2019年

5月

09日

宮中行事「期日奉告の儀」への参列

      皇居三殿、賢所(かしこどころ)における「期日奉告の儀」に参列しました。天皇即位を内外に広く知らせる即位礼の儀式を秋に行うことを神々に報告するという重い儀式で、天皇としては初めて衣冠束帯での祭祀、皇后さまも十二単衣で拝礼された。ついで皇族、閣僚も三殿の庭から拝礼しました。

 

2019年

5月

07日

コミュニケ発表、大臣会議終わる

      G7環境大臣会議が終わり、決議文を発表し、閉会しました。私は日本の立場をしっかり主張するとともに、来月のG20閣僚会議への各国協力をお願いしました。閉会記者会見では、議長(フランス環境大臣)からは、特段名指しで日本の努力を評価して頂きました。

 

2019年

5月

07日

環境大臣会議

  フランスの東部メッツ(Metz)市にて「先進7ヶ国(G7)環境大臣会議」が行われた。会議テーマは気候変動、海洋プラチック汚染問題、生物多様性問題など多岐に及び、いずれも急を要する問題で、6月、長野県軽井沢町で行われる「G20環境大臣会議」への前哨戦ともいうべき場となった。米国、フランス、EUなど主要国との二国間会談もこなすなど、概ねしっかりと対応できたものと考えています。
  演説の冒頭には、日本は令和の改元とともに、更に新たな気持ちで国際的な平和と繁栄のために努力する旨の挨拶を致しました。

 

2019年

5月

05日

驚異の水素型鉄道列車とは

    今回の訪欧には、日本からトヨタ自動車、川崎重工など6社10人の水素専門家が同行しています。増山環境省顧問の指導、九州大学の佐々木一成教授(副学長)が団長役として付いています。わが国の最高頭脳グループと自負していますが、世界的に進んでいるパリ市内の2社を訪問して最新の情報を収集、交換しました。

    Alstom(「アルストム」)社。(フィリップ ・デレー上席副社長。)...
鉄道列車製造の専門会社で創業90年。フランス及び欧州各国の鉄道網に列車を供給するほか、環境エネルギーの観点から水素電池型列車を開発供給。その技術、社会的レベルは他を圧する。ドイツに水素鉄道を協力しているが、環境エネルギーにおける仏独の国家間協力の象徴となっている。

    Air Liquide(「エアリクイード」)社。(ブノワ・ポティエ会長。)
創業120年、日本との関わり80年を超える。水素ガスなど産業医療ガスの製造販売。初の水素燃料電池車開発、水素ステーションの普及。世界水素協議会共同議長。

2019年

5月

03日

天皇陛下と水問題

    天皇陛下が水問題の専門家であられるということは、比較的知られていることです。「世界水フォーラム」の名誉総裁も務めておられますが、これが単なる名前だけの尊称ではないということも知られています。ご自身「ライフワーク」とも位置付けて、日本の灌漑や治水、世界の水問題、アフリカ・ナイル川問題などを含めて常に歴史的、自然的観点から本格的に掘り下げられている。国際大会で基調演説されることも。近年の巨大津波や豪雨災害に対し防災、減災の必要性を説き、「地球上では6億の人々が安全な水を利用出来てない」と、「水」が貧困や教育、衛生、環境にも直結することを警告される。
     一昨年8月のこと、私は国連本部で行われた水問題総会に自民党の二階幹事長らと出席しました。丁度そのひと月前、地元朝倉市が空前の豪雨災害に遭った直後です。 日本代表としては、皇太子(当時)が、30分ほどビデオメッセージの形で演説をされた。これがまた 素晴らしかった。その内容は内外多岐に亘り、丁寧で分かりやすく、それでいて学問的にも整っていた。更に、(実はこれも自慢なのですが、)発言の英語が、発音も表現力も素晴らしかった。終えた後、周りの各国代表から、「素晴らしかった」、「立派な天皇になるだろう」との褒めことばを頂き、本当に嬉しい気持ちで一杯となったものです。
(以上、一度は書きたかったこと、機内にて)

 

2019年

5月

03日

フランス・パリへの出張

    平成・令和の「御代替わり」の諸行事を終えて、私は今パリに向けての飛行機上におります。案件は2件、先進7カ国(いわゆるG7)の環境大臣会議への出席、さらには日本の国家的懸案である「水素社会」建設のため、仏独の先進企業を訪問して実態を調査研究することとしています。
     日を追って詳報しますので、是非ご期待下さい。

 

2019年

5月

01日

「令和」始まる。国の発展を。

    5月1日、いよいよ「令和」が始まりました。今朝はまず臨時閣議、即位の礼の万端が決められました。ついで着替え( 燕尾服 )した後、皇居に向かいました。天気は見事に晴れ上がり、皇居外苑では多くの人々がこの祝事を待ち受けていました。昨日の雨はいわば涙雨、先帝との別れの雨であり、今日の晴天はいわば新天皇謹賀の舞台づくり、実に天空こそ私たち日本人の心を何よりも表現していました。
     「松の間」での、二つの式典「剣璽等承継の儀」、「即位後朝見の儀」を閣僚としてこなしました。新天皇の即位、おことば等を直々に拝謁して、令和の世の健勝ならんこと、国の発展を心から祈りました。

 

2019年

4月

30日

平成、終わる。平成に感謝。

     4月30日、 平成が終わりました。平成の30年間は国にとって戦後昭和を継いだ安定の発展期、成長と変革の年月でした。大きな自然災害も経験しました。
私にとっては激動の時代で、政治家としてはまた闘争と苦難の連続でした。平成2年に衆議院議員となり、爾来多くの成果に恵まれました。今や閣僚として内外存分に活動できる幸運は、全ての支援者、家族も含めて全ての関係者あってのお陰であります。
     明日からは「令和」となります。「平成」は「内 平にして、外 成る」からと言われましたが、わが国は「さらに内を豊かにして、外(世界)の平和と豊かさを実現する」ためのより重い使命(ミッション)を持っています。私は新しい令和時代を皆さまとともに頑張っていきたいと考えています。

...

     本日、宮中での「退位礼正殿の儀」に出席して、陛下より直々のおことばを頂き、改めて将来への決意を固くしました。両陛下のご退出には、さすがに感極まりました。

2019年

4月

29日

太宰府での記念茶会

    明日に天皇ご退位を控えて、太宰府天満宮にて「平成感謝 記念茶会」が行われました。雨天の中大変な参拝客で、また茶会は着物姿のご婦人達で溢れていました。
     茶会といっても私に基本作法があるわけでなく、しかし機会は多いためにいつも度胸は座っています。今日も正客(しょうきゃく)を務めました。女子高校生を含む皆さんと記念撮影で、来たる令和時代を元気に迎えることになりました。席亭は井上宗宥家元(表千家不白流)。

 

2019年

4月

29日

「那須塩原市長 渡辺氏」、当選挨拶

    栃木県 「那須塩原市」市長の「渡辺美知太郎氏」が1週間前の選挙の当選報告に来られた。前職は参議院議員。彼は元副総理、大蔵大臣、通産大臣を務められた故「渡辺美智雄先生」の孫に当たる。私は渡辺美智雄先生の秘書官を長く勤めた。言うまでもない、先生は私の最初の政治の師である。
    その縁で、私と美知太郎氏はなにかと話が合う。那須塩原市には那須御用邸もあり、皇室の出入りも多い。平成から令和の御代替わりにあたり、大いに注目される都市でもある。市長には36歳という若さを発揮して今後の活躍を期待したい。

 

2019年

4月

29日

「『令和』は青年たちの時代」

   朝倉青年会議所(JC)の「50周年記念式典」に出席し祝辞を述べました。50年、半世紀にわたって組織をつないでいくことは容易なことではないこと、自分も川崎青年会議所で活動し多くのものを学んだこと (時代は千葉県との東京湾横断橋が建設で揉めていた頃)、今年は日本青年会議所がSDG’s「持続可能な発展目標」を行動方針に示しており、環境大臣として高く評価していること、令和の時代こそ若者が頑張る時代であること、ついては、私の座右の銘「明日死ぬために今日を働け、永遠に生きるために今日を学べ」(インド独立の父「マハトマ・ガンジー」)を伝えました。

 

2019年

4月

27日

東京都 「小池百合子知事」との交流

    小池百合子都知事と久しぶりお会いしました。小池さんは、衆議院在籍時は本会議場での席が長い間私の直ぐ隣りにあって比較的親友でしたし、「環境大臣」としては私の10数年前の大先輩に当たります。その後転じて都知事になり、豊洲市場問題で注目を集めたり、いつも目立つ存在ですが、最近はすっかり落ち着いてきました。
     二人は近況を交換したうえで、私は環境大臣時代の苦労話や現在の東京都の環境政策を尋ねたり、また国会の最近の動きについて小池さんの質問にも答えたりしました。小池知事は来年の東京オリンピック、パラリンピックを成功させるために懸命に努力しておられる様子でした。

 

2019年

4月

26日

天皇皇后、最後の行幸啓、「みどりの表彰式」にて

    4月26日、憲政記念館にて。「みどりの表彰式」が行われ閣僚として出席しましたが、この式典には天皇皇后両陛下がご臨席。両陛下にとってはこれが平成最後、天皇として最後の行幸(ぎょうこう=ご外出)と言われています。レセプションにまで出席され、多くの皆さんと交歓され、ご退出は皆でお見送りしました。こういう瞬間に立ち会えることにも身の幸運を感じます。

     私は一旦福岡に戻り、残るはご退位、即位の礼に上京します。

 

