2019年

7月

20日

プラスチック・ボトルを<完全に>リサイクル、驚異の技術開発。

  栃木県小山市、『協栄産業』は驚異的な企業です。ペットボトルは今地球上に溢れています。石油由来の資源から作られ、工夫され、リサイクルは進みましたが、それでも残渣は廃棄物として出てきます。協栄産業社は遂に技術開発を完成させ、廃ボトルは全て次ぎのボトルにリサイクル(再利用)され、一切の残渣は出てこないことにした。
  社長の『古澤栄一氏』は技術屋さんですが、私は彼をむしろ「革命家」と思いました、何故なら彼は、プラスチック製品を無害化するに「一切の妥協」を許さない厳しい気持ちを持っているからです。今全国に10カ所以上の工場を持ち、その倦くことない向上心は、出会う(内外の)人々の心に、「執念」という火を与えずにはおきません。折しも、先月、G20大阪サミットでは、安倍総理の指導力で、「全ての国は2050年までに廃プラスチックの海洋投棄を一切禁止する」ことが決定されたところです。

  「新一万円札の『渋沢栄一』も偉いけど、皆さんの『古澤栄一』も偉い」、というのが、私の社員への別れのオヤジギャグでした。

2019年

7月

20日

中曽根康弘 内閣総理大臣に接する

  群馬県は総理大臣を多く輩出した土地です。高崎市は中曽根先生の生誕、本拠でもあり、今は先生の私塾『青雲塾』が残されています。急ぎ立ち寄り、ご挨拶だけを致しましたが、先生の志の大きさには圧倒される思いでした。
先生は、現在102歳になり、矍鑠(かくしゃく)としておられるという。

  新幹線「高崎駅」には、福田赳夫、小渕恵三、福田康夫と合わせて4人の総理大臣の堂々たる揮毫があり、訪れる人々に身動いを正させる雰囲気があります。

2019年

7月

20日

嗚呼、我らが祖先よ!

  新潟県 新幹線「長岡駅」。『縄文土器』。日本人の祖先が紛れなく、ここに住んでいたのです。

  15000年から5000年頃まで、ほぼ本州全土で「縄文文化」が栄えました。「4大文明」と言われる「メソポタミア、エジプト、インダス、黄河」(平均ほぼ3〜5000年前)に比しても、遥かに古くからわが国には高度な文明が栄えていたのです。

2019年

7月

19日

跳べ!「山本一太」、群馬県知事選挙。

  参議院の闘士、群馬から国と世界を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

19日

「ありむら(有村)治子」さん。

  国家国民のため。女性闘士、征く! 埼玉県 大宮駅前、夕 7時、大雨の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

19日

栃木県、「高橋克典」、元町長、県議、参議院議員、農林議員、前国土交通政務官ほか。

2019年

7月

19日

群馬県、「清水まさと」(新人)、懸命に。

2019年

7月

19日

長野県、「小松ゆたか」、最後のお願い。

2019年

7月

19日

新潟県「塚田一郎候補」、最後のお願い

  新潟県選挙区(塚田一郎候補)は、全国でも最注目の選挙区。自民党、麻生派として最重点区、既に安倍総理、麻生財務大臣もそれぞれ2度ずつ応援に入り、更に後が陸続と続いています。
  本来なら塚田氏は順調な選挙であるべきところ、失言問題で苦境に入っている、時間をかけて謝罪と反省を重ねており、概にリカバーしたと期待しているが、戦況未だ安心出来ない。最後のお願いに力が入る。
  ここ柏崎は、原発地域として、地元の皆さんが大変に苦労されている。併せてかの「横田めぐみさん」が北朝鮮に拉致された場所で、塚田氏はめぐみさんと同窓生とかで、その救出活動には特に懸命である。
  選挙は最終盤、「西村やすとし」官房副長官、地元の「細田健一」代議士と、期せずして「通産省トリオ」が集結しました。

 

 

2019年

7月

18日

東京都、2番手「武見敬三」候補、死闘。

  激戦、東京都選挙区、僚友「武見敬三」氏に、終盤に来てようやく芽が出てきました。もう一息で本物になる。世田谷区での決起大会に、多くの地元役員も集い、この雰囲気なら希望が持てる。「責任政党」自民党であって、無責任な野党とはわけが違う。「言ったことは必ずやる、出来ないことは決して言わない」と私はいつも演説を締めることとしています。野田聖子氏、菅官房長官・・と弁士は続く。

 

 

2019年

7月

18日

東京都、最注目、「丸川珠代」候補

 「丸川珠代」候補、環境大臣の先輩にも当たる。今の環境政策の路線も布いた。子育てしながら、立派に政務もこなす。もはや文句無し、「当確」との呼び声も。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

18日

高知県土佐清水市、「高野光二郎」君

  高知県の土佐清水市、高知県のほぼ西端の港町。高知飛行場から3時間、同じ派閥の「高野光二郎君」の応援にはるばるやって来ました。高知県・徳島県の「合区地区」で、2県分の広さを高野候補が1人で飛びまわっています。高野候補は1期を終え、すでに党務もこなし、今や「農水政務官」も務めています。
  相手は共産党が党名を隠して「無所属」で頑張っているが、高野候補は油断さえなければ、一応勝てそう、応援の顔触れも悪くない。

  土佐清水市はもちろん初めてで、有名な「四万十(しまんと)川」を中心に拓けている。豊かな農漁村であるが、人口減少は止まらず、しっかりした政治家を作らなければ過疎地方はこれから大変である。側を流れる仁淀川(「によどがわ」)は日本一「透明度の高い」川として知られる。

 

 

2019年

7月

17日

「豊田としろう」、あと一歩 (千葉県選挙区)

  千葉県の選挙区候補「豊田俊郎」氏は、自民党2番手で、今共産党と最後の議席を争っている。本当に大接戦で、陣営も真剣である。「緩んだ方が負け」という選挙の鉄則 からすると、今が一番 苦しい瞬間である。鈴木俊一オリパラ大臣と一緒に応援に乗り込み、あと今井絵里子参議院議員(いずれも麻生派所属)も追っかけて来た。

 

 

 

2019年

7月

16日

福島選挙区「森まさこ」候補、一歩先行か

  福島県の「森まさこ」候補の応援に会津地域 「西郷(にしごう)村」へ。自民党本部の「萩生田幹事長代行」とも一緒しました。地元の市町村長、議会関係者、商工団体など一丸となって支援態勢は出来上がっています。「菅家一郎」環境大臣政務官も実質的な取りまとめ役で、「森まさこ」氏は接戦と言われていたが、ようやく抜け出たという情報も。

  西郷村は、「村」と言いながら、新幹線も止まる(「新白河駅」)、常磐高速道路のインターもあり、人口も増え、若年年齢層も多い。珍しく発展途上の中にあり、国(環境省)としても更に積極的な政策支援を進めることが必要と感じたものです。

 

2019年

7月

16日

宮城県にて比例『和田政宗』候補

  新幹線で仙台に入り、比例区候補の『和田まさむね(政宗)』さんの応援に入りました。和田さんは6年前、元他党の宮城県選挙区から当選、今回は自民党比例区から立候補。44歳の苦労人で、思想堅固、教育や福祉に賭ける信念には気迫が漲(みなぎ)っています。

  今日は国民の祝日『海の日』で、港町『七ヶ浜町』では壮大かつ荘厳な海の儀式が行われ、海の平安と人々の大漁を、皆さんと供に祈願させて頂きました。私は挨拶の中で、海洋プラスチック汚染を防止することも訴えました。

  選挙区愛知治郎候補については、優勢なるも最後のお願いをしました。

 

 

2019年

7月

15日

秋田県、「中泉松司」候補

  秋田県に飛び、県選出「中泉松司」さんへの決起大会に出席しました。40歳で現役1期の若手ホープ、相手は野党統一の女性候補、非常な激戦で、7〜800人の大集会。人数が多いとこちらも気合いが入ります。後刻 菅官房長官も現れて、自民党最重点候補として必勝の構え。

 

 

 

 

2019年

7月

14日

好漢「丸山和也」、全国、駆ける。

  比例代表『丸山和也』候補の応援に大阪まで行きました。法律専門として自民党の司法制度調査会長などを歴任、国会では法務、文教、社会保障、国家制度等の政策を強力に引っ張っています。テレビ出演などで顔と名前は売れていますが、組織的支援がやや少ない、その分「人間力」でもって、過去2回の選挙を戦ってきました。自民党としては、国会にどうしても不可欠な人材です。大阪は曽根駅と豊中駅で街頭演説をしました。

  丸山さんと私とは本当に長い付き合いで、若い時、就職時代からの付き合いです。どこかで知り合い、2人は司法試験で苦労していました。中々受からない、遂には2人 (もう1人3人) で、ほぼ丸1年、閉じこもって勉強しました。お陰で3人一緒に合格して、それぞれの道を歩き始めました。私が政治の道に入り、そして追っかけ丸山君がこの道に入って来た、これが2人の経緯で、当然国会や自民党で彼こそが私の真の兄弟分ということです。

 

 

2019年

7月

14日

故郷 川崎で、「島村 大」さんを

  神奈川県選挙区「島村 大(だい)」さんの応援に川崎市の川崎駅に行きました。土曜日の夕方、夥しい人の流れ、大都会の人々、選挙にどれだけ関心があるのか。それでも皆で声の限りに「自民党」と「島村大」を叫びました。島村氏は大健闘している様子です。

