話、戦術とか、定石とか、新手とかを会話しているのでしょうか。因みに私たち夫婦の場合、いつもほぼ100%、選挙の話です。地元の誰がどうした、こうした、誰が生まれた、誰が亡くなったの情報交換ばかりです。

2020年

6月

11日

「香港 一国二制度」問題、総務会で取り上げ

  私は、先日8日の自民党総務会で中国の香港での国家安全法制による「一国二制度」違反問題を取り上げた。曰く「米欧による中国非難共同決議の誘いがあったに関わらず、日本が不参加を表明したというもの。日本は当然中国非難を行う立場であって、今からでも遅くない具体的行動とるべきである。」と。
  10日の衆議院予算委員会で、安倍首相は、「来たるG7においては、日本は中国非難の共同声明を主導的に行う」と明確な答弁をしたが、私の意見も多少は影響したか。なお習近平氏の来日調整は「今はやっていない」と答弁した。

2020年

6月

08日

嗚呼、横田滋さん

  横田滋さんが亡くなった。北朝鮮での拉致被害者めぐみさんほか多くの日本人の帰還をひたすら夢見ながら、遂に力尽きたもの。気の毒で、可哀想で仕方がない。ただ、悪辣、非道、無慈悲な金正恩をどう叩くか、皆んなで考えるしかない。滋さんのご冥福を心からお祈りします。享年87歳。
  平成10年(1999年)12月1日、私は北朝鮮の平壌にいた。自民党の外交部会長として野中広務自民党幹事長(当時)らとともにいわゆる「村山ミッション」の中にいた。一番の成果は、「行方不明者」という呼称を遂に「拉致被害者」という呼称を認めさせたこと、大変なやり取りがあった。実は、その朝、内部の打ち合わせの時、村山富市代表(元首相)は性格が優しい、余り無理言うと北朝鮮が怒り出すと心配したが、私は徹底主張すべきだと譲らなかった。本番で元首相はしっかりと主張してくれた。
  なお当時は「朝鮮民主主義人民共和国」という呼称から「いわゆる北朝鮮」と恐る恐る呼んでいた記憶がある。この「村山ミッション」は、平成13年9月の電撃的な「小泉訪朝」以降に繋がっていく。
  もうひとつ。私は北朝鮮から急ぎ帰り、地元福岡でのお祝いに出た。そしてさらに空路羽田、そして横浜の病院まで急いだ。母の最期には結局間に合わなかったが、「おふくろはお前のことはちゃんと分かってくれたよ。」と兄がそっと慰めてくれた。

2020年

6月

07日

習近平氏、国賓来日、中止か。

  仮にそれが事実であれば、非常に良いことではある。習近平主席の4月予定での来日はコロナを理由に当面延期になったが、今日の一斉の報道では、さらに先送りとのこと。私たちは、きっぱりと「中止」となるまでは運動を続けなければならない。
  中国の尖閣列島への違法侵略は今日で50数日を連続して超え、香港の国家安全法制、南シナ海侵略、台湾問題、チベット・ウイグル人権問題など、中国が止めなければならない覇権的行為は余りに多い。
  自民党本部でも総務会や外交部会を中心に私はまた多くの同志たちとともに懸命に訴えているが、党全体、政府・外務省としても、まだまだ真剣さが足りてない。コロナ後の外交は、中国問題が米国トランプ政権の推移と合わせて最大のテーマになるものと思う。

2020年

6月

07日

地方自治の奇跡「合併による北九州市」

  福岡県「北九州市」は5市(戸畑、八幡、小倉、若松、門司)が合併して出来た政令都市である。「鉄と石炭」に象徴される国の殖産重工業の中心、北九州地帯をより大きな規模と効率とを持たせるために、都市合併議論は明治中期から出ていた。具体的な運動も戦前戦後、昭和9年、19年、22年と3回に亘って盛り上がったが、国策や「官」主導に対して住民感情がついて来ず、いずれも数年でたち消えになった。
  国の高度経済成長を背景に、昭和35年頃に再燃した合併運動では、まず市長ら地元の指導者が先頭に立ち広域合併推進の旗を振ったこと、市民の大多数が合併に賛成するという民主的動きが大きかった。もとより議会対策を含めて手続きは困難を極めたが、正規発足は38年2月、10万人超の大都市同士の対等合併は世界に例がなく、翌39年4月、国連が調査団を派遣して実情を視察した。なお住民投票による1位の「西京市」に替えて、2位の「北九州市」が市名として採用された。