2019年

4月

26日

SDG’sを推進する仏教徒の会

  国連総会の決めたSDG’s(エスディージーズ)(「持続可能な発展目標」)を推進する若手の僧侶達が来られて、今後の活動に力を合わせようと約しました。

  SDG‘sの目指す理念こそ仏教思想と本然的に通底するものであって、宗派を超えて、この運動を開始せられたものという。SDG’sは今や国全体で取り組むべき崇高な理念であり、環境大臣はその最も大切な自然環境の保護を担当しています。
  今世界で、例えばイスラム教徒とキリスト教徒との残酷なテロの応酬が続いています。SDG’s思想は、大自然の一木一草までを敬い、全ての衆生(人々)を一人残らず救わんとする仏教思想に源を発したかの学びも得た思いでした。

 

2019年

4月

25日

緊張する「大臣記者会見」

  毎週、火曜日と金曜日、午前中には欠かさず「閣議」と「記者会見」があります。定例の「公務」としては最たるもので、大臣になって初めてその大事さと忙しさを体感します。
  「記者会見」はその省(環境省)の最終の公式意思を国民に向かって発表するもので、正直、最も緊張する瞬間です。私的な場ではなく、間違いは決して許されません。
  普段は本省の会見場で行いますが、前後のスケジュールでは他に場所を変えて、例えば国会内の廊下などでも行います。この半年で慣れてはきましたが、テレビやラジオで国民の皆様に直接語りかけていると考えれば、注意力、ことば使いなどは自ずから決まってきます。自分が省の最高責任者であることを改めて自覚する瞬間でもあります。...
(写真は参議院本会議場の廊下の一角にて)

2019年

4月

23日

福岡県の犬は「福」がマスコット。

  わが家の愛犬「福ちゃん」が逝って1月、まだ少し落ち込んでいる頃、嬉しいニュースがありました。福岡県の犬で最も人気がある名前が、なんと「福」、300人以上のアンケートからという。(因みに、猫は「命(めい)」)。
  本当に驚きました。わが家の「福」が多くの人々に愛されていたこと、あの福ちゃんが天から戻って来てくれたことに、本当に驚き、さらに愛しさが増してきました。

 

2019年

4月

22日

「桜井英夫」町議、五選

  福岡県川崎町 町議選で「桜井英夫」君が再選されました。平成6年頃、神奈川県から福岡県に転籍した太宰府の選挙事務所で、桜井君に秘書第1号として手伝って貰いました。無我夢中、お互いよそ者、訳も分からず2人であちこち走り回っていました。
  今回、投票日前日、やっと応援に駆けつけました。川崎町の選挙事務所には地元の皆様で溢れており、今回も大丈夫、と安心して帰ったものです。

 

2019年

4月

22日

「川合辰雄氏」、(その2)、「桜のリレー」伝説

  福岡市に「桧原(ひばる)桜」伝説がある。昭和59年ごろ、南区 桧原地区には桜の木が7、8本立っており、その季節には住民を喜ばせていた。急に道路拡張工事が始まり桜の木は切らなければならなくなった。それを知ったある文化人が、せめてこの季節が終わるまで20日ほど切らずに残して欲しいと、市長あての嘆願書を歌に託し、枝にぶら下げた。(「花あわれせめてあと二旬 ついの開花をゆるし給え」)
  直ぐにそれを散歩の途中で見つけた人がいて、彼は会社の広報課長に、なんとかならないかと命じた。実はこの人こそ、当時九電社長の「川合辰雄氏」その人。課長は知り合いの新聞記者(西日本新聞)に相談し、記者はそれを大きく記事にした。地域は大騒ぎとなり、一方で嘆願運動が起こった。「進藤一馬市長」はせめて桜のシーズンだけは工事を延ばしたいと返歌で応じた。(「花惜しむ大和心のうるわしや とわに匂わん花の心は」)
かくして全国運動に発展し、桜の木は遂に切らずに一括して他処に移植、これが今の「桧原桜公園」に落ち着いた。これらは「桜のリレー、心のリレー」と呼ばれ麗しき市民運動の鑑となり、川合辰雄氏も進藤一馬氏も名社長、名市長として歴史に名を残すこととなった。

 

2019年

4月

21日

巨星、墜つ。元九電会長「川合辰雄氏」逝く

  元「九州電力」会長で九州財界を永くに率いられた「川合辰雄氏」が亡くなられた。その果たされた役割と貢献度は他の追随を許さない。本当にその存在は大きかった。
  私は個人的にも大変お世話になった。福岡に移ってきて支援者は少なかった。落選中は特に辛かった。福岡で政治活動するに、九電とのかかわりは殆ど決定的に重要であった。意を決して本社に伺い、発起人就任をお願いしたところ、快諾を得た。爾来私の会合ではいつも来賓のトップを務めて頂き、いつしかあの「川合節(ぶし)」が私の強味となった。多くの出席者に私への安心と信頼を広めて頂いた。私が「資源エネルギー庁」出身というのも親しみを感じて頂いたか。
心から川合氏のご冥福をお祈りします。享年102歳。合掌。

  『お別れの会』は大変悲しいものでした。
  多くの遺徳の中に、若い人への訓示がありました。曰く、
1 、与えられた仕事は徹底的にやり抜け。日本一となれ。
2、決して、愚痴や不満を漏らすな。
3、 決して責任から逃げるな。
そして 4、 「自然体」を貫け。( 自分の生まれながらの姿勢、性格、イメージを
無理に変えるな。「自然体」でなければ長続きしない。)
これらは間違いなく、私への遺言でもありました。

2019年

4月

19日

カリフォルニア州 州議会議員団 来訪

  米カリフォルニア州 州議会議員団が来訪しました。カリフォルニア州は1州で、面積は日本より大きく、人口は3分の1、3500万人くらいで、いかに大きな州であるかがわかります。議員たちは日本の環境政策を質問し、私が主として地球温暖化、再生エネルギー、プラスチック問題などにつき説明しました。日本より米国の自治は進んでおり、それぞれの州が独自の規制法を持っているようで、民主党主体のこの議員団はトランプ大統領の(共和党)連邦政府には余り関心を示しません。

 

2019年

4月

19日

長野県「朝日村村長」への感謝状授与

  長野県朝日村の「中村武雄村長」に「環境大臣感謝状」を授与致しました。朝日村に職員から村長として長く奉職されながら、再生エネルギーの普及、森林の保全など環境政策に特に熱心に取り組まれたことで、地元の強い推薦を受けたものです。村長は引退されますが、今後とも地域の先達として一層のご指導をお願い致しました。同行は、「務台俊介」代議士、「中島恵理」前長野県副知事(現 環境省復帰)。

 

2019年

4月

17日

総理官邸にて。端午の節句『男の子、逞しく育て!』

  総理官邸の2階ロビーに、端午の節句の「鎧(よろい)兜(かぶと)」が飾られています。内外の来庁者を励ましているような。

 

2019年

4月

17日

新紙幣が決まる。横倉医師会長のこと。

  5年先というが、新紙幣の図柄が決まったことは、何か嬉しい気持で一杯です。お金は本当は自分で持つ(所有する)から嬉しいものですが、今回は(持ってなくても)何故か気持ちがうきうき致します。人間夢があれば幸せ、いかに夢を持つことが大切かということです。
1万円札は「日本資本主義の父」渋沢栄一、5千円札は「女子教育の母」津田梅子、千円札は「医学、科学の父」北里柴三郎です。いずれも日本の近代化に尽くした父親と母親で、全ての私たちに、日本人として生まれたことに改めて感謝と誇りを与えてくれます。  

  医者の北里柴三郎翁は九州熊本県の生まれです。田舎町から東京に出て来て様々な苦労を乗り越えて、近代医療の基礎を作り、医学教育にも力を尽くし(北里大学)、「大日本医師会」を組織し、医師の社会的地位を高めました。
  実は何年か前、私の高校同級生で親友の「横倉義武」君が「日本医師会会長」に選ばれた。新聞記事に「横倉氏は、九州(という田舎町)から日本医師会会長になったのは、初代会長、熊本出身の北里柴三郎氏以来初めてです。」とあった。私はその節、横倉君の大役に対し改めて敬意を示したものです。その横倉義武氏は、「世界医師会会長」の任も経て、今もなお「日本医師会会長」として大活躍をしています。我々仲間の真の誇りです。

2019年

4月

17日

安倍総理主催、『桜を見る会』。「新宿御苑」にて

  3月13日( 中国、出張前 )。東京・新宿御苑にて恒例、安倍総理主催の『桜を見る会』が行われ、約2万人の人々が参加しました。八重桜を中心に、花はほぼ満開のうえ、何より素晴らしい天気で、皆さんはきっと喜ばれたと思います。安倍総理は相変わらずの超人気で、打ち並ぶ行列の中で揉みくちゃにされていました。
  私も多くの知り合いと会うことが出来、楽しい機会となりました。なお「新宿御苑」は環境省の管理施設、いわば環境大臣たる私は「地主」に当たる存在で、開会前には安倍総理に対して御苑の開園時間の延長など最近の業務の動きを説明したところです。

 

2019年

4月

16日

生態環境部(環境省)との対話。日中閣僚会議(その3)

  中国・生態環境部(環境省)を訪ねて李幹傑部長(大臣)と閣僚対話を行った。わが省のカウンターパートで、気候変動問題や海洋プラスチック対策など議論する課題はたくさんあるが、李部長も響きは悪くなく大いに意味のある対話でした。

 

2019年

4月

16日

王毅外相とのこと。日中閣僚会議(その2)

  中国の王毅外務大臣とは特に縁が深い。13年も前になる、平成18年4月、王毅氏は駐日の中国大使をしていた。小泉政権時、日中関係は靖国問題などで荒れていた。衆議院外務委員長の職にあった私は、単身訪中して中国政府に抗議に赴いた。その前後、王毅氏とは激しく、何度にもわたり合った。その後王毅氏は本国に戻り実力をなし、今外務大臣としての地位を不動のものにしている様子だ。
  王毅氏との再会は久し振りである。「本当に久し振り、何年になりますか。随分ご活躍の様子で。ともに頑張りましょう。」、と短く日本語で言葉を交わした。好敵手の活躍をお互い、複雑に(!)誉め合っているような。

