2019年

9月

13日

「他策は勿かりしか」。原発処理水(その2)

  「他策は勿かりしか」という言葉があります。本当に他の道は無かったのか?これは明治時代の外務大臣「陸奥(むつ)宗光」が発したとされる。
  1895年、明治政府は租借中の遼東半島を、独仏露3国の強い圧力を受けて清(中国)に返還させられた(三国干渉)。国内では「弱腰、軟弱」という非難が轟々と起こり、「臥薪嘗胆 (がしんしょうたん)」という言葉が流布した。その政治責任で窮した外務大臣 陸奥宗光が発したとされる。
  「他策」= 他に方法は無かっただろうか? 全力で努力したが、結局他の方策は見つからなかった。あらゆる非難や批判は覚悟の上、この結論を選択した。責任はもちろん取る、いずれ歴史が評価してくれる・・・『蹇蹇録(けんけんろく)』(「他策 勿かりしを信ぜむと欲す」)。
  なおこの「三国干渉」が歴史的には、その後の日露戦争(1905年)の遠因となったとされる。

 ※※※
「原発処理水放出」を発言するに、この言葉が常に脳裏にあったことを、私は敢えて申し添えます。

2019年

9月

13日

「原発処理水放出」のその後

  私の「原発処理水 放出」発言が、大きな議論の輪となって、マスコミ、報道でも大きく扱われているようです。小泉環境大臣に引き継がれたことで余計に注目度が大きくなった。実は漁業団体(全漁連)からも厳しい非難声明も出され、私は誠実に文書で回答もしました。

  正直言って、私はこのことを長いこと真剣に考えていました。昨年秋に現場を視察して、これでいいのかと疑問を持ったのが最初でした。政府の担当者、多くの専門家と意見交換しました。新聞記事など多くの周辺情報も集めました。とりわけ「原子力規制委員会」委員長 更田(ふけた)豊志氏が一貫して信念を持って「放出しても良い」、「安全基準は心配ない」の発言にはいつも心が震えました。
  大方の人が、「放出やむを得ない、しかしそれを一旦口に出せば本当に大変なことになる。」政府の委員会ではつい結論を出せないまま、延々と日が経ってきた。様々の方策、例えば貯留水を蒸発させる技術はないか、といっても現実的なものは出てこない。処理水は今も毎日170トン増えている、この8月の貯留量(累積)は115万トンになる。2022年夏には137万トンとなり、既設の貯留スペースは満杯となり、どこか広大な場所を探さなければならない。いつ終わるのか、予測は立たない・・・。その費用は一体誰が持つのか、も大事な論点である。
  記者会見では、淡々と1年の行事を振り返りながら、福島原発に触れていた時、日頃考えたままに「海洋への放出、稀釈しか残された選択はない」と発言しました。記者団は少し騒ぎになりました。しかし私は、これでいずれは世の中が変わる、という不思議な自信も付いてきました。誰かが言わなければならない、自分はその捨て石になってもいい、と素直に自認しました。

2019年

9月

13日

小泉大臣と「事務引き継ぎ」、環境省に別れ

  小泉進次郎環境大臣と「事務引き継ぎ」を行なった。どの省でも大臣交代の時期に行う儀式ですが、小泉氏が相手の場合、大臣室には見たことのない多くの報道、マスコミ陣が殺到して、小泉氏の人気、モテぶりには圧倒されました。私のメディア露出も増えたことでしょう。
  2人は報道陣の前で簡単なコメントを交わしたうえで、しっかり握手、私は先輩として激励を送り、思い出深い大臣室を後にしました。

  引き続き職員を相手に離任のあいさつ、続いて多くの職員から、一階ロビー出口において盛大な見送りを受けました。万感を胸に環境省生活の全てを終えました。

2019年

9月

12日

大臣辞任、後任は「小泉進次郎氏」

  9月11日、臨時閣議にて辞表に署名、11ヶ月半の環境大臣を辞任しました。長いようで短いようで、ひたすら忙しくかつ全力で頑張って、思い残すことはありません。ただ政策課題は余りにも多く、私は、これからも環境議員として、また自らのライフワークとして携わっていきたい。
  パリ協定、COP24、G20環境大臣会議、サミット、プラスチック規制、レジ袋有料化、脱化石燃料、石炭火力発電規制、福島県や原発サイト、愛玩動物管理、国立公園・・・思い出は走馬灯のように広がる。環境と経済の好循環、ESG、グリーン経済、即ち環境対策にこそ金融界までが積極的に応援する。石炭火力抑制には懸命に取り組み、福島の復旧、復興、第一原発の汚染水処理にまで悩み抜いた。
  後任の大臣には、政治家として最も注目を集める小泉進次郎氏、若くして首相候補ともうわさされる。環境省に間違いなく新風を吹き込んでくれる。内外高い知名度で、環境行政のイメージアップとその積極的な推進に役立ってくれるに違いない。私には過ぎたる後継者と感謝しており、環境行政がさらに大いに発展することを期待したい。

