2018年

11月

16日

「友、遠くより来たる。」

  溝口 島根県知事らの来訪を受けました。島根県には原子力発電所もあり、国のエネルギー政策と協働するには、県民の皆さんのご苦労も大変なものがあります。私も今は「原子力防災の担当大臣」としてしっかり対応していかなければなりません。
  実は、その「溝口善兵衛 」県知事は、昭和39年、大学1、2年生時代 (東大教養学部)ではずっと同じクラスにいました。体は小さいが動きが機敏、何処でも人気者で、(古典的な名前が珍しいか、) 皆んな「ゼンベー、ゼンベー」と呼び捨てにしていました。卒業後は(旧)大蔵省に入り頑張っていましたが、いつの間にか知事になっていた。私とは官僚時代もまた知事になってからも、ずっと行き来していましたが、会うとつい「おい、ゼンベー」と呼ぶくせは治りません。古き良き友「ゼンベー君」が頑張っているのは嬉しい限りです。
  (追記、その頃の大学生は、殆ど全員が「サユリスト」(吉永小百合ファン)でした。)...
  (写真は知事、県議会議長とともに)

2018年

11月

15日

勲章及び褒章の授与

  秋には「文化の日」を迎えて様々な国家表彰が行われますが、環境省にて叙勲と褒章の「伝達式」が行われ、大臣としてそれぞれ受章者に勲記を授与しました。受章者はこの後、皇居に参内されます。
  大臣にはこれら儀典、儀式も重要な役務であります。

 

2018年

11月

15日

万感迫る、横須賀地区女性部来たる

  旧神奈川県選挙区時代、激戦区横須賀市を支えてくれたのが後援会女性部『さわやか婦人隊』でした。厳しい中で本当に頑張って頂き、その活躍は内外で評判になったものです。その後もずっと交流を続けてきましたが、今回 鍵本美代子さんはじめその代表者たちが大臣室までお祝いに駆けつけてくれました。往年(平成5、6年頃まで)、私を母とも姉ともとして引っ張ってくれた人たちで、お互い歳は重ねましたが、本当に万感こみ上げるものを感じました。
  ( 旧選挙区時代は、川崎市、横須賀市、鎌倉市という極めて広い範囲での選挙でした。5人区。横須賀市では、その後首相になった「小泉純一郎氏」など強豪達と争っていました。倉島秘書が一手に担当していました。)

 

2018年

11月

14日

私の原点、「川崎青年会議所」

  大勢の仲間たちが川崎市から駆けつけてくれました。小宮邦夫君ら川崎青年会議所(JC)時代の同志です。私は昭和から平成初期まで川崎市に住み、ここで政治への道を目指しました。JCとは、40歳までの若い人々の集まりで、私は(旧)通産省の役人をしながら、このJCで川崎市の地域事情、人々の生活、問題点などを学び、また多くの友人達と出会いました。昭和61年の最初の衆議院選挙は、大方、川崎JCの仲間たちで闘ったことになります。結果はもちろん駄目でしたが、以後彼らに支えられ、平成5、6年、福岡県に移ってからも欠かさず交流続けています。「原点」という言葉があるのなら、私の原点は紛れもなく「川崎JC」です。お互い歳は重ねましたが、飲んで歌って暴れたあの時代にすぐ戻ります。

 

2018年

11月

14日

衆議院 環境委員会、「所信表明」

  今日は衆議院 環境委員会で「所信表明」を行い、次の委員会から本格論戦が始まります。各省大臣は国会会期の冒頭に、担当委員会で就任のあいさつと「所信表明」を読みあげますが (これは「店開き」とも俗称されます) 、各省庁にとっては今後の政策の要点を正式に発表するもので、大変に緊張するものです。

 

2018年

11月

12日

太宰府市の「政庁跡」、開発50周年。

  7、8世紀、菅原道真公の時代には、この地に大規模な「政庁」(地方政府)が置かれていました。その跡地、遺跡については、100年近く前に「特別史跡」として指定され様々の理論的仮説は立てられていましたが、1968年(昭和43年)になって、それらあを実証するための本格的地下掘削が始まり、今日ここにその「50周年記念式典」が行われました。
  太宰府は政庁跡を始め多くの歴史遺跡に恵まれており、それらをより正しく維持、開発、顕彰していくには、一層の積極的取り組みが必要です。当然に国県市の関わりは大きく、またそれらを包み込む自然環境を守っていくためには環境省の役割も大きい、と挨拶しました。

 

2018年

11月

11日

福岡市長選、「高島宗一郎」事務所を激励

  福岡市長選が大詰めです。現職「高島宗一郎」候補は多少優勢と言われていますが、いかなる選挙でも少しの緩みが命取りになります。選対事務所の皆さんには、最後の最後まで決して緩まないよう、特段の檄を飛ばして来ました。

 

2018年

11月

09日

世界の犬たちを救おう

  「世界愛犬連盟」の役員の皆さんが挨拶に来られた。合わせて、犬を食用にする国際的動きにストップをかける運動で、約3万人の署名簿も届けられた。環境省は動物愛護、自然生物の保護も重要な職務としています。私は直ちにご意見に賛成し、行政としても全面的に応援することを約束しました。福岡県の大島九州男参議院議員が熱心な応援者で、皆さんを引率されました。
  私は犬が大好きで、自宅では「福(ふく)ちゃん」という愛犬が毎日私の帰りを待っています。このことを話して、この場は大いに盛り上がりました。

 

2018年

11月

09日

通産省 同期生と環境行政の思い出

  昭和45年(1970年)、「通産省」に一緒に入った同期生が全員で大臣就任のお祝いに駆けつけてくれました。今や「経産省」(経済産業省)と呼び名も変わり、行政上の役割も変わったかもしれないが、実に何十年前、国のためになろうと若き情熱を燃やした仲間です。

  実は、その年、昭和45年、政府に「公害対策本部」というのが出来ました(7月)。高度経済成長の最中で環境悪化、公害問題が深刻となり政府が慌ただしく作ったものです。その秋の臨時国会こそ後に「公害国会」と言われ、実に今日までの環境保護を基礎付ける14もの法律が成立しました。翌年7月に「環境庁」が発足しました。...
  私はこの歴史的1年を通産省「公害保安局」の新人職員としてずっと関わっていました。特に「公害国会」には余りにも強烈な体験と記憶を有しています。私が環境省に来たことにはいささかの運命を感ずることでもあります。

2018年

11月

09日

大臣就任 挨拶

  福岡県の知事、議長、市町村長 、並びに国会議員団との合同朝食会。予算編成時の恒例の行事ですが、挨拶の機会を得て大臣就任と国会活動への決意を述べました。

  続いて、自民党本部に移動し政務調査会「環境部会」の初会合、大臣としての挨拶。省庁にとって自民党部会は特に重要で、密接に連動していくことで行政がスムーズに運ばれます。

 

2018年

11月

07日

日本の明日を託す

  日本の明日は悲観するに当たらない。この子たちがしっかりと担ってくれます。

 

2018年

11月

06日

義父への挨拶

  私の義父 「前田佳都男(かずお)」は参議院(第二委員室)に飾られています。参議院副議長、国務大臣などを歴任しました。入閣の報告に行って参りました。

 

2018年

11月

04日

地元、週末行事続く

  政治家にとって週末は特に大事です。地元ではどこでも多くの行事が週末に集中しています。この週末2日間でも15ヶ所くらい参加しました。会合では日頃のご無沙汰を詫び、近況を報告するのですが、とりわけ今は、大臣就任のご挨拶、さらには地元の皆様のご支援でこそ大臣にまで達したことを忘れないようにします。
  環境大臣の仕事も、例えば地球温暖化、気候変動という大きな問題と、海洋プラスチック汚染など身近な問題などを短く説明します。3R、即ちreduce(減らす) 、reuse(繰り返し使う) 、recycle(リサイクル) なども強調するのですが真剣に聴いて下さいます。「大臣、今はR4の時代ですよ。」、「何ですか」、「rule(ルール)です。規則を守ることです」と教えてくれた方もおられます。「ありがとうございます」。
大臣となると、注目度が大きいだけに、言動は今まで以上に大きな影響を与えているようです。

 

2018年

11月

01日

衆議院予算委員会、初答弁

  衆議院予算委員会。初めての閣僚席でした。都合7時間、緊張を持ち続けることは結構大変でした。午前、午後と2度答弁に立ちました。いずれも答弁時間が少なく、多少不本意な出来でしたが、段々に慣れてくると思います。安倍総理はじめ先輩大臣たちのご苦労を改めて実感します。
  今後ともしっかりと対応致します。

衆議院

2018年

10月

30日

キルギス共和国 外務大臣来訪。

  中央アジアのキルギス共和国の外務大臣チンギス・アイダルべコフ氏が訪ねて来たので楽しく懇談した上で、今後の環境面での協力を約しました。キルギスは中国とロシアに挟まれた中央アジアの地域で、殆ど唯一 議会民主主義が行われている国、私はすでに10年以上、この国と公私に亘って交流を続けています。もちろん貧しい中にありますが、国民皆が真面目に発展しようと意気込んでおり、ある意味で非常に育て甲斐のある国民です。
  実はこの若い外務大臣、つい先だってまで日本の大使を務めていた。よく私の事務所に出入りしていたのでとりわけ親しい。ところが2週間前に急に外務大臣に抜擢された。そこで二人ともお互い新人大臣として特段の挨拶となった次第です。

 

2018年

10月

30日

インドとの環境協力。「グリーンファーザー」のこと。

  インドのスジャン・チノイ大使を環境省に迎えて政策協力を議論した。モディ首相の来日、安倍首相との首脳会談を機にさまざまな環境項目で協議が整い調印をした。気候変動問題や循環経済問題など地球大の問題を議論した。あわせてかの国には下水やし尿処理、浄化槽の普及など健康福祉分野のインフラ協力には今後やるべきことが大いにある。
  日本とインドは「インド太平洋戦略」という大きな外交戦略のもと益々緊密な関係が続く。

  なお、私は最後に「Green Father (緑の父)」のことを持ち出し、相互理解を深めた。1960年代、130億円に上る私財を投じてインド・パンジャブ地方の荒地を見事なユーカリの街道と緑地に替えた日本人で、「杉山龍丸」氏、わが福岡県の人。私は昨年、パンジャブまで足を伸ばして現場を実見してきた。
  日印両国の経済協力のシンボルとしてこの「グリーンファーザー」を一層顕彰しようということで合意した。

 

2018年

10月

29日

北海道育ち

  「東京沼田会」に参加しました。北海道に「沼田町」という4000人くらいの町がある。私は小学校の3年間、そこで暮らした。父親の勤める炭鉱が盛況で、往時は2万人くらいの人口があった。真冬には零下30度くらいになる、雪は3メートルも積もり、スキーやスケートで野山を駆け回った。私の住地はその後ダム湖に沈んだ。
  かくして北海道は私の第2の故郷で、「道産子(どさんこ)」を任ずることにいつも誇りを感ずる。未だ多くの友人を有し、先日の地震の時は案ずる人がたくさんいた。何年かごと「沼田会」に出ると、あの子供の頃にバックする。

 

2018年

10月

27日

千客万来。そして田中君

  環境大臣就任以来、有り難いことに大臣室にも多くの人が訪ねてくれます。東京の人も地元福岡の人も千客万来で、私を励ましてくれます。

  田中一(はじめ)君。川崎時代からの同志、同じ柔道場で稽古に励んだ。長い選挙生活、一貫して先頭に立った。青年を組織して外周りを担当した。夜も昼も、時には危ういこともやってくれた。福岡に移ってからも、選挙の都度、大挙して押し掛けた。...
  そして大病を患った。長い療養生活にある。不自由な生活をしている。それでも私のことをいつも心配してくれる。私の娘が子供を連れて時々訪ねて行くと本当に喜んでくれる。
  田中君は大臣室に入るや、泣いた。私も  一緒に泣いた。思い出すことは余りにも多い。

2018年

10月

25日

国会 始まる

  いよいよ国会が始まりました。何事も初めてです。開会式では、礼服を着て天皇陛下のおことばを聴きました。本会議場では閣僚席から臨みました。参議院本会議場にも出席しました。
  安倍総理と麻生財務大臣の政府演説が行われ、来週からは各党との代表質問、予算委員会等に続きます。私も緊張感でいっぱいです。

...