 

2019年

4月

16日

北京にて、日中経済閣僚会議。

  日中経済閣僚会議が北京において行われました。河野太郎外務大臣を筆頭に6閣僚が出席しました。初日(4月13日)は日本大使招宴、2日目は中国側の「王毅」外務大臣を議長として全体会議、3日目は「李克強」国務院首相との合同会見や「李幹傑」環境大臣との二者会談などをこなしました。私は環境大臣として、パリ協定の長期戦略、海洋プラスチック汚染問題、生物多様性条約など、わが国の立場、主張を目一杯発言しました。
  私は中国訪問は4年振りです。今回の会議は日中関係が「殊の外、良好」という認識の上で開催されたのですが、日中外交関係を専門に取り組んできた私にとっては、閣僚という立場は別にして、感慨の深いものとなりました。

 

2019年

4月

12日

被災 町村長の陳情団

  福島県の原発被災の町村長、議会議長が揃って意見具申、陳情に来られた。発災8年が経ち、避難指示が少しずつ解除されるなど復旧復興の足取りは着実に強くなっていますが、全体としては「未だ道半ば」、余りに多くの課題が残されています。今日は最も被災の大きい同県帰還困難区域を抱える町村長、議長団が切々と現状を伝えられ、私たち環境省も真剣に受け応えしたところです。
  4月10日には大熊町が全町避難を乗り越え、14日には、大川原地区に建設された同町新庁舎開庁式が晴れて行われます。

 

2019年

4月

10日

愛犬との別れ、「幸せだったかい」

  愛犬「福ちゃん」が死にました。長い間一緒にいて、本当に大事な家族でした。私たち夫婦の家庭生活は、新聞の政治のことや選挙活動の話しばかりで、せめて癒しは福ちゃんのことでした。今日は何食べた、啼き声が近所に迷惑掛けてないか、犬の病院の先生が優しいの、猫より犬の方が飼いやすいか、など実に他愛ない。環境大臣になると、「俺は動物愛護の責任者だ」が加わりました。
  正確には分かりませんが、13、4才のかなりの老齢で、この1、2年はめっきり弱ってきた。歩きもゆっくり、食事も細くなり、啼き声も小さくなった。そして2ヶ月前だか後足を痛めて立てなくなった。そのまま、いわゆる寝たきりに。妻は、しかし真剣に養生していました。寝たままの犬にスプーンで食べさせ、工夫して水も飲ませる。朝夕はパンパースも取り替えていた。私も2、3回は手伝ったが、とても面倒くさい。地方選挙が激しくなると妻は一段と出ごとが多くなる。一方、私は「余り無理するなよ」と言い置いて、上京するばかりでした。
     「そうか、仕方ないな。でも福ちゃんも君のお陰で、幸せだったのではないか」。会議中、掛かってきた妻からの電話に、私は短く答えました。電話の向こうの妻は泣いていました。
  今、私は敢えて問い掛ける、「おい、福ちゃんよ、お前は俺の家に来て、本当に幸せだったかい」

2019年

4月

08日

北海道の明日を創れ

  北海道十勝地区から、私の所に6、7年通っている「ハイセル社」の佐藤社長と松村さん。畜産と環境両面に寄与する素晴らしい技術力と潜在力を秘めた2人ですが、今日まで日の目を見なかった。必ず成功する、の固い信念のもとで一歩一歩実現に向かっています。今日は地元の応援者、本別町「髙橋正夫」町長と一緒に来訪された。髙橋氏は、十勝地区町村会会長の要職にもある。ハイセル社の思想と将来性は、遠くない日に必ずや地域産業の柱となるはずです。

 

2019年

4月

05日

「梅花の歌」が詠まれた太宰府「坂本八幡宮」

  新元号「令和」「梅花の歌」が詠まれたという、太宰府の坂本八幡神社の最近影。国司 大伴旅人の屋敷あと、この場所で酒盛りが開かれました。「初春令月、気淑風和・・・」(早春の月は美しく、柔らかな風が吹く・・)もここで詠まれたといいます。(万葉集、山上憶良の作とも)
  4月3日朝7時に、私が撮影しました。

 

2019年

4月

04日

環境省入省式、青年達を激励

  4月1日は新年度初日、環境省 では30人の新入生の入省式が厳かに行われました 。私は大臣として辞令の交付と挨拶に立ち、諸君の入省を心から歓迎すること、職員の心構えなどを形通り話したあと、「失敗を恐れないこと、失敗は将来の糧にすること」、「約束は必ず守ること、守れない約束はしないこと」、「自分は選挙で何度も落選したが、落選の時こそ実は多くの人々が見守ってくれたこと」などを訓示として伝えました。合わせて、新元号という記念すべき年に社会人を出発するのは、空前絶後、その幸運を誇りに思わなければなりません、と結びました。

  これを終えて、私は新元号決定閣議のため総理官邸に急ぎました。

 

2019年

4月

02日

「太宰府の梅」、安倍総理からお祝い。

  興奮未だ冷めやらず、新元号「令和」の2日目、「太宰府の梅」があちこち飛び交いました。多くの議員たちから、私にお祝いの言葉も。極めつけはなんと、安倍総理その人(!) でした。今朝の閣議前の応接室で、総理が私に直々、「原田さん、太宰府、天満宮が出てきてよかったねー」と話しかけられた。私も思わず「恐縮です」と答えました。
  そして夕刻、今度は同じ官邸でエネルギー、環境問題の閣僚会議。多くの閣僚と民間の学者、経営者らが集まり、何より報道の集団がテレビカメラを競って撮す中。安倍総理の締めくくり挨拶が始まり、本論が終えて、最後に話しは「令和」に及びました。いきなり「ここにおられる環境大臣原田さんの地元、太宰府から梅の香りを届けて頂くことになった・・・」と発言された。正直、私はたまげました。全国ネットが扱ったかどうか、私は事後に改めて安倍総理にはお礼のあいさつをしたものです。
  かくして、元号は静かに、かつ確実に広まっていくのでし...ょう。

≪「 令和」と太宰府について≫ 「令和」は万葉集「梅花の歌」32首の序章からとられた。西暦730年頃の歌、国司の大伴旅人邸での梅花の宴、「初春令月、気淑風和= 早春、良い月にさわやかな風が吹く・・」と謳われた。今の太宰府市「坂本八幡神社(天満宮)」がその場所で、もちろん私もよく知っています。

2019年

4月

02日

新元号『令和』、決まる。太宰府にも由来!

  4月1日、新元号に『令和』が決まりました。
  私は閣僚として閣議等に立ち会いましたが、この歴史的瞬間に直接に関わるなどなんと幸運なことでしょう。然も出典が「万葉集」、場所は太宰府で、8世紀の歌人大伴旅人が主宰した「梅花の宴」に由来するということも明らかになり、太宰府出身の私としては、一層身の不思議を考えたりしました。
  記者会見等本当に慌ただしい一日で、未だ興奮気味ですが、おいおい落ち着いてくると、安倍総理、菅官房長官らとリアルタイムに連動したことなど、さらに深い思いが巡ってくるものと思います。

 

2019年

3月

30日

福島市にて「災害復興協議会」

  東日本大震災から8年過ぎましたが、今日は福島市において復興大臣、経産大臣と打ち揃って「災害復興協議会」に出席しました。法律上の組織であって、政府からは省庁の副大臣、政務官を含む多くの職員が出席し、一方、福島県側も、知事、県議長ら関係市町村長、業界会長らが集合し、大変重厚な会議です。
  各省庁から当面の状況説明を行い、続いて県側からはそれぞれ直面する問題点の指摘と政府への要望などが行われた。発災8年間の経過にはそれぞれの事業成果はあるものも、未だ帰還困難者が4万人おり、復興への道のりは遥かに「道半ば」、政治も行政もさらに復興活動を加速することが必要です。

 

2019年

3月

30日

甲子園、「筑陽学園」2勝目!

  春の甲子園で、太宰府「筑陽学園」は堂々2回戦も勝ちました。3対2、なんと2度続けて大接戦、今こそ「精神力と粘り」という、太宰府天満宮様の真骨頂が出ています。この勢いで、選挙も政治も国家も頑張らなければなりません。

 

2019年

3月

30日

大阪市長候補『柳本あきら』の必勝に向けて

  3月29日、定例の閣議や記者会見を終えた午後、大阪に新幹線で急ぎ、大阪市長選挙の自民党推薦 『柳本(やなぎもと)あきら』候補への応援に行きました。大阪維新の前知事が対抗馬。例の「大阪都構想」が選挙の争点で、国民から見れば決着は付いていた、いつまでやっているのか、という感じで、いい加減終わりにした方が良い。
  6月のG20サミット、2025年「大阪万国博」など国民は大阪のこれからに極めて大きな期待をしている。「柳本あきら」候補は45歳の若さ、市議会議員で頭角を現してきた。7月の参議院選挙では自民党公認候補に早くに決まっていたところ、急な大阪市長選挙に請われて出ることになった。大阪府知事候補「小西さだかず」氏とペアで戦う。

  「柳本あきら」氏は「柳本卓治」参議院議員の甥に当たる。柳本卓治議員は私と同年、平成2年に衆議院 同時の初当選、爾来全く同じように当選回数を重ねた。私は渡辺美智雄元大蔵大臣、柳本氏は中曽根康弘元首相の元で育ってきた。柳本氏は途中参議院に転じて今は参議院憲法審査会長の職にある。互いのキャリアと性格で、私とは最も馬の合う友人、公私ともに二人で平成時代を生きてきたことになる。
  新時代の大阪のために『柳本あきら』をよろしくお願いします。

