2019年

3月

16日

オリンピックの金メダルは「リサイクルから」

  来年の東京オリンピックの金銀銅メダルは、全部で1・7トン、全て国民の協力で集めたケータイ、パソコン、スマホなど小家電の廃材から取り出します。今日は国全体の活動が終結したことを、「櫻田オリンピック担当大臣」と私とで正式に宣言しました。(於、環境省ビル)
環境政策として、3R(スリーアール=Reduce, Reuse, Recycle)という大原則が確立していますが、約2年前、環境省がオリンピックメダルをリサイクルで集めようと発案し、政府、経済界、国民の運動に広がったものです。当時からの関係者にとっては本当に感無量のものがあります。
  多くの記者、報道陣の前での発表となりました。私は「テレビでオリンピックのメダル授与式を見ると、国民の皆さんは自分のスマホがリサイクルされたのだ、と思い出されるでしょう」と挨拶しました。

 

2019年

3月

12日

大震災8年目(その2)

  3月11日午前中、私の所管、内閣府「原子力防災担当」の幹部に対し、大震災8年目に当たっての大臣訓示を行いました。防災担当はとりわけ福島県の東電 福島原発に係る原子力災害の対策業務を行なっており、現地は未だ除染、復旧、復興の真っ只中にあります。「道半ば」という表現をもって、これからの事業が一層の大変さを伴うことに対し、幹部職員の自覚と奮起を促しました。

 

2019年

3月

12日

嗚呼、大震災8年目

  3月11日午後、東日本大震災から8年目、各地で追悼式典が行われました。私は閣僚として国立劇場での政府主催、秋篠宮ご夫妻ご出席に、参列しました。

  4人の遺族代表それぞれの追悼の言葉は本当に涙無くして聴けないものばかりでした。私たち日本人は被災地の人々とともに、この困難を乗り越えて、将来へ力強く生きていかなければならないのです。

 

2019年

3月

11日

北海道「泊(とまり)原発」視察

  内閣府担当大臣として「泊 原発」の視察に出向きました。泊 原発は北海道電力では最も主力の電源ですが、東電 福島原発事故(平成23年3月)以降休止しており、安全性新基準による再稼働を目指しています。今回は発電所本体、緊急避難施設、オフサイドセンター、情報広報施設(「とまりん」)などを具に視察しましたが、防災対策はしっかりと行われているようです。北海道電力社長ら首脳部、北海道副知事、泊 村長、共和 町長ら地元自治体らと詳しく意見交換をしました。地元記者団との会見も丁寧にこなしました。
  北海道は一面、未だ銀世界(雪)です。

 

2019年

3月

09日

アメリカ大使、来訪

  ハガティ駐日アメリカ大使の来訪を受けました。所管の環境問題としては、気候変動、海洋プラスチック汚染問題など国際間の課題はありますが、とりわけ6月、大阪で行われるG20サミット、軽井沢で行われる環境大臣会議において、アメリカの特段の協力をお願いしました。昨年12月のCOP24では現地ポーランドではアメリカのバーカー代表とよく連絡取ったこと、いわゆるパリ協定からの離脱は食い止めて欲しいことなどを率直に話しました。
  「米朝首脳会談」にふれ今回の不調結果は日本においても評価されており、将来さらに厳しい路線で北朝鮮とやって欲しいと期待しました。

 

2019年

3月

09日

米「影の大統領?」スティーブ・バノン氏、激白

  トランプ大統領の側近として活躍する「スティーブ・バノン」氏の講演を聴く機会を得ました。バノン氏は報道広告業界出身でトランプ氏の選挙対策本部長としてその当選に働いた。大統領就任後もホワイトハウス首席補佐官として事実上政権を動かした。政権内部のゴタゴタが絶えず半年余りで辞任してメディア界に戻ったが、反議会、プアホワイト寄り、反植民、アメリカファースト・・・共和党反主流のトランプ大統領の強硬思考と酷似して、現在でもトランプ大統領に大きな影響を持つとされる。軍歴もしっかりしており、駆逐艦にも乗艦し、ペンタゴンの海軍作戦部でも指揮をとった。
  風貌も声量も嵐のような迫力で、演説も激しい。正直、私はただ荒々しい叩き上げとしか知らなかったが、「東シナ海、南シナ海は決して中国の海ではない」と断言するなど、主張も論旨も極めて明確、安全保障論で博士号を有しているという。
  私は敢えて挙手をして質問をした。「今回のベトナ...ム・ハノイでの米朝首脳会談について、決裂の結果は良かった。ただ首脳会談で分かったことは、事前の外交準備がまるで出来てなかった。トランプ大統領ももう少し人材を上手に活用すべきでないか。」返ってきた答えは、「大統領は直ちに席を蹴ってきた。物事が悪くなる前に決断することが正しい」。明快である。また日本にない政治家像を見て大いに刺激を受けたところだ。
講演会主催、APAグループの元谷代表、バノン氏紹介の河井克行代議士に心から感謝します。

2019年

3月

08日

皇居にて、全権大使の「信任状奉呈式」

  外国の全権大使は就任すると必ず、本国からの「信任状」を天皇陛下に奉呈するという厳粛な儀式が行われます。式典では天皇陛下のお側に立つ介添え役は、慣例上、閣僚が受け持つことになっており、今回畏れ多くも私がその番に当たりました。モーニングの正装で宮中昇殿し、宮内庁職員らから段取りを聴いたうえで、格式の最も高いといわれる『松の間』にて天皇陛下のお側に立ちました。ブラジルとナミビア共和国(アフリカ) 2国の新大使に対し、それぞれ陛下は実に丁寧に応対されました。対話ではユーモアも入りました。陪席の私は終始緊張の中におり、稀有の体験をひとり確認していましたが、皇居を後にする時はさすがに軽い疲れを覚えました。
  大使たちは、東京駅から馬車と騎馬隊で皇居を往復しました。小雨の中も沿道で多くの人々が見送ったそうです。
  このように手厚い接遇を受けた大使たちは、間違いなく日本との友好関係を一層深めてくれることでしょう。

 

2019年

3月

06日

環境対策に金融支援、『環境と経済成長の好循環』

  『ESG(環境、社会、行政)』という概念が急速に広まっている。環境対策を積極的にとっている企業には金融や投資の形で積極的に支援し、逆にそれを怠っている企業には融資や投資を引き揚げるという、環境政策では最も実効性の上がる施策で、多くの銀行、証券会社、機関投資家がすでに具体的に実行しています。昔は、環境対策なぞ専らコスト要因、「外部不経済」として、企業は嫌がったものですが、時代は大きく変わったことになります。
  今日は、優良5社の長年の活動に対し大臣表彰を行い、お祝いと激励を述べました。

 

2019年

3月

05日

懐かしき人々、長くの応援者たち

  川崎市宮前区の人々が大臣室に訪ねてくれました。平成の初め、私は川崎市で激しい衆議院選挙を戦っていましたが、その時の同志、後援会の皆さんです。当時私の秘書をしていた「浅野文直」さんが、その後川崎市議会議員となり、また市議会議長にもなったのですが、今はその浅野さんの強力な後援会として頑張っています。
  お互い歳はとりましたが、昔は本当にお世話になったものです。

 

2019年

3月

05日

古賀三春(みつはる)君、立つ

  私の地元秘書を長く務めた「古賀三春」君が今度いよいよ朝倉市郡から県政に立つことになりました。私の事務所に都合14年おりました。ただひたすら黙々と頑張る男で、農業問題、福祉問題など常に真剣に取り組んでいました。一昨年と昨年の朝倉、東峰村豪雨では、私の手足となって、身体を壊すくらい頑張った。
  どうしても自力で頑張りたいと言うので、私はだいぶ引き止めたのですが、今は独立して徹底した運動をしているようです。私は立場上、特段のことは出来ませんが、精神的には懸命に声援を送っています。皆さま、よろしくお願い致します。

 

2019年

3月

04日

モザンビーク共和国との技術援助協定

  アフリカ大陸の東南に位置する「モザンビーク共和国」「環境開発大臣」の来日を期して、河川環境整備の技術援助協定の調印式が行われました。この親日国の若い大臣に対して、私は「日本は貴国のために援助を惜しまないので、どんなことでも言ってきて下さい」と伝えました。

 

2019年

3月

03日

福島県、原発被災地域視察

  週末を活用して2日間、福島県の原発被災の復興地を訪問しました。大臣就任以来で、福島県訪問は6度目となり、私の行政範囲での福島県案件は突出しています。発災からやがて8年、さしもの被災地も、今や滔々と復興の途上にありますが、未だ前途は楽なものではありません。「帰還困難区域」という未だ人の戻れない地域もあり、除去土壌の仮置場、「中間貯蔵施設」という広大な貯蔵施設、原子力施設を監視するオフサイトセンター等々その放射線対策は幾重にも講じてあり、一方で次なる時代に向けての将来計画、街づくりも着実に進められています。要所においては、現場職員や関係者に訓示や激励を与えました。大熊町町長、双葉町町長らとも親しく会見し、それぞれの持つ困難と将来計画に対して、強い共感を覚え今後の協力を約しました。

 

2019年

3月

01日

凄い熱気、「政治パーティー」(東京)

  東京地区の「励ます会」を開き、有難くも1000人を超す、本当に多くの人々に出席して頂いた。これだけ祝福されての大臣就任だけに、余程しっかりと職務を果たさなければなりません。予算委員会(衆議院)が大詰めのこの日、河野太郎外務大臣、渡辺博道復興大臣、山下貴史法務大臣ら多くの国会議員も駆けつけてくれた。アパホテル・グループの元谷代表にも主賓挨拶で座を盛り上げて頂いた。
  これからは、国会対応、公務出張もさらに忙しくなり、一方、政務での選挙対策、地方選挙はいよいよ最終盤になってきます。
  国会議員となり、多くの職務を与えられ、一方でこれだけ多くの人々に支えられ、私は本当に幸福者です。『政治家は一本のろうそくたれ、身を燃やし尽くして世の中に明かりを灯せ』の通り、これからも誠実に頑張っていこうと思います。