  終日、公務と行事、人の出入りで忙しい日でした。最後は大臣室で環境省記者団と懇親の会が行われました。記者団とは、ある時は緊張して、ある時は協働して、共に環境政策を進めていくことになります。

2018年

10月

24日

国際会議で啓発「循環経済」の理念

  10月22日、横浜市での国際会議『世界循環経済フォーラム』(World Circular Economy Forum)に終日出席しました。環境政策の中で「循環経済」(circular economy)という言葉が今最も進んだ概念となってきましたが、これには北欧フィンランドが指導的役割を果たしています。
  地球上で人口と活動量が爆発的に増え続けると、資源も食料も空間環境も限界に達する。資源は枯渇し、廃棄物を処理する場所もなくなる。全ての有限な資源を丁寧に使い、 出来る限り有効活用し、循環させる(circulation)ことでこの地球の環境を守り、そこに住まう人類と共存(=経済)することが出来る。この巨大な「資源の循環」こそが「人と環境を守る」環境政策の究極の目標である、という考え。
  「世界循環経済フォーラム」と銘打ったこの国際会議は、わが環境省とフィンランドの公設団体(SITRA)とが共催の形をとっています。内外から1000人に...並ぶ出席者で「環境大臣」としての私の役割も極めて大きい。開会式での演説から、各国との二国間会談、協定の調印、記者会見、最後の懇親のレセプションまで殆ど出ずっぱりですが、本人とすれば国際的仕事に従事しているという充実感で一杯です。懇親会でも多くの人に列をなして挨拶を受け、お互いの健闘を誓いあいました。困ったことがあったら、何でも私に連絡下さいとも応えています。

  なお国内では 3R (スリーアール)という言葉、Reduce (使う量を減らす)、Reuse (再使用する)、Recycle (他のものに循環する) がすでに定着してきました。私は「循環経済」と全く同じことを目指すものと理解しています。

2018年

10月

19日

福島第一原子力発電所 視察

  東京電力 福島第一原子力発電所を視察した。事故から7年半が経過し、東京電力はじめ地元、行政関係者の努力により、同発電所への対応には一定の進展は見られるものの、汚染水対策、使用済み燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出しなど今後の課題は山積しており、更なる英知の結集が必要といわれている。
  視察では、実際に半面マスクや防護服等の重装備を付けて3号機内オペレーションフロアなどに赴き、現場の人々の過酷な苦労の一端を体験した。社員食堂での昼食も頂いた。
  また発電所近傍は「帰還困難区域」となって、未だ多くの住民が多地へ避難されており、改めて被害の大きさを痛感した。除染や中間貯蔵、汚染廃棄物処理、放射性物質のモニタリング等今後とも取り組むべき課題は山積している。...
  発電所退出時には機会が与えられたので、職員、関係者一同に対して、「皆様のご労苦に心から敬意を表するとともに、厳しい環境の中でも与えられた任務をしっかり果たして国民の期待に応えて欲しい・・」との激励訓示を致しました。

2018年

10月

14日

佐渡ヶ島、トキ野生復帰10周年

  「トキ野生復帰10周年」の記念式典に出席のため、新潟県佐渡ヶ島に渡った。「ニッポニア・ニッポン」という学名を持つ日本を代表する鳥であるトキは、日本では一時野生下で絶滅した。中国とのトキ保護協力で、10年前に2羽を譲り受け、それを起点に今や野生下においても350羽を超えるまでに回復した。

  本日は日中交流の10周年を記念して、眞子内親王殿下のご臨席を得て、盛大に記念式典が行われた。私は環境省主催の立場から式辞、表彰者表彰、またレセプション祝辞などを行った。新潟県知事、佐渡ヶ島市長、中国総領事、歌手 加藤登紀子さんら出席。事前にトキ生育の現場等を視察しました。

 

2018年

10月

13日

新聞紹介記事。学歴問題など。

  内閣改造では入閣新人が新聞で紹介される。私も遂に漫画入りで各紙が扱ってくれた。正直、政治家の夢のひとつではあった。綺麗事ではない、激辛い文章、それでも自分の知らない自分のこと、むしろ愛情いっぱい書いてくれた。担当の記者と似顔絵さんに心から感謝したい。

  ところでひとつだけ、私には昔、「学歴虚偽」の過去がある。平成16年のこと、文部科学副大臣の1年目。ある新聞社から電話があり、本当に「ボストン・タフツ大学政治外交大学院」を「卒業」したのかという問い合わせ、私は慌てて大学に確認した。時間を少しかけて来た返事、確かに私は必須科目をひとつ落として、正規には卒業に達してなかった。...
  卒業間際で帰国準備を急いでいたこと、しかし卒業単位は確信していたこと、帰国してから大学出版の卒業名簿には一貫して「修士号(M)」として明記してあったことなど。私は当然ながら選挙の際の公報には大学院「卒業」と銘打っていたのだ。
  虚偽記載が分かった翌日、誰も知られる前に、私は大臣に辞表を申し出た。直ぐに記者会見を開き辞任を発表した。各紙は一斉に「学歴詐称」、「文部科学副大臣辞任」で埋め尽くした。何処かから刑事告訴さえ起こされた。私は不明を恥じつつも、しかし身の潔白は訴えたかった。衆議院「政治倫理審査会」に自ら申し出て、一件顛末を弁明する機会を与えられた。決して「故意」や「悪意」でなかったことを懸命に訴えた・・・

かくして、大臣を受けるにあたり、このことを思い出させて頂いた。若き日の過ち、軽率と不注意と、今に汗顔の至りだが、今後の自戒への得難い学びとしていきたい。

2018年

10月

10日

福島県、再訪(その2)

  昨日は一旦帰京し、今朝10日は閣議に出席。午後には東北新幹線で福島県を再訪、富岡町の町長、議長を訪問した。復興に向けての努力に敬意を表するとともに、互いの連絡態勢を良くするよう約束した。広大な「特定廃棄物埋立処分場」と情報広報施設「リプルンふくしま」を視察した。
  秋元副大臣、菅家大臣政務官 同行。

 

2018年

10月

10日

福島県 原発被災町、訪問

  福島県 原発事故からの被災地の現状を視察させて頂きました。安倍内閣は「福島の復興なくして日本の復興はあり得ない」という決意のもと、復興政策の強化、統合を目指しています。事故から7年半、「未だ道半ば」というのが実情です。
  10月9日は同県楢葉町、双葉町、大熊町の3町を訪問、それぞれ町長、議会議長に公式訪問しました。現状認識を相互に交換した上で、今後の復興対策をさらに加速しようとの方向で意見一致しました。その概要をいずれもその場での記者会見で報告しました。福島県内で除染された土壌などを30年後の県外最終処分までの間、安全に保管する場所が「中間貯蔵施設」です。大熊町、双葉町の地元の皆様の御協力に改めて感謝申し上げます。

 

2018年

10月

08日

地元で初活動、SPとの行動

  忙しい国会での週を終えて、3連休の週末は地元に戻りました。1日目(10月6日)は台風のため行事は大方中止、2日目、3日目、天気は快復して、運動会や施設の地鎮祭、文化祭など多くの行事、イベント、護国神社での合同慰霊祭などに出席しました。多くの人々と挨拶、会釈を交わしました。皆様も笑顔で祝って頂き、地元とは本当に有り難いものだと感謝の気持ちで一杯です。
  あちこちで来賓挨拶させてもらうのですが、自分も大臣になったと意識するし、お客も多分そう意識されていると思うと、実は普段と変わらないのですが意識が高ぶり、とちってはいけないと思うと、一層とちったりします。
  一番大きな違いは、四六時中同行する「セキュリティ警護(SP)」です。全く経験のなかったことで未だ戸惑いは隠せませんが、「大臣」とはかくも重要な職務であるということを改めて自意識させるもので、彼らの行動が社会とできる限り調和できるような配慮も必要です。

 

2018年

10月

06日

「環境大臣」として活動開始。皆様のご指導に心から感謝致します。

  多くの多くの皆様から心改まるお祝いを頂いております。無上の感激と緊張の中で、長きに亘ってご指導ご支援頂いた、まず地元福岡県の皆様、そして全ての皆様に、心から感謝を申し上げます。かくなる上は、政治家になることを決意した若き日の原点をいささかも忘れることなく、全身全霊で職務に当たる覚悟であります。何分の一層のご指導を伏してお願い致します。

  本日5日も朝1番に総理官邸で閣議、続いて東宮(皇太子)御所はじめ各宮家にご挨拶(記帳)回り、本省に戻って会議に次ぐ会議、午後から省内記者会見、朝倉市(市長、議長ら)の来訪、国会秘書との打ち合わせ、医療関係会議へのビデオメッセージ、自民党本部幹事長らへ挨拶、懸賞論文の審査委員会・・・ 福岡行き飛行機に乗ったのが夜7時30分。

 

2018年

10月

04日

「環境大臣」、始動

  10月2日
総理官邸に呼び込み、
皇居にて天皇陛下より「国務大臣」任命認証、...
官邸にて総理大臣から「環境大臣」への補職、初閣議、合同記念撮影、合同記者会見
環境省に入り、幹部職員への挨拶、環境省担当記者会への記者会見

  10月3日
環境省にて中川前大臣と事務引継ぎ、総職員への就任挨拶、内閣府職員への就任挨拶、
福島市まで新幹線で出張し、福島地方環境事務所で職員への挨拶、福島県知事、県議会議長への挨拶、県記者会への記者会見、帰京・・・

2018年

10月

01日

九州大学と「古河(ふるかわ)財閥」のこと

  九州大学が全面移転して、新しく生まれ変わる(伊都キャンパス)。福岡で生まれ育った者として、こんなに誇らしいことはありません。その上で・・・

明治34年(1901年)、帝国議会を終えた明治天皇の車列に男が飛び出した。羽織はかまの正装、手には「謹奏」の包み紙が。男の名は田中正造、足尾銅山(栃木県)の鉱毒の窮状を訴える、厳罰も覚悟の直訴である。政府は「正気不全」をもって不敬罪は免じた。...
足尾銅山の惨状が伝わると世間が沸騰した。後の首相 原敬は「古河財閥」に対し社会貢献事業を勧めた。古河側は文部省の指導を受けて建物を建設(福岡市箱崎)、丸ごと国に献納した。かくして開学したのが九州帝国大学、今の九州大学である・・・(西日本新聞 10月1日)

  私は「古河」という名前に無関係ではありません。私の父親は戦前、若い頃から福岡県筑豊地区、「古河鉱業」という炭鉱に事務職員として勤めていました。親戚も皆同じです。20年あと、炭鉱が閉山して、父が神奈川県に転職(富士通)したのも古河鉱業のお世話によるものです。私の両親は終生、古河とともにあり、いつも「会社のお陰」と言っていました。当然私は生まれた時からこの名前しか知らないくらいでした。
長じて古河財閥と足尾鉱毒事件、そして田中正造翁のことも学びました。それでもなお私はいつも古河のことを身内のように思っていました。

  非常に勝手ながら、私は九州大学との縁を更に近く感ずるようになりました。

2018年

9月

30日

イタリアの著名彫刻家チエッコ・ボナノッテさん<Cecco Bonanotte>

  縁あってイタリアの彫刻家チェッコさんとご一緒しました。チェッコさんはローマのカトリック・ヴァチカン宮殿にもいくつもの彫刻作品を納めておられる著名な彫刻家 で、日本とイタリアとの友好にも大きく活動されています。カトリックと 日本の各組織と宗教、宗派を超えた平和文化活動が出来ないかと地道な努力を続けておられます。

 

2018年

9月

29日

九州大学 伊都キャンパス完成記念

  九州大学が実に27年の歳月を掛けて、都心から福岡市西区に全面移転、その完成式典がキャンパス内の大講堂で行われた。生まれ変わった大学として、学問、教育を一層磨き、その成果を内外に発信する、「知の拠点」はまさに福岡一帯を新しい学園都市に作り替えることとなる。
  式典後、ノーベル賞学者「大隅良典」博士(福岡市出身)の「50年の研究生活とこれからの科学技術政策」と題した記念講演が行われた。私には本物のノーベル賞学者の講演は初めての経験で、強い感銘を受けました。

 