2019年

3月

27日

予算委員会、答弁

  参議院予算委員会も大詰めで、予算案も明日(3月27日)には上がりそうです。答弁は環境大臣にも時折り当たります。
  予算が済むと、続いて担当委員会が始まり、ずっと張り付きです。しっかり準備して、委員会には緊張感を持って対応します。

 

2019年

3月

27日

全国高校生の政治勉強会

  全国から高校生が選抜されて国会に集結、300人くらい、現職の大臣や議員から直接話しを聴いて、自分の将来にも備えよう、という企画です。私も呼ばれたので、環境政策につきしばらくお話をしました。日本に自然災害が多いのは気候変動が関係していること、SDG’sのことなど、そして最後には、「君たちの中に政治家志望がいれば、どんどん私の処に訪ねてお出で」と結んでおきました。

 

2019年

3月

24日

西島大吾、走る!「太宰府に明日の光を!」

  「太宰府市から県政を変える!」を目標に、「西島 大吾(だいご)」さんが懸命に走っています。民主党系現職に対して新人ながら今や台風の目となっています。県財政を大幅に取り込み、インバウンド外国人にも十分に対応できるインフラ整備、西鉄高架線の太宰府への延伸などを訴えて支持を拡大。自民党公認、農政連、公明党推薦・・・に相応しい結果を出さなければなりません。私も選対本部長としての大きな役割を果たさなければなりません。皆様の応援をお願いします。

 

2019年

3月

23日

「環境コンサルタント」、大臣表彰

  世の中に「環境コンサルタント」といわれる人々が3000人ほどおります。全国の各地方で民間の環境活動を手助けする資格者で、環境行政には重要な役割を担っています。今日はその優良者を表彰して、今後への励みと致しました。2人には大臣賞、その他には局長賞を授与しました。
  大臣賞は「漫才の林家カレー子さん」、「大阪コンサルタント協会さん」のお二人です。

 

2019年

3月

22日

県知事選、武内和久氏、立つ。

  いよいよ福岡県知事選挙が始まった。自民党推薦にて「たけうち和久」氏が勇躍立候補、福岡市護国神社にて出陣、久留米市にて決起大会。17日間の戦い。たけうち氏は厚労省の出身、惜しまれて外資系企業に転出、地元で福祉活動をやりながら機を伺った。現職との戦いで楽ではないが、陣営は大いに盛り上がる。全ては今後の頑張り次第、十分に差し切れる。麻生太郎氏ほか、選対本部長は大家さとし参議院議員、私は福岡地区選対本部長の大役にある。

 

2019年

3月

22日

カザフスタン大使の来訪

  中央アジア・カザフスタンの大使が急に来訪。本国で政変があって大統領が突然辞任した、日本政府のコメントが欲しいという。大使とは旧知の仲で、特にエネルギー問題では何度か行き来した。ナザルバエフ大統領は30年以上の独裁的政権で、クーデターなどによる政変ではなさそう。
  私は、「今内閣にいるので外交発言は外務省に任せる。ただ引き続き日本との友好関係が続くように。とりわけ環境問題、エネルギー問題では今まで以上に密接な国際交流を図りたい。」と答えました。大使とは今後の友情を確認して、握手で別れました。

 

2019年

3月

22日

城内(きうち)副大臣の励ます会

  環境省の「城内実 副大臣」がセミナーを開き、私もゲストに呼ばれました。城内氏は静岡県出身で、将来を強く嘱望される中堅代議士、私とは仲良く仕事しています。
  私は「丸川珠代」参議院議員と環境問題につきトークショーを致しました。丸川さんは私の2代前の環境大臣で、当時は「気候変動パリ協定」交渉で大変な時期でした。過去の話も含めてトークは盛り上がり、お客さんには大変喜んでもらった様子です。

 

2019年

3月

20日

「無駄を削って!」アパホテル、国会議事堂前に進出

  アパホテルがいよいよ国会議事堂前にも進出しました。アパホテルグループは、国内のホテル業界では最も元気が良く、今や北米中心に海外進出を強化しています。
  グループの「元谷(もとや)外志雄」代表は経営方針の中で「必要なものは徹底的にやる、不必要なものは徹底的に削る。普通の都市ホテルには部屋の作りや人間の使い方に無駄が多過ぎる、客に必要なものは『プライバシー』であって、ボーイを客室に来させる必要はない。」、「だから、アパグループは儲けるのです。」などと公言される。
  私は国会議員代表の祝辞では、「私の環境大臣はわずか半年ですが、アパホテルは35年前の創業から一貫して『環境問題』に取り組んできたことは驚異に値する」と賛辞を贈りました。

 

2019年

3月

16日

「ゴミ拾いは、スポーツだ!!」

  東京・江戸川区の「葛西(かさい)臨海公園」は今や全国でも最も美しい海浜のひとつ、「ラムサール条約」にも指定された、として有名です。これも今日まで多くの人々の努力の賜物です。3月16日土曜日の今朝は、この海岸でプラスチック・ゴミを拾う清掃活動があり、称して「ゴミ拾いは、スポーツだ=『ゴミスポ大会』」が行われました。環境省も共催しており、私も「環境省チーム」のメンバーとしてプラ・ゴミ拾いに参加し、沢山の出場者、役員、報道のみなさんから拍手と声援を頂きました。
  実際に参加すると多くのことを学びました。一見綺麗な砂浜も、多くの粗大ゴミ、ポリ袋などが散乱しており、一旦大波でも来れば全部海に流れ込み、遂には深刻な海洋汚染に繋がるのです。事後の記者会見では、海岸清掃をスポーツ競技に仕立てるなど、地元の皆様の運動を称賛すると共に、「いずれは全国大会や国際大会に広めたいですね」と挨拶しました。
( 写真は、江戸川区長、東京都局長などと)

 

2019年

3月

16日

オリンピックの金メダルは「リサイクルから」

  来年の東京オリンピックの金銀銅メダルは、全部で1・7トン、全て国民の協力で集めたケータイ、パソコン、スマホなど小家電の廃材から取り出します。今日は国全体の活動が終結したことを、「櫻田オリンピック担当大臣」と私とで正式に宣言しました。(於、環境省ビル)
環境政策として、3R(スリーアール=Reduce, Reuse, Recycle)という大原則が確立していますが、約2年前、環境省がオリンピックメダルをリサイクルで集めようと発案し、政府、経済界、国民の運動に広がったものです。当時からの関係者にとっては本当に感無量のものがあります。
  多くの記者、報道陣の前での発表となりました。私は「テレビでオリンピックのメダル授与式を見ると、国民の皆さんは自分のスマホがリサイクルされたのだ、と思い出されるでしょう」と挨拶しました。

 

2019年

3月

12日

大震災8年目(その2)

  3月11日午前中、私の所管、内閣府「原子力防災担当」の幹部に対し、大震災8年目に当たっての大臣訓示を行いました。防災担当はとりわけ福島県の東電 福島原発に係る原子力災害の対策業務を行なっており、現地は未だ除染、復旧、復興の真っ只中にあります。「道半ば」という表現をもって、これからの事業が一層の大変さを伴うことに対し、幹部職員の自覚と奮起を促しました。

 

2019年

3月

12日

嗚呼、大震災8年目

  3月11日午後、東日本大震災から8年目、各地で追悼式典が行われました。私は閣僚として国立劇場での政府主催、秋篠宮ご夫妻ご出席に、参列しました。

  4人の遺族代表それぞれの追悼の言葉は本当に涙無くして聴けないものばかりでした。私たち日本人は被災地の人々とともに、この困難を乗り越えて、将来へ力強く生きていかなければならないのです。

 

2019年

3月

11日

北海道「泊(とまり)原発」視察

  内閣府担当大臣として「泊 原発」の視察に出向きました。泊 原発は北海道電力では最も主力の電源ですが、東電 福島原発事故(平成23年3月)以降休止しており、安全性新基準による再稼働を目指しています。今回は発電所本体、緊急避難施設、オフサイドセンター、情報広報施設(「とまりん」)などを具に視察しましたが、防災対策はしっかりと行われているようです。北海道電力社長ら首脳部、北海道副知事、泊 村長、共和 町長ら地元自治体らと詳しく意見交換をしました。地元記者団との会見も丁寧にこなしました。
  北海道は一面、未だ銀世界(雪)です。

 

2019年

3月

09日

アメリカ大使、来訪

  ハガティ駐日アメリカ大使の来訪を受けました。所管の環境問題としては、気候変動、海洋プラスチック汚染問題など国際間の課題はありますが、とりわけ6月、大阪で行われるG20サミット、軽井沢で行われる環境大臣会議において、アメリカの特段の協力をお願いしました。昨年12月のCOP24では現地ポーランドではアメリカのバーカー代表とよく連絡取ったこと、いわゆるパリ協定からの離脱は食い止めて欲しいことなどを率直に話しました。
  「米朝首脳会談」にふれ今回の不調結果は日本においても評価されており、将来さらに厳しい路線で北朝鮮とやって欲しいと期待しました。

 

2019年

3月

09日

米「影の大統領?」スティーブ・バノン氏、激白

  トランプ大統領の側近として活躍する「スティーブ・バノン」氏の講演を聴く機会を得ました。バノン氏は報道広告業界出身でトランプ氏の選挙対策本部長としてその当選に働いた。大統領就任後もホワイトハウス首席補佐官として事実上政権を動かした。政権内部のゴタゴタが絶えず半年余りで辞任してメディア界に戻ったが、反議会、プアホワイト寄り、反植民、アメリカファースト・・・共和党反主流のトランプ大統領の強硬思考と酷似して、現在でもトランプ大統領に大きな影響を持つとされる。軍歴もしっかりしており、駆逐艦にも乗艦し、ペンタゴンの海軍作戦部でも指揮をとった。
  風貌も声量も嵐のような迫力で、演説も激しい。正直、私はただ荒々しい叩き上げとしか知らなかったが、「東シナ海、南シナ海は決して中国の海ではない」と断言するなど、主張も論旨も極めて明確、安全保障論で博士号を有しているという。
  私は敢えて挙手をして質問をした。「今回のベトナ...ム・ハノイでの米朝首脳会談について、決裂の結果は良かった。ただ首脳会談で分かったことは、事前の外交準備がまるで出来てなかった。トランプ大統領ももう少し人材を上手に活用すべきでないか。」返ってきた答えは、「大統領は直ちに席を蹴ってきた。物事が悪くなる前に決断することが正しい」。明快である。また日本にない政治家像を見て大いに刺激を受けたところだ。
講演会主催、APAグループの元谷代表、バノン氏紹介の河井克行代議士に心から感謝します。