2019年

9月

11日

「原発処理水、海洋放出しかない」発言

  閣僚としての任期も後1日となりました。閣議後の記者会見は今日で最後になります。「一年を振り返って印象は何か」との記者質問があったので、思いつくままに話しました。プラスチック汚染対策、パリ協定、原子力対策ほか動物愛護対策、国立公園視察、新宿御苑改革までその範囲は余りに広い。石炭火力の抑制については、遂に東京電力宛てに環境大臣の要請文書を発したことも思い出すままに話しました。
  そして東京電力福島の原発問題では、汚染処理水の問題についてはあえて「海洋放出、稀釈の方法しか解決策は残されていない。漁業者の被害、風評被害、韓国などの国際非難・・・など大変な困難は待ち受けているが、しかし、われわれは何処かで結論を出さなければならない。」と話しました。「この汚染処理水の排出については、安全性、科学的基準は全て満たされている。原子力規制委員会の委員長も2代に亘ってはっきりと早く放出稀釈すべしと発言している。世界の、日本の、全ての原発からは処理水海洋放出が当たり前のように行われており、何の問題も起こっていない。」「そして最も大事なこと、それは国が責任をもって漁業者を中心に地域の潜在被害者に全面的な補償を約束すること、風評被害や外国の風評懸念には、逃げずに正面から、科学的安全性と世界基準を徹底的に説明することで、必ず理解されるはずだ。」と続けました。

  福島の現場に行くと誰でも分かる、処理水を貯留するに何百の貯留タンクを作っており、2、3年後にはさらに新しい場所を見つけて巨大なタンクを作らなければならない。国民はその不条理には早く気づかなければならない・・・

  誰かが言わなければならない。この思いが多分私を追い立てた。汚染水対策は、厳密には環境大臣の所管でなく経産省の所管だという。しかし原発問題は国家国民にとって決定的に重要なもので、原子力規制委員会こそ最も権威ある環境省の部局である。私は「環境大臣」の前に「国務大臣」、その前に国民を代表する「国会議員」であって、国家に必要なことは発言する。国益のためには誰かが言わずに、この大問題をズルズルと引っ張るわけにはいかない。

2019年

9月

09日

令和初「全国豊かな海づくり大会」(秋田大会)に出席

  9月8日、天皇陛下御即位を記念する「第39回 全国豊かな海づくり大会」が秋田県(秋田市)で行われました。私は昨年(高知県)に引き続き、大島衆議院議長(大会会長)、吉川農水大臣らとともに出席しました。
  天皇皇后両陛下もお元気にご出席、当日の式典と前夜のレセプションと立派に務められ、秋田県及び全国の海洋、漁業関係者に力強い激励を与えられました。なお午後からの「稚魚放流」の儀式は、台風15号東京接近で急遽ご帰京、後は大島会長以下で務めました。秋田県民の熱烈歓迎ぶりは、両陛下にとっても感激されたものと思います。

2019年

9月

08日

「 日本は何故、清潔か」、『環境大臣感謝状』の授与

  環境政策は、環境省や行政が当然に仕事として進めていますが、実際には多くの民間の人々が人知れず環境保全のために頑張っておられます。その人々に「環境大臣感謝状」を授与し、細(ささ)やかながら環境省の気持ちの一端を表すこととしています。これらの人々は地域や社会において、長年信じたことをやり通し、それが結果として環境保全に大いに役立っています。

  「日本は美しい、何より清潔だ」と、外国の人は帰るときに必ず言って行きます。それは日本の「文化」だからと言うほど簡単なものではありません。環境を守るために国民全てに生まれ育った感性があり、また国中が不断の努力をしているからということです。私はそれが日本人の「美徳」であると解釈しています。外国に行くと、このことを特に感じます。
  私は大臣職を務めながら多くの人と接していますが、どんな場所でも環境保全を率先して引っ張る人がいることに気付きました。彼らに感謝し、これからさらに頑張ってもらうお願いを込めて、この「大臣感謝状」になったものです。

2019年

9月

05日

佐賀県 豪雨災害 視察

  8月末、佐賀県西部では降った豪雨によって大きな災害が発生しました。死者も3人出ました。環境省として現状の把握、今後の対策を検討するために現地を視察しました。山口 佐賀県知事、水川 大町(おおまち)町長、小松 武雄市長と面談し、陳情を受け、それぞれに全力で対応すべきことを伝えました。
  大町町は鉄工企業が冠水し、工業用油が流出するという事故となり、油の除去、拡散防止という大きな困難が伴っています。武雄市では商業地域から出た夥しい量の廃棄物をどう処理するかが焦点となっています。ことの大きさはやはり現場視察に叶うものはなく、財政負担の必要性も含めて、これらを官邸や関係省庁に伝えます。自衛隊も大きな役割を果たしており、自衛隊詰所に出向いて感謝の挨拶を致しました。

2019年

9月

05日

世界柔道選手権大会

  日本武道館にて世界柔道選手権大会、最終日の団体戦(男女混合)に辛うじて間に合いました。日本はホームグランドの有利さもあって、昨年に引き続き順調な成績を収めています。全柔連の山下泰裕会長(日本オリンピック委員会会長)らと共に、試合は安心して応援することができました。来年のオリンピック本番を控えて、選手も、また柔道界も着実に盛り上がっています。
  試合を見るに、審判ルールが変わってきたことで試合の印象が昔と大分違います。時代の流れでやむを得ません。おしなべて、内外とも、寝技のレベルが落ちてきたことが気になります。

  4、5年前、日本柔道界は、不祥事も頻発し、大変な時期にありました。今の落ち着きは隔世の感を思わせます。関係者の努力に敬意を表します。

2019年

9月

02日

9月1日、「防災の日」

  朝はまず「内閣府原子力防災大臣室」において身を引き締めました。
  続いて徒歩で官邸に出向き、官邸では安倍総理の主催「緊急防災対策本部」会議。東京直下型、震度7・5を想定に災害対策を検討。
  続いて、環境省に登庁し、幹部職員と防災対策会議。最後は私から防災訓示を発しましたが、「訓練は本番のように、本番は訓練のように」という慣わしの言葉で締めくくりました。