2018年

9月

29日

中国吉林省との医療協力(その2)

  吉林省長春市の副市長らが来訪。中国の著名書家の揮毫を頂きました。『春に頑張れば、秋には大きな収穫がある。』。私の右が「邱実(きゅうじつ)君」、左端が副市長。

 

2018年

9月

29日

中国 吉林省・長春市との医療協力(その1)

  日本と中国、とりわけ中国吉林省(東北地方)との間で、医療協力を中心とした交流組織が発足しました。これは中国の吉林省長春市出身の「邱 実(きゅうじつ)」という青年実業家が企画し具体化したもの。邱君は未だ30歳前で、日中両国を股に活動している。この2、3年私の事務所によく顔を出すので、私も特に可愛がって必要な手伝いは惜しまない。国では実家も大きな実業家ということ、日本の高校も出ており、まずバイタリティがある。日本の若者も見習って欲しいと思います。
  この組織は両国の医療関係の団体や個人、投資活動家を往来させることにより、例えば医療施設、医薬業界の紹介や建設、またメディカルツアーという患者のケアーなども目指している。
  日本は少子高齢化、人口の減少という国家的な課題を超えられないまま、しかし国際的には非常に進んだ医療福祉制度を享受しており、中国はじめ多くの途上国が学びにきているのが実体で、それらにはしっかり対応しなければならないと思います。

 

2018年

9月

28日

激動する国際金融、最先端サミットは今

  今 国際金融は激動していると言っていい、極めて大きな変革が進んでいます。昔は、国際金融となれば貿易、投資の決済、為替と送金など、国境越えて基本的に通貨金融がベースでしたが、今やインターネット、AI、IOTなどの発達と符合して、電子マネーはもとよりフィンテック、仮想通貨(ブロックチェーン、コインチェック等)等々全く新しい技術、概念が入ってきた。追っついていくだけでも苦労します。金融庁、国税庁ら国の金融行政も結構大変そうである。
  それら最先端の金融議論の場として、日本経済新聞、Financial Timesなど主催の「国際金融シンポジウム」が東京丸の内で開かれた。会場も高層ビル5、6個に分散し参加者1万人以上、出展500社以上が4日に亘って意見を交わす。私も予々、関連企業、グループを紹介し、その活動に多少関わってきました。正直言って、時代は遥かに速いスピードで動いており、その激しい金融システムの上に世の中全てが乗っている、目に見えないからといってのんびり出来ない、ということをこの場所に立つと改めて自戒します。
写真は全て、日本、中国、香港、シンガポールからの金融専門家(マフィア?)といわれる人々。

 

2018年

9月

28日

オーストラリアからの中高生

  オーストラリアからの中高生が国会見学に来ました。「国際青少年研修協会」の世話で、毎年多くの青少年を、外国から迎え、日本から派遣しています。この組織は私が会長を務めています。
  私は、東京と福岡と往復していることなど、政治家の普段の生活を説明しました。生徒たちが自分の夢や目標を明確に持っていることに気付きました。

 

2018年

9月

26日

裁判所、「伊方(いかた)原子力発電所」の稼働許可

  四国電力は伊方原発の再稼働につき、広島高等裁判所に異議申し立てをしていたところ、その申し立てが認められ再稼働することとなった。四国電力の伊方原発は昨年、広島高裁にて「稼働差し止め」の仮処分が出されていた。
  そもそも熊本県の阿蘇山が万が一火山噴火すると、愛媛県の伊方原発に悪影響するという極めて確率の低い事象に対する安全性が市民団体から出されていたもので、私もまさか裁判官も、今回は正常な判断をしてくれようと期待していた。
  日本のエネルギー政策上、原子力発電は未だベース電源として絶対に必要なもので、しかしその管理上の安全性については強調し過ぎることはない。エネルギー問題は、今回の北海道大地震によって全道が暫しブラックアウト(大停電)になったなど、いつの時代も決して気を緩めてはならない。

 

2018年

9月

26日

皇太子ご夫妻,ご来駕

  皇太子ご夫妻が福岡に来訪され、私たち国会、県議会の議員団が市内ホテルでお迎えを致しました。お二人はその後朝倉市、東峰村の昨年の豪雨被災地をお見舞いされました。地元の関係者としても本当に有難い幸せです。いよいよ来年5月には皇太子は天皇に即位され、日本にもまた新しい時代がやって来ます。雅子さまもことのほかお元気そうで、間近でご挨拶しましたが大変嬉しく存じました。

 

2018年

9月

24日

横綱白鳳、「前人未踏1000勝」で思い出すこと

  横綱白鵬が幕内1000勝、横綱800勝という空前の記録を打ち立てた。白鵬といえばもはや他を圧倒して止まない、この9月場所でもまた全勝優勝を重ねた。

  思い出すに私は白鵬のことで昔の日記に書いたことがある。10年以上前のこと。...
  彼は大関で遂に優勝をした。インタビューでは「親方と、お父さん、お母さんのおかげです。」と清々しく初々しく答えた。彼の相撲の勢いは強烈で「来場所後には必ず横綱になるだろう」と私は書いていた(平成18年5月22日分)。
  ところがそうはならなかった。横綱になるにはもう1年かかった。「調子を崩し、怪我をしたりで大関の転落の危機まで低迷。今年になってようやく復調、2場所優勝で遂に横綱に」と書いた(平成19年5月30日分)。「この1年の苦労が彼にとってどんなに良かったか。『風雪 人を磨く』、『艱難辛苦 (かんなんしんく)汝を珠にする』などの言葉の通り、困難は天が与えた試練かも知れません・・・」と私は続けて書いた。

人に歴史あり、です。

2018年

9月

20日

「安倍晋三氏」、総裁三選

  9月20日、自民党総裁選が済んだ。安倍氏勝利は予想通りだったが、やはり実際の選挙は激しいものであった。石破氏の執念と努力は十分以上に成果を出した。
  昨日は安倍氏、石破氏ともに直々、個別の議員室まで投票依頼の挨拶に来られた。今日は昼間、陣営はホテルでの昼食会で縁起物カツカレーを食べ、出陣式となり、そのまま党本部大ホールになだれ込んだ。
  議員投票と結果発表は緊張の中で行われた。最後は恒例、候補者 安倍氏と石破氏を囲んで総員で万歳三唱。自民党議員としての誇りと責任を最も感じた瞬間であった。

 

2018年

9月

19日

「トルコ産オリーブ」を日本で育てよう

  オリーブはヨーロッパから来た食材ですが、オリーブ油の形で日本でもかなり普及しています。味も香ばしさも日本文化に合う、健康にも美容にも良いというふれこみです。
  お誘いもあって、トルコ原産のオリーブを日本各地で生産しようという会合に呼ばれました。場所は東京のトルコ大使館、トルコが国としても力を入れていることを示しています。式典、パーティでは、私も挨拶に立ち、輸入ばかりでなく、日本で植樹、生産するとなると日本の農業の再生にもなる、合わせて日本・トルコの友好親善にも役に立つと話しました。

...

  私は特段トルコとも縁が深く、仕事で行ったことも、またかの国とのエネルギー協力にも活発に関わっています。120年前、遭難したトルコ軍艦「エルトュール号」を和歌山県串本の人々が助けたという美談はいつも誇りに思っています。
(写真は トルコ大使夫人を挟んで、飯島勲 首相顧問、トルコ大使館公使らと。)

2018年

9月

19日

『さきま 淳(あつし)』を沖縄県知事に

  今自民党総裁選と並行して沖縄県知事選が行われており、自民党与党は『さきま淳』候補を応援しています。いうまでもない、この知事選は国の安全保障にも直結する極めて重要なもの、4年前は負けた経緯があるだけに、党本部はもちろん我々党所属議員も懸命です。私もなんとか那覇市、旧友たちや企業を訪ね、票の積み増しをお願い致しました。
  「頑張れば勝てる」という状況の中で9月30日の投票日に向けて、暑い、熱い、闘いが続きます。

 

2018年

9月

16日

災害時,行方不明の氏名公表

  全国、大災害が続いていますが、災害最中の死亡者、行方不明者の名前を迅速に公表すべきか。北海道の大地震地域でも議論になっており、厚真町だけ公表、その他市町村は原則非公表との報道。国の方針は、基本的に自治体の判断に任せるとなっており、結局「個人情報」をどこまで守るかということにも関わってくる。
  昨年の朝倉市、東峰村豪雨災害で直接に関わった経験から。ごった返す災害対策本部、自衛隊詰所の黒板に行方不明者の一枚紙が貼ってあり、偶々知人の名前を見つけた。未だオープンにされてない、公表して多勢で捜したらどうだと思ったが、それは「個人情報」の範囲内だったようだ。
  この危機的瞬間に、命の他に何か「個人情報」として秘密を守るべものはあるのか。私はむしろ積極的に名前を公表して、捜索など住宅周辺の人々の協力を仰いだ方が良いと思うのだが。

 

2018年

9月

15日

「受けた恩は,石に刻む」。心に残る言葉

  『縣情水流、受恩刻石』( 掛けた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む )。大意、人間関係において、人を世話した時はお礼や見返りなどを期待せずに直ぐに忘れる。人に恩を受けた時は、石に刻んででも、それを忘れず末代まで伝える。お釈迦様の教えとして伝えられる。
  地元の敬老会で、「高原隆則 」那珂川町議会議長が祝辞の一節で発した言葉、高原氏は僧籍にもあり、一層の重みを与えました。

...

  那珂川町は、10月1日には晴れて「市」に昇格します。

2018年

9月

14日

安倍総裁、3選目指して

   自民党総裁選も中盤となった。安倍晋三氏(総裁)の支援に向けて福岡5区地区地元で急遽、決起大会を企画、国会からは山東昭子参議院議員を招いて特別公演を頂いた。山東氏は、元参議院副議長、科技庁長官、現在麻生派会長代行で、私とも長年の友人です。国の内外、喫緊の課題について興味深く聴き入った。
   決起大会の最後には、議員団挙げて「頑張ろうコール」で盛り上げた。

 

2018年

9月

12日

農水大臣と面会、陳情

  朝倉地区の農協、農政連の役員が斎藤健 農林水産大臣に面会しました。昨年の朝倉、東峰村豪雨災害では政府挙げて支援を受けましたが、とりわけ大被害を被った農業、果樹に向けての農水行政の役割は大きかった。農政連 草場委員長、農協 竹永副組合長は大臣に対して、まず今日までのご支援ご指導に謝辞を行なったうえで、復旧、復興事業のその後の円滑な実行に向けて、強くお願いをした。
   これに先駆けて、国会事務所では私と皆さんで、具体的課題について懇談しました。

 

2018年

9月

11日

ジョージタウン大学研修生,壮行会

  米名門「ジョージタウン大学」(ワシントンD.C.)への短期研修生の壮行会が行われた。このプログラムは米アムウェイ社と英字紙ジャパンタイムズ社が共催しており、特に政治、ジャーナリズムの観点から日米交流への若い人材を育てようとの趣旨、私もほぼ毎年来賓で呼ばれています。
  今年は地元秘書「古賀三春(みつはる)」君も選抜されたので、私も特段に力が入りました。河野太郎外務大臣も本学卒業生で、楽しい応援スピーチをされた。

 

2018年

9月

09日

総裁選,本格始動

  自民党総裁選は9月7日告示でしたが、関西地域台風災害や北海道地震などへの配慮で事実上日延べになり、7月10日、党本部にて候補者の出馬表明演説会が行われた。安倍晋三候補が絶対優勢の中、石破茂候補も立派な演説を行った。
これに先立ち、各陣営は候補者出陣式(送り出し)を行い、勢いづけをした。

 

2018年

9月

08日

「女性医師」と「就活規制」。君はどう考える??

( 1 ) 男女平等と医科大学入試
     医科大学入試にさまざまな問題が指摘される。文部科学省高官の犯罪事件はもとより論外である。世の中が男性医師(特に外科系など)をより多く求めているのも本当らしい。 

     しかし受験の裏で男女の成績を加点したり減点したりは良いことではない。将来を目指す若者の精神性を最も傷つけるもので、その残酷さは想像を越える。
私の意見、各大学入試にははっきりと、例えば「男子100名、女子80名」と定員を明示することです。もちろん男女平等の議論は残るが、それは決して憲法論、法律論にまで発展しない、十分に社会的論理を説明すれば世の中は納得するものです。

...