2019年

3月

08日

皇居にて、全権大使の「信任状奉呈式」

  外国の全権大使は就任すると必ず、本国からの「信任状」を天皇陛下に奉呈するという厳粛な儀式が行われます。式典では天皇陛下のお側に立つ介添え役は、慣例上、閣僚が受け持つことになっており、今回畏れ多くも私がその番に当たりました。モーニングの正装で宮中昇殿し、宮内庁職員らから段取りを聴いたうえで、格式の最も高いといわれる『松の間』にて天皇陛下のお側に立ちました。ブラジルとナミビア共和国(アフリカ) 2国の新大使に対し、それぞれ陛下は実に丁寧に応対されました。対話ではユーモアも入りました。陪席の私は終始緊張の中におり、稀有の体験をひとり確認していましたが、皇居を後にする時はさすがに軽い疲れを覚えました。
  大使たちは、東京駅から馬車と騎馬隊で皇居を往復しました。小雨の中も沿道で多くの人々が見送ったそうです。
  このように手厚い接遇を受けた大使たちは、間違いなく日本との友好関係を一層深めてくれることでしょう。

 

2019年

3月

06日

環境対策に金融支援、『環境と経済成長の好循環』

  『ESG(環境、社会、行政)』という概念が急速に広まっている。環境対策を積極的にとっている企業には金融や投資の形で積極的に支援し、逆にそれを怠っている企業には融資や投資を引き揚げるという、環境政策では最も実効性の上がる施策で、多くの銀行、証券会社、機関投資家がすでに具体的に実行しています。昔は、環境対策なぞ専らコスト要因、「外部不経済」として、企業は嫌がったものですが、時代は大きく変わったことになります。
  今日は、優良5社の長年の活動に対し大臣表彰を行い、お祝いと激励を述べました。

 

2019年

3月

05日

懐かしき人々、長くの応援者たち

  川崎市宮前区の人々が大臣室に訪ねてくれました。平成の初め、私は川崎市で激しい衆議院選挙を戦っていましたが、その時の同志、後援会の皆さんです。当時私の秘書をしていた「浅野文直」さんが、その後川崎市議会議員となり、また市議会議長にもなったのですが、今はその浅野さんの強力な後援会として頑張っています。
  お互い歳はとりましたが、昔は本当にお世話になったものです。

 

2019年

3月

05日

古賀三春(みつはる)君、立つ

  私の地元秘書を長く務めた「古賀三春」君が今度いよいよ朝倉市郡から県政に立つことになりました。私の事務所に都合14年おりました。ただひたすら黙々と頑張る男で、農業問題、福祉問題など常に真剣に取り組んでいました。一昨年と昨年の朝倉、東峰村豪雨では、私の手足となって、身体を壊すくらい頑張った。
  どうしても自力で頑張りたいと言うので、私はだいぶ引き止めたのですが、今は独立して徹底した運動をしているようです。私は立場上、特段のことは出来ませんが、精神的には懸命に声援を送っています。皆さま、よろしくお願い致します。

 

2019年

3月

04日

モザンビーク共和国との技術援助協定

  アフリカ大陸の東南に位置する「モザンビーク共和国」「環境開発大臣」の来日を期して、河川環境整備の技術援助協定の調印式が行われました。この親日国の若い大臣に対して、私は「日本は貴国のために援助を惜しまないので、どんなことでも言ってきて下さい」と伝えました。

 

2019年

3月

03日

福島県、原発被災地域視察

  週末を活用して2日間、福島県の原発被災の復興地を訪問しました。大臣就任以来で、福島県訪問は6度目となり、私の行政範囲での福島県案件は突出しています。発災からやがて8年、さしもの被災地も、今や滔々と復興の途上にありますが、未だ前途は楽なものではありません。「帰還困難区域」という未だ人の戻れない地域もあり、除去土壌の仮置場、「中間貯蔵施設」という広大な貯蔵施設、原子力施設を監視するオフサイトセンター等々その放射線対策は幾重にも講じてあり、一方で次なる時代に向けての将来計画、街づくりも着実に進められています。要所においては、現場職員や関係者に訓示や激励を与えました。大熊町町長、双葉町町長らとも親しく会見し、それぞれの持つ困難と将来計画に対して、強い共感を覚え今後の協力を約しました。

 

2019年

3月

01日

凄い熱気、「政治パーティー」(東京)

  東京地区の「励ます会」を開き、有難くも1000人を超す、本当に多くの人々に出席して頂いた。これだけ祝福されての大臣就任だけに、余程しっかりと職務を果たさなければなりません。予算委員会(衆議院)が大詰めのこの日、河野太郎外務大臣、渡辺博道復興大臣、山下貴史法務大臣ら多くの国会議員も駆けつけてくれた。アパホテル・グループの元谷代表にも主賓挨拶で座を盛り上げて頂いた。
  これからは、国会対応、公務出張もさらに忙しくなり、一方、政務での選挙対策、地方選挙はいよいよ最終盤になってきます。
  国会議員となり、多くの職務を与えられ、一方でこれだけ多くの人々に支えられ、私は本当に幸福者です。『政治家は一本のろうそくたれ、身を燃やし尽くして世の中に明かりを灯せ』の通り、これからも誠実に頑張っていこうと思います。

 

2019年

2月

26日

春の訪れ。

  総理官邸の2階ロビーには美しいお雛様が飾ってあります。出入りする内外の要人たちにしばしの癒しを与えてくれます。

 

2019年

2月

26日

「天皇ご在位30年」行事(その2)。小泉元首相と再会も。

  昨日の記念式典には多くの外交団が出席していました。ある国の親しい在京大使から電話がありました。「両陛下のお姿に感激し涙が止まらなかった。このような指導者を持った日本人を本当に幸せだなと思う。だから日本はこんなに豊かな国になった・・・」と話された。私はただ、「ありがとう、ありがとう」と受話器に向かってお辞儀を繰り返すしかありませんでした。

  夕刻には皇居にてご在位30年を祝う『宮中茶会』が行われました。閣僚、議員、政府関係者ら500人くらい、両陛下と皇族ご参加の大掛かりの立食パーティ。天皇陛下のお声も手の届く距離で拝聴。...
  懐かしいOB政治家と多く会いましたが、とりわけ「小泉純一郎氏」(元首相)とお会いした。「若い頃、お互い元気だったなー」と固い握手も交わしました。昭和〜平成の頃、小泉氏と私は中選挙区選挙(神奈川県)で激しく闘っていた。その後私は小泉「厚生大臣」の下で「厚生政務次官」を務めました。

2019年

2月

24日

『天皇陛下ご在位30年祝賀会』

  政府主催「天皇陛下ご在位30年記念祝賀会」が国立劇場にて行われました。閣僚として最前列から臨みましたが、本当に素晴らしい、終生忘れ得ぬ式典で、天皇、皇后両陛下のお元気なお姿もしかと眼に刻ませて頂きました。とりわけ壇上からお離れの際、会場に振り返ってしばらくお手を振られたが、私はひとり感極まるを止められなかった。

 

2019年

2月

24日

二階自民党幹事長 夫人の「偲ぶ会」に出席

  二階俊博自民党幹事長夫人の「偲ぶ会」(本葬)に出席しました。和歌山県御坊市。二階幹事長には、私はもちろん党において特段にお世話になっていること、実は私の義理の父、兄がその昔、同じ和歌山県で堅い自民党同志であったこと、そして何より時間ができたことで出席が叶いました。内外本当に多くの参列者で、立派な会となりました。
  故人は長い闘病を経て、昨年暮れに亡くなった。夫は全くのたたき上げで、県議会から国会に進まれた。母として3人の幼な子を抱きながらも、厳しい選挙を何度も闘ったこと、ただひたすら地元和歌山のため、夫のために、尽くしてきたこと・・・胸を熱く打つものばかりです。参席した全ての政治家、全ての人々が自分と重ねながら聴き入ったものと思います。享年78歳、御冥福をお祈り致します。

2019年

2月

23日

JAL「コントレイル」作戦)(その2)

  羽田空港にて、日本航空(JAL)の「植木義晴会長」とお会いしたので,「環境省・JAL」協力の「コントレイル作戦」のことを話したところ、大いに座が盛り上がりました。

 

2019年

2月

23日

大気環境調査にJAL機を 活用。<Contrail>作戦

  国には宇宙大気の環境を観測するためにさまざまな機関、組織が活動しており、その中心的なものが、「国立環境研究所」です。気象衛星「いぶき2号」は今宇宙を回っており、世界で最も進んだ気象衛星として、大事な環境情報を送り続けています。
  その国立環境研究所が開発した開発手法、「Contrail(コントレイル)」は様々な気象観測機器を民間航空機(JAL)に積載し、詳細な大気情報を捕捉、発信しています。国の機関と民間航空機が協力することで重要な環境情報をより広範かつ経済的に捕捉するという世界的にも珍しくも画期的な活動です。
  今日は環境大臣室でその詳しい説明を聞き、担当者を激励しました。

 