  川崎は私にとって「本当の故郷」です。平成5年頃までこの場所を中心に無我夢中で選挙活動をしていました。当選1回、落選2回の決して忘れ得ない場所です。往年の人々とも多くご挨拶しました。元参議院議員「斎藤文夫」先生は91歳になられるという、いまだご健在で島村候補の後援会長を務めておられる。政治関係、また通りすがりの人々と、お互い齢はとったけれど旧交を温めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

大分県、比例代表「衛藤せいいち氏」

   全国比例「衛藤せいいち氏」の応援のため大分市に入りました。衛藤氏は大分県県議会出身。衆議院議員の平成2年初当選組で私と同期になります。同じ九州のよしみで私と付き合いは長い。鋭い政治感覚で安全保障、社会福祉、国家制度、皇室問題などで政治を引っ張る、今は安倍総理の側近中の側近。選挙の苦労も人並み以上で、衆議院4期で落選、参議院比例区に転身して今度は3期目にあたる。全国比例というのも実は大変な選挙で、衆議院にない苦労がある。
  豊後大野市での決起大会では、私も故事来歴を含めて大いに盛り上げました。

  更に大分県の大分選挙区としては、自民党「磯崎陽輔候補」が野党統一候補と、厳しい競り合いをしています。大分市内の森林組合や企業グループを回り、集票に務めました。

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

岡山県、「石井正弘候補」

   岡山県選挙区は石井正弘氏。元知事で参議院は2期目を目指します。安定した戦いを進めているようですが、決して気は抜けない。

  同県出身の山下法務大臣とともに応援に立ちました。私とほぼ同年で、「われわれベテラン勢で、山下さんのような若手に負けずに頑張ろう」と演説し、聴衆の喝采を浴びました。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

2019年

7月

14日

大阪府参議院選挙、「太田房江さん」

   大阪府の参議院選挙、「太田房江」候補は激戦です。他地区と異なり「維新の会」の存在が非常に大きく、定員4に2人の候補を出している。自民党太田候補も頑張っていますが、決して油断出来ません。

  太田さんと私は遠く50年近く遡る。彼女が大学を出て旧通産省に入ってきて、私(課長補佐)の部署で下に付いた。意見や主張ははっきり言う、同時に、周りへの気配りは非常に行き届いていた。ほぼ1年一緒にいた。通産省ではしっかりと職務を納め、岡山県副知事、そして大阪府知事2期 、そして参議院議員となった。今新人議員としては大活躍しており、伸びゆく大阪のために更に働かせて欲しい・・・。

  演説会場は大いに盛り上がっていました。私の京都在住の義理の兄弟も参加してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

2019年

7月

13日

「三内(さんない)丸山遺跡」

   青森県に行ったのを機に、「三内丸山遺跡」を訪れた。5000年前、縄文文化はほぼ本州全域、北海道まで広がった。中でも青森地区三内丸山遺跡は大きいものであった。原始大和民族の活力に感銘する。遺跡を立派に保存管理する青森県ほか地元の関係者には敬意を表します。私は各地、これらの遺跡を追うのが大好きです。

 

 

 

 

2019年

7月

12日

青森県遊説、『滝沢もとめ』氏を

   青森県の参議院候補「滝沢もとめ」氏の応援に盛岡市、弘前市にやって来た。滝沢氏は県議会を経て参議院1期、環境、国土分野を得意としており、地元青森のために懸命に働く、麻生派で同志でもある。

  相手は野党統一候補、なかなかの強敵だ。私は言う、決して油断してはならない。選挙は厳しいことをもって本望とすべきである、厳しければ厳しいほど、本人も陣営も努力し、身を律するものである。相手候補はいわゆる「野党の野合」と言われる。民主系も共産党も政策を述べないかわり、一旦選挙が終われば、再び野党間の闘争の修羅場になる、そんな政党にこの国を任せられるか。

  政治の安定あってこそ、初めて経済も政治も外交も社会政策も語られる。

 

2019年

7月

11日

オリンピック・メダルは100%、リサイクルで

 

  来年のオリンピック、パラリンピックの金銀銅メダルは全て、携帯電話や小型家電からのリサイクルから調達します(金銀銅それぞれ1〜2トン)。大きな国民運動が起こり、ほぼ2年かけてこの大目標が達成されました。  

  今日はその正式発表と主たる貢献者に対しオリンピック組織委員会から感謝状が贈られました。環境省も組織挙げて頑張り、私は政府の代表として祝辞を述べました。私は「この成功をひとつの実績(レジェンド)として踏まえ、むしろ今後のリサイクル運動の契機にすることが必要で、これからは『アフターメダル作戦』として、小型家電収拾リサイクル運動を展開していく」ことを宣言しました。 

  なおオリンピック組織委員会の「森喜朗会長」とは久しぶりご挨拶致しました。先生には若い頃から随分ご指導頂きましたが、ある時は2人で中国だかを訪問したこともあります。

2019年

7月

09日

SUGIZOって、誰だ?

  SUGIZOって、誰だ?

と、私は思わず聞きました。「大臣ね、大変な人気スターなんですよ」と言われて、びっくりしたものです。


  7月7日七夕の日、驚きました、「東京中野サンプラザ」は、何万席か分からないけれど観客席は超満員、怖いくらいです。ロックバンドと言うのか、エレキギターとドラム、大騒音と大狂騒で耳が痛くなるような時間が流れました。観客はほとんど立ちっ放し、拳を振り上げ、演奏者と一体です。


  一瞬静寂した後、「特別ゲストの原田 環境大臣でーす」と呼ばれたので、私は満場大拍手の中で舞台に上がりました。主役のSUGIZOさんと握手して、大観衆へのあいさつ。「私はこんな大きな舞台に立ったことは初めて。スギちゃんの人気に敬意。今日はスギちゃんの誕生日らしいが、スギちゃんは日頃 環境問題に大変頑張っている、そこで今日は感謝状を持って来たのです・・・。」万雷の拍手と歓声。かくして私は、SUGIZOさん宛て『環境大臣感謝状』を読み上げたのです。

 

  今日の七夕ライブは特別のライブでした。あの凄まじいエレキギターや舞台楽器の電源は全て「水素エネルギー」で賄われる。SUGIZO 演奏は「世界で初めて」、水素エネルギーを使っての演奏で、水素エネルギーを使った演奏は微妙に音色が違うという。私は、水素エネルギーこそ「究極の環境型エネルギー」と観衆に訴えました。

 

  会場の外では、トヨタとホンダの自動車の組み合わせで、水素エネルギーによる発電装置が懸命に動いていたところです。

 

 

 

 

2019年

7月

05日

地球が危ない! 物言わぬ動物たちの叫び!

  「藤原幸一」さん、プロの写真家です。藤原さんは、人間の活動が地球を破壊し、それが自然の動植物にどれほどの苦しみと被害を与えているかを撮っています。世界の地の果てまで出掛け、動物たちへの限りない愛情と哀しみを、粘り強く、大きな危険も乗り越えて撮り続けてきました。
  写真という偽りのない事実。物言わぬ象や猿が、観る者一人一人の身じろいを正させ、自分は今何をなすべきかを厳しく問い質すことになるのです。

2019年

7月

04日

参議院選挙、松山政司候補 出陣式

  参議院選挙が始まりました。自民党は、自信と誇りをもって、3期18年の実績と、さらなる将来性を買って「松山まさじ氏」を公認しています。3年前の反省を踏まえて、全区トップ当選という高い目標を掲げてこの戦いに臨みます。私は「福岡地区 選対本部長」の重責も担っています。

2019年

7月

04日

九州大学と環境省とのESD研究教育協力「看板掛け」

  5月19日の九州地区訪問の際、私たちは福岡市の九州大学を視察、環境、エネルギーの多くの分野について研究と教育で協力することを合意しました。とりわけ「水素エネルギー」こそ「究極の環境型エネルギー」として、わが国も率先して開発すべきであり、九州大学は国内で最も進んだ学術研究施設と高く評価しています。環境省としては大きな期待を寄せており、この度、「ESD=Education for Sustainable Development(持続可能な発展のための教育)センター」の役割をお願いしました。
  7月3日、関係者一同が九州大学の研究室に会し、私と久保千春総長がESDへの「看板掛け」のセレモニーを行いました。
  なお今回の提携への実質的指導者たる「佐々木一成教授(副学長)」は、水素エネルギー問題の専門家で、現在はヨーロッパ出張中で、セレモニーにはスカイプによる衛星同時放送で参加して頂きました。
(看板「環境省」は、恥ずかしながら、不肖、原田の作です。材質は、「東峰村」被災材を活用しました。)

2019年

7月

02日

さあ、夏が来た、「熱中症」には負けないぞ!!