2020年

6月

03日

危険な兆候、トランプ大統領

  このコロナ禍で世界中が混沌する中で、中国の覇権主義が膨張を止めない。トランプ大統領が懸命に中国を抑えようとするその姿勢には心から敬意を表するが、トランプ氏の最近の政治執行には些か懸念が募る。彼は大統領になった時から、政治家の経験が全くないことが指摘されたが、その不安は現実のものになってきた。
  今回のコロナ対策は明らかに褒めたものではない。事を進めるに大胆であるが手順と緻密さを欠き、成果を出しているとは言えない、感染者、死者ともに世界の断トツを走る。警察官が黒人市民を暴力死させたことに発する暴動は全国に広がり、トランプ氏は州兵を超えて国軍までを出すと下令、米国で最も恐るべき「虎の尾」、人種差別問題を踏んでしまった。11月の大統領選挙に焦っていることが見え見えの上に、その政治手法が余りに稚拙なことが西側の指導者に不安を抱かせる。
  一方喜んでいるのは中国であって、今やミネソタ州や各州の警察住民の衝突、暴動ぶりは、連日報道アップされて、結果、香港の民主運動の盛り上がりが掻き消えていると懸念されている。

2020年

6月

02日

自民党総務会で「香港問題」発言

  党総務会において中国の香港関係「国家安全法制」制定について。5月29日、外交調査会の決議を踏まえて、香港の一国二制度、高度の自治実現は、明白な国際的取り極めであって、単なる中国の内政問題でないこと、自民党として、日本として、中国に対し厳重に抗議と撤回を申し入れるべしと発言した。合わせて、尖閣列島への侵略などを踏まえて、習近平主席の国賓問題は「中止」も含め再検討すべしと訴えた。

2020年

6月

02日

中国共産党の本性、そこに道徳はあるのか

  中国が一国二制度の則を破って香港の最終支配に着手した。日本領の尖閣列島への侵略は、連続50日以上、止めようとしない。南シナ海への侵略はほぼ終了したのか。経済開発を標榜する「一帯一路」も、今や領土領海を簒奪(さんだつ)する覇権主義の象徴となった。台湾への態度、ウイグルや新疆の実態・・・
  世界中が新型コロナの災禍に悩んでいるその最中にやることか、とだれもが訝(いぶか)るが、まさにその狂気性こそが今の中国共産党の本質であって、そこにいわゆる道徳律などは欠片(かけら)も見られない。人権も平和も民主主義も、また決めたことは守るとする近代法理も、全て毛沢東主義、習近平主義の前には何の意義も持たない。中国の一党独裁イデオロギーとは我々の持つ東洋的倫理とか西欧的近代思想とかの甘ったるい概念から、最も遠いものと思えば数々の現象は説明がつく、然らば、それを前提に外交を組み立てなければならない。
  その昔、平成15、6年頃、小泉内閣の終わり頃だったか、小泉首相は靖国問題などで中国に酷く嫌われていた。愛知万博の帰りだかに、中国の副首相たる呉儀氏(女性)が小泉首相との面会をドタキャンして帰国したことがある。私は衆議院外務委員長をしていて義憤にかられ、かつ公的責任を感じたので、中国大使(当時は王毅氏)を呼び出して厳しく抗議した。さらに収まらず私は中国に行くと宣言し、単身で、秘書と2人で、北京に乗り込んだ。
  こっちも議会代表だから全人代(国会)の副議長と外交委員長とが応接してくれた。さらに外交部(外務省)では武大偉副部長(副大臣、直前日本大使)と会った。私はそれぞれにこう切り出した。「我が首相へのドタキャンは失礼極まりない。私たち日本人は、全てこども時分から「孔子」や「孟子」を勉強し、人生の最も大事な倫理や道徳規範を中国から学んだ。それなのに、今の中国人はこの当たり前の道徳や礼儀、礼節はどうしたのか、論語や孟子は今どうなっているのか。」。3人とも頭を掻いていたことを憶えている。共産主義のイデオロギーには孔子のいう「摂理」とか「忠恕」という道徳律は完全になくなった、と改めて感じた。後刻小泉首相に報告に行った時、「君はよく元気に(生きて?)戻ってきたな」と褒められ、二人で大笑いしたものだ。

2020年

6月

01日

横綱列伝、早世「玉の海」のこと

  大相撲は、先場所は無観客、この夏場所は遂に中止になった。残念だがこれもまた試練だ。NHKも懐かしの特番を組んでいた。
  昔「玉の海」という横綱がいた。華やかな「栃若時代」、豪快な「柏鵬時代」の後を継いだ、地味だが感動を残した「北玉時代」、そう北の富士、玉の海という時代。その時代は短く記憶からも消えていった。
  大関は「玉乃島」と呼び、横綱では名跡「玉の海」を名乗った。大きくない身体に人一倍の腕力と闘争心、大関になるのも苦労した、横綱になるのはもちろん大変だった。しかしいよいよ本格洋々の活躍が待っていた。
  玉の海は昭和19年の生まれ、私と同年、私はいつの頃か、その活躍を意識し始めていた。私は大学で柔道をとって卒業したが、就職にも苦労し、国家試験もうまくいかず、浪人を続け、工事現場で身を濯(すす)ぐ生活もした。不思議とわが身に寄り添ってくれたのが玉乃島であった。そして私は官僚の道に本職を見出だすこととなった。
  玉の海は、あろうことか盲腸炎、全くの不慮の病で死んだ。27歳。私は、ひとに隠れて泣いた。