2020年

8月

07日

「河野防衛大臣」来訪

  「河野太郎防衛大臣」の事務所来訪を受けて、久しぶりに話に興じました。近くに来たと言って、特段の話題はありません。河野氏は同じ政策研究会(「麻生派」)で特に親しいのですが、今はさすがに最も多忙で責任の重い防衛大臣。私からは専ら、日米、中国、韓国ではしっかりやって欲しいと注文し激励したこと、さらには福岡県も自衛隊基地(春日市など)が頑張っていることなどを強調しておきました。
  河野氏も大臣職が続き、最近では政治家としての風格も出てきたように感じます。

2020年

8月

06日

風雲急。中韓外交

  コロナ禍は収まらず、豪雨災害の傷痕は生々しい。熱中症はむしろこれからが要注意。この時期に周辺諸国との揉め事がより大きくなった。
  中国との尖閣諸島、東シナ海を巡る紛争は一層激しくなる。8月16日以降、中国の8000艘の漁船団が尖閣海域に襲来するといわれている、その違法な行動に、日本は海上保安庁や水産庁だけで対応できるか、拿捕できるかなどの問題が起きる。私は自民党の外交安保関連委員会では常に強硬論で発言しているが、政府が本気で動くかについては、確信が持てない。国の主権、領海、EEZを守るには「法の支配、領土の実効支配」を内外に示すことが必須である。
  韓国との「元徴用工問題」で、韓国は日本企業の資産差し押さえを開始する。1965年「日韓請求権協定」で完全解決しているにかかわらず違法にも蒸し返す。最近の韓国、文在寅政権の異常な横暴に、日本は厳しく正しく対処しなければならない。

2020年

8月

05日

原田「コロナ後を見据えた東京演説会」、大盛況

  先週の福岡に続き、国会の「憲政記念館」にて東京地区講演会を開催した。コロナの感染拡大で最後まで心配したところであるが、万全の安全対策を講じての決行で、多くの人々に参加して頂いた。いつも変わらぬご支援を心から感謝したい。
   会では麻生太郎副総理、甘利明税調会長、細田博之憲法調査会長、河野太郎防衛大臣、小泉進次郎環境大臣、衛藤晟一一億担当大臣など、綺羅星の如き大臣たちの力強い応援演説を頂いた。麻生副総理は、「コロナ後は不透明な時代になるが、その時は原田さんの見識と実力が必ずや必要とされる・・・」と結ばれた。私はコロナ後の世界と称して、最後は尖閣諸島の「実効支配」の必要性を強調した。

2020年

8月

04日

李登輝氏、逝去。「私は全て国家社会の為にある」

  7月30日、尊敬して止まない李登輝氏亡くなる。97才。地元出身(本省人)初の台湾総統、「台湾の父」であると同時に世界にとって「民主主義の父」でもあった。習近平の共産党中国が横暴(覇権主義)を繰り返すこの時期に偉大な生涯を終えたことは、残された世界中の民主主義者にとって「今こそ立ち上がれ!」という激しい檄(げき)を遺されたものと考える。
  私は10数年前、議員連盟の一員として訪台(陳水扁総統時代)し、自邸にて李登輝氏と面会したことがある。
  李登輝氏は、日頃『我是不是我的我』という言葉を使われていた。「私は私でない私。私は自分の為にあるのでない、全て国家社会の為にある」の意。私は常に手元には、その言葉が刻印された記念材を置いています。私はそのまま自分の政治家としての信念としています。

2020年

8月

01日

「コロナ後はどうなる」演説会、大盛況

  「コロナ後を語る」として私の演説会を福岡市で開会したところ大変な盛況でした。新型コロナの感染が全国で止まらず、福岡県も連日「第二波か」思わせるような厳しい状況にあります。大規模集会を決行するかに大変悩みましたが、万全の予防対策を講じての本番では皆様方にご協力頂きました。
  まず安倍総理と麻生副総理から力強い応援メッセージが呼び上げられた。続く特別ゲストに自民党幹事長代理、元防衛大臣の稲田朋美氏から講演を頂いた。稲田氏と私は国会で弁護士グループとして親しく、中国問題の強硬論で思想的に一致していること。稲田氏は今や女性国会議員のリーダーとして最も将来を嘱望されている議員であって、本日の講演では私を「次には防衛大臣か外務大臣に」としっかりと持ち上げてくれた。
  私は主題の「コロナ後の問題点と展望」を話しました。その上で、早晩近づく解散総選挙では断固として勝ち抜き、これらの将来課題を実行したいと決意を表明しました。「持つべきは友」で、このコロナ騒ぎに駆けつけてくれた多くの人々に心から感謝を申し上げました。

2020年

7月

30日

香港出身の若者たち、悲痛の叫び

  中国の香港向け「国家安全法」施行はすでに大きな障害を作りつつあり、進行中の議会選挙も中国当局がふみにじりつつある。国際社会が危機感を強める中、わが国会でも党派を超えた救済運動が始まった。今日は香港出身の関係者を呼び、悲惨な実情報告を受けた。
 (コロナ)マスクのほかに帽子を被り顔を全面黒布で覆った若者もいた。私は発言した折り、「君たちの困難は、私たち日本人が必ず助けてあげるから、なんでも言ってくれよ」と激励しました。

2020年

7月

29日

災害対策特別委員会、開会

  7月28日、衆議院の「災害対策特別委員会」が開かれ、現下の全国的豪雨災害について活発な対政府質疑が行われました。国会の閉会中でも、緊急案件については委員会(「閉会中審査」)が開かれますが、とりわけ今年はコロナ禍の只中であって、議員の側から政府側の対応について厳しい指摘や注文が続きました。8月7日には委員会として熊本県被災地に現地調査の予定。一方今や梅雨豪雨は北上して山形県などに大きな被害を与えています。
  偶々この委員会では、委員長が山本幸三氏、私が筆頭理事、答える大臣(「内閣府災害担当」)が武田良太氏という福岡県勢が揃い、お陰で円滑な委員会運営ができたと思っています。
  なお委員会「筆頭理事」とは会務全体の裏方を取り仕切る、地味だが非常に大事な職務です。写真では委員席の突端がそれぞれ与党(右)、野党(左)の「筆頭理事」席です。

2020年

7月

27日

太宰府天満宮、「夏越し(なごし)千燈明(せんとうみょう)」祭り

  太宰府天満宮の恒例夏の祭り「千燈明」が行われた。往年ならば大変に賑わうところ、新型コロナ禍ではさすがに人の出は少なかった。肌寒い、梅雨の小雨も。それでも伝統行事を続けることで世の中が明るさを取り戻す先駆けとしたいというのが、西高辻宮司のお気持ち。
  全ての明かりが消えて広大な庭内が暗闇となると、その中心にある「心字池」と「太鼓橋」の周囲を1000本のろうそくが灯される。水面に映ったろうそくとともに非常に神秘の風情が出来上がる・・・ マスクの人々全ては、1日も早くコロナが収まって、再びあの暑い真夏が戻ってくることを心の中で思い思いを夢見たのであろうか。

2020年

7月

27日

「芸術大学」を作ろう

  山口県に『国際芸術科学大学』を作ろうという動きがあります(主宰 声楽家 荒木美帆さん)。今日はそれを加速するための祈念音楽会が下関市のホテルで行われ出席しました。私も長年この活動の応援者です。本格的なピアノ演奏、男女独唱を聞かせて頂き、コロナ禍や豪雨など日頃の悩みから暫し解放された瞬間です。
 「関門橋」(北九州市門司-下関市)を渡るのは本当に久しぶり、実は遠く私の父親(亡)は山口県(長門市俵山)の出身ということも懐かしく思い出されました。

2020年

7月

24日

怒り、心頭。中国、尖閣侵入連続100日。まず警備員を置こう。

  私が最も心配していたこと、中国の尖閣諸島侵入が連続100日を記録した。菅官房長官は「極めて深刻」などと呑気なことを言うが、「どれだけ警告したか、何を今さら」と私は怒る。これが中国の常套手段で、他地を奪う際、侵入侵略を粘り強く続けて最後に既成事実を作り上げる。中国が「3戦」(世論戦、心理戦、法律戦)と呼ぶ、あの国の覇権拡張の歴史的支柱となってきた。
  日本の対策は極めて単純、「実効支配」を強化すること。尖閣にまず公務員(警備員)を配備すること、燈台を作り、船泊まりを作ること。自国で当たり前のことをするだけ、何も難しいことでない。文句を言ってきたら受けて立て。
  私はもはや我慢できない、行動を起こす。皆様のご支援をお願いする。

2020年

7月

22日

「GoToキャンペーン」、健闘を祈る。

  新型コロナ禍の脅威が依然と続くところ、政府の打ち出した旅行・観光促進策「GoToキャンペーン」が思わぬ困難に直面している。国中の地方都市、中小企業が苦しんでいる、とりわけホテル、旅館、観光地は7、8月の繁忙期を迎えて深刻な苦境にある。政府、国交省(観光庁)が経済振興策を急ごうとするのは正しい。
  一方、東京首都圏ばかりか、全国で感染者発生が収まらず、事態はむしろ「第二波」をさえ思わせる。その中でこの政策。コロナ発生の読みが難しかったこと、政策の企画立案に時間的焦りと準備不十分が重なったこと、東京都を対象から外す、予約キャンセル料を補填する、しない・・・と混乱が続いている。自民党本部での政務調査会議(写真)では議員から不満と意見が噴き出し、テレビの民放ワイドショーでも非難と悪口が飛び交う・・・
  コロナ禍はそれくらい未曾有の大事件であって、政府や政治がある程度混乱するのはやむを得ないが、しかしこのところのドタバタ振りは心配である。新しい大型対策を練るときは、十分な調査と科学的データ、業界や地元関係者との意見調整を踏まえて実行し、更にその政治的評価も余程慎重にやらなければならない。多額の予算を使い、折角の目玉政策が国民の不興を買っては意味がない。アベノマスクも10万円個人給付も、似たようなごたごたを経験した。
  今が非常に大事な時で、こういう時こそ、安倍首相、閣僚、官僚はどっしりとした対応で、国民の不安解消に徹しなければならない。
    「GoToキャンペーン」は7月22日からスタートする。

2020年

7月

19日

中国の領海侵入、国際法違反「沖の鳥島」までも

  中国の領海侵入、国際法違反が止まない。尖閣諸島への侵入が連続95日になる、遥か太平洋に浮かぶ「沖の鳥島」(東京から1800キロ)にも7日間連続して侵入している。中国の領土領海拡張には常套手法があって、取っ掛かりを見つけたらそこを執拗に攻め続け、遂には既成事実、既得権を確立する、その上で新しい法的な根拠を作る(「3戦=世論戦、心理戦、法律戦」)。世界中がコロナと苦闘している最中に、南シナ海、東シナ海、マスク外交、香港国家安全法を強行などを執拗に進め、遂にはアメリカが中国の「違法性」を正式に指定した。沖の鳥島までの侵入は決して小さな動きでない、決して日本は油断できない。
  自民党では連日、外交関係委員会が開かれ、ほぼ全ての議員が強い危機感を持ち、わが国領土の「実効支配」を強化せよと強く政府に迫った。また党総務会では私が、習近平氏の国賓中止が世論に支持されていること(65% NHK)、沖の鳥島までに連続侵入を始めたことなど一連の対中外交の流れを発言した。それを衛藤征士郎外交調査会長がしっかりフォローされて、党三役や総務各位の注意を促した。

2020年

7月

16日

麻生派政治パーティ、粛々と

  東京にて政策集団麻生派(「志公会」)の政治パーティが行われた。早くから計画されていたもので、会は椅子席、間隔を置き、講演のみで、飲食も懇親(握手)もなしという異例の「三密態勢」。メインの麻生氏の講演、甘利明氏の政策発表の他は安倍総理のビデオメッセージ、二階幹事長の祝辞に限定されたもので、全て粛々と行われた。
  世界はポスト・コロナでどうなるか、ディジタル時代の本格到来を日本はどう生きるか、という重い課題に正面から取り組んだ政策発表は世の中に大きなインパクトを与えるものと考える
  なお今はコロナ感染の「第二波」も心配される中、一方で経済活動、国民生活の回復という大きな命題も掛かっており、また同種の大規模会合の先陣を切るものであっただけに、本会を予定通り開催するかについても非常に重い決断が強いられた瞬間でもあった。
  政府でも旅行観光を促進する政策「Go To キャンペーン」について真剣な是非議論が行われている。予防感染対策と経済対策の難しい調整、舵取りが常に要求されている。

2020年

7月

14日

「遠心分離」技術の最高峰

  特殊の「遠心分離」技術を開発している企業と出逢い意気投合、即工場見学を決行しました。(株)CMS=computer management system, 社長 北田浩氏、埼玉県春日部市、工場団地の一角にあります。
  いわゆる遠心分離をナノ(超微細)レベルまで可能とし、特許取得はもとより製造についても追随を許さない。その応用範囲はほぼ無限に広がり、「レックス=固液分離装置(LCSS)」という代表製品は、レアメタル、金鉱、オイルサンド精製、タンカー内スラッジ、太陽電池原料、電気自動車電池、シリコン再利用、放射能汚染水対策・・・に及ぶ。国内大手のみならず米国、中国、カナダとも取り引きしており、2009年にロシアのプーチン大統領来日の時はその使節団が特別見学にも来たという。
  わが国の中小企業にはかくも優れた技術を創造、開発し、国の経済発展に尽くしています。現場を訪れれば一層その念が強くなる、さらなる活用についても議論が進みました。「良いものは直ぐ見に行く」、これが私の信条ですが、一旦見たものは、以後自信を持って話すことが出来ます。