(2)大学生の就職活動
     大学生の就職活動の時期的制約を撤廃するか否か。私は堅持すべきと強く考える。経済界の希望的思惑では、従来の規制が実際守られておらず、就活を自由化した方が却って人材の適正配置は可能になるという。生きた経済界の事情も分かる、制度の曖昧さゆえの現実論は理解できる。
      しかし、言うまでもない、学生の本分は教育と学問である。これは、個人にとっても国にとっても絶対の基本であって、卒業までの数ヶ月こそ、その人生にとって最も大事な時期となる。就活期間は学生にとって最も悩み深き時期でもある。現実が混乱している、だが、私は「混乱の時こそ基本に戻れ」の原則の下、この時こそ従来の基準を再確認し、お互いその遵守(コンプライアンス)と信頼感を高めることで、結局は皆のためになると固く信じています。

2018年

9月

07日

北海道、大地震。全道、停電。

    一体、わが天地はどうなっているのか。早朝テレビをつけて、瞬間、「台風21号」災害と思いきや、何と北海道の震度6強の地震という。北海道厚真(あつま)町中心に大地震となり、国は今、人命救助とその被害把握に懸命である。山々の土砂崩れがひどい。

     電力被害が深刻である。この地域に留まらず、北海道全域が停電したが、これは普通は考えられない。「苫東(とまとう)厚真火力発電所」が大破したこと、北海道の送電システムがそのようになっていたこと、と説明されている。...
もう40年にもなる、私は資源エネルギー庁では行政官として電力担当をしていた。苫東厚真火力発電所は建設中であって、国は厚真町とは特に関わりが深かった。私はもちろん現地にも行った。
その厚真町が大地震に逢い、発電所が止まったことに、私は密かな感慨を禁じ得ない。発電所にも北海道電力にも一日も早く立ち直って欲しいと祈るのみ。

2018年

9月

06日

■ 「麻生節」炸裂。安倍首相支援,福岡県大会

  安倍首相支援の福岡県大会が自民党県連主催で行われた。折から吹き荒れる「台風21号」のため候補者たる安倍氏自身は出席されなかった。麻生太郎氏がその代理役で講演、2500人と言われた出席者も、現下の政治、経済、国際関係に思いを致し、かつ本格的な 「麻生節」を堪能されたものと思われる。
福岡県自民党は、安倍圧勝を目指しています。
  夕刻、いきなりケータイが鳴り、「福岡県大会に欠席して申し訳ない、選挙は何卒よろしく」と安倍氏の直々の挨拶があった。選挙にかける真剣さと気配りの丁寧さには一人驚いたものです...。

  台風は関西中心に非常に大きな被害を残しました。

2018年

9月

03日

■ 安倍首相,総裁選挙 激励会

  安倍首相(総裁候補予定者)の選対本部設立、激励会が都内のホテルで行われた。選対本部長には参議院の橋本聖子氏、続いて麻生太郎氏ら推薦派閥の代表から応援演説が行われた。最後に安倍氏本人が内政外交の実績を踏まえて、あと3年間で全ての課題を仕上げたいとの力の入った決意表明があった。9月7日告示、20日投票となり、新しい時代が始まる。

 

2018年

9月

03日

■ 児童擁護施設の子供達、ご馳走で腹一杯

  児童擁護施設の子ども達、本当に腹一杯ご馳走を頂いたでしょうか。恒例のイベントで、「博多食文化の会」(メゾンドヨシダさんら)の皆様が毎年、この子らに最高の食事やもてなしをしてくれます、27回目、今年も200人以上の子ども達が呼ばれました。私も長い間関わっていますが、この子ども達の喜びよう、大方は親がいなくて家庭の味を知らない子ども達にとってどんなにか嬉しいことか、また運営者が物心どんなに苦労されているか、改めて感じ入ります。大マグロの「解体ショウ」に始まり、寿司の握りはもとより天ぷら、焼き鳥、カレー、洋食、中華・・・、ケーキにアイスにジュースと選り取り見どり、私らも相伴に預かり、遂には食べ過ぎて夕食を抜く破目に。
  この子らに幸あれ、と祈らずにはおられません...。

(小川洋県知事も毎年の応援者です。)

2018年

9月

01日

■ 「米中新冷戦」

  米朝非核化交渉が進まない。米国務長官が北朝鮮に行こうとしたが行くのを止めた。米国はやめたはずの米韓合同軍事演習を復活すると警告もする。北朝鮮は、「6・12のトランプ・金正恩 首脳会談」の後でも、結局何も変わらない。
  トランプ大統領は「北朝鮮のうらで中国が糸引いて、北朝鮮の非核化を邪魔している。中国は北朝鮮の経済支援を続けている」と中国への不信と貿易戦争の恨みをツイッターでぶつけた。いつも私は言うが、この御仁はなんと素直で分かりやすい人か。北朝鮮は中国そのものであって、中国に何を望もうとしているのか。中国はきっと困った顔をして、心では嗤(わら)っているだろう。習近平氏の「中国3000年の戦略」とトランプ氏のツイッター外交とでは勝負にならない、  しからば、日本が、各国が、その狭間で自国だけは守り抜けるような戦略を確立しておくことが必須なのだ。
  私は『米中 新冷戦、中国の脅威』として近々本を出す、日頃の言動をまとめただけであるが、諸賢のご意見も頂きたいと思う。

 

2018年

8月

31日

■ 「スマートインター生みの親」,それは「渡辺具能議員」

  自民党本部「道路調査会」、国土交通省道路局の予算審査。国の道路予算全体を扱う、自民党の中でも最も強力な組織のひとつである。
  私はまず、「昨年夏の九州北部豪雨においては、河川と道路と災害に対しては極めて迅速に対応してくれて、地元は本当に助けられた」と心からお礼を言った。更に、「災害は場所を選ばずやって来る、今後とも気を引き締めてお願いしたい」と続けた。
  その上で、議題のひとつ、「スマートインター」に言及した。スマートインターとは、高速道路のインター(出入り口)のひとつ、実は昔は大型、本格的なインターしか無かった、ところが軽自動車だけが乗り降り出来る簡易型のインターがあってもいいではないか、との提案が出た。大議論の末、遂に軽自動車専用、無人にするためITC使用のみ、という簡易型インターが制度化した。これが「スマートインター」であって、今や全国で100ヵ所以上、どれだけ多くの利用者...と、省エネ、環境対策、利便性改善に役に立っているか。その普及はますます増えている。
私は続けた、「若い議員はもう知らないだろうが、10年くらい前、運輸省出身の『渡辺具能(ともよし)』という先輩議員がいた。渡辺議員がこの簡便インターのことを一生懸命訴えていた。最初は誰も相手にしなかった。私らもいやいや手伝わされた。そして、遂にその熱心さで自民党で予算化された・・・」。
  私は畏友 渡辺具能君こそ「スマートインターの父」と呼んで憚らない。その第一号は、彼の地元福岡県宗像市須恵インターにて、今大いに賑わっている。

2018年

8月

29日

■ 水城(みずき)堤防に掛かる,民話と涙(その2)

  その大工事が進む中、密かに吉三、平太という名前に身を隠した百済渡来の父子がいた。河川(御笠川?)堤防工事に黙々と身を捧げていた。気の荒い村人にはよそ者、下賤として虐めるものもいたし、村長(むらおさ)をはじめ優しいことばを掛ける者もいた。工事が概ね完了した時、水害が発生した。工事箇所は無残に破壊され、遂に村長は工事失敗のかどで役所に捕縛された。修理回復工事を急かされる中、吉三が「同じ工事では駄目だ、堤はまた壊れる。水を逃がすための「木樋」が必要だ」と提案、新しい工法よって堤防は見違えるように復活した。 

  村長はもちろん釈放、吉三、平太父子は郡長から特別の表彰を受けることとなった。この箇所は今や「父子(ててこ)島」と呼ばれることもある。
  「お前たちは国を捨てて来たのだろう」との放言に、息子の平太が「俺たちは祖国を愛している。しかしもう帰る祖国は滅びて無くなったのだ。」と小躯を震わして泣いた。この演劇の圧巻であった...

(大野城市 劇団「迷子座」<父子嶋異聞>公演録)

2018年

8月

29日

■ 水城(みずき)堤防に掛かる,朝鮮半島の歴史と日本(その1)

  福岡県の大野城市と太宰府市に誇るべき国特別遺跡「水城(みずき)」堤防がある。読んで字のごとく、水で国を守り、水(水害)から地域を守るための壮大な施設、堤防(=城)である。西暦664年に出来たとされる(「日本書記」)。
  往時、朝鮮半島は戦乱が続いており、北部の覇者 「新羅(しらぎ)」は、宿敵 「高句麗」を平定したあと「唐」(中国)と結んで南端「百済(くだら)」に襲いかかった。わが大和(やまと、日本)は、交流の深い百済を加勢すべく参戦したが、遂に地の利は味方せず大敗を喫した、世に言う「白村江(はくすきのえ)の戦い」である(663年年)。逃げ帰った大和は、新羅・唐からの反撃を恐れ、防衛態勢の整備こそ急いだ。百済の職人、職工の土木技術を借りながら突貫工事となり、長さ1200メートル、幅50メートル、高さ30メートルの壮大な堤防を実に数年で築き上げた。博多湾から万一、新羅・唐軍が侵入しても奥地の「大宰府政庁」はこの堤防で守り抜くとの大和朝廷の決意でもあった。
  遂に、唐・新羅軍は大和を襲うことはなかったが、この壮大な水城堤防は、国の安全保障の重要性を今に伝えています。

 

2018年

8月

28日

■ 麻生派,「安倍」支持を決定,自民党総裁選始まる

  いよいよ自民党総裁選が始まりました。石破茂元幹事長に続いて安倍晋三首相も正式に出馬表明され、9月7日告示、20日投票という短期決戦となりました。政策論争中心に、活発な選挙戦こそが明日の日本を創る最大のモチベーションになるものです。
  属する政策集団「志公会」(麻生派)は緊急総会を開き、麻生会長が正式に「安倍支持」を提案、全会一致で決定。全館揺する「頑張ろうコール」を三唱して必勝態勢を締めました。

 

2018年

8月

26日

■ 「金足農」に続け!農協青年部,ソフトボール大会

  福岡市農協JA青年部のソフトボール大会。今日も暑くなりそう、それを押して今年は49回目という伝統ある大会です。TPP、EU通商協定、災害多発、農協改革、後継者不足 等々、農政には様々課題が山積していますが、まずは現役の青年たちが頑張らなければなりません。私からもしっかり檄を飛ばしたものですが、折しも甲子園の「金足農業高校」の活躍、また前日アジア大会(ジャカルタ)では、日本女子がソフトボール金メダルの5連覇を達成したことも、景気づけに取り上げておきました。

 

2018年

8月

24日

■ 「寂しけれども,悲しくない」

  筑紫野市「野間 猛」さんの葬儀に参列しました。地元の自民党支部では長い間、大変にお世話になりました。無理なことは言われない、いつもニコニコとされて、目立つことなく、本当にお世話になりました。政治家の来し方にはいろいろあるものですが、陰日向なくご支援頂いたものです。晩年、伏しておられて少しご無沙汰していましたが、心から感謝を捧げ、ご冥福をお祈りしました。享年94才。

      葬儀ご導師の短い説教がありました。僧侶(浄土真宗)と仏様(故人)は個人的にも親しかった。お寺と葬家も代々の付き合いがあった。僧侶は「誰しも御浄土で再会するのです。今私は寂しくはありますが、悲しくはありません。」と結ばれた。 本当に深い信頼関係が幽明を越えてそこにあったのでしょう。

 

2018年

8月

23日

「ノモンハン事件」。嗚呼,モンゴル民族の叫び

  80年前、1939(昭和14)年、モンゴルと中国の国境沿い、ノモンハン(今の内モンゴル自治区)で国境争いが起こった。中国(満州国)・日本(関東軍)連合軍 対モンゴル・ソ連連合軍の戦いとなり、満州国がモンゴル民族の建てた国とすると、モンゴル民族同士がモンゴルの地で、列強の代理戦争を戦ったという特異な側面があった。戦闘は兵力物資に勝るソ連側が優位に展開、日本側が反撃する中で停戦、日本軍も主力部隊が壊滅するなど大打撃を受けた。
  その後の定説としては日本側の死者1万7000人、ソ連側2万5000人とされているが、当時のソ連、現在の中国側は、日本側死者「5万4000人」、「日本大敗」として共産党の政治喧伝に利用している...。