2019年

2月

21日

「ご家族への感謝」、長期勤続職員への表彰式

  環境省へ長期勤続(30年、20年)した職員に対して「大臣感謝状」を授与しました。環境行政が大きく変わる時代をよく頑張り抜いた人々です。訓示の中、ご家族への感謝については、特に強調しました。

 

2019年

2月

20日

海ゴミに対して国民運動を

  海洋へのプラスチックゴミ汚染への対策は環境政策の大きな柱の一つですが、この度財団法人「日本財団」と国民運動を共催することなり、同会長 笹川陽平氏と合同記者発表を致しました。日本財団は長い間本格的な環境美化運動に熱心で、例えば毎年150万人を動員して全国の海浜清掃に取り組んでいます。今後海浜プラスチック汚染に対して清掃活動、研究開発、パネルデスカッションなどを企画、実践していきます。

 

2019年

2月

20日

フィンランド経済大使、来訪

  フィンランドの経済大臣一行が来訪された。今年は「日本フィンランド外交100年」という記念すべき年です。私は昔から、フィンランドが日本にとって非常に特異な国であることを認識しており、あらゆる分野でより一層の友好交流を進めようと約束しました。先方の環境大臣については、昨年10月横浜での会議で交流しており、この国は環境分野でも非常に進んでいます。一度フィンランドに来てくれとの強いお誘いを受けました。

 

2019年

2月

18日

感謝、政治パーティー(福岡大会)大盛況

  『原田義昭と日本を語る会』を催した処、多くの皆様に出席頂き心から感謝致します。初めての方、遠路からの方も大勢出席して頂き従来にない盛況で、今後の政治活動に自信を与えて頂きました。「麻生太郎」副総理を始め各界の指導者も駆けつけ、それぞれに力強い応援を頂きました。私は環境大臣としての決意をしっかりと述べた上で、合わせて、今政治は内外、混乱と混沌を深めつつある、日韓問題、日中、日露、米中、米朝問題、はたまたトランプ大統領の政治姿勢、日産ゴーン問題、遂には国会の混乱なども・・・、外交安全保障を専門とする私としては言いたいこと余りに多いが、今閣僚の立場では自制に徹しており、いつの日か回想することもあるだろう、と言いました。
  『政治家は1本のろうそくたれ。身を焦がし尽くして、国家社会を明るく照らし続けよ。』あの戦前の大政治家「斎藤隆夫先生」の言葉を引用して、今後の活動を誓いました。
  今年は選挙の年、また平成から次の元号へと、時代が大いに変わります。いよいよ私が必要とされる時代が来る、と改めて確認致しました。

 

2019年

2月

17日

「金融教育」で優れた人材を育てよう、高校生に。

  『高校生に金融基礎教育を与え、人材を育て、国の将来に備えよう、しかもゲーム感覚、クイズ感覚で』、という奇特な活動が地道に続いている。『エコノミクス甲子園』と銘打って、ほぼ全国の銀行、金融機関が支援し、予選では各県5、6校づつ、全国で200校ぐらいが参加している。日本には、教育段階で「金融、経済」という認識が全く無く、結果、日本は国として人材が少なく、国際的な金融競争にむしろ負けているというのが現実である。そこを巡ってNPO法人『金融知力普及協会』がいち早く、若者の年代から金融の基礎教育を普及しようとする企画で、私はその趣意に早くから賛成し、応援を続けてきた。テレビで有名な「野中ともよ」さんも有力役員である。
  今年の大会は13回目で、東京代々木の旧オリンピック村にて。私は「環境と経済」など短時間の講演をした上で、しばし行事の推移を見守った。なかなかにして優れたもので、高校生たちの意見発表など主体性もしっかりしており、日本の将来は決して捨てたものでない、という強い印象を受けた。

 

2019年

2月

17日

川崎市、そは『望郷の地』

  川崎青年会議所(川崎JC)で講演しました。一方で多くの年配OBとも久しぶり再会することが出来ました。私はその昔川崎JCに入り、川崎市からの選挙立候補に備えました。JCというのは40歳までの若い青年たちの組織で、私はそこで力をつけ、昭和61年の選挙(落選)と平成2年2月の選挙(当選)に出ましたが、いずれも専らJCの仲間に支えてもらったものです。その後も、実に今日まで、永くも深い付き合いを続けており、彼らにこそ「政治家・原田」を「産んでくれた」というのが私の最も近い実感です。
  JCの全国団体(「日本JC」)は、今年を「環境問題、SDGs」を主要テーマとして、各種運動を展開しており、非常に環境省と縁が深い。ついては今般、環境省の審議会にも正式メンバーとして参加してもらった経緯があります。
  川崎市を出て30年、もちろん街並みは大きく変わりましたが、それでも人々の温かさは変わらない、私は「母なる故郷」をいつも遠くから想っています。

 

2019年

2月

15日

嗚呼、御霊よ、安かれ

  お陰様、連日多くの友人達が来訪されます。
  都立「小山台高校」柔道部の後輩たち。入閣のお祝いに駆けつけた。私は大学4年頃、柔道を一番熱心に稽古していた。ある時高校の柔道部に顔を出したら全くピリッとしない。私は発案してその夏、チームを合宿に連れて行った。長野県大町市。1週間ほど、稽古では徹底的に鍛えた。夜は夜で楽しく過ごした。その縁でこの学年とは特に深く結びついた。
  この写真の中に1人だけ欠けたのがいる。「小野泰伸君」。このチームのマネージャーで、体は小さかったが頑張り屋だった。彼が大学を出た時、丁度私は選挙(神奈川県)に出る準備を始めていた。私は小野に頼んで事務所を手伝ってもらうこととした。小野は秘書として懸命に働いた。昭和61年は当然ながら落選、そして平成2年2月、遂に当選を果たして美酒に泣いた。この5年間は殆ど小野がひとりで事務所を仕切っていた。初当選で浮かれていたある日、チームの同級生の谷屋利隆が私の所にふらっと来た。いきな...り、先生、小野を辞めさせてくれ、と言う。びっくりして、お前何を言う、小野 無くしてこれから俺はどうするんだ、と怒鳴った。「小野が体がきついと言っています。少し病気が進んできたようです。どうか聞いてやって下さい。」。私は、始めて事の重大さに気づき、決心した。小野が持病(糖尿病、若年性)を持っていたのは知っていた。以来、小野は他に仕事を求めていたが、いつも事務所を気遣ってくれた。
  そして2年後、亡くなった。私は今でもあの事務所の5年こそが、小野の命を縮めたもの、と心を痛めているのです。

 

2019年

2月

14日

インドネシア大使、表敬

  在京インドネシア大使が大臣室に表敬された。インドネシアは環境政策に大変熱心な国であるが、国内には河川管理、廃棄物処理、再生エネルギー、廃プラスチックなど個別にも多く問題を抱えており、特に我が国の積極的な協力を期待する向きが大きい。6月の大阪での「G20サミット」にはアセアンの代表国として閣僚が出席する予定。
  その昔、私はひとりでインドネシアのアチェ州に大津波の慰問に訪れたことがある。その後日本の東日本大震災、つい先だってのインドネシアの海中火山の爆発、津波ではお互い救援しあったことなどに触れて、二国間交流の強化を約しあった。

 

2019年

2月

14日

予算委員会で答弁

  衆議院「予算委員会」の基本的質疑の3日目、白熱した議論が続きました。私も「気候変動適応法」の関係で答弁を致しました。

 

2019年

2月

12日

日本会議、「天皇陛下の在位30年を祝う会」

  建国記念の日、「日本会議福岡」が、「天皇陛下の在位30年を祝う会」を主催し、通例にない多くの人が参加しました。皇位継承もいよいよ目睫の間となり、今やどの会合でも必ず話題となる、新元号はあと1月半、国民の関心が高まるのは良いことだと思います。私も挨拶に立ち敢えて、「自分自身が平成2年の初当選で、この平成時代を丸々生きてきたこと、天皇陛下を国会や宮中行事で近距離でお見受けして来たが、その懸命のお尽くしぶり、近時においてはお疲れを感ずることに一人涙すること」などを告白しました。折角の機会、憲法改正という現下の政治課題にもふれました。
  陛下のご退位をむしろお喜びしたいというのが、今の私の率直な気持ちです。

 

2019年

2月

12日

日本会議、「天皇陛下の在位30年を祝う会」

  建国記念の日、「日本会議福岡」が、「天皇陛下の在位30年を祝う会」を主催し、通例にない多くの人が参加しました。皇位継承もいよいよ目睫の間となり、今やどの会合でも必ず話題となる、新元号はあと1月半、国民の関心が高まるのは良いことだと思います。私も挨拶に立ち敢えて、「自分自身は平成2年の初当選で、この平成時代を丸々生きてきたこと、天皇陛下を国会や宮中行事で近距離でお見受けして来たが、その懸命のお尽くしぶり、近時においてはお疲れを感ずることに一人涙すること」などを告白しました。折角の機会、憲法改正という現下の政治課題にもふれました。
  陛下のご譲位をむしろお喜びしたいというのが、今の私の率直な気持ちです。

 

2019年

2月

11日

「知の巨人」堺屋太一さん、逝く

  堺屋太一さんが亡くなった。本当に大きな人であったが、堺屋さんの「謦咳(けいがい)に接した 」(偉人と直接に触れる) ことは私の誇りでもある。同じ(旧)通産省に勤めていたが、年代に差があり余り重なりは無かった。一度だけ、私が予算担当の時、直々に省内で予算の陳情に来られたことがある。
  その後、外に出られて、大阪万博成功、文筆や社会活動、エネルギー危機の『油断!』、『団塊の世代』、『峠の群像』などを発表され、大いに世の中を覚醒された。私も政治家になる頃で、1、2度事務所に挨拶に行ったり、一度は私の会合に来て頂いたこともある。民間人大臣(「経済企画庁長官」)としても活躍され、国会内で挨拶することもあった。本当は後輩としてもっと甘えていくべきところ、格の違いに萎縮して遂に打ち解けるまではいかなかった。
  あれだけの学績と将来を見通す力、それを表現する筆力などは、恐らく他の再来は許さないであろう。日本の官僚の優秀さは世界一だが、将来を率先して目測する力が出て来ないと、いつも案じておられた。実は私もその思想下にある。