2020年

7月

13日

鹿児島県知事に経産省出身者。衆議院選挙、近づく。

  鹿児島県知事選が行われ、新人「塩田康一氏」が当選した。塩田氏は「旧通産省、現経産省」出身で私のずっと後輩に当たり、直前の「九州経産局長」時代には私とも頻繁に関わりを持った。今回自民党始め有力組織が現職候補に回ったために選挙は苦労したが、県民は正しく塩田氏の実績と将来性に期待を掛けた。
  旧通産省出身者で政治で活躍している人間は、非常に多い。国会にも自民党にも野党にも目立った人間はたくさんいるし、福岡県知事、大分県知事など地方政治関係者も多い。何故通産省かと問われることもあるが別に理由はない、ただ通産省は常に時代を先取りした経済政策、産業政策を企画立案する役所で、かつ省内では職員が闊達に発言し行動する、それが許される伝統的風土があり、その自由度が他省に比べて遥かに高いといわれてきた。私もその流れの1人とすれば、政治家になってからも、自由闊達、その伝統的素養をひたすら実践できていることに感謝している。
  いよいよ衆議院選挙の季節に入ってきた。私は10月の解散総選挙を決め打ちしています、それしかない。現職でも甘くない、「選挙は強いから勝つのではない、油断するから負けるのである」という選挙格言を常に念じながら、如何なる対抗馬でも粉砕すべく頑張ります。選挙で勝ってこそ、政治家は自分の政治信念を実現できるのです。
  昨、日曜日、小雨やまぬ中、毎月恒例の新聞配りを皆んなで2時間行った。多分20年間、私が1度も欠かしたことのない事務所行事。ITだ、ネットだ、コロナだと言い訳はありますが、多くの人は、活字で読む「原田新聞」を待っているのです。皆様のご支援をお願い致します。

2020年

7月

12日

旧友を見送る

  川崎市時代の親友「中村博帝(ひろただ)氏」を葬儀委員長として見送りました。中村君は神職で幼稚園教育者、青年会議所(JC)時代に深く付き合った。私は昭和から平成にかけて川崎市で選挙したのですが、彼は終始一貫、応援の先頭に立ってくれた。私は平成5年だかに福岡県に移り住みましたが、彼は選挙の都度、仲間を引き連れ福岡に駆けつけて、人脈を辿ってくれた。身体並み(体重約120キロ)に気持ちも大きく、世界中に友人がおり外国のどっかから時ならぬ時にメールをくれた。余り飲み過ぎるなよとメルバックするのが常だった。
  コロナ期の入院生活は大変だったろう、でも最後まで頑張りましたと夫人の言。「はくてい(博帝)君、本当にありがとう、安らかに眠れ」と、私は普段のように呼びかけました。

2020年

7月

12日

コロナ感染者増える、東京圏

  コロナ規制による緊急事態解除や東京アラート解除から1月以上経つが、新規感染者はむしろ増加傾向。東京及び首都圏の感染者は解除前を超えることもあり、第2波さえも懸念させる。一方、政府、都府県にとっては経済活動、社会生活を開放する方向と決めている。政治の一番難しい瞬間で、2つの全く矛盾する要求をどう調整するか、失敗すれば大問題となる。感染者が多いことは非常に心配であるが、どの地域も医療態勢が立ち直ったこと、一方で4ヶ月を超える自粛態勢が経済と生活に与えた影響は回復不能なくらい深刻であった。故に、県を跨いでの移動、大集会の規制緩和、旅行の勧め(「Go To」キャンペーン)、プロ野球の観客化などが慎重ながら進められている。
  結果は誰にも分からない、予測できない。上手く収束するか、失敗して再びパンデミック(大感染)となるか。指導者たちは、首相や知事や市長たちは、毎日祈るように、次の日を迎えている、結局頼るのは国民であり都民であり市民である。その人々が当たり前のことをやってくれるか、マスクをつけ、手を洗い、3密を避け、不要不急をしない、それに係っているのです。
  日本人の感染状況は国際比較では非常に低い。感染者が2万人、死者は1000人、世界中では感染者1200万人、死者は50万人、トップのアメリカでは感染者は300万人を超え、死者は13万人と言われる。誇る理由はないが、日本人はそれくらい怖い新型コロナウイルスとよく闘っている。ある調査の国際比較の中に、日本人はコロナの感染は「自分の責任」と答えた人が10%強、他所の国、アメリカなどは1%、多くが「他人の責任、国の責任」と答えたという。国民1人ひとりの心構えが、結局大きな差異を生み出す。
  経済活動、国民生活を一日も早く取り戻すためにも、当たり前のことを守ることが重要である。

2020年

7月

08日

急遽地元へ、豪雨視察

  急遽、福岡に戻りました。国会の仕事は、後日にでも調整出来ます。
  九州全域、雨が止まらない、テレビは刻々、筑後川流域、朝倉市、筑前町を頻繁に呼び上げる。東京で自分の市町村を聞くのは悲喜交交です。
  4時到着、福岡空港からは各役場に直行し、筑前町長とは情報の交換、朝倉市長、東峰村長は現場視察で出ておられたが、留守居部隊には親しく労いと激励をしました。各地には何ヶ所も体育館、公民館に臨時避難所が出来ており、中には10人前後が思い思いの避難生活が始まっています。さすがに顔馴染みが何人もおります。コロナ対策として、手のアルコール消毒とお互いのディスタンスが守られています。
  夜は10時前に帰宅しました。今日も1日中強い雨が降っていたので災害の発生も心配されます。テレビは、ほぼ途切れなく九州各地、とりわけ熊本県の被害状況を伝え続けています。

2020年

7月

07日

自民党、習近平「国賓来日中止」を政府に要請決定

  自民党の外交関係委員会で、中国の香港「国家安全法」施行と尖閣諸島侵入に反対する大議論が行われ、習近平国家主席の国賓来日を中止すべしとの要請文を政府に提出することとなった。政府、外務省がそのままやり切れるか、国民とともに自民党挙げて注視していかなければならない。
  この問題、昨9月、大臣終えて党に戻って直ぐ私が提案した。総務会では何度も主張し、中国大使にも直言し、中国に行っても発言し、大衆行動にも訴えた。コロナ騒動を機に4月の来日は「延期」となったが、中国の目に余る覇権的行為にはさすがに多くの自民党議員が危機感を抱いていることが分かる。今後党執行部との調整が行われる。

2020年

7月

07日

豪雨被害広がる、北部九州にも

  熊本、鹿児島を襲っていた梅雨前線豪雨は、死亡、行方不明、建物浸水、土砂災害を拡大させながら、一方で福岡、大分、佐賀など北部九州にまで主たる範囲を広げており、河川氾濫、土砂災害、避難勧告等の災害情報が頻繁に出されている。避難指示対象は99万人に及んだという。
  自然災害は止めようがない、まず情報の収集を的確に行い被災予防、避難行動を取ることが必要で、「まず自分の命を守ること」という呼び掛けを政府や気象庁が繰り返し行なっている。避難施設でのコロナ感染対策も緩めるわけにはいけない。
  自民党本部でも緊急の対策本部が開かれ、政府と党では当面の必要対策はしっかりと行われているとの報告が行われた。

2020年

7月

06日

躍動する美術家たち

  お誘いを受けて福岡市の美術展(「Art Wave現代美術展」)を鑑賞してきました。30人ばかり全国気鋭の美術家たちの集大成で、多くの秀作、力作が並んでいます。私は自分で絵画をやったことはありませんが、何故か観ること、鑑賞することは大好きで、テレビの絵画番組を観ることはもとより、地元公民館の絵画展にも大抵顔を出します。
  このコロナ禍の下で、美術家、芸術家たちも例外なく苦労しています。その中で、彼らは懸命に努力し、自らの世界観を色彩に託そうとしています。この美術家たちが心おきなく絵筆を振るえる時代こそ、本当に豊かと言える社会だと考えます。
  なおこの美術展、前日には福岡県の小川県知事も訪問してくれたと、楠本惠子さんら一同沸き立っていました。

2020年

7月

05日

地元選挙の役員会

  コロナ事態も一段落し、地元で自民党と後援会の合同役員会を開きました。3月からほぼ4ヶ月、私の移動も選挙活動も実際上止まっていたが、今秋とも言われる衆議院総選挙に向けていよいよ本格的な選挙準備が必要となります。役員皆さんとの久しぶりの顔合わせで、コロナ禍の後処理、政局を含めて活発な議論が行われ、今後の方針が決まりました。
  来たる7月31日には福岡市で「政策発表会」(政治パーティー)も計画しており、折からのコロナ感染防止を念頭に注意深い準備をする予定です。

2020年

7月

05日

熊本、鹿児島 豪雨災害

  恐れたことが起きた。隣県熊本、鹿児島で豪雨の大災害となった。このコロナ騒動の最中だけはと祈っていたが、天は許さなかった。避難救助と合わせて、避難施設でのコロナ対策も必要となる。丁度3年前(7月5日)、わが朝倉市、東峰村も豪雨に遭ったところ。
  私は衆議院「災害対策特別委」の筆頭理事をしており、早速週明けの段取りを連絡し合っています。

2020年

7月

04日

北方領土交渉の失敗とプーチン大統領永久政権

  ロシアで憲法が改正され、プーチン大統領の任期がさらに延長し、領土割譲を一層禁じる規定を入れたという、これはわが国にとって極めて重大である。安倍内閣に失敗があるとすれば、私は躊躇なく北方領土政策を挙げる。北方領土問題は、絶対権力者プーチン氏しかロシア国民を説得出来ない、だからプーチン氏と徹底的に友誼を結ぶという方針を日本は固執した。安倍氏はプーチン氏との交流を重ね、「4島一括」も取り止め、歯舞、色丹2島での妥協案、経済協力の強化などあらゆる譲歩を重ねたが、いずれも丸無視、結局憲法改正で領土死守と書いたのが彼らの回答だった。
  今までの領土交渉は何だったのか。日本は態勢を抜本立て直すことが必要である。
  4年前になる、2016年12月、安倍首相がプーチン大統領を山口県俵山温泉に迎えた。国民の悲願、その会談では北方領土の「ホ」の字も出なかった。翌日の外交調査会で私は、さすがに大声で、こんなだらし無い会談はあるかと安倍氏を名指しで批判した。
  遥か前、2004年に日露首脳会談があった。時期はプーチン氏の大統領(再選)選挙の直前。私が自民党の外交委員会で北方領土をこの際厳しく主張すべしと発言した。在席の外務大臣は、「ここはむしろ騒がない方がいい、プーチン氏が再選すれば、強い大統領となり、必ずロシア国民を説得してくれる」と私を制した。「ロシア人にそんな人情論が通るはずはない」というのが私の捨て台詞であった。歴史はどっちに動いたか。
  ある国のブラック冗句 ≪約束ごとに対して、中国人は中身を誤魔化す、ロシア人は約束してないと言う・・・≫

2020年

7月

03日

石炭火力発電、休廃止の決定

  政府は、石炭火力発電が地球温暖化、環境対策では最も汚染度が高いとの観点から「2030年度までに低効率老朽施設の90%、約100基を廃止する」という決定をした。石炭火力は全電源の26%を占め、かつ当面は経済的、経営的にも有利とされているが、国際的にはその廃止が(SDG ‘s)大勢となり、かつ金融界の支援(融資、投資)も無くなってきた(ESG)のがその背景にある。今回環境省、経産省がよく決断してくれたと高く評価する。
  私が環境大臣在任中、最も苦労したのもこの石炭火力問題であった。私は電力業界のことは知り抜いているので悩んだが、遂には東京電力社長らを個別に呼び出し、横須賀地区の新設は止めてくれと申し入れたこともある。これらは今回の政府決定に些かの影響を与えたかも知れない。
  環境問題とコロナ禍は深く関係する、というのが一般化しつつある。自然災害と合わせて感染症発生を抑えるためにも、環境対策の強化が一層必要となる。

2020年

7月

01日

香港向け「国家安全法」施行。習近平氏の国賓来日、凍結へ

  遂に香港の「国家安全法」が施行され、高度の自治が約束された「一国二制度」が崩壊した。中国本土の治安・警察組織が入ってきて、いわゆる民主的活動が極度に抑圧される。米国はじめ国際社会が猛批判し、日本も正式に「遺憾」声明を出したところであるが、中国はそれを強行した。
  香港の中国への返還についてはサッチャー・鄧小平間の中英宣言(1984年)で返還後50年間は「一国二制度」を保証することとなり、そのことは翌1985年に国連にも届けられ国際協定の地位を得た。実際の返還は1997年。今回の措置を中国は一貫して「内政問題」とするが、これは明らかな国際法違反であり、合わせて個人の基本的人権を守る国連人権宣言などにも反している。
  中国のこれらの暴挙で習近平国家主席の「国賓来日」は事実上凍結された、との認識が政府内にも広がっている。当然の成り行きであるが、今後の動きは厳しく見届ける必要がある。
        (写真は、3月8日「国賓来日反対 国民運動」の報告誌から)