  7月1日。いよいよ暑い夏がやって来ました。熱中症こそ、防がなければなりません。
  環境省と民間団体共催で、「熱中症予防強化月間」の出陣式を行いました。場所は東京渋谷駅の「ハチ公前広場」。11時、環境大臣(私)が高らかに出陣を宣言しました。同時刻、全国、多くの自治体で同じく出陣式が行われています。
  年間の熱中症患者の搬送数は交通被害者の何倍にも及ぶという(消防庁)。今年からNHKなどテレビでは、「暑さ指数」の代わりに「熱中症予防情報」として流します。今日、東京は小雨、一方九州は全域で豪雨注意報、皆で無事を祈りました。
  なお、女優の「田中美奈子」さんが飛び入りで参加、元気と勇気を与えてくれました。最後は全員で「ガンバローコール」

2019年

7月

01日

硫黄島での慰霊

  東京と小笠原に直接の空路はない。往復、硫黄島を中継する。航空自衛隊輸送機をお願いした、約2時間。
  「硫黄島」は太平洋戦争を介して最も重要な戦跡の島である。米軍と日本軍が死力を尽くした事実上最後の戦闘地である。実に2万を超える戦死者(多くは若い兵士たち)を出した。
  硫黄島の「慰霊塔」及び「戦没者顕彰碑」それぞれに心を込めて礼拝をしました。今日の日本はこの人たちの犠牲の上にあることを決して忘れてはなりません。(米兵の慰霊碑にも礼拝)

2019年

7月

01日

小笠原の人々との交流と課題

  硫黄島から小笠原までは(往復)海上自衛隊のヘリコプターにお願いした。所要80分。
  父島に着くや、実に小笠原村長、議会議長ら100人近くの人々の出迎えを受けました。首に花飾りのレイをかけられ、小さな子どももたくさんいました。夕刻には中央公民館で心のこもった歓迎会を頂いた。「一度は来たいと思っていたが、遂に夢が実現しました。素晴らしい歓迎を受けて、これからも小笠原のために全力で頑張ります。私は実は令和の発祥の太宰府の出身です・・・」と挨拶しました。
  小笠原諸島は本土から1000キロ離れている。明治時代に日本に編入されたが、戦後から昭和43年まで米国の施政下におかれた。古く漁業、捕鯨の関係で欧米人が棲みつき同化している。大小30の群島だが、有人島は「父島」1500人、「母島」500人のみで、周りは「兄島」、「弟島」、「姉島」、「妹島」、「婿島」、「姪島」など家族呼び名を冠した無人島が散在している。
  本土から直接の空路はなく、基本的に週1便だかの定期船に依存しています(片道24時間)。飛行場建設が島民年来の悲願であり、私も具に状況を聴取しました。飛行場建設に当たっては環境政策(環境影響評価)との調整が非常に大切な要素です。
  諸島全体、観光資源としての自然景観は見事なものがあり、行政全体として正しく規制が行われていると感じます。
  なお、4年前の中国漁船の小笠原地区サンゴ侵入事件においては、私も自民党員として激しく抗議活動したことを思い出しました。(現在は沈静化)

2019年

7月

01日

小笠原諸島へ環境視察

  6月29、30日に小笠原諸島への環境視察を行いました。小笠原は「国立公園」であり、また8年前には「世界自然遺産」にも登録されており、環境行政にとっても、非常に重要な地域である。本土から1000キロ以上離れた絶海の孤島ゆえ、固有の希少野生生物が生存(動物45種、植物25種)しており、一方外来生物有害種の増殖で絶滅の危機に瀕しているものも多い。環境省含め林野庁、水産庁、東京都、小笠原村など国全体で、これら生物の管理、保護、育種、外来種の駆除等を行っており、関係者の努力たるや涙ぐましいものがある。自然環境保全法の改正で「海洋保護区」の設定も目指している。
注)
・固有種 カタツムリ(陸産貝類)、オオコウモリ、アカガシラカラスバトなど
・有害種 グリーンノアール(トカゲ)、ノヤギ、ノネコ、ネズミなど

  2日間かけて、小笠原ビジターセンター、世界遺産センター、東平、海洋センター、ウェザーステーション展望台等を訪問し、担当者から日頃の取り組み、苦労話などを聴きました。

2019年

6月

27日

インドネシアとの閣僚会議

   大阪でG20サミット(首脳会議)が始まりました。それに先立ち私はインドネシアとの閣僚対話に臨みました。インドネシアの「ルフット(Luhut) 企画調整大臣」との間で環境問題を中心とする協議を行い、合意文書の共同発表をしました。廃棄物発電の技術協力、海洋プラスチック汚染に対する実施取り極め、アセアン地域での環境指導 等を内容とするものです。インドネシアは今アセアン諸国の中でも、これらの分野で特に指導的立場に立っており、またルフット氏は最有力閣僚として活躍しています。
  これら閣僚レベルの成果を元に、サミットでは首脳による国家間合意が行われます。海洋プラスチック問題取り極めは、主要議題として扱われます。

 

 

2019年

6月

27日

アメリカの高校生、来訪

  アメリカからの高校生が大勢であいさつに来ました。外務省の青少年交流事業で、テキサス州フレデリックスバーグの高校生たち。この町には太平洋戦争の歴史を刻んだWar Memorium(「戦争博物館」)があり、私も2年前には2、3の議員と一緒にここを訪問しました。そのまじめな、かつ非常に立派な展示内容に感銘を受けたものです。
  私は歓迎の言葉を伝えたうえで、日本とアメリカの戦争と平和、歴史的関わりを話し、先月のトランプ大統領の訪問で、私は数分ながら直接に挨拶、会話したこと、現在日米の絆こそが世界で最も強いことなどを説明しました。さらに、はるか昔高校生の折に、オクラホマ州(タルサ市)に留学し、その時学んだことは今でも大事にしていますと付け加えました。彼らは明日以降福岡県も訪問し、学校訪問や県庁、「令和」の発祥地 太宰府見学、ホームステイなどを行い、日本を「学習」することとなっています。
皆さんの若さには、さすがの私も圧倒されました。若さとは本当に素晴らしいものです。

2019年

6月

25日

環境省職員と共に、G20 慰労会

  環境省職員にほぼ全員呼び掛けて「G20慰労の会」を開きました。(私の)大臣室を開放して、幹部がそれぞれ酒肴を持ち寄り、200人以上の職員が楽しく集ってくれました。私も得難い機会、若い職員たちとも親しく触れ合うことが出来ました。

  2週間前の「G20環境大臣会議」は、環境省挙げての対応でした。100人を超える職員が軽井沢町に長期間滞在して、閣僚会議本番までの準備と後処理に従事しました。国際会議とは表舞台の活動ばかりでなく、多くの国々の利害を調整する、実に地味で粘り強い事務的な準備作業が伴うものです。本省に残留する職員は留守を守りつつ、派遣組と緊密な連絡体制を真夜中まで維持しなければなりません。
  かくして、かの閣僚会議は共同声明を発表して、大きな成功を収めたことになっています。新聞の一面には「海洋プラスチック汚染を国際管理」との見出しが踊るようになりました。環境省の総力戦で勝ち得たものと信じています。

2019年

6月

22日

少年相撲大会、何と誇らしい子どもたち。

  九州全域から小学生、中学生の相撲力士が集まって、300人以上が覇を競う。本当に小さい小学生から、もう大人顔負け、堂々たる体躯の中学生もいます。九州は尚武 (武道が盛ん) の地域で、私にはそれだけでも嬉しいのです。     思えば私もその頃は、相撲が大好きだった。そして強かった。学校では休み時間、本当によく相撲を取った。いくつも住む地が変わったけれど、何処でも神社奉納の相撲大会があったものです。「原田は相撲が強かった」と今でも言われるのが、実は密かな誇りす。                             今日の私のあいさつ。「『日の丸国旗』に向かって『君が代の国歌』は大きな声で歌いましょう。    皆さんは日本に生まれて、またこの九州の地で、お父さんお母さんと生活出来ることは本当に幸せなことなのです。相撲は思い切り稽古しましょう。この九州から立派な横綱が何人も出ました。そして先日の大相撲にはアメリカからトランプ大統領が来て応援下さいました。令和の時代は君たちが頑張る時代です・・・」

2019年

6月

22日

中央アジアとの環境対話。「ウラル海」の砂漠化など。

  中央アジア諸国と日本の間での環境問題対話を呼び掛けたところ、今回はキルギス、ウズベキスタン両国が来日、活発な交流がおこなわれました。凡そ中央アジアと日本は、外交的にはそれほど近いわけでないが、地政学的には非常に重要な地域であり、とりわけ環境問題での交流が重要という機運が盛り上がりました。
  会合では両国ともに非常に積極的な取り組みが報告され、また日本も複雑な環境政策を説明して、互いの立場がよく理解できました。気候変動問題、廃棄物問題など共通課題もあったが、例えば、有名な内陸湖「ウラル海」は、いわゆる砂漠化が進み今ではほぼ干上がり状態となり、その湖底にあった塩分が大気に飛散し、地域の広い一帯に深刻な環境被害を与えているという、日本では予想できない問題も報告された。
  議長取りまとめで、私は今後参加国を拡大して毎年の開催を約しながら会を閉じました。 

2019年

6月

21日

釣り具企業の訪問。古い旧友との再会。

  日本中には釣り、フィッシングの好きな人がどれほどいるのか。私の趣味にはないけれど、「釣りきち」と言われる人は、身の回りにたくさんいます。その人々の道具「釣り具」を全て賄うのが釣り具企業で、その全国団体 「日本釣用品工業会」(会長、島野容三 シマノ社長) の皆様が総出で訪問され、環境問題で意見を交わしました。釣りは言うまでもない、魚の棲む海、川と一体であり、それはまた環境政策と一体でもあるのです。
  この団体は年来環境活動に非常に熱心であり、河川や海浜の美化、清掃活動に積極的で、かつ全国展開の活動でも環境省は物心多大な協力を頂いています。

  引率は、旧友の松下和夫氏。実は彼とは本当に古い友達です。昭和49年、政府人事院のアメリカ留学の同期生、私は(旧)通産省、彼は出来たばかりの(旧)環境庁から派遣されていました。お互い気が合っていたのと、私は行ったばかりのワシントンで結婚したのですが、数少ない来賓の1人でもありました。

  彼は、環境庁職員第1期生として、環境行政の草分け的な大活躍をしました。かの「京都議定書」(COP 3、1997年) の立役者として環境省の歴史では伝説、レジェンドとなっています。そのまま京都に残り、京都大学教授、同名誉教授として常に国の環境政策、環境思想の先頭に立っています。  その松下君が今この釣り具団体の世話をしており、今回の面会を企画しました。不肖私も環境省の中におり、二人にとっての友情は、奇しくも不思議な縁で結ばれていることを感じました。