 

2019年

2月

26日

春の訪れ。

  総理官邸の2階ロビーには美しいお雛様が飾ってあります。出入りする内外の要人たちにしばしの癒しを与えてくれます。

 

2019年

2月

26日

「天皇ご在位30年」行事(その2)。小泉元首相と再会も。

  昨日の記念式典には多くの外交団が出席していました。ある国の親しい在京大使から電話がありました。「両陛下のお姿に感激し涙が止まらなかった。このような指導者を持った日本人を本当に幸せだなと思う。だから日本はこんなに豊かな国になった・・・」と話された。私はただ、「ありがとう、ありがとう」と受話器に向かってお辞儀を繰り返すしかありませんでした。

  夕刻には皇居にてご在位30年を祝う『宮中茶会』が行われました。閣僚、議員、政府関係者ら500人くらい、両陛下と皇族ご参加の大掛かりの立食パーティ。天皇陛下のお声も手の届く距離で拝聴。...
  懐かしいOB政治家と多く会いましたが、とりわけ「小泉純一郎氏」(元首相)とお会いした。「若い頃、お互い元気だったなー」と固い握手も交わしました。昭和〜平成の頃、小泉氏と私は中選挙区選挙(神奈川県)で激しく闘っていた。その後私は小泉「厚生大臣」の下で「厚生政務次官」を務めました。

2019年

2月

24日

『天皇陛下ご在位30年祝賀会』

  政府主催「天皇陛下ご在位30年記念祝賀会」が国立劇場にて行われました。閣僚として最前列から臨みましたが、本当に素晴らしい、終生忘れ得ぬ式典で、天皇、皇后両陛下のお元気なお姿もしかと眼に刻ませて頂きました。とりわけ壇上からお離れの際、会場に振り返ってしばらくお手を振られたが、私はひとり感極まるを止められなかった。

 

2019年

2月

24日

二階自民党幹事長 夫人の「偲ぶ会」に出席

  二階俊博自民党幹事長夫人の「偲ぶ会」(本葬)に出席しました。和歌山県御坊市。二階幹事長には、私はもちろん党において特段にお世話になっていること、実は私の義理の父、兄がその昔、同じ和歌山県で堅い自民党同志であったこと、そして何より時間ができたことで出席が叶いました。内外本当に多くの参列者で、立派な会となりました。
  故人は長い闘病を経て、昨年暮れに亡くなった。夫は全くのたたき上げで、県議会から国会に進まれた。母として3人の幼な子を抱きながらも、厳しい選挙を何度も闘ったこと、ただひたすら地元和歌山のため、夫のために、尽くしてきたこと・・・胸を熱く打つものばかりです。参席した全ての政治家、全ての人々が自分と重ねながら聴き入ったものと思います。享年78歳、御冥福をお祈り致します。

2019年

2月

23日

JAL「コントレイル」作戦)(その2)

  羽田空港にて、日本航空(JAL)の「植木義晴会長」とお会いしたので,「環境省・JAL」協力の「コントレイル作戦」のことを話したところ、大いに座が盛り上がりました。

 

2019年

2月

23日

大気環境調査にJAL機を 活用。<Contrail>作戦

  国には宇宙大気の環境を観測するためにさまざまな機関、組織が活動しており、その中心的なものが、「国立環境研究所」です。気象衛星「いぶき2号」は今宇宙を回っており、世界で最も進んだ気象衛星として、大事な環境情報を送り続けています。
  その国立環境研究所が開発した開発手法、「Contrail(コントレイル)」は様々な気象観測機器を民間航空機(JAL)に積載し、詳細な大気情報を捕捉、発信しています。国の機関と民間航空機が協力することで重要な環境情報をより広範かつ経済的に捕捉するという世界的にも珍しくも画期的な活動です。
  今日は環境大臣室でその詳しい説明を聞き、担当者を激励しました。

 

2019年

2月

21日

「ご家族への感謝」、長期勤続職員への表彰式

  環境省へ長期勤続(30年、20年)した職員に対して「大臣感謝状」を授与しました。環境行政が大きく変わる時代をよく頑張り抜いた人々です。訓示の中、ご家族への感謝については、特に強調しました。

 

2019年

2月

20日

海ゴミに対して国民運動を

  海洋へのプラスチックゴミ汚染への対策は環境政策の大きな柱の一つですが、この度財団法人「日本財団」と国民運動を共催することなり、同会長 笹川陽平氏と合同記者発表を致しました。日本財団は長い間本格的な環境美化運動に熱心で、例えば毎年150万人を動員して全国の海浜清掃に取り組んでいます。今後海浜プラスチック汚染に対して清掃活動、研究開発、パネルデスカッションなどを企画、実践していきます。

 

2019年

2月

20日

フィンランド経済大使、来訪

  フィンランドの経済大臣一行が来訪された。今年は「日本フィンランド外交100年」という記念すべき年です。私は昔から、フィンランドが日本にとって非常に特異な国であることを認識しており、あらゆる分野でより一層の友好交流を進めようと約束しました。先方の環境大臣については、昨年10月横浜での会議で交流しており、この国は環境分野でも非常に進んでいます。一度フィンランドに来てくれとの強いお誘いを受けました。

 

2019年

2月

18日

感謝、政治パーティー(福岡大会)大盛況

  『原田義昭と日本を語る会』を催した処、多くの皆様に出席頂き心から感謝致します。初めての方、遠路からの方も大勢出席して頂き従来にない盛況で、今後の政治活動に自信を与えて頂きました。「麻生太郎」副総理を始め各界の指導者も駆けつけ、それぞれに力強い応援を頂きました。私は環境大臣としての決意をしっかりと述べた上で、合わせて、今政治は内外、混乱と混沌を深めつつある、日韓問題、日中、日露、米中、米朝問題、はたまたトランプ大統領の政治姿勢、日産ゴーン問題、遂には国会の混乱なども・・・、外交安全保障を専門とする私としては言いたいこと余りに多いが、今閣僚の立場では自制に徹しており、いつの日か回想することもあるだろう、と言いました。
  『政治家は1本のろうそくたれ。身を焦がし尽くして、国家社会を明るく照らし続けよ。』あの戦前の大政治家「斎藤隆夫先生」の言葉を引用して、今後の活動を誓いました。
  今年は選挙の年、また平成から次の元号へと、時代が大いに変わります。いよいよ私が必要とされる時代が来る、と改めて確認致しました。

 

2019年

2月

17日

「金融教育」で優れた人材を育てよう、高校生に。

  『高校生に金融基礎教育を与え、人材を育て、国の将来に備えよう、しかもゲーム感覚、クイズ感覚で』、という奇特な活動が地道に続いている。『エコノミクス甲子園』と銘打って、ほぼ全国の銀行、金融機関が支援し、予選では各県5、6校づつ、全国で200校ぐらいが参加している。日本には、教育段階で「金融、経済」という認識が全く無く、結果、日本は国として人材が少なく、国際的な金融競争にむしろ負けているというのが現実である。そこを巡ってNPO法人『金融知力普及協会』がいち早く、若者の年代から金融の基礎教育を普及しようとする企画で、私はその趣意に早くから賛成し、応援を続けてきた。テレビで有名な「野中ともよ」さんも有力役員である。
  今年の大会は13回目で、東京代々木の旧オリンピック村にて。私は「環境と経済」など短時間の講演をした上で、しばし行事の推移を見守った。なかなかにして優れたもので、高校生たちの意見発表など主体性もしっかりしており、日本の将来は決して捨てたものでない、という強い印象を受けた。

 

2019年

2月

17日

川崎市、そは『望郷の地』

  川崎青年会議所(川崎JC)で講演しました。一方で多くの年配OBとも久しぶり再会することが出来ました。私はその昔川崎JCに入り、川崎市からの選挙立候補に備えました。JCというのは40歳までの若い青年たちの組織で、私はそこで力をつけ、昭和61年の選挙(落選)と平成2年2月の選挙(当選)に出ましたが、いずれも専らJCの仲間に支えてもらったものです。その後も、実に今日まで、永くも深い付き合いを続けており、彼らにこそ「政治家・原田」を「産んでくれた」というのが私の最も近い実感です。
  JCの全国団体(「日本JC」)は、今年を「環境問題、SDGs」を主要テーマとして、各種運動を展開しており、非常に環境省と縁が深い。ついては今般、環境省の審議会にも正式メンバーとして参加してもらった経緯があります。
  川崎市を出て30年、もちろん街並みは大きく変わりましたが、それでも人々の温かさは変わらない、私は「母なる故郷」をいつも遠くから想っています。

 

2019年

2月

15日

嗚呼、御霊よ、安かれ

  お陰様、連日多くの友人達が来訪されます。
  都立「小山台高校」柔道部の後輩たち。入閣のお祝いに駆けつけた。私は大学4年頃、柔道を一番熱心に稽古していた。ある時高校の柔道部に顔を出したら全くピリッとしない。私は発案してその夏、チームを合宿に連れて行った。長野県大町市。1週間ほど、稽古では徹底的に鍛えた。夜は夜で楽しく過ごした。その縁でこの学年とは特に深く結びついた。
  この写真の中に1人だけ欠けたのがいる。「小野泰伸君」。このチームのマネージャーで、体は小さかったが頑張り屋だった。彼が大学を出た時、丁度私は選挙(神奈川県)に出る準備を始めていた。私は小野に頼んで事務所を手伝ってもらうこととした。小野は秘書として懸命に働いた。昭和61年は当然ながら落選、そして平成2年2月、遂に当選を果たして美酒に泣いた。この5年間は殆ど小野がひとりで事務所を仕切っていた。初当選で浮かれていたある日、チームの同級生の谷屋利隆が私の所にふらっと来た。いきな...り、先生、小野を辞めさせてくれ、と言う。びっくりして、お前何を言う、小野 無くしてこれから俺はどうするんだ、と怒鳴った。「小野が体がきついと言っています。少し病気が進んできたようです。どうか聞いてやって下さい。」。私は、始めて事の重大さに気づき、決心した。小野が持病(糖尿病、若年性)を持っていたのは知っていた。以来、小野は他に仕事を求めていたが、いつも事務所を気遣ってくれた。
  そして2年後、亡くなった。私は今でもあの事務所の5年こそが、小野の命を縮めたもの、と心を痛めているのです。