 

2019年

2月

10日

平井一三 県議会議員、三選目指し

     筑紫野市選出 「平井一三 」県議会議員の事務所開き、決起大会が行われた。平井氏は市議会から県議会に上がって8年、「藤田陽三」市長と二人三脚、二日市鷺田川、高尾川洪水対策、地域道路整備、市庁舎建設などインフラ整備に力を奮ってきた。「今、筑紫野市の人口は10万3000であるが、以前からの調査によると、12万5000くらいになると予想されていた。発展の余地はまだまだ大きく、都市魅力増進のため一層努力する。」と三選への意欲を力強く示された。

 

2019年

2月

09日

倉島秘書官、83 翁

  環境省政務秘書官 倉島守氏、83歳の誕生日を迎えました。昭和の時代から40年近くずっと秘書として一緒におりますので、その付き合いは本当に長い。オイ、コラといつも苦情ばかりを大声で言い合うので周りはハラハラしますが、結構それがストレス解消になっているのかも。その昔、横須賀市 (神奈川県) で選挙していた。実に10年間、選挙事務所に泊まり込んで頑張ってくれた、随分奥さんにも迷惑をかけたものです。よく続きますね、との問いには、言いたいことを言うからでしょう、と答えています。閣僚の政務秘書官ではもちろん最年長という。ささやかな誕生祝い、秘書官室の皆さんと。特別仕立てのケーキも。
  こんな2人ですが今後ともよろしくお願い致します。

 

2019年

2月

07日

明日から衆議院予算委員会

  今日は一日、参議院予算委員会で、夕刻には本会議での採決に立ち会いました。これで今年度(30年度)の補正予算が成立し、明日からは31年度本予算の衆議院審議が始まります。既に予算委員会での質疑予定が入っており、十分慎重に準備いたします。

 

2019年

2月

07日

『新宿御苑』に行こう!!大改革

  東京の『新宿御苑』は、「国立公園」よりも格の高い「国民公園」という位置づけで、実は環境省の直営の公園です。私は昨年11月に菊花展を観に行って来ましたが、御苑の素晴らしさと広さ、偉大さ、これだけの大自然がよくも東京のど真ん中にあるという奇跡・・・に圧倒されたところです。
  同時に問題点が存在します。来園者が少ない、外国人が沢山来ているが十分対応しているか、閉園時刻(4時30分)が早すぎる、チケット販売はペイしているか・・・などにつき検討始めました。議論を重ねこの1月には結果を新聞発表したところです。曰く開園の時間を延長して、閉園時刻を春夏はそれぞれ6時と7時とする、夜間ライトも点ける、これら経費増に対して入園料は200円から500円と上げる、子供の入園は有料から無料とする・・・など。
  (大臣たる)私は期せずしてこの公園の「オーナー」(地主)!!になった以上、より多くの日本人、外国人に来てもらい、歴史的、文化的、かつ環境と大自然、まさに「真の日本の美」とも言える場所を堪能して頂きたいと強く思っています。「国民公園」とは、「国民の誇るべき資産」という意味です。

 

2019年

2月

06日

庁内への激励、「皆さんのお陰です。」

  大臣になって4ヶ月、今日までなんとか頑張っておりますが、これもあれも多くの職員に支えられてのものであります。夕刻でしたが用事ができたので、省内のある部署(地球環境局)に足を運んだところ、見渡す限り大きな部屋で多くの職員が懸命に仕事をしています。せっかくですから、全部の部署に挨拶をして回りました。「皆さんのお陰で立派な環境政策を訴えることが出来ます、今年6月の『G20サミット』は是非とも成功させたいですね・・」などを話しました。何事も、私(大臣)のところに上がってくる案件は、これらの人々の汗の結晶だということを目の前で確認したところです。

 

2019年

2月

03日

『プラスチック・スマート・フォーラム』の結成

  プラスチック製品の投げ捨てで海洋汚染が深刻になり、今や国もまた国際社会もその対策に本格的となってきた。来たる6月、日本で行われる「G20サミット、環境閣僚会議」ではこのプラスチック問題が主要議題となる予定。環境省はその運動を「プラスチック・スマート」や「ワイズ・コンサンプション( 賢い消費)」などとと名付けて抑制策を率先しているが、この度これらの運動を組織化して、企業活動など官民挙げての全国的な国民運動に広げることとした。地方や民間から生まれてくるさまざまな考え、アイデア、経験などを交流しあって、国全体としてより実効的なものに仕上げたいと思っています。
( 黒岩祐治知事の神奈川県なども大変熱心な会員です。)

 

2019年

2月

03日

太宰府の星、西島大吾君

  私の秘書の「西島大吾(だいご)」君が太宰府から4月の福岡県議会選挙に出ることになりました。自民党と農政連には公認、推薦を頂いて一応の準備は進んでいますが、他所からの転入組でもあって、準備期間が余りに短いこと、大変に厳しい状況にあります。その性、あくまで実直かつ努力家、何処にでも気軽に跳んで行きます。来たる2月16日朝10時30分から市内で決起大会を行います。是非皆様のご支援を宜しくお願い致します。
( 連絡場所 092ー918ー2020)

 

2019年

2月

02日

ネパールの空手家、来訪

  大臣室は、毎日多くの訪問客で賑わっていますが、今日はネパールの空手師範が訪ねてきました。長年の友人 「久高」父子は空手の指導を通じて活発な国際活動を続けており、とりわけネパール、モンゴルなど中央アジアで多くの弟子たちを育てています。
  国こそ貧しいが、ネパール人は尚武の気運が高く日本の精神性と相い似て、今後さらに日パの交流は深まるものと思います。来日ビザの発給が厳しいなど、課題は多いのですが、わが国が頼られる限りは全力で守ってやることこそが大事であります。(妹さん同行)
  私は首に彼の国の伝統「幸せのショール」を掛けて貰って、文字通り、幸せいっぱいです。

 

2019年

2月

01日

「直ぐやる」覚悟。福島県地方議会、来所

  福島県楢葉(ならは)町の議員団が要請活動に来られた。あの東日本大震災、東電 原子力発電所事故が起こって8年、福島県の人々にとっては、放射能汚染との闘いは毎日、実に今日も、続いているのです。未だ数万の人々が自分の家にさえ帰られない状態です。地元の議員さんたちにとっても、地域の復興と住民の生活再建を目指した懸命の活動が休みなく続いています。
  国はこれら支援のために万全の態勢で臨んでいますが、折にふれて、地域の皆さんの要請を直接、具体的に聴くことで、さらに多くのやるべきことに気付くのです。私は相談を受けると、大臣として「直ぐにやります」と答えるように心がけています。
( 秋元副大臣、菅家政務官ともども要請文を受け取る)

 

2019年

1月

29日

国会、始まる

  第198回国会が始まりました。通常国会として150日間続きます。今年は参議院選挙の年で、基本的に延長はないとされていますが、国の内外多事に囲まれており政府与党もしっかりと対応しなければなりません。
  開会式では、(最後となる)天皇陛下の「おことば」とお姿を心に焼き付けました。続いて本会議での政府演説、安倍総理の施政方針も立派なものでした。外交、財務と衆参、閣僚席から2度、同じものを聴きましたが、それぞれに理解が深まりました。今後、予算委員会、担当委員会と業務は広がっていきますが、与えられた職務はしっかりと果たします。

  もとより地元選挙を含む「政務」も格段に増えており、緊張した毎日が続きます。

 

2019年

1月

28日

大見 正(おおみ せい)さん、安城市長選挙に

  衆議院議員同志の「大見 正」さんが、愛知県「安城市」( あんじょう)市長選挙に立候補した。だいぶ後輩になるが、同じ麻生派に属し随分と協力しあった。この度故郷に帰って市長選挙に出るという、よほどの事情があったのだろう、結局現職市長と一騎打ち。私はその出陣式に出て、応援演説をしてきました。神社における出陣式、後援会5、600人集まり、あの寒い中、大いに盛り上がり、来賓も顔ぶれが揃っている、是非勝たせたい。安城市は、愛知県名古屋市の一角、どうぞ多くの皆様にお声を掛けて下さい。
  ( 大見氏は安城市中心に、市議2期、県議3期、衆議院3期の実績です。)

 

2019年

1月

26日

「おい、北川君、ありがとう」。北川議員、逝く。

  昨年暮れ、親友の衆議院議員「北川知克(ともかつ)」氏が亡くなった。麻生太郎副総理、山東昭子議員ら多くの議員とともに、大阪(寝屋川)で行われた本葬儀に出席しました。環境省の政務官、副大臣、衆議院の環境委員長、自民党の環境部会長など、ほぼ環境政策一本を真面目に務めあげられた。同じ麻生派の同志でもある。
  私は弔辞を読み上げました。環境政策に特に頑張って頂いたこと、多くの環境省職員に慕われていること、これからの時代でこそ彼の力が必要だったこと、環境庁長官だったご父君 「北川石松先生」にも大変お世話になったこと・・・。
  私は最後に大声で結びました、「おい、北川君、本当にありがとう。安らかに眠れ」。享年68歳。本当に立派な男でした。

 

2019年

1月

25日

「世界の青木功」さんと出会ったこと(その2)

  「世界の王」さんと出会ったついでに、ゴルフの「青木功」さんのことも。
実は私の担当の警護官(SP)に「青木功」君がいて、いつもあの有名人と同姓同名と囃し立てていた。しばらく前、経団連だかの大きな新年パーティの人混みの中で、私はあの本物の青木選手を見つけたのです。側にいたSPをちょっと来いと呼び寄せて有名人の前に連れて行った。