( 松下氏は、左から2人目)

2019年

6月

20日

環境対策を引っ張る企業へのアワード

  環境対策に率先して取り組み、他の模範とすべき企業を表彰しました。「米アップル社」や「セブンand Iグループ」などが代表的で、アップル社の女性副社長リサ・ジャクソン氏などは関係する全ての素材、エネルギーを「リサイクルや再生エネルギーで賄う」と宣言しています。今後環境省としてはプラスチック汚染など、さらに表彰の範囲を広げていこうと考えています。

2019年

6月

18日

嗚呼、我が師との再会と佐久美術館

  長野県は軽井沢のとなりに「佐久市」というのがある。軽井沢での閣僚会議を終えて、私は佐久市に急いだ。師として仰ぐ「神津武士(こうづ ぶし)」先生が待っておられるからである。最近といっても7、8年になる。今先生は93歳になられる、実に矍鑠(かくしゃく)と、相変わらず声はでかい。私の訪問を心から喜んで頂いた。
  話は40年くらい遡る。私は関東通産局総務課長をしていた。ある日、えらく声のでかい人、「佐久市長」という人が事務所にいきなり入って来た。いきなり入って来て、課長の私にいくつか地元の陳情を告げた。そして嵐のように去って行った。少し失礼な、しかし凄い人だとだけ強い印象を残した。初めて、政治家とはこんなものかと肝に残した。その後陳情の処理は多少手伝ったような気がする。
  数年経ち、昭和58年のある時、市長からいきなり連絡があり、是非佐久市に来てくれという。美術館が出来たという。おっとり刀で駆けつけると、なんと盛大な落成式では、この美術館は原田さんの付けてくれた通産省の補助金で完成したと一番で紹介する。事情を掴めないまま、私はただ有難い言葉として受け取ることとした。
  私は、その後選挙活動に入り、いつも悪戦苦闘の中にあった。ただ私の政治家像は常に、無意識に、ヨオッと右手を挙げて大声で事務所の中に入って来たあの瞬間の佐久市長があった。先生は程なく市長を引かれたが、何故か気が合い、以後ずっと、長野で、東京で、忘れた頃にごあいさつしている。先生は、まことに勝手ながら、私の政治の師なのだ。
  今日も、私の大臣の様子をテレビで見て、周りのものに自慢しているよ、と相変わらず大きく笑われる。私はただ面が赫らむばかりだ。先生のご長寿と更なるご指導を祈るばかりだ。

  その美術館、『佐久市立近代美術館』は横山大観、平山郁夫などを収蔵する。今もなお、営々と地元の皆様に大事にされているという。

2019年

6月

17日

「20カ国 環境エネルギー閣僚会議」(G20) 成功裡に終わる

  G20 長野県軽井沢 での会議が終わりました。環境と経済の好循環、技術開発とイノベーション、海洋プラスチックの管理の国際行動計画、気候変動への対応 (adaptation)、生物多様性協定など多くの論点について議論を進め、いずれも合意出来たことは大変良いことで、また私は議長役を無事果たせたことに安堵しています。エネルギー部門との合同作業で、世耕経産大臣らとの協力関係もうまくいきました。
  新聞、テレビなどメディアも幅広く取り上げて、環境とエネルギー問題への国民の認識も大いに広がったと思われます。

2019年

6月

16日

G20 全体会議

  1日目、会議も順調に進んでおり、環境・エネルギー全体会議、分科会、合間には米国、EU、イタリア、中国などとの個別対話を精力的にこなしています。全ての閣僚で記念写真を、私もその真ん中で映ることとなりました (世耕経産大臣とともに)。明日の会議終了までになんとか良い結論が発表できればよいと思っています。

2019年

6月

15日

G20

2019年

6月

15日

G20 閣僚会議始まる、前日行事 超多忙。

  G20がいよいよ始まりました。環境省総出で長野県軽井沢に乗りこみました。
まず、軽井沢町と実行委員会主催の「令和記念茶会」。水素エネルギーで茶湯を沸かすという「世界初めての大茶会」と触れこみました。町長が大伴旅人役、奈良時代の古典装束も出揃い、多くの外国閣僚も出席された華やかなものです。(大伴旅人に由来する)太宰府市と富山県高岡市が協賛しました。
  続いて、環境関係物産展示会で日本各地からの環境案件の発表の場、大会場狭しと展示されています。私は米国代表、ウィーラー環境省長官を案内して超速足で全体を回りました。

  続いて、長野県知事らによる「環境対策に向けての『長野宣言』」を受ける取る手交式。続いて、米国(ウィーラー長官)及びEU(カニューテ担当大臣)との二国間対話。これこそが今次の最も実質的な仕事です。20分づつの対話でしたが、これらの国々を議長国として纏めていくのは中々容易でない、というのが率直な感触で覚悟して臨まなけれならないと決意しました。日本人記者会見でも厳しい現状を率直に報告したところ。

  県知事、町長主催の晩餐会。大掛かりなもので、私は冒頭のあいさつで、率直に厳しい会議となるが全体としてしっかりとまとまろうと訴えました。

2019年

6月

13日

来訪者たち (4)

  北海道 弟子屈(てしかが)町 町長、徳永哲雄氏。今年8月には本町で『美しい星空を見る全国大会』があるということで、そのご招待案内に来られました。大自然が残る国立公園内での、真夏の星空はどんなに美しいことでしょう。環境省の主催でもあり、皇室も来られるという、私は当然、万難を排して参加したいとお願いしました。
  町長はもとより活力溢れる人で、過疎の町を活性化するために懸命に頑張っておられます。なお私も道産子の1人、小学校の4年間、北海道(沼田町)に住んでいたという話題で、場は大いに盛り上がりました。

2019年

6月

13日

来訪者たち (3)

  公明党 環境対策議員団 (団長 江田康幸議員)。議員団にはプラスチック対策、気候変動対策など環境政策への積極的提言をたくさん頂いた。併せて、今週末に迫ったG20環境大臣会議への心強い応援を頂いた。公明党とは国会審議の内外を問わず、こまめにわが党と連携しており、これが連立与党の強みで日本の政治の安定、政権の活力に寄与しているものといわれます。

2019年

6月

13日

来訪者たち (2)

  長野県「軽井沢町長」藤巻 進氏。いよいよ今週末にはG20環境大臣会議が長野県軽井沢でおこなわれます。その会場となる軽井沢には、受け入れ地としての様々の負担をお願いしています。30数人の世界の閣僚、数千人の人々、厳しい警備が待ち受けます。
  軽井沢町長が忙しい中来訪下さり、お互い準備の状況など最終の意見交換しました。軽井沢は国内外で有名な都市ですから、そこでの会議成果や各国の動静は情報として特に強く発進されます。次第に精神的な緊張感が増してきます。

2019年

6月

13日

来訪者たち (1)

  太宰府市、筑紫野市、大野城市と那珂川市の4市議会の議長たち。全国市議会議長会への出席で上京しました。私の地元活動では最も世話になっている人々です。地元を離れて東京で会えるのもまた格別です。

2019年

6月

12日

大臣表彰式典にて

  全国各地で長い期間、環境保全に尽くした人々を表彰し感謝する、年1回の大臣表彰式が行われました。決して派手でない、ただ黙々と地域の活動を続けられた、本当に尊いことであって、私たちからは感謝の気持しかありません。
  表彰式の後、懇親会も行われました。殆どの人と個別に握手し挨拶し、名刺を交わし、記念写真を撮りました。ある人から、「大臣、今回ほど心に沁みた言葉を頂いたことはありません。」と耳打ちされたには、私こそが癒やされた思いでした。

2019年

6月

12日

楠田太宰府市長、安倍総理との会見

  太宰府市長 楠田大蔵氏が上京し、官邸で安倍総理、菅官房長官との会見がありました。太宰府は、元号「令和」の発祥の地、そこで万葉の歌が詠まれたという坂本八幡宮を抱えた市として一層有名になりましたが、そのことを含めて楠田市長は総理と官房長官にお礼とその後の経過説明をされました。
  「令和」が始まりひと月余、早くも私たちの生活にすっかり溶け込んできました、如何に日本人が元号という文化に馴染んでいるか、誇りにさえ感じます。

2019年

6月

12日

閣僚会議、「環境問題長期戦略」決定

  閣議後には、その時々の政策テーマの政府案決議が行われます。閣議室から隣接する会議室に移ってのやや重々しい会議で、安倍総理自身か、菅官房長官が主宰されます。今日は環境問題が議題で私が実質説明して、内容が決定。これを基本に、私たちは今週のG20環境エネルギー大臣会議(長野県軽井沢)に臨みます。

2019年

6月

12日

参議院決算委員会にて

  参議院決算委員会で答弁しました。決算委員会は、参議院の中でも特に権威のある委員会として、政府側も全閣僚が張り付き、より慎重に取り組むこととなっています。NHKも全放映。

  (なお委員が発言の最中に、私は自席で風邪の咳が止まらず、周りの閣僚に迷惑を掛けました。日頃の不節制を大いに反省しています。ここだけの話。)