2020年

6月

29日

コロナ禍を超えて、自閉症書家と自閉症画家

  未だコロナ禍は私たちを苛めています。梅雨空の欝陶しい中、地元の芸術記念展(大野城市)に足を運びました。明るく大きく、生きる勇気を頂きました。金澤翔子さん(書)、太田宏介さん(画)は郷土福岡が育て、今や世界に飛び出す若者です。
               (写真は、作品と協力者たち)

2020年

6月

26日

「レジ袋の有料化」、7月1日から施行

  買い物する際に店でもらう「レジ袋」は大変便利で、かつ当然のように無料のサービスであったが、来たる7月1日からは原則「有料化」となる。プラスチック素材は極めて有用なもので、鉄よりも軽く、鉄よりも強いといわれるなど、近代文明の生んだ最も優れた発明のひとつとされているが、一方で海洋汚染を中心に環境汚染の大きな原因となっており、国際的にも生産と排出を禁止、抑制する動きとなっている。
  昨年6月4日、私は環境大臣として「レジ袋有料化」の方針を発表した。長年に亘る社会的懸案であったのだが、有料化することで、国民全てにプラスチック使用の抑制とその意識付けになることを狙ったもの。これをどう具体化するかには、消費者対策、業界対策など多くの技術的課題が残された。以降、環境省と経済産業省との検討が進められた。
  本件「レジ袋有料化」について、富山県が県内の措置としてすでに10年近い実績を有していた。聴き取りを行いその実施方式や経験を参考にしたため、私は以後事あるごとに「富山方式」と呼んだ。今日1年ぶり、「石井隆一」富山県知事に電話して、国の制度の発足と富山方式への感謝の意を伝えた。
  プラスチックの生産と使用の抑制は環境政策の観点から大きな国際課題になっており、昨年の「主要20カ国首脳会議(G20、大阪)」では安倍首相の提唱で「2050年には海洋排出ゼロ」という取り極めがなされた。

2020年

6月

22日

オクラホマと大統領選挙と人種問題

  トランプ大統領が大掛かりの選挙運動を再開した、その一ヶ所目が中西部オクラホマ州タルサ市という場所。ここは実に私の第二の故郷、55年前、高校生の留学生として1年間過ごした場所である。人口30万人、石油などで豊かな都市と言われている。
  今アメリカは黒人運動、人種差別反対で大騒ぎしている。タルサ市は100年前、黒人殺害という大事件のあった所という、そのためトランプ陣営の集会は、様々な憶測がなされた。アメリカの「宿痾=長い間の病根」ともいうべき人種問題は如何なる意味でも解決されなければならないが、この問題に対するトランプ氏の手際は決して褒められたものでない。
  ただ暴動の高まりは奴隷制度の歴史にまで遡り、南北戦争のリー将軍、大陸発見のコロンブス、初代大統領のワシントン、奴隷解放のリンカーンらの記念像を引き倒すかの動きになっているといい、却って世の支持が失われるとさえ懸念される。

2020年

6月

20日

南北朝鮮問題とは何か、どう考えるのか(私見は)

  朝鮮半島がまたうるさくなってきた。北朝鮮という国はどうしようもない。何を考えているのかさっぱり分からない。(脱北者の宣伝ビラがあったというが、)いきなり韓国に向かって怒りだし、あろうことか融合の象徴「共同ビル」を爆破した。続いて軍事行動にさえ進むという。韓国もびっくりしたであろうが、世界中も面喰らった。性格がひねくれているというか、およそ精神状態が正常でないのか、理屈や論理では到底理解不可、取りつく島が無い。かまえばかまうほど駄々をこねる、何を言っても怒り出す。(似た人が人間社会にいないわけでない。)
  こういう時は、実は放っとくしか方法はない、徹底的に無視すること、それしか方法はない。いずれ時間が解決する。頭が冷えて我に戻ると自分の馬鹿さ加減に気がつくものだ。周りが慌てたり、怯えたりは禁物である。いわゆる「太陽政策」は採らない。
  また本来の国連の制裁措置、経済制裁を厳しく復活べきで、トランプ大統領の北朝鮮への接近ですっかり緩くなっていた、それが北朝鮮をスポイル、甘やかしたのが原因のひとつ。結局韓国も、世界中も、我慢が大切で、下手に手を出すと駄々を助長するだけ。さらに、「内部崩壊」こそがやっぱり必要ということ。

2020年

6月

18日

「陸上イージス」配備停止の衝撃

  防衛省は15日、山口県、秋田県に準備していた地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を停止すると発表した。国と自民党にとって負の衝撃は余りに大きい。理由は技術とかコストなどいろいろ挙げているが、始めから分かっていたこと今更弁解にもならない。導入時点から大議論があって、国会や対アメリカ、地元の山口、秋田両県には無理な説明を重ねてきた、その政治的後始末も大変。このシステムに代わる態勢については何らの説明も出来てない、何より国全体の安全保障の根幹に関わるもので、防衛省、政府内のドタバタには慄然とする。自民党の国防部会も大いに荒れた。
  「過ちを改めるに憚(はばか)るなかれ」(=失敗に気付いたら速やかに修正せよ)との諺があるが、実に大きな過ちであった。
  それでも政治は歩きを止めるわけにはいかない。新型コロナで揺れた国会もとりあえず終わった。

2020年

6月

16日

情熱、変わらず

  20年前の選挙資料が出てきました。無我夢中で走り回っていました。ひたすらに国の為になりたい、それだけです。何も変わっていません、(少し髪の毛が後退したか)。

2020年

6月

14日

金メダル「小平奈緒」選手を育てた病院院長

  平昌(ピョンチャン)の冬季オリンピックが行われたのはもう2年前、日本選手も大活躍をした。小平奈緒選手がスピードスケート500メートルで金メダルを獲得したのも国中が沸いた。メダルを取るには本人の努力は当然であるが、周りの応援態勢もそれ以上に必要であると言われている。
   小平は長野県の信州大学を出てから地元の相澤病院に就職、そこでは病院長含む病院全体で練習を続けるための便宜と環境を徹底的に整えてくれたという。10年以上に亘り十分な練習時間と内外への遠征、合宿を、例えば「長期出張」などの扱いで、存分に与えてくれた。超一級選手の体調管理、精神管理は想像を超えるが、相澤病院は小平の親友で専門のトレーナーを一緒に雇い上げてくれた。小平奈緒が金メダルに輝いた時、彼女はまず相澤院長と病院の人々を上げて感謝の言葉を忘れなかった。
  私はその相澤孝夫院長に会うこととなった。小平選手と相澤院長のことはあの平昌オリンピックの最大の思い出として、いつか相澤先生に会いたいと憧れていた。念ずれば花開く、ある方の紹介で遂に、今は「全国病院会会長」も務める相澤孝夫先生と会うこととなり存分に対話を楽しみました。
  先生曰く「誰でも良い素質は持っています、如何に自由にそれを伸ばす環境を用意してやるかが大切なことです。」学ぶことの多い対話でした。私もひとつ具体的に言いました、「大学でも実業団でも超一級の選手の手前には二線級アスリートが沢山いる、彼らは有名にもならず、仕事の本業でも後れがちである。彼らのポテンシャル(潜在力)をどう開発、活用するか、ご教示願いたい。」
  小平奈緒選手は今、次の冬季オリンピックに向けて懸命に練習を重ねている、とのことでした。

2020年

6月

13日

乗り越えた13歳「歳の差婚」、元囲碁名人の愛一筋

 「小林光一」といっても普通の人には余り馴染みないでしょう、囲碁ファンにとっては超有名、名人位や棋聖位を重ねた最強の囲碁棋士「名誉棋聖」である。日本棋院理事長も務めた。67歳。本日の『私の履歴書』(日本経済新聞)では「年の差婚」が綴られ、もう一つの経歴が胸を打つ。
 18歳の時、小林は木谷實(きたに みのる)囲碁道場の内弟子であったが、木谷の娘禮子と結婚の意志を固めた。女流棋士の禮子は31歳。禮子の母親は猛然と反対した、年の差が大き過ぎる、囲碁実力が不十分、20になるまで待てと、自分の父親を田舎、旭川から呼び寄せてまで反対の説得にかかる。心折れそうな時に、脳溢血で病床にあった木谷が遂に許しを出した。2年越しで結婚を果たした(1974年)。
  その禮子は53歳にて他界。長女泉美(女流棋士)は台湾出身棋士の張栩(ちょうう)と結婚。
  ふと思う、囲碁棋士同士の夫婦とはいつも囲碁の話、戦術とか、定石とか、新手とかを会話しているのでしょうか。因みに私たち夫婦の場合、いつもほぼ100%、選挙の話です。地元の誰がどうした、こうした、誰が生まれた、誰が亡くなったの情報交換ばかりです。

2020年

6月

11日

「香港 一国二制度」問題、総務会で取り上げ

  私は、先日8日の自民党総務会で中国の香港での国家安全法制による「一国二制度」違反問題を取り上げた。曰く「米欧による中国非難共同決議の誘いがあったに関わらず、日本が不参加を表明したというもの。日本は当然中国非難を行う立場であって、今からでも遅くない具体的行動とるべきである。」と。
  10日の衆議院予算委員会で、安倍首相は、「来たるG7においては、日本は中国非難の共同声明を主導的に行う」と明確な答弁をしたが、私の意見も多少は影響したか。なお習近平氏の来日調整は「今はやっていない」と答弁した。

2020年

6月

08日

嗚呼、横田滋さん

  横田滋さんが亡くなった。北朝鮮での拉致被害者めぐみさんほか多くの日本人の帰還をひたすら夢見ながら、遂に力尽きたもの。気の毒で、可哀想で仕方がない。ただ、悪辣、非道、無慈悲な金正恩をどう叩くか、皆んなで考えるしかない。滋さんのご冥福を心からお祈りします。享年87歳。
  平成10年(1999年)12月1日、私は北朝鮮の平壌にいた。自民党の外交部会長として野中広務自民党幹事長(当時)らとともにいわゆる「村山ミッション」の中にいた。一番の成果は、「行方不明者」という呼称を遂に「拉致被害者」という呼称を認めさせたこと、大変なやり取りがあった。実は、その朝、内部の打ち合わせの時、村山富市代表(元首相)は性格が優しい、余り無理言うと北朝鮮が怒り出すと心配したが、私は徹底主張すべきだと譲らなかった。本番で元首相はしっかりと主張してくれた。
  なお当時は「朝鮮民主主義人民共和国」という呼称から「いわゆる北朝鮮」と恐る恐る呼んでいた記憶がある。この「村山ミッション」は、平成13年9月の電撃的な「小泉訪朝」以降に繋がっていく。
  もうひとつ。私は北朝鮮から急ぎ帰り、地元福岡でのお祝いに出た。そしてさらに空路羽田、そして横浜の病院まで急いだ。母の最期には結局間に合わなかったが、「おふくろはお前のことはちゃんと分かってくれたよ。」と兄がそっと慰めてくれた。

2020年

6月

07日

習近平氏、国賓来日、中止か。

  仮にそれが事実であれば、非常に良いことではある。習近平主席の4月予定での来日はコロナを理由に当面延期になったが、今日の一斉の報道では、さらに先送りとのこと。私たちは、きっぱりと「中止」となるまでは運動を続けなければならない。
  中国の尖閣列島への違法侵略は今日で50数日を連続して超え、香港の国家安全法制、南シナ海侵略、台湾問題、チベット・ウイグル人権問題など、中国が止めなければならない覇権的行為は余りに多い。
  自民党本部でも総務会や外交部会を中心に私はまた多くの同志たちとともに懸命に訴えているが、党全体、政府・外務省としても、まだまだ真剣さが足りてない。コロナ後の外交は、中国問題が米国トランプ政権の推移と合わせて最大のテーマになるものと思う。

2020年

6月

07日

地方自治の奇跡「合併による北九州市」

  福岡県「北九州市」は5市(戸畑、八幡、小倉、若松、門司)が合併して出来た政令都市である。「鉄と石炭」に象徴される国の殖産重工業の中心、北九州地帯をより大きな規模と効率とを持たせるために、都市合併議論は明治中期から出ていた。具体的な運動も戦前戦後、昭和9年、19年、22年と3回に亘って盛り上がったが、国策や「官」主導に対して住民感情がついて来ず、いずれも数年でたち消えになった。
  国の高度経済成長を背景に、昭和35年頃に再燃した合併運動では、まず市長ら地元の指導者が先頭に立ち広域合併推進の旗を振ったこと、市民の大多数が合併に賛成するという民主的動きが大きかった。もとより議会対策を含めて手続きは困難を極めたが、正規発足は38年2月、10万人超の大都市同士の対等合併は世界に例がなく、翌39年4月、国連が調査団を派遣して実情を視察した。なお住民投票による1位の「西京市」に替えて、2位の「北九州市」が市名として採用された。

2020年

6月

03日

危険な兆候、トランプ大統領

  このコロナ禍で世界中が混沌する中で、中国の覇権主義が膨張を止めない。トランプ大統領が懸命に中国を抑えようとするその姿勢には心から敬意を表するが、トランプ氏の最近の政治執行には些か懸念が募る。彼は大統領になった時から、政治家の経験が全くないことが指摘されたが、その不安は現実のものになってきた。
  今回のコロナ対策は明らかに褒めたものではない。事を進めるに大胆であるが手順と緻密さを欠き、成果を出しているとは言えない、感染者、死者ともに世界の断トツを走る。警察官が黒人市民を暴力死させたことに発する暴動は全国に広がり、トランプ氏は州兵を超えて国軍までを出すと下令、米国で最も恐るべき「虎の尾」、人種差別問題を踏んでしまった。11月の大統領選挙に焦っていることが見え見えの上に、その政治手法が余りに稚拙なことが西側の指導者に不安を抱かせる。
  一方喜んでいるのは中国であって、今やミネソタ州や各州の警察住民の衝突、暴動ぶりは、連日報道アップされて、結果、香港の民主運動の盛り上がりが掻き消えていると懸念されている。