 

2019年

2月

14日

インドネシア大使、表敬

  在京インドネシア大使が大臣室に表敬された。インドネシアは環境政策に大変熱心な国であるが、国内には河川管理、廃棄物処理、再生エネルギー、廃プラスチックなど個別にも多く問題を抱えており、特に我が国の積極的な協力を期待する向きが大きい。6月の大阪での「G20サミット」にはアセアンの代表国として閣僚が出席する予定。
  その昔、私はひとりでインドネシアのアチェ州に大津波の慰問に訪れたことがある。その後日本の東日本大震災、つい先だってのインドネシアの海中火山の爆発、津波ではお互い救援しあったことなどに触れて、二国間交流の強化を約しあった。

 

2019年

2月

14日

予算委員会で答弁

  衆議院「予算委員会」の基本的質疑の3日目、白熱した議論が続きました。私も「気候変動適応法」の関係で答弁を致しました。

 

2019年

2月

12日

日本会議、「天皇陛下の在位30年を祝う会」

  建国記念の日、「日本会議福岡」が、「天皇陛下の在位30年を祝う会」を主催し、通例にない多くの人が参加しました。皇位継承もいよいよ目睫の間となり、今やどの会合でも必ず話題となる、新元号はあと1月半、国民の関心が高まるのは良いことだと思います。私も挨拶に立ち敢えて、「自分自身が平成2年の初当選で、この平成時代を丸々生きてきたこと、天皇陛下を国会や宮中行事で近距離でお見受けして来たが、その懸命のお尽くしぶり、近時においてはお疲れを感ずることに一人涙すること」などを告白しました。折角の機会、憲法改正という現下の政治課題にもふれました。
  陛下のご退位をむしろお喜びしたいというのが、今の私の率直な気持ちです。

 

2019年

2月

12日

日本会議、「天皇陛下の在位30年を祝う会」

  建国記念の日、「日本会議福岡」が、「天皇陛下の在位30年を祝う会」を主催し、通例にない多くの人が参加しました。皇位継承もいよいよ目睫の間となり、今やどの会合でも必ず話題となる、新元号はあと1月半、国民の関心が高まるのは良いことだと思います。私も挨拶に立ち敢えて、「自分自身は平成2年の初当選で、この平成時代を丸々生きてきたこと、天皇陛下を国会や宮中行事で近距離でお見受けして来たが、その懸命のお尽くしぶり、近時においてはお疲れを感ずることに一人涙すること」などを告白しました。折角の機会、憲法改正という現下の政治課題にもふれました。
  陛下のご譲位をむしろお喜びしたいというのが、今の私の率直な気持ちです。

 

2019年

2月

11日

「知の巨人」堺屋太一さん、逝く

  堺屋太一さんが亡くなった。本当に大きな人であったが、堺屋さんの「謦咳(けいがい)に接した 」(偉人と直接に触れる) ことは私の誇りでもある。同じ(旧)通産省に勤めていたが、年代に差があり余り重なりは無かった。一度だけ、私が予算担当の時、直々に省内で予算の陳情に来られたことがある。
  その後、外に出られて、大阪万博成功、文筆や社会活動、エネルギー危機の『油断!』、『団塊の世代』、『峠の群像』などを発表され、大いに世の中を覚醒された。私も政治家になる頃で、1、2度事務所に挨拶に行ったり、一度は私の会合に来て頂いたこともある。民間人大臣(「経済企画庁長官」)としても活躍され、国会内で挨拶することもあった。本当は後輩としてもっと甘えていくべきところ、格の違いに萎縮して遂に打ち解けるまではいかなかった。
  あれだけの学績と将来を見通す力、それを表現する筆力などは、恐らく他の再来は許さないであろう。日本の官僚の優秀さは世界一だが、将来を率先して目測する力が出て来ないと、いつも案じておられた。実は私もその思想下にある。

 

2019年

2月

10日

平井一三 県議会議員、三選目指し

     筑紫野市選出 「平井一三 」県議会議員の事務所開き、決起大会が行われた。平井氏は市議会から県議会に上がって8年、「藤田陽三」市長と二人三脚、二日市鷺田川、高尾川洪水対策、地域道路整備、市庁舎建設などインフラ整備に力を奮ってきた。「今、筑紫野市の人口は10万3000であるが、以前からの調査によると、12万5000くらいになると予想されていた。発展の余地はまだまだ大きく、都市魅力増進のため一層努力する。」と三選への意欲を力強く示された。

 

2019年

2月

09日

倉島秘書官、83 翁

  環境省政務秘書官 倉島守氏、83歳の誕生日を迎えました。昭和の時代から40年近くずっと秘書として一緒におりますので、その付き合いは本当に長い。オイ、コラといつも苦情ばかりを大声で言い合うので周りはハラハラしますが、結構それがストレス解消になっているのかも。その昔、横須賀市 (神奈川県) で選挙していた。実に10年間、選挙事務所に泊まり込んで頑張ってくれた、随分奥さんにも迷惑をかけたものです。よく続きますね、との問いには、言いたいことを言うからでしょう、と答えています。閣僚の政務秘書官ではもちろん最年長という。ささやかな誕生祝い、秘書官室の皆さんと。特別仕立てのケーキも。
  こんな2人ですが今後ともよろしくお願い致します。

 

2019年

2月

07日

明日から衆議院予算委員会

  今日は一日、参議院予算委員会で、夕刻には本会議での採決に立ち会いました。これで今年度(30年度)の補正予算が成立し、明日からは31年度本予算の衆議院審議が始まります。既に予算委員会での質疑予定が入っており、十分慎重に準備いたします。

 

2019年

2月

07日

『新宿御苑』に行こう!!大改革

  東京の『新宿御苑』は、「国立公園」よりも格の高い「国民公園」という位置づけで、実は環境省の直営の公園です。私は昨年11月に菊花展を観に行って来ましたが、御苑の素晴らしさと広さ、偉大さ、これだけの大自然がよくも東京のど真ん中にあるという奇跡・・・に圧倒されたところです。
  同時に問題点が存在します。来園者が少ない、外国人が沢山来ているが十分対応しているか、閉園時刻(4時30分)が早すぎる、チケット販売はペイしているか・・・などにつき検討始めました。議論を重ねこの1月には結果を新聞発表したところです。曰く開園の時間を延長して、閉園時刻を春夏はそれぞれ6時と7時とする、夜間ライトも点ける、これら経費増に対して入園料は200円から500円と上げる、子供の入園は有料から無料とする・・・など。
  (大臣たる)私は期せずしてこの公園の「オーナー」(地主)!!になった以上、より多くの日本人、外国人に来てもらい、歴史的、文化的、かつ環境と大自然、まさに「真の日本の美」とも言える場所を堪能して頂きたいと強く思っています。「国民公園」とは、「国民の誇るべき資産」という意味です。

 

2019年

2月

06日

庁内への激励、「皆さんのお陰です。」

  大臣になって4ヶ月、今日までなんとか頑張っておりますが、これもあれも多くの職員に支えられてのものであります。夕刻でしたが用事ができたので、省内のある部署(地球環境局)に足を運んだところ、見渡す限り大きな部屋で多くの職員が懸命に仕事をしています。せっかくですから、全部の部署に挨拶をして回りました。「皆さんのお陰で立派な環境政策を訴えることが出来ます、今年6月の『G20サミット』は是非とも成功させたいですね・・」などを話しました。何事も、私(大臣)のところに上がってくる案件は、これらの人々の汗の結晶だということを目の前で確認したところです。

 

2019年

2月

03日

『プラスチック・スマート・フォーラム』の結成

  プラスチック製品の投げ捨てで海洋汚染が深刻になり、今や国もまた国際社会もその対策に本格的となってきた。来たる6月、日本で行われる「G20サミット、環境閣僚会議」ではこのプラスチック問題が主要議題となる予定。環境省はその運動を「プラスチック・スマート」や「ワイズ・コンサンプション( 賢い消費)」などとと名付けて抑制策を率先しているが、この度これらの運動を組織化して、企業活動など官民挙げての全国的な国民運動に広げることとした。地方や民間から生まれてくるさまざまな考え、アイデア、経験などを交流しあって、国全体としてより実効的なものに仕上げたいと思っています。
( 黒岩祐治知事の神奈川県なども大変熱心な会員です。)

 

2019年

2月

03日

太宰府の星、西島大吾君

  私の秘書の「西島大吾(だいご)」君が太宰府から4月の福岡県議会選挙に出ることになりました。自民党と農政連には公認、推薦を頂いて一応の準備は進んでいますが、他所からの転入組でもあって、準備期間が余りに短いこと、大変に厳しい状況にあります。その性、あくまで実直かつ努力家、何処にでも気軽に跳んで行きます。来たる2月16日朝10時30分から市内で決起大会を行います。是非皆様のご支援を宜しくお願い致します。
( 連絡場所 092ー918ー2020)

 

2019年

2月

02日

ネパールの空手家、来訪

  大臣室は、毎日多くの訪問客で賑わっていますが、今日はネパールの空手師範が訪ねてきました。長年の友人 「久高」父子は空手の指導を通じて活発な国際活動を続けており、とりわけネパール、モンゴルなど中央アジアで多くの弟子たちを育てています。
  国こそ貧しいが、ネパール人は尚武の気運が高く日本の精神性と相い似て、今後さらに日パの交流は深まるものと思います。来日ビザの発給が厳しいなど、課題は多いのですが、わが国が頼られる限りは全力で守ってやることこそが大事であります。(妹さん同行)
  私は首に彼の国の伝統「幸せのショール」を掛けて貰って、文字通り、幸せいっぱいです。

 