2019年

6月

10日

東北「みちのくトレイル」全線開通式

  全長1000キロメートル、福島、宮城、岩手、青森の4県、その28市町村を結ぶ、三陸沖縦断する『みちのく潮風トレイル(自然遊歩道)』が開通しその記念式典が行われました。環境省の主導で行われ、東北の復興とその後の地方再生など諸々の意義を込めた大企画で、今後この場所を拠点に大きな効果を発揮するものと期待します。
  2011年3月の東日本大震災、とりわけ未曽有の津波被害を受けたこの地域の人々は長い間の苦難に耐えながらも、黙々と復活の日に備えて努力をしています。国を挙げて、地域の復活を応援しなければなりません。
  式典は感動的なものであり、環境大臣の私は全ての自治体の長と共に、しっかり手を繋ぎあい、「頑張ろう!」の雄叫びを連呼したものです。

  式典に先立ち、仙台市隣接の名取市閖上(ゆりあげ)地区では津波被害者約1000人の眠る慰霊碑に献花し、日和(ひより)山の社では鎮魂の祈りを捧げました。

2019年

6月

08日

地元の洪水対策、堅実に進む

  筑紫野市 二日市地区の高尾川水域はほぼ毎年、多少の雨でも床上浸水に襲われます。政治、行政にとっての長い間の懸案でした。平成26年8月の大洪水では大被害が起こり、遂に市、県、国が本格的に動き出しました。翌年から特別緊急対策として「地下河川シールド方式」という最も珍しい工法を採用しての工事が始まりました。
もう数年かかりますが、竣工の暁には地域一帯がいかに安堵するか、近代技術の成果こそ世に問われることになります。私もこの大事業の一端に関われたことを誇りに感じています。

2019年

6月

06日

愛犬を偲んで

  自民党本部前広場。地域の特産品の特売会。今日は和歌山県の特産品です。和歌山県は、妻の出身地として昔から馴染みの深い県で、販売所の前を通り過ごすわけにはいかない、私は犬の木彫りを買いました。愛犬、先日亡くなった「福ちゃん」のことを思い出したのです。
  早速、この木彫りは、大臣室の入り口に置きました。

2019年

6月

05日

「かりゆしの日」

  6月4日は「かりゆしの日」。閣僚は全員「かりゆし」を着て、閣議、閣僚会議を始め国会答弁など全部の公務を済ませました。暑い夏の到来で「クールビズ」が始まり、また沖縄の人々を特に励まそうという意味もあるらしく、私も新調の一着で涼しい1日を過ごしました。
クールビズ制度が始まり、夏の服装はすっかり開放的になりましたが、同時に一人一人が「省エネ努力すること」も決して忘れてはなりません。(注 私は「省エネルギー」、「クールビズ」担当大臣です。)
(写真は、安倍総理の主催する「宇宙環境に関する閣僚会議」の模様、私は薄緑)

2019年

6月

04日

「レジ袋有料化」原案を正式発表

  プラスチック汚染を食い止めるために環境省は「Plastic Smart 政策」を進めていますが、その中でも買い物の時のレジ袋の使い方に非常に無駄が多い。私が昨年10月、大臣就任の挨拶で発表したのが「レジ袋有料化の検討」でした。以来環境省の内外で検討・議論を進めてきましたが、一応の成案を得ましたので、夕刻には記者会見を開いてその旨を発表しました。大勢の関心を呼んでおり、これからしばらくの間、日本中で「騒然たる議論」が起こること、早晩には最高の結論が出ることを祈っています。

<概要>
・レジ袋は、無償で配布することは出来ない。欲しい客は、それぞれ有償で買い取ること。
・どの業界も一律に行い、不平等が起こらないようにする。
・有償分は当該業界で、環境活動、福祉活動などに使うことが望ましい。
・法律規制が必要であり、法形式は別途考える。
・本方式は「富山県」が10年近く運用しており、また20県近くに広がっており、実質的に「富山県方式」を参考にしました。

2019年

6月

03日

元祖「日傘男児」

2019年

6月

01日

壇蜜(だんみつ)さんと省エネ、プラスチックの「エコ・トーク」

  天気も気温も穏やかな6月1日、土曜日、東京 「エコライフ・フェア」は、環境省主催で今年は30回目になります。青葉、若葉 繁るここ代々木公園には多くの人々が集まり、大変賑やかなフェアとなりました。私はスタッフと一緒に沢山並んだ出展ブースを一軒一軒訪ねてご苦労やご意見を聴いて回りました。皆さんの環境、エコにかける情熱には感激しました。
  目玉番組 「大臣と壇蜜さんのエコ・トーク」にも出演して、省エネや海洋プラスチック問題など、今日の環境問題を楽しく議論しました。私が、「日傘男子」第1号ということも話題になりました。タレントの壇蜜さんは,「環境大使」にも任命しています。

2019年

6月

01日

海洋プラスチック問題、政府原案を決定

  国際的に喫緊の課題となっている「海洋プラスチック廃棄物問題」について、(閣議 後)「閣僚会議」を経て政府原案を決定しました。現在、どの国も凄まじい量のプラスチック廃棄物を海に流しており、これを続ければこの世紀半ば(2050年)には、全ての魚、海洋生物はプラスチック廃材やマイクロ(微細)プラスチックに汚染されているとさえ予測されています。
  環境省及び関係各省は、この半年綿密な検討を進めて、今回の政府原案「アクション・プラン」を策定しました。私は、6月15日からの「G20 環境大臣会議」(軽井沢)には、これを基に議長役を努めます。

2019年

6月

01日

リハビリ治療の現場見学

  海ゴミ活動の帰路、同じく藤沢市の総合病院「クローバーホスピタル」(篠原裕希 理事長)を訪問して、リハビリ治療を中心とした診療現場を見学しました。篠原先生は、東京で私の主催する医療問題研究会における長くの友人です。

2019年

5月

31日

全国「海ゴミ ゼロの日」

  5月30日に因んで「ゴミゼロ」運動が始まりました。環境省と「日本財団」との共催でこれから10日間、全国で50万人ほどの人が参加して海ゴミを拾うこととし、そのキックオフ・セレモニーが江ノ島海岸(神奈川県藤沢市)で行われました。私も作業着に身を固め、大臣として開会演説を行い、引き続き多くの皆さんとゴミ拾いを実践しました。全国どの地域にも環境美化に向けて黙々と活動を続けている団体、組織、企業、個人がいるもので、本当に頭が下がります。藤沢市長、タレント「つるの剛志」さんらと一緒に盛り上げました。
  ステージ上の巨大な魚モデル (捨てられたゴミが腹いっぱい入っている=「海の叫び うお」)には、本当にほろりとさせられます。

2019年

5月

30日

川崎町議会議長ら訪問、あゝ、故郷とは。

  福岡県川崎町の議会議長となったと、「桜井英夫氏」が挨拶に来られた。桜井氏は、その昔福岡の私の事務所での秘書第1号として、共に苦労した仲。よく頑張って、今は議員6期目、遂に町議会議長になったということです。
  同行は東京都の離れ島、神津(こうず)島 村議会議長の鈴木氏。実は桜井君は神津島の生まれ育ちで、神津島の村役場に就職した。そこでの最初の上司が鈴木氏だった。月日は巡り巡って、今回桜井君が議長になって、全国の町村議長会で歴史的再会を果たしたというもの。
  桜井君は島を出て、全国をうろうろしましたが、常に生まれ故郷を誇りにしていました。その加減で、私まで昔から、行ったことのない神津島や小笠原諸島に夢を抱くようになったのです。一度は行きたいと思います。

2019年

5月

30日

トランプ大統領との会話、瞬時に「global warming !」

  トランプ大統領の来日は、その存在感故に国中の耳目を一身に集めました。世界の政治指導者であり、この人とどう折り合うかは、国としても現実の問題であります。(好悪は別として、)政治家としても大いに考えさせられる3日間でした。

  長い列、人混みの中で、ようやく私の番が来ました。直面すると、190センチ、100キロ以上の体格にはさすがに圧倒されます。テレビで余りに馴染みの顔で、初対面とは思えません。人懐こい。
  私は自分を「環境大臣です」、と紹介して、「お会いできて光栄です」と型通りに挨拶しました。彼はいきなり「global warming (地球温暖化)は重要だ、global warming は国際的に協力しなければならない。」と返しました。続けて「中国は難しい国だ。」と加えました。私は、「日本とアメリカこそが力を合わせて頑張らなければなりません」と結びました。早や、別れですが、握手はグローブのような大きな厚い手でした。
  瞬時の会話でしたが、トランプ大統領が環境問題、地球温暖化に強い関心を持っていることが分かりました。それ以上に、私が「環境大臣」と言った途端に「global warming 」と返ってきたその反応の速さには、内心驚きました。(失礼ながら、)これはやはり、ただ者ではない、と思った瞬間です。中国への拘りにも驚きました。

2019年

5月

29日

トランプ大統領、歓迎式典

  国賓として米国トランプ大統領が来日。天皇陛下への謁見、安倍総理との首脳会談。ゴルフや大相撲観戦、焼き鳥屋さんでの食事・・・、その存在感故に、国中の関心を集めました。

  5月27日、国賓としての様々の式典が皇居を場所に行われ、私ら夫婦も列席する栄誉に浴しました。余りの体験に終始緊張の中に居りました。
  午前中は、国賓としての歓迎式典、皇居広場。雲ひとつない青空、強い日差し。天皇陛下に引率されて大統領の登場、真っ赤な絨毯の上を大きな体躯の大統領が動かれる様は、さながら壮大なパノラマを見るような思いで、大国米国の存在を世界中に広めることにもなったでしょう。

  夕刻には、晩餐会、大広間。天皇陛下の歓迎の辞もまた大統領の挨拶も、非常に心が籠もって立派なものでした。タキシードを着ての食事も次第に慣れてきました。終了後別室に移りコーヒータイムとなり、ここでは天皇陛下、大統領と私的にもご挨拶する機会も与えられました。私も大統領とほんの2、3分でしたが、直接に会話することができました。(後刻報告)

  国賓の接受とはかくも大変なもので、それを巧まず支え、演出する裏方(国民、政府、皇室など)のご苦労に改めて労(ねぎら)いを捧げます。日米基軸という大なる国事にも十分に沿ったものといえます。

2019年

5月

27日

金メダルに囲まれて

  柔道の山下泰裕氏(「全日本柔道連盟会長」)は、来月にも「日本オリンピック協会」(JOC)会長に転進されることになっています。山下氏の激励会を柔道関係者で開きました。この機会に今の柔道界、来年のオリンピック、国際柔道連盟のあり方、試合ルールの変遷など余りに多くの柔道課題について、山下さんと意見を交わしました。常にそれらの責任の立場におられるだけに、彼の言葉はさすがに今後の日本柔道を理解するに役立つ情報でした。またJOC会長になられても立派にやってくれるに違いと思いました。

  同席の「岡野 功」氏は「昭和39年東京オリンピック」の中量級 金メダリストで、その華麗かつ天才的な立技はわれわれ大学時代には本当に憧れたものです。岡野氏は同じ金メダリストでも大先輩としての立場で、山下氏に色々なアドバイスもされました。

  私も終生柔道に情熱を掛けたという自負を持っておりますが、2人のメダリストの真ん中では緊張するのはやむを得ません。関係者皆様のご活躍を祈ります。

2019年

5月

24日

「日傘男子」、世にはばかる(!)