  ノモンハンの大草原、戦場跡には政治スローガンの看板が立っている。中国語とモンゴル語で
民族の団結強化
民族の進歩促進
民族の経済繁栄
と書いてある。 (以上 「産経新聞 」8月22日、23日による。)

今モンゴル民族はモンゴル共和国と中国(内モンゴル自治区)とに分かれている。
そして今日本には多くのモンゴル人が住んでおり、出身国を超えて全ての居住モンゴル民族のお祭りが行われている。5月4、5日、東京都練馬区光が丘、春の祭典「ハウリンバヤル」と呼ばれ、横綱白鵬ら相撲取りも参加し、地元では本当に大きなお祭りとなっている。何故か私にも毎年招待状が届く。 また今秋「モンゴル国立大学」に「武道学科」が出来るということで招待を受けている。

2018年

8月

21日

■ ジュニア空手国際大会

  千葉県浦安市にて。青少年の空手国際大会、私は「大会名誉会長」としてほぼ毎年出席しています。空手道は今やすっかり国際化して、再来年の東京オリンピックには正式種目となります。空手は柔道や剣道と異なり未だ多くの流派があり、技や試合ルールが国内でも統一されておらず、オリンピックとなれば尚更にまとめていくのに困難が伴います。
  10を超える外国の選手、指導者の懸命さには、武道としての空手が持つその精神性、倫理性は国や民族を超えたものであって、ひたすら胸を打つものがあります。私は「君たちの毎日の練習こそが、国際的平和と豊かさに繋がるのです。」と挨拶しました。

 

2018年

8月

18日

■ 「神宿る・沖ノ島」世界遺産を訪問

  福岡県の宗像(むなかた)、沖ノ島は昨年「世界遺産」群に登録されました。沖ノ島自身は、入島禁止という厳しい神域にありますが、それを起点とする、宗像大社、大島などには壮大な遺跡と霊なる文化が遺されています。この地は一地方の宗教、歴史、文化活動にとどまらず、往時3、4世紀から、大陸と接触を持ちながら、大和朝廷との深い関わりの中で、夥(おびただ)しい宗教行事、国家行事が行われていたことを今に示しています。
  宗像大社辺津(へつ)宮、次いで船で大島に渡り中津宮に参り、また沖津宮から遠く50キロ離れた「沖ノ島」を遥拝しました。己れの心身の清めを果たし、かつ福岡県民として晴れて地元の世界遺産を体感することで強い満足感に浸りました...。

  皆様も、是非一度訪問して頂きたいと思います。

2018年

8月

15日

■ 韓国総領事との対話。北朝鮮兵の遺骨返還は。

  福岡市の韓国総領事館に伺い、歓迎を受け友好を深めた。孫鐘植(ソンジョンシク)総領事は日本への外交経験も長く、当然に日本通と見た。本格朝鮮料理にも酔い、お互い本音で懇談した。
  私は、北朝鮮問題についてまず持論を展開、曰く南北緊張緩和に文ジェイン大統領の果たした役割は極めて大きい。その後の米朝非核化交渉は上手く進まない。韓国が北と融和するのはいいことだが、北ペースで南北統一が進み、その背後に中国がいることを警戒する、北朝鮮は今や実質的に中国の傘下にいるのではないか。韓国は日米としっかり自由主義同盟を強化して欲しい。トランプ政権の安保、経済、貿易政策にはトランプ氏の独断もあり国際社会が困惑、混乱している。日本は北朝鮮に拉致問題で徹底的に追及する。中国の政治、軍事、経済、情報管理の膨張は止まるところなく、今や世界は米中の「新冷戦」の中にいる・・・

  孫総領事は、南北首脳会談で戦争は絶対起こさないとした。米朝間の非核化交渉はなかなか進むまい、北朝鮮の狙いは体制の保障を米国から確保すること、それまでは非核化(核放棄)は約束しない、核開発は技術的に概ね完成したと考えている。北朝鮮は余り中国が好きでないが、米朝交渉前に、米国が北朝鮮を強圧的に脅したので北朝鮮は中国に救いを求めた。その後は日本の経済支援で、日本との国交回復を非常に急ぎたがっている、 日本は拉致問題を強調し過ぎではないか・・・・

  私の問い。北朝鮮は外交交渉など何故約束を守らないのか。北朝鮮には親を大事にする、約束を守るなど(儒教などの)道徳律はないのか。(答え)あの国は金正恩の意思が全ての道徳律に優先するので、彼を説得することが必要。

  最後に、私は東京の「祐天寺」で日本の篤志家が納骨堂を建て、北朝鮮籍の元日本軍人の遺骨(431柱)を人道的に保管し慰霊していることを取り出した (6月22日記述)。この事実を北朝鮮に知らせることで、日本の拉致家族返還の切っ掛けにならないか、と提起し、総領事は努力すると約した。

2018年

8月

06日

■ ブラジルの歴史と今(その3)

  飛行機までの間、サンパウロ市内を観光しました。ヨーロッパ列強が植民地争奪で争った14世紀、南アメリカをスペインと分け合ったポルトガルが、ブラジルを得た。ポルトガルは国教カトリックを通じて先住民を平定し、全国に教会群を残した。サンパウロ市は植民のスタート地にあたり、「聖教会」はブラジルの始まりとされている。聖人パウロを祀り、また先住民教育を目指した学校(「コレジオ」)の発祥地でもある。
教会内に入り、聖なるミサも見学させて頂いた。

  なおかくも聖なる場所でありながら、ひろがる公園周辺には浮浪者やホームレスが溢れており、観光客に纏わり付く者もいる。当局はその処理にも手が回らず、レアル下落、高インフレなどこの国の経済、財政の苦境を表しているとの説明がなされた。

 

2018年

8月

05日

■ ブラジルから世界平和と繁栄を(その2)

  まず総領事館を訪ね、総領事らからブラジル国とサンパウロ地域の概況を伺った。サンパウロは日本移民の歴史と規模が最大で、日本全ての都道府県の県人会があるという。福岡県と山口県の出身会長らと懇談、如何に苦労して今日があるか、さらに民間外交の重要性が訴えられた。これら先人の残した有形無形の遺産(レジェンド)は今もこの地で脈々と息づいている。

  「ジャパンハウス」という日本の情報発信の拠点施設が昨年からこの地に出来ている。外務省きっての情報政策の一つで、元々親日的な南米地区に更に積極的な情報を提供することになっている。展示など工夫の跡は十分見られるが、ただ私は、領土問題や慰安婦問題などいわゆる歴史問題への積極的取り組みが必要だと職員に注意した。「ジャパンハウス」はロンドンとロサンゼルスにも作られる予定。

  合間を縫って、日本企業を訪問した。商都サンパウロには500社くらいが進出している。日立、三菱、双日など大手企業で経営責任者から苦労話を直接に聴いた。おしなべて業績は良く、ブラジルという国、南米という発展途上国の経済の潜在性、可能性は非常に大きいが、いずれも政治に安定性、信頼性が欠けることが問題。ブラジル自身今年10月に大統領選挙だが、現在の内政や候補者選定を見ると、とても大きな期待はできない風の声が返ってきた。

  サンパウロにおいては民間の平和活動世界大会、ラテンアメリカ大会が行われた。主として南北アメリカの議会、宗教者、学者、社会運動家が集まり、平和の実現、貧困からの脱却、女性の権利、教育の普及などを議論、最終的には各国議会や全ての宗教が国境、民族、宗派を超えて団結して行こうと決議した。会議自体は政治、経済、宗教、文化、女性問題と各論も多岐に及び、小国だが現職の大統領、議長などもあいさつに立った。日本からは国会議員が4人、大学関係者、宗教関係者で30名の出席、お互い日本人は親しくなり、コーヒーブレークでも多くの外国人出席者と名刺を交わした。最後に巨大なサッカースタジアムを会場に南米地区全体の大会が圧巻に終わり、さすがに宗教関係の集まりと感心した。

 

2018年

8月

04日

■ ブラジル(サンパウロ)に出張,国際会議や経済交流会に出席中

  今この文章はブラジルのサンパウロから送っています。大国ブラジルに、私は行ったことがなく、長い間一度は行かねばと思っていました。ブラジルは日本から一番遠い国、地球儀でもちょうど真裏にあり、現実に遠い国でした。12時間掛けてスイスのチューリッヒで一旦中継、7時間休憩して、そこからまた12時間掛けて漸く到達しました。時差もまた丁度12時間で、腕時計の針は変えずそのまま、昼と夜を逆転して読めばよく、当然に「夜は眠れず、昼間は眠くて」状態です。南半球ですから夏冬も逆で、祖国の異常な酷暑を尻目に、こちらは真冬です。日本の2月くらいで、内外、少し肌寒いという感じです。
  なんといってもブラジルは移民の国で、日本からの移民は今世界中では350万人、ブラジルには190万人、うちサンパウロには断トツの150万人いると言われています。今年はその対ブラジル移民の110年目にあたり、7月25日の盛大な記念式典では皇室の「眞子さま」がお祝いを述べられました。福岡県からは、小川洋県知事、井上順吾県会議長も出席されたという。
  なお私も総領事館において、福岡県出身の県人会会長らと早速あいさつを交わしたところです。
(詳報は次回)

 

2018年

8月

02日

■ 「金正恩氏は中国が嫌い,米国と国交を」(韓国大学教授との論戦)

  韓国大学教授で元南北統一省次官たる人の講演「北朝鮮問題」を聴いた。どちらかというと楽観論に終始した。私は手を挙げて、質疑した。北朝鮮の背後に中国が控える、金正恩氏は3度も北京を訪問し、かつシンガポールの米朝首脳会談には中国の飛行機で行ったぐらいで、今や完全に中国の傘下に陥っている。今世界は事実上「米中 新冷戦」の時代に入っている。ついては韓国も余程しっかりと日米同盟、西側国家として足場を固めないと、いつの日か中国の影響下で南北統一が行われるし、日本にとっては最悪の事態となる。なお私は、平昌オリンピックを契機に文在寅大統領の果たした南北緊張緩和への決断と行動は最高の評価に値すると強調した。
  対する教授の答え。「金正恩委員長は米国と国交することを最も望んでいる。日本との国交も望んでおり、いずれ日朝会談もあり得る。核戦力は本当は残したがっている。本音を言えば、金正恩氏は、中国が好きでない、むしろ嫌っているので、余り心配は要ら...ない・・・」。

(写真は前日、全体会議にて、私の演説))

2018年

8月

01日

■ 障害者,来たれ!君こそ「戦力,稼ぎ手」だ。IT業界の雄は今。

  障害者といえば福祉政策になるが、その枠を大きく超えて堂々ビジネスで生きている企業がある。福岡市の「カムラック(Comeluck)社」、その名の通り「幸運が来る会社」である。社員約100名、その8割がいわゆる障害者といわれる人々、その全てが今やパソコンとネットを駆使して世の最先端に関わり、当社や派遣先で一大戦力となっている。
  その障害者は、失礼だが「普通の障害者」、身体障害か、知的障害か、精神障害を持つ者。しかし決定的に違うのは、全てがインターネットの技術者で、もっと違うのは、自分たちは自力で稼げるという強烈な自信と誇りを持っていること。体の不自由な人は、確かに不自由そうに見えるけれど、逆に健常者に比べて、一つ事に打ち込める、辛抱強く、飽きない。皆んな子どもの時からゲームやパソコンに触れている、人との会話(コミニケーション)は苦手でも、チャットやラインでは自由に通じ合っている。彼らはネット、ITを趣味ではやって...いたが、仕事を与えることで、その専門性はみるみるレベルアップ。社内に特別の教育機能もあって、外部の人も通っている、指導陣もしっかりしているから尚更、発達の速度が速い。