2019年

2月

01日

「直ぐやる」覚悟。福島県地方議会、来所

  福島県楢葉(ならは)町の議員団が要請活動に来られた。あの東日本大震災、東電 原子力発電所事故が起こって8年、福島県の人々にとっては、放射能汚染との闘いは毎日、実に今日も、続いているのです。未だ数万の人々が自分の家にさえ帰られない状態です。地元の議員さんたちにとっても、地域の復興と住民の生活再建を目指した懸命の活動が休みなく続いています。
  国はこれら支援のために万全の態勢で臨んでいますが、折にふれて、地域の皆さんの要請を直接、具体的に聴くことで、さらに多くのやるべきことに気付くのです。私は相談を受けると、大臣として「直ぐにやります」と答えるように心がけています。
( 秋元副大臣、菅家政務官ともども要請文を受け取る)

 

2019年

1月

29日

国会、始まる

  第198回国会が始まりました。通常国会として150日間続きます。今年は参議院選挙の年で、基本的に延長はないとされていますが、国の内外多事に囲まれており政府与党もしっかりと対応しなければなりません。
  開会式では、(最後となる)天皇陛下の「おことば」とお姿を心に焼き付けました。続いて本会議での政府演説、安倍総理の施政方針も立派なものでした。外交、財務と衆参、閣僚席から2度、同じものを聴きましたが、それぞれに理解が深まりました。今後、予算委員会、担当委員会と業務は広がっていきますが、与えられた職務はしっかりと果たします。

  もとより地元選挙を含む「政務」も格段に増えており、緊張した毎日が続きます。

 

2019年

1月

28日

大見 正(おおみ せい)さん、安城市長選挙に

  衆議院議員同志の「大見 正」さんが、愛知県「安城市」( あんじょう)市長選挙に立候補した。だいぶ後輩になるが、同じ麻生派に属し随分と協力しあった。この度故郷に帰って市長選挙に出るという、よほどの事情があったのだろう、結局現職市長と一騎打ち。私はその出陣式に出て、応援演説をしてきました。神社における出陣式、後援会5、600人集まり、あの寒い中、大いに盛り上がり、来賓も顔ぶれが揃っている、是非勝たせたい。安城市は、愛知県名古屋市の一角、どうぞ多くの皆様にお声を掛けて下さい。
  ( 大見氏は安城市中心に、市議2期、県議3期、衆議院3期の実績です。)

 

2019年

1月

26日

「おい、北川君、ありがとう」。北川議員、逝く。

  昨年暮れ、親友の衆議院議員「北川知克(ともかつ)」氏が亡くなった。麻生太郎副総理、山東昭子議員ら多くの議員とともに、大阪(寝屋川)で行われた本葬儀に出席しました。環境省の政務官、副大臣、衆議院の環境委員長、自民党の環境部会長など、ほぼ環境政策一本を真面目に務めあげられた。同じ麻生派の同志でもある。
  私は弔辞を読み上げました。環境政策に特に頑張って頂いたこと、多くの環境省職員に慕われていること、これからの時代でこそ彼の力が必要だったこと、環境庁長官だったご父君 「北川石松先生」にも大変お世話になったこと・・・。
  私は最後に大声で結びました、「おい、北川君、本当にありがとう。安らかに眠れ」。享年68歳。本当に立派な男でした。

 

2019年

1月

25日

「世界の青木功」さんと出会ったこと(その2)

  「世界の王」さんと出会ったついでに、ゴルフの「青木功」さんのことも。
実は私の担当の警護官(SP)に「青木功」君がいて、いつもあの有名人と同姓同名と囃し立てていた。しばらく前、経団連だかの大きな新年パーティの人混みの中で、私はあの本物の青木選手を見つけたのです。側にいたSPをちょっと来いと呼び寄せて有名人の前に連れて行った。

  「私は環境大臣の原田と申します」とまず自己紹介から始めた。「実は私にSPがおりますが、彼の名前が青木功と申します。同姓同名で大変名誉に思っております。」と話したうえで、SPに挨拶させた。その名刺を見ながら、有名人は実に喜んだ、「そうか、君と同姓同名か」。私が口を挟んで、「彼の父親が大変な青木ファンで、そのまま名前を頂いたそうです。」・・・
  かくして、記念のスナップでは、三人とも満面の笑顔になった次第です。

 

2019年

1月

24日

「世界の王」さんと出会う

  大変珍しいパーティに出ました。昔「力道山」という有名なプロレスラーがおり、われわれこども時代は大騒ぎしたものです。事件で亡くなったのですが、時代を経てその未亡人(田中敬子さん)が思い出話しの本を書かれた。私は前からご縁があってその出版記念会に出席して、主賓の挨拶をしました。多くのお客さんの中に かの「王貞治」さんを見つけたので、「世界の王監督の前で話すなど緊張します」と言って、皆を笑わせました。座が開いて懇談の時間になったので、早速王さんの所に挨拶に行って、自分が福岡出身で、ソフトバンクの地元であると断ってツーショットをお願いしました。も一人、非常にがっちりした年配の人がいて、それがテレビで有名な元プロ野球選手の「張本勲」さん。日曜日のテレビは毎週見ていますと、これもまたパチリ。
  政治家のパーティは、呼んだり呼ばれたりはしょっ中ですが、それ以外のパーティでは有名な人と出会うことがあるのでいつも楽しみです。お二人ともさすがに立派な体で迫力を感じました。

 

2019年

1月

21日

「政治家とは・・・」、鴻池(こうのいけ)先生、逝く

  参議院議員で元災害対策大臣、麻生派重鎮の鴻池祥肇(よしただ)先生が亡くなった。晩年は肺炎等病気がちであったが、往年は実に頼母しい元気な政治家で、人の面倒見がよく、私も本当にご指導頂いた。落選中など特別に目を掛けて頂き、どれだけ助けられたか。豪放磊落(ごうほう らいらく)、直情径行で、その言動はしばしば新聞の囲み記事を賑わした。行年78歳、ご冥福を祈ります。

  『 政治家は一本の ろうそく たるべし 』( 自分の身を焼き尽くしてでも、世の中を明るく照らし続けなければならない。) ...
  鴻池先生が生前説かれた言葉。政治の師、「斉藤隆夫先生、河本敏夫先生」から受け継いだといわれていた。

2019年

1月

21日

高校生、アメリカに短期研修

  外務省の青少年交流の一環として、地元の高校生が米国に渡ることになりました。テキサス州で、戦前から日本と縁の深い場所、昨年には私も他の国会議員と訪問しました。10日間という短期間ですが、多感な時期に海外経験することは得るものも多く、生徒たちは一層成長して帰って来るでしょう。私の高校時代の留学記『ヨッシーが街にやって来た』を渡して、少しでも参考にしてくれればと思いました。

 

2019年

1月

19日

福島県訪問、再生を目指して

  東日本大震災からやがて8年、原子力災害から立ち直ろうとする福島県を、年初の挨拶も含め再訪しました。環境省福島事務所で職員への訓示、県知事、県議会議長との会見を行いました。
  「福島の再生無くして日本の再生なし」という安倍総理の言葉を引用して、それぞれを激励しました。
( 新聞は 「福島民報」 1月19日 )

 

2019年

1月

19日

自民党本部、訪問

  自民党本部での「環境部会」に出席して、環境政策の近況及び国際会議の報告を行いました。自民党本部への訪問は久しぶりです。普段なら一日でも党本部を欠かすことはないのですが、閣僚になればほぼ来ることはありません。いささか複雑な思いです。幹事長ら三役に挨拶の名刺を置いてきました。

 

2019年

1月

18日

動物愛護センターと『お見合い会』

  千葉県動物愛護センター(富里市)を訪問して、いわゆる「犬の譲渡会」を見学してきました。年間1000匹以上の犬が収容され、狂犬病等の対応をした上で、新しい飼い主を探すことになります。近時、いわゆる野良犬は殆どなく、飼い主から離れた行方不明犬、飼い主が高齢や死亡等で手放したものなどが集まっています。犬を求めて来所する家族連れも少なくありません。譲渡会(マッチング、お見合い) はセンターや出先で定期的に開かれており、年間800匹くらいが晴れて飼い主に引き取られます。尚、高齢、病気、凶暴性については、最終的に300匹程度安楽死処分も行われます。

  猫についても、全体としてほぼ同じ扱いがされています。
「動物愛護」、その名の通り、動物愛護センターは非常に適切に運営されていました。「親を待つ子」たちも元気いっぱい、大きな声で吠えまくり、獣医師の関与や人道的配慮が十分なされていることには感心しました。...
  動物愛護は行政的に環境省の専管事項です。昨年の国会での委員会質疑で、野党の女性議員からこの「犬の譲渡会」の質問が出て、私は「行ったことがない、一度行ってみます」と約束をしていたものです。行政の一端を実際に視察できたことも良い経験でした。併せて、愛犬家を任ずる私としては、犬たちがかくも大事に育てられていることに、心からの感謝と幸せを感じたところです。

2019年

1月

18日

動物愛護センターと「お見合い会」

  千葉県動物愛護センター(富里市)を訪問して、いわゆる「犬の譲渡会」を見学してきました。年間1000匹以上の犬が収容され、狂犬病等の対応をした上で、新しい飼い主を探すことになります。近時、いわゆる野良犬は殆どなく、飼い主から離れた行方不明犬、飼い主が高齢や死亡等で手放したものなどが集まっています。犬を求めて来所する家族連れも少なくありません。譲渡会(マッチング、お見合い) はセンターや出先で定期的に開かれており、年間800匹くらいが晴れて飼い主に引き取られます。

  尚、高齢、病気、凶暴性については、最終的に300匹程度安楽死処分も行われます。
猫についても、全体としてほぼ同じ扱いがされています。
  「動物愛護」、その名の通り、動物愛護センターは非常に適切に運営されていました。「親を待つ子」たちも元気いっぱい、大きな声で吠えまくり、獣医師の関与や人道的配慮が十分なされていることには感心しました。...
  動物愛護は行政的に環境省の専管事項です。昨年の国会での委員会質疑で、野党の女性議員からこの「犬の譲渡会」の質問が出て、私は「行ったことがない、一度行ってみます」と約束をしていたものです。行政の一端を実際に視察できたことも良い経験でした。併せて、愛犬家を任ずる私としては、犬たちがかくも大事に育てられていることに、心からの感謝と幸せを感じたところです。

2019年

1月

16日

大学柔道部、祝賀会

  東大柔道部の同期生たちが中心となって、私の大臣就任祝賀会を開いてくれました。卒業して半世紀、本当に久しぶりもいるし、時々会っているのもいます。青畳の上で一緒に汗を流した遠い日々が、蘇ってきます。選挙を長くやっていると良い時も悪い時もありました、しかし、いつも変わらぬ態度で応援続けてくれたのがこの仲間たちです。
  どこに行っても選挙の応援者がいたのは、終生柔道をやってきたお陰です。多くの友人に恵まれ、身体が鍛えられ、何より日本人として生きる誇りを得られたのは、私の場合、やっぱり柔道を修行してきたお陰です。

...