 「イケメン男子」ならぬ「日傘男子」としてテレビ・デビューしました。記者会見において、日傘の有用性を紹介しました、曰く「日傘をさせば体感温度が3度、涼しくなるそうです。今年も夏は暑くなりますが、熱中症対策には男性も日傘をさしましょう。日傘は女性の特権ではないのです。」
  この風景がテレビ各社でとりあげられ、私も「日傘男子」としてすっかりタレントになりました (!)。

2019年

5月

23日

韓国の全権大使を迎えて。「環境外交」はあるか

  韓国の南(ナングァンピョ)全権大使が、新任の挨拶に来られた。両国の環境問題などについて意見を交わしました。大使は日本経験もあり、中々の有能な外交官と見受けた。

  今の日韓関係は非常に複雑で、戦後最悪の外交関係といわれている。私は外交安保の専門を任じており、今は閣僚ゆえに言動は自制しているが言いたいことは山ほどある。内心の葛藤は大きい。
  ただ、日韓はこれでいいはずはない。環境問題、実はどの国にとって気候変動もプラスチック問題も、共通の悩みなのだ。あるいは「環境外交」こそ日韓関係を解きほぐす契機にならないか。というのが、今の私の頭にある。

2019年

5月

23日

インドネシア・ジャカルタ知事、来訪

  インドネシアの首都ジャカルタのアニス・バスエダン知事が挨拶に来られた (夫人同伴)。ジャカルタは1000万人の人口を有する大都市で、例外にもれず環境、とりわけ廃棄物対策に苦労しており、その面での協力を強く依頼された。廃棄物対策は先進国、途上国を問わず、どこの国も苦労しており、日本の先進的な技術はジャカルタにも応用できるものと考えられる。
  同知事はインドネシアきっての若手政治家で、すでに閣僚経験もあり、遠くない将来の大統領候補でもあるという。

2019年

5月

22日

沖縄県知事の訪問、「かりゆし」贈呈

  玉城デニー沖縄県知事らの訪問を受けて、沖縄の郷土着「かりゆし」の贈呈を受けました。ミス沖縄さんが2人、同伴です。私は、熱中症や熱射病対策として、クールビズ運動を先頭で進める立場にあり、沖縄のかりゆしがそのシンボルのひとつとして、次週の閣議に着ていくことになるそうです。
  玉城知事とは、少しく前まで彼が国会にいるときは、政党は違うけど結構仲が良く、今回会った時には、「やー、久しぶり。君も大変そうだね」と、抱き合いました。

2019年

5月

21日

地球温暖化対策の最先端、大牟田市

大牟田市の環境対策施設「東芝エネルギー グループ・シグマパワー社」を訪問し、地球温暖化対策の先端技術「CO2 分離回収技術」(いわゆるCCUS)の実証現場を見学しました。日本がこの技術では世界で最も進んでおり、6月のG20環境閣僚会議では、その実態を発表する予定です。

2019年

5月

21日

水素開発など、「九州大学と研究協力」

  九州大学を訪問して、今後環境省と九州大学とで研究、政策面で緊密に協力しようということとなりました。

1 .九州大学「伊都キャンパス」。新設なった広大な伊都キャンパスにて、久保千春総長、佐々木一成副学長らから、水素資源、水素電池の基本概念、将来展望、問題点などを聴き、また現場での最先端研究を視察しました。水素資源は、国として「究極の環境型エネルギー」と考えています。(佐々木教授は先般の仏独調査団の指導者をお願いしました。)

2.「筑紫キャンパス」。春日市にある九州大学「筑紫キャンパス」も広大な敷地で、物理、工学系の高度研究が行われています。私たちは新エネルギー、再生エネルギーの最先端研究の2ヵ所、「太陽光・風力発電」と次世代原子力発電「溶融塩炉」現場を見学しました。

2019年

5月

21日

福岡で「シンポジウム」を主催

  福岡市にて環境省主催の「シンポジウム」が行われ、環境行政の中軸「地方循環共生圏」について議論しました。私は冒頭に会の趣旨、環境省と地元福岡との関わり、朝倉豪雨災害後の復旧復興への取り組み、6月のG20への準備状況、国全体の環境政策の中で九州地区の役割等を説明しました。会には福岡、熊本両県知事、ノーベル賞の天野浩博士(名古屋大学)など多くの関係者が出席しました。

  『地方循環共生圏』(Locally Circulating Economy)とは ...
国の政策と協働しながら、地方が主体となってその固有の自然条件、社会条件、地域資源などを駆使して自律、分散型の共生社会を作っていくことで、結果的に地方再生、経済循環、環境の保全、保護を目指すことになる、という考え方 (平成30年 「第五次環境基本計画」で決定)。地球規模、国際的には『SDG’s(持続可能な発展目標)』に対応するものと考えられる。

 

2019年

5月

18日

「フロン類規制法案」の審議

  午前中3時間、衆議院環境委員会において環境省提案「フロン類規制法の改正法案」審議が行われ、議了後に無事採決された。次は衆議院本会議、参議院での審議と続いていきます。各省大臣としては、国会での法案審議こそ最も大事な仕事であります。

(注、 「フロン類」という物質は、冷房機や冷蔵庫を動かすに必須のものであって、世界中で珍重されてきた。しかしこれが20世紀末になって、地球を取りまくオゾン層(太陽光のうち紫外線を遮断すると言われる)を破壊することから原則禁止された。それに代わる物質として「代替フロン」とか「グリーン溶媒」とかが開発されてきたが、それらはまた「温室効果ガス」として地球温暖化に害を与えるため、原則大気に放出してはいけない。「フロン類規制法」はそれらのガスの排出を規制するための法律で、地球温暖化の深刻化に伴い規制の度合いを年々強化しつつある。)

 

2019年

5月

16日

第一回「自民党 エコ博」、巨大な白熊

  自民党本部で第一回「エコ博」が開かれました。「とかしき奈緒美」環境部会長の発案と指導力で、まず自民党議員こそが環境問題に認識を高めようと始まったものです。岸田政務調査会長と私が祝辞に立ち、その上で、初の論文コンテストの発表、表彰などもありました。
環境行政は、もちろん役所や行政も頑張っていますが、なんと言っても国民皆様の行動、生活に深く関わっており、その国民と直接接する政治家の役割が非常に大きいのです。今回多くの企業参加、外部の一般の人々の参加を得ました。洋上風力機、完全CO2ゼロハウス、エコタウンの建設など意欲的な企画が展示され、次回からの出展も大いに期待されます。
  突然、巨大な「白熊」が会場にちん入してきて総勢びっくりしました。白熊=氷が溶けつつある北極=環境問題へのアンチテーゼ(問題提起)、とコカコーラ社は説明しました。会場が一段と盛り上がりました。

2019年

5月

15日

嗚呼、遥けくも「お姉さん」と

  「清水 周(しゅう)」君は私と同級生で、東大時代一緒に柔道を取っていました。今も親しく行き来しています。
柔道の稽古が激しく続くと、柔道着のぶつかりなどで耳を痛めます。耳(たぶ)が内出血し酷く腫れます。その都度病院に行き、注射器で血を抜いてもらうのです。清水君のお姉さんが当時東大病院に勤めておられ、私たち荒くれ者は柔道場で耳が腫れると、「ちょっと姉さんの処に行ってくる」と言って、病院まで走って行ったものです。
  そのお姉さんが高名な医者、医学博士で、また実はわが環境省の保健関係の重要な審議会委員としてご活躍ということが分かったのです。その「清水夏絵」先生が周君と一緒にご挨拶に来てくれ、すっかり恐縮したところです。...
私の耳は両耳、お陰様で多少のデフォルメを残しながら、今は形良く(!)収まっています。懸命に稽古に励んでいた若い頃を思い出し、あの「お姉さん」と再会できるなどの奇縁に、ひとり驚いています。

2019年

5月

15日

「南極の氷」

  南極への派遣隊員の「南條職員」が帰還して、大臣室に報告に来てくれました。夏季隊員として約半年、気象変化の観測など難しい任務を、稀有な環境の中で過ごしたと、本当に興味あるお話しでした。ペンギンとの自然界での交わりが楽しかった。
  お土産に「南極の氷」を持って来てくれましたが、「何十万年前(!)の水と空気」ということです。いいと言うので一口頬張りましたが、実は味はあまり変わりませんでした(!)。
  わが国は、今回の南極観測隊で60年目ということで、ほぼ毎回、環境省は職員を派遣しています。