2020年

6月

02日

自民党総務会で「香港問題」発言

  党総務会において中国の香港関係「国家安全法制」制定について。5月29日、外交調査会の決議を踏まえて、香港の一国二制度、高度の自治実現は、明白な国際的取り極めであって、単なる中国の内政問題でないこと、自民党として、日本として、中国に対し厳重に抗議と撤回を申し入れるべしと発言した。合わせて、尖閣列島への侵略などを踏まえて、習近平主席の国賓問題は「中止」も含め再検討すべしと訴えた。

2020年

6月

02日

中国共産党の本性、そこに道徳はあるのか

  中国が一国二制度の則を破って香港の最終支配に着手した。日本領の尖閣列島への侵略は、連続50日以上、止めようとしない。南シナ海への侵略はほぼ終了したのか。経済開発を標榜する「一帯一路」も、今や領土領海を簒奪(さんだつ)する覇権主義の象徴となった。台湾への態度、ウイグルや新疆の実態・・・
  世界中が新型コロナの災禍に悩んでいるその最中にやることか、とだれもが訝(いぶか)るが、まさにその狂気性こそが今の中国共産党の本質であって、そこにいわゆる道徳律などは欠片(かけら)も見られない。人権も平和も民主主義も、また決めたことは守るとする近代法理も、全て毛沢東主義、習近平主義の前には何の意義も持たない。中国の一党独裁イデオロギーとは我々の持つ東洋的倫理とか西欧的近代思想とかの甘ったるい概念から、最も遠いものと思えば数々の現象は説明がつく、然らば、それを前提に外交を組み立てなければならない。
  その昔、平成15、6年頃、小泉内閣の終わり頃だったか、小泉首相は靖国問題などで中国に酷く嫌われていた。愛知万博の帰りだかに、中国の副首相たる呉儀氏(女性)が小泉首相との面会をドタキャンして帰国したことがある。私は衆議院外務委員長をしていて義憤にかられ、かつ公的責任を感じたので、中国大使(当時は王毅氏)を呼び出して厳しく抗議した。さらに収まらず私は中国に行くと宣言し、単身で、秘書と2人で、北京に乗り込んだ。
  こっちも議会代表だから全人代(国会)の副議長と外交委員長とが応接してくれた。さらに外交部(外務省)では武大偉副部長(副大臣、直前日本大使)と会った。私はそれぞれにこう切り出した。「我が首相へのドタキャンは失礼極まりない。私たち日本人は、全てこども時分から「孔子」や「孟子」を勉強し、人生の最も大事な倫理や道徳規範を中国から学んだ。それなのに、今の中国人はこの当たり前の道徳や礼儀、礼節はどうしたのか、論語や孟子は今どうなっているのか。」。3人とも頭を掻いていたことを憶えている。共産主義のイデオロギーには孔子のいう「摂理」とか「忠恕」という道徳律は完全になくなった、と改めて感じた。後刻小泉首相に報告に行った時、「君はよく元気に(生きて?)戻ってきたな」と褒められ、二人で大笑いしたものだ。

2020年

6月

01日

横綱列伝、早世「玉の海」のこと

  大相撲は、先場所は無観客、この夏場所は遂に中止になった。残念だがこれもまた試練だ。NHKも懐かしの特番を組んでいた。
  昔「玉の海」という横綱がいた。華やかな「栃若時代」、豪快な「柏鵬時代」の後を継いだ、地味だが感動を残した「北玉時代」、そう北の富士、玉の海という時代。その時代は短く記憶からも消えていった。
  大関は「玉乃島」と呼び、横綱では名跡「玉の海」を名乗った。大きくない身体に人一倍の腕力と闘争心、大関になるのも苦労した、横綱になるのはもちろん大変だった。しかしいよいよ本格洋々の活躍が待っていた。
  玉の海は昭和19年の生まれ、私と同年、私はいつの頃か、その活躍を意識し始めていた。私は大学で柔道をとって卒業したが、就職にも苦労し、国家試験もうまくいかず、浪人を続け、工事現場で身を濯(すす)ぐ生活もした。不思議とわが身に寄り添ってくれたのが玉乃島であった。そして私は官僚の道に本職を見出だすこととなった。
  玉の海は、あろうことか盲腸炎、全くの不慮の病で死んだ。27歳。私は、ひとに隠れて泣いた。

2020年

5月

31日

5月後半、コロナとの闘い

  5月の後半は、緊急事態宣言の全面解除、黒川東京高検検事長の麻雀辞職、中国の尖閣侵略、香港国家安全法など大きな事件が続いた。私はこれらを一方でフォローしながら、英語教育についての論文書きに没頭していました。昨年から国、自民党の大学英語入試改革責任者に指名されており、この際に私の考えをまとめていずれは世に出そうと考えているのです。
  新型コロナによる私たちの生活は激変した。手洗いとマスク、街から人が消え、仕事場は人は半減、オンライン生活が当たり前になり、自分たちは東京から1歩も出られない、テレビでは全てコロナの話題ばかり・・・この3ヶ月こそ日本の誰にとっても経験したことのない激動かつ忍耐を強いるものでした。
  仕事も無い、食べるものも無いという人にとってはその苦しさはさらに大変なものでした。政治家はこの時こそ働かなければならないと意識してきましたが、どこまで十分に責任を果たせたか。
  6月に入ると、経済活動や生活環境も一気に復活するものと期待しますが、決して気を緩めてはいけない、「深刻ではないが真剣に」という言葉で自分を律していきます。なお地元の福岡県(北九州市)が感染の第2波に目見えており、一刻も早い解決を祈るのみ。

2020年

5月

29日

中国、香港抑圧「国家安全法」強行成立

  中国の全人代が「国家安全法」を成立させ、香港の人権と自治を一層抑圧することになった。
  香港は、19世紀のアヘン戦争の後処理として制定された南京条約、北京条約などに基づき、英国が99年間租借した。1997年に主権が中国に返還された際に、中英協定で50年間は「一国二制度」によって強い自治を認めることとした。しかし今回中国が香港に強権的な「国家安全法」を敷くことで「一国二制度」は実質的に崩壊したことになり、香港市民のみならず米国はじめ多くの自由主義国家が中国に反発を強めている。

2020年

5月

20日

私とWHO

  私も過去にWHOと関わりを持った。平成10年、厚生省の政務次官の頃、WHOアジア太平洋地区「事務局長」の選挙があって、私が日本人候補者の選対本部長になった。マニラやパリで選挙演説して当選したのが、他ならぬ現在政府の専門家委員会の「尾身茂」氏。尾身氏は本当に頑張ってくれたが、5年後だかに行われた本部事務局長選挙に出馬、元香港政務代表マーガレット・チャン女史に敗れた。爾来WHOは、中国の実質的影響下にある。遥か以前には日本人が事務局長を務めたこともある。

2020年

5月

19日

WHO総会、これからの国際戦略。

  世が世なら報道もされなかった今年のWHO総会、世界政治の耳目を集めた。米国は徹底的に中国の原因発生責任を追及する。世界中に起こした国家的、経済的損害への支払い義務がある、とりわけ中国の初動の隠蔽が世界蔓延の原因となる。
  中国は情報の透明性を強調したが、およそ情報開示に協力しなかった。一方多額の拠出金を公言した。事務局長のテドロスはエチオピア出身で、今は本国含めて中国の丸抱えという。
  今回も台湾が来なかった。今回の新型コロナには台湾の保健管理が世界一であった。その台湾の話しを聞けないということは全体として大きな損失であった。
  日本は米国に次ぐ拠出国、相変わらず大人しい、台湾のオブザーバー出席は主張したらしいが、中国に向かってそれを言わなければ意味がない。今日本はただ自国の解決にしか目は向かわない。この間を利用して、東シナ海、南シナ海を中国は休みなく侵略し続けていることくらい非難すべきであった。
  どの国際機関も米中の対決がはっきりしてきた。その昔米国とソ連が対決した「鉄のカーテン」「冷戦時代」を思い出させる。米ソ冷戦は結局経済力の差で勝負がついた。一方今回の中国は柔くない、経済力も今や米国を追い抜こうとする、同じ共産主義でも、ソ連のレーニン主義に比して、中国の毛沢東・習近平主義ははるかにしぶとい。冷戦時代は米国中心に西欧諸国(日本含む)がまとまった。米中対決ではむしろ米国だけが孤軍奮闘のきらいもある。これから米国がどこまで国力と共産主義との対決意思を保てるか、わが国がどこまでそれに沿いうるかが、ポストコロナの国際戦略となる。決して甘くない。

2020年

5月

17日

女優「岸惠子」さんのこと

  岸惠子といえば、私でも名前や顔は知っています。美しい女優さんで、確かフランス人と結婚して、ヨーロッパでも活躍していた。
  日本経済新聞の裏面に『私の履歴書』という欄があって、著名人が月単位で自伝を綴る。私は普通、この欄には余り興味がないのですが、今月は岸惠子さん。偶々初日号に目を通したところ、その文章の素晴らしさに強い関心を持った。翌日もその次も、目を通しながら、益々その文章に魅入られたところです。天は二物を与えず、というけれど、凄い文章を書く人だと感心しました。一度、ノーベル文学賞の川端康成に「作家になりなさい」と褒められたともさり気なく書いており、私の評価も間違ってはいなかったようです。
  女優というのは、さすがに私には最も無縁な人種ですが、あそこまで世界的になるには、数奇な運命と、半端な苦労と努力ではないということが知らされます。横浜での空襲体験なぞ、自分の戦争認識を改めるに余りあるものでした。

2020年

5月

14日

一部、「緊急事態」解除 

  全国の一部、とりあえず39県について「緊急事態」の解除が発表された。本当に久しぶり、待ちに待った朗報ではある。国民は挙げて頑張った、その努力の結果ではある。しかし決して緩んではいけない、東京都をはじめ国の中枢都市では未だ「緊急事態」継続中で、外出8割減は続いている。
  日本人はいざとなればまとまる。ここでぐっと堪えれば、本当に明るい明日が見えてくる。

2020年

5月

10日

「母の日」のこと

  今日は「母の日」です。今年はコロナ禍で誰にとっても大変ですが、それでも母への思いは変わりません。私にも立派な母がおりました。子供4人、本当に伸び伸びと育ててくれました。
  私は大学を出て企業に勤めていました。企業を辞めてやり直そうと思った時、何事にも慎重な父が反対をしました。その時母が珍しく強い口調で、この子の通りやらせましょう、とその場を決めました。
  通産省の役人になって2、3年目頃、職場麻雀が非常に盛んでした。勝ったり負けたり、ある月には負けが込んで素っ転々となりました。給料日はあと4、5日先です。朝の電車でうなだれてつり革に掴まっていると、何となく背広の懐が重い、財布の中には3、4万円が入っていたのです。母は弱音を吐かない私のことをきっと知っていたのでしょう、人混みでも思わず目頭が熱くなりました。
  その母も逝ってもう20年になります。『100万人に100万人の母あれど、わが母に勝てる母なし』、このことばが何処かの会社社長の部屋に貼ってありました。全ての人がきっとこの想いを持っていると思います。よその人と比較するのではありません、ひたすら天上のわが母に話しかければいいのです。

  今年だけは5月いっぱいを『母の月』と呼ぼう、とテレビが呼び掛けています。母たちが、妻たちが必ずこの国を救ってくれると思います。

2020年

5月

09日

親友 岡本行夫氏の死

  大きな衝撃でした。外交評論家で政府の国際問題補佐官として活躍をしていた岡本行夫氏が、先月末に新型コロナで亡くなっていたという。岡本氏はその深い造詣と的確な判断、発信力で、この国の難局を救う役割を果たしてきた。分かりやすい解説は、多くの国民にもファンがいた。本当に惜しい男を亡くしたことになる。
   私とは長い付き合いでした。彼は外務省、私は旧通産省に昭和45年、同期に入った。彼はフランス・パリに留学していたが、出張していた私らと一晩飲み明かしたことがある。だいぶ年を経て、彼が外務省の課長を辞めると挨拶に来た。私は議員になったばかりか、役人を辞めて独立することの苦労と心構えを説いた。期待通り成長して活躍、自民党本部にもしばしば講演に来てくれた。今回のコロナでやられたというのが返す返す、悔しい。
    好漢、岡本行夫、安らかに眠れ。

2020年

5月

06日

「緊急事態」延長と規制の解除

  国の「緊急事態」が5月末にまで延長された。いまだ新型コロナの脅威が続いている以上、決して気を緩めてはいけない。ただ、国民生活、経済活動への深刻さはすでに限界に来ており、府県の自主的判断で少しずつ規制の緩和も始まっている。福岡県も、このところ感染者の数も少なくなっており、私も規制の緩和を期待する。
  およそこの種の規制を解除すること(出口論)が、実際は最も難しい。感染者の減少や経済追加策など何ら「数値的基準」を出すことが必要であるが、万が一失敗して感染拡大(overshoot)でも再燃すると、為政者は直ちに責任が問われる。外国の中には、結構大雑把に緩和しているが、大丈夫かと心配にもなる。結局、そこでこそ政治決断が求められる。