{ (後輩 )宗岡正二 新日鉄住金会長から祝辞。山下康裕 全柔連会長の花輪も。}

 

2019年

1月

16日

人口衛星の開発現場「国立環境研究所」視察

  環境省の政策は多くの専門的研究機関からの基本情報に支えられていますが、とりわけ「国立環境研究所」はその最も重要な組織です。今日は半日をかけて筑波学園都市に出掛け視察を行いました。地球温暖化対策、地域適応政策、放射性廃棄物対策、生物生態系追求など研究対象は広範囲に及びますが、特にCO2など温室効果ガスを最高精度で採取する気象情報衛星「いぶき2号」の開発現場も訪問して、舞台裏の苦労話しなどにも具に接しました。合わせて、現場の皆さんには日頃の努力に対してねぎらいの挨拶もしました。
  「いぶき2号」について、私は、昨年12月の「COP24」(国連環境会議、ポーランド)や先週の「再生エネルギー国際会議」(アブダビ)において、日本の国際貢献の事例として何十回と紹介、説明して、各国の強い関心を受けたところです。
  国としての政策や主張の背後には、このように膨大かつ地道な研究情報の後押しがあることを忘れてはなりません。

 

2019年

1月

15日

成人式。新成人へのお願い。

  太宰府市の成人式に招かれて挨拶をしました。人生訓は余りにたくさんありますが、とりあえず三つを。
  ひとつは、人々に感謝すること。今日まで育ったのは多くの人々のお陰です。父母から始まり家族、学校の先生、友人・・・、お店の人、バスの運転手さん・・・。昔読んだ新聞記事で、成人するまでに8000人くらいにお世話になるという。根拠は全くわからないが、知っておいた方がいい。それらの全ての人へのご恩返しにしっかり頑張って頂きたい。
  二つ目。責任感の強い人になって欲しい。与えられた責務は最後まで果たす。その積み重ねでこそ、人に信頼される、期待される人になります。信頼とは決して求めて得られるものではありません。世の中からの期待こそ、成人としての義務です。...
  三つ目は、国際社会にいつも気を配って欲しい。日本は独りで生きているわけではない。多くの国と関わり合って生きています。われわれ日本人は、(気が付かないだけで、)余りに豊かで恵まれた民族です。地球上には食べるもの、住む家、明日への希望のない人々が何十億人といます。これらのことを時には思い出して、今自分に何ができるか考えてみましょう。

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2019年

1月

13日

『大臣として帰って参りました。』

  太宰府市 S自治会に立ち寄りました。今日は地区敬老の日、併せて高齢世帯への配膳サービスの日で、集会所は老いも若きもごった返していました。私が入っていくと大拍手が起こりました。
  私は奥に落ち着くと、皆さま、原田義昭が大臣として帰って参りました、と大きな声で挨拶しました。嵐のような拍手と歓声が起こりました。皆さま、ここが、この集会所が、私が生まれた場所です。平成5年にこの地にやって来ました。(私は、声を何度も詰まらせました。) その時はこの太宰府で誰一人として知り合いがいませんでした。自治会の皆さんがこの集会所に何度も集まって、私を助けて下さいました。この集会所を中心に何度も何度も選挙をやりました。

7回も当選させて頂きました。平成21年から3年半は落選していました。その時も最後まで支えてくれたのは皆さんでした。妻はいつも家で泣いていました、きつくて辛い時は、自治会に行くと皆んなが慰めてくれると。お陰で私も頑張っています。

  大臣になる時、安倍総理から、地球の環境を守ることで、人類を守れと言われました。東京で、全国で、そして今は世界中で頑張っています。去年はヨーロッパ、昨日は夜、国際会議のアラビアから帰って来ました。今日はまた上京します。どこに行こうとも、私の生まれ育ちは、S 自治会です。この集会所こそが私の出生地です。皆さま、これからも頑張ります。どうぞ、今年が良い年となりますように・・・

 

2019年

1月

12日

「ルーブル美術館」がアブダビに!!!(その3)

  パリの「ルーブル美術館」が移転した、と思ったら、アブダビに世界唯一「ルーブル美術館」の名を冠した美術館(分所)が出来ていました。アブダビは中近東で、経済的にも、政治的にも中核的役割を担っていますが、合わせて文化、芸術の中心となることを目指しています。先進国にも負けない最高の都市づくりも進んでおり、官民あらゆる場所で、その美術、芸術の気配りが行き渡っていますが、その上に「ルーブル」まで取り込むとは、単に豊かで、経済的に余裕があるというだけでは説明できない、この国の気迫を感じます。
  壮大なドーム建築の中に、この10年間の、古今東西の遺跡、史跡、美術、芸術が詰まっています。「ナポレオン」も「ミケランジェロ」も鎮座し、「モナリザ」も「ミロ」もやってくるという。恐らく2、3日以上は必要でしょう、帰国前の1時間では余りに心残りの見学でしたが、それでも心の洗われる瞬間でした。案内の女性に請われるままに、感謝の揮毫を書かせて頂きました。

 

2019年

1月

12日

世界最大級、アブダビ国営の「太陽光発電」視察(その2)

  世界最大級、アブダビ国営の「太陽光発電 」視察 (その2)

アブダビ国営の「太陽光(ソーラー)発電所」を視察しました。砂漠の中に忽然と広がる「スウェイハン・メガソーラー発電所」(工事中)で、出力は117万キロワット、最終的には世界最大になると言われています。アブダビは産油国の一角ですが、石油の将来的限界を察知し、早くから代替エネルギーの開発に着手、このソーラー発電所こそがその代表事例です。日本の「丸紅」社が出資、実質的に管理、指導しています。私は、一応、太陽光エネルギーの専門家を任じておりますので、現場での説明では多くの質疑も交わし、多くを学びました。中国の「ジンコー・ソーラー発電」社も共同出資者ですが、6、7年前には偶然、中国・上海の本社工場を視察したこともあります。
  尚、砂漠のど真ん中、砂嵐で発電機材(パネル)の表面を清める(スイープする)ための自動装置が常に作動していること、砂漠の希少「とかげ」が絶滅保護動物で管理が必要なこと、など日本では考えられない困難もあります。

 

2019年

1月

12日

エネルギー国際会議に出席。中近東、アブダビを往復

  エネルギー国際会議に出席。中近東、アブダビを往復

  1月8日日〜12日、アラブ首長国連邦・アブダビでのエネルギー国際会議 (IRENA=「国際再生エネルギー機関 」総会)に出席し、2日間の会議をこなしました。環境政策とは、地球温暖化対策のためCO2など温室効果ガスを強力に抑制することですが、それには省エネルギーを進め、再生エネルギーを増やす、エネルギー政策とほぼ裏腹の関係になります。
  IRENAへの参加国は150カ国に上り、日本が米国に次いで二番目の分担金拠出国で、当然わが国がその運営についても主導的立場にあります。私は総会で2回演説し、また5カ国の代表と個別会談を行いました。昨年のCOP24を評価しながら、再生エネルギーの推進の重要性、日本の取り組みを紹介して、どの国とも協力すること、合わせて今年の6月、日本で行われる「G20サミット」への呼びかけを致しました。
会議の合間に、太陽光発電所の視察をしました。

 

2019年

1月

12日

アブダビを再訪して(その4)

  この中東の国アブダビには、私は2度目の訪問で、もう40年も前、通産省エネルギー庁時代。石油ショックの頃で、国は挙げて産油諸国への石油詣でに右往左往していた。OPEC(産油国連合)、ヤマニ石油相、オタイバ石油相などの名前を聞かぬ日がないくらいでした。私は当時の政務次官の随行でアブダビに行った。貧しい、小さな砂漠国だったとの記憶でしたが、今回のアブダビには驚きました。ホテルと会議場を含む超高層ビルの都心、行き来する道路や交通網、景観、住宅など、余程しっかりした都市計画があったに違いない。40年の時間と、それ以上にそれを実行してきた民族の努力に称賛を送りたい。
  尚、「独立の父」と称される、初代大統領の「ザイード国王」(1971〜2004)が本当の意味で立派な指導者であったということをこの際学ぶことになりました。

 

2019年

1月

10日

『SDG‘s』とは、是非知って欲しい。

  SDG’s=Sustainable Development Goals (持続的な発展を目指すゴール)とは、発展途上国の全ての人々が豊かな生活を送るために、国連総会(2015年)で決議したもの。貧困、健康、食料、女性、環境、教育、平和など17の大目標とそれを169の具体的施策にまとめ、2030年までに全てを実現する、とする壮大な国際運動です。環境の維持も重要分野であるために、SDG’sは環境運動の基本であるとも認識されています。
  写真はSDGsのピン・バッチで、この17色は運動のシンボル・象徴として国際的に普及しつつあります。

 