2019年

5月

15日

麻生派、5000人の大パーティー

  東京にて恒例 「麻生派」の政治パーティー『志公会と語る夕べ』が行われ、多くの人々が集いました。あの大きな会場が立錐の余地のないほど埋まりました。60人の政治家を抱え、今安倍内閣では最も勢いがあるとも言われており、メンバーとしても大いに誇りを感じています。私たちが閣僚として存分に働けるのも、結局はこういう政治基盤があるからです。最後は議員ごと、麻生太郎会長(財務大臣、副総理)を入れての集合写真で会を閉じました。

2019年

5月

12日

「母の日」のこと

  5月12日、すっかり忘れていましたが、今日は「母の日」だそうです。テレビで「おふくろの味は?」などやっていたので気が付きました。私にも立派な母がおりました。何にも無理は言わない、子どもの時から何でもやらせてくれました。
  私は大学を出て会社に勤めていました。会社を辞めてやり直そうと思った時、慎重な父が反対をしました。その時母が珍しく強い口調で、この子の通りやらせましょう、とその場を決めました。おふくろもえらく強いなと感心したものです。

  母も逝ってもう20年近くなります。
『100万人に100万人の母あれど、わが母に勝れる母なし』、このことばを何処かで聞いたことがあります。全ての人がきっとこの想いを持っていると思います。別に他所の人と比較するのではありません、ひたすら天上のわが母と密かに話しかければいいのです。

2019年

5月

12日

仏教界、環境に対し懸命に

  京都会議の後、京都の仏教宗派、「本門佛立宗」(ほんもん ぶつりゅうしゅう)の本部の環境展示会を訪問しました。同宗派は現代の環境政策は仏教思想にこそ軌を一にするとして、SDG運動や国の環境政策を積極的に支援しており、とりわけアル・ゴア氏(元アメリカ副大統領で、世界的環境政策指導者)を仰いで、活動の幅を拡げるなど、私はその姿勢に心から敬意を抱いています。今回は短時間でしたが、展示会を見学し、また同派最高指導者らと親しく懇談し今後の環境活動につきともに協力を約したところです。

<学びのことば>
・「将来を守るため、私たちはもう一度立ち上がらなければならない。」(宇宙飛行士カールセーガン)
・「空は顔 月日はまなこ 山は鼻 海山かけて我が身なりけり 」 (日扇聖人)

2019年

5月

12日

鮮烈、『京都アピール』。環境会議、京都にて。

  京都国際会議場にて、IPCC( 「気候変動 政府間パネル」)京都会議が行われました。100ヶ国以上の学者、研究者、企業などの集まった非政府組織の集まりですが、私も招待を受けて出席しました。今地球温暖化、気候変動問題では、21世紀100年間の平均気温を19世紀のそれに比べて、「2度以内に抑えよう」、「いやそれでは十分でない、1・5度以内に抑えなければ」という大議論が行われています。
  そのためには日本は、従来は「2050年には基準年に比してCO2を80%削減」を目指してきましたが、遂に今回の会合で、最も努力したであろう「門川大作 京都市長」が「2050年にはCO2排出を実質的にゼロにする」と遥かに高い目標を『京都アピール』として宣言しました。中身の濃い議論の結果でした。
  それを受けて私は「極めて高く厳しい目標ではあるが、私は政府を代表してこれを真摯に受けとめます」と演説を行い、大いに拍手を受けました。

 「1997年、平成9年、この京都で、いわゆる『京都議定書』(Kyoto Protocol)が採択され、それがその後世界 の環境政策の基本になったことは余りに有名です。京都にはそれだけの歴史と文化と自然環境と、人々の努力が詰まったところです。令和元年 が始まったこの時期に、再び京都を舞台に、同じ国際会議場で、実に22年ぶりに、新しい環境 目標を発信することは、日本にとっても、また世界の国々にとっても極めて意義深いことです。更にこれこそがSDG’sの目指す高い目標に沿ったものでもあるのです。」と、私は演説を結びました。

2019年

5月

09日

宮中行事「期日奉告の儀」への参列

      皇居三殿、賢所(かしこどころ)における「期日奉告の儀」に参列しました。天皇即位を内外に広く知らせる即位礼の儀式を秋に行うことを神々に報告するという重い儀式で、天皇としては初めて衣冠束帯での祭祀、皇后さまも十二単衣で拝礼された。ついで皇族、閣僚も三殿の庭から拝礼しました。

 

2019年

5月

07日

コミュニケ発表、大臣会議終わる

      G7環境大臣会議が終わり、決議文を発表し、閉会しました。私は日本の立場をしっかり主張するとともに、来月のG20閣僚会議への各国協力をお願いしました。閉会記者会見では、議長(フランス環境大臣)からは、特段名指しで日本の努力を評価して頂きました。

 

2019年

5月

07日

環境大臣会議

  フランスの東部メッツ(Metz)市にて「先進7ヶ国(G7)環境大臣会議」が行われた。会議テーマは気候変動、海洋プラチック汚染問題、生物多様性問題など多岐に及び、いずれも急を要する問題で、6月、長野県軽井沢町で行われる「G20環境大臣会議」への前哨戦ともいうべき場となった。米国、フランス、EUなど主要国との二国間会談もこなすなど、概ねしっかりと対応できたものと考えています。
  演説の冒頭には、日本は令和の改元とともに、更に新たな気持ちで国際的な平和と繁栄のために努力する旨の挨拶を致しました。

 

2019年

5月

05日

驚異の水素型鉄道列車とは

    今回の訪欧には、日本からトヨタ自動車、川崎重工など6社10人の水素専門家が同行しています。増山環境省顧問の指導、九州大学の佐々木一成教授(副学長)が団長役として付いています。わが国の最高頭脳グループと自負していますが、世界的に進んでいるパリ市内の2社を訪問して最新の情報を収集、交換しました。

    Alstom(「アルストム」)社。(フィリップ ・デレー上席副社長。)...
鉄道列車製造の専門会社で創業90年。フランス及び欧州各国の鉄道網に列車を供給するほか、環境エネルギーの観点から水素電池型列車を開発供給。その技術、社会的レベルは他を圧する。ドイツに水素鉄道を協力しているが、環境エネルギーにおける仏独の国家間協力の象徴となっている。

    Air Liquide(「エアリクイード」)社。(ブノワ・ポティエ会長。)
創業120年、日本との関わり80年を超える。水素ガスなど産業医療ガスの製造販売。初の水素燃料電池車開発、水素ステーションの普及。世界水素協議会共同議長。

2019年

5月

03日

天皇陛下と水問題

    天皇陛下が水問題の専門家であられるということは、比較的知られていることです。「世界水フォーラム」の名誉総裁も務めておられますが、これが単なる名前だけの尊称ではないということも知られています。ご自身「ライフワーク」とも位置付けて、日本の灌漑や治水、世界の水問題、アフリカ・ナイル川問題などを含めて常に歴史的、自然的観点から本格的に掘り下げられている。国際大会で基調演説されることも。近年の巨大津波や豪雨災害に対し防災、減災の必要性を説き、「地球上では6億の人々が安全な水を利用出来てない」と、「水」が貧困や教育、衛生、環境にも直結することを警告される。
     一昨年8月のこと、私は国連本部で行われた水問題総会に自民党の二階幹事長らと出席しました。丁度そのひと月前、地元朝倉市が空前の豪雨災害に遭った直後です。 日本代表としては、皇太子(当時)が、30分ほどビデオメッセージの形で演説をされた。これがまた 素晴らしかった。その内容は内外多岐に亘り、丁寧で分かりやすく、それでいて学問的にも整っていた。更に、(実はこれも自慢なのですが、)発言の英語が、発音も表現力も素晴らしかった。終えた後、周りの各国代表から、「素晴らしかった」、「立派な天皇になるだろう」との褒めことばを頂き、本当に嬉しい気持ちで一杯となったものです。
(以上、一度は書きたかったこと、機内にて)

 

2019年

5月

03日

フランス・パリへの出張

    平成・令和の「御代替わり」の諸行事を終えて、私は今パリに向けての飛行機上におります。案件は2件、先進7カ国(いわゆるG7)の環境大臣会議への出席、さらには日本の国家的懸案である「水素社会」建設のため、仏独の先進企業を訪問して実態を調査研究することとしています。
     日を追って詳報しますので、是非ご期待下さい。

 

2019年

5月

01日

「令和」始まる。国の発展を。

    5月1日、いよいよ「令和」が始まりました。今朝はまず臨時閣議、即位の礼の万端が決められました。ついで着替え( 燕尾服 )した後、皇居に向かいました。天気は見事に晴れ上がり、皇居外苑では多くの人々がこの祝事を待ち受けていました。昨日の雨はいわば涙雨、先帝との別れの雨であり、今日の晴天はいわば新天皇謹賀の舞台づくり、実に天空こそ私たち日本人の心を何よりも表現していました。
     「松の間」での、二つの式典「剣璽等承継の儀」、「即位後朝見の儀」を閣僚としてこなしました。新天皇の即位、おことば等を直々に拝謁して、令和の世の健勝ならんこと、国の発展を心から祈りました。

 

2019年

4月

30日

平成、終わる。平成に感謝。

     4月30日、 平成が終わりました。平成の30年間は国にとって戦後昭和を継いだ安定の発展期、成長と変革の年月でした。大きな自然災害も経験しました。
私にとっては激動の時代で、政治家としてはまた闘争と苦難の連続でした。平成2年に衆議院議員となり、爾来多くの成果に恵まれました。今や閣僚として内外存分に活動できる幸運は、全ての支援者、家族も含めて全ての関係者あってのお陰であります。
     明日からは「令和」となります。「平成」は「内 平にして、外 成る」からと言われましたが、わが国は「さらに内を豊かにして、外(世界)の平和と豊かさを実現する」ためのより重い使命(ミッション)を持っています。私は新しい令和時代を皆さまとともに頑張っていきたいと考えています。

...