  「私は環境大臣の原田と申します」とまず自己紹介から始めた。「実は私にSPがおりますが、彼の名前が青木功と申します。同姓同名で大変名誉に思っております。」と話したうえで、SPに挨拶させた。その名刺を見ながら、有名人は実に喜んだ、「そうか、君と同姓同名か」。私が口を挟んで、「彼の父親が大変な青木ファンで、そのまま名前を頂いたそうです。」・・・
  かくして、記念のスナップでは、三人とも満面の笑顔になった次第です。

 

2019年

1月

24日

「世界の王」さんと出会う

  大変珍しいパーティに出ました。昔「力道山」という有名なプロレスラーがおり、われわれこども時代は大騒ぎしたものです。事件で亡くなったのですが、時代を経てその未亡人(田中敬子さん)が思い出話しの本を書かれた。私は前からご縁があってその出版記念会に出席して、主賓の挨拶をしました。多くのお客さんの中に かの「王貞治」さんを見つけたので、「世界の王監督の前で話すなど緊張します」と言って、皆を笑わせました。座が開いて懇談の時間になったので、早速王さんの所に挨拶に行って、自分が福岡出身で、ソフトバンクの地元であると断ってツーショットをお願いしました。も一人、非常にがっちりした年配の人がいて、それがテレビで有名な元プロ野球選手の「張本勲」さん。日曜日のテレビは毎週見ていますと、これもまたパチリ。
  政治家のパーティは、呼んだり呼ばれたりはしょっ中ですが、それ以外のパーティでは有名な人と出会うことがあるのでいつも楽しみです。お二人ともさすがに立派な体で迫力を感じました。

 

2019年

1月

21日

「政治家とは・・・」、鴻池(こうのいけ)先生、逝く

  参議院議員で元災害対策大臣、麻生派重鎮の鴻池祥肇(よしただ)先生が亡くなった。晩年は肺炎等病気がちであったが、往年は実に頼母しい元気な政治家で、人の面倒見がよく、私も本当にご指導頂いた。落選中など特別に目を掛けて頂き、どれだけ助けられたか。豪放磊落(ごうほう らいらく)、直情径行で、その言動はしばしば新聞の囲み記事を賑わした。行年78歳、ご冥福を祈ります。

  『 政治家は一本の ろうそく たるべし 』( 自分の身を焼き尽くしてでも、世の中を明るく照らし続けなければならない。) ...
  鴻池先生が生前説かれた言葉。政治の師、「斉藤隆夫先生、河本敏夫先生」から受け継いだといわれていた。

2019年

1月

21日

高校生、アメリカに短期研修

  外務省の青少年交流の一環として、地元の高校生が米国に渡ることになりました。テキサス州で、戦前から日本と縁の深い場所、昨年には私も他の国会議員と訪問しました。10日間という短期間ですが、多感な時期に海外経験することは得るものも多く、生徒たちは一層成長して帰って来るでしょう。私の高校時代の留学記『ヨッシーが街にやって来た』を渡して、少しでも参考にしてくれればと思いました。

 

2019年

1月

19日

福島県訪問、再生を目指して

  東日本大震災からやがて8年、原子力災害から立ち直ろうとする福島県を、年初の挨拶も含め再訪しました。環境省福島事務所で職員への訓示、県知事、県議会議長との会見を行いました。
  「福島の再生無くして日本の再生なし」という安倍総理の言葉を引用して、それぞれを激励しました。
( 新聞は 「福島民報」 1月19日 )

 

2019年

1月

19日

自民党本部、訪問

  自民党本部での「環境部会」に出席して、環境政策の近況及び国際会議の報告を行いました。自民党本部への訪問は久しぶりです。普段なら一日でも党本部を欠かすことはないのですが、閣僚になればほぼ来ることはありません。いささか複雑な思いです。幹事長ら三役に挨拶の名刺を置いてきました。

 

2019年

1月

18日

動物愛護センターと『お見合い会』

  千葉県動物愛護センター(富里市)を訪問して、いわゆる「犬の譲渡会」を見学してきました。年間1000匹以上の犬が収容され、狂犬病等の対応をした上で、新しい飼い主を探すことになります。近時、いわゆる野良犬は殆どなく、飼い主から離れた行方不明犬、飼い主が高齢や死亡等で手放したものなどが集まっています。犬を求めて来所する家族連れも少なくありません。譲渡会(マッチング、お見合い) はセンターや出先で定期的に開かれており、年間800匹くらいが晴れて飼い主に引き取られます。尚、高齢、病気、凶暴性については、最終的に300匹程度安楽死処分も行われます。

  猫についても、全体としてほぼ同じ扱いがされています。
「動物愛護」、その名の通り、動物愛護センターは非常に適切に運営されていました。「親を待つ子」たちも元気いっぱい、大きな声で吠えまくり、獣医師の関与や人道的配慮が十分なされていることには感心しました。...
  動物愛護は行政的に環境省の専管事項です。昨年の国会での委員会質疑で、野党の女性議員からこの「犬の譲渡会」の質問が出て、私は「行ったことがない、一度行ってみます」と約束をしていたものです。行政の一端を実際に視察できたことも良い経験でした。併せて、愛犬家を任ずる私としては、犬たちがかくも大事に育てられていることに、心からの感謝と幸せを感じたところです。

2019年

1月

18日

動物愛護センターと「お見合い会」

  千葉県動物愛護センター(富里市)を訪問して、いわゆる「犬の譲渡会」を見学してきました。年間1000匹以上の犬が収容され、狂犬病等の対応をした上で、新しい飼い主を探すことになります。近時、いわゆる野良犬は殆どなく、飼い主から離れた行方不明犬、飼い主が高齢や死亡等で手放したものなどが集まっています。犬を求めて来所する家族連れも少なくありません。譲渡会(マッチング、お見合い) はセンターや出先で定期的に開かれており、年間800匹くらいが晴れて飼い主に引き取られます。

  尚、高齢、病気、凶暴性については、最終的に300匹程度安楽死処分も行われます。
猫についても、全体としてほぼ同じ扱いがされています。
  「動物愛護」、その名の通り、動物愛護センターは非常に適切に運営されていました。「親を待つ子」たちも元気いっぱい、大きな声で吠えまくり、獣医師の関与や人道的配慮が十分なされていることには感心しました。...
  動物愛護は行政的に環境省の専管事項です。昨年の国会での委員会質疑で、野党の女性議員からこの「犬の譲渡会」の質問が出て、私は「行ったことがない、一度行ってみます」と約束をしていたものです。行政の一端を実際に視察できたことも良い経験でした。併せて、愛犬家を任ずる私としては、犬たちがかくも大事に育てられていることに、心からの感謝と幸せを感じたところです。

2019年

1月

16日

大学柔道部、祝賀会

  東大柔道部の同期生たちが中心となって、私の大臣就任祝賀会を開いてくれました。卒業して半世紀、本当に久しぶりもいるし、時々会っているのもいます。青畳の上で一緒に汗を流した遠い日々が、蘇ってきます。選挙を長くやっていると良い時も悪い時もありました、しかし、いつも変わらぬ態度で応援続けてくれたのがこの仲間たちです。
  どこに行っても選挙の応援者がいたのは、終生柔道をやってきたお陰です。多くの友人に恵まれ、身体が鍛えられ、何より日本人として生きる誇りを得られたのは、私の場合、やっぱり柔道を修行してきたお陰です。

...

{ (後輩 )宗岡正二 新日鉄住金会長から祝辞。山下康裕 全柔連会長の花輪も。}

 

2019年

1月

16日

人口衛星の開発現場「国立環境研究所」視察

  環境省の政策は多くの専門的研究機関からの基本情報に支えられていますが、とりわけ「国立環境研究所」はその最も重要な組織です。今日は半日をかけて筑波学園都市に出掛け視察を行いました。地球温暖化対策、地域適応政策、放射性廃棄物対策、生物生態系追求など研究対象は広範囲に及びますが、特にCO2など温室効果ガスを最高精度で採取する気象情報衛星「いぶき2号」の開発現場も訪問して、舞台裏の苦労話しなどにも具に接しました。合わせて、現場の皆さんには日頃の努力に対してねぎらいの挨拶もしました。
  「いぶき2号」について、私は、昨年12月の「COP24」(国連環境会議、ポーランド)や先週の「再生エネルギー国際会議」(アブダビ)において、日本の国際貢献の事例として何十回と紹介、説明して、各国の強い関心を受けたところです。
  国としての政策や主張の背後には、このように膨大かつ地道な研究情報の後押しがあることを忘れてはなりません。

 

2019年

1月

15日

成人式。新成人へのお願い。

  太宰府市の成人式に招かれて挨拶をしました。人生訓は余りにたくさんありますが、とりあえず三つを。
  ひとつは、人々に感謝すること。今日まで育ったのは多くの人々のお陰です。父母から始まり家族、学校の先生、友人・・・、お店の人、バスの運転手さん・・・。昔読んだ新聞記事で、成人するまでに8000人くらいにお世話になるという。根拠は全くわからないが、知っておいた方がいい。それらの全ての人へのご恩返しにしっかり頑張って頂きたい。
  二つ目。責任感の強い人になって欲しい。与えられた責務は最後まで果たす。その積み重ねでこそ、人に信頼される、期待される人になります。信頼とは決して求めて得られるものではありません。世の中からの期待こそ、成人としての義務です。...
  三つ目は、国際社会にいつも気を配って欲しい。日本は独りで生きているわけではない。多くの国と関わり合って生きています。われわれ日本人は、(気が付かないだけで、)余りに豊かで恵まれた民族です。地球上には食べるもの、住む家、明日への希望のない人々が何十億人といます。これらのことを時には思い出して、今自分に何ができるか考えてみましょう。

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