2019年

1月

10日

大阪青年会議所とSDGs環境活動

  大阪青年会議所( 大阪JC )に招かれて、環境政策について講演し、かつ新年の懇親を深めました。大阪JC、さらには(上部団体の)日本JCは今年、「いわゆるSDGs」(国連の決めた持続可能な発展目標) を中心に運動を進めるということで、これはまさに環境政策の目指す国の行動方針と 軌を一にするもの、私が環境大臣としてその意義を更に詳しく説明する絶好の機会となりました。
  大阪JCは1000人以上の現役会員を数えOB会組織も加えると、そのパワー、影響力は大変なもので、 彼らがこの環境運動に参画されれば、我々行政にとってもどれほどの応援になるか、有り難い限りです。この際多くの会員、OB会員と挨拶して交流を深めました。

 私には大阪の皆さんとの本格交流は初めてですが、2025年「大阪万国博」の決定を受けて地元はいやが上にも盛り上がっていることも実感しました。
  実は私も川崎JCのOBで、青年会議所運動にはかなり精通しています。私は40...歳までの5、6年、川崎JCで活発に活動し、その後に神奈川県から衆議院選挙に出た経緯があります。その時の友人こそ、今でも私の有力な人脈のひとつです。

  懇親パーティのあと別室にて、大阪商工会議所 副会頭の「鳥居 サントリー社副会長」 及び 大阪JC 「小島理事長」との環境問題に関する三者鼎談に臨みました。雑誌社の企画で、熱っぽい議論が続きました。

2019年

1月

09日

新年、職員訓示

  世の中も、いよいよ本格的に稼働始めました。環境省では、1月8日、新年の始業を機して大臣訓示を致しました。

  「今年1年は6月の『G20サミット』を中心に多くの課題が山積しており、力を合わせて国民の付託と期待に応えよう」、「環境省は多くの仕事を成し遂げているが、そのことをもっと積極的に広報して、国民への理解を進めよう」等々を説示しました。私自身への戒めと思いながら、多くの職員に接しました。
( 環境省本省と内閣府原子力防災部門、2カ所で訓示 )

 

2019年

1月

08日

昭和天皇崩御、平成が始まって30年

  1月7日、昭和天皇を偲ぶ「昭和天皇三十年式年祭」が行われた。本儀は天皇陛下司祭の下、安倍総理ら三権の長は「武蔵野御陵」(八王子市)に参列された。皇居においても同趣旨の副儀が皇太子司祭で行われ、麻生副総理に次いで私ら閣僚も参列した。10年毎という重い儀式で、かくも稀な瞬間に立ち会えた身の幸せを感じました。
思えば昭和天皇の崩御はあの1月7日、平成元年がその翌日から始まった。その日のことははっきり覚えています。儀式中、丸30年の思いが胸を去来しました。

 

2019年

1月

07日

東京の経済界、新年会での挨拶

  新年早々は東京でも新年会が目白押し。「日本鉄鋼連盟」でも挨拶しました。鉄鋼業は石炭を原燃料として使う最大の業界だけに、地球温暖化対策には石炭の活用を抑え、またそれに代わるべき技術開発の必要性を訴えました。COP24での活動状況を混ぜながら、気候変動対策については、何処に行こうと訴え続けるのが環境大臣の仕事です。

 

2019年

1月

07日

おそるべし、囲碁、天才少女現る

  正月早々のビッグニュースは囲碁界に9歳の天才少女が現れて、10歳でプロになるという。私は囲碁が一番大好きで、一応「アマ3段」を自認していますが、いい歳の自分が向かっても けちょん とやられるでしょう。この天才の脳の中は一体どうなっているのか、本当に思うだにワクワクします。
  『後生畏る(こうせい おそる)べし』=若い人間の才能とは怖ろしいほどである、という諺を地で行くように、このところの若者の活動の凄さは、「大人になって一人前」という旧来の常識をはるかに超える。将棋、卓球、ゴルフ、フィギュアスケート、水泳、またAIとかサイバー、SNSの世界では、大学生の起業家も増えているという。ここに遂に囲碁の9歳にまで広がった。活動舞台が国際化し、またAI(人工知能)などの技術発展が全く異なる成長環境を作り出したか。またその両親達が例外なく教育熱心であって、然らば結局は教育の効果であるとも言えます。
  もはや時代がそうなっており、元号が変わる次の時代では一層それが加速される。 素直に喜ぶべきものであって、旧世代の人間は少しでも時代に取り残されないように普段の認知力や努力が必要ということです。

 

2019年

1月

06日

今年も頑張ろう。新年、本部事務所開き

  私の福岡本部事務所の年頭の互礼会(事務所開き)を致しました。後援会役員、県市議会議員の皆様など100人超、毎年の地元活動はこの日から始まります。私は大臣入閣を果たしたことへのお礼と昨日の伊勢神宮参拝、今年への抱負、政局への認識などを挨拶、とりわけ今年は地方選挙、参議院選挙、さらには元号変わりという異色の幕開けになったことを強調しました。時節柄、酒食を慎むという流れが定着してきて、半面、皆様には物足らない印象を与えたかも知れません。

 

2019年

1月

04日

伊勢神宮、新年参拝

  1月4日は恒例、安倍総理の伊勢神宮参拝に閣僚として同行しました。伊勢神宮には日本の皇室の祖先たる「天照大御神」が祀られています、実に2000年もの間、日本人は神に祈り、またその神に護られてきました。
  総理を先頭にして外宮(げぐう)、内宮(ないぐう)とそれぞれの神殿で参拝します、広大に敷き詰められた玉砂利の上をひたすら歩行することで心が洗われる思いです。今年1年の国の発展と国民の安寧をこそ内閣挙げて祈ったことになります。
  天気は雲ひとつない青空に恵まれ、寒くもなく、かつ安倍総理を迎えんと群れなす数万 (十数万?) の人々の歓声に接することで、本心、今年1年への明るい希望と強い自信とが湧いてきました。

...

  内宮(皇大御神=天照大御神を祀る)、外宮(豊受大御神=衣食住の守り神)。それぞれ20年ごとに遷宮を行う、最近では平成25年に挙行。

2019年

1月

01日

新年祝賀の儀

  元旦、皇居での新年祝賀の儀に今年も出席致しました。皇居参内は、最も深く今日ある身の幸せを覚え、如何なるご恩にも背いてはならないと堅く決意する瞬間であります。とりわけ天皇陛下の「・・・国民の平安を強く望みます。」とのおことばは今年が最後ということでさすがに寂しさは禁じ得ません。小さくなられたお後ろ姿をお送りする時は、本当に長い間のお尽くしへの心からの感謝で胸が熱くなりました。

 

2019年

1月

01日

新年ご挨拶(その2)

  今年も頑張ります。
(環境新聞 元日号)

 

2019年

1月

01日

1月元旦、新年のご挨拶と決意。

  明けましておめでとうございます。新しい年が始まりました。5月1日には新しい御代(みよ)=元号にも入ります。皆様と挙げて新しい門出を祝いましょう。
昨年中は皆様に大変お世話になりました。私も今年はさらに自らを律して頑張ります。今朝の会合( 「実践倫理宏正会」 、元朝式)でも挨拶に立ち、環境大臣としての決意を述べ、『明日死ぬために今日を務め、永遠に生きるために今日を学べ』という「インド独立の父 マハトマ・ガンジー」の言葉を引き、自らへの戒めとしました。

...

  (機中より父なる富士山 1月1日 朝8時 撮影)

2018年

12月

31日

良いお年を(大晦日にあたって)

  今年も一年、皆様には本当にお世話になりました。お陰様で私も目指した入閣を果たし、漲るような思いで新年を迎えようとしています。公務は環境行政を中心に様々の課題が山積しており、自ら年来の思索を実現していくつもりです。政務の方も年明け早々、統一地方選挙が始まり続いて参議院選挙と、政治家としての力量が試されます。
  私たち国民は、5月1日には新天皇の即位、新時代の始まりという稀有な時代に生きており、そのことを誇りと使命感をもって、特別な一年としなければなりません。皆様、良いお年をお迎え下さい。 ( 西日本新聞 12月30日)

 

2018年

12月

27日

原子力発電所の視察

  愛媛県の「伊方(いかた)原子力発電所」の防災体制を視察しました。原発は国のエネルギー政策上非常に重要な位置付けですが、同時にその安全性の確保には何より厳しい基準が求められます。万が一の事故、不具合に対しても、国には万全の防災対策、避難計画などを整備すべきことが義務付けられています。
  伊方地区は愛媛県から九州大分県に細長く伸びた「佐田岬半島」を抱え、原発地点としては特異な場所といわれますが、今回私たちは、原子力発電所、オフサイトセンター(遠隔事務所)、三崎港、福祉施設(放射線防護施設)など関連施設を具さに視察し、合わせて行き帰りバス内から陸路、海路等の避難経路の実情をも把握しました。全景を上空から捕捉するために、最先端技術のドローン機の実演にも立ち会いました。四国電力 佐伯社長、伊方町 高門町長、締めくくりに愛媛県 中村県知事とも会見を行い、お互いの業務、使命を確認しあい、かつ今後の連絡、協力をさらに強化することを約しました。
  原子力安全の確保には、決して「終わりも、完璧もない」ことを改めて再確認した現地視察でした。

 

2018年

12月

25日

石炭産業;栄光と哀切と

  石炭産業は今受難にある。地球の気候変動、温暖化の議論では石炭がCO2 排出量も排出率も圧倒的に高く、その削減、禁止こそが最も重要な環境対策と言われている。どの国でも、またわが国でも然りである。環境省としても、削減方向で真剣な検討が進んでおり、私の責任もまた大きい。今回の国連環境会議(COP24)でも、実はそれが一番のテーマだったといえる。
  COPの会議場一角に主宰国ポーランドの展示室があり、そこに小振りの石炭コーナーがあった。黒々と光り、掘ったばかりのような石炭の塊がいくつも並び、またそれぞれ光や小技を入れて陳列される、さながら石炭の芸術コーナー。
  ところが世界中から来ている多くの環境保護団体が、石炭を讃えるなぞ非常識に過ぎる、と抗議デモをした。対してポーランドの大統領が答えたという、「ポーランドは石炭の国です。このカトビッツ(会議地)も昔ながら石炭と暮らしてきました。国の電力は今8割近く石炭火力で賄われています。石炭の環境汚染は理解してい...ます。この地で国連会議を行うことで、私たちは石炭の歴史に感謝しながら、次の時代(環境対策)に取り組んでいく固い決意を致しました・・・」。