     本日、宮中での「退位礼正殿の儀」に出席して、陛下より直々のおことばを頂き、改めて将来への決意を固くしました。両陛下のご退出には、さすがに感極まりました。

2019年

4月

29日

太宰府での記念茶会

    明日に天皇ご退位を控えて、太宰府天満宮にて「第32回太宰府茶会」が行われました。雨天の中大変な参拝客で、また茶会は着物姿のご婦人達で溢れていました。
     茶会といっても私に基本作法があるわけでなく、しかし機会は多いためにいつも度胸は座っています。今日も正客(しょうきゃく)を務めました。女子高校生を含む皆さんと記念撮影で、来たる令和時代を元気に迎えることになりました。席亭は井上宗宥社中(表千家不白流)。

 

2019年

4月

29日

「那須塩原市長 渡辺氏」、当選挨拶

    栃木県 「那須塩原市」市長の「渡辺美知太郎氏」が1週間前の選挙の当選報告に来られた。前職は参議院議員。彼は元副総理、大蔵大臣、通産大臣を務められた故「渡辺美智雄先生」の孫に当たる。私は渡辺美智雄先生の秘書官を長く勤めた。言うまでもない、先生は私の最初の政治の師である。
    その縁で、私と美知太郎氏はなにかと話が合う。那須塩原市には那須御用邸もあり、皇室の出入りも多い。平成から令和の御代替わりにあたり、大いに注目される都市でもある。市長には36歳という若さを発揮して今後の活躍を期待したい。

 

2019年

4月

29日

「『令和』は青年たちの時代」

   朝倉青年会議所(JC)の「50周年記念式典」に出席し祝辞を述べました。50年、半世紀にわたって組織をつないでいくことは容易なことではないこと、自分も川崎青年会議所で活動し多くのものを学んだこと (時代は千葉県との東京湾横断橋が建設で揉めていた頃)、今年は日本青年会議所がSDG’s「持続可能な発展目標」を行動方針に示しており、環境大臣として高く評価していること、令和の時代こそ若者が頑張る時代であること、ついては、私の座右の銘「明日死ぬために今日を働け、永遠に生きるために今日を学べ」(インド独立の父「マハトマ・ガンジー」)を伝えました。

 

2019年

4月

27日

東京都 「小池百合子知事」との交流

    小池百合子都知事と久しぶりお会いしました。小池さんは、衆議院在籍時は本会議場での席が長い間私の直ぐ隣りにあって比較的親友でしたし、「環境大臣」としては私の10数年前の大先輩に当たります。その後転じて都知事になり、豊洲市場問題で注目を集めたり、いつも目立つ存在ですが、最近はすっかり落ち着いてきました。
     二人は近況を交換したうえで、私は環境大臣時代の苦労話や現在の東京都の環境政策を尋ねたり、また国会の最近の動きについて小池さんの質問にも答えたりしました。小池知事は来年の東京オリンピック、パラリンピックを成功させるために懸命に努力しておられる様子でした。

 

2019年

4月

26日

天皇皇后、最後の行幸啓、「みどりの表彰式」にて

    4月26日、憲政記念館にて。「みどりの表彰式」が行われ閣僚として出席しましたが、この式典には天皇皇后両陛下がご臨席。両陛下にとってはこれが平成最後、天皇として最後の行幸(ぎょうこう=ご外出)と言われています。レセプションにまで出席され、多くの皆さんと交歓され、ご退出は皆でお見送りしました。こういう瞬間に立ち会えることにも身の幸運を感じます。

     私は一旦福岡に戻り、残るはご退位、即位の礼に上京します。

 

2019年

4月

26日

SDG’sを推進する仏教徒の会

  国連総会の決めたSDG’s(エスディージーズ)(「持続可能な発展目標」)を推進する若手の僧侶達が来られて、今後の活動に力を合わせようと約しました。

  SDG‘sの目指す理念こそ仏教思想と本然的に通底するものであって、宗派を超えて、この運動を開始せられたものという。SDG’sは今や国全体で取り組むべき崇高な理念であり、環境大臣はその最も大切な自然環境の保護を担当しています。
  今世界で、例えばイスラム教徒とキリスト教徒との残酷なテロの応酬が続いています。SDG’s思想は、大自然の一木一草までを敬い、全ての衆生(人々)を一人残らず救わんとする仏教思想に源を発したかの学びも得た思いでした。

 

2019年

4月

25日

緊張する「大臣記者会見」

  毎週、火曜日と金曜日、午前中には欠かさず「閣議」と「記者会見」があります。定例の「公務」としては最たるもので、大臣になって初めてその大事さと忙しさを体感します。
  「記者会見」はその省(環境省)の最終の公式意思を国民に向かって発表するもので、正直、最も緊張する瞬間です。私的な場ではなく、間違いは決して許されません。
  普段は本省の会見場で行いますが、前後のスケジュールでは他に場所を変えて、例えば国会内の廊下などでも行います。この半年で慣れてはきましたが、テレビやラジオで国民の皆様に直接語りかけていると考えれば、注意力、ことば使いなどは自ずから決まってきます。自分が省の最高責任者であることを改めて自覚する瞬間でもあります。...
(写真は参議院本会議場の廊下の一角にて)

2019年

4月

23日

福岡県の犬は「福」がマスコット。

  わが家の愛犬「福ちゃん」が逝って1月、まだ少し落ち込んでいる頃、嬉しいニュースがありました。福岡県の犬で最も人気がある名前が、なんと「福」、300人以上のアンケートからという。(因みに、猫は「命(めい)」)。
  本当に驚きました。わが家の「福」が多くの人々に愛されていたこと、あの福ちゃんが天から戻って来てくれたことに、本当に驚き、さらに愛しさが増してきました。

 

2019年

4月

22日

「桜井英夫」町議、五選

  福岡県川崎町 町議選で「桜井英夫」君が再選されました。平成6年頃、神奈川県から福岡県に転籍した太宰府の選挙事務所で、桜井君に秘書第1号として手伝って貰いました。無我夢中、お互いよそ者、訳も分からず2人であちこち走り回っていました。
  今回、投票日前日、やっと応援に駆けつけました。川崎町の選挙事務所には地元の皆様で溢れており、今回も大丈夫、と安心して帰ったものです。

 

2019年

4月

22日

「川合辰雄氏」、(その2)、「桜のリレー」伝説

  福岡市に「桧原(ひばる)桜」伝説がある。昭和59年ごろ、南区 桧原地区には桜の木が7、8本立っており、その季節には住民を喜ばせていた。急に道路拡張工事が始まり桜の木は切らなければならなくなった。それを知ったある文化人が、せめてこの季節が終わるまで20日ほど切らずに残して欲しいと、市長あての嘆願書を歌に託し、枝にぶら下げた。(「花あわれせめてあと二旬 ついの開花をゆるし給え」)
  直ぐにそれを散歩の途中で見つけた人がいて、彼は会社の広報課長に、なんとかならないかと命じた。実はこの人こそ、当時九電社長の「川合辰雄氏」その人。課長は知り合いの新聞記者(西日本新聞)に相談し、記者はそれを大きく記事にした。地域は大騒ぎとなり、一方で嘆願運動が起こった。「進藤一馬市長」はせめて桜のシーズンだけは工事を延ばしたいと返歌で応じた。(「花惜しむ大和心のうるわしや とわに匂わん花の心は」)
かくして全国運動に発展し、桜の木は遂に切らずに一括して他処に移植、これが今の「桧原桜公園」に落ち着いた。これらは「桜のリレー、心のリレー」と呼ばれ麗しき市民運動の鑑となり、川合辰雄氏も進藤一馬氏も名社長、名市長として歴史に名を残すこととなった。

 

2019年

4月

21日

巨星、墜つ。元九電会長「川合辰雄氏」逝く

  元「九州電力」会長で九州財界を永くに率いられた「川合辰雄氏」が亡くなられた。その果たされた役割と貢献度は他の追随を許さない。本当にその存在は大きかった。
  私は個人的にも大変お世話になった。福岡に移ってきて支援者は少なかった。落選中は特に辛かった。福岡で政治活動するに、九電とのかかわりは殆ど決定的に重要であった。意を決して本社に伺い、発起人就任をお願いしたところ、快諾を得た。爾来私の会合ではいつも来賓のトップを務めて頂き、いつしかあの「川合節(ぶし)」が私の強味となった。多くの出席者に私への安心と信頼を広めて頂いた。私が「資源エネルギー庁」出身というのも親しみを感じて頂いたか。
心から川合氏のご冥福をお祈りします。享年102歳。合掌。

  『お別れの会』は大変悲しいものでした。
  多くの遺徳の中に、若い人への訓示がありました。曰く、
1 、与えられた仕事は徹底的にやり抜け。日本一となれ。
2、決して、愚痴や不満を漏らすな。
3、 決して責任から逃げるな。
そして 4、 「自然体」を貫け。( 自分の生まれながらの姿勢、性格、イメージを
無理に変えるな。「自然体」でなければ長続きしない。)
これらは間違いなく、私への遺言でもありました。