  会社の業務室では、全員が端末機器と向き合っている。話す人はいない、静かな雰囲気の中で、ただ激しいキーボードの音と、咳や呻きや生活音が響いてくるだけ。それぞれが自分のテーマ、例えばホームページ作り、データの集積、データの解析とグラフ化、スマホアプリの開発等々に懸命に取り組む。忙しさは、当社の営業努力でもあるが、今や一般企業からの引き合いが絶えない。
  国全体、とりわけ好調な企業、業種は今、深刻な人手不足に悩んでいる。労働強化にも限界がある。高齢者や女性の活用にも頼っているが、障害者は使えないのか、「カムラック社」の着眼は鋭かった。実際にトライしてみると凄い、ネットに慣れている、直ぐにスキルアップする、決して飽きて止めない、無駄話をしない・・・かくして今や当社では総勢80人の障害者が収益の大方を稼ぎ出している。従業員の平均月収は20万円にもなり、もっと稼ぐ元気者もいる。福祉の就労支援施設(1万5000円/ 月)の何倍にもなる。世の中にそれだけ貢献しているということ。

  「カムラック社」代表の「賀村 研」さん。元々IT技術者として、また様々の経験と苦労を重ね、遂に福祉との合体という天命に辿り着いた。目指す社会改革の夢は大きい。その昔、多少、彼にはお手伝いしたことがあるのだが、再会を機に更に協力を約した。
電話 092 643 7555

2018年

7月

23日

■ 横浜にて「自動運転車」の走行実験

  私は横浜市横浜港において、今開発中の自動運転車の路上走行実験に参加しました。自動運転については、はるか遠いことのように思っていましたが、IT技術などの急速な進歩とそれに伴う社会的意識の変革で、今や実用も直ぐ手の届くところに来ており、むしろその安全性や信頼性など社会実験、実証試験こそが大事となってきました。
  日本青年会議所(JC)では、この度横浜での夏の全国大会に合わせて、路上での自動運転の路上実験に取り組み、それを多くの観客の前で実演したものです。
尚私は、今回の企画に当たって、警察、道路、市、日本郵政など行政との折衝をお世話したことから 呼ばれたもので、しかし非常に得難い現場に居合わせたものと感謝しています。

 

2018年

7月

18日

■ トランプ大統領と「ロシア疑惑」

  トランプ大統領が欧州訪問した後、ロシアのプーチン大統領と首脳会談したが、評判が良くない。友好のEU諸国とは安全保障、経済通商で仲違いが広がり、ロシアとは逆に親密さが際立った。しかしロシアとはいわゆる「ロシア疑惑」、一昨年の大統領選挙(トランプ当選)でロシアが選挙運動に加担したというもので、米国司法当局は本気でロシア側を狙っている。ウクライナ侵攻以来、米国ら欧米はロシアを経済制裁で責め続けている。
  さて首脳会談では、トランプ氏がロシア疑惑は無かったと言ってプーチン氏を喜ばせた。米露の外交関係は一気に良くなっただろうが、トランプ氏は帰国したところ、あまりに不評で驚いた。そこでロシア疑惑は「無い」と言ったけど、実はあれは「あった」と言うべきところ、「つい言い間違えた」と笑って誤魔化した。トランプ氏にしては珍しい、弁解するなんぞ。
  これを安倍さんがやったら、恐らくおおごと(大事)であった。その辺の失言と訳が違う、辞任とか不信任とか大政局になったろう。

  トランプ氏は何故こんなにも強いのか。米国の大統領は直接選挙の大統領制であって議会に依拠しないこと、行政や政府は全て大統領にのみ帰属しており、閣議不一致などは理屈上もあり得ない。全てその評価は大統領選挙か中間選挙でしか判断出来ない。尤もトランプ氏は余りにも異質ではあるが。

 

2018年

7月

16日

■ オウム真理教死刑執行。宗教者よ,立て。

  オウム真理教教祖 麻原彰晃らの死刑が執行された。あの「地下鉄サリン事件」も23年になる。麻原の本音を聞きたかったなどの論評もあるが、彼が話すはずもなかった。殺された遺族や被害者のことを考えれば、死刑執行はむしろ遅すぎたというのが私の率直な印象である。元外務省、作家の「佐藤優」氏が何時もながら卓見を述べる。彼自身、キリスト者を自認している(産経新聞 7月15日)。
  オウムが狂気の宗教であることは間違いないが、しかしおよそ宗教はその狂気性を常に持っている。キリスト教の改革者マルチン・ルターでさえ、大なる救済のためには小農民の殺人を正当化した。ヒトラーはルターを熱心に尊敬していたという。洋の東西、宗教戦争を持たない国は多分無い。信仰のために死ぬことを決意をした人は、他人の命を奪うことへの抵抗感を失う。「ナショナリズム」は近代以降の最大の宗教とも言えるが、祖国のために命を捧げることを決断した人は躊躇なく人の命を奪う。今の中東を思えば説明は要らない。
  ここで神学者や宗教学者は、宗教には狂気や危険が宿ることについて、人に伝えることに積極的でなければならない。日本では宗教について学校で学ぶ機会が少ない、いや意図的に避けている節がある。この混沌とした社会では教養や専門知識は学べても、心の空白を満たす環境が容易に得られない、その隙間にこそ、危険な宗教がつけこんでくる。「イスラム国」(IS)のように他者の命を奪うことを積極的に肯定する国際テロ組織も生まれ、それに意識と行動を惹かれる若者が続いた。
  ロシアには「宗教的(精神的)安全保障」という言葉があるそうだ。ソ連崩壊の混乱期にオウムを含む様々に危険な宗教が若者を捉えた。その教訓から中高生、大学生には広く宗教に関する教育を与えている。

  オウム事件は日本の犯罪史上特異な事件であった。宗教事件ではあったが、これは教育、社会、刑事、政治に余りに広い関わりを持って、今後講学的研究も進んでいくのだろう。少なくとも宗教者、宗教学者の役割は大きい、と私も考える。

 

2018年

7月

15日

■ 「西日本豪雨」災害,朝倉視察

  西日本豪雨災害も1週間経つ。死者200人越す大災害となった。広島、岡山、愛媛県を中心に特に深刻な災害状況がほぼ全日テレビ報道されているが、わが福岡県も決して例外でない。今日は自民党本部災害対策の役員今村、坂本2代議士が朝倉市秋月地区の災害現場視察に来られたので、私も現場と朝倉市役所に同道、今後の対策検討に加わった。昨年と同種の苦労に加えて、今年の全国的暑さはまた異常である。

 

2018年

7月

14日

■ 女子留学生の日本語弁論大会

  福岡市にて女子留学生の日本語弁論大会が行われた。私は直前に災害対策活動があったので、着替える暇もなく防災服のままで出席。日本の災害事情、彼女らが世界の平和と繁栄のためまた女性の地位向上のため先頭に立つべきこと、ついでにタイの少年が全員洞窟救出で頑張ったことが世界中の少年たちに励ましとなったことなどを挙げて、さらなる努力を期待しました。セクハラだのパワハラだの横行する時代、若い世代がしっかりと育っていることが頼母しい。

 

2018年

7月

13日

■ タイ人は偉い!タイ洞窟,13人完全救出

  最近のニュースで最も感激したもののひとつ。タイのサッカー少年が引率コーチとともに探険のつもりで洞窟に入った。大雨やら難しい迷路で遂に奥深くで行方不明。最初は絶望のような報道だったが、生存のニュースに世界中が沸き立った。ただここからが本当の苦しみと困難とが始まる。5キロ以上の奥地、しかも狭い通路で殆ど水の中という。(実は、私は洞窟内の状況がどうしてもイメージ出来ないのだが)ともかく極限の難所らしい。

  遂に13人全員が救出された。手に汗握る、文字通り死と直面する、超危険な作戦であった。国挙げての態勢と実は沖縄米軍の専門技術士も救出作戦の中枢を担った。
  洞窟内には結局18日間いたという。暗黒と完全密閉された空間、空腹や喉の渇きはもとより、肉体的、精神的苦痛にどう耐えたのか。少年たちは本当に頑張った。宗教(仏教)への信心も強さの理由だったか。そして引率のコーチこそおそらく特段に立派だった、少年たちを勇気づけ、諦めてはいけないと励まし続けた。
  そして遂にこの奇跡のニュースとなった。この少年たちは世界中の少年たちに明るい希望と生きる勇気を与えずにおかなかった。
  私はタイの国民に改めてその強さと同胞愛に心から敬意を表したい。またこの捜索準備段階に1人の隊員が事故死した。彼の献身的犠牲の上に13人の救出があったことを決して忘れてはならない。

 

2018年

7月

12日

■ ある子ども事件、私が関わったもの

  夫婦が不仲になり、別居となった。いずれ離婚となるが小学生の娘の親権と監護権を巡って民事訴訟となった。母親には過去、家庭内暴力があったとの理由で父親に監護権が下った(親権は共同)。娘は父親(A地)に全くなつかない、小学校にも馴染まない。ついに夜中に家出をして警察と児童相談所に世話になる。隣県の母親の所(B地)に電車で逃げて行く。父親はその都度母親の家に裁判所執行官を手配して娘を取り戻す。娘はB地の児童相談所にも母親と逃げ込むが、児童相談所は一時預かりはしても「娘を返せ」と主張が来ると、結局父親に受け渡す。
  娘は3ヶ月近く学校に通っていない。学籍簿がないためB地の小学校には行けない。文部科学省の通達には、如何なる理由でも、義務教育はその地で受けさせよとある。よって母親はB地教育委員会に娘の就学を申請した。教育委員会はA地教育委員会に相談したら、裁判所判決(父親の監護権)、さらにはA地児童相談所の意見で、学籍簿は渡せないと答える。文科省に問い合せると、法律的...問題だからと法務省に質問したがなかなか答えが返ってこない。それでも文科省は最後は学籍簿がなくても「極めて例外的に」就学を認めるとなった。
  今、娘は母親との生活で落ち着いている。元気に小学校に通っている。父と娘の面接交流、夫婦離婚問題など、民事上の手続きは続く。児童相談所について、A地でもB地でも自分の手を離れれば追っ掛けていかない。警察も教育委員会も追っ掛けない。県境を越えるとますます権限もなくなる。
  本来、子ども自身に父母どっちに行きたいか聞けば済むはずであったが。離婚や別居は所詮大人の問題、子供に罪はないのだが。

  私は、弁護士であり法律は分かる、元役人であって役所の行動も分かる。しかし私は、何よりも政治家であって、あの子どもの悲しみと涙こそが身を切るほどに分かる。夜空にひとり母親求めて街中を徘徊する子どもの…

2018年

7月

11日

■ トランプ大統領、本当に大丈夫か

  日本中が豪雨災害で最も大変な折りでも、国際的動きが止まるわけではない。米国ポンペオ国務長官は核問題で北朝鮮に渡り、ついで日本に立ち寄った。やっぱり北朝鮮は変わらない、不誠実だったと言わんばかり。あのシンガポールでの米朝首脳会談(6月12日)からひと月、「完全非核化(CVID)」など聞くことも無くなった。米国や日本がただ焦っているだけで北は何も動こうとしない。
  トランプ大統領がツイッターで書いた、「どうも北朝鮮の後ろには中国が付いているらしい、中国が米朝交渉を邪魔しているらしい・・・」。ちょっと待て、トランプさん、今更気が付いたなど驚ろかすでない、北朝鮮はいつも中国そのものであって。あの国連安保理の圧力、制裁行動の時も中国に頭を下げて協力をお願いした、協力などするはずはない、と誰でもすぐ分かるのに。
  故に日米韓三国は外相が集まって、経済制裁は完全非核化まで継続すると申し合わせた、あまりに当たり前のことで。

 

2018年

7月

09日

■ 大災害、「西日本豪雨」

  西日本一帯の豪雨災害が広がっている。豪雨による人的被害としては平成で最悪と報じられる。政府、自民党、さらには議会(災害対策特別委 )でも迅速な対応がとられている。
  自民党本部においても対策本部が設置され初回の会合が行われた。膨大な資料が作られ行政、自治体は概ね動いているが、判明する被害は時間を経るに大きくなっている。「激甚災害」の指定も速やかに行うとも報告された...。  (なお私も「北部九州」を踏まえて発言した。)

2018年

7月

08日

■ 西日本一帯、記録的豪雨、犠牲者100人を超しそう

  7月6日以降、福岡県を含む西日本一帯に記録的な豪雨が続いている。「これまで経験したことのない大雨」「極めて重大な危険」などと、気象庁そのものが終日、最高度の表現で災害の予測と防災、避難を呼び掛けている。
  わが福岡、わが地元もその中にあって、決して緊張を緩めることはない。僅か2日前、かの「九州北部豪雨 追悼式」が行われ、精神的にひと区切りついた瞬間であったが、福岡県内でもあちこち相当の被害、災害が発生している事態となった。ついては7日、 私は担当する 5市 2町1村を訪問、それぞれ市長ら責任者、災害対策部局を訪問し、事情説明を受け、また何でも協力をしたい旨言い置いた。いずれの自治体も緊張感をもって責任体制を整えてあることに敬意を表したい。...