  人類社会の大変革においては、常にこの瞬間が訪れるものです。

 

2018年

12月

24日

「義昭二世!」の結婚式

  結婚式に行って来ました。新郎の名前は「S 義昭君」という。34歳。
 父親Sさんとは深い仲で、実に50年近くに遡る。私は大学出てしばらく東京で定職を探していた。日銭稼ぎに建設労務に就いて謂わゆる「飯場」で寝泊まりしていた。そこに九州の田舎から出ていた中学卒のS君がいた。荒くればかりの飯場では、私はつい彼の庇護者まがいの関係となり、爾来長い付き合いが始まった。定時制高校に通わせる手伝いをしたり、そのうち自分で夜間大学にも行った。いつしか中学校の教師にもなって、バリバリの熱血先生にもなった。
  遂には神奈川県の女性との結婚式にも呼んでくれた。しっかりした家庭だったので安心した。程なくして長男が生まれた。先生、名前を付けてくれ、と頼みに来たのでモタモタしていたら、先生、もう付けました、そっくり貰いましたという。それが「義昭」になったということらしい。爾来、この義昭君を、私が何するでなし、ただ遠くからいつも見ていたような...。でもやはり嬉しいものです、今や立派な会社に勤め、多くの上司、友人たちに囲まれ、何より素敵な伴侶に恵まれて。
  パーティでは、「よしあき、よしあき」と仲間たちが呼び捨て合う喧騒の中で、S君との過ぎし半世紀を独り思い出していたものです。

2018年

12月

23日

天皇陛下、誕生日

  12月23日、天皇誕生日。私ども夫妻も皇居祝辞に招待を受けました。天皇として平成最後の誕生日で、かつ85歳になられたのですが、食事宴で拝見する陛下はあくまでもお顔色も良くお元気そうで、本当に長い間、国と国民のために尽くして頂いた万感の思いで一杯でした。最後は山東昭子先生(参議院議員)の発声による「天皇陛下、万歳!」では全館轟くような感謝の声がこだましました。
  昨日の陛下の記者会見録はご心情がそのまま表れて、本当に胸打つものであったと思います。

 

2018年

12月

22日

皇居に夜間照明、一大観光地に

  「皇居外苑」に本格的な夜間照明を設置、今までほぼ真っ暗だった夜の外苑が、今後夜景としても楽しめるようになりました。まだ麻生内閣の頃、麻生氏が、折角の皇居なのに夜は真っ暗で勿体ない、明るくならないだろうか、と問題提起されたという。検討に着手して実に10余年、ようやくここに実現したものです。東京の地元にとっても長い間の悲願でした。専門的な照明技術が駆使されているということです。
  12月21日は、その記念すべき点灯式。皇居外苑は「国民公園」として環境省が管理しており、環境大臣の私が主催者挨拶をしました。「遂に来日外国人(インバウンド)は3000万人を超え、オリンピックの2020年には4000万人を超えます。その人々にもきっと素晴らしい夜景を見てもらえるでしょう」。 その麻生氏(財務大臣)も来賓挨拶で、昔の経緯を含め、関係者の皆様のご苦労を労われました。

...

  多くの皆様が皇居外苑に夜半にも来られることをお勧め致します。

2018年

12月

22日

獣医師会役員が年末挨拶に

  日本獣医師会(会長 蔵内勇夫氏 )の役員の皆様が暮れの挨拶に来られた。日本獣医師会は先日「創立70周年」の祝いを迎えられたばかり。環境省も大いに関わりが深い、動物の愛護から環境影響まで、全国各地に「動物愛護センター」の建設も進んでいる。政策的課題はいくつも残っている。ともに協力して頑張ろうということになりました。( 蔵内氏は自民党福岡県連会長も務めています。)

 

2018年

12月

21日

環境大臣、日常は・・・

  1 高橋はるみ北海道知事らの陳情。北海道東部は自然遺産の宝庫です。

  2災害対策特別活動の委嘱状を手渡す。
  3今年の豪雨災害等で特別に活躍された方への大臣表彰状の授与。

 

2018年

12月

18日

日本の精神『武道場』

  ポーランドに驚くべき施設がある。日本の武道精神を取り入れ体現した、その名も『武道場』という。ポーランド人の「クチンスキー」なる人物が興し運営している総合武道施設で、空手道場を中心に柔道、剣道の道場を併設する壮大な施設で、同時に数百人が稽古に打ち込める。のみならず大規模かつ清潔な合宿所、トレーニング、食堂、休息所まで備え、その敷地たるや広大かつ緑の大自然に広がっている。ここポーランドの人里離れたスタラビエス地区は息飲む日本の心と精神で満ちている、さながら一大別天地である。
  クチンスキー氏は、空手8段位、工学系の博士号を有し、実業家でもある。施設設立して10年、私とはその前からの知り合いで、まずは日本で(私は柔道)武道家として交流していた。この施設建設についても応援はしていたし、その仕上がり後には、その訪問につき強い招待を受けていた。遂に今日その思いが実現したという次第。実に私はこの施設の「名誉館長」と呼ばれている。
  昨日のカトビツから、...大雪の降りしきる中、車をぶっ飛ばして2時間、たどり着いた道場ではクチンスキー氏ほか門人たちが揃って出迎えてくれた。抱き合っての旧交に浸る間もなく、広い施設の案内を受けた。帰国の飛行機までの1時間という、超 限られた時間であったが、建物ひとつひとつに武道と日本の精神性に対する深い憧憬と帰依を感じて、改めて彼の人間性を確認することとなった。
  なお、何度か日本に挨拶にきた愛息は2年前不慮の事故で亡くなっていた。「おい、ブラット、やっと、来たよ。お前は何故ここに居ないんだ。」と写真に向かって呼びかけた。享年33歳。

2018年

12月

17日

COP24閉幕。先進国、途上国の一体化

  12月15日、COP24 (国連気候変動総会)が閉幕しました。終盤には大揉めして、予定に1日半おくれての決着でした。今回の会議の主眼は、「パリ協定」を有効に実行するための「実施指針」を決定することですが、先進国グループと途上国グループとが利害や格差を乗り越えて、今後の環境規制には共通の思想と責任感を持って取り組むことが合意されました。いわゆる「2分論」が解消されたのは極めて珍しいことで、この総会は大きな成果を残したと言えます。環境政策は今世界中で、いわゆるSDG’s(「持続可能な成長戦略」)を目指していますが、そのための資金負担も先進国と途上国で協力することが必要です。また近時、Circulating Economy(「循環する経済」)という概念、即ち環境政策と経済成長は循環し助け合う=環境対策を強化すれば企業も信任が高まり、イノベーションが進み、競争力も高まる、という考えも広まってきました。
この総会では、全ての国がこれからの...環境政策について、大きなものを学びあったと思います。

総会を指揮したクリチカ議長(ポーランド環境副大臣)の力量には心からの敬意を払います。
深夜になった大会会場には深々と雪が降っていました。

(写真は総会風景、閉会後など)

2018年

12月

15日

CO2排出量、4年連続削減(日本発 その2)

  11月末、環境省は昨年の温室効果ガスの排出量は4年連続( 2014〜17)(8・2%)削減されたことを速報値で発表しました。その旨を私は、このCOP総会において公表しました。当然に各国はそれぞれの立場で排出規制は行なっており、その数字はいずれ何らかの統計では出てくるものですが、私は敢えて日本の実績をここで公表することで、各国に刺激を与えることになると思ったのです。わが国とて、大いなる目標(2030年までに26%削減)からみると、はるかに十分ではありませんが、それでも4年連続して削減していることを公表したことは、この国際会議でも着実な実績と思われていると思います。

 

2018年

12月

15日

宇宙衛星『いぶき2号』(日本発 その1)

  COP24総会も最終盤にきています。交渉団もほぼ連日、徹夜に近い状態です。胸突き八丁という雰囲気です。団の努力で曙光は見えてきました。
この総会に向けて日本は、以下2件について特に強調しました。

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  この10月に日本は環境気象宇宙衛星『いぶき2号』を打ち上げ成功しました。これは先行機「いぶき1号」に続き、その精度や機能の面で世界で抜きん出ており、そこで得たCO2や諸ガスの捕捉、分析は現在の気候変動の議論では圧倒的に進んでいます。科学的情報の分析、解析が十分でないために排出規制が守れないという理屈や口実を、どの国にも与えない凄さを持っています。今回私は総会演説を含む全ての場所で「この衛星の情報成果をどこの国にも自由に提供するので、申し出て欲しい」と訴えました。
  ジャパン・ハウスではその模型を公開して、解説ビジョンを流し続けました。その上に、小さなミニチュア模型を作ってお土産とし、総会のクリチコ議長(ポーランド)を含め大事そうな国と役員には会談の後全て手渡したところ、皆んな大変喜んで頂きました。(お土産は20数個持ってきたのですが最後は足りなくなったのが残念でした。)

2018年

12月

14日

総会にて演説

  COP24(「国連気象変動会議」)は連日活発な活動が行われており、私も日本の閣僚として極めて忙しい時間を過ごしています。様々の閣僚会議、多くの国との個別会談、報道、メディアとの対応、友好関係の個人、グループとの交流など、また何より会議の成り行きについて、最前線の環境省、外務省、経産省の交渉団との内部打ち合わせ・・・お陰様で毎日元気にこなしています。
  12月13日、私は総会において、日本代表としての閣僚演説をしました。英語での演説でしたが、準備も十分しており、一応の出来映えと思いました。わずか5、6分間の出来事でしたが、壇上からの演説では不思議と政治家になったことの万感を振り返っていたような気がしました。

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  今回のCOPは2015年成立、16年施行されたいわゆる『パリ協定』を如何に具体化し、効果あるものにするか、その「実施指針」を決めるものです。すでに各国は国内の環境政策を独自に進めていますが、更に高い共通の目標を国際的に目指そうというものです。今、気候変動、地球温暖化が深刻に叫ばれ、異常気象による自然災害が世界中で頻発する中で、二酸化炭素など温室効果ガスの削減が不可欠であることについては、最早異論はありません。このCOP24の役割の大きさは、現地に来てみると想像以上でした。参加国延200以上、参加者は3万3000人以上ということで、特設施設を含む巨大な本部会場には、朝から夜中まであらゆる国の人々でごった返しています。
  会議の決議案を巡って各国の激しい交渉は、会期末(12月15日)の土壇場まで続きます。その中で、私は日本の主張を貫き、かつ地球温暖化を防ぐためにあらゆる努力と指導力を発揮するつもりです。

2018年

12月

11日

ポーランドの国連気候変動会議(COP24)に向けて、飛行中

  今私はポーランド・カトビツでの国際会議(COP24=国連気候変動会議)に向けて機中にあります。あと1時間でドイツのフランクフルト空港、その後乗り継いでポーランド・クラコフ空港に着きます。カトビツまで国際線羽田を出てから全部で20時間近くかかることになります。外国に出るといつも地球の大きさを実感します。
全日空の機中は心地よく、食事も美味しく、ゆっくり眠れました。映画も2本観ました。「天才作家の妻、40年目の真実」(スエーデン)、邦画「22年目の告白、私が殺人犯です」。いずれも鋭い作品で、強い感銘を受けました。

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  現地に着けば超忙しい1週間となります。

2018年

12月

10日

太宰府は大学の街、未来の都市図

  太宰府は大学の街、6、7の大学が学園祭を合同でやっています。楠田市長もその中に入って大学と一緒になって、この町を今後どう盛り上げていくか、太宰府独特の歴史と文化と自然を内外に発信することを模索しています。市民にはこの豊かな歴史遺産に気づいていない人もたくさんいます。
  私も挨拶に立ち、「近時多くの分野で非常に若い世代が活躍している。将棋の藤井君、卓球の張本君、フィギュアでも水泳でも皆15、6才が最先端で活躍している。従来の若さの概念が変わってきた。実業界にも大学生で起業し、成功する者も珍しくない。大学生でも自分の専門性を磨き、あるときはどんどん外に飛び出したらどうか。太宰府にはその土壌があると思う・・・」と檄を飛ばしました。ついでに環境政策の大事さを述べることは忘れないようにしています。

 

2018年

12月

09日

至福の瞬間(とき)、愛犬と

  愛息ともいうべき愛犬「福ちゃん」と暫しの交流です。私は地元に戻ると、まず福ちゃんに会えるのが一番の楽しみです。福ちゃんも同じく待ち望んでいるようで、話しはなくても会えばすぐ気持ちは通じます。私はなんと「動物愛護法」の主幹大臣ですから、大方の動物は大好きで、人間と動物はきっと仲良くやっていけると信じています。

 

2018年

12月

06日

官邸での関係閣僚会議

  総理官邸では多くの会議が行われ、閣僚としては思ったより忙しいのが現状です。「閣議」こそ最も大事な仕事ですが、そのほかさまざまな国政事項について「閣僚会議」が行われます。官邸の2階、場所は閣議室の隣の部屋くらいでしょうか。安倍総理か菅官房長官かが主宰されます。いつも緊張して臨みます。

 

2018年

12月

06日

就学旅行、国会見学

  地元の中学校2年生、修学旅行で国会見学に。元気な中学生に国会のことを勉強してもらうのは嬉しいことです。まず私が簡単に国会の仕組み、議員や大臣の毎日の行動を伝えて、「皆もしっかり勉強して、立派な国際人になって下さい。」と結びました。最後は、地べたに座って記念写真。

 

2018年

12月

05日

ノーベル平和賞のICAN代表

  昨年ノーベル平和賞を受けた 「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」の代表 「サーロー節子さん」(86)が挨拶に来られた。多少の路線の違いはありますが、お互い世界平和のために力を合わせて頑張ろうと一致しました。サーローさんは広島で被爆し、今はカナダ在住、高齢を押して平和活動を続けておられます。引率者は旧友で、ICAN 日本代表の川崎哲さん。朝日新聞。

 

2018年

12月

05日

環境大臣、表彰式

  この一年、環境対策に顕著な功績のあった企業や個人への表彰式があり、その一人一人に表彰状を手渡しました。都合50人近くに手渡すには多少疲れましたが、皆様の真剣な表情には胸打たれるものがあります。

 

2018年

12月

05日

国会答弁

  衆議院「環境委員会」での答弁、3時間。準備できた答弁は概ね消化していますが、各党には全く新しい視点の意見や質疑もあり、学ぶところ非常に大です。今日は、野党女性議員とプラスティック「レジ袋」の質疑があり、委員会終了後、議員のマイバッグを記念にプレゼントされました。

 

2018年

12月

04日

「ふろしき」こそ、プラスティック汚染対策

  今、廃プラスティック対策が急がれています。海洋汚染が進み、海の生態系を深刻に害しているため、各国がその抑制策を検討しています。コンビニのレジ袋なども不必要なものはやめるべきであるなどの議論が出ています。その代わりマイバッグなどを持てばいい。
  さらに日本の伝統的「ふろしき」をエコバッグとして使えないか。ふろしきには様々の利点がある。一枚の布がどんな形にもなる、極めて軽く持ち易い、伝統的なファッションにもなる・・・
  かくして京都中心に全国で活動中の「ふろしき研究会」(森田知都子代表)の皆さんを大臣室に招いて、親しく実演などをして頂いた。余りの実用性と多様な文化性に驚くとともに、「まず隗より始めよ」(まず自分が行動せよ)の通り、私も早速その実践者として行動することを約束しました。

 

2018年

12月

02日

日本獣医師会 70周年記念式典

  日本獣医師会の創立70周年記念式典に出席し、環境大臣の祝辞と表彰状授与を致しました。獣医師会と環境省は動物愛護の観点から密接に関係しています。この全国組織の会長は「蔵内勇夫氏」、来賓には日本医師会会長 「横倉義武氏」が壇上におられたので、私はつい「このお二人は同じ福岡県出身で、地元で大変にお世話になっております」とアドリブを入れたところ、大きな会場が一瞬 どよめいたものです。

 

2018年

12月

01日

参議院「環境委員会」で答弁

  参議院「環境委員会」で答弁。国会の担当委員会での質疑と答弁は、大臣として最も大切な仕事のひとつです。国会での答弁は、そのまま「主権者」、「国民」への答弁とみなされます。普通は事務方(官僚)と分担しながら対応しますが、最終責任はもちろん大臣が負います。言葉使いひとつひとつに気をつけなければなりません。

 

2018年

11月

30日

公明党 陳情団続く

  大臣となるとほとんど毎日、多くの陳情団が来られます。忙しくはありますが、むしろその機会に国民が何を目指しているか、私は改めて多く学習することが出来ます。
友党 公明党は様々、非常にきめ細かい活動をしています。自民党は、公明党と連立(与党)を組んで20年となります。

...

写真
 「プラスティック問題対策議連」(江田康幸代議士ら)

2018年

11月

30日

「壇 蜜(だん みつ)」さん、省エネ住宅の宣伝塔

  女優の壇蜜さんはこの一年、環境大臣任命の『省エネルギー住宅推進大使』として、再生エネルギーを多用した省エネルギー住宅建設の普及を担当してきました。情報を発信、宣伝するなど、非常に重要な環境活動で、今回は『大臣と大使との環境対話』と銘打った目玉イベントに多くのプレス(記者)が駆けつけてくれました。私は、壇蜜さんを売れっ子女優と名前は知っていましたが、美人で頭も良さそうで、受け応えもしっかりしていました。最近の中央官庁の広報も中々の洒落たソフト路線を追求するものです。

 

2018年

11月

30日

「医療の未来」勉強会

  大臣に就任して初めて『日本の医療と医薬品の未来を考える会』の例会に出席しました。立ち上げて3年余、毎月1〜2回の活動を続けており、「高度医療」や「ストレス テスト」など多くの医療課題を掘り下げました。また今日は「日中医療協力」がテーマで、3分の1くらいは中国人の医療関係者です。講演録は翌月の月刊 医療専門誌『集中』(尾尻佳津典 編集)に掲載されています。
講演後、私を祝って記念の集合写真を撮って下さいました。

 

2018年

11月

29日

高校生から金融教育を推進する

  日本は国民の中に国際金融の認識が薄いと言われ、それが日本の将来を不安にさせている。現実に東京も、シンガポールや香港、ドバイなどから国際金融センターの地位を奪われつつある。「高校生金融教育活動」は金融、国際金融、国際政治の基礎を高校生の時代から教えようとするもので、これらの問題に専門化した競争試験などを全国で実施しており、これを全国銀行協会や各地の銀行、信金などの金融機関が応援しています。

  私も早くからこの活動に関与しており、今日はその役員さんたちが大臣室に挨拶に来られました。テレビで有名な「野中ともよ」さんも重要役員です。

 

2018年

11月

28日

環境関係団体との意見交換

  「国連環境会議(COP24)」を来月に控え、今日は環境関係団体から意見聴取しました。気候変動、パリ協定の実施指針、脱炭素社会、石炭火力発電所、海洋プラスティック汚染問題、など政策課題は山積しており、広く国民各層から率直な意見や要望を窺い、それらを実際の政策に役立てます。COP会議には私が国の代表として出席します。(於いて環境省会議室)

 

2018年

11月

26日

大相撲九州場所、打ち上げ

  大相撲九州場所 千秋楽。「田子ノ浦部屋」の打ち上げが行われました。大関高安は惜しくも準優勝、横綱稀勢の里は途中休場と、いささか不本意な場所ではあったが、しかし来年こそは頑張ろうと大いに盛り上がりました。私は神仏の話を引き、苦しいとき、辛いとき、目に見えないものに祈ることの大切さを訴えました。
  また「大阪万博」が決まったこと、『夢輝く未来社会!!』というスローガンで日本人がさらに前進することを伝えました。