2020年

5月

04日

「ケネディ大統領、本当の暗殺者は誰だ」(「未解決事件ファイル」、NHK特番)

  アメリカのジョン F. ケネディ(JFK)大統領は、1963年11月22日に凶弾に倒れた。その犯人は「リー・オズワルド」で、しかもそれは彼の単独犯とされた。しかしそれには多くの謎と矛盾点があり、世紀の「未解決事件」とされている。オズワルドには暗殺の動機はない、あのダラスのビルにはいたが、撃ったという証拠はない。むしろCIA(アメリカ中央情報機関)こそ狙撃への政治的動機と陰謀、行動、組織的オペレーションが揃っており、ようやくその全容が明らかとなった、というのが今回特番の新しい主張。CIAは、オズワルドがスターリンを尊敬し、ロシア人の妻を持ち、後年キューバのカストロを慕ったことがある、という状況証拠を綿密に積み上げ、彼を粘り強く陽動した。遂にはオズワルドをダラスのその現場に銃を持って立たせるところまでに仕立て上げた。
  翌年1964年、CIAはいわゆる「ウオレン報告」を出し、オズワルド単独犯行説を確定したが、それに対する疑義が絶えることはなかった。 最近でもその見直し、CIA関与説が持ち出されることになったがその再調査への申請は、実にトランプ政権の下で、「国家の重大な安全保障に関わる」という理由で却下された。

  番組のフィナーレは2つ。オズワルドは事件の半年前、ある会合で「全て真実が明らかになった時こそ、人々は自由に羽ばたける」と演説していたという。なんとそれは、今でもCIAの本部、正面玄関に掲げられていることばだという。When you shall know the truth, the truth shall make you free. (新約聖書 ヨハネ伝8章32節)

  ケネディ大統領に2日遅れて、いずれも57年前。オズワルドは今も野ざらしの墓石の下に眠っている。

  ケネディ事件は多分永遠の「未解決事件」です。その上で、私はケネディ大統領には多少の、いや特段の、思い入れを持っています。ケネディ大統領の政権下、アメリカへ高校留学していたこと(1962〜3)、「いわゆるキューバ危機」(ソ連のキューバへの核兵器持ち込みをケネディが実力で海上封鎖し、一触即発の瞬間) に遭遇したこと、留学から日本に帰国直前、皆でホワイトハウスに行って大統領と直接握手もしたこと。実にその秋、大学入試の勉強中に暗殺の緊急ニュースが入って来て、しばし茫然としたものです。

  更に長じて、何十年か重ね、テキサス州ダラスに旅行した際には、(一応名勝地になっている)その暗殺の道路もまた狙撃したというビルも実見してきたものです。なおつい近年、娘のキャロライン・ケネディ氏が日本への大使をされていた頃、大統領と握手したことを言って、私の英語の本を渡したところ、本当に喜ばれて、後日礼状を寄越された。

2020年

5月

03日

≪愛と感謝を込めて≫「みなさま、もう一息、頑張りましょう。」

  ゴールデンウィークのど真ん中、世が世なら最もはしゃいで盛り上がっている今日、国中が沈んでいます。テレビと新聞で世の中の動きは分かるのですが、それでも毎日の感染者の数に一喜一憂しています。5月6日までの緊急事態宣言も延長されそうで、然らば今の生活はまだしばらく続く、と思うだけでも心が折れてきます。
   私もずっと東京にいて、動きがとれません。週末にはほぼ必ず福岡に戻って、地元の皆さまと親しく交流するというのが長い習慣となっていましたが、STAY HOMEでさすがにそれも果たせません。
   私の今の生活。議員の宿舎(アパート)では本当にすることがなく、会う人もなく、私は毎日国会の事務所に1日籠もっています。国会の議員会館は巨大なビルですが、多分誰ひとり来ていない、その一室で、実はやることが一杯あるのです。書類や名刺の整理、読みたい本、ハガキ、手紙の読み直し、返事書き、論文も書きためています、眠くなれば好きなだけ・・・独り事務所に来てみると意外にやりたいことばっかりなのです。地元事務所には誰かがいることになっています。
  運動不足ですが、事務所と宿舎と往復30分づつ歩き、館内では思いつきで12階だかの議員会館ビルの裏階段をゆっくり昇ったり降りたり。昼には台所や冷蔵庫を探せば、食べ物は結構出てくるものです。夕刻には赤坂地区も殆ど全ての店が閉まっており、1ヶ所ラーメン屋と吉野家の牛丼が不思議と空いているのです。奮発してホテル内のレストランにも行きました。
  東京は今何処の街も人出が絶え、(「死の街」とは言いませんが、) 少なくとも「眠れる街」です。改めて、皆様もそうでしょう、改めて、私たちの普通の、日頃の生活がどんなに幸せなものか。普通がいかに有難いものか、決して当たり前ではないということを感ずるのです。
  それでも、必ず夜は明ける、夜明けは近い、私はそう感じます。コロナは本当に難敵で、凡そ経験したことのない恐ろしさを持っています。しかしわが国民と政府がこれだけ頑張っているのだから、この程度を乗り切れないわけはない。この3ヶ月こそ、安逸に浸ったわれわれ現代人には厳しい緊張でした。この緊張と試練はしばらく続きます。自己もまた国家も大いに来し方を振り返る最大の機会でもあります。

  天は、乗り切れない困難を与えることは決してないそうであります。 

 

  (写真は、議員会館。私の部屋は803号室 上から5段目、右から3番目)

2020年

4月

29日

自民党総務会で、中国問題発言

  今や、世界中も、日本中も新型コロナ一色です。仮にも「世界大戦」というものがあったとしたら、「外出禁止」、「交通ブロックダウン」などの国民生活とはこんなものかもしれません。
  国会では今日も本会議と予算委員会が行われ、緊急経済対策の補正予算が議論された。明日4月29日(祝日)も、予算委員会と本会議採決が行われる。議員会館事務所には来訪者が続く。

  私は自民党総務会で次の発言をした。

1 PCR 検査など検査体制つくりが非常に遅れている。簡易検査キットが有用と思うが、信頼性、精度などの点で厚労省が難色を示す。まず第一段の簡易検査で陰性、陽性を決めた上で、PCRにいけば全体でより効率的にいくのではないか。

2 「アビガン」薬はコロナ対策としては「医薬承認」を受けていないが、これは日本で開発されたもので事実上コロナにも大きな効果があるといわれている。厚労省はもっとアビガンを早期に積極的に普及が進むよう薬事法を弾力的に運用すべきである。「レミデシビル」という新薬も出てきたと聞いた。

3 世界中がコロナ騒ぎの中、中国が南シナ海、東シナ海を蹂躙している。日本の尖閣列島の領海、領空侵犯も頻繁であり、今や各新聞も「軍事的挑発」という表現で報じている。茂木外務大臣も孔玄侑中国大使に電話で抗議したらしいが、効果は無い。外務省、防衛省は厳しく対応して欲しい。

2020年

4月

26日

中国の海洋侵略、止まらず

  少し執念(しつこ)いようだが、私は深刻に捉えている。各国が国内の新型コロナ対策で懸命な折りもおり、中国はその間隙をぬって、アジア周辺の海域への軍事活動、軍事的挑発を止めようとしない。尖閣列島への領海、接続領域への侵略は「15日連続」と今日の産経新聞は報ずるし、南シナ海への実効支配的侵略は周辺国の危機感を一層煽る。茂木外務大臣もさすがに、中国大使館(孔大使)に電話で抗議したというが、どっちみち無視される。中国の常套句では、軍(人民軍)には政府(国務院=内閣)の統括が届かない、と嘯(うそぶ)く。
  こんな国の代表が、いずれまた「国賓」とかの話で大騒ぎになるが、本気で叩き出さなければならない。

2020年

4月

23日

「一律10万円」給付金、政治家はどうする

   さまざま経緯を踏まえて、「一律10万円」の給付金が決まりました。私はいつでも即決即行、スピード感を訴えています。政府の決断も良かったと思います。その10万円を閣僚は辞退するということになり、一般の国会議員も各党の判断、自民党では自粛しようとの雰囲気です。
   議論が起きており、
1、国民との手前、議員や公務員は然るべき給与、手当ては貰うのだから辞退するのが当然であるという意見
2、国民は全て等しく苦しんでおり、この際10万円は全て配るべきで、自主的に辞退する人はそれに任せたら良いという意見
   何処かの県知事が県庁の職員に全部返上せよと指示した上で、翌日には撤回しました。このコロナの難局は、政治家も公務員も実は心から真剣に悩んでいます。(口には出しませんが)皆歯を喰いしばって国民を守ろうとしています。奥さんや小さい子どもさんのことを考えれば涙が出てきます。
   その上で、原田さん、貴方はどうする、と問われたら、しばらく考えて、私は独りで決めます、と答えます。

2020年

4月

21日

このコロナ禍に、中国の覇権主義、着々。

  世界がコロナ禍で苦悩している最中でも、中国は他国への侵略と覇権主義を止めようとしない。これは決して許すべきではない。日本の尖閣諸島領海、接続海域には、ほぼ毎日軍事的挑発を仕掛けており、また南シナ海への支配を格段に拡げている。アジアの周辺諸国はコロナ禍でそれどころではない、このような中国の暴挙こそ糾弾されるべし。
  今、米中では「武漢ウィルス流出論」が議論される。米国は言う、武漢ウィルスはまず生物市場が発生地、さもなくんば武漢のウィルス研究所から漏れ出たもの、情報の隠蔽こそ諸悪の出発点、だから中国は世界中に陳謝し経済的賠償に応ずるべきであると。一方中国は当然に全面否定する、あたかも米国軍艦こそがウィルス菌を武漢に持ち込んだとさえ反論。
  中国は今や国内感染を早目に収束させたのを機に、コロナ対策援助国になろうとする。米国はこれを「放火者が消防士の真似をする」と酷評する。私は(そこまで言わないが)、領土、領海への軍事的挑発は決して許すことは出来ない。皆で断固、抗議しよう。

2020年

4月

21日

トランプ大統領、経済活動再開という驚き

  はたまた米トランプ大統領が暴論か。コロナ感染が世界中、自国でも猛威を奮って止まない中、一部規制を解除して経済活動を「再開」するというもの。どの国もコロナ感染拡大と経済活動維持の両立に最も難儀している今、しかもその最大の被災者、被害者(?)たる米国が「もうピーク過ぎた」と先頭切って行うとは(世界合計241万人、死者16、5万人、内 米国76万人、死者4、0万人)。ここで規制を緩めれば、一気にまた感染がぶり返すと誰でも直ぐに心配する。
  この御仁はとにかく破格である。近づく大統領選挙、州政府との駆け引き、共和党と民主党・・、遠くからは窺い知れぬ要素はあるだろうが、彼の政治手法は余りに常識から掛け離れ、それが勇気なのか、蛮勇なのか。それが政治的強みとも言えるし、また多くの人に危うさを覚えさせる。
  本件、私はやはり早急過ぎると思うが、皆さんはどう考える。
  トランプ氏の対極にいる日本の政治家、私も含めて何を感じ取るべきか。

2020年

4月

19日

医療者よ、ありがとう、そして頑張れ

  いまだ新型コロナが猛威を奮っている中、医療従事者への思いが高まっている。感染者、患者が増加すると、頼るのは医者、看護師、薬剤師ら医療者しかいない。彼らは感染者、患者らに超密着する、すると彼らは自分の安全・健康はどうする、誰が守る。医療者1人欠ければ、患者50人とか100人に支障が出るという、文字通り国の医療崩壊に直結する・・・。
  かくして医療者にはいかに仕事をしてもらうか、それ以上に彼らの健康をいかに守るかが今一番問われている。感染の予防、隔離、検査、病原菌の発見、治療薬、ワクチンの開発・・・、彼らのやることは余りに多い。われわれは手を拱(こま)ねいてしか何も出来ないが、とにかく彼らには感謝の言葉と、頑張れと応援のエールだけは送ろうではないか。
     日本医師会の横倉会長も懸命に頑張っています。

2020年

4月

18日

「週刊文春」の件、皆様のご支援に心から感謝します。

  この度の件については、皆様に本当にお世話になりました。心から感謝申し上げます。まず何よりも、私の不徳の致すところで、地元の医師会、歯科医師会、薬剤師会はじめ関係者の皆様には大変なご心配をお掛けしました。記事は発行されましたが、お陰様で誠意を持って説明と回答を尽くしましたので、とりあえず安堵致しました。
  さらに、この間皆様から頂いたご激励とご支援、これほど多くの方が心配下さっていると思うだけでも、私どもにはどれほど大きな支えになったものか、本当に感謝申し上げます。かくなる上は、私はさらに身を律して、与えられた使命を一層果たして参りたいと思っております。
  コロナ禍の脅威が油断を許さぬ中、皆様の益々のご健勝をお祈り致します。本当に有難うございました。
                     4月18日 原田義昭  

  (なお皆様のお励ましのメールはひとつひとつ丁寧に読み、心に刻ませて頂きました。返事こそ失礼致しますが、どうぞ今後とも宜しくご指導をお願い申し上げます。)

2020年

4月

17日

ニュートンが「万有引力」を発見したのは 

  1665年から数年、英ロンドンではペストが大流行、大火が続き、大災難の時代となった。市民は災厄から逃れるために強制的に田舎に疎開したが、そこでは却って存分の時間、思索の時間を得ることとなった。あのニュートンも1年半その疎開で過ごし、有名な「万有引力」を発見した (創造的休暇)。今ではこの年は「驚異の年」と呼ばれ、尊敬とともに偉大な年と振り返られる。
  今わが国は経験のない大災難の中にあり、仕事も学校も会議も懇親も全て止められて、自宅蟄居(ちっきょ)を強いられている。唯だ天への不満と身の不運を託(かこ)つのみだが、存分の時間、思索の時間があることにはっと気付く。
  さてニュートン卿には及ぶまいが、後世の子孫たちは、2020年を「驚異の年」と呼ぶことはあるだろうか。
(14世紀のペスト禍が中世ヨーロッパのルネッサンスの揺籃(ゆりかご)になったともいわれる。)          (毎日新聞コラム)

2020年

4月

16日

週刊誌に悪意の記事 (断固、抗議する。)

  医療用マスクの問い合わせに対し、医師会等へ商社を紹介しただけです。国民生活安定緊急措置法に基づくマスクの転売規制等に関しては一切違反する

  「週刊文春」に悪意に満ちた記事が出ました。私の事務所が地元の「三師会」(医師会、歯科医師会、薬剤師会)に対して、高価なマスクを売りつけるのを仲介したというもの、いかにもマージンを受け取ったかのような書きぶりです。
  現下の新型コロナ問題で、私の事務所は多くの医療陳情や相談を受けており、その都度、出来る限りのお世話をしています。マスク不足の相談は特に頻繁で、一方で、供給側の事情も十分承知しております。4月上旬に地元の事務所を通じて三師会からの相談があったので、商社に声をかけました。あとは全てそれぞれの医療団体と商社とが個別に話し合うことで、サージカル(医療用)マスク価格(税込110円)その他は商社の言う通り伝えておきました。
  この種の陳情処理については、私はいつも双方に名前と連絡先を紹介するだけにして、取引の具体的内容は全て当事者同士に任せることとしています。当然に私どもに金銭の授受は一切ございません。それぞれにトラブルが及ばないようにするためで、値段や内容が合わなければ買わなければいいだけの話しです。
  私は文春の記者には勿論、逃げ隠れせず、勝手な疑問にも全て答え、反論しましたが、どうしても聞き入れてくれません。結局そのまま記事は掲載されました。抗議の電話は当然致しましたが、悪びれも致しません。
 ※※※※※
  皆さま、この度このような不始末でご心配をお掛けしたことを、心からお詫び申し上げます。なお私は決して卑しいことは致しません。やる必要もありません。自分が100%の人間であるとは申しませんが、私は皆様に選ばれた議員としての誇りと責任があり、懸命に世の中のためになろうと努力しています。今後一層、身を律して努力致す決意であります。どうぞ意のあるところをご了解頂きますよう、心からお願い申し上げます。
                      原田義昭

2020年

4月

16日

トランプ大統領、WHOへの拠出を停止

  トランプ大統領が、WHO(世界保健機関)への資金拠出を停止すると発表した。一連のコロナ問題に対するWHOの動きが余りに中国に偏り過ぎるというもの、コロナウイルスの拡散への対応の誤りと隠蔽、正確な保健情報を提供するという基本的な義務を怠った、中国の偽情報が世界中の感染者数を20倍にまで拡大させた・・・。テドロス事務局長が台湾を名指しで批判して、またWHOに台湾を参加させないなどの不条理が物議を醸している。

  中国の覇権主義はコロナ禍騒動の中でも世界中で続いている。尖閣列島や東シナ海の日本領海や領空への軍事的挑発は今もほぼ毎日止めることはない。それらにもトランプ大統領は一人敢然と闘っている。彼の対中強硬姿勢こそが辛うじて世界の安全保障を安せている。
  米大統領選挙が本格化し始めた。民主党候補のバイデン氏には到底同じことは期待できそうにない。トランプ大統領の政治には、日本から見ても多くの問題はあるが、少なくともトランプ氏の再選をこそ望みたい。

2020年

4月

15日

「補助金、給付金、とにかく支払いを急げ!」

 自民党総務会役員会。私の発言。
  ①「緊急事態宣言」のあと、感染者、死亡者が激増している。宣言が手遅れだったと思われているのではないか。
  ②感染者の検査について、PCR検査ばかりに頼っているが、まずサーモ(体温計)、または簡易検査キット、それでも心配ならPCRと迅速に選別できないのか。
  ③企業、家計対策としての30万、100万、200万円給付が飛び交っているが、国民の要望はとにかく支払いのスピードだ、5月か、むしろ6月になると聞こえてくるがとんでもない。ドイツのメルケル首相は、(朝のニュース)1週間だかで給付した。
  ④また給付できない範囲の人には予め報道しておかないと、期待ばかりが膨らんでいる。年金受給者はそもそも対象にならないとも言われている。

2020年

4月

14日

コロナ感染、国会にも

  新型コロナの感染は、国会にも広がってきました。衆議院議員会館では議員秘書が、議員宿舎では議員家族が陽性と診断され直ちに病院搬送で措置されています。身近といえば身近ですから、私たちもまずわが身を守ることに集中します。「正しく、恐れる」、寺田寅彦翁のことばを一層噛み締めながら、恐れ過ぎない、しかし十二分の注意態勢を取ることと致します。
      皆様もお大事に。

2020年

4月

12日

コロナ対策、「G20 指導者に告ぐ」<<-- ビル・ゲイツ(米マイクロソフト創業者)

  人類はまさに新型コロナウイルスと「第三次世界大戦」を戦っている。世界大恐慌(〜1930年)、第二次世界大戦(〜1945年) 以降これだけの恐怖と危機が地球を襲ったことがあるか。

  ビル・ゲイツ氏の主張。「国境は意味をなさない、今後先進諸国が自国の抑え込みに成功しても、パンデミックが何処かで起こる限り、決して地球の安心は戻って来ない。」

  第一に、マスク、手袋、検査機器など防護資材が世界的に効率よく配分されなければならず、医療スタッフを第一に守ること。利益を求める市場経済に委ねてはならない。

  第二に、ワクチンを開発するための研究開発資金を国際的に約束すること。最低20億ドルが必要で、18ヶ月うちに少なくとも1種類のワクチンが出て来るとされる。

  第三に、ワクチンの製造と展開にはそれ以上の資金が必要となる。各国の努力が必要で、民間セクターには赤字補てんをすること、製品は「グローバルな公共財」となり、全ての人々に手が届くものにしなければならない。

                     (日本経済新聞 4月12日)

2020年

4月

10日

議員、帰省自粛

  緊急事態宣言の後も、新型コロナの感染は止まる処を知らない。検査機器の不足、医療体制の不足、感染の防止、何より企業、国民の経済的困窮が表面化してきた。
   「行動(外出)の自粛」こそが最も重要ということで、国民に範を示す意味も込めて、自民党議員は地元への帰省も「原則禁止」(幹事長通達)ということになりました。この重大時に地元を留守するということは大変辛いことですが、一方東京に居てやらねばならぬ仕事も山積しており、私も当分それに専心します。
  電話、ネットはもとより今や「テレワーク」(在宅勤務)こそがあるべき「働き方」として主流になってきました。私の事務所は土、日も常に開いており、また私、本人とも常に連絡が取れるようになっております。どうぞよろしくお願い致します。092-928ー8061、03-3508-7197
      皆様のご安全をお祈り致します。

2020年

4月

08日

「緊急事態宣言」発令 (4月7日)

  安倍首相が「緊急事態」を宣言しました。「・・・私たちはともに力を合わせれば、再び希望を持って前に進んでいくことができる。ウイルスとの闘いに打ち勝ち、緊急事態という試練も必ずや乗り越えることができる。」という力強い言葉で、安倍首相は40分程の演説を締めくくりました。期間は5月6日まで、徹底した外出自粛、108兆規模の経済対策、家計、中小企業への6兆円超の現金給付・・・を主な内容とする。
  私の福岡県もその対象となりました。県民としてしっかり実行するとともに、政治家としての役割も一層果たして参ります。

2020年

4月

07日

コロナ感染緊急経済対策 (自民党)

  コロナ対策で国会活動も緊迫している。4月6日(月)には自民党本部、早朝から全体会議が行われ、全員がマスクで出席、政府の説明を聴いたうえで、多くの質問、意見が出された。

  続く党総務会でも本件がとりあげられた。私は政府、党執行部に対し次の事項を発言し、改善方申し入れしました。
  1) 全世帯に2枚の布製マスク(洗濯可)を配布するというが、マスクは必要とする世帯だけで十分で、むしろ他の財源に充てるべき。
  2) PCR検査機器は高価なうえ殆ど普及が期待できない。最近中国、韓国製の簡易な検査キットが輸入出来るようになっているが、厚生労働省、医師会などは余り関心示さない。簡易検査でも大方の感染は予防出来る。
  3) 企業も個人も資金繰りに困っている。銀行のトップは、融資や貸付けを円滑に行うと言っているが、地方の銀行、銀行窓口は相変わらず審査が厳格。信用保証協会などは、緊急時のために作られた政府系機関であるが、実際には銀行窓口以上に審査が厳しい。
  4) コロナ汚染は世界的な広がりを持つ。わが国は、今自国(内政)も大変であるが、途上国に向けた援助、外交、安保を片時も忘れてはならない。特にアフリカ諸国での感染が今後爆発しないことを祈っている。
(中国は今や、自国で早期に感染処理をして各国の援助の側に立とうとしている。コロナの発生地(武漢)でありながらそれを逆用するしたたかな外交戦略を展開している。米トランプ政権もしきりに気にしている。)

2020年

4月

03日

「コロナ予防率99% !」

  「コロナは99%予防出来る。」と力強く言い切ったのがアメリカの専門医で、アメリカでは今評判になっているという。たまたま見ていた朝のワイドショーで、これには感心しました。朝昼晩、コロナの暗いニュースばかりが流される中、これには勇気を頂いた。
  要はコロナウイルスは、「手から口、鼻、目にしか感染しない」ということ。然らば手を徹底的に洗う(消毒する)、そしてその手で絶対に顔(口、鼻、目)を触らないこと。
こんな単純なことです。手洗いも、マスクも当たり前のように知っていましたが、今日から改めて、この極めて単純な動作を真剣に励行するつもりです。
  皆様もこれで99%防ぎましょう。
Let’s practice it from today to tackle the virus by 99%.
( ウイルスを99%退治するため、今日から断乎実行しよう。) <原田の決意>

2020年

4月

02日

志村けん、死す

  志村けんがコロナウイルスで死んだ。コロナを甘く見るな、と警告を残して。騒がしい男であった。「東村山」を全国区にした。「最初はグー」は日本人の習慣になった。バカばかり言っていた。
  しかし、優しかった。温ったかかった。(一方的)長い付き合いになる。『8時だよ、全員集合』からである。ドリフターズとか言って、いかりや長介という親分がいて、あの頃には志村がいたのか知らない。『いい湯だな』が流行った。私もつい持ち歌にして、しかも今も(ソラで)歌えるのだからしつこい。
  こっちもいい時ばかりでなかった。もう選挙をやっていたか知らない。くしゃくしゃして家に帰った時、テレビが賑やかに騒いでいた。俺がこんだけ悩んでいる時、ようあれだけバカをやってるな。難しい顔をして、じっと見入って、最後に、ま、明日があるか、と我にかえる。
  志村けんは死んだ。テレビが生前を繰り返す。大笑い、戯(おど)けて、バカを言い。本当に心は笑っていたのか、つい思う。志村も人間だった、外には笑いを振り撒いていた、しかし心では泣いていたかも知れない。
コメディアンが、志村けんはこれからも生きている、と言い切った

2020年

4月

01日

酪農・ 牧場の見学

  新型コロナ対策として全国の小中学校が一斉休校となってひと月が過ぎる。一緒に学校給食も止まっているが、それに伴う業界への影響も非常に大きい。
  地元筑前町の「永利(ながとし)牛乳」社の牧場を訪ねた。同社は福岡県でも最大規模の牧場で、全県の学校給食を手広く扱っている。今回の学校休業は経験のない大きなダメージで、牛は乳出しを待ってくれない、餌食べも待ってくれない、この間しっかりと他商品への振り向け、他地への営業などで経営をつないでいく。
  酪農業も楽でない、牛の管理、健康維持、受給動向、 餌の国際的動向、趣向の変化など、どの業種にも負けず経営環境は厳しい。このコロナ事態にも力を結集して取り組んでいかなければならない。

2020年

3月

30日

コロナepidemicと国際政治

  新型コロナ恐怖の世界的広がりは終末を見せない。日本においては、東京を中心にこれからこそがピークを迎える瀬戸際とも。このコロナepidemicが国際政治に与える影響について、私の認識をそっくり産経新聞(アメリカ支局=古森義久氏)が代弁してくれた。

  まず今地球上では、人も技術も金も全て国境超えて(ボーダーレス)交流しており、この新型コロナもボーダーレスで一気に地球を覆ってしまった。ついてはボーダーレスに動くことが善であるという神話の見直しが始まるであろう。
  第2に、このepidemicに対して、国連もWHOもEUも、およそ集団的共同体は無力さだけを晒し、国家主権や地方主権こそが唯一効果的な機能を発揮した。ついては今後安易な共同体的な解決への期待は減少するであろう。
第3に、この新型コロナを発祥したのは中国武漢であるが、中国はその事実と自らの非を否定して諸外国への救済応援をこそ喧伝している。アメリカでは、これを「放火犯が消防士の真似をする」と揶揄(やゆ)している。各国は中国への政治経済の交流相手としての信頼度を更に落とすであろう。

2020年

3月

28日

ある医療事件(千葉大学腸チフス事件)のこと

  私の主催する研究会(「医療と医薬の未来を語る会」)は、時節柄のテーマ「新型コロナウイルス」を「大曲貴夫教授」(国際感染症センター長)が講演されることで、予定通り賑わった。
  閉会後、私の所に若い医者が挨拶に来た。「國島広之教授」(聖マリアンナ大学)で、やはり感染症の専門家という。昔私が川崎市にいたとき、地元の病院の先生で、選挙応援を含めて大変にお世話になった人、その息子さんということは直ぐに分かった。立派な息子さんで本当に嬉しかった。大先生は遠く他界しておられた。

  私が古く「厚生政務次官」をしていた頃、平成10年か11年頃。その國島先生が、数人で私の部屋にやって来られた。「同窓のS医師をどうしても救いたい」というのが相談の内容。

  昭和40年頃、「千葉大学腸チフス事件」というのがあって、これは当然大事件となり、私でも新聞記事を記憶していた。その犯人こそがS医師で、刑事処分は既に終わっていた。しかし彼は未だ冤罪として罪状を争っており、同時に医師免許の回復を目指している。厚生省の「医道審議会」でもう一度医師免許の審議をやり直して欲しい、それを皆卒業同窓の誼(よし)みで応援しているとの由。

  私は厚生省事務方の協力も得て本格的に取り組んだ。「医道審議会」というのは省内最も格式の高い審議会で要件も複雑であったが、なんとか開会に辿り着いた。結果、余りの社会的大事件の評価が覆ることはなかった。

  私はS医師とはその期間を通じて知己を深めた。尚お懸命に持ち続けようとする医師としての誇りには本当に尊いものがあり、在所の青森と東京を何度か行き来させ、就職まで手伝ったことを思い出したのです。

2020年

3月

26日

新型コロナ、新局面

◯東京オリンピック、1年程度 延長。
◯東京都、「感染爆発、重大局面」

  日本人同士よ、落ち着いて、ここはぐっと堪え忍ぼう。春の来ない冬は無いのだから。(原田から)

2020年

3月

23日

100年前の「スペイン風邪」、

  新型コロナウイルスが今、世界中を覆っているが、丁度100年前にも感染症(パンデミック)が人類を恐怖に陥れた。「スペイン風邪」(1918年1月 〜1920年12月)がそれで、実に世界の人口20億人中、3割の6億人が感染し、うち2〜4千万人が死んだ。もとより各国は、折からの欧州戦争(第一次世界大戦)との両面作戦に狂奔したことになる。
  1世紀経っても、人類は何も変わらないのか。いや古い経験から何を学ぶのか。

2020年

3月

22日

日韓友好の証し 『王仁(わに)博士の千字文公園』

  佐賀県神埼市に王仁博士記念の「千字文公園」がある。5世紀初め、飛鳥時代の日本(大和)に朝鮮半島百済から王仁博士が渡来し、漢字を伝えたと言われる。韓国の「霊岩(ヨングァン)郡」に記念碑公園の原型があり、王仁博士が上陸したとされる「神埼市」が、2年前、その原型にほぼ模した記念公園を整備した。両市は今、特別の友好都市にあります。

  王仁博士は、「古事記」、「日本書記」によれば、応神16年(405年)、応神天皇に招聘されて論語10巻と千字文1巻を献上した。百済の先進文化を日本に伝え、日本に飛鳥文化の花を咲かせたとされる。

  この記念公園は神崎市長(現) 「松本茂幸氏」の政治的情熱が具体化したものとされる。これだけの大事業を完成させるには並々ならぬ執念と、現実には多くのリスクとコストが伴う。松本氏と友人関係にあった私(原田)と清末秘書は、政治家松本氏の強い思いに胸打たれ、選挙の応援も含め、長い間懸命に支えてきました。この千字文は、筆頭の安倍総理から始まり、私も、清末秘書の筆跡も入っています。

  この地域はいわゆる「吉野ヶ里」の一部にあり、往時は一帯が大陸の影響を受けて大いに栄えていたことが分かります。

2020年

3月

21日

新型コロナのワクチン開発を急げ。

  新型コロナの広がりは止まることを見せない。感染者と死者は増え続ける。中国はほぼ抑えたと言っているらしいが、余り信用できない。これだけ時間が経ったのでそろそろ治療態勢が出てきても良いはずだ。
  WHOの報告では、コロナ関連の研究論文はこの3ヶ月で約3000本出された。そのうち圧倒的に中国43%、アメリカ18%、英国8%、イタリア7%、日本からは、僅か2%という(日経新聞)。わが国の開発力の弱さが見えてくる。
  私の所にも、多くの研究者や民間の人から、発明や開発の提案が届くのでその都度、厚労省や研究施設に繋いでいます。窓口がも少し積極的であった方が良い、どちらかというと胡散臭そうに受け取るのが多い。提案者は非常に真剣な人が多く、折角だからこの情熱を成功に結びつけたいと思っています。

2020年

3月

18日

自民党「大学英語入試 改革案」を萩生田文部科学大臣に提出

  昨年11月に、自民党の「改革案作業チーム(WT)」座長となった私は、精力的に働いた。大学、高校などにも足を運び、業界の意見を聞き、党内の討論を重ね、原案を策定した。党内政務調査会長の了解を得て、自民党として文部科学省 (政府) に提出をした。文科省にも専門家委員会があり、最終的には今年1年くらい掛けて、政府案が決められる。
  私はいつも、英語教育こそ(日本人が弱いとされてきた)国際人、グローバル人材の育成の鍵であり、今や「4技能」(読み、書き、話す、聞く)の総合的引き上げこそ必須であり、その中で大学入試の果たす役割は特に大事だ、と訴えてきた。
  今回の報告書で十分尽くされたかどうか、今後、文科省はじめ世の中の動きを注意深く見守って行きたい。

2020年

3月

18日

自民党 議員総会

  自民党の議員総会が党本部で開かれた。党大会が開かれるべきところ、新型コロナの拡散対策で中止、それに代わるもの(党則)として、「議員総会」となった。
  二階幹事長、続いて安倍総裁(首相) から、コロナ対策、経済金融対策(とりわけ雇用)、国際問題、憲法改正などにつき力強い挨拶があり、来年度の運動方針が決議された。

2020年

3月

13日

新型コロナ、「パンデミック」と世界経済

  WHOが遂に「パンデミック」(感染症の世界的大流行)を使い始めた。抑制気味に使われており、また中国、韓国、イラン、イタリアを特に抽出している段階で、わが国は慌てるほどではないが、それでも世界の経済、金融、株安連鎖は深刻、国内の経済対策も特別、緊急なものが急がれる。米国トランプ大統領は、欧州(英国除く)からの入国を30日間禁止すると発令した。

2020年

3月

13日

英語入試 改革案、岸田政調会長に

  英語入試改革案、岸田文雄「政調会長」に説明を行い、基本的了解を得ました。自民党とは非常に大きな組織であって、それぞれ案件によって意思決定をする組織、担当が異なります。いわゆる政策に関する取りまとめは「政調会長(政務調査会長)」で、その重要度に応じて直接相談(根回し)が必要です。「高階(たかがい)文部科学部会長」と共に。

2020年

3月

12日

東日本大震災、9年目

  3月11日、あの日から9年が経ちました。テレビ、新聞では多くの報道で、東北地方の回復途上とご苦労振りが紹介されています。誰しも日本人にとっては忘れられない、辛く悲しい大事件でした。昨年は閣僚として合同慰霊祭に出ましたが、今年は新型コロナの関係で、それも中止になりました。
  私は環境大臣時代に交流した原発被災の町村長さんらに電話してその労を労いました。

  その日、その瞬間 (2時40分頃)自分は何をしていたのか。私はどうも羽田から飛行機に乗っていたようで、福岡空港に着いて降りてみたら、何か空港の雰囲気が全くおかしい、人々の表情が何か全く違う。職員に何かあったのかと聞いたのですが、職員は「いやー、何か東京の方で、大変な事故があったらしい。テレビでも、何が何か混乱しているようで・・・」と答える。その日は夜になっても、事情はよく分からなかった。

  私は確か2週間目くらいに、事務所の人間で福島県を訪ねました。高速も一般道路もまともに走れません、原発の侵入禁止看板を避けながら。ただ当てもなく、郡山、いわきに入り、地震の凄さに圧倒されていました。どこかの海岸べりまで到達。津波の現実を本当に見るのは初めてです。船が海岸に打ち上げられ、遠くのビルの屋根の上にも乗りあげていました・・・

2020年

3月

11日

「尖閣諸島が日本領」という決定的地図

  尖閣諸島が日本領である、という決定的地図がここにある。実に中国政府(国家測地院)が作ったそのもので、中国と日本との間に国境線が引かれて、尖閣諸島は「明確に日本領」とされている。毛沢東主席(当時)の裏書きさえ添付されている。1969年(昭和44年)制作。
平成26年の秋、私の国会事務所にある人が訪ねてきた。昔の外務省高官で中国勤務の時に手に入れた、本物、真正と思うが身の危険を感ずるので誰も(外務省も)信じようとしない。何ら活用して欲しい・・・。
  私は意を決して、平成27年2月23日、衆議院予算委員会の質問に立って、この地図を公開した。尖閣の領土権を安倍首相、岸田外相らに迫った。中国自身が作ったもので、疑う余地もない、遂にこれが日本の主張への最新最強の証拠となった。新聞各紙、週刊新潮(3月5日号)にも報道された。
  以後、私はこの地図を帯同して、東京の外人記者クラブで記者発表した。単身中国・北京にまで行ってその正しさ(「尖閣は日本領」)を政府当局者に迫った。中国は当初、これは日本の「捏造」、「この程度の証拠地図なら100でも1000でもある」、と強弁していたが、遂に反証しなかった。

  しかし、中国は今日も尖閣諸島への侵入、侵略を止めようとしない。

2020年

3月

10日

英語( その2)

英語教育、目指すべき姿 (概要)

◎英語教育の目的
・global 人材と国際人の育成
・4技能の教育
・高大接続のためのシステム整備
・大学の主体性に基づく入学試験の確立 ( 「大学の復権。建学の精神」)
・民間機関の補足的かつ積極的活用 ほか

◎大学の現状と入学試験の位置付け

・志願者が多く、厳しい選抜、競争試験を目指す大学

・志願者が少なく厳しい競争は望まない(推薦入学など)が、4技能を含めた英語教育を目指す大学

◎入試の具体的方式 案 (各大学が選択する)

・一次試験 Listening, Reading については旧来のセンター試験に準拠する

・二次試験

大学の主体性を取り戻す。建学の精神に則り、独自の入試(作問、採点など)を実践する。補足的な民間機関の活用は、その大学に任せる。

・Speaking は端末利用など最新技術も活用する。

・Writing は、和文英訳を原則としてはどうか。(記述能力と英語能力を同時に作問、採点することは困難と思われる。記述能力については、まず国語試験に委ねるか)

◎大学と民間機関との関係

・大学と民間機関とは独自に協力、協定する。

・ その際、(過当競争、独禁法など、)必要に応じて文科省が調整する。

・受験生に地方格差、所得格差の発生しないように配慮する。必要に応じて、予算措置を行う。

◎英語教育一般で検討すべきこと

・小学校から開始、Listeningは早いほど良い。(アルファベットの筆記体の復活)

・ 英語教師の4技能強化、英語での授業実施(学習指導要領)

・海外留学の促進、外人教師の招聘

・上級者育成に対しては特別教育 (global人材、国際的活躍)

・ AI発達による自動翻訳社会の到来

・民間機関への政策的働き掛け

・障がい者への配慮

・社会の英語環境化 (テレビ、映画で吹替え、同時翻訳を過度につけない) など

2020年

3月

10日

英語入学試験、自民党「作業部会(WT)」取りまとめ案

  自民党の大学英語入試の改革取りまとめ案を発表しました。昨年12月から3ヶ月を掛けて議論、大学、高校などの現地視察、関係団体や識者の多くの意見聴取などを踏まえて一応の結論を得たものです。
  日本人を国際的人材と育てるためには「4技能(読み、書き、聞く、話す)」に基づく英語教育は重要なものである、その際大学入試が果たす役割は大きい、その大学入試では大学の主体性の確立こそが必須であり、外部組織の活用も補完的であるが積極的に行うこと。受験生に地域的、経済的な格差が生じないように国としても配慮をする、なども書き込みました。
  これは自民党原案として文部科学省に提案し、いずれは国の制度としても検討されます。私(原田)の役割も責任も決して小さくはありません。

2020年

3月

08日

「習近平氏 国賓招聘反対 国民決起大会」で演説

  「1万人集会」と銘された国民集会であったが、寒さと雨と国賓来日が中止延期となったため、3000人くらいの集会となった(場所 東京日比谷公園)。私は当初余り関心はなかったが、2、3日前、大会役員から電話があり、国会議員が誰も来ない、先生助けてくれ、という、初めて事の重大性に気が付いた。自分は国会でも、自民党でも、どの集会でも習近平問題は忘れず発言してきた。世の中で、こんなに多くの人々が同じ危機感で「行動」しているのか、ここは恥とか外聞とかいう時ではない、国民集会の前でゲキを飛ばすことにした。
  かくして、日頃の思いを大声で訴えた。5年前私が手に入れた「尖閣諸島地図」 ーーー1969年に中国政府が作ったもので、尖閣諸島が日本領であることを、毛沢東主席(当時)が裏書きして確認したもの。私はそれを2015年2月、衆議院予算委員会の場で初めて安倍首相、麻生財務相、岸田外相らに紹介したーーー を披露して、現在もほぼ連日中国が領海、接続水域侵犯を繰り返していることを厳しく批判した。さらに孔玄侑中国大使らには大使館では直接に抗議したこと、人の家に招待された時に土足で玄関を蹴破ることはしない、という比喩で習近平氏の国賓訪日に反対した。
  大会後、招聘反対の段幕を掲げて銀座の街をデモ行進するところまで付き合った。

2020年

3月

07日

大学入学試験(英語)対策、文科大臣と打ち合わせ

  昨年来、自民党本部の「英語入学試験改善策」の責任者となった私は、大学、高校、中学校などへの視察、関係者からの聴き取りなどを含め内外の会合を数多く重ねてきました。一応まとめの段階に入ったので、文部科学省に萩生田(はぎうだ)文科大臣を訪ね、意見交換を致しました。文科省も省内に専門的委員会を立ち上げ鋭意検討を進めており、今後は文科省と与党自民党とで密接に連携していくことになりました。
  入学試験である以上、まず各大学が建学の思想に立って、問題作成、採点などを主体的に行うという当たり前のこと、外部の専門機関も補完的だが積極的に活用するなどで意見の一致をみたところです。

2020年

3月

06日

習近平氏来日中止、正式発表

  私なりに万感の思いで、これを受け取った。習近平国家主席の国賓来日が、遂に、いや、やっぱり、中止になった。国賓については昨年の夏頃から噂さが出始めた。私は9月に閣僚が終わるのを待って、はっきり発言することとした。自民党の外交調査会で、総務会で、自分の集会ではもちろん、あらゆる集会で取り上げた。12月には中国に行って「国際友好連絡会会長」の「陳元氏」に、1月に中国大使館では「孔げんゆう大使」に直面して訴えた。私の訴えはいつも単純、「私たち日本人は国賓来日を大歓迎する、しかし今の中国の尖閣諸島への侵入、邦人の故なき捕縛などの『主権侵害』は直ちにやめてくれ、国民は決して許さない。」
  今年になって、新型コロナウイルスが表面化したため事情が変わってきた。コロナウイルスの感染を防ぐためには、原則人々の動きを止めようとした、人と人、国と国、すべてを止めようとしており、その流れの中で習近平氏の来日が議論された。そして中止となった。無いよりはましだが、しかし、本来あるべきは「主権侵害」の議論であって、それを間違えてはいけない。
  国賓来日は「延期」であって、「取り止め」ではない。然らば、「主権侵害」との闘いはこれからも続く。引き続き懸命に訴えていく。

  「国賓中止、原田さんの訴えが届いたね。」とある記者が、言いに来た。「おい、闘いはこれからだからな。」と、いつものため口で答えたものです。

2020年

3月

04日

新型コロナウイルス対策、自民党会議

  今や全ての政策に先んじて「新型コロナウイルス対策」が緊急、重要となっている。自民党の全体会議では大会議室が議員で溢れかえった。政府から現状と対策、今後の見通しを聞いたが、いずれも解決策には遠く中間報告ばかりで、病気の広がり、感染の経路も心配である。経済金融、国民生活に与える影響も深刻で、観光業や中小企業にはすでに大きな損害が発生していることなど、多くの議員の現地報告が行われた。

2020年

3月

03日

予防接種は秋月藩から (その2)、「日本のジェンナー・緒方春朔」

  今国中が、いや世界中が、新型コロナウイルス対策で大変です。早く病原菌が解明され、予防ワクチンが打てることを祈りたいですね。
  ところでその予防接種を世界で初めて行ったのは、「緒方春朔(しゅんさく)」といい、実に福岡県秋月藩の藩医でした。往時天然痘は世界中で最も恐ろしい病気でした。予防接種は中国の漢方医学で理論化されていましたが、誰一人実施する医者はいなかった。緒方春朔が実験に目処を立てた時、秋月藩主の「黒田長のぶ」がこれを支え、大庄屋「天野甚左衛門」はなんと自分の子供2人を被験者(実験台)に提供したのです。見事に成功しました。春朔は種痘の本を書いて多くの医者を指導し、これが全国に拡がりました。
  ここに日本の予防接種・種痘は秋月藩から始まり、爾来、幾千幾万の子供たちを救ってきたでしょうか。寛政2年(1790年)、あの有名なジェンナーの牛痘種痘法の発明の、実に6年前に当たります。だから私は、「日本のジェンナー」緒方春朔ではなく、「イギリスの春朔」エドワード ・ジェンナーと呼んでいるのです。

2020年

3月

02日

今こそ、(江戸時代)「秋月藩」の「稽古館」に学ぶ。

  新型コロナウイルス対策として多くの行事が中止されています。逆にこの機会に、多分読むことのなかった書類や書物を読むように心掛けています。自分なりに、飽くことなき向上心を目指しています。

  福岡県朝倉市の秋月地区は、江戸中期(18世紀)に福岡藩の分流「秋月藩」として栄え、今に「小京都」と呼ばれる街並みを残しました。中興の祖「黒田長のぶ」により武家文化が興隆、その藩校として「稽古観(けいこかん)=後に稽古館」が創られた。武芸学問の振興に努め、「小藩にしては良すぎるほどの学館なり」と称えられたという。
  その学館には『稽古館の教え』という学訓があり、学問教養の大事さ、家族、友人の扶助精神、文武両道や質実剛健、切磋琢磨や規範意識など学ぶ者の心構えが代々伝えられてきた。この学訓は現在の市立「秋月中学校」に受け継がれ、日々の授業や学校生活での行動指針となり、卒業時には全校生徒が暗誦するまでとなっています。
  大いに学ぶべきものとして、全文を掲げ、かの時代の思いの高さを偲びたいと思います。

2020年

3月

01日

習近平氏の国賓来日中止、「主権侵害」に抗議する

  中国の習近平国家主席の国賓来日が中止で、延期だと、ほぼ決まった風に報道されています。私は当然だと思っています。自民党と国会では、私が先頭に立って抗議してきましたが、実はここで決して注意を緩めてはなりません。
  先々週の自民党総務会で、私は「多少しつこいが」と前置きして、敢えて発言しました。「日本に来ないことは仕方ないとしても、それは新型コロナウイルスを理由にしてはならない、まさか習近平氏がマスクをして天皇陛下に会うはずはないのだから。
  大事なことは中国が香港やウイグル、数々の人権問題を抱え、かつ日本には尖閣列島への領海侵入、邦人の不法な拘束などを決して止めようとしない。日本人は得てして、何か起こると、事の本質を忘れて直ぐ情緒的に対応しようとするが、本件新型コロナに惑わされてはならない、「主権侵害」の相手を迎えるなどで天皇陛下を煩わせることに強く抗議、反対しているのだ。」と。

2020年

2月

28日

全国小中高、休校。新型コロナウイルス対策

  全国の小中高校の休校が発表された。事態はここまで進んできたということ。国会( 予算委員会 )でも、集会でも、テレビ、新聞はもちろん、あらゆる話題がこれに集中しています。政府が遂に決断した。議論は山ほどありますが、新型コロナ予防には決定的な対策が不可欠ということで、われわれはこれをしっかりと支持します。
経済、金融にも大きな影響が出始めています。
  『正しく、怖れる』という言葉があります。深刻な事態には細心の注意が必要です、が、怖れ過ぎてはいけない、平常心を無くしてはいけない、ということです。最も正しい情報を集めて、最も的確な行動を取ることが必要です。

2020年

2月

26日

外国系小学校、英語授業の視察

  宮城県仙台市にある外国系( トルコ)の「ホライズン学園」小学校を訪問して、進んだ英語教育の実態を視察しました。幼稚園時代から英語を学び、今日の4年生クラスでは外国人の先生と殆ど自由に英語の授業、さらには算数の授業もこなしています。
  人間が言葉を学ぶ耳の訓練(聴き取り)は、3〜5歳頃が最上といわれるそうで、英語の文法や単語スペリングよりもまず徹底した会話に浸していこうとするのが方針です。日本の英語教育の弱点をしっかり補っているようです。

2020年

2月

23日

美しい笑顔と強い決意が、「マスクを取って挨拶を」

  福岡市の郊外にOISCA(オイスカ)という国際機関(支所)があります。OISCAは主としてアジア諸国の青年たちを日本に招聘(しょうへい)して農業技術を支援する組織で、私は昔から地元でも、また東京(本部)でも、世話をしている1人です。今日は1年の研修期間を終えての卒業式で、全員近日中に帰国します。10数ヶ国からの人々です。
  来賓からはそれぞれ力強くも温かい励まし、日本との絆の大事さを訴えられました。私も同じく挨拶に立ち、60年も前アメリカからの留学帰りに当時のケネディ大統領から、「祖国のためにしっかり頑張るよう」にと激励された個人的体験を話しておきました。
なお時節柄(新型コロナ・ウイルス対策)、全員がマスクをしていましたが、私は敢えて皆に「マスクを取ってお客さんに素顔で挨拶しましょう」と促しました。一斉に、何と美しく、力強い決意がそこにあったでしょうか、会場から最大の拍手をもらいました。

2020年

2月

21日

『お詫び』コロナ・ウイルスのため「新春の集い」の中止、延期について。

  きたる2月24日、筑紫野市において、恒例「新春の集い」を予定しておりましたが、折からの「新型コロナ・ウイルス」による感染が福岡県にも広がってきましたので、勝手ながら中止、延期とさせて頂きました。皆様には折角のご予定頂きましたが、まことに申し訳けなく、何卒よろしくお願い申し上げます。今後につきましては、追ってご連絡申し上げます。
  本年が、皆様にとって、素晴らしい年になりますように、またご自愛を、心からお祈り申し上げます。

 

2月21日

原田義昭

2020年

2月

20日

衆議院予算委員会、大詰め。

  連日、予算委員会に拘束されています。自民党、公明党の若手たちが、立派な論述と質疑を展開して学ぶところがたくさんあります。野党は「桜」ばかりで、本当に勿体ない、安倍叩き、政権叩きですでに選挙戦術に入っていますが、これでは決して国民は着いて来ません。

 

  2月14日は熊本市に行って、予算委員会「地方公聴会」に出席しました。熊本地震(2016年4月)での「阿蘇大橋」崩壊などの復興状況を視察し、続いて、公聴会では県知事含む有識者から地元の経済事情などをヒアリングしました。帰りは熊本の友人に福岡まで車で送って貰いました。

2020年

2月

19日

沖縄の生き証人、放送の持つ力

  沖縄 出身の放送人、「川平朝静(かびら ちょうせい)」元沖縄放送協会会長のお話を聴いた。沖縄の琉球王朝の流れ、旧台湾で生まれ、アメリカで教育を受け、沖縄で職業生活を始めた。沖縄で放送局の立ち上げに参加、遂にはNHKの役員、日本の放送界の重鎮にすわった。
  沖縄から見て、台湾、中国、旧日本、敗戦を経て新日本、アメリカを語った。今の私たちが知っておくべき日本の歴史を文字通り生き抜いてこられた。
  御歳 93歳、矍鑠(かくしゃく)として、沖縄と日本の将来に大きな夢を持っておられる。多くの仕事に就かれたが、それぞれを「召命」=しょうめい、天職、callingと呼び、懸命に尽くされたという。
タレントのジョン・カビラと川平慈英(写真)の父にあたる。

2020年

2月

17日

高校柔道部で「励まし」を受ける。そして、「小野泰伸」のこと。

  高校柔道部の仲間から、「大臣退任の慰労と激励」の会を開いてもらった。久しぶりの面々から温かい友情をもらい、一層元気が湧き出てきました。今年は衆議院選挙が必至であること、大臣もあと1、2回は目指すこと、を広言して同志たちの支援をお願いしました。
  「小山台 (こやまだい) 高校」は東京都品川区にあります。私にとっては福岡県から途中転入、アメリカ留学、大学への受験勉強、と非常に大事な2年半でした。その間も一貫して柔道部に属して心身を鍛えました。大学を出て、就職してからも、ずっと高校とは関わりましたが、とりわけ選挙(神奈川県)に出始めた昭和60年ごろには、先輩や同期、同窓生にどんなに世話になったことか、卒業母校のありがたさを実感したものです。今日出席の「宗岡正二」君 (元 新日鐵社長、会長、全日本柔道連盟会長)などとの交流も、先輩後輩で50年以上になります。

  私は挨拶の中で、「小野泰伸」君のことも偲びました。小野はこの小山台柔道部の後輩でした。私が選挙に出る頃小野が大学を出たので、無理に頼んで事務所の秘書に来てもらった。昭和61年の初出馬は落選、平成2年2月に初当選しましたが、その前後5年間は小野が一貫して選挙事務所を取り仕切った。当選して程なく、小野と同期生の谷屋が来て、「先生、小野の具合が良くないので事務所を辞めさせてくれ。持病(糖尿病)が悪化して体が持たない」という。しばらくは小康を得ていたが、2年後に死んだ。

  私は今でもあの過酷な5年間が、小野の命を縮めたのではないかと悩んでいるのです。