  一方、大雨の被害は西日本全域に 広がっており、広島、岡山、岐阜、四国各県が特に酷そうだと時々刻々のテレビが伝える。死者、行方不明者も100人を越すとも報ずる。

天災はもちろん止めようはない、しかし被害を最小限に抑え、またその体験と学習は次に活かすことは出来る。また、最近の異常気象に対して、温暖化など地球規模研究を本気で急ぐ必要を感ずる。

2018年

7月

05日

■ 九州北部豪雨、追悼式

  7月5日、あの九州北部豪雨から1年経ちました。本当に辛い1年でした。大変な被害を受けました。傷跡は今もなお生々しく残っています。国、県、市町村挙げての応急対策は一段落しましたが、本格的な復旧、復興への工事、体制整備はむしろこれからです。
  今日は朝倉市(杷木)と東峰村においてしめやかに合同追悼式が行われ、私は朝倉市の追悼式に臨み追悼の辞を述べました。今日までのご苦労、これからの官民挙げての取り組みに及び、最後は朝倉高校の生徒たちが斉唱した「あさくら讃歌」を引いて、この故郷はしっかりと私たちで守り抜くこと誓いました。本当に悲しい1年でした。
  朝倉市で33人、東峰村で3人、行方不明者が2人が祀られています。

 

2018年

7月

04日

■ 誠意、勤労、見識… 柴田徳次郎先生の教え

  那珂川町(中央公民館用地)にある「国士舘大学」創立者 「柴田徳次郎先生」記念碑。昨年秋、私塾「国士舘」創立100年を期に作られたもの、先生は福岡県那珂川町別所の生まれ。日本近代化のために政治、それ以上に青年教育の重要性を訴え国士舘大学を創られた。
  「誠意」「勤労」「見識」「気迫」の4徳目は私たちの目指すべき方向を余すことなく示してある。
  なお私は九州出身の偉大な教育者として大分県の福沢諭吉(慶応大学)、佐賀県の大隈重信(早稲田大学)と並べていつも福岡県の柴田徳次郎を挙げることとしています。

 

2018年

7月

03日

■ 「独禁法」改正作業、『経済大競争に勝つために!』

  「 独禁法」(「独占禁止法」)はおよそ企業の自由で公正な経済活動を支える国の最も基本的法制のひとつですが、経済活動が国際化、グローバル化した今、その運用の見直しが行われています。この分野、すなわち独禁法や産業競争分野では、とりわけ日本法には公取委などの行政調査の際「弁護士秘匿特権」(「弁護士と事業者の情報秘密を守る権利」)がないとされており、このことで日本企業の絡んだ大型カルテル事件などは不利に扱われることがある。「国富の二重の流出」、すなわち日本企業は訴訟そのもので不利になり、また関わる日本人弁護士も外されるとも言われており、せめて国際水準並みに日本法を改正すべきというもの。私はこの問題の責任者(自民党「競争政策調査会 会長」)としてこの2年間、行政各省、経済界や弁護士会などと広く意見調整を進めています。いささか専門的、かつ特殊な法律問題で未だ調整は十分進んでいませんが、これから日本が世界の経済大競争に勝つためには必須のものであって必ず成し遂げます。

 

2018年

7月

02日

■ Wサッカー(その2)。「泣くな、西野監督」

  予選の3戦目 対ポーランド戦は、記録と記憶に残る。1点リードされた残り10分、日本チームは攻撃を止め、あろうことか、時間稼ぎのパス回しを始めた。初め、私は目を疑い、選手をなじった。が、直ぐに何かあると抉(えぐ)ったものだ。案の定、ルールで日本は予選2位となり、決勝進出を果たした。
  その是非について、内外議論は沸騰した。フェアプレイを目指す国際大会で有るまじき、恥ずべき行為と断ずる声、声・・・。しかし、監督は咄嗟に決断した。如何に美くしくなかろうと、如何なる非難を受けようと、1億国民の悲願(決勝進出)は果たさなけれならない。その結果は、全て俺が持つ・・・。

  今日、どこかの会合で挨拶したとき、私は思わず一言加えました。「西野監督が改めて立派な監督と分かりました。悩み悩んで、あの決断、しかもその瞬間に。彼は寡黙なのがいい、弁解しないのがいい。私は心の中で、泣くな、西野さん、と呟いています。」

指導者とは本当は孤独なものだ、とよく言われます。

2018年

6月

30日

■ 「亀井静香」先生から喝!

  大先輩の亀井静香先生を囲んで話を伺った。我が方、皆ベテランの代議士である。
  「世の中で暴れろ、信念を通せ。地位を求めるな。」脳天を割られるような衝撃であった。...

 

(私はその昔、選挙に出るとき、官僚の先輩たる亀井先生に挨拶に行った。帰り際、先生から激励を頂いた。その時のことを先生に初めて、遡ってお礼を伝えました。)

2018年

6月

29日

■ トランプ氏、しっかりしろ。米朝会談後、3週間。

  6月12日、あのシンガポール米朝首脳会談から3週間が経ったが、いい話は聞こえて来ない。北朝鮮が非核化への実務交渉を明らかに渋り始めた。日本の拉致問題には「解決済み」で押し通そうとする。米国は8月の米韓軍事演習を含む3度の軍事演習は中止、米軍の撤退も具体的に動き始めた。韓国はもうサード(THAADミサイル防衛)も止めるという。米国は非核化費用と拉致対策で日本に5兆円負担させると言ったとか。
  米朝会談は極めて中途半端であった。完全非核化(CVID)が曖昧だったこと、トランプ氏は大胆に譲り過ぎた。金正恩委員長は中国には3度目の説明に行き、今や完全に中国の代弁者となった。中国は米国の軍事演習中止を提案させ、また朝鮮戦争の終結を遅らせようとする。このところ「中国の一人勝ち、漁夫の利」という新聞題字があちこち踊る。トランプ大統領は中国、欧州、日本とも通商、関税戦争をおこしている。イランとの核協定の離脱、制裁開始、エルサレムへの米国大使館の移転、国連人権委員会離脱や、国内でのメキシコ人流入問題・・・彼は秋の中間選挙と自らの再戦に懸命といわれており、これら米国の国内動機で世界の秩序、安全保障関係が仕切られてはたまらない。

  トランプ氏のツイッター政治、外交は続くが、他の国々は大いに戸惑い、懸念をしている。米国は今、極めて珍しいことであるが、政府(官僚)機構は未だ整備されていない、トランプ政権の主要政治ポストの数百は未だ決まっておらず、基本政策はただ上から指示待ち。大統領は人事を含めオルマイティーである、彼の言動が全てであって、誰も慎重意見や反対論を言えない、直ぐに首を切られる。

  それは遂に他国日本にも及んで来た。トランプ大統領と特段仲が良く、友人として同盟国として彼に意見し諌められるのは安倍首相であり日本であるといわれる。これまたトランプ氏の反応が読めない、上手くいかない時はダメージになり得る、大いなるリスクを賭して直言するか、我慢して寄り添うか。政治も防衛も通商も今が最も大事な時である。

 

2018年

6月

26日

■ wサッカー。そして麻生太郎語録

  Wサッカーが燃えている。コロンビアとセネガルという強国相手に1勝1分けという戦績に日本中(と言ってもいい)が興奮している。ほんの2ヶ月前に監督の交代、基礎実力は最下位などと悲観されていたのだから、勝負は分からない。最後まで諦めないこと、何が起こってもパニクらないこと、それに西野監督の地味なところがいい。
  この種イベントは全て時間芸術である。その瞬間は燃えるが、直ぐに冷める。その瞬間から何を学ぶか、教えられることは多い。次のゲームで何が出てくるか、やはりワクワクする。

  「麻生太郎氏」が、延長時間(ロス タイム)では「不注意に気をつけろ」と言われた。気を抜くなということ。去年のロスオリンピックでは、陸上400メートルリレー(銀メダル)に託けて、日本選手1人ひとりは遅いのに、団体戦では日本人の結束力が強味だったとほめる。平昌オリンピックの女子パシュート(金メダル)でも、然り。
  麻生氏自身がオリンピックに出ただけに、やはり見るところが違うか。

 

2018年

6月

24日

■ 将棋、文部科学大臣杯

  地元で小中学生 将棋の文部科学大臣杯が行われた。全国大会への福岡県予選を兼ねる。私は県将棋連盟会長の立場で挨拶をする。近時将棋は例の藤井聡太七段の躍進で全国的なブームとなっており、例年より熱気は高いようだ。私は「藤井七段」の名前をあげて彼と皆とは余り年齢は変わらないこと、プロ名人戦に勝った「佐藤天彦名人」は福岡県出身で十分に誇るべきこと、などを通じて子供たちの奮起を促した。多くの保護者達に将棋への自信と誇りを与えるのも私の仕事です。

 

2018年

6月

22日

■ 嗚呼、祐天寺には

  東京目黒区に「祐天( ゆうてん)寺」という有名なお寺(浄土宗)がある。東急電車(東横線)では駅名にもなっている。そのお寺にお詣りすることがあったのだが、併せて大事なことを紹介された。

  ひとつは、大正天皇の御生母 「柳原愛子」儀墓所とされていること。本来皇族としての待遇が与えられて然るべきではないかとの意見も...。

  二つ目は、太平洋戦争で亡くなった旧朝鮮人軍人の遺骨の扱い。旧日本人として国に殉じたもので、遺族の確認されていない遺骨は431柱(はしら)が北朝鮮籍としてここに眠る。篤志家たちによって立派な納骨堂が建てられ、国も参加して密かに、しかし丁重な祈りが捧げられている。何れ国交回復後には、本国に戻されて然るべきものであろう。

2018年

6月

18日

■ 高速増殖炉「もんじゅ」への視察

  福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」を自民党資源エネルギー調査会会長で地元福井県出身の「山本拓」議員らと視察しました。「もんじゅ」は次世代の原子力エネルギーとして開発、一部実証成功にまで到達する30年以上の大国家事業であったが、運転事故や地元の反対運動などによって、政府は遂に昨年、事業の廃止を決定するに至った。これまでの科学的成果や情報の蓄積をどう評価し、かつこのサイトを今後どう振り向けるかは今政府部内で検討されているところであるが、一度是非その現場を見ておきたいとの思いで、今回の視察となった。
  極めて厳重な警護と身体の放射能安全対策を講じた上で、原子炉格納容器にまで入り、今後の運営指針や廃炉対策などを説明された。なお先日は「溶融塩炉(MSR)国際フォーラム」に出席した米国と中国からの研究者らも東京から同行しており、彼らも現場で真剣に質疑していた。
  日本のエネルギー基本計画では原子力の位置付けにつき未だ決め切れないものが多く、原子力雄県「福井県」がこれらにどう役割を果たしていくか、注意深く見守っていかなければならない。

               <写真は、視察後の質疑応答、なお視察内は撮影禁止>

 

2018年

6月

16日

■ 野党にだけはなりたくない、大臣不信任決議 議論

  国会も会期末となるといつも起こるのが本会議での「大臣不信任決議」案。委員会審議の不備や不手際などを巡って、野党が大臣や担当委員会の委員長を名指して「解任せよ」と提案する。昨日は国土交通大臣、一昨日は内閣委員長。本会議では延々と演説が続き、最後は堂々巡りの「記名採決」、短くても3、4時間はかかる。
  実は、ここから何も生まれない。結果は初めから分かっている、提案する野党も通るとは思っていない。衆議院での与野党差はほぼ 3対1 。およそ議会というのは数がモノを言う。委員会では大いに議論はするが、結論(採決)は大体最初から分かっている。不満を持つ野党は、審議の政策議論以外の戦術に走る。審議を引き延ばしたり、ボイコット(棄権)したり、その最たるものが、大臣不信任や委員長解任の提案。結果は分かっていても、野党はその政治的効果を目指す。
  filibuster(フィリバスター)は「議事妨害」と訳されているが、どこの国の議会にもあるとされる。ルールの範囲内で少数派に与えられたぎりぎりの抵抗策で、ある意味、議会民主主義が健全に機能している証左とも言える、独裁的国家ではあり得ないこと。

  とにかく野党にだけはなりたくない、と強く自覚する瞬間でもある。

2018年

6月

15日

■ 「溶融塩炉」国際フォーラムと私

  国会内の大会議室で「溶融塩炉(ようゆうえんろ)」と呼ぶ次世代型の原子力エネルギーを研究、開発していこうとする国際フォーラムが行われた。自民党エネルギー調査会と民間の研究組織との共催によるもので、有馬朗人元東大総長を中心に文科省、資源エネルギー庁の担当者、米国と中国の技術者が2人づつ、政治家、企業、学者、学生など総勢200人が出席した。
  現在の軽水炉型原発は、様々の課題を克服しつつ、当面は運転を継続していくが、中長期的には次世代型原子炉の研究、開発は不可欠であり、この溶融塩炉方式は、放射能を多く発生せず、管理も安全かつ経済的で、さらには使用済み核燃料の減容化にも役立つという優れた特色を持つ。すでに米国と中国では実用段階の手前まで来ているとされ、東欧や途上国でも研究は進んできているが、わが国こそその取り組みが遅れ気味といわれている。

  私は昔「トリウム溶融塩炉」の権威者で京都大学「古川和夫」教授とご縁を得て、2010年10月には溶融塩炉に関する国際大会を東京で手伝ったことがある。翌年には東日本大震災が起こり、また古川教授も程なくして亡くなり、私も政治に忙殺されていた。
      数年前から関係者が集まりその復活を求めて来た。時は福島原発の是非が徹底議論されているところで、私は意を決して昨年6月、東京で大々的な国際大会を開き、本問題の検討を再開した。以後、自由民主党の資源エネルギー調査会の正式テーマとして取り上げ、今回の国際フォーラムとしたものである。
      私は、経済産業省(資源エネルギー庁)の出身者として、原子力エネルギーの重要性と問題点は十分に理解しているつもりで、将来のエネルギー源の切り札として様々の活動を続けているところです。

2018年

6月

14日

■ トランプ大統領と金正恩委員長、一夜明け

  米朝首脳会談も一夜明け、論評は様々。大成功、よくやった、「ノーベル平和賞もの」との誇張もないわけでないが、手堅くいうと、厳しい声の方がどちらかと多いか。曰く、「完全非核化」の具体的行程を決めてない、北朝鮮の体制は保証し、制裁圧力も事実上解除、米韓軍事演習も取りやめるとのアドリブも、一体にトランプ氏は譲り過ぎでないかとの意見。非核化に掛かる費用負担は全て韓国と日本が持つ、との発言には両国とも腰を抜かしたに違いない。トランプ流、彼は颯爽とかの地を去って行った。

  されど、米朝が会ったという事実は歴史的にも地球的にも、非常に大きい、トランプ氏でなければ恐らくあり得なかった。あの徹底した制裁措置、他の誰にもなし得なかった。歴史にも外交にも「イフ」(If)はない。後は来たる現状を踏まえて、どう手を打つかだけである。「拉致問題」も形だけは提起したらしい、然し(極く当たり前のことだが) 結局自分でやれということを日本人に決意させた。

  くどいようだが、北朝鮮の背後には中国がいる、金正恩氏の往復飛行機には、当然のように五星紅旗(中国国旗)が貼ってあったことを忘れてはいけない。

 

2018年

6月

13日

”哲人”マハティール首相、国会を激励

  マレーシアのマハティール首相が来日し、議員会館 大会議場で与野党議員に挨拶された。22年間首相を務め、辞めてから15年、この度政治混乱の選挙を収めて再び首相に復帰した。御歳92歳という。哲人と呼ぶに相応しい、益々矍鑠(かくしゃく)として、新しい時代に向けてしっかり頑張るようにと、私たちに強い激励を送られた。
  氏は往年、「Look East (日本を見習え) 政策」を高らかに掲げて、懸命にマレーシア国の発展に努力された。成長と発展が軌道に乗ってからも常に親日的、日本の停滞に対し、励ましと助言を続けてきた。
  健康法は、との質問に、本人は医者という、「食事に気をつけており、美味しいものこそ食べ過ぎないように、と母親からいつも言われていた」と答えた。

      目の前を通られたので、私は握手も頂いた。温かく柔らかい手であった。

 

2018年

6月

12日

■ 歴史的、米朝首脳会談

  シンガポールにて、歴史的なトランプ大統領、金正恩委員長の首脳会談が行われた。世界注視の中、両首脳が会ったこと自体が大事であって、あとはいかにも段取り通りで、余りに透明度も高く、「完全非核化」という深刻なテーマについては具体的な方式もスケジュールも示されなかった。劇場を見るが如く壮大な演出で、トランプ氏の選挙(中間選挙)を意識したものといわれても已むを得ない。ジャパンアイテムの「拉致問題」は本当に取り上げられたのか。
  世界の安全保障に緊張緩和が訪れたことは良いことであった。

 

2018年

6月

11日

■ 米朝首脳会談、直前。「中国の脅威」を忘れるな。

  米トランプ大統領と北朝鮮金正恩委員長との会談がいよいよ明日12日に迫った。当事国の戦略や思惑、周りの国の観測、憶測はそれぞれであるが、地球全体の安全保障上良い方向に向かうことは間違いない。北朝鮮の非核化は進み、南北融和は進む。日本の安全保障上も緊張の緩和が期待出来る。
  続いて朝鮮戦争の終戦と平和条約の締結もあり得るとすると、米軍が韓国や日本に駐留する根拠が無くなるとする議論が現実となる。南北朝鮮が統一の方向に動く時、今の文ジェイン韓国では真に保守勢力として残り得るか、北朝鮮の中国への従属化が進むとしたら、中国の影響力が大きくなるが、日本にはどう影響してくるのか…。
  「中国の脅威」ということを忘れてはいけない。そのことを遠くに考えながらの、北朝鮮問題でなければならない。

 

2018年

6月

07日

■ 祝日「海の日」は「7月20日」に固定すべきか

  「海の日」は本来7月20日にあたり、それが国民の祝日になっていた。もう20年近く、いわゆる「ハッピーマンデー法」によって、元々の祝日は直近の月曜日に振り替えられて、土曜、日曜、月曜と三連休になり、国民は旅行やレジャーや観光やその他の生活を楽しむことが出来る、そのことで経済や消費が大いに活性化することになった。
このように「海の日」も毎年、その週の月曜日に振り替えられているのだが、近時本来の7月20日に戻して固定しようとする動きが出て来た、何故なら日本は四面を海に囲まれて、国民生活の殆ど全てに海が関わり、世界の海洋国家としての意識もある。またその日が特別に歴史的な由来も持ち、新しい時代においてはいま一度国民に海への認識と誇りを取り戻そうというもの。
  ≪ 歴史考証ーーー明治9年 、明治天皇が非軍艦の「明治丸」で東北地方の行幸を終えて無事横浜港に安着されたのが7月20日。この日を近代日本が本格的に海洋に乗り出した...日に相応しいとされた。≫

  他方、経済界、観光業界などからはハッピーマンデーの経済効果はすでに大きく、態々国民に定着した3連休の原則を変更する必要はないとの立場。
  今日の自民党部会で、賛否を巡って大激論。7月20日に固定すべしとの意見が多かったとの印象。私もそれに賛成した。近日中に、自民党として最終結論を出すことになる。
  このように超 個別案件でも徹底的に議論するのが、国民政党の自民党です。

2018年

6月

06日

■ 私が泣いた日

  5歳の女の子が親の遺棄で亡くなった。養父に虐められ、実母も結局助けなかった。食事を与えず、暴行も加え、寒空で戸外に放置し、医者に見せた時は手遅れだった。平均20キロの5歳児が、12キロだった。
  覚えたばかりのひらがなで、父母に「ごめんなさい」というお詫びの言葉ばかり書いていたという。ゆあ(結愛)ちゃんとして生まれたこの世で遂に果たせなかった幸せ、せめて今は天女たちの胸の中でスヤスヤと眠りについていることを祈るのみ。
  鬼畜にも劣る両親には厳罰を下されて当然であるが。

 

2018年

6月

04日

■ 憲法改正を急げ。「日本会議 福岡」、20周年大会

  「 日本会議福岡 20周年記念大会」が行われた。私は来賓として挨拶に立ち、九州北部豪雨の災害復旧への取り組み状況、北朝鮮非核化に向けての米朝首脳会議への期待、併せて北朝鮮の背後にいる中国に厳しく目配りすべきこと、憲法改正に当たっては9条に自衛隊条項を明記すべきこと、前文は国の姿(「国体」)を表すに相応しい力強さとすべきことなど持論を展開した。
  「日本会議」は全国で、将来の憲法改正、国民投票に向けての地道な運動を続けています。

 

2018年

6月

03日

■ 太宰府の歴史レジェンド、絵師「齋藤秋圃」展

  200年前、太宰府に齋藤秋圃という絵師(画家)が活動しており、夥しい量の作品を残していた。秋圃は民間の絵師であったがその才能ゆえに、上方(大阪)、長崎、筑前(秋月)などで大名に抱えられ、最後は太宰府に落ち着いた。その作品は齋藤(仲道)家に永く秘蔵され、世に出ることはなかったが、全作品が太宰府市に移管され、この度一般に公開されることとなった。
  「画風、基本は風俗画、緩急のある流麗な筆づかいの人物には、生き生きとした動きがあり、柔和な趣と滑稽さの中にどこか覚めた感もある・・・」と解説書にある。
  古都太宰府にその名を冠する遺産が、またひとつ掘り出されたことになる。

 

2018年

6月

02日

■ 米朝首脳会談、6月12日。事後、「中国の脅威」を忘れるな。

  米朝首脳会談が当初の予定通り、6月12日にシンガポールで行なわれる模様。北が悪態を突いたり、米トランプ大統領が「中止」の発表をしたりと多少の曲折はあったが、両国には(特に北朝鮮にとっては)これ以外の選択は無かった。北が宥和に向けて本音を晒したのも初めてのこと、それだけトランプ大統領の圧力が強かったこと、日本も懸命に後押しをしたこと。北の完全非核化への動きは大いに評価してよい。
  北朝鮮にとって、中国は後ろ楯、ロシアは友邦、ひとり日本だけが蚊帳の外という論調がある。私は、それを否定しないが、なまじ焦ると将来の負担ばかりを押し付けられる、むしろ彼らが頭を下げて頼みに来るまで放っとくのも一案。拉致問題だけは執拗に要求し続ける。
  それ以上に、私は常に警告する、北朝鮮問題が落ち着けば、東アジアで中国が益々脅威となる、益々覇権主義的に行動する。東シナ海資源問題、尖閣諸島への侵入、「朝鮮戦争 終結、南北平和協定」の後には米軍基地が日本、韓国に残留することさえ根拠を失う…。中国こそが真の脅威ということを忘れてはいけない、「乱に居て治を忘れず」、「治に居て乱を忘れず」ということを私は吼えまくっている。( 北朝鮮と中国が絶対的疎遠だった時、日米が外交攻勢を掛けて中朝間に楔(くさび)を打ち込むべきであると言い続けた。今も口惜しく思い出す。)

 

2018年

6月

01日

■ 「国際リニア―コライダー計画」(ILC)、国際学術会議

  ILC計画は、超高エネルギーの陽子、陽電子を直線で衝突させる壮大な実験設備で、宇宙の起源を含む物質の根源を観察するとする研究協力の国際機構。いずれ日本に設置するとする概ねの国際的了解があるものの、いつ具体化するか、日本の国内で本体の設置場所として、岩手県と九州北部(福岡佐賀県)が引っ張り合っている。
  福岡市にて、ILCの学術国際会議が行われたので、私は国会のILC議員連盟の役員と地元福岡代表という立場で、海外からの約100人の研究者たちに歓迎と会の趣旨説明(英語)